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「観光立国宣言シリーズ」

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産業文化財(遺産)を観光資源化


東海旅客鉄道(株)会長 須田 寛

 

JR東海は、中部地方の最重要な観光インフラ提供会社である。その会長であり、日本観光協会支部長でもある須田氏に、自論の「産業観光」など観光振興にかける意気込みを語って頂く。(平成12年3月対談)

すだ ひろし
昭和29年日本国有鉄道入社。昭和54年名古屋鉄道管理局長。昭和62年東海旅客鉄道(株)社長、平成7年同社会長。中部経済連合会副会長等。

二階 須田会長は、経済人としても国鉄分割後のJR東海の社長として、今日のJR東海の発展にも大いに貢献された中部財界のリーダーでありますし、活躍の分野が実に広範にわたっておられます。
確か会長のご尊父は、近代洋画壇の巨星と言われた須田国太郎画伯であられたわけで、ずいぶん前に確か「日本経済新聞」で拝見しました。親譲りの芸術や文化の素養が会長の発想の奥にひそんでいらっしゃるから、鋭いご指摘をなさる場面でもずいぶん相手をまろやかに包み込んでしまわれるお人柄というか、実に魅力のある人だなあと感じておりました。ところで、お父さんは芸術の道をお勧めにならなかったのですか。

須田 親父は、いわゆる美の探究に没頭した学者で半生、絵描きで半生のような人生でした。生きている間はさっぱり絵は売れませんでしたよ(笑)。
それが、亡くなってから、いくらか値がついたようです。そんな父から「お前は絵の才能はないから別の道を歩め」と言われまして、父とは別の方向を目指したわけです。

二階 ご尊父の生誕百年記念の、須田芸術を紹介する展覧会(日本経済新聞社主催)開催の記事を記憶しているのです。もう10年ほど前になりますかね。

須田 大臣がそんなことまで知っておられるとは驚きました。1991年でした。しかし、正直、光栄に思います。

二階 早くからちょっぴりそのことを知っておりましたが、会長がご自身の口から前々語られないので私もしまっておきましたが、立派な芸術家をご尊父に持たれ、その芸術や文化の血が中部地方の観光振興に新しい息吹を起こされようとしておられる。
しかも、その舞台として、中部国際空港があり、愛知万博があり、条件は揃った感じで期待と夢がふくらむ思いてすね。

須田 大臣は、これまでも全国旅行業協会の会長をなさっておられましたし、いろいろな場で観光へのご発言などを承っておりまして、力強いご活躍の様子を注目しておりました。
今年は2000年、これから21世紀になってまいりますと、国際的な大交流時代になると言われていますが、日本にもやがてそれが訪れてくるでしょう。新しい日本の産業構造をつくる意味においても、国際交流時代における新しい日本をつくる意味においても、観光のウェイトがいやが上にも高まってくるという期待をいたしております。

二階 会長のご活躍にこそ、かねがね敬服いたしているところです。

産業都市として歴史を活かす
新たな試み−産業観光

二階 先般も観光の新分野である産業観光についてのご著書、『産業観光−産業中枢、中京圏からの提案』をご出版になられ、私も興味深く拝読させて頂きました。あの本で会長が提唱されている産業観光の視点は、これまでの観光という視野では少し見過ごされていたものです。そういうところに光を当てたことで、観光の裾野を広げると同時に、モノづくりに対する再評価、再認識にもつながるものではないかと思っております。私としては、新しい観光の切り口として、全国的な観光施策に活かしていきたいと思っております。
本日は、産業観光について会長に直接伺える絶好の機会ですので、いろいろとお聞きしたいと思います。

須田 実は私、名古屋にまいりまして、産業遺産、産業文化財、こういうものが立派に保存されているので驚きました。しかもそれらを保存した収蔵館、資料館であるとか、博物館が多いことに気がついたのですが、地元の人がそういったものの存在や価値をあまりご存じではないようで、残念ながらよく知られていない。しかも一方で、名古屋には観光客が来ない。産業都市だから観光地ではない、とまあ若干諦めムードみたいなものがありました。
これからこの地も大きな交流中枢として発展し、万博を開こうとしているわけですから、世界の人々、内外の人々を名古屋に呼ばなければいけないことを考えますと、何かひとつビューポイントがいるわけです。

