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「観光立国宣言シリーズ」

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第7回地域伝統芸能全国フェスティバル
和歌山シンポジウム

二十一世紀の基幹産業「観光」を語る

パネリスト 井手 正敬

荘司 ※夫
   ※は日偏に光

二階 俊博


羽生 次郎

舷曳 寛眞

脇中 孝
西日本旅客鉄道会長

鞄本旅行社長


(社)全国旅行業協会会長、
衆議院議員

運輸省・運輸政策局長

鞄本エアシステム社長

和歌山県田辺市市長
コーディネーター 近藤 三津枝 ジャーナリスト

 

日時 平成11年5月19日(水)  午後6時30分〜午後8時50分
場所 ガーデンホテル・ハナヨ(和歌山県田辺市)
主催 田辺商工会議所、牟婁商工会、白浜町商工会、上富田町商工会
田辺市観光協会、白浜観光協会、上富田町観光協会 
後援 田辺市、白浜町、上富田町、(財)地域伝統芸能活用センター
(社)日本旅行業協会、(社)全国旅行業協会


近藤 皆様、今晩は。このゴールデンウィーク、特に和歌山の皆様方は、特別の思いでお迎えになったのではないかと思います。南紀熊野体験博、私も開会式当日オープニングセレモニーを担当させて頂きまして、もう大変な感動を覚えました。このゴールデンウィーク、大変な人出で、日本中が多分、和歌山に、南紀に注目していたのではないかと思います。もちろん日本全国、非常にこのゴールデンウィークは動いたようでございます。曜日的にも配列が良かったということ、お天気にも恵まれまして、鉄道も、航空も、そして旅行会社のパッケージツアーも、昨年と比べて非常に成績が良かったというふうに出ております。
 今日のテーマは、『二十一世紀の基幹産業「観光」を語る』というものですが、観光は、二四兆円もの経済波及効果を有するといわれ、これから日本を支える、そして引っ張っていくリーディング産業になると考えられます。そしてこの観光に関して、何か手立てを加えれば、日本の観光は世界的にも注目されて、日本の経済をさらに押し上げる推進力になっていくのではないか。そういう期待感もあるわけです。では今、観光をどのように考えていけばいいのか。今日は、こちらにおられますパネラーの皆さん方とディスカッションさせて頂きながら考えていきたいと思います。
 はじめに各パネラーの先生方が、観光についてどのようなご意見をお持ちか、それぞれお考えを伺って、それからディスカッションに移らせて頂きたいと思います。それでは、井手会長からよろしくお願いいたします。

二十一世紀の基幹的産業としてー
経済戦略会議が首相に答申

井手 JR西日本の井手でございます。私からは、集客観光産業こそ我が国の将来の重要産業だというお話を申し上げたいと思います。
 我が国の現状は、いわば国難に近いような大変な経済状態であります。その原因につきましては、戦後、我が国を支えた、我が国の今日までの社会経済の諸制度すべてに構造的に制度疲労が釆たということに尽きるのではないだろうかと思います。
それは、極端な規制に守られた官主導による護送船団方式の産業政策であり、明治維新以来の先進国に「追いつけ追い越せ」の精神も手伝った模倣・横並び・規模拡大の発想であり、それがまた、世界の経済とも摩擦を生み、日本が世界の孤児への道を歩んだ一つの原因であったかも知れません。これを打破するためには、橋本前内閣が推進いたしました六大改革を中心とする、いわゆる我が国の社会経済の構造改革を徹底するしかないと思いますし、また、その際には、これから起きる世界的な経済の大競争の中にあって、なお先進国としての節度を求められるとすれば、我が国の産業のあり方がどうあるべきかということも、問われなければいけないだろうと思っています。
 昨年の七月の末に成立いたしました自自連立による小渕内閣は、我が国の社会経済の立て直しを最大の公約としておりますが、この課題に応えるため、私も参画した経済戦略会議が、今年(平成十一年)二月二十六日に総理に答申を行なったところでございます。その骨子は、過度な公平と平等の考え方を捨てて、健全で創造的な競争社会を構築しょうというものですが、とりわけ明治維新以来続けてまいりました、追いつけ追い越せのキャッチアップと横並び思想の転換ということであったのではないだろうかとも思います。
 さて、戦略会議の最初の議論は、我が国の経済を再生させるという目的はあるものの、再びバブルを起こして国を一時的な繁栄に導くのではなく、二十一世紀の我が国が引き続き世界に伍していくための、今後の経済のあり方を諭ずるべきであるということでした。経済再生といいますと、ともすれば景気をよくするために、公共事業を大々的におこせとか、あるいは大幅な減税をしろといった配分の議論が先に立ちがちですが、我々はこれから日本の国富の源泉をどこに求めるのかということを論ずるべきではないだろうかということが議論されたわけです。
 そこで我々が考えましたことは、これからの大競争時代を生きていくには「ナンバーワン」を目指すのではなくて、「オンリーワン」を目指すべきであろうということです。また、二十世紀は科学文明が大いに発達し、物質的な豊かさをもたらしましたが、反面、地球を酷使して今日まで来てしまったのではないだろうかとの反省が必要となっており、今後は「オンリーワンを目指す」と同時に、「地球に優しい」ということがどうしてもキーワードにならざるを得ない。そうであれば、我が国が何をもって富を稼ぐ源泉とするかということは二つしかないと考えております。一つは、日本が得意とするハイテクを中心とした分野のモノづくり、もう一つは、地球にやさしく、しかも我が国がそれに相応しい文化的・歴史的資産を有していると同時に、そのことが世界平和に多大に寄与をするということから、集客観光に特化するしかないのではないかということを議論し、戦略会議はまずそのことを確認したわけです。
 観光というものは従来物見遊山と思われがちでしたが、この観光という言葉は、中国の古典にありますように「国の光を観る」という大変大事な意味を持っております。同時に、ちょっと戦争が起きますと海外旅行に出かけるお客様が途端に減ってしまうというように、観光は平和産業であります。そして、先ほど、我が国の観光の経済波及効果は二四兆円というお話がございましたけれども、これほどの経済効果が観光産業の中で生まれてくるということだとすれば、これが我が国のこれからの国富を嫁ぐ源泉にならないはずがございません。しかし、同時に観光を考えた時に、例えば、京都・奈良は、社寺仏閣があればお客様がお見えになるのは当然だということで構えている。その結果、今日、修学旅行のお客様のほとんどは京都・奈良には行かず、東京ディズニーランドに行かれます。要するに、今まで社寺仏閣があれば釆て下さるだろうと思っていた観光というのは、本当の観光事業ではありません。社寺仏閣があることに加えて、さらにそこにお客様が来て下さるようなこと、つまりいわゆる集客の仕掛けをしてこそ産業として意味があるのであって、単に観光ということだけでは、今後お客様はお見えにならないでしょう。集客観光といって初めて産業になるのだと私は思っております。
 従いまして、今後は歴史的なものや文化的なもの、あるいは自然的なものが、単にそれがあるだけではお客様はお見えにならない。どうしたら集客につながる仕掛けをつくることができるのかを考え、その上に立ってビジターズインダストリーを構築いたしまして、二十一世紀の我が国の基幹的な産業に育てる以外にないだろうということでございます。
 この点につきましては、今回の経済戦略会議の答申の中ではっきり二十一世紀の基幹的産業として集客観光が位置付けられました。その証拠といたしまして、今一番急務とされている雇用創出において、政府が緊急的に四つの項目で七〇万人の雇用創出を目指していますが、その四つ目に観光事業で約九万人の雇用を創出することが当面の内閣の責務になったということ一つをとりましても、これからの日本にとって集客観光がいかに大事かということを示したことになるのではないだろうかと思っております。
 私ども、輸送業に携わる人間でございますけれども、今まで物見遊山と思われていた観光を、せっかく国が初めてこれを産業と認知し、しかも二十一世紀における基幹的産業と認知したわけですから、ぜひこのチャンスを捉えて、二十一世紀における国の基幹産業としての確固たる地位を今のうちに構築すべく努力いたしたいと思います。ぜひ、皆様方もその点についてご理解頂き、ご支援頂きたいというのが私の考え方でございます。

近藤 ありがとうございます。閉塞状態にある日本経済をどう立て直すのか、そのための頭脳が集まった経済戦略会議にご出席になった井手会長が、日本が持っている一番の優位性、技術、ハイテクとともに、観光が経済再生の鍵を握っていると会議で議論されたとおっしゃいました。これからも基幹産業として大いに期待されているということではないかと思います。
 それでは、続きまして、日本旅行の荘司社長にお話を頂きます。

