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 平成十一年九月二十一日、自民党総裁選の投・開票が行なわれた。小渕首相は、全体の七割近い票を集め再選をはたした。
 小渕首相は、党役員・内閣人事の具体的な検討に入った。
 自由党の入閣候補に二階俊博の名前が上がった。
 今回の自自公連立政権発足に伴う閣僚数について、自由党は二ポストを要求した。自民党は、いわゆる派閥の論理で閣僚ポストの配分が決められる。つまり、派閥の規模が大きければ大きいほど、ポストの数が多く割り当てられる。その論理でいけば、所属議員五一人の自由党は、一・八人分の閣僚ポストが配分されることになるのだ。
 自由党は、自民党執行部と交渉した。
「前回は連立を組んだばかりだし、閣僚数を減らしたので一ポストで勘弁して頂きたいということだった。が、自自連立は多くの成果をあげた。そのことが自自公連立につながり、政治も安定した。そのことを考えれば二ポストを要求してもおかしくない」
 自由党が入閣候補として推薦したのは、二階と扇千景参議院議員であった。が、当の二階は、静観の構えを見せていた。
〈自自公連立政権なんだから、自自公三党の党首、つまり小沢党首と公明党の神崎代表が入閣したほうがいいんじゃないか〉
 九月二十七日の月曜日、二階は、小沢党首とある件で会った。
 そのとき小沢党首は言った。
「二階さんに入閣の要請がきたら、しっかりやってください」
 このとき、マスコミは入閣予想の顔ぶれを連日報じていた。二階は、運輸大臣候補であった。二階はNHKテレビの密着取材を受けた。NHKテレビは、入閣予想候補のなかで、初入閣となる候補にスポットをあてた番組を制作していた。
 しかし、二階は取材に対して慎重に言葉を選んだ。大臣としての抱負などは、一切語らなかった。
 二階は、ある人から電話で言われた。
「他の入閣候補は大臣としての抱負を語るなどニコニコと応対しているのに、二階さんだけは自自公の政策協議がどうのこうのということしか語らないんですね」
 二階は思った。
〈人事というものは最後の最後までわからないものだ。土壇場で引っ繰り返ることもある。発言はひかえよう〉
 そう自戒していたのである。
 十月四日、明治記念館で自民党小渕派会長、綿貫民輔の国会議員生活三〇周年パーティーが開かれた。二階も、そのパーティーに出席した。
 パーティーが終わり、明治記念館の正面玄関を出た。芝生の上を歩きながら駐車場に向かった。その途中で携帯電話が鳴った。
 電話の主は官房長官に内定した青木幹雄であった。青木は言った。
「小渕首相は明日、内閣を改造します。あなたには運輸大臣兼北海道開発庁長官をお願いしたい。なお、政務次官には自民党議員を据えますが、ご了解頂けますか」
 二階は答えた。
「結構でございます。自自公連立のなかで、ともに汗を流していきたいと思います」
 青木は続けた。
「今回の組閣は、それぞれの省庁の政策に精通している人を選んだつもりです。ついては、明日の朝九時までに閣僚として何をやりたいか、その抱負をまとめたレポートを官房副長官に内定している額賀(福志郎)さんに届けてください」
 二階は運輸行政に精通している、いわゆる運輸族であった。海部内閣、細川内閣と二度にわたり運輸政務次官に就任。自民党時代にはすでに交通部会長を経験、新進党時代には「明日の内閣」の運輸大臣役の国土交通担当、自由党では、国対委員長として汗を流すかたわらで交通部会長と農林部会長を務めていた。
 運輸大臣はまさに適役といえた。
 この夜、二階は、赤坂の議員宿舎で机に向かった。鉛筆を舐めながら、レポートづくりにとりかかった。
 二階は思った。
〈このレポートは、将来の法案の提出、さらに予算要求にもきわめて重要な意味合いをもつ。運輸省が年来主張していることと、懸け離れたことを書くわけにはいかない。ただし、役人では言えないことも正面から取り上げよう〉
 二階はまず"交通安全宣言"について触れることにした。世の中は、まるで水や空気の話と同じような感覚で「交通安全を守ろう」と言っている風潮がある。慣れからミスも起こる。現場任せになっているようなところもある。そこで、安全第一を徹底させようというのである。
 運輸省には、三万七〇〇〇人の職員がいる。運輸省に登録された関係事業社は、個人タクシーをふくめて二〇万社、勤労者は三五〇万人を数える。
 運輸省の管轄といえば飛行機や新幹線などを連想しがちだ。むろん、それらの事業も重要である。が、中小企業、零細企業などにも眼を向けなければいけない。運輸、交通の関係者がお互いに協力しあい、日本の交通安全を徹底していく。
 またバスやタクシーの規制緩和、海上保安庁、気象庁などの装備の近代化にも触れた。
 一方、中央省庁の再編により、二〇〇一年には、運輸省、建設省、国土庁、北海道開発庁の四省庁が統合され、国土交通省となる。そのことを想定した政策を進めていくと同時に、組織をまとめていく努力をしなければならない。その意気込みも綴った。
