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衆議院議員・保守党幹事長
社団法人全国旅行業協会会長
二 階 俊 博

東北・上越新幹線開業二〇周年記念シンポジウム
       「二十一世紀は観光の時代」
主催:社団法人東北経済連合会
二〇〇二年十一月二十二日(金) 於:仙台市・ホテル仙台プラザ

 ただいま、東北経済連合会の八島会長から丁重な紹介を頂戴しました全国旅行業協会会長の二階俊博でございます。
 東北経済界の皆様は、新幹線の問題等につきまして熱心でありまして、私が最初に海部内閣の運輸政務次官を担当させていただいておりました当時、東北電力の明間会長が大変な熱意でこの問題に取り組んでおられました。爾来、歴代の東北経済連合会の会長初め多くの有力な皆さんがことあるごとに、東京においでの際、立ち寄られて「東北新幹線はどうなっているか」と取り組まれていたことを思い浮かべ、いよいよこの十二月一日に、待望の東北新幹線の八戸までの開通が実現できましたことを、皆様とともに心からお喜びを申し上げたいと思います。おめでとうございます。
 皆さんも既にご承知のとおりでありますが、大宮―盛岡間は、新幹線開通以前は六時間位かかったわけですが、それが新幹線では二時間で走れるということであります。大変、交通の利便性が高まるわけでして、このことが観光の発展にも大きな役割を果たすであろうことを期待するものであります。

 先程ご紹介いただきました全国旅行業協会の会長を引き受けてからもう十年ぐらいになるかと思いますが、これまで、関係者の皆さん、あるいは先輩の皆さんからいろいろ「観光とは」「観光について」を教わってまいりました。様々な方々のお話を伺って、史実や文献等も、もっとよく研究してみなくてはいけないと思っているところであります。
 そもそも観光とは「国の光を観(み)る」ということがその語源で、他の国に出かけて、今でいいますと、他の県に出かけて、それぞれの発展の様子等を学び、それをまたそれぞれの地域の発展に役立てようとしたことが始まりだそうです。そしてこの観光の始まりは徳川期の丸亀藩であると言われております。ここを中心にして、当時はまだ「観光産業」とか「観光立県」なんていう言葉はなかったでしょうが、今から思うと、名前を付ければこのようなことでしょう。丸亀藩の観光が一番盛んであったのが一五八七年頃からということですから、大昔の話であります。
 それから、随分以前に、福島県の須賀川市の皆さんが、当時、須賀川の空港建設に熱心でありまして、同市の四〇周年記念で、地元のテレビ番組に招かれ、須賀川のボタン公園で当時の高木市長さんと観光について語り合ったことを思い起こします。この時に、松尾芭蕉が奥の細道で、一六八七年、元禄二年の、やはりボタンが爛漫と咲いている素晴らしい季節に須賀川を訪ね、またそこから新たな目的地に向かって出発されたということを伺いまして、「花が咲き乱れている」とか「すばらしい気候に恵まれている」というようなことが、旅行、観光の上では大事なことなんだなということを思い浮かべたりしたものでした。

 江戸中期に入り、庶民の旅としてはお伊勢参り、これが一番活発に行われたようであります。文政十三年、一八〇〇年代ですが、このころの半年間の統計で四五七万人がお伊勢参りをされていたと言われております。これは半年間ですから、一年間をその倍として、その頃の日本の人口からしますと、六人に一人か、七人に一人がお伊勢参りに出かけたということになります。三重県に「今いったい何人位参詣に行っていますか」と尋ねましたところ、「阪神・淡路大震災や、なにか大きな事件、あるいは不況時など、時々の社会情勢によって神様にお参りする人が増えるという多少の変化はあるが、今でもまだ六〇〇万人ぐらい」と言うことでした。一八〇〇年代の方がお伊勢参りは盛んであったと言えるわけです。