政府の観光重視策に併行して
業界全体で需要の喚起を

荘司 荘司でございます。今、井手会長から、大変力強いお話がございましたが、私どももそういった期待に我々業界の立場として、できるだけ応えていかなくてはならないだろうと思っております。
 お集まりの皆さん方も感じておられるように、私ども旅行業界も九七年の後半ぐらいから大変お客様が減ってまいりました。また、価格も安くなっており、大変厳しい状況に陥っております。海外旅行客につきましては、九一年の湾岸戦争の後、関空の開港でございますとか、史上最高の円高などを背景に九六年まで急激に需要が伸びました。これに対して、国内旅行の低迷といいますか、空洞化が懸念され、種々、いろんな対策が取り沙汰されたのはご承知のとおりでございます。ただ、この海外旅行客も九七年の後半から減ってまいりまして、九八年はさらに減りました。これに対して国内旅行が健闘しているじゃないかということが言われているわけでございますが、全般的には、この経済状況を反映して停滞をしておりまして、大変厳しい状態にあるのはご承知のとおりでございます。『レジャー自書』によれば昨年は、旅行の総支出が三・七%減ったと言われておりますし、私ども業界の主たる業者五〇社の取扱高で見ると三・九%くらい減っていると言われております。私どもの収益で言いますと五%程度減少していると考えております。
 こうした厳しい状況の中で、私どもの課題は、この観光を二十一世紀の基幹産業として意識的にみんなで頑張って位置付けていく上で私どもは何をなすべきかということであります。消費者である国民の皆さん方の意識をお伺いいたしますと、国内、海外ともに旅行というものに対する潜在的なご希望は非常に強いという結果が出ております。今年のゴールデンウィークの人出などを見ましても、そういう感じがするわけですけれども、こういった欲求にいかに私どもが応えていくかというのが、当面の課題かと思っているわけです。
 最近は、政府でもこの観光というものに注目し、力を注ぎ始めております。これは、二階先生の強力なリーダーシップに負うところが大きいわけですけれども、政府も、これまで観光産業は民間に任せておけばいいんじゃないかという考え方が強かったと思いますが、このところ国を挙げて一つ力を入れていこうじゃないかというふうに変わってきていると思います。従来からいろんな仕掛け、つまりTAP(観光立県推進会議)とか、WAC21(広域連携観光振興会議)とか、あるいは明後日から当地で行なわれます地域伝統芸能フェステイパルなどが各地で開催されております。あるいは国が音頭を取られまして、観光ディスティネーションの開発協議会を地域ごとにつくったりということもやって頂いております。私ども業界としても、こういうものに積極的に参画してきておりますが、これまではどちらかというと個々の事業者代表の参加という形にとどまっておりました。ここに来まして政府においてさらに直接的な予算も確保するとか、あるいは、これは二階先生をはじめ多くの皆さんにご尽力を頂きましたけれども、いわゆるハッピーマンデー、祝日の三連休化が実現する。ある祝日を月曜日に持ってきて三連休化するという法案をつくって頂いたわけでございます。
 そういう中で業界としても、今後の需要喚起策について、業界を上げて取組むべきではないかという議論が強くなってきておりまして、総需要の喚起策についても取組みをはじめました。一つは種々の媒体を利用して、消費者への「旅行へ行きましょう」という動機付けのアピール、これを「あなたのすてきな旅しませんか。」と統」的なキャッチフレーズで近々新聞広告を出し、また私どもの店々のドアに張ったり、JR西日本の電車のドアに張らせて頂いたりといったいろいろな方法で強力にやろうといたしております。それから海外旅行につきましては、とりあえず仙台、名古屋等を中心に「トラベルマート」と称して、ミニ旅行博の開催に取組もうとしております。
 国内旅行の喚起策についても、私どもJATA(日本旅行業協会)でプロジェクトチームをつくりまして、それぞれの地方へお伺いをいたしまして、どのような共同キャンペーンをやっていけるだろうかということを、地方とご相談するような体制をつくりました。今のところ北陸三県でございますとか、沖縄県等と具体的に話をはじめております。あるいは、外国人の訪日旅行のさらなる促進、これも国でやっておられますことに対して私どもの立場で何かできないかということで活動をするとか、あるいは先ほどの三連休化に加えてさらなる休暇制度の改善を目指して推進本部をつくって行なっていくとか、諸々の取組みを業界全体として進めております。
 さらに、時代を先取りするということではありませんけれども、熊野でも実施をされておられるエコツーリズムを、業界としても何とか走者させたいという思いで、グローバルワンという世界的な通信会社と提携して海外から国内へ安く電話がかけられる「JATA環境基金コーリングカード」をJATAで開発し、その電話料金の一部をこの環境基金に入れることとするなど、環境の保全についても業界全体として取組んでいこうとしております。それから、障害者の旅行に関するガイドもつくって、大いに障害者の方にも旅行して頂こうとか、そういった社会貢献についても頑張っているところでございます。これは、総需要の喚起もございますけれども、一つは、どうもこれまで旅行業界というのはあまりステータスとして高くないという言われ方をしておりまして、業界としても、信頼性の向上を通じて何とか少しでもそのステータスを上げていくという努力を業界挙げてやっていく。そうすることで、これから到来するであろう大旅行時代に、私どもが一定の役割を果たしていけるようにと思っているわけでございます。
 個々の事業者の立場といたしましては、これから訪れます大旅行時代に対しては、お客様の視点に立って、いい商品、いい企画を開発していくということに力を入れていくこと。それから、それをきちっとしたサービスで担保していくということが必要でしょう。そういった中で考えておりますのは、観光業界にいい人材を何とか確保する必要があるのではないかということです。現在、私どもの会社でも来年の新卒者の採用試験をやっておりますが、第一次の説明会で筆記試験を受けられた方が七〇〇〇人ございました。100人に満たない採用予定者に対して七〇〇〇人でございますので、これはもう大変いい人材が採れると期待しておりますし、また反面、こういった熱心な方々に、私どもがしっかりとした魅力ある職場を与えられるように頑張らなければならないと自戒もしております。いずれにしても、若い方々も旅行業界に大変な意欲を持っておられます。私ども、大変厳しい環境にありますので、事業の効率化についても懸命にやり、何とか業界の信頼を確保していくように努力してまいりたいと思っております。

近藤 ありがとうございました。消費者への動機付けをアピールする。旅行するにも動機があると旅行しやすいということなのでしょうか。このあたりも、また後ほどディスカッションの課題とさせて頂きたいと思います。旅行したいという心理はどの辺りから動くのかということなのでしょうね。続きましては、二階先生、よろしくお願いいたします。