 二階はそれらのことをレポートにまとめた。気がつくと、時計の針は深夜一時をさしていた。
 十月五日午前九時、二階は、額賀福志郎にレポートを提出した。
 額賀は言った。
「総理が眼を通されて、大臣として適任だと判断されれば正式に呼び出しされます」
 午前十一時過ぎ、官房長官に内定している青木幹雄から連絡が入った。
 青木は言った。
「改めて、運輸大臣兼北海道開発庁長官をお願いしたい。ついては、午後一時二十分までに官邸にお越し下さい」
 二階は官邸に出向いた。
 やがて、運輸総括政務次官の中馬弘毅、運輸政務次官の鈴木政二、北海道開発庁総括政務次官の米田建三も官邸に呼び込まれた。
 二階は青木官房長官、二人の政務次官の立会いのもとで小渕首相の訓示を受けた。
「しっかりと頑張ってください」
 さらに小渕首相からねぎらいの言葉を受けた。
「自自連立、および自自公連立にいたるまで大変なご苦労をおかけしました」
 その後、共同記者会見に応じた。
「ただいま運輸大臣および北海道開発庁長官を命ぜられました、自由党の二階俊博でございます。まず、運輸行政から一言申し上げたいと思いますが、運輸行政は大変幅広い分野を担当します。とくに、私は留意していかなくてはならないことは、安全ということです。これをもっとも重要視してまいらなくてはならない。同時に、これからは高齢化社会に突入します。また、国際化社会のなかに進んでいく。その点において運輸行政がいかにあるべきかということを常に考えて参りたいと思っております」
 具体的な問題について語った。
「まず、JRの問題。旧国鉄から民営化を目指して、今日まで関係者は大変なご努力を頂きました。私は、高く評価をしたいと思います。しかし、いわゆる完全民営化につきましては、いま一歩のところまできています。従いまして、次の通常国会に法案を提出できる環境を整えるべく、これから努力をしてまいりたいと思います」
 バス、タクシーの規制緩和の問題について語った。
「これは、国民のみなさんの利便を最重点に考えながら、あるいは辺地の問題、僻地の問題等についても心を配り、規制緩和の問題を推進するにあたりまして、国民の皆さんの声にしっかり耳を傾けながら対応してまいりたいと思っています」
 国際空港の問題について語った。
「いわゆる空の玄関でありますし、国際化社会において極めて重要な役割を担っているわけですが、成田空港、あるいは関西国際空港、さらに中部国際空港等が、これから私どもが真剣に取り組んでいかなければならない問題であります。この課題の解決のために、地元の協力を得ながら懸命に対処してまいりたいと思います」
 新幹線の建設問題について語った。
「国土の均衡ある発展を図るという観点から大変強い要望があるわけですが、先般も自自協議のなかで、新幹線問題について積極的な対応をはかろうという決意を新たにいたしておりますが、その線に沿って今後、努力をしていきたいと思います」
 運輸省が色々な分野で行なっている研究開発についても語った。
「海の新幹線といわれるテクノスーパーライナー、あるいはまた、海に大地をつくるという意味でのメガフロート、そして新幹線から在来線に直通運転ができる、在来線から新幹線に直通運転ができるという、いわゆるフリーゲージトレインというものが、いま研究開発を進めておりまして、まもなく、これは成功するだろうという状況にあります。
 これら、技術の関係の皆さんが、今日まで取り組んでまいりました大きな革命的な成果をこれから政治として、私どもは全力を尽くして支えていきたいと、考えております」
 二階が長年手がけてきた観光の問題についても力説した。
「いま、日本から毎年海外に出かける旅行客は一六〇〇万人を数えております。しかし、残念ながら外国から日本を訪れる観光客は四〇〇万人です。このギャップをこれからいかにして埋めていくか。同時に、国内観光についても、これから特に力を注いでまいりたいと思っております」
鉄道非常事態に檄
 平成十一年十月十一日、山陽新幹線北九州トンネル(北九州市)内で計二二六キロのコンクリート塊が落下した。この事故で、落下した「打ち込み口」は建設直後から側壁との間に「不連続面」(ひび割れ)が生じ、コンクリートの劣化が進んでいた疑いの強いことが、十月十二日までにJR西日本などの調べでわかった。
 落下したコンクリートのはがれ落ちた面の表面から深さ二センチ程度まで、空気中の二酸化炭素がコンクリート中のアルカリ成分を中和させる「中性化現象」がみられた。また同じ面の下から長さ約十五センチにわたって茶色や黒っぽく変色した部分が広がり、塊が落ちた後、この部分から五つに割れたことも分かった。
 JR西日本は施工ミスの可能性もあるとして、コンクリートの材料分析や、当時の施工業者からの事情聴取を進めた。
 現場付近は、トンネル上部から地下水が漏れていることも確認され、ひび割れが漏水の集まってくる通り道となったほか、時速一五〇〜三〇〇キロで走行する新幹線の振動や風圧の影響も受けて落下したのではないかとみている。
 山陽新幹線のコンクリート塊落下事故について、二階は十月十二日の閣議後の記者会見で強く批判した。