 私の郷里の和歌山県でも、「蟻の熊野詣」と言って、熊野三山にお参りするということが歴史的な物語となっております。最近そのことが見直されて、「歴史街道熊野古道を歩こう」というようなキャンペーンで博覧会をやったり、旅行業関係の皆さんが全国的なキャンペーンを繰り広げたりしています。近頃は世界遺産に登録される可能性があって(二〇〇四年世界遺産に登録)地元では静かなブームとなっております。先般、東京のある小料理屋へ入ったら、そこにいた人達が「二、三人組んで和歌山へ行って来た」「もう二回熊野古道を歩いた。もう一回歩けば大体踏破できる」「そのためにだけ飛行機に乗って山歩きに行っている」というような話をしているのを聞きまして、お伊勢参りなどとよく似ているんだな、ということを思った次第です。

 作家の田辺聖子さんの「姥ざかり 花の旅笠 小田宅子の東路日記」という大変長い名前の小説があります。これは一八四一年頃に、ある商家の奥さんが仲よしのお友達を四、五人誘って、気楽な旅に出るわけでありますが、なかなかの歌人といいますか、歌を詠む趣味を持っておられる方がおられて、行く先々で互に歌を詠みながら旅を続けるわけです。また、その旅の中では、いつの時代も同じですが、旅の楽しみとして食べること、その土地土地の珍しい食べ物に接するということや、同時にお土産を買う、特に女性の方ですからその土地のお土産品を見て、これはいいということで買い集めます。しかし、一八〇〇年代当時の旅ですから、お土産を買い集めてこれを一体どうするのだろうかと、その本を読みながら思っておりましたら、何とやはり便利なものがあります。今でいう宅急便です。飛脚さんに預ければ、それは自分より早く荷物だけはおうちに届くわけでして、そういう旅をしたということなどが描かれておりました。

 旅行というものはいつの時代にも大変楽しいものとして庶民の間でも広がりを見せていくわけであります。私はそういう歴史的な旅の文化というものをもう一度振り返ってみることも旅行・観光を振興させていく上において大事なことではないかと思っております。自分自身も毎日の忙しさに紛れて、そんなことを電車に乗ったり、飛行機に乗ったときに少し考えたりはするのですがいつもそれで終わってしまう。
 「タイトルに旅という字が一文字でも入っている本を全部ピックアップしてくれ」ということを国会図書館へ頼んでみました。そうしたところ、物すごい数があるそうで、なかなか簡単にさばき切れないそうです。私はかねてより、観光図書館のようなものも作ったら良いのではないかと考えておりますだけに、これはこれで興味深く、さらに研究してみたいと思っておるわけです。

 最初にこの東北地域の皆さんが国際的な旅行・観光の振興にもいかにお力添えをいただいているかということを、ごく簡単に申し上げておきたいと思います。ある時、私がちょうど運輸大臣の時でしたが、韓国の観光担当大臣から「日韓の観光閣僚会議を日本で開いてくれないだろうか。自分の方はどこへでもお伺いする」との話がありました。私は「ちょうどその時、東北、仙台に出張しているときですから」と言って一旦お断りをしたのですが、先方は大変熱心で、「仙台ならちょうどいい。ソウルから直行便があるから仙台へ伺いましょう」とのことでした。それで仙台に来られまして、観光会議をこの仙台の「ホテル佐勘」で開かせていただいたことを思い起こします。今、日本で言いますと内閣官房長官のようなお仕事をされている、朴智元(パクチオン)という当時の観光大臣が、私と会う度に、仙台のことがとても印象的であったと、思い出しては語ってくれます。国際会議というのは東京で開かれることが常になっておりますが、これを自然も豊かで人情も細やかな、それぞれの地方都市で開催するということがいかに大事か、ということに尽きるようです。当時、中曽根元総理の令息が文部大臣をやっておりました。相手の朴大臣は文化観光大臣でありまして、私一人で相手をするよりも文部大臣もお相手になった方がいいだろうということで、中曽根弘文先生に「あなたも仙台に来ないか」とお誘いしました。文部大臣も駆けつけてまいりまして、ご一緒に有意義な日韓閣僚会議をさせていただいたことを思い起こすわけであります。

