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二月の定例県議会最中の十一日の午前中に、御坊商工の寒川校長先生から電話というメモが本会議中の私のもとに届けられました。
 今ごろ先生から用事とは何のことかな、心配されていた御坊商工の改築のことも、見通しがついたことだし、見当もつかないまま電話口に出ますと、寒川先生のはずんだ声は「御坊商工ホッケー部が韓国の全国高校ホッケー大会に日本代表で招待されることになった。何とか協力を頼みたい」とのことでした。
 私は「それは結構なことで何でも協力します」と答えました。
 かつて私が高校時代に日高高校でお世話になったことのある恩師寒川先生の言われることでもあり、本当に何でも出来ることは協力させて頂くというつもりでした。しかし次いで先生は「誠に申訳ないことだが今度の派遣団の団長になって、韓国へ行ってくれないか」とのことです。
 私にとっては全く予期しないことで「これは、校長先生が行かれるのが一番いいのではないですか」と申し上げたところ「始業式、入学式にぶつかるので校長としては都合がつかない。しかも、韓国の大会準備の都合上、メンバー表を送る期限が明日の午前中ということになっている。時間もないので適当な人が見つからないので思い余ってお願いする」 とのことです。私は余りにも突然のことなので一寸考えさせてほしい。まず私がお引き受けするのがいいのかとうかについても考えさせてほしい
―――とお願いしました。
 「それはその通りだが、考えて断られて、こちらは時間がないので、イエスの返事でなければ困る」と寒川先生も後へ引かない様子、私は、適当な人を二、三名前を挙げて申し上げてみましたが、「直ちに返事」と「一週問留守をする」ということを言うと誰に言っても断られると言われるのです。
 いくら先生のお話でも、即答は一寸困るから、もう一度後で電話してほしいと申し上げたら、昼の休みに二回目の電話が入り、事情を伺っているうちに今、自分は県会で、文教常任委員長をつとめており、その中にスポーツ振興小委員会まで設けて、スポーツ振興を主張しているのに、こんなとき、日頃の言っていることと、することを一致させなければならない。もう一つはかつて、私たちが日高高校の頃、野球部が甲子園に出場したとき、私は応援団長をやらせて頂いた。その時多くの周囲の皆さんにお世話になった。そんなことを思うと、今、すぐに適当な人が見つからないというなら、「私でもよろしかったら、先生にお任せします。」と申し上げるより仕方がないという気持ちに傾き、ついにこれをお引き受けすることになりました。
 早速、高橋県教育長や仮谷知事、日韓親善の県議会の議員連盟の世話人代表の藁科県議に協力をお願いし、出発への準備にかかることになりました。在日大韓民国居留民団の県本部を、松本監督と共に訪ね、側面から協力をお願いすると同時に通訳を1人同行願えるよう配慮を依頼しました。
  また、日本の代表チームとして、韓国で試合をしたり、パーティーの席等で、日本の高校生は一言も韓国語をしゃべらなかったとしたら、これは親善にならない。せめて「おはよう」「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」ぐらいは覚えて行けるようにするため一度、韓国語の先生を御坊商工へ来てもらえないかとお願いしました。
 民団の県本部も何れも快くこれに協力を約束してくれて、準備の一歩がはじまりました。

 

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