「ある意味で新幹線非常事態といえる。JR西日本に対し、厳しく反省を求めたい」
 この日午後には、直ちに、JR西日本の南谷昌二郎社長を運輸省に呼び、事故についての詳しい説明を求め、「きちんとした形で責任の所在を明らかにしてもらいたい」と要請した。
 また、運輸省としては、この日、省内に、陸、海、空の交通機関について、人為的ミスによる事故を防止するため、組織管理や点検体制の問題点を分析し、対応策を検討するための「運輸安全戦略会議」を設置した。
 十月二十三日、二階は小渕総理をはじめ数人の閣僚と共に、日韓定期閣僚懇談会に出席のため韓国の済州島を訪れた。翌日の二十四日、政府専用機で羽田に帰国の後、直ちにその足で福岡へ向うという強行軍であったが、二十五日未明、南谷昌二郎・JR西日本社長らと共に保守用車両に乗り込み、約一時間半かけてJR山陽新幹線北九州トンネル内の崩落現場を視察した。
 車両から身を乗り出して落下した打ち込み口をのぞき込んだり、自ら懐中電灯でトンネル内を照らしたりしながら徹底的に検査を行った。
 そして、早朝三時四十分発、一番列車の走る前に必ず行われている「確認車」にも乗り込み、安全を確認したのであった。
 視察を終えた二階は、「点検にはかなりの時間がかかるだろうが、人海戦術であたりたい。打音検査の機械化などの研究開発にも予算を付けたい」と述べ、五億五〇〇〇万円を今年度の補正予算案に盛り込む考えを明らかにした。
 また、監督官庁としての運輸省の責任については「責任を逃れるものではない」と認め、「JR各社にも協力を要請し、点検作業を早急に進めたい。運輸省も出先の運輸局の職員を出して全力で対応し、年内には運輸省としての安全宣言を発表できるよう努力したい」と官民あげて早急に総点検を始め、山陽新幹線にある一四二本すべてのトンネルの総点検を命じ、年内に安全の確保と安全宣言を目指したいとした。
 十二月十六日未明、JR西日本は山陽新幹線の一四二本の全トンネル(総延長約二八〇キロ、東京から浜松までの距離、新大阪から三原までの距離)で進めてきた総点検を終えた。十月二十五日からこれまでの計五二日間、JR他社や関連会社などから応援を求めるなど延べ六万九〇〇〇人を投入し、約五〇億円を費やした例のない大規模な総点検となった。
 この日午後、運輸省は学者や専門家で構成する「トンネル安全問題検討会」と省内の「運輸安全戦略会議」を開いて点検結果や補修内容などを検証した。
 その結果当面の安全性は確保できたとして二階が記者会見で、「JR西日本の報告を鵜呑みにしたわけではなく、私たちが点検に立ち会い、専門家と検討したうえで報告を是認した。運輸省として、国民にもう安全ですよと言いたい。今後の保守点検については、運輸省が手取り足取り介入することはない。JR西日本が社運をかけて取り組むと思う」と事実上の安全宣言を行なった。
 一方、JR西日本の南谷昌二郎社長は、この日夕方、「運輸大臣から、厳しい自覚と反省の上に立って、将来にわたり適切な保守管理を継続的に行なうよう強くご指導を受けた。総点検終了を新たな出発点として将来にわたる安全確保のため最大限の努力を重ねる」と語った。
 平成十二年一月下旬、またしてもトンネル内でコンクリート塊が落下したり、新幹線が長時間立ち往生したりと交通関係の事故や障害が相次いだ。このことを受け、二階をはじめ運輸省の幹部が全国各地のトンネルや総合指令センターなどを視察した。
 二階は、平成十一年十一月二十八日にJR北海道の礼文浜トンネルで起きた事故を視察するため、一月二十三日に現地に出向いた。零下四度という極寒のなかトンネルに入り、安全の再点検をしてきた。そのとき、同行したJR北海道の坂本眞一社長に言った。
「落下事故は、大変残念なことではあったが、このことを常に記憶にとどめておこう。そして、落下した日から一年後に、みんながこのトンネルの周囲に集まり、安全の誓いをしようではないか」
 数日後、JR北海道の坂本社長が大臣室に訪ねてきた。坂本社長は言った。
「今度、大きな自然石で『トンネル安全の誓い』というものをつくり、毎年その前に集まり、あの日のことを忘れないようにしたいと考えています」
 二階は大きくうなずいた。
 三月八日、営団地下鉄日比谷線の脱線事故が起こった。死者まで出るという大惨事となった。
 三月三十日、頻発する鉄道事故に心を痛めていた二階は、鉄道局長に命じ、日本全国のすべての鉄道事業者を一同に集めて訴えた。
「鉄道に対する安全神話は崩れつつある。われわれは、いま一度気を引き締めて頑張らねばならない」
 その挨拶は、自らの経験、体験を含めた生の声で厳しく、しかし、愛情をもって魂と良心に訴えるというものであった。
 二階は思った。
〈公共交通機関等に従事するひとは無休で仕事をしろ、とは言わないが、人の命を預けられているという緊張感と仕事に対する誇りだけは常に持続してほしい〉

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