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高齢者も(身障者も)弱者にあらず

み の も ん た


 わたしが考える二十一世紀の「高齢者社会」においては−
 六十代は、パリパリの現役である
 七十代は、後輩の指導にあたるときてある
 八十代は、自分の人生の総仕上げをするときである
 九十代は、余生をたのしむときである
 そして、各年代に合った社会環境がそれぞれ整えられるべきである。たとえば、六十代がパリパリの現役であるためには、それ相応の仕事の場や雇用環境が必要だ。七十代の人が積極的に後進の指導に当ろうとしたら、地域でも会社でも、先輩の知恵を生かす「塾」や「学校」のようなものが必要だろう。
 八十代で自分の人生の総仕上げのために、「自分史」や「家族史」をまとめたいと思う人もいるだろう。そういう人向けに、パソコン学級をもっとふやすことも必要だ。そして九十代になって、まだ自分の知らない外国旅行に出かけたいと思う人もいるだろう。アメリカ人などには、そういう人がいっぱいいる。そういう人のために、飛行機搭乗施設にもっと工夫があっていいし、大きな荷物の持ち運びにボランティアがいてほしい。わたしの知合いにリウマチで悩む人が最近多いが、荷物の持ち運びが苦痛で、だんだん旅行に出なくなる。そのぶん、心も次第にふさいでくる。
 「心のバリアフリー」というのは、そういう人々の心の″ふさぎの虫″を取り除くよう、社会のさまざまな環境を整えることである。それはハードの面でも必要だし、人々の心、つまりソフトの面でも必要なことだ。
 これまで「高齢者」は「六十歳以上」だったが、今はもう「六十五歳以上」になった。かつては「四十代前半」が「熟女」だったが、今は七十代の熟女が当り前。わたしたちは、そういう時代に生きているのです。

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