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 平成十一年十月十一日、山陽新幹線北九州トンネル(北九州市)内で計二二六キロのコンクリート塊が落下した。この事故で、落下した「打ち込み口」は建設直後から側壁との間に「不連続面」(ひび割れ)が生じ、コンクリートの劣化が進んでいた疑いの強いことが、十月十二日までにJR西日本などの調べでわかった。
 落下したコンクリートのはがれ落ちた面の表面から深さ二センチ程度まで、空気中の二酸化炭素がコンクリート中のアルカリ成分を中和させる「中性化現象」がみられた。また同じ面の下から長さ約十五センチにわたって茶色や黒っぽく変色した部分が広がり、塊が落ちた後、この部分から五つに割れたことも分かった。
 JR西日本は施工ミスの可能性もあるとして、コンクリートの材料分析や、当時の施工業者からの事情聴取を進めた。
 現場付近は、トンネル上部から地下水が漏れていることも確認され、ひび割れが漏水の集まってくる通り道となったほか、時速一五〇〜三〇〇キロで走行する新幹線の振動や風圧の影響も受けて落下したのではないかとみている。
 山陽新幹線のコンクリート塊落下事故について、二階は十月十二日の閣議後の記者会見で強く批判した。
「ある意味で新幹線非常事態といえる。JR西日本に対し、厳しく反省を求めたい」
 この日午後には、直ちに、JR西日本の南谷昌二郎社長を運輸省に呼び、事故についての詳しい説明を求め、「きちんとした形で責任の所在を明らかにしてもらいたい」と要請した。
 また、運輸省としては、この日、省内に、陸、海、空の交通機関について、人為的ミスによる事故を防止するため、組織管理や点検体制の問題点を分析し、対応策を検討するための「運輸安全戦略会議」を設置した。
 十月二十三日、二階は小渕総理をはじめ数人の閣僚と共に、日韓定期閣僚懇談会に出席のため韓国の済州島を訪れた。翌日の二十四日、政府専用機で羽田に帰国の後、直ちにその足で福岡へ向うという強行軍であったが、二十五日未明、南谷昌二郎・JR西日本社長らと共に保守用車両に乗り込み、約一時間半かけてJR山陽新幹線北九州トンネル内の崩落現場を視察した。
 車両から身を乗り出して落下した打ち込み口をのぞき込んだり、自ら懐中電灯でトンネル内を照らしたりしながら徹底的に検査を行った。
 そして、早朝三時四十分発、一番列車の走る前に必ず行われている「確認車」にも乗り込み、安全を確認したのであった。
 視察を終えた二階は、「点検にはかなりの時間がかかるだろうが、人海戦術であたりたい。打音検査の機械化などの研究開発にも予算を付けたい」と述べ、五億五〇〇〇万円を今年度の補正予算案に盛り込む考えを明らかにした。
 また、監督官庁としての運輸省の責任については「責任を逃れるものではない」と認め、「JR各社にも協力を要請し、点検作業を早急に進めたい。運輸省も出先の運輸局の職員を出して全力で対応し、年内には運輸省としての安全宣言を発表できるよう努力したい」と官民あげて早急に総点検を始め、山陽新幹線にある一四二本すべてのトンネルの総点検を命じ、年内に安全の確保と安全宣言を目指したいとした。
 十二月十六日未明、JR西日本は山陽新幹線の一四二本の全トンネル(総延長約二八〇キロ、東京から浜松までの距離、新大阪から三原までの距離)で進めてきた総点検を終えた。十月二十五日からこれまでの計五二日間、JR他社や関連会社などから応援を求めるなど延べ六万九〇〇〇人を投入し、約五〇億円を費やした例のない大規模な総点検となった。
 この日午後、運輸省は学者や専門家で構成する「トンネル安全問題検討会」と省内の「運輸安全戦略会議」を開いて点検結果や補修内容などを検証した。
 その結果当面の安全性は確保できたとして二階が記者会見で、「JR西日本の報告を鵜呑みにしたわけではなく、私たちが点検に立ち会い、専門家と検討したうえで報告を是認した。運輸省として、国民にもう安全ですよと言いたい。今後の保守点検については、運輸省が手取り足取り介入することはない。JR西日本が社運をかけて取り組むと思う」と事実上の安全宣言を行なった。
 一方、JR西日本の南谷昌二郎社長は、この日夕方、「運輸大臣から、厳しい自覚と反省の上に立って、将来にわたり適切な保守管理を継続的に行なうよう強くご指導を受けた。総点検終了を新たな出発点として将来にわたる安全確保のため最大限の努力を重ねる」と語った。
 平成十二年一月下旬、またしてもトンネル内でコンクリート塊が落下したり、新幹線が長時間立ち往生したりと交通関係の事故や障害が相次いだ。このことを受け、二階をはじめ運輸省の幹部が全国各地のトンネルや総合指令センターなどを視察した。
 二階は、平成十一年十一月二十八日にJR北海道の礼文浜トンネルで起きた事故を視察するため、一月二十三日に現地に出向いた。零下四度という極寒のなかトンネルに入り、安全の再点検をしてきた。そのとき、同行したJR北海道の坂本眞一社長に言った。
「落下事故は、大変残念なことではあったが、このことを常に記憶にとどめておこう。そして、落下した日から一年後に、みんながこのトンネルの周囲に集まり、安全の誓いをしようではないか」
 数日後、JR北海道の坂本社長が大臣室に訪ねてきた。坂本社長は言った。
「今度、大きな自然石で『トンネル安全の誓い』というものをつくり、毎年その前に集まり、あの日のことを忘れないようにしたいと考えています」
 二階は大きくうなずいた。
 三月八日、営団地下鉄日比谷線の脱線事故が起こった。死者まで出るという大惨事となった。
 三月三十日、頻発する鉄道事故に心を痛めていた二階は、鉄道局長に命じ、日本全国のすべての鉄道事業者を一同に集めて訴えた。
「鉄道に対する安全神話は崩れつつある。われわれは、いま一度気を引き締めて頑張らねばならない」
 その挨拶は、自らの経験、体験を含めた生の声で厳しく、しかし、愛情をもって魂と良心に訴えるというものであった。
 二階は思った。
〈公共交通機関等に従事するひとは無休で仕事をしろ、とは言わないが、人の命を預けられているという緊張感と仕事に対する誇りだけは常に持続してほしい〉

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