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『これからの観光産業』

衆議院議員
社団法人全国旅行業協会会長
二 階 俊 博

「第27回新春講演会」
     主催:トラベル懇話会
二〇〇五年一月七日(金)
 於:虎ノ門イイノホール

 ご紹介いただきました二階俊博でございます。

 明けましておめでとうございます。

 今日は新年早々から観光関係に特にお力を頂いております錚々たる皆さんが、全国からお集まりを頂き、このような素晴らしい会が、しかも今日で二十七回目の会だということを先ほど承りまして、関係者の皆さんのご努力のほどに、心から敬意を表したいと思っております。

 鷲頭誠・国交省総合観光政策審議官の到着が官邸の会議で少し遅れているということですが、私は詳しい内容を聞いておりませんが、今朝から何回か会いしましたから、おそらく良いお話だろうというふうに思っております。

 観光を進めていく上において、例えば先程来、糟谷会長のご挨拶にもございましたとおり、観光立国、そして一〇〇〇万人の観光客を我が国にお迎えしようと意気込んでみたところで、ビザの問題をはじめ、色々な障害があるわけでございます。相手国と我が国との距離の問題、あるいは旅費の問題、いろいろな制約があるわけですが、そういう制約を乗り越えたとしても、ビザの問題はかなり厄介な問題であります。このたび台湾から愛知万博の期間中ノービザで入れるということとなりました。韓国にもそのような対応をするわけですが、それでは中国に対しては一体どうなのかと言いますと、これはなかなか難しい問題があります。

 私も六年ばかりこの問題に携わってまいりましただけに、そう簡単なことではないと思っております。日中関係が難しいだけではなくて、国内問題でもあるからです。中国から日本に観光客として来ても一〇〇人の団体で来られて一〇〇人で帰っていただければ良いのですが、そのまま不法滞在になったり、あるいは思わざる事件に遭遇したり、そういうふうなことがあって、我が国の司法当局はこのことに対して大変緊張しておるのが現状であります。

 我々が中国の皆さんに団体観光ビザを許可した地域は、ご案内のとおり沿海の比較的豊かな所でありますが、昨年の九月十五日をもって、対象地域を拡大し、ちょうど三億七〇〇〇万人の人々を我が国に迎えることができることになったと言えるわけであります。しかし、あと一〇億の人々が残っています。立場を変えて言えば、「自分はその三億七〇〇〇万人のエリアの中に入ってない。しかし日本へ行って万博を見たい。近所の人たちも合わせて、学校のお友だちも皆合わせて三〇人ばかりで行きたい」と言ったときに「貴方の省は、日本との間で、そういう許可を得ておりませんから駄目です」と言うのでは、それこそ日中友好だとか言ってみたところで始まらないのではないか。

 そこで今朝ほど、そうした問題で、北側一雄国土交通大臣と話し合いをしました。実は私も、この十一日から二日間の旅でありますが、中国へ行ってまいります。当然この話が話題になるわけですが、その際の対応として、しっかりやらなきゃいけないということで、昨日、自由民主党の観光対策特別委員会の幹部会を開きました。関係省庁は国土交通省、外務省、法務省、警察庁でこれだけの役所がビザの問題に関与しているのですが、国土交通省以外はそれぞれ大変難しいことを言っております。北側国土交通大臣は問題点をよく理解されて「一〇億の皆さんが今度の愛知万博に限りビザを供与するということで、なんとかならないか閣内で努力をする」とおっしゃっていかれたわけでありますが、先程ちょうど十二時から観光関係の新年の会がございまして、そこで大臣自らが「そういう方向で取り組む」という決意を表明されておりました。

 今、いよいよ、この問題についての大詰め、今日は金曜日でございますが、私どもの出発は十一日ですのでもう今日しかありません。おそらく官邸の中でも、この問題に対しての協議が続いていることだと思います。良い方向に進んでいくであろうと思っておりますが、まだまだ予断を許しませんので、これからも一層の努力をしなければなりません。

 私は、ここで観光振興の「ふたつのトライアングル」について申し上げたいと思います。それは日本と中国、そして台湾も含め、さらに韓国、こうした関係におけるトライアングルを形成し、いろんな場面で、この日、中、韓の三カ国が協調、協力しあうことが大事だということを機会ある毎に訴えてまいりました。