 また、韓国と日本とが、その後、WTO(世界観光機関)の総会を、韓国と日本で共同開催するということになっておりました。その前夜祭ということで盛り上げている最中に、東北経済連合会の皆様が韓国においでになるということがありました。当時、明間会長がリーダーで、私もちょうど韓国に出張することになっていましたので、「それでは向こうでお会いしましょうか」と、韓国の閣僚や関係者の皆さんを集めておりましたところ、明間さんが都合が悪くなり、今の村松仙台商工会議所会頭、東北経済連合会副会長さんにおいでを願ったという経緯がありました。一緒に東北地方と韓国の観光振興について語り合ったことを、つい先ごろのように思い出すわけであります。
 また、先般、国交三〇年を記念して一万三〇九〇人の人が中国を訪問いたしました。その際に、東北経済会の皆さんも観光関係の皆さんとともに多数ご参加をいただき、その時も八島会長と私が、中国の何光暐(カコウイ)観光大臣と一緒に会談の場を持ったことを思い起こします。
 このようにして、地域を挙げて観光振興に取り組んでいただいておりますことに、私は心から敬意を表する次第であります。

 まず、観光問題につきまして、お互いに共通の認識を持っておくためにご参考になるかと思いまして、観光に関するデータをプリントし、お配りしました。少しだけそれを開いていただきたいと思います。最初に「ツーリズム産業の範囲」ということを書いてあります。例えば祝日三連休という法案を、国会に提出してこれを通すということになった場合に、ここで記されている「観光産業」というものがどれほどの政治力があるか、どれほどのパワーがあるかといいますと、数はそろっているのですが、残念ながら、案外パワーとなって現れてくるというほど大きな力を持ち合わせておりません。

 この中でも随分お力添えいただいた方もいらっしゃいますので一概には言いにくいのですが、私が運輸省で働いておりました時に、一緒に仕事をしてくれました観光部長に、藤野公孝君という人がいて、みんなに請われて参議院全国区から自由民主党公認で立候補されるということがありました。政党は異なりますが、同じ目的に向かって進んでまいりました同志でありますから、ぜひ当選してもらいたいとの思いがありました。

 我々の党には扇千景さんという今の国土交通大臣が立候補しておりますし、自由民主党の藤野君を応援するというのはなかなか容易なものではありません。あの当時一〇万票集めると当選できたのですが、彼は残念ながら次点でした。(現在は参議院議員)観光産業というのは裾野を全部合わせますと四〇〇万人が従事していると言われる産業です。それで何も観光部長が偉いとは言いませんが、ドライブインの経営者の方であれホテルの経営者の方であれ、だれか観光産業からひとつみんなの仲間を国政に送り出そうということになった場合、三人も五人も一遍にというわけにはまいりませんが、たった一人ぐらい送り出すことができないだろうかということが、私が言わんとするところであります。

 全国旅行業協会会長という肩書をいただいておりますと、年末から年始にかけていろんな観光関係の雑誌やあるいは新聞の新年号や「ことしを振り返って」というようなタイトルで対談などに呼び出されることがあります。私は呼び出されたらきっちり今のことを言うことにしております。必ず相手方は「観光産業にもっと政治力を持たなければいかん。観光産業にもっとパワーを持たなければいかん」ということを言われるわけです。そのような時、「ちょっと待ってください。そういうことをおっしゃるなら、四〇〇万人もおられるのですから、その中で一〇万人、いろんなところで票を頂くわけですから、別に観光産業だけで当選するということはないとしても、観光産業でせめて三万人でも協力してもらえてれば、当選できたのです」という話をします。