業界の智恵と力を総結集し
観光立国と観光立県の実現を

二階 今日は観光業界の方々のみならず、お顔を拝しておりますと、和歌山県の各地域からこの会に熱心にご参加を頂きまして、まずお礼を申し上げたいと思います。同時に私はこの壇上におられるパネラーの方々、私を除いて、みんな天下の第一級の方々でございまして、お揃いで私達の南紀田辺の地にお越しを頂きまして、観光に対する貴重なご助言を頂くことができますことを、私は地元の者として心からお礼を申し上げたいと思います。
 荘司社長がおっしゃったJATA、日本旅行業協会、これは一口に言いますと大きい旅行会社の集まりです。例えば、交通公社とか、あるいは、東急観光とか、農協観光とか、もちろん荘司さんの日本旅行、こうした皆さんがお集まりの業界団体であります。私が担当いたしておりますANTA、全国旅行業協会というのは、名前だけ開けば、どっちが大きいか分からないくらい大きな名前をしているんですが、和歌山県で六五社くらいございますが、全国で五七〇〇社ございます。いずれも、中小零細の関係のグループでございますが、集まって行動すれば五七〇〇社あるわけでございますから、私はいつも協会のメンバーに一社一人お客さんを連れてくれば五七〇〇人、二人連れてくれば一万人になる。我々はお互いに協力協調しぁいながら頑張っていこうということで常に励まし合っているわけでございます。
 今日の私に与えられたテーマは「観光立国と観光立県」ということでありますが、今、井手さんや荘司さんからもすでにお話がございましたが、観光といいますと、何となく遊びに行くみたいな響きがあり、軽い受け止められ方がされがちであったわけです。しかし、今や観光というのは、世界の雇用の一〇人に一人は観光で飯を食っているわけです。大変な産業なんです。ですから、この産業が実力に相応しい社会的、あるいは国家的な位置を占めていけるように、頑張っていかなくてはならない。つまり、日本のセンターに観光があっていいんだという主張を私はずっといたしております。私は自らは観光に何の関係もないのですが、選ばれておりますこの田辺白浜にしましても勝浦温泉にしましても、日本に名だたる観光地です。そうした土地の出身の者として、何とかして「観光」がもっとセンターに位置できるようにしたいという希望を常々持っておりました。
 JR西日本の井手会長が、このたび、小渕総理の経済戦略会議の重要なメンバーとしてご活躍を頂いて、我々観光業界全体の気持ちを代弁してご発言され、官邸の中で観光が堂々と語られるという、そういう時代を迎えるにいたりました。私はこのことを高く評価しております。そして、今までは、日本人の旅行は平均しますと年間一・六日であります。これを、国の決意としてせめて二日にもっていこうということを政府の方針として決めたことであります。これは、画期的なことなんです。観光なんて遊びじゃないかと言われていた時代から比べると大変な前進であります。しかし、二日としましても国際的にはまだまだ低いんです。だいたい先進国では一週間から一〇日、あるいはまた、少ないところでも四日聞くらいが平均といわれている国々が多い。我々は今度二日を目標にしていこうというわけですから、これから相当頑張っていかなくてはならない。こういうことが言えると思うわけです。
 そこで、今後、観光立国を推進していくためには、今、お隣に運輸省の羽生さん、観光の部門も担当いたしております運輸政策局長がお見えになられておりますが、二〇〇一年の省庁再編成によって、運輸省は建設省や国土庁と一緒になります。大変大きな官庁になるわけであります。私は、この大きな官庁になることを機会に、国土交通省という名の新しい役所の中で、観光街政がもっともっと中心的な役割を果たして国民の期待に応えうるような状況をつくっていくということ、そのチャンスが目の前に訪れていると思うわけです。
 先ほど、祝日三連休の点についてもお話がございましたが、これは休みを特別増やそうというわけではないんです。週の真申にある祝日を月曜日に持っていくわけです。ですから、祝日月曜化法案というふうに言ってもいい。そうしますと、土曜、日曜、月曜と三連休になるわけです。それを与野党ですったもんだやり、まず二回やることで落着しました。ゴルフでもいきなりワンオンといかない場合には慎重にツーオンを狙う。業界全体も、早くこれをやってもらいたいという声が多かったものですから、今回は二週でまずスタート、あと二週くらい追加するのがいいだろうと思っております。
 観光の中心的な役割は、人や文化の交流、あるいは、歴史との出会い、そういう意味で非常に深みのある産業だと、私は思っております。同時に、お話にも出ましたが、平和でなければ成り立たない産業なんですね。ドンパチやっているところへは、どんなに安い旅行を組んでも誰も行きません。そういう意味では常に平和でなくてはならない。旅行に出かけようと思うと、家庭も平和でなくてはなりません。家庭が戦争中に出かけていくというわけにはいかない(笑)。それから、休もさわやかな気持ちでコンディションが整っていなければ、旅行というのも余り面白いものではない。
 そういうことから言いますと、旅行に出る、旅に出るということは大変なことなんですね。松尾芭蕉が奥の細道に旅をした際に立ち寄った場所を、福島県の須賀川市で見せてもらったことがありますが、ここには日本一の牡丹園があり、牡丹の花が一杯咲いておりました。こんないい季節だからひとつ旅に出ようという気持ちに松尾芭蕉さんがなったんだなあと、私もその場で思ったことがございます。
 そこで、私達は観光立国を進めていくために、ありとあらゆる施策をやっていかなくてはいけない。野放図に広い舞台でやるわけですからどのようなことが成功するか分からないんです。先ほどさまざまな数字が出ましたが、観光産業に直接雇用されている人は、日本では九〇万人といわれております。その波及効果を考えあわせますと四一〇万人を超えるのではないかと言われております。四一〇万人というと、今日本で失業している数がだいたい三百数十万人から四〇〇万人といわれておりますから、観光産業の雇用をもし倍増することができれば、今の日本の失業問題や不景気は吹っ飛んでしまう、そういう位置付けもなされるのではないかと思うんです。
 また、私は観光関係に素晴らしい人材を多く集めることが重要であり、そのために観光の専門の大学、あるいはまた、観光図書館というものも設置しようではないかとかねてから主張しております。先般、日本バス協会の会長と話し合っておりましたときに、バスを改造して動く観光図書館をつくり、観光関係の映像や本を積んで、いろんなところを回ったらどうかという話になりました。運輸省も後押しをしてくれて、だんだん実現の緒につこうとしております。
 さらに、私達の和歌山県が観光立県としてどういうことをやっていくのかという問題ですが、今、県が中心になって、今度の熊野博をはじめとして観光業界の皆さんと協力して進めてくださっており、他の県から誉められていることも一杯あります。これをさらに進めていくためには、飛行機で東京から入って来る、あるいはまた、この白浜から他の県に飛行機で出入することができるようにすることも大変大事なことです。それと、私ども紀伊半島全体が繁栄していくためには、何よりも高速道路の問題と、もう一つは、今の鉄道が、できうれば新幹線に直通運転できるような形にすることが重要です。今まで、このことはみんな夢物語のように思っておりましたが、いよいよフリーゲージの技術を使ってこれを具体化できるようになってまいりました。ミニ新幹線と言われておりますが、私たちのこの地域を走る列車が、やがて新幹線に直通運転することができる。ですから、東京発田辺、田辺発東京ということが不可能ではないという時代がもうすぐやって来ようとしております。
 今、アメリカのコロラドでその実験をしておりますから、私は国会が終われば、衆参のしかも自民党も自由党も含めて運輸関係の専門の国会議員を引き連れて、コロラドへ行ってこようと思っております。そして、今年(平成十一年)の暮れの予算編成には、そうしたことをきちっと位置付けできるようにしようと思っております。

近藤 ありがとうございました。観光立国と観光立県、それぞれの課題は何なのか、課題をお話頂きました。続きまして、運輸省の羽生運輸政策局長、よろしくお願いします。

有望な観光産業の未来
長期的な繁栄には三つの工夫を

羽生 羽生でございます。私の方からは、観光産業の未来についてお請いたします。先ほど二階先生、また、井手会長もおっしゃいましたが、観光産業あるいは観光というのは「遊び」と思われていたのが、この一年を契機にかなり位置付けが変わりまして、今までは大蔵省などに遊びだとポンと言われていたのが、経済成長を引っ張る牽引車、あるいは間接効果を入れると四〇〇万人の雇用を支える産業、地域振興に寄与する産業という具合に、かなり評価が変わってきた。これを機に、さらに観光というもののステータスを上げて、それを日本の中で認識して頂くようにしなければならないと考えております。
 先ほど二階先生から、運輸省と建設省が一緒になって国土交通省になるというお話がございましたが、実は運輸省と建設省というのはあまり伸のいい官庁ではございませんで、向こうは道路を整備するというと、我々は鉄道がいいと意見が食い違うことがございます。しかし、観光だけは協調できるところがございます。というのは、観光はなかなか裾野の広く、運輸省だけでできるものではないということを我々よく承知しておりますし、建設省の手を借りて、公園だの、あるいは道路を整備すれば、さらに良くなる。従って、合併を行なう時は、民間企業でもうまくいかないことが多いのですけれど、こういった分野では、国民の皆さんのためになる政策ができるようになるのではないかと考えております。
 ところで、本日のテーマである観光産業ですが、これは未来産業でございます。成長が保証されている産業でございます。ハイテク関係、情報産業とかバイオ産業、これが伸びるといわれておりますが、観光はそれほど新しい産業ではないのですけれど、これらに勝るとも劣らないくらいの伸び率が保証されている産業でございます。何故保証されているかといいますと、世界の経済がこの七年くらいで二割くらい伸びているのに対し、世界での国際観光収入は一九九〇年から九六年の間に、一・六倍になっておりますから、世界の経済成長率の三倍の速さで伸びております。世界的にいかに観光というものが、伸びていく産業かお分かり頂けると思います。
 日本の場合も一五年前と比べますと実に四・二倍になっておりまして、一五年間で四・二倍に成長した産業、しかも、五〇億円とか一〇〇億円からスタートしたのならともかく、何兆円かの基盤を持っていたのが一五年間で四ニー倍になった産業というのは、ざらにないというか、この産業だけでございます。ただ、問題なのは国内でございまして、国際観光というのは日本で四・二倍になったんです。ところが、国内観光は一・四倍にしかなっておらず、現在の資源に安住していると観光客を外国に取られてしまうというおそれがあります。
 次に、どうすれば観光産業は発展するかといいますと、実に簡単でございます。総理府の調査によれば、何故観光旅行に行けなかったのかといいますと、一番大きな理由は休みがないから。これは全体の三割でございます。その次は、何となく旅行しないまま、情報がないから、いい所がないから行かなかった、これが二割五分くらい。それから、もう一つは、当然ながらお金がなかったからというのが二割五分。これが三大要因です。従って、この三つを解消すれば観光客は増えるわけでございます。
 すなわち、第一は暇をつくってあげること。旅行に行きやすいように、三連休をつくったり、あるいはゴールデンウィークみたいな沢山の休みをあげること。それから、二番目に安いこと。バブルが終わり、消費者の方は大変利口になってるわけですから、一週間の旅を一〇〇万円で売り出しても行かないわけです。まあ行く人もいるかと思いますが、少ないわけです。何といっても、低価格なものを出さなくてはならない。安ければサービスが悉くてもいいというわけではありませんが、安いということは大きな魅力です。三番目は情報があること。どこに行ったら、何があるんだとい〉うことが分かるということでございます。
 こういう意味からいたしますと、祝日三連休というのは大変な効果がございまして、これを秋のシルバーウイーク、あるいは、春の旅行日にあてますと、おそらく今回の二日ですら、四〇〇〇億〜五〇〇〇億円の波及効果がある。これを四回やりますと、おそらく一兆円以上の効果があります。しかも、この施策のいい点は、お金が一銭もかからな一い。税金は一銭もかからずに、一兆円売上げが増える。しかも、これに合わせて情報を国民の皆さんに届くようにすれば、かなり効果が増して、簡単にできる政策でございます。
 しかしながら、安くするということは、関係業界の方の努力が必要です。これも典型的な例が沖縄と北海道でありまして、沖縄の場合は政治的理由で飛行機の運賃を下げました。飛行機の運賃はタグでは下がりませんから、国の飛行場の着陸料、使用料というのを下げました。往復で八〇〇〇円下げたら、この不況下に沖縄だけは対前年比一五%くらいの増加がございました。北海道についても北海道が管理している空港の着陸料、使用料を下げましたところ一〇%くらい利用者が増えた。従って、この安いということは、非常に最近重要になってきたんだと思います。こうした取組みにより短期的にはかなり増えます。短期的だけではいけないんで、長期的にも、どういうことをやればいいかというと、これも三つくらいあります。
 よく言われていることですが、第一は、魅力ある観光地をつくること。これはなかなか一朝一夕ではできませんし、魅力ある観光地というのは自然のままだけでは駄目なようであります。人間は自然が好きなようですが、生の自然を求めてアラスカに行って来いといっても誰も行かないわけで、ある程度自然に手を入れてやらないといけない。それから、二つ目は、最近言われていますが、広域的な取組みが必要です。例えば熱海も昔はいい所で新婚旅行や旅行会で出かけたものですが、熱海だけでジ・エンドとなってしまうため、この頃はそういう所になかなか行かなくなる。広域的でいろんなことができる所、即ち、熊野博などというのは非常にいい試みであると私は思います。それから、三番目は交通の快適性を何とかする必要がございます。当地でいえば、紀勢線と南紀白浜の空港でございます。これらを、便利なだけじゃなくて快適にすること。この三つをやれば、長期的には観光は繁栄する。
 観光の需要は、他の産業と違って刺激しなくても出てくるくらいあり、国内はむしろ供給サイドに問題があるわけでございます。供給側の方で今申し上げたようなところに力点を置いて頂くと、私は、一五年間で一・四倍なんてけちな数字ではなく、国際観光は四・二倍に増えたわけですから、話半分としても、その倍くらいはいくんじゃないかと思っております。従って、結論的に申し上げますと、観光産業というのは、未来産業で、成長産業でございますが、どのくらい成長するかというのは、各観光地のこれからの取組みいかんにかかってくるのではないかと思います。それから、各交通産業をはじめ事業者の方々がいかに低廉なサービスを出すか、この二つにかかってくるのではないかと思っております。