 例えば、観光担当大臣が一堂に会して協議をする。あるいは、政府の役人レベルでも協議をしてもらう。あるいは、観光関係団体の代表がそれぞれ協力しあう。航空会社の皆さんが話し合う。船会社も話をしてもらう。こうして、関係者が三カ国で協力しあおうという、そういう体制を作っていくことが大事だということを申し上げておるわけであります。

 先般、私はJATAの新町会長と、ある新聞社が企画した対談で色んな話をしている中で、新町さんは、海外旅行、国内旅行、そしてインバウンド、この三つを言い換えれば、「三位一体」とも表現されておりましたが、こうしたことに大いに力を注いでいかなくてはならない、とおっしゃっておられました。私が申し上げる「三カ国のトライアングル」と、この新町さんのおっしゃる「トライアングル」とを、ちょうど掛け合わせていきますと、具体的な姿が見えてくるわけであります。

 国内旅行につきましては、もうご案内のとおりでありますが、おそらく三億二七〇〇万人の移動というのは過去最高のものであろうということを、大手旅行業界も認めておりますし、私もその通りだと思っております。

 また、海外旅行につきまして、SARSの問題だとか、あるいは先般のインド洋津波の災害等において、少し出足といいますか、これから上り調子になっていくところを挫かれたようなところはありますが、それでも二〇〇〇万人を目標にしているところを一七四〇万人に達している。

 インバウンドは、まだまだ一〇〇〇万というところへは少し距離がありますが、今年は七〇〇万人ぐらいは確保できるのではないかと言われています。で、このごろは「ビジット・ジャパン」という言葉が大変流行ってまいりました。これはお集まりの皆さんのご努力の結果です。この「ビジット・ジャパン」でインバウンドを増やすことと我々が提唱することは、これは大変良いことだとは思いますが、旅行、観光の場合は一方的なことではなくて、行ったり来たりするということが大事だと思います。私はいつも「鋸のようにやらなきゃ駄目だ」ということを言っておるのです。鋸は押すばっかりでも駄目、引くばっかりでも駄目。押したり引いたりすることで鋸の機能を発揮するわけであります。観光においても、お越しいただくこと、我々も出かけること、これが大事であります。

 そうした観点から、例えば、中国のビザの問題にしても、一方的に沿海地域だけを「この辺の人はお金も持ってるだろうから大丈夫」というふうな判断だけでいいのかというと、これはもう誠に間違った考えであります。

 私は和歌山、紀州の出身ですが、中国にも貴州という名前の所があります。字は違うのですが、キシュウはキシュウです。そして、その貴州へ私が仮に行って「また皆さん、紀州にもおいでください」と、こう言うでしょう?

 これを言わない人はいないと思うんです。言わない人は、どうかしている。しかし、それを言ったからといって、その貴州の人たちは現在の観光ビザ発給対象地域からはずれているので紀州には来れないんです。そんな状況を作っておいて、そして、アジアの中の日本だとか、世界の中の日本だとか、観光立国だとか、そんな綺麗事ばかりを言ってみたところで流行らない。そこのところを、もっと真剣に考えなきゃならん、ということを言っておるわけです。

 私は、この講演が終ったら、もう一度党本部に帰り、先ほど申し上げましたビザ関係の各省のトップを招いて、我が国としての最終的な考え方をまとめようと思っている次第でございます。皆さん方の一層のご協力をお願い申し上げる次第であります。

 観光につきましては、ここにお集まりの皆さんの顔ぶれを見ておりますと、私よりも遥かに専門家の皆様ばかりでございまして、私が勝手な事を申し上げるのは如何かとは思いますが、私が常々考えていること、また皆さんにご協力を頂戴していることの中で、いくつか拾ってみますと、観光は、まさに「平和のパスポート」であり、これは平和な地域にのみ存在しうる産業です。