 今日はこのようなことを話に来たのではありませんが、とにかく、「もっと観光産業は力を持たなければいけない」ということをいつもよく言われます。力を持つということは、何かやるときにはみんなで一致して協力し合うということです。別に選挙でなくても良いのです。ほかのことでも一緒に協力し合うということがなければ、観光産業が大きな広がりを見せていくことにはならないのではないでしょうか。せっかく広がりを見せていくことのできる素質、条件を備えているにもかかわらず、なぜこれが一体化してやれないのかという思いが私にはあったものですから、ちょうど運輸大臣になりましたときに観光関係の代表の皆さんに集まっていただきまして、「これは皆さんのためになることであるが、観光産業全体が集まって、いわゆる観光の経団連のようなもの、言いかえれば観光版経団連というものをお作りになってはどうか」というようなことをお話しいたしました。産業の広がりから見ますと、本来日本の経団連でも、たまには経団連のトップ、あるいはその次の人、その次の人ぐらいに観光関係の代表が入ってもおかしくないのですが、たまに部会長のすみの方に入ったことはありますが、トップクラスに観光関係の代表が入らないのが常識のようになっております。この常識を打ち破らなくてはならないと思っております。

 ちょうど、このツーリズム産業連合会の発会を考えておりました日が予算委員会の真っ最中でした。観光産業の、いわゆるツーリズム産業のスタートが大事だということで予算委員会を途中退席して、発会式へ向かった時のことを今も昨日のことのように覚えております。

 さて現在、観光産業の生産、雇用への経済波及効果は約二〇兆円を超える状態になっております。私たちがもっと力を入れていくことによって、この先、非常に明るい展望が待ち受けている産業であると考えることができます。先ほども申し上げましたように雇用創出効果は三九三万人ということで、約四〇〇万人の経済効果があります。以前、自動車メーカーの日産が二万人のリストラをやったときに、当時の牧野労働大臣がこのことに対して、閣議でまさにテーブルをたたかんばかりにして悲憤慷慨しておりました。私はちょうどその隣におりましたから、「よし、その二万人、観光産業で引き受けましょう」という気持ちで、今でいう財務大臣、当時の大蔵大臣に話をして平成十一年度の補正予算で七億六〇〇〇万円の予算を緊急に計上してもらって、観光産業に従事したい人に一定期間、勉強してもらうことにしました。いろいろと勉強してもらって、この人なら観光産業、ホテルでもどこでも使ってもらえるというような状況をつくって、それで観光関連業界に就職をしていただくようにしました。当時としては一万二〇〇〇人ぐらいまでは達成できたかなということであります。二万人という目標達成のためには役所側からの説明、PR等に限界があったのかなという思いもしております。

 先般JR東日本の幹部の方にお目にかかりましたら、観光産業にもう少し政府が力を注いで、そしてもう少し景気がよくなれば、観光産業であと二〇〇万人は大丈夫ですよというお話が出ました。二〇〇万人が実現するかどうかは別としまして、相当の数を吸収することができる産業であるということを、我々はここで確認をしておく必要があろうと思います。

 この頃、観光産業は二十一世紀の基幹産業だという呼び声が高まってまいりましたが、GDPに占める割合や、すべての雇用者に占める割合などをご覧いただければ理解いただけるように、観光産業は、大変大きな地位を占めるに至っております。
 ところが、日本は国際観光の後進国で、外国人旅行者の訪日促進を図らなければなりません。日本人海外旅行者数も少し減っております。これはテロ、その他の要因もあるわけでありますが、今、一六二一万人程度が海外に出かけ、外国から日本に来る人たちは四七七万人程度ということであります。これを今後どうにかしていかなければならないということでありますが、私は、昨日一応の決着を見ました十四年度の補正予算に関し、いろんな重要案件を議論した際に、「外国の青年あるいは留学生にもっと安い価格で日本国内の旅行を楽しんでもらうために、何か方策を考えてはどうか」との話をいたしました。例えばユースホステルなどは、昔は大はやりだったわけですが、このごろは若い人たちも、もう少しレベルの高いところへということで、開店休業になっているところも全国にはたくさんあるわけであります。これを政府でリニューアルして、ここに安い価格で外国の青年男女を迎える。そういうことのために公的なものも活用してはどうかということで、多少取り組むことにいたしておるところであります。

 ところで、我が国の国際観光の状況、そして、外国人旅行者受入れの国際的なランキングではどの辺にあるでしょうか。日本は外国へ出かけていくのは随分上の方にありまして、年によっては異なりますが、三番から四番にランクされています。しかし、日本に観光でお越しになる方々の順番ということでは、残念ながら、韓国より下の方にありまして、三十四位に甘んじている。このことは、これから一層国際化時代が進展する中で、大いに考えるべき問題であり、原因や対策がどの辺りにあるのかということをみんなで十分考えて、取り組んで行く必要があります。

