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バリアフリー法と心のバリアフリー


羽生 次郎 

 私は、交通のバリアフリー化については、概ね二十年位前から関係してきた。特に、今度の「交通バリアフリー法」については、担当局長として政府原案作成から国会審議に至るまで取り組んだので、各々の局面で興味深いことが多々あった。
その中で、最も印象に残ったことは、国会審議中に、二階運輸大臣が、この法律の運用について示された三つの考え方である。二階大臣は、政府原案作成時には、「関係省庁が前向きに取り組む仕組みにしなければならない」と指示をされ、この法律の最も重要な骨格を作られたが、国会審議時において示された考え方は、それ以上に注目すべきものであると思う。それらは、次の三つである。
 第一に、交通のバリアフリー化は、大都市だけの問題ではなく、高齢者の多い地方においても同様に重要な問題であり、国の責務として大都市、地方ともに進めていく必要があることを明らかにされたことである。第二は、バリアフリー化の経済的効果を経済企画庁との共同作業を通じて明らかにされ、交通バリアフリー化を単なる福祉としてでなく、今後の経済政策の中で位置付けられたことである。そして、第三には、多分三つの中で最も重要な点であろうが、「心のバリアフリー化」を提唱されたことである。
 国会会期中に、二階大臣は、我々に対して、しばしば、「施設の整備だけで、できることには限界がある。やはり、周囲の健常者が、車椅子を押したり、日の不自由なお年寄りを進んで手助けする様にならなければ、真のバリアフリー化は実現しない。だから、この法律を契機に、日本の社会がそういう風に変わることが施設の整備よりも重要なのだ。そういう心のバリアフリー化が実現すれば『いじめ』や『非行』を起こさなくなる」と言われた。さらに、今後の考え方として、「学校の行き帰りに緑のオバさんがいる様に、駅にも老人や障害者の方を手助けするボランティアの活動が必要だ。行政は、そういう活動を援助、評価しなければいけない」と述べられた。
 まさに、大臣の提唱された「心のバリアフリー化」が、軌道に乗るか否かに、欧米に遅れること十年のこの分野で、日本が追いつけるかどうかが掛かっていると思う。


                   「運輸審議官・前運輸政策局長」

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