近藤 ありがとうございました。短期的に、そして長期的には何が課題であるか、非常に整理して、分かりやすくお伝え頂きました。先ほど、「最近
何故観光に行かなかったか」という世論調査をご披露頂きましたが、留守中に家庭の世話をする人がいないから、というのが四番目の理由だそうです。で、この 「家庭」というのは、お年寄り、そして子供たち、ということなんですね。

増加する一方のシルバー世代には
思いやりのあるもてなしで

近藤 高齢社会に入りまして、お年寄りをお家に置いておくのか、それとも一緒に旅行するのか、もしくは、お年寄り自らどのように旅行すればいいのか、マーケットとしてもシルバー世代は非常に魅力があるのではないかと思うのですが、そのあたりのお詰も続けて、舷曳社長に何いたいと思います。

舩曳 皆さん今晩は、日本エアシステム(JAS)の舩曳でございます。シルバー世代の旅づくりということで、お話をさせて頂きたいと思いますが、そもそも何故私がシルバー世代の旅づくりに興味を持っているかといいますと、社長になりまして、我が社は人に優しい航空会社を目指そうということになり、お年寄りとか、お子様連れとか、赤ちゃん連れのお客様に安心して空の旅をして頂くためにどういうことをすればいいかと考えてみたわけです。
 ではJASは具体的にどんなことをやって来たのかといいますと、まず、体が不自由でも、誰でも飛行機に乗って頂くため、車椅子で飛行機の中までご案内する。車椅子でそのまま飛行機のシートから移動して頂く。このようにすれば、ご一緒に旅行して頂けるのじゃないか。
 あるいは、飛行機に乗りますと、よく赤ちゃんが泣いておりますが、どういうふうにすれば赤ちゃん連れのお母さん方が安心して飛行機に乗って頂けるのか。
 そこで、私は、保母さんとか、看護婦さんの資格を持った方、容姿よりもそちらを優先しますということで募集をいたしましたところ、大勢の方に応募して頂きました。
 また、スチュワーデス達に、お年寄りとか身体障害者の方が飛行機の中で体の具合が悪くなった時に看護が十分できるようにと、日本赤十字社の救急員としての資格を取らせておりまして、今年中に四〇〇名ほどのスチュワーデスがその資格を取り、だいたいどの飛行機に乗っても、資格を持ったものが乗っているようにしておきたいと考えております。
 こんなことをしている過程で、私も、もうシルバー世代に入ってしまいました。シルバーというのは、どれくらいの年代をいうのかといいますと、六五歳からがシルバーだそうです。私は子育て、家づくりの終わった五五歳からシルバーと考えてもいいんじゃないかと思っておりますが、統計では六五歳からがシルバー世代。では、そういう方がどのくらいの人口になっているかというと、今から一〇年前は日本の総人口約一億二〇〇〇万人のうち、六五歳以上の方は一四三〇万人。だいたい全体の一二%でございました。一〇年経って今二一〇〇万人強で一七%。これから一〇年後には六五歳以上が二八〇〇万人で二二%。そして、二〇六〇年がシルバー世代の一番多くなる時期となり、その時には三二〇〇万人、実に日本の人口の三二%くらいの方が六五歳以上になります。この人達に、ぜひ旅行してもらいたい。旅をして頂くために、これから、どういうことをすればいいかということをみんなで考えてみる必要があるんじゃないかと思います。私達は、利用して頂く立場でありますと同時に、私達自身も体が不自由になっても旅を楽しみたい。それを可能にするためには、これから輸送業界も、観光業界も一緒になって、この人達を旅に誘い込むためにはどうしたらいいかということを考えてみてはどうかと思っております。
 では、シルバー世代の特徴って何だろうか。私も間もなく会社を定年で辞めます。そうしますと、まず財布が小さくなってきます。財布の組も硬くなってくる。しかし、こういう世代が、安心して旅をできるようにする。何しろ日本の人口の三二%ですから、どんどん増えていく方をお客にしない手はないわけであります。財布の小さくなった人達でも安心して旅をして頂きたい。
 その次に、シルバー世代の方々は体が不自由になってまいりますが、体が不自由になって、足腰立たなくなっても、家族が年寄りを残していくんじゃなくして、一緒に、お爺ちゃんもお婆ちゃんも連れて行ってあげようということにならないといけない。最近、核家族化が進み、親子の情とか家族の愛情というのが段々薄くなってきておりますけれども、私は、二十一世紀は三分の一が年寄りですから、やはり、みんなが年寄りと仲良く暮らせる社会であるべきだと思っております。そういう社会づくりをするためにも、やはり、足腰の不自由な方々が安心して旅をするためにはどういうことをすれば良いかということを考えないといけない。年寄りの旅で一番大事なものは、まず暖かいこと、温泉があること、自然が美しいこと、食べ物も美味しいこと。どうですか、和歌山県に、これに欠けているものがあるでしょうか。すべて整っておるんじゃないでしょうか。となると和歌山県は、シルバー世代の旅の候補地として最高ではないかと思うのです。あとは、どういうふうに整備していくかということが、これからの課題ではなかろうかと思っております。
 最後に、私はシルバー世代にさらにもう一つ特徴があると思っております。財布は小さくなる、足腰は不自由になる、そしてもう一つ、孤独があるのではないかと思っております。私なども会社を辞めてしまえば、おそらく会社へ行っても邪魔者扱いされるだけです。友達も段々少なくなってくる。そこで、旅をすることによって、人と人とのふれあいとか親切とか、そういうものに触れることができたら素晴しいと思います。二十一世紀の超高齢化社会を迎える日本の中でこのような旅づくりを盛んにしていくためには、これから何をすればいいか、皆さんとご一緒に考えてみてもいいんじゃないかと思います。

近藤 ありがとうございます。シルバー世代の特徴の三つ目が孤独というのは、なるほどと思います。この孤独という部分をいかに緩和していくのか、慰めていくのかということが、観光産業がこれから元気になる一つのポイントかも知れません。それでは、地元、田辺市長の脇中さん、よろしくお願いします。

脇中 脇中でございます。本来ですと、私は、一番前に座って、皆さん方のお話を聞き漏らさないように聞いて帰り、それを行政に生かす、それが私の立場だと思います。私共のところは、まず気候が温暖で、温泉もありますし、自然も本当に綺麗です。その紀南の地に一人でも多くの人にお越し頂けるようにするということが、私ども、行政の課題でありますし、皆さん方にも一緒に考えて頂きたいことと思います。