二階 伝統的な産業遺産を観光の目玉にされるわけですね。

須田 そうです。これだけ立派な産業遺産があるわけですから、こういうものを観光資源として使えないだろうかと考えたのです。そしてモノづくりの心に触れてもらうということで、やがて、後継者の育成にも繋がるということを考えまして、地元の経済団体で作ったデータベースを基礎として、観光資源としての産業文化財をリストアップしてモデルコースを作りました。また、それらをお持ちになっている博物館長、資料館長などと商工会議所等の経済団体の長との集まりを時々開いて、意見の交換を行なうなどして、産業観光キャンペーンを立ち上げてまいりました。

二階 次の時代を担う小・中・高校生などにぜひ見て、学んでほしいですね。中部地方には「産業技術記念館」「愛知県陶磁資料館」「トヨタ博物館」等々があります。修学旅行で若い学生たちに、日本の技術力−過去と今日と末来−を自分の眼でしっかりと見つめて学んで頂きたいものです。

須田 その通りです。また海外から来る人の中には日本の産業について大変関心をお持ちの方が多いわけですから、外国人観光客にも見てもらいたい。つぎに外国にもこの種の産業観光的なことをやっている国があるわけですから、そういうところとの連携を図りたい。それからさらに国内でも同じような産業観光をやっている所が多いので、横の連携を図ってネットワークを組みたい。こんな事を考えながらやっているわけです。少しずつ動きだしたかな、というところです。

二階 新しい観光産業として、同時に中部の産業をもう一度見直すチャンスにもなりますね。モノづくりと産業観光−中部地方の特徴を活かして大いに延ばしたい分野です。
観光には「学ぶ」ということの楽しさが大きな要素の一つのようですが、昔は、金比羅さん参りや蟻の熊野詣、四国のお遍路さん、いずれも心のやすらぎと同時に旅を通じての時代の流れを吸収する絶好のチャンスでもあったようですが、中部地方の産業観光によって、多くの皆さんが産業の軌跡や新しい波や時代の方向性を学ぶことは、「技術立国日本」を下から支えることにもなり、新しい観光の分野となります。21世紀は技術力の時代、技術最優先でもう一度技術屋さんの復権の時を迎えているわけですが、うれしいですね。

須田 運輸省でも注目を頂いているようですし、大臣からもあたたかいお言葉を頂き、本当にありがたいことです。

二階 産業観光について、国内観光という視点だけではなく、国際観光という視点からも新しい観光として育てていきたいということですが、発想がユニークで大変すばらしい。その一環ともなるわけですが、昨年(平成十一年)十一月、金沢で第二回の日独観光交流促進協議を行ないました。愛知出身の鈴木政二運輸政務次官が日本側の団長で、日独両国ともにモノづくりの伝統が共通してありますので、産業観光というものを通じて相互交流を促進していこうと、こういうこともこの協議で合意されたところです。

須田 それはよかったですね。
アジアの近隣諸国は、今、産業振興を通じて近代化に積極的に取り組んでいるわけです。日本の産業文化の歴史、歩み、そういうものをこれらの国の人々が直接見る機会ができるということは、彼らのこれからの国づくりにとって大変意義あることだと思います。産業観光というのは広い裾野と可能性を持っているのです。

二階 中部は人口で約一七七〇万人、域内経済力七二兆円、世界でベストテンに入る大きな有力な国家のような存在ですから、一層自信をお持ちになって、力を込めて頑張って下さい。

民間外交官の意識で
訪日外国人観光客の倍増を

須田 大臣から励ましのお言葉を頂き、かつ、深くご理解を頂いていることに感銘しております。このような機会は大変貴重ですので、これからの観光のあり方等についての基本的な大臣の抱負、そのお考えをお話し頂ければありがたいのですが。

二階 私はかねがね、21世紀はどういった時代になるかと言えば、国際的な相互依存関係をさらに深めていく、まさに、会長が言われました大交流の時代でなければならないと思っております。インターネット等を通じて情報通信の網の目が張り巡らされた高度情報化の時代が21世紀だと思います。情報の密度が濃くなればなるほど、逆に現地に行なってものを見、聞き、理解する、そういう実際の交流や体験というものがますます重要になってくるのではないかと思っております。21世紀は情報通信の時代であると同時に、それによって、大交流の時代がもたらされる、そういう時代になるのではないかと思っています。
多くの国民が直接、海外の事情を自分の目で見、聞き、感じ、という点−日本人の国際化ではいい方向に進んでいると思うのです。しかし一方、我が国を訪れる外国の方々に、我が国を海外の人々にきちんと理解して頂く、知って頂く、そういう機会の提供への我々の努力、そういったものが少し不足していたのかな、というのが私の率直な感想です。
そういう観点から、私は、一方にかたよらない双方向の交流というものをもっと大切にしたいと思うわけです。このため、訪日外国人観光客の倍増、現在のだいたい年間400万人、これをまず800万人に倍増しようということを目標として掲げました。

