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 MBC放送の社長は「私は何故ホッケーに力を入れるか、これは非人気種目だからだんだん盛んになるように応援をしている」
 傍から金教育長が「テレビ会社としては、人気のある野球でもやった方が営業としてはプラスになるのが分かっているがホッケーに力を入れてくれている」とのことでした。
 韓社長は 「しかし、将来、東洋人がオリンピックで西洋とやって勝って、金メダルがとれる可能性のある種目は、限られてくる。ホッケーは東洋人の体力、気質にも合ったゲームで、東洋人にも金メダルのチャンスがある。だからその時、韓国が勝っても、日本が勝っても、どちらが勝ってもいいじゃないですか。そういう意味でこれから大いに高校ホッケーチームの親善交流を深めて、技術の向上と両国の若い世代のためにやろうじゃありませんか!」という積極的な提案を頂きました。
 二階「非人気種目のホッケーに対する情熱を注いで頂く社長のお気持ちをうれしく思います。私達の国でもまだまだホッケーは一般的ではありません。私たちの県でも公立私立併せて四十校ほどありますが、箕島高校と御坊商工の二校しかやっておりません。全国でも男女併せて二百校程度です。スポーツは素晴らしいし、非人気種目に力を入れるという会長のお考えに全く同感で、私がこの遠征団の団長をお引き受けしたときもそんな気持ちも少しありましたが、ホッケーのお蔭で韓国訪問の機会を与えられ、韓国に多くの友人を得て、今後もご交誼願えることになり喜んでおります。国に帰ったら、関係者と相談をして、韓大会会長のご厚意とご提案に出来る限りお応えしたい」と申し上げ、さらに「あなたは韓国を代表するようなテレビ、ラジオ、新聞のオーナーとして大きな影響力を持っておられるが、私は小さい力しかない。しかし、努力することが大事だ」とつけ加えると、韓社長は「和歌山県を中心としたローカルな形でいいじゃないですか。私は静岡放送の大石社長と意気投合して毎年静岡と韓国のサッカーの交流をやっている。昨年は萩野静岡市長が団長として選手団が来てくれた。今年の八月に私が静岡に行くことになっている」と言われるのです。
 二階「静岡には、多少の縁があって、あちらの山本知事にも親しくして頂いているので、この次、静岡で会って、ホッケーの交流の計画をさらに進めようじゃありませんか。それとローカルな形でもいいからやろうというご提案ですが、今日本では、一九八○年代は地方の時代と言っております。丁度、スポーツも国際親善も『地方の時代』に入って行っていいわけで、知事や教育関係者、ホッケー協会、報道関係、県議会の日韓親書議員連盟、在日韓国民団の方々等と協議して努力する」ことを約束して参りました。
 韓社長は「静岡で再会出来ることもうれしいが、それよりも、私は、和歌山県を、紀州を訪ねたい。国と国とのことは政府の偉い人たちに任せて、我々はローカルな形で、スポーツの振興……何でもいいと思う、ホッケーでもサッカーでも、野球でも柔道でもいいと思う大いにやろうじゃありませんか′和歌山県から毎年韓国の全国高校ホッケー大会に選手団を招待したら来れるでしょうか」とも言ってくれました。
 つまり日本代表チームのほかに、もう一校和歌山代表を加えることを考えてもいいという意味の発言でした。
 二階「和歌山にお出かけ願えるのなら大変有難いことで、心から歓迎申し上げる」旨を話して、さらに「選手団の派遣についても、やはり、日本でも経済的な問題もあります。応援団も必要だし、和歌山の場合二校あるので、一年交代というやり方もあるでしょうし、しかし、また校内的にも他のクラブとの関係もありますし、いろいろなことについて韓国側と日本側というか、和歌山側に、夫々、仮称『日韓高校ホッケー親善大会選手団派遣委貝会』のようなものをつくって、相談をする。まず、今日のところは、韓国側の責任者を韓社長に引き受けて頂く、日本側は、日本に帰って相談をさせて頂く、というように致しては如何か」と提案しましたら、満場一致でその方法でやろうということになりました。
 二階「ここまで話が弾むと、私の市の市長は韓国で生まれました。県会議員の中には、こちらで先生をやった方もおるし、郡の町村長さんの中には韓国で働いた人もいる。随分韓国贔屓の人が多いので、MBCの社長とホッケーのとりもつ縁で、御地と姉妹都市ということにもなるわけですが、私の市は人口三万、周辺を入れて十万というわけですから大邱は聞くところによると人口百六十万人ということで、一寸これでは、姉妹都市ということは言い出せない」(実は、出発の前日、岸元御坊市議会議長から、出発の当日、中野副議長から姉妹都市でも話が出たら、話のきっかけでもつくって来たらどうかと盛んにハッパをかけられておりました)
 韓社長「それは、人口のことは関係ないと思う。シベリアに二億の人が住んでおります。しかし私の心が通じる人は恐らく一人もいないかもしれない。しかし、人口三万の御坊市には御坊商工があります。二階団長が、松本監督がおります。仲良くすることに人口は関係ありません」
 スポーツが結んだ緑で、私たちは、共通の課題と共通の心をもって、相互の信頼と友情がだんだんと芽生えて行くのでした。
お互いに話題は尽きることなく語り合いました。
 戦争中のことも、戦後のことも 日本と韓国との不幸な時代のことも話し合いました。
「赤い靴をお土産に買って来てあげると言い残して彼は出かけた。いつまで待っても彼は帰って来ない。彼は今日本の工場で働かされている。彼は私に嘘をついて行ってしまった」という意味の、つまり「日本を恨む歌」−を歌って聴かせてくれました。お互いに、何もかも話し合った証であります。
「荒域の月」も一番も二番も歌ってくれました。
 歴史的な、不幸な時代を超えて、明日に向かって羽ばたく、若い学生諸君にかける期待についても意見を交わしました。別れ際には「あなたは私を興奮させた、お互いに生涯のつき合いをしようじゃないか」と大きな手で力強く握手をされ、私もまた、カをこめて握りかえして、日本での再会を約束しました。

 

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