地元だけの観光振興ではなく
広域的視野に立って各地と連繋を

脇中 最初から、数字を申し上げて恐縮ですが、平成九年に田辺・西牟婁郡にお越しになった観光客は、推計で七〇〇万人といわれております。中でも白浜町さんが断トツで、七〇〇万人のうち約三七〇万人が白浜にお越しになっています。田辺市の話が中心になって恐縮ですが、白浜町さんのおこぼれを頂戴するといえば、少し卑下しすぎているかも分かりませんが、白浜に大勢の方がお越しになる、その方を何とかして少しでも田辺にお
越し頂けないものか、こういうことも視点の一つでした。しかし、いつまでも、そういうことでは駄目だということで、田辺市もそれなりに考えて、観光客の誘致に努めているところです。
 田辺市にお越しになった方が平成九年度一年で七六万人くらい。ところが、その中で、宿泊された方が二六%ですから、だいたい四人に一人ということで、その辺りが白浜町さんの観光客に比べて田辺市の場合は少ないわけです。しかし、観光というのは、一か所にお越しになって、そこだけで終わりという観光はだんだん無くなって来ています。点が線になって、線が面になってということを狙うのが、今、私ども行政の一番の大きな課題なんです。まだ、田辺市の場合は、点から線になかなかつながっていないのが現状だと思いますが、その意味では今回の熊野体験博というのは非常に大きな契機になりました。
 西口知事の提唱された熊野体験博というのが、田辺はもちろんですけれども、紀南を本当に全国の人に知ってもらう、そして、これから二回、三回と熊野の良さを認識して頂いて、足を運んで頂く、そのことの一番いいきっかけになったと考えています。私も旅行は好きで、しかも各停の電車に乗ってトコトコと行く旅行が非常に好きなんですが、その土地、その土地の景色が美しかった、食べるものが美味しかったというのが嬉しい。そしてそれも大事ですけれども、その土地の人情が、人が温かく迎えてくれた、人の気持ちが本当に嬉しかったというのが、やはり、もう一度、その土地へ行こうかという、大きなきっかけになると思っています。そういうことから考えますと、熊野体験博でも、市民の皆さん方に、おもてなしの心で全国からお越しになる方を迎えてほしいということをお願いしております。
 この熊野体験博では四月二十九日から五月十五日までで、新庄のシンボルパークだけで約一五万人の方が入場されています。もちろん、土地の人もおられるでしょうが、全国からお越しになった方もずいぶんおられると思います。いかに、いい印象を持って帰ってもらえたかということが今一番気に掛かっているところです。そしてこの熊野体験博を通じ、田辺市の観光というだけでなく、紀南全体、少なくとも、白浜を中心に、この西牟婁・田辺を含んだ、この地域がみんな一つになって観光を考えていくということが、必要であろうと思っています。具体的に、どういうふうに取組んで行くかはこれからの問題ですが、例えば、この田辺市では、熊博を前にして、JR西日本さんの田辺駅前の土地をお借りいたしまして、南紀田辺観光センターをオープンさせて頂きました。この観光センターは、決して田辺だけのものとは思っておりません。どうぞ、周辺の町村の皆さんにもフルに使ってくださいとお願いをしています。センターにお越し頂けたら、田辺はもとより、白浜も周辺の町村の情報もある程度キャッチできる、知ることができる、そういう施設に成長していくことを願っています。
 それから、今一つ、インターネットを活用した広域観光情報システムを構築いたしました。これは「テレコムわかやま」でつくっており、リゾート体験イベントや飲食店、史跡名勝、宿泊施設などの検索システムを持ち、圏内の各町村に最低一か所は、画面に触れるだけで情報がキャッチできる端末機を設置いたしております。そのようにして、この観光の線から面へということに一所懸命取組んでおります。
 田辺は備長炭の発祥の地ですが、一昨年、この備長炭の記念公園をオープンさせて頂きました。お城跡の錦水城公園とか、石神の田辺梅林も整備する。それから、かつては親不孝通りという名前で親しまれてきた通りを、今回、味光路と名前を変、え、そこの飲食店街の環境整備もしました。これは田辺の駅を降りまして、右側にいったところにあり、だいたい二〇〇数十軒の飲食店が密集している、県下でも珍しい所なのです。そこも整備して、皆様をお迎えする。そして田辺に、この紀南にお越し頂いて、よい印象を持って帰って頂く。そういう場所づくりをこれからもー所懸命に続けてまいりたいと思っております。
 私どもはよく言うんですが、これからのまちづくりというのは、決して行政が先頭に立って旗を振るだけで成り立っていくものではございません。市民の皆さんに、一緒に参加して頂いて、それぞれのできる範囲で結構ですけれど、役割を果たして頂く。そのことで、町全体を 一美しい町、環境のいい町というものにしていく。それが、全国から観光客にお越し頂けるまちづくりだろうと考ぇています。自分の所のことばかり申し上げましたが、それぞれの町や村で、自分たちのふるさとをつくって、誇りを持って、自分達の子供や孫にそれを伝えていけるようにご協力を賜りたいと思います。

近藤 今、脇中市長が、点から線、そして面に、この観光動線を広げていきたいというお話をなさいました。確かに、今までの日本型の観光といいますのは、非常に短期間、短時間で、とにかく名所旧跡をあちこちたくさん見て、帰ってきて、疲れたなという観光が主流でした。しかしこれからは滞在型の観光が主流になってくるだろうと言われております。運輸省から頂いた資料を拝見しますと、これから一番やりたい国内旅行は何か、との問いに一か所で滞在してのんびりと過ごしたいと答えた人がなんと四二・五%。そして、滞在型の旅行をしてみたいと思いますかという問いに関して、絶対にしてみたいと言っている人が六五%もいるのです。となると、今までの観光という我我のイメージと、これからの観光というのは、ずいぶんと違ってくる。現に諸外国での旅行の平均宿泊数を見てみますと、ドイツでは国内休暇旅行日数が一二・三日ということです。オランダでは長期休暇旅行が一〇・四日、イタリアでは国内旅行平均宿泊数四・五泊、アメリカでは四・二泊といいますから、日本とは格段の差があるということなんですね。

観光振興に最も大切なのは
あたたかい心で人を迎えること

近藤 これから、日本も欧米型に変わってくるのかなという気もするんですが、さて皆様方、観光の環境整備をどのようにしていったらいいのかということも併せて、これからディスカッションタイムとさせて頂きます。それでは、二階先生いかがでしょう。

二階 この間、私は、ある観光地へ行きましたら、そこのホテルで野の花などを集めて、押し花の講習会を毎晩やっている。これは素晴らしいですねと話しましたら、「摘んできた花を押し花にして、もう一泊していきたい」「友達を連れてもう一回釆たい」といった反応があるそうです。押し花の講習会や展示会をやるというちょっとしたアイデアと努力で集客できるのではないか。
 次に、これから外国の観光客が相当見込まれるのですが、やはり、国内の施設はまだ高いと言われる。これに対して、どう対応していくのか。同時に、余りお金をかけずに観光客を増やす方法の一つとして先ほどからお話に出ていました、祝日三連休、今回は二回でしたが、今度は倍にするように法律を改正したいと思っております。それから、お年寄りのお話も出ましたが、子供を連れて旅行するということ、これは子供の学校の休みと関係が深いわけですから、祝日三連休を実施する時には、学校の休みもそれに連動させるべきです。日本人は自分で休暇を取りにくいのですが、祝日三連休等の運動を進めていくことによって、欧米型といいますか、生活にゆとりを持つ環境をつくっていくことができる。それが大事じゃないかと思います。
 押し花の話に関連してもうひとつ。実は、柄にもないんですが、私、「花を愛する県民の集い」の会長を二〇年ばかりやっております。他の役職だったら奪い取りに来るんでしょうが、こればかりは誰も取りに来ません(笑)。言い出しっぺの責任で、多くの皆さんのご協力を頂いて未だに続けているんですが、そろそろ、これを全国版に広げていかなきゃいかんと思いまして、「花を愛するネットワーク21」というのを、今度、東京を本部にして創設いたしました。いくつかの県の知事にも話をしまして、それぞれの地域でもネットワークのブランチ、支店のようなものをつくって頂き、市町村にも、あるいは各種の法人にも広げていこうと申し上げました。
 花を愛するということをやっておりますと、やっぱり花を見に行きたくなるわけですね。自分で育てたいという気持ちも起きますが、見に行きたくもなる。この頃、新聞でも、テレビでも、花の咲き誇っている地域の公園等の宣伝がずいぶんたくさんのってくるようになりました。そんなことも含めて、私達は、できるだけ多くの人々が観光に足を向ける雰囲気、環境をつくっていかなくてはならないと思っているんです。
 こうしたことも大変大事なのですが、やっぱり、あたたかい心で人を迎える、これが国際的にも、国内的にも最も大事なことじやないかと思います。幸い、私達の地域は、気候だけは大変暖かいわけでして、こんな素晴らしい所はないわけでございますが、同時に、私達の心もあったかい。それから、我々もできないんですが、本当は、電車に乗っている人でも、紀州に旅行に来られた人だと思ったら、ありがとうとか、旅はよかったですかという声をかけてあげたい。いきなり外国人みたいに、気楽に「やあ」と声をかけるのはお互いやりにくいでしょうが、引っ込み思案にならないこと。和歌山県が観光立県として大きく羽ばたいていくためには、すべての和歌山県人たちがあたたかい気持ちでお客様をもてなす、そういう心懸け、心を育てていくということが観光立県のためには大事な事ではないかと思っております。