 私達の田舎では、年寄りが「人が訪ねて来ないような家は駄目だ。なるべく人様が訪ねて来るような家でなければ駄目だ」と言います。私は、これは東北でもどこの国でも同じだと思います。これからは、どんどん日本へ外国からも訪ねてきてくれるようにする必要があります。日本は遠いからとか、あるいは物価が高いからと言って、自分達でお客様があまり来ないことを納得してしまっているわけですが、今や韓国よりも劣っているような状況にあるわけです。何も韓国の上にならなくてはいけないということはありませんが、国の広さや経済規模からすれば、上回ってしかるべきであるにもかかわらず、劣っているのであります。

 もっとも、地球的な広い視野から見れば、韓国も日本も同じ位置かもしれません。二つの国を平気で間違う人がいたりすることもある位です。

 この間、ウズベキスタンという中央アジアの国に行ってまいりました。同国へは、現在、大阪の関西空港から直行便が出ておりまして、今度成田空港との間にも新たな直行便が開設されることになっています。この直行便の機内に、どこの国に飛行機が飛んでいるかという図が書いてありまして、この図をよくよく見ますとオーストラリアのところに関西空港を図示してあるわけです。

 お互いに海外のことになりますとそんなことはよくあります。航空会社が間違うなんていうのはとんでもないことですけれども、事実あるのです。間違いを怒っているよりも、間違われないようにもっとしっかりPRをしなければいけないのではないかとも感じます。

 今からもう大分前のことですが、「日本ウズベキスタン友好議員連盟というものをつくって欲しい」ということを関係者から言われて、「それではやりましょう」ということになりました。細川内閣か羽田内閣とかいうそんな時代でした。そして、その設立総会に行く途中、私に「ウズベキスタンってどこにあるのですか」と聞く人もおられました。こっちはそんなことを説明している時間もないから、「行ってみればわかるから」などと言いながら立ち上げました。それからちょうど一週間たつかたたないかの内にウズベキスタンのカリモフ大統領が日本にお見えになりました。

 今や、ウズベキスタンという国はエネルギー問題はもとより、アフガニスタンの問題等を考えても、国際的にも重要でありまして、私もこの国を今後一層大切にしていかなければならないと考えているところであります。
 このようなこともあり、「関西国際空港の中にウズベキスタンのお土産物のショップなどをこっちで開いてはどうか。経営はもちろんウズベキスタンの航空会社なり、しかるべきところでやってもらうとしても、そういうことの道案内をこちらがやってはどうか。他にも日本には、文化が異なり、名前も、どこにあるかもわからないような国の人がまだいっぱいいる。そういう国に対して、それ位のサービスをしてはどうか」ということを申し上げているわけであります。今度関西空港でウズベキスタンのお店が出店されます。お土産物をみんなで見ていただいたり買っていただくことによって、その国に対しての旅行、観光への興味がわいてくるわけであります。このごろはインターネットで簡単に調べられるわけですから、そういうことをきっかけにして興味を持ってもらうことが先ず大切であろうと思っております。

 次に、これからツーリズム市場を大きく広げていくために、我々は何をしなければならないかということ、同時にツーリズム産業の将来というものは非常に明るいものであるということなどについて触れてみたいと思います。

 二〇〇一年の我が国のツーリズム市場と今後の消費の波及効果などは、地域にとっても、そしてその国にとっても、重要な位置付けとなっております。特にこの産業は、とりわけ雇用の面で大きな影響力を持つわけであります。国際観光市場の状況は、現代は七億人の人たちが国際交流をしており、大交流時代の到来といっても過言ではないでしょう。先ほど申し上げたWTOという世界観光機関の調査予測では、二〇二〇年には一六億人になるだろうということが言われておるわけです。