須田 私もちょっと、倍増というのはこれは驚いたというのが正直なところでしたけれども、大臣のお話を伺っておりますと、我々も、その目標の達成に向かってもっと頑張っていかなければ、と近頃は強く思っております。

二階 一見唐突に思われるかもしれませんが、みんなで努力すれば達成不可能な数字ではありません。国別に目標を定めて活動を展開したいと思います。河野外相のご提唱ですが、外務省・運輸省が協力して、各国ヘミッションを送ることも考えています。

須田 一六〇〇万人の人が外国に行く。しかし行くだけでは意味がないので、行ったら外国の人と交流をして、そして外国の人を一人でも日本に引っ張って来るようにすればいいわけですね。愛知県の旅券センターでは「あなたは民間外交官です」等と書きまして、「外国に行った人は必ず外国人とコミュニケーションして地元のいいところを紹介してください」と掲示しています。これをもっと進めまして、海外旅行した日本人は外国から必ず一人の人を日本に呼んでくる。友達でもホームステイでも何でもいいから、そういう気持ちになってもらえれば、決して800万人は夢ではないと思います。極論すれば、一人が一人ずつ呼んでくれば、1600万人になるわけです。
大臣のご趣旨を体して、自信を持って考えていかなければならない。私は観光団体とも関係しているものですから、ぜひこういった運動を広げていきたいと思っています。

二階 会長さんから大変力強いお言葉を頂きまして、改めて私も勇気づけられました。

成果が出た
ハッピーマンデー効果

須田 国内観光についても大臣は大変ご造詣が深いわけですが、ご出身地には有名な白浜温泉や勝浦温泉等の観光地もございます。我々にとって待望のハッピーマンデー法が今年一月から実現しましたが、その効果はいかがでしたでしょう。
私の本業は鉄道ですので、鉄道事業者の立場から祝日三連休化のインパクトを見ています。これまでも三連休の週末は、通常の週末に比べて新幹線や在来線特急の乗客が増える傾向にありましたが、今年の成人の日が月曜日に変わって三連休となった一月八日から十日の間を、私どもの数字で前年と比較してみますと、総乗客数が在来線特急で約一二%、新幹線で約七%増えており、ハッピーマンデー法の効果が出たと思っております。
十月の体育の日の三連休については、ちょうど秋の行楽シーズンでもありますので、さらに大きな効果が出てくるのではないかと今から期待しているところです。私どもの希望としては、今は成人の日と体育の日の二日だけですが、最初の原案のように、少なくとも四日ぐらいやって頂けるともっと効果的ではないかとの期待もありますので、またご支援を頂きたいと思っております。

二階 ハッピーマンデーは、旅行観光の業界にとっては、本当にハッピーな結果になりましたね。もう二週ぐらい増やしたいと思っています。(その後、平成13年6月15日、海の日、敬老の日も3連休に指定するハッピーマンデー倍増法案が可決成立しました)この不景気ばかり言われている時に、政府が1円も使わずに、国民をハッピーにすることができて、あれは大成功でした(笑)。
国内観光につきましては、ご承知のように、現在、国民一人あたりの平均年間宿泊日数が一・六泊ですが、これを〇・四泊増やして、二泊三日型の旅行を定着させていこうというのが政府としての基本的な方針です。そのために先ほど会長さんのおっしゃった祝日三連休化法、いわゆるハッピーマンデー法が有力な手段になると考えております。
しかしそれと同時に、二泊三日型の旅行を定着させていくために、我々が取り組んでいかなければならないことがあると思います。これだけ国民の価値観が多様化してまいりますと、一点滞在型、リゾート型といいますか、同じところに二泊三日滞在して下さい、ということだけでは国民の多様なニーズに対応できません。そういう意味では、やはり広域観光ルートというものが国内観光についても大変大事になってくると思います。県境を超えた多様な広域観光ルートというものが、観光の魅力を倍増させていくことになるだろうと思います。
例えば東海地方について見ましても、一方では美しい海岸線があり、一方では山岳地帯があり、そしてまた温泉地帯もあり、産業観光もある。それらを上手に広域観光のルートに組み合わせることによって、二泊三日型の観光というものが、より国民のニーズに沿った形で盛んになってゆくのではないかと思っております。そのためには、県境を越えた広域観光ルートの設定が重要です。
そういう観点から、運輸省としても、例えば、会長にもご協力頂きました昨年十一月の北陸WAC(広域連携観光振興合議)等の広域観光会議の開催などに取り組んできているわけですが、県境の璧を越えていくためには、民間の方々の取り組みが非常に重要であります。そして、そのような民間の方々の力が県行政、あるいは自治体行政を動かしていくことにもなるのではないかと思います。
広域的な観光の連携を民間の側から促進していこうというのが、「観光を考える百人委員会」の一つのねらいであるわけです。中部の百人委員会につきましては、7県という広域の方々にお集まり頂いて、今日、この後の会議で発足する運びになっておりますが、会長には発起人として大変なご尺力を頂いたと聞いております。今日は、愛知県、静岡県、岐阜県、石川県、三重県と、五つの県の知事さんもご参加され、経済界の錚々たる人達がご出席下さるようですが、躍動の観光に相応しい百人委員会のスタートですね。

