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 遠藤は選挙区の陳情処理の合間を縫って、勉強の機会を与えてくれた。
「暇があれば、国会の委員会や党の会合へ出て、勉強しなさい」
 福田赳夫をはじめ自民党の重鎮や財界の五島昇などの会合にも同席を許された。
 ときには、夜の会合から車で自宅に帰る途中、わざわざ文京区初音町の二階の下宿先まで送ってくれた。降りる段になると、言葉をかけられた。
「お父さんから預かったきみに、酒を呑むことばかり教えているわけではない。帰ったら、勉強しなさい。この間、役所から経済白書がきただろう。あれは、文章が長すぎる。役人の書いた文章ではなく、政治家の文章として、コンパクトにまとめてみろ。それだけでも、十分に勉強になるぞ」
 半年ほどたったある日、沼津市の自宅で、遠藤は二階に言った。
「きみは、たしか半年ほど秘書をやりたいと言っていたが、今後、どうするつもりでいるんだ。ぼくが頼めば、ある大企業の社長秘書になれる。政治家になるには、企業の安定したバックアップも必要だぞ」
 二階はもうすこし遠藤のそばにいたかった。
「いえ、あと半年、先生のもとに置いてください。そこから先は、自分で決めたいと思います」
「よし、わかった」
 ところが、秘書になって一年を迎えた昭和三十七年春、思いもよらぬ出来事が起こった。朝、院内に入った遠藤は、突然、気分が悪くなり、倒れてしまった。軽い脳血であった。そのまま、東大病院に入院した。二階は心のなかでまるで大木が音をたてて倒れていくような大きな衝撃を受けた。
〈これから、どうなるんだ‥‥‥‥〉
 幸いなことに、遠藤は入院後しばらくして意識を回復した。
 やがて、長野県の鹿教湯温泉にリハビリに出かけることになり、二階は、そのお供をすることになった。
 奥さんの衣江が東京へ帰った後は、遠藤、二階、事務所の笹原の三人での共同生活が始まった。遠藤は懸命にリハビリに励んだ。声を出す稽古として、吉川英治の小説「宮本武蔵」を朗読し、朝の散歩や階段の昇り降りの練習を熱心にこなした。人里離れた山奥で、ひたすら政界復帰を目指して努力を重ねる遠藤の姿に、二階はつくづく感心させられた。
〈先生は、単に頭脳明晰だけでなく、努力のひとだ〉
 遠藤は温泉治療のために、一日五回も入浴した。二階はそのたびにいっしょに入った。おかげで手のひらが真っ白に変色してしまうこともあった。
 遠藤は茶目っけたっぷりに言った。
「きみは、病人じゃないんだから毎回、入らなくてもいいんだよ。上で時間を計ってくれればいいんだ」
 だが、もし湯船につかっている最中に発作でも起きて、湯船の中で転んだら大変なことになる。むろん、遠藤もそのことはわかっていた。
 懸命のリハビリで遠藤は順調に回復していった。いくぶん手足の不自由さは残ったが、五か月後には、政界復帰のお披露目である後援会組織・遠藤会の大集会を開けるまでになった。
 二階は自らに言いきかせた。
〈遠藤先生が政治活動を続ける限り、側にいて役に立てるよう頑張ろう〉
 遠藤はその後、三回の総選挙を経て、約十年の政治活動を続けた。その間、工業整備特別地域整備促進法、自転車専用道路の整備等に関する法案を提案し、成立にこぎつけるなど足跡を残した。

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