ミニ新幹線、紀州路ライナー等
鉄道の分野でも進むインフラ整備

近藤 ありがとうございます。あたたかさというのはとても大切だと思うんです。誰かに話し掛けてもらったとか、一輪花を頂いたとか、そういうちょっとした人との触れ合いが心に残っている。そういう旅でありたいと思います。
 さて運輸省の羽生局長が、長期的に見たら何が必要かということで、第一に、ある程度加工された魅力ある自然が必要、二つ目に、広域的に他へのつながりのあるもの、そして、三つ目として、交通の快適性をあげられました。早さということもあるでしょうし、目的地にいかに居ごこちよく運んでくれるのかということもあると思うのですが、井手会長いかがでしょうか。

井手 私自身、今から四〇年前に天王寺鉄道管理局の旅客課長として仕事をいたしておりまして、その頃は、紀勢線の全通から五年目というときでしたが、その時代と現在の紀勢線を比べてみますと、一部紀伊田辺までは複線化、あるいは新宮まで全線電化になりましたが、それ以外変わったことがあるかと思うと、いささか内心怪恨たる思いがします。そういった意味で、鉄道の面では皆様方に対して、なかなか十分なことができなかったんではないかという反省をいたしております。おっしゃるように、せっかくのいい観光地がありながら、それを活かしきれなかったのは、やはり、そこに来る交通手段が非常に弱かったということがあるのではないかと思います。
 最近ご旅行なさる方には二通りあって、時間があれば長く泊まりたいという気持ちと同時に、一方では、いろんな所に行ってみたいという方もいらっしゃる。健康のこともあるでしょうし、歩き回りたいというお気持ちもあって、私どもの会社でも、電車&ウォークというキャンペーンをやっておりますけれども、これに参加するお客様が大変多うございます。もちろん、二階先生がおっしゃる三連休化の実現に伴い、長期滞在に対するニーズがこれから増えてまいると思いますけれど、休みが取れたら、健康のために歩いていろいろ行ってみたいという気持ちもあるでしょう。同時にまた、現在の日本の社会は大変不安でございますから、安らぎを求めて、例えば四国の八八か所、あるいは西国三三か所をお遍路さんとして巡られる方が大変多く、全部一回で回るのではなくて、今日はここまで行って、このお寺によって来ようという形で何回も通って八八か所回って来るという方が大勢のように思われます。
 昔から熊野三度、伊勢七度といわれるように、熊野に来るということ自体が日本人の原点だったとすれば、もし、交通が便利であったら、私は熊野にもっとお見えになると思います。もちろん、一気に熊野古道すべてを歩くことはないでしょう。今日は、どこどこの王子まで、次の週はあそこの王子までということになるのかも知れません。実は今から四〇年前に、私も熊野古道を歩いたことがございます。あの頃の熊野古道は、これはえらいところに来た、こんな所に来て途中で迷ったらどうしようかと思う所でしたけれども、最近は相当整備されました。そういった意味では、お遍路さんに申し訳ないけれども、熊野古道の方がもっともっと魅力に富んでいるのではないか。そこに至る道程があまりにも不便だったという結果が今日の状況を招いたとすれば、我々自身、今後さらに交通手段を便利にすることが、もしかしたら、昔の、伊勢に七度、熊野へ三度ということを復活する道になるかも知れないと思います。
 二階先生からお話がありましたが、現在、アメリカで新幹線のミニ版−可変ゲージという、新幹線の車両をそのまま在来線に下ろしてくる方法−という実験を始めました。運輸省も一所懸命ですから、必ず成功すると思いますけれども、それが実現すれば、遠くからの人もお見えになりやすくなる。これは大事なことでして、例えば今回のダイヤ改正で紀州路ライナーという和歌山から大阪駅まで直通する電車をつくりましたら、一日に約二〇〇〇人のお客様が増えております。もちろん、その反動で、今まで特急料金を頂戴しておりましたお客様が減りましたから、収支的には損しておりますけれども(笑)。
 より安く便利なものをつくれば、お客様がご利用下さるようになる。我々も紀州路ライナーを一つの契機にいたしまして、もう少し足を伸ばして、関西の方々が熊野古道に来やすい交通手段をつくれば、次のブームは四国八八か所のお遍路ではなくて、熊野古道のお参りとなるのかも知れません。かつての蟻の熊野詣でということが再現する可能性があるかもしれないということで、近藤さんの厳しいご指摘を十分研究いたしまして、帰って社員にきちんと勉強するよう申します。

近藤 昔はお遍路さんという、何かご利益があるというのも、観光の楽しみだったんでしょうね。そのほうにまた戻っていくんじゃないかという、井手会長のご指摘がありましたけれども、シルバー世代の旅づくりのお話をしてくださいました舩曳社長、いかがでしょう。

シルバー世代の集客は
心身のケアを考えた工夫から

舩曳 シルバー世代に、特色が三つあると申し上げました。財布が小さいこと、健康にだんだん不安が出てきていること、だんだん友達も少なくなってさびしくなってくること。旅をすることによって、それをどうすれば満足させてあげられるかについて私の考えを、申し上げてみたいと思います。
 まず、財布が小さいのですから、年に何回か旅行できるようにするには、値ごろ感が非常に大事です。では安くするにはどうしたらいいか。私が
申すまでもなく、サンデー毎日、毎日サンデーですから、お年寄りには、大いに旅行に出かけてもらい、交通機関でも、あるいはホテルの部屋でも、ウィークデイに利用してもらおうじゃないか。あるいはオフシーズンにきて頂こうじゃないかと。これならば安く提供できる。
 つぎに、今の若い方々は一人一室、せいぜい多くても二人一室ですが、お年寄りの方に来て頂くときには、修学旅行の暗みたいに、大勢でひとつの部屋に布団ならべてもいいじゃないか。そうすれば一人あたりの値段も安くなる。それからまた食べるものも全備のフルコースじゃなくてもいいじゃないか。私の年代ですと立派な旅館に泊めて頂くと、料理は三分の一ないしは二を残してしまう。シルバー世代の旅行に対しては、低カロリーで、必要な量だけ、豪華でなくても何かおいしいものを少し食べて頂く。そういう工夫で安くできないだろうかと考えております。
 次に健康対策ですが、特にお年寄り、足腰の不自由になったおじいちゃん、おばあちゃんも旅行に連れていってあげたいと思い、私どもが考えましたのは車椅子です。例えば、交通機関を降りてからホテルまで、車椅子でそのまま入れる車で迎えにきてくれるような仕組み、あるいはホテルでも養護施設のように足腰の不自由なおじいちゃんが車椅子のままで温泉に入れるような施設も用意したらどうでしょうか。さらに、医療機関ともタイアップされていて、何か起こったときは、そのエリアでどういう医療施設が整っているかということも情報入手できるような仕組みを考えておく。そのことによって足腰の不自由なおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に家族で旅行を楽しんでもらえるようにする。こういうツアーがあれば、二十一世紀において三分の一を占めるシルバー世代にはなかろうか、と考えております。
 今年、以上のような考えから、東北でこの夏休みに実験してみることにしました。つまり飛行場までは、ホテルから車椅子のまま入れるような辛が迎えに来ている。飛行機の中にもそのまま入っていける。ホテルに行けば、車椅子で入れるようなお風呂が用意されている。家族だけで入って頂いても結構です。おじいちゃんとおばあちゃんが一緒に入ってもらっても結構です。こんなことをやってみたいというリゾートがありましたので、わが社と組んで、この夏休みにやってみることにしたのです。
 まだまだ、赤字ではないかと思っているのですが、いろいろな試行錯誤の中で、みんなで努力していけば、シルバー層を中心とした観光需要を増やせるのではないかと思います。これまではおじいちゃん、おばあちゃんがいるから旅行に行けなたびたび来て頂くことができます。孤独ということについては、旅先で大変あたたかい人との触れ合いができたとなれば、これから毎年あそこへ行こうとか、あるいはおじいちゃん、おばあちゃんだけ行かせても安心だといって、何回も滞在型で行くようになるんじゃないでしょうか。
 それからもう一つ、地域との触れ合い、仲間づくりが重要です。そこへ行けば同じような趣味をもった人と友達になることができる、あるいはそういう人達と一緒に出かけることができる。そういう旅のグループづくり、サークルづくりというものを旅行業界、受け入れる側のホテル、あるいは私達交通機関がお手伝いしていくということを、これからのシルバー世代の旅づくりの中で考えていったらどうでしょうか。そうすることで、どんどん増えていく旅行需要、一番増えていく高齢化層、この人達を顧客として抱え込んでいけるのでかったが、来年は一緒に連れていける、こういう旅も欲しいと思うのです。

近藤 今までは仲間がいるから、友達がいるから、旅行会社に申し込んで、ホテルに宿泊を頼んでいたわけですが、そういう仲間づくりまでも旅行会社、そしてホテルが行なってはいかがかという踏み込んだご提案でした。