須田 お蔭で立派な会になると思いますね。今お話がございましたように、中部はバリエーションのあるいろいろな観光資源がございます。さっき申し上げました産業観光というような新しい切り口もございますし、山あり、谷あり、それこそ史跡もございますし、伝統産業もあるなど、いろいろございます。全国的に見てもバリエーション豊富な大きな観光地だと思いますので、できるだけ多くの人に見て頂く広域連携は、これから本当に大事だと思っております。
中部の百人委員会が発展できますように、我々も微力を尽くして頑張ってまいりたいと思いますので、どうかよろしくお願い申し上げます。

二階 今日設立されます中部の百人委員会のメンバーの方々を見てみますと、従来の運輸省の観光という枠を越えた幅広い方々にご参集頂いております。中部七県が大変熱心に応援してくださっていると聞いておりますので、皆様方のその熱意に応えるべく、私としても最大限の努力を重ねて行くつもりです。

観光産業振興フォーラムの発足で
官民連携の場も一層充実

須田 ところで我が国では、観光というのがどうも誤解されてきたようで、物見遊山という言葉もありますけれども、生産的でないものの代表が観光だと捉えられて、観光の意義というものが正しく理解されていない面があったと思うのです。「国の光を観る」「国の光を示す」という人的交流の原点に立ち返って観光の位置づけをしていかなくてはならないし、産業としてみた場合にも大きな経済効果があるという数字もあります。観光産業は、これからの我が国の基幹産業になりうるものだと思いますが、どうもその点の位置づけが弱いですね。

二階 私も全く同感です。先進国あるいは発展途上国を問わず、どこの国に行きましても、観光というのはその国の非常に重要な第三次産業としてきちんとした位置づけがなされているわけです。それに比べますと、我が国では観光を堂々とした産業として位置づけることがまだまだ十分でないことを残念に思っています。
産業規模で見ますと、旅行消費額が20兆円、他産業への波及効果が28兆円、全体として約50兆円という大きな産業規模なのです。そしてこの雇用効果はだいたい410万人といわれております。もう一つ、観光産業の特徴は大都市だけでなく、地方が取り組める産業だということです。国土の均衡ある発展を支えていくためにも、観光産業を大きく育てていく事は大変意義あることなのです。21世紀の経済を牽引する一大基幹産業と位置づけて、観光産業の育成に運輸省が先頭に立って取り組んで行きたいと思っております。
昨年12月ですけれども、西武の堤義明さんに代表幹事になって頂いて「観光産業振興フォーラム」が発足いたしました。政府と民問が連携して観光産業の振興に取り組み、21世紀のリーディング産業に育てていくことが必要です。そして、このような地道な努力を積み重ねて、我が国を平和で、豊かな文化生活を誇る観光立国として立ち上げていきたいと念願しております。

須田 非常に心強いお言葉を頂いて私どももさらに決意を新たにするわけですが、先般、大臣が中国においでになって、いろいろ中国の要人の方々と観光についてご協議をされたと伺っております。中国は大変人口の多いところですから、日本への団体旅行の解禁も近いという話もあって、非常に我々としては大きな関心を持っています。どのような状況なのでしょうか。