 このように、世界の観光交流が一六億人というときに、外国から我が国に来られる人がわずか四七七万人という今の尺度のままでは、時代とズレてしまうのではないか。ここは相当の覚悟と決意を定めて、国、地方、共に協力しながら取り組んでいかなくてはならないと思います。

 そのような状況であるにもかかわらず、今まで、国政においても、地方の行政の中においても、私には、「観光」というものの位置付けが、常にセンターよりちょっと、少し隅っこの方に置かれ過ぎていたのではないかという思いがあるわけです。いろんな観光関係の会合などに出席される、都道府県の観光の責任者、それぞれ呼称は異なっておりますが、大概は一番上の方で課長さんです。国土交通省も一番上が観光部長です。他国はどうかといいますと、観光大臣というものを置いておるわけです。その観光大臣と我が国では観光部長とがいろんな協議をするということでありますから、これはなかなか容易なことではありません。位取りで物を言うのは、あまり好きではありませんが、役所の中でいろんなことを発言し、また説明をしていく上において、位取りもまた大事な要素であります。

 私が一〇年ほど前に全国旅行業協会の会長になりましたときに、地方支部の会議に出向いていきますと、それぞれの県で「大体この会には課長さんか課長補佐しか来てくれない」と言いますので「そんなことはない。ここの県の知事さんは東京に来るたびに私の部屋へ寄ってくれます。ちょっと電話して下さい」と言ったら、慌てて知事が吹っ飛んで来てくれて、「来年の会合からは、知事が出られないときは副知事が、副知事が出られないときには部長が」と言って、今まで課長補佐だったのがぱっとランクが上がりました。役所というのは前の年の事例が慣例となるものですから、一度上がれば放っておいても次の年から何も言わなくても上の方が来てくれます。これはまずはすばらしい力といいますか、効能があるわけです。
 私が知り合いの知事さんにお会いしたときも「全国旅行業協会のメンバーはあなたの県にも大体六〇人から七〇人ぐらいいるのですよ。これは県が許可した業界なのですよ」と言うと「わかりました」ということになります。

 観光振興のために「何をすればいいのか」ということがよく言われます。しかし、実は何をどれだけやればいいというようなものではないところにこそ観光のおもしろ味があります。言いかえれば妙味もあるし、難しさもあるんだろうと思います。その地域の経済環境にも大きく左右されるものでありますが、旅行でいらっしゃるお客さまのニーズの違い、言いかえれば若人、男女、あるいは老人、そういう相手方の意識の違い、変化をどうこちらでとらえていくかということ、こうしたこともまた極めて大事なことであります。旅に来る人たちと受け入れる側との間のミスマッチぐらい悲しいことはありません。これに対応し、協調できれば、いい結果がもたらされると思うわけです。

 交通体系の整備がよく言われますが、幸いにして東北の交通体系は、皆さんの多年のご努力によりまして、今度の新幹線に象徴されますように、あるいは仙台空港に象徴されますように、随分立派に整備されておりますから、この面の心配はほとんどないと言えます。そして観光地の整備といった面でも、随分力を入れていただいておりますし、立派な老舗の旅館もたくさんあるわけですから、宿泊施設の整備という点でもほとんど満点であります。ですから今後は、宣伝効果をどう広げていくかということが大事だと思います。

 私は若いころ代議士の秘書を務めたことがあるのですが、私の師匠は「政治家というのは総和なのだ」ということをよく言いました。曰く「人間の能力の総和が大事なのだ。足は遅いよりは早い方がいいし、けんかも弱いよりは強いがよかろう。酒も飲めないよりは飲める方がいいし、学校も行ってないよりは行っていた方がいいかもしれない。しかしそれだけで選挙に勝つかといったらそうもいかない。そのためには、すべての点でトータルで評価されるのだ」ということでした。観光という問題もそういう点が大いにあろうと思います。富士山だけあればもうそれでいいのかというと、なかなかそうもいきません。