旅行の動機づけに必要な
情報の充実と発信システムの整備

近藤 今までは旅に興味がないとか、出かけたくないと思っていても、動機があれば、何か動こうというようになるんでしょうか。

荘司 皆さんおっしゃいましたように、単なる物見遊山でなくて、少しはっきりした目的意識を持って地域の人々と触れ合いたいという希望が、今の旅行者のお気持ちにあるだろうと思っております。そういったいろいろな動機、意識をもって旅をされる方が、最近は大変増えてきているのではないでしょうか。先ほど「旅行への動機づけ」にっいて申し上げましたが、我が国が現在、逼塞状況にある中で非日常的な触れ合いを求めて旅行に出かけるというのは、こういう時代にこそ必要なのではないですかということを、我々業界としてはもう一度皆さん方にアピールしてみようと、こんな意味で申し上げたわけでございます。そういぅことから、「あなたのすてきな旅してみませんか。」と、それから若干、際物的ではありますけれども、今年一年は「二十一世紀最後の世界を見てみよう」と、こういうものをサブタイトルにして、皆さんにお出かけ頂いたらどうか、というようなことも考えております。
 先ほど、羽生局長から観光産業の二十一世妃における繁盛間違いなしとのお墨付きがございましたが、これが個々の施設や旅行業が即二十一世紀に繁栄間違いなしとなるかというと、そううまくはいかないのが大変悩ましいところなのです。この観光産業全体では繁盛間違いないものを、われわれ旅行業なり個々の観光施設が、どうやって自らの繁盛に結びつけていくかというところが、努力も必要なところですし、また智恵を出す必要のあるところでもあろうかと思っております。
 施設や交通機関の方々と協力して、旅行者の多様な要望に対応していける良い商品を作り上げるにはどのようにすればよいか。そして、これは旅行業の問題ですが、それをいかにうまく、どんなチャンネルで旅行者に紹介をし売っていけるかということが課題となっており、これまでのセールスとか、店頭だけではなかなかうまくいかないだろうと考えております。コンビニでの販売とか、インターネットでの販売とか、いろいろ新しい方法が出てきておりますので、こういったものをどうやって活用し、いかに消費者に便利に買って頂けるようにするかということを、我々もおおいに研究していかなくてはいけないだろうと思っております。
 先ほど人材ということを申し上げましたけれども、それに併せて、この旅行業としての情報システムの整備についても、皆さん方と智恵を出し合いながらやっていくことが必要ではないでしょうか。結論になりますが、旅行というものに皆さんが期待をし、活動もしておられる。産業としても発展間違いない中で、これをどうやって、我々なり、皆さん方の繁栄に結び付けて行くか、その辺についてご一緒にやっていきたいと、こう思っております。

近藤 私は、取材でよくアジアの方にまいります。特に中国が多いんですが、一九九〇年代初めの頃、「あなたの夢は」と聞きますと、農村部の人たちは「上海とか、北京に行ってみたいわ」という答えが多かったのです。九〇年代中頃になりますと、「香港に行けたらもう、夢のよう」という答えが大変多くなりました。ところが今や中国は、海外旅行が解禁になる時代でございます。
 今後は国内旅行の振興ももちろんのことですが、アジアを始めとする海外からの観光客をいかに日本に呼び込むか、これが大競争時代の、大旅行時代を迎えた日本の戦略の一つじゃないかと思うのですが、羽生局長、何かいい智恵はありますでしょうか。

海外からの集客増進は
低価格、施設整備、多言語対応で

羽生 確かにおっしゃる通りです。実は海外に出かける日本人は一七〇〇万人であるのに対し、日本に来る外国人というのは年間四〇〇万人くらいですから四分の一です。世界中で見ますと、フランスが一番多くて、フランスに来る外国人は六〇〇〇万を超している、日本は四〇〇万足らずで、チュニジアの次の三二位という、あまり芳しくない数字がございます。ですからこれを何とかして四〇〇万を倍増と言わないまでも七〇〇万くらいにしたいという目標を持っておりまして、いろんなことをやっているわけですが、なかなかこれがうまくいかないのです。
 その理由の一つには、バブルの頃の後遺症がありまして、外国人旅行者が日本というのは費用が高くつく国だと思っていらっしゃる。以前、JATAの松橋会長が、「コーヒーが一杯一〇〇〇円するホテルがあり、そんなところには誰もこない。コーヒー一杯一〇〇円で飲めるようなホテルができなければなかなか外国人は日本に来てくれない」と言われたのですが、的を射た指摘だと思います。ともかく日本は値段が高いところであり、一泊すれば二万円とられる。二万円といいますと、最も円高の時に一ドル八〇円ですから、一泊二五〇ドルだと、そういうイメージが定着し、なかなか外国人が来なくなっちゃった。ヨーロッパ、アメリカから日本に来ると、ヨーロッパからだと一〇時間以上、アメリカでも東海岸からだと一二時間かかり、ただでさえ遠い国であるのに価格面でもあんまりイメージがよ〈ないわけで、ビジネスのお客はあるのですが、観光客は少ない。
 では、観光客はどこの固から来るかといいますと、韓国が多かったのです。日本に来る四〇〇万人のお客の内の一〇〇万人くらいが韓国の方でした。ところが韓国が不況になってしまったのでこれが激減した。今はどこかと言いますと、半年ぐらい前から台湾の方が多いわけです。さらに最近は中国の方が増えております。ただ中国の関係はビザを発行する手続きが複雑で、やれ保証人がいるだの、なんだかんだやっているので、これを改めないといけない。なにせ一二億人もいる大市場ですから日本のその査証制度を改正したいと考えています。しかし、中国からは密航者もたくさん来る関係で法務省当局あるいは治安当局が、中国との査証の簡素化に難色を示している現状があります。もちろん圧倒的多数の中国人旅行者は立派なのですが、蛇頭なんて組織が悪いことするし、漁船で密航してくるなんてことがあるものですから、厳しい査証手続きが行なわれていて、この日本にとって一番近くて大きい観光市場の開発がちょっと阻害されている。これをなんとかしなくてはいけない。
 では、これを解決したらうまくいくか、外国人観光客がどんどん増えてフランスみたいになるかというと、ちょっと期待できない。七〇〇万人くらいまでは一〇年かかれば達成できるかもしれません。おそらくその中心は、中国、韓国、台湾、まあ、タイとかアセアンの方々、アメリカ人は若干増えるというところだと思います。
 欧米からの観光客がなぜ増えないかといいますと、一つには宣伝の問題と施設の問題があります。欧米のお客様を増やそうと思いますと、どうしても、彼らの生活スタイルに合わせた施設、例えばトイレ等を持たなくてはいけないのですが、これが津々浦々整備されるのには時間がかかると思います。それと言葉の問題がございます。英語表示、フランス語表示が町中にはあまりありません。ですから外国人のお客を本当に増やそうと思えばまずはそういったものの整備が必要かなと思います。国際標準の施設の整備レベルはかなり劣っているのではないかと思うのです。
 それからもう一つ、日本は極東の先進国というイメージが外国人に浸透しているということ。例えばタイにはエキゾチックで、南洋で、トロピカルというイメージがあるのに対して、日本の今のイメージは先進国で、お金が高くて、吉葉はどこへいっても日本語で、というマイナスイメージが強い。従って、まず、イメージを変えること。次に施設は急に整備できませんので、徐々に施設整備を進めること。三番目はやはり値段の問題、これらの問題が解決すればある程度まで行くと思います。外国人観光客数も七〇〇万〜八〇〇万人までいくと思いますが、それ以上となると、もう一段超えた施策が必要と思います。いずれにせよ、今の32位、四〇〇万人という数字は、明らかに変な数字で、これは直していかなきゃいけない。
 余談になりますが、一○数年前、地方の国際化というのが非常にブームになりまして、多くの知事さんが熱心になったのですが、内容は、韓国との間に定期便を開くこと、それが国際化でした。つまり国際化じゃなくて韓国化だったのです。当時知事さんが韓国へ行って、韓国の大韓航空とアシアナ航空に頭を下げて定期便を週三便くらい、ソウルとの間に開いてもらい、それをもって我が県、国際化なりといったのですが、これは今日えらい目にあっています。
 というのは、韓国が不況になったために、韓国の航空会社がどんどんこうした路線を廃止しているのです。いくら規制緩和といっても、日本の航空会社が路線をどんどん廃止したら、社会問題になるのですが、外国の会社はそんな義理はありませんから、だれも文句を言えない。結局、韓国の航空会社を誘致したはいいけど、いなくなってしまい、何も残らなかったわけで、そういう事態が起こらないようやはり注意しなければならないと
思います。
 定期便を外国との間に開けば国際化が成れりというようなことではなくて、もう少し地道な、いかに県民の方がチャーター便も使って海外へ行くか、あるいは外国人をどうやって地道に受け入れていくかといったことについて考えることが重要であると思います。そうすれば、かなりの集客数は行くと思いますが、それ以上となると、若干、私は今の段階ではペシミスティックです。ただしこの関西方面に限れば、まだかなり増える余地がある。外国人にネームバリューがあるというのは、やはり、京都・奈良ですが、これに加えて、和歌山県でやっておられる体験型の観光が国際的に広がってくれば、効果は大きいと思います。そういった意味では、ワールドカップがある時に、その人たちがサッカーだけ見るのではなく、ちゃんと日本のすみずみまで見るようにするというのは、
非常にいい方法だと思います。われわれもそういうところで努力したいと考えています。