二階 今年の1月、国会開会前の日程を縫って中国を訪問してまいりました。鉄道協力や我が国からのテクノスーパーライナーの実験航海の話などもしましたが、特に観光については、相当中身の濃い協議をさせて頂きました。中国政府の国家旅游局長の何光暐(かこうい)さんと会談を重ねまして、大きくいって二つのことを議論してまいりました。
一つは、今、会長が言われました、中国からの団体旅行の解禁ということに関して、ビザの発給など実務的な問題もございますので、両国の実務者協議を早めて、中国からの我が国への団体旅行が実現するようにということで、お互いの意見が一致しております。
また、それと同時にもう一つ、先ほど私は観光交流は双方向の交流でなければいけないと申し上げましたが、中国から日本にたくさん来て頂く、同時に日本からも中国にたくさんの人が出かけていく、それが安定的な日中の関係を築いていく。そのような考えの下に、西暦2000年という節目の年を「日中文化観光交流新時代」の幕開けとするため、各界を代表とするメンバーと、一般の参加者からなる2000人の使節団を中国に派遣することを中国側に提案したわけです。
私としては、使節団は、その一人一人を「日中友好民間大使」と位置づけ、2000年の春に新しい日中両国の親善と交流を深める出発点にしたいと考えています。幸い平山郁夫先生が団長をお引受け下さり、感謝しております。

須田 2000年の春に2000人−中国にふさわしい計画ですね。私たちも参加できますか。

二階 大歓迎です。日中友好を2000年代にも、さらに発展させようという友好親善のお気持ちさえあれば、広く多くの方々にご参加頂きたいと思っています。

須田 いよいよこれから、21世紀こそ大交流時代、観光の世紀になりそうで、大臣がエネルギッシュにご活躍になられて、我が国の観光の将来を積極的に開拓されていることを非常に、心強く思います。
「いいものを見るためには長生きせよ」と言いますけれども、私はまあだいぶ老人の部類に入ってきたわけですけれども、少し長生きをして、21世紀の観光交流の隆盛の姿を見たいものだと思っています。どこかその端ででもお役に立てればと意欲が湧いてまいりました。

二階 話は変わりますが、一月に中国に行った時、中国政府から、日本のリニアはまだ使えないのかと熱い期待が寄せられました。国内でももちろん、リニアの時代、まさに交通革命でしょうが、期待の声が大きいわけです。国としても、今後も技術開発だけでなく、実験から開業まで財政支援をしっかりやって行きたいと思います。

須田 リニアに深いご理解を頂きありがとうございます。また、ご試乗も頂いたそうで御礼申し上げます。JR東海としても、国や鉄道総研、さらに地元山梨県のご支援で、咋年は鉄道界の世界新記録を出しました。しかし実用化にこぎつけるまで、これからも相当頑張らなくてはなりません。

二階 「いつ頃、実際に走れるようになるか」と、この頃、国会等でもよく質問されます。そこで私は、咋年四月走行試験で552キロを記録し、11月には相対速度1003キロの高速すれ違い走行を記録。もちろん世界の鉄道における新記録であり、天候や勾配に左右されず走行可能となった。しかし走り込みを7万キロから、20万〜30万キロにする必要があり、実用型試験車の開発、実用者及び建設コストの引下げ等、実用化に向けてさらに5ヵ年くらいの歳月が必要だと申し上げております。
運輸省として技術閑発や財政支援等を積極的に行ない、科学技術創造立国の名の通り、国をあげての支援協力が重要だと力説しております。

須田 全くその通りです。これから先は、さらに国の積極的なご支援を必要としています。
JR東海としても頑張りますからよろしくお願いします。

二階 1990年、私は大野明運輸大臣の政務次官当時、リニアが山梨でのスタートをしました。この前、試乗させて頂いたときに、その頃の大野大臣や、ご熱心だった金丸信先生の当時の写真等を拝見し、この先人たちの遺業を私たちは受け継いで頑張らなくてはとしみじみ思いましたよ。

須田 そうでしたね。金丸先生はリニアの模型を机の上に置かれて、ご自身も東京へ通えることを夢に見ておられたようでしたね。

二階 本日は本当に貴重なお話を頂きました。今日のお話を参考にさせて頂いて、日本を観光立国として繁栄させていくことに向かってさらに努力していきたいと思っております。
私は、国内・国際観光いずれについても、一方的な交流だけでは駄目で、お互いの双方向での交流が相互理解を深めることになると思っております。お互いの活発な観光交流を通じて広汎な相互理解を促進しながら、21世紀の日本の繁栄を磐石なものにしていきたいと考えています。ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

須田 大臣はご就任後、まだ5か月で比較的日が浅いわけでございますけれども、すでにいろいろな政策を打ち出され、精力的なお取組みを頂いております。私どもも大臣のスピードに遅れないよう、頑張っていきたいと思っています。

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