 この間、静岡のある催しの案内があった際に、中国国家旅游局の首席代表に、「日中国交正常化三〇周年を記念して各種イベントを実施するということが書いてあるので、中国からもあなたが代表して出席してあげたらどうか」と言って私がお誘いしたら、「喜んで行ってきます」とその催しに参加されました。そこでのディスカッションの場で、その中国の方が「今日、静岡の方に言われるまで、ずっと富士山は山梨県のものだと思っていたことに気がついた」と、おっしゃり、静岡の方が「はっと気がつき、ショックと同時に反省した」と言っておられた。静岡の人は富士山を静岡のものと思い込んでいるわけです。一方で山梨の人は山梨のものと思い込んでいるのかもしれないのです。

 東北、特に仙台に参りまして、改めて思うことは、仙台は東北大学に象徴されるように技術の面でも、非常に幅広く奥行きの深いものを持っているということです。そして、そうしたことが中心となって、東北の今日の発展の基礎が出来ているということを前々から私どもは聞かされておりました。東北六県の人口は九八二万人、約一〇〇〇万人の人口を擁しておられるわけですが、これは国連加盟国の順番でいいますと、ハンガリーとかチュニジア、あるいはこの間のサッカーワールドカップ出場国のセネガル、こういう国に匹敵する人口だそうで、世界で七九番目だそうです。経済ではどうかといいますと、東北域内の総生産が三三兆六〇〇〇億円、ドルにすると二五〇〇億ドル、順番では、スイス、ベルギー、ロシアとちょうど同じだそうで、何と世界の一八番目にランクされる実力を持っている地域だということであります。ついでに、それでは宮城県は一体どうか。宮城県は、人口が二四〇万人、世界で一三七位にランクされております。これはクウェートなどと同じだということを言われているのですが、八兆六〇〇〇億円の県内総生産から換算すると、チリやパキスタンと同じぐらいで、世界で四三番目だそうです。

 こうしてみてきますと、私たちの日本経済というのは大きいんだということを改めて認識させられます。日本は経済大国だということを言われながらも、このごろはすっかり自信を喪失しています。五兆円の補正予算を組むのでも内閣がこんなに揺れるほどの騒ぎをします。私たち与党三党も、当然のことでありますが、二〇一〇年、プライマリーバランスを黒字にすることに同意するということで、ようやく五兆円の補正予算を昨日組むことができました。延長戦にもつれ込みますと、私はこちらにお伺いできなくなりますので、何としても昨日のうちに決着をつけないといけないと思いながら政府与党の協議にあたり、本日お伺いさせていただいた次第であります。

 今の実体経済から見ますと、もっと思い切った対策を講じなければならないという思いでありますが、何せ今の小泉総理大臣は非常に、いい言葉で言えば信念の強い人でありまして、一回言ったら動かさないのです。ですから国債発行三〇兆円の枠をここまでもってくるまでに、我々は「こだわることはない。政策の変更だとか、政策を転換したとか言われたって、そんなことは当たり前ではないか」と何回も申し上げて参りました。ハンドルを握っている人は前を向いたら真っすぐ前だけを向いて走ればいいというのではなく、その時の状況に応じて、たくみなハンドルさばきをしなくてはならない。日本経済も回復の道を歩むことによって初めて、不良債権処理もスムーズにいくわけであります。銀行をつぶせば不良債権処理ができるように思っていることは大きな間違いであって、もっともっと国民の皆さんに、「そうだ、元気を出そう」そして、「旅にも出よう」という気持ちになっていただくことによって、この経済の回復につながっていくのであります。ですから、自信を取り戻すということは極めて大事であります。
 そういう意味で、観光問題を重要視する同志の皆さんが、観光産業を進展させることによって地域の産業を引っ張っていく、国の産業を引っ張っていくというくらいの気概をもって、今後取り組んでいかなくてはならないと思っております。