 私はかつて与党三党の幹事長として、パレスチナを訪問したことがあります。そして、当然イスラエルにも行きました。危険極まりない状況の中で、防弾ガラスの車があるのですが、一つの大使館に一台しかなく、残念ながら日本も一台しか持っていない。よその国からひとつ借りてきて二台ですが、マスコミの方々を乗せるわけにはいかない。そういう状況の中で、私たちは何に守られているかと言いますと、たった一本の日の丸の旗です。日の丸の旗が車の前に付いているだけであって、何ら我々を守ってくれるものはない。そういう命懸けの中を、与党三党の幹事長は危険極まりない地域へ行って参りました。

 現地で山崎拓前自民党幹事長、あるいは冬柴鐵三公明党幹事長は、私に「二階さん、あんたは観光の専門家だ」と言うわけです。私は専門家でも旅行業者でもなんでもないのですが、まあ、彼らはそう言う。そこで「なんですか?」と聞いたら「この地域は観光としては、どういう値打ちがあるか?

 ステイタスがあるか?」と言われる。私は「ステイタスはあります。我々は異教徒でしょう。そして我々の日本とは似ても似つかない文化的な生活環境にあるわけですから、日本人はみんな歴史的にも興味を持っておる。しかし、残念ながら、平和がこの地域に訪れない以上は観光としての価値はゼロだ」ということを申し上げました。

 事実、まあ、「あそこへ観光に行きましょう」なんて、いくら勇気のある旅行業者でも募集するわけにはいかない。日本政府も「そこへ行ってもらっちゃ困る」と、こう言わざるを得ない。そういう意味で「平和のパスポート」という意味は、よく理解できるわけであります。私は、この「平和のパスポート」=「観光産業」をいかに有効に使うかということによって、日本の外交、あるいは日本の防衛、日本の平和戦略というものが、自と浮かんでくるのではないかと思っております。

 観光産業というと、何か遊びの産業みたいなことを言う人もたまにおりましたが、この頃は周りの皆さんが一生懸命やっていただいておりますから、そういう馬鹿なことを言う人は少なくなってまいりました。それでもまだそういう人がいないとは言えない。そういう状況の中、私たちは「観光」がいかに重要な産業であるかということを、我が国の産業界の中に位置付けていかなければなりません。先程来申し上げておりますように、お互いの国と国とが仲良くしなくては、本当に平和な関係を築いていかなくては旅行も観光も成り立たないのだということを、皆さんに認識いただくことが大変大事なことであります。

 そして、私は外国との国際交流を続けていく上においても、もっと政府がしっかり力を入れるべきではないかと考えております。ここに外交官のOBの方もいらっしゃいますし、失礼な事を申し上げるつもりはないのですが、私が運輸大臣の時に、外務大臣は今の衆議院議長の河野洋平さんでした。私は河野さんに「日本の外交官は外交官として高い立場で重要な問題を担っておられることは、これは当然のことでありますが、しかし『私たちの国においでください』というこの平和的な正に外交的な呼び掛けができなければ、本当の意味での外交とは言えないんじゃないか。したがって、外交官にもパスポートを失った人が駆け込んでくるということを扱うだけではなくて、観光について、もっともっと立派なことをやってもらってはどうだ」ということを申し上げ「外務省の出先の各公館に対して訓令を出してもらいたい」ということを申し上げました。当時の河野外務大臣は「それは大変重要なことだ」ということで直ちに訓令を発してくださったことを思い出します。

 また、私が北海道開発庁長官をやっておりました時に、北海道にある領事館というのが六つございました。世間でいうところの「トンカチ官庁」と言われている北海道開発庁ではありますが、それでも「北海道全体の発展になることはやればいいんだ。だから、その領事の皆さんを一度、北海道開発庁がお招きし、お食事でも差し上げ『日本の、北海道の問題について外国の高官の立場から意見を頂戴したい』ということを申し上げてみたらどうだ。当日、自分は北海道までは来れないが役所で一度やってみたらどうだ」と申し上げ、そして、やってみました。