近藤 外国からの観光客を増やすというのはなかなか難しいようでありますけど、関西ならではの強みがあるという最終の部分で、非常に意を強くしました。最後に皆様方に一言ずつ頂戴したいと思います。

地元、行政、観光業者−
三者の一致協力が繁栄を招来する

脇中 明後日からの第七回地域伝統芸能全国フェスティバルは、実は去年二階先生からお話があり、そのようなものがこの紀南でやって頂けるものかと思いながら、ぜひにとお願いしたのが始まりです。それがこうして実現し、さらに今日は、なかなかおそろい頂けることのないパネリストの方々から、これからの地域の観光のあり方についての示唆を頂きました。心からお礼を申し上げたいと思います。

近藤 舩曳社長よろしくお願いいたします。

舩曳 私がサラリーマンになったころは、東の熱海、西の白浜が二大観光地として我々のあこがれでした。今は、熱海のほうは回復困難な重症患者になってしまった。しかし、和歌山県の白浜は、行政ご当局も大変熱心ですし、まだまだこれから発展の可能性があります。私が先ほど申し上げました観光に必要なすべての条件を満たしておられますから、ぜひ、二十一世紀に向かって長期的な展望に立って、自信をもって我々業者と皆さんとが一体的になって力を注いでいけば、外国人にも来てもらえる、あるいは、日本のあらゆる層の人がリピーターとして繰り返して何回も来たいという観光地になれると思います。そういう魅力を備えておられるわけでありますから、皆さんと我々業者が協力して二十一世紀に向かい自信を持って努力していきたいと思っております。

近藤 羽生局長よろしくお願いいたします。

羽生 先ほど田辺の市長さんが言われたように「広域的な観光」はキーワードとして重要だと思います。ぜひその方向で進めて頂きたいと思います。二点目は、山番簡単でまた一番重要なことだと思いますが、短くて近場に行くという日本人の今までの観光のパターンを変えるためにも、ぜひ祝日三連休、これを普及させて頂きたい。特に家族ぐるみで旅行にいけるよう、地域の皆さんからもぜひ教育委員会に働きかけて、学校などのご協力を得て三連休の時は、学校のほうもあわせて休みにするなど、家族ぐるみで長期連泊型の旅行ができるような方向にぜひ持っていって頂きたいと思います。

近藤 荘司社長よろしくお願いいたします。

荘司 皆様方から出ておりますように、この和歌山は田辺・白浜を含めまして観光資源が十分ありますし、リゾート博やマリーナシティ、さらには今度の南紀熊野体験博といった様々な取組みを進めておられ、それ自体に大変敬意を表したいと思います。私どもの立場からひとつお願いするとすれば、地域の皆さん方と私ども旅行業界との相互理解と情報の緻密な交換を、今後、より一層やっていきたいと願っています。私どもは及ばずながらお客様との接点を有し、お客様に情報を受け渡しするある程度のノウハウも有しております。そのあたりを地域の皆さんと協力して行なうことによって相乗効果が出ることと思っております。
 新しい旅行商品の開発のきっかけ、あるいは観光素材に関する新しい情報は、ホテルや交通機関、お食事処、お土産店などの皆さん方から情報を頂くことによって初めてできてくるものであります。その連携協力体制も重要ですから、そういったことに対する県や地域の行政の皆様の支援も含め、引き続きよろしくお願いいたします。

近藤 井手会長よろしくお願いいたします。

とりわけ有望な南紀の観光振興
県民は自信をもって努力を

井手 博覧会と申しますと、従来は箱ものをつくって、入場券を売って、団体等に強制的に買わせたりしながら入場者をカウントするわけですが、今回の南紀熊野体験博はまったくそれと違う博覧会でございます。逆にいいますとこれを契機に新しい旅行のジャンル、あるいは博覧会のジャンルができるかもしれません。どの程度のお客様がお見えになるか予測できませんが、これが成功すれば大変な成果だと思います。ぜひ南紀熊野体験博が成功されることを祈念いたしておりますし、その成功を元にして、私たちがまた新しい旅行需要を喚起できるように、ぜひご協力してまいりたいと思っております。同時にこの博覧会が、熊野古道に客足を向けさせる最初のイベントであって、これ以降この熊野古道が復活するということになればさらに素晴らしいと思っております。

近藤 皆様ありがとうございました。それでは最後に、まとめといたしまして、二階先生よろしくお願いいたします。

二階 観光の国際化が言われていますが、和歌山県の私たちが自信を持っていいことを簡単に三つ申上げます。一つは、アフリカのコートジボワールの国会議員がやって来て那智の滝を見て感銘した。そして、白浜温泉、さらに道成寺の改築の様子を見まして、大変印象深く感じたそうです。つまり、名勝にことかかないということ。
 もう一つの例は、アメリカの西海岸のある市長の話です。私が和歌山に帰ってくる日に彼がやって来ましたので、ちょっと困ったのですが、結局和歌山までついて来られました。秋のことでした。日本の秋の、柿が実っているような、田園農村の風景を見て、「私は過去六回日本に来たが、いつも東京の大きなホテルに泊まっていたのでアメリカにいるのと変わらなかった。和歌山に来て初めて日本に来たという感じを持った」と、日本の秋、紀州路の秋を高く評価してくれました。そして、部屋にべッドが要るかと思って尋ねましたら、「畳がいい。浴衣がいい」と言って、日本の地方の生活を楽しんでおられました。つまり、自然豊かな田園風景は、それだけで十分に魅力的であること。
 三つ目は、カナダと日本との第二回目の観光交流会議の際に南部川村にカナダの観光担当大臣(通産大臣)一行がお越しになりました。どういうふうにもてなそうかと地元では悩んでいましたが、普通でいいということを私は申し上げ、村長さんや村の奥さんたちがエプロンがけで一所懸命接待して下さいました。そのことがとても印象的だったようで、今だにカナダの観光業界のトップの方々は、和歌山、白浜、南部川村のことを楽しかった思い出として語ってくれております。つまり、飾らぬ親切が人の心を打つということ。
 それから、一つ旅行業界の皆さんに感謝したいと思うのは、先日小渕総理のお供でアメリカに行った際に観光業界やその他運輸関係の皆さんと懇談しようと申し入れたところ、ほとんどの皆さんはニューヨークに本社があるわけですけれども、日曜日に到着したのにもかかわらずわざわざワシントンまでお出かけを頂いて、一二社の代表の皆さんと古賀自民党国対委員長(元運輸大臣)と私とで夜を徹して論議をいたしました。アメリカから日本に観光客を送り込もうと一所懸命頑張っておられる皆さんに、せめてもの御礼をということで、私は地元の紀州の梅を、古賀委員長は地元の有明のノリを持って行き、大変喜んで頂きました。こういうわけで、国際化は言葉の問題だと我々思いがちですけれども、言葉の壁を乗り越えて仲良くなっていく方法は一杯あるわけですから、自信を持っておやり頂きたいと思います。
 それから、フリーゲージトレインの問題ですが、この新幹線直通運転の電車が私たちの地域にやって来る。私たちの地域の列車が新幹線で東京へ到達できる。JR西日本の井手会長は責任ある立場ですから、慎重な言いまわしをされておりますが、皆さん聞いておられて、なるほど、ちゃんと軌道に乗っているんだということをお感じになられたと思います。この件では、今度の国会が終わりしだい、自由民主党の運輸関係の専門家、そして、自由党のその筋の専門家、併せて運輸省の方にもご同行願って、調査団をコロラドに派遣するということにいたしております。
 新幹線に今まで関係のなかった地域が日本に三つあるんです。一つは沖縄、一つは千葉県、両方とも新幹線は要らないと言っている。新幹線は欲しいけどほとんど永久に来ないというのは和歌山県だけなんです。この和歌山県に光を当てることができるかどうかというのが、このフリーゲージなんです。コロラドに行って実物を見てきて、これは素晴らしいということをみんなが県内で言って回れば、やがて、その声はJR西日本にも届き、これやっても儲かるかなあという判断になる。今日はこのことを皆さんにヒントとして申し上げますから、後はみんなで、どこの駅へでも行ってフリーゲージ走るようにして下さいといって、駅長さんにも言ってみるといいと思います。いずれにしましても、みなさんのこんなに熱心なご静聴に、ご熱意に心から御礼を申し上げて終わりの言葉にさせて頂きたいと思います。ありがとうございました。

近藤 ありがとうございました。皆様方からのお話を伺っておりまして、日本は各地域が文化的、歴史的遺産と、そして自然の財産を持っていることが分かりました。しかし、それをこのまま持っているだけでは財産とは言えない。二十一世紀には、この財産をいかに活かし、工夫をし、アイデアを出していくか、そして真心のエッセンスを加えなければならないこともよく分かりました。ただし、自然の条件、遺産を活かすためにも、システムづくり、インフラ整備が必要ということだと思います。そのためにも、今何ができるのかアイデアを絞って、そして、小さなことからでも一つずつ実行に移すことが必要なのかも知れません。二十一世紀の基幹産業に観光産業がなるために何が必要なのか、まだまだお話は尽きませんが、今日はこの辺りで終了させて頂きます。どうもありがとうございました。

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