 観光産業が日本経済に貢献した一例を挙げれば、私どもが中心となって議員立法で成立した「祝日三連休化」があります。これについては、一時、老人クラブに、「敬老の日を勝手に動かすとはなにごとだ」と怒られました。更にはカレンダー業界からも、「カレンダーというのは前の年から印刷し、それから東北電力さんとか、どこそこのホテルさんとかに、広告を取りに行くので、祝日があっちに行ったりこっちに行ったりするとカレンダーが違ってくるので売れない。私たちの死活問題です」と言って座り込まれたときには、私もこれはちょっと予期せぬことであったなと思ったりもいたしました。そうしたいろんな問題を乗り越えて祝日三連休化を実行しますと、秋のベストシーズンの三連休(敬老の日、体育の日)だけで一兆円の経済効果が新たに追加されることとなったわけです。しかも日本政府が一円の予算も使わずに一兆円の経済効果が出る。これは観光産業に従事する皆さんの総意、努力によって成り立つわけであります。まだ日本人は働き蜂といいますか、みんな働くことに熱心ですから、休暇を取らない。ですから東北経済連合会では「ちゃんと有給休暇は取りなさい」ということを奨励していただきたい。それだけで日本経済に一一兆円もの経済効果が及ぶというのです。

 私はこの間、総理も出席の政府与党経済関係閣僚会議におきまして「今、なぜ休暇を取らないか。休暇を取ると、ずっとそのまま休んでいてくれということを言われたら大変だからです」と申し上げました。そこまで言いますと、総理も気が付いて、今の皆さんのように笑い始めました。もう長く説明しなくてもこのことはおわかりでしょうが、これに対し、政府はどうするかということを考えなければならない。休暇を取りたくても取れない。一方でこの頃では、働き過ぎて「過労死」などという問題も発生しています。そういうことに関しても、観光が一役買うことができるのです。

 私が一番ほのぼのとした感じを持つことのひとつは、列車に乗ったときに、ご家族で、また、おそらくは、もうリタイアされたご夫婦で、和やかな会話を交わしながら旅行されているのを見かけることであります。

 昨日は朝の八時から夕方の六時過ぎまでぶっ続けで予算の仕事をしておりましたが、お昼の時間だけ、アメリカのベーカー駐日大使と与党三党の幹事長で昼食懇談会を約束しておりましたので、北朝鮮問題、あるいはイラク問題なども含めて日米関係の問題を話し合いました。まず、ベーカー大使より「アメリカが今、日本の国際貢献に対して大変感謝をしている。今日ぐらい日本とアメリカとが気持ちの上でぴったりいっているときはない。今後もいろんなことがあった場合に、常にご相談し合いながらやっていきたい」との発言がありました。また、大使は政治家としての経験も豊富ですから「政治家の皆さんとお話することは非常にアットホームな感じがして楽しい」としながら「もしイラクが約束に応じず、アメリカがイラクに対して攻撃をしかけるというようなことになった場合、同盟国である日本に必ず事前に説明します。米国大使として、この問題を平和的に解決したいというブッシュ大統領の言葉をお伝えしたい」とのお話がありました。

 ここで、この新幹線のお祝いに際して申し上げたいのは、この懇談の際にベーカー大使が「自分がこの日本へ来て何が一番楽しいかというと、新幹線に乗って旅をすることだ。そして家内と連れ立って新幹線に乗ってしょっちゅう旅行に行くんだ」とのお話をされていました。これは是非皆さん、大使を東北へ新幹線に乗って遊びに来るように、お誘いをして頂きたいと思います。私も「東北へ行って来た。十二月一日から東北新幹線が八戸まで開通する」ということを、今度改めて大使ご本人に申し上げておきたいと思います。非常にフランクな方でして、いつも家族と一緒にホテルオークラへ食事に来られる時などは、一般の席に座るので、アメリカの大使だとは気がつかない人もいるような状況だということを友人から聞いておりましたので、その話をしましたら大変喜んで「私はそういうことが好きなのです。ですから個室を取ってそこで特別に、ということはしないんです」とおっしゃっておりました。ぜひ東北へもお伺いされるようなチャンスがあればいいと思っております。

 きょうは大勢の皆さんに、話を聞いていただきましてありがとうございました。観光産業の振興のために微力でありますが、今後一層頑張っていきたいと思います。どうか観光先進県であります東北地方の皆さんの、一層の奮起を心からお願いを申し上げまして話を終わらせて頂きます。ありがとうございました。

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