 領事館の中にはまだ三〇歳に達しないぐらいの若い総領事を置いているオーストラリアのような国もありました。その総領事曰く「私が今度、国へ帰る時に、北海道のお友達を三〇人旅行に行ってもらおうと思い、いま一生懸命がんばっている。もう二五人は集まった。あと五人集めて三〇人にして帰る。そして私の国へ来ていただいたら、自分の家へも寄ってもらいたい」。プールも庭もあるという相当のお家であるからでもありましょうが、「そこでバーベキュー・パーティーでも開いて、我々の国の状況についてもご理解をいただきたい」と、こう言っていたそうです。そのようなことを言ってくれる日本の外交官がどれほどいてくれるかということを思い、私は河野大臣にお願いせざるを得なかったのであります。

 そして、今、司会の方が「今日は政治家を呼んだのではない」と言われました。失礼ですけど、全国旅行業協会が逆立ちしたって、こうした問題に対して、どれだけの影響力を発揮することができますか?

 私はそれを思うときに、政治も、行政も、そして民間も一体となって、日本の観光ということについて考えていかなければいけないと思っております。ですから、私は教育的効果から訪日国際修学旅行の促進ということを考え、自民党の中に委員会を作りました。いわゆるジュニア・マーケットでありますが、まだまだこれからであります。

 旅行というと直ぐに、お年寄りは暇だからとか、お金を持っているからとか、お年寄りを連れていけば良いと言われますが、そりゃ、旅行業の今までの経験に基づいて営業として、おやりいただくことは大事でありますが、日本の子どもたちに海外を見せるということが、どれほど国の将来にとって大事なことかということは、もう重ねて申し上げる必要もないでしょう。

 しかし、そうしたことが今なかなか出来ないわけです。学校の先生方、教育委員会、関係者の皆さんが責任を取るということに対して、極めて警戒的になっている時代であります。ちょっと何かの事故があったら、それでもうペシャーンとなってしまう。事故はあって良いというわけではありませんが、そうしたことだけで物事を判断するのではなく、我々の次の時代を担う子どもたちに海外を理解してもらうことが、どれほど子供たちの将来にとって大事なことかを考えていただきたい。

 同時に、私は海外の学生やいろんな若者たちを日本にお呼びしたいと思っています。日本でも遊んでいる公的な機関の宿泊施設等がたくさんあるわけです。民間会社でも研修所を遊ばせている所や、週に一回しか使わないような所もいっぱいあるわけですから、そんな所を開放して外国の人たちをそこへお招きする。その中に、やがてその国を背負う人、その国の経済界を担う人、その国の学会を担うような人が、どんどん出てこないとも限らないのです。

 もう与えられた時間が迫っておりますので、これ以上多くを語ることはできませんが、私は、観光問題に取り組んでいく上におきまして、例えば、「祝日三連休」という問題に取り組んだことがあります。

 今、それなりの効果を上げてきておりますが、先般は一部の新聞におきまして、ある学者から、この祝日三連休に対して批判がありました。当然のことであります。しかし同時に、あの不況で滅入ってしまっているような状況の中で、私たちは議員立法でこの法律を提案し、成立させ、そして、この祝日三連休の効果によって約二兆円程度の経済効果を上げた経験があります。今でも年間一兆五、六千億円程度の効果を上げつつあるわけであります。

 一方で、日本人の習性として、なかなか休みがあっても、有給休暇があっても休暇を取らない人が多い。そんなときに祝日三連休によって三日間休みがあれば、色んなことができるわけであります。三日間とも接待ゴルフで出かけて行く人も、今ではもういないでしょう。そして三日間とも家を放ったらかしといて、自分だけどこかへ遊びに行く人もいないはずです。三日間あれば子どもとキャッチボールをしたり、サイクリングに出かけたり、いろいろなことが出来るわけですから、何も旅行観光のためだけの三連休ではなく、家庭円満や子供の教育のための三連休でもあるわけですから。私はこれからも、この施策はぜひしっかりと進めていきたい。しかも充実した三連休にしていくためには、ここにお集まりの観光関係の皆さんの知恵、力を頂戴したいというふうに思っております。

 次に、私は日本の歴史文化、特に世界遺産等を観光振興の起爆剤にしてはどうかという提案をさせて頂いております。

 二年程前に屋久島に行ってまいりました際、世界遺産というのは「なるほど」という思いがしました。しかし、同時に、地元の人たちからは「世界遺産のために大勢の人たちが来てくれるのはいいんですが、これによって町は大変な負担がかかる。このことに対して国にもっと対応をしてもらいたい」という悲鳴のような声も聞きました。私は内心、明日は我が身だなという思いでおりました。と言いますのも、高野山、熊野古道というのが私の郷里にもあるのですが、この二つの地域が昨年の七月に世界遺産に登録されました。このことによって思いもよらなかった、思いも掛けなかったような人たちが、今どんどんどんどん高野山へ、熊野古道へと来てくださっております。

 次に世界遺産として立候補している地域に北海道の知床半島があります。私はこの前、機会があって知床半島にも行ってまいりましたが、ここもやはり素晴らしい。こうした新たに誕生する世界遺産等が観光の大きな起爆剤になるということを改めて認識した次第です。

 今、産業ツーリズムだとか、グリーン・ツーリズム、あるいはエコ・ツーリズムだとか、旅行観光を活用したそれぞれの業の発展を計画していただいております。誠にありがたいことであります。

 最後に、私は「ロータス・ロード」ということについて申し上げます。これは大賀一郎という博士が長い研究の成果で二千年前の蓮の種を開花させたことがきっかけになっています。いわゆる二千年の眠りから蓮を目覚めさせた。日本でも六〇箇所ぐらいに、この大賀先生の大賀蓮を植えているわけですが、私はその大賀博士の愛弟子の先生の又弟子であります。その愛弟子の方は私の高等学校の生物の先生でした。明日発売の月刊誌・文藝春秋に、大賀博士がおっしゃっておられた「ハスは平和の象徴なり」という言葉をタイトルとしてお借り、私が若干の拙文を寄稿しておりますので、機会があればご覧いただきたいと思います。

 時間がありませんので、これ以上触れるわけにはいきませんが、その大賀蓮を各地に植えることによって、シルク・ロードならぬ「ロータス・ロード」というものを構築していってはどうかという皆の励ましを戴きながら、私は、今、それに取り組んでいるところであります。

 中国の海南島のボアオに、おそらく今年の三月の末には「東方文化苑蓮花館」という立派な記念館が完成するという段取りになっています。(三月二十五日オープン)

 最後に、これはむしろ専門の鷲頭総合観光政策審議官からお話いただいたほうがいいのかもしれませんが、若干、役人では言いにくいところもあるでしょうから、私から申し上げておきます。観光基本法というのが出来てもう約四〇年位になります。この法律ができた頃、まだ私は代議士の秘書でしたが、この法律の審査の経過を多少知っております。しかし、その頃の観光基本法というのは、熱海や伊東の温泉街をどう繁栄させるかという発想でありました。しかし、今は世界の平和というところにまで観光の使命が大きく伸びていっているわけですから、この観光基本法を見直し、新しい観点に立った観光基本法を国際的視野に立って、再構築する必要があると思うのです。

 

この法案を作成するのに、大変ご尽力をいただいた中村徹元運輸事務次官と、先程ちょうどパーティーで会いましたので「貴方が作ってくれた法律も、もう四〇年を経過するので、そろそろこれを再検討したいと思いますが、どうでしょう?」と言ったら「大賛成だ」とおっしゃっていただきました。そこで、ちょうどその横にいた北側国土交通大臣にも早速その話をしましたら「直ちに省内に検討委員会を作って、この問題に対処する」ということをおっしゃっていただきました。

 それから「観光庁」についても一言。本来よく、観光省を作ってはどうか、観光大臣を作ったらどうだとか、皆さんおっしゃいます。それは大変結構なことでありますが、今の制度、今の状況の中で、新たに省を作るということは、殆ど不可能なことであります。箱根の駅伝を逆に走るようなものであって、とてもそれは、ちょっとルール違反じゃないかと言われかねない。そこで私は、皆さんもご承知のとおり、例えば農林水産省には林野庁というのがあるように、あるいは経済産業省には中小企業庁があるように国土交通省にも「観光庁」を作り、そこに長官を置くことの方が良いのではないかと考えています。そうすれば国際的な場面で各国の代表と堂々と渡り合っていただくことも出来るし、それだけ我が国が観光に力を入れているということが、外から見てもわかるようになると思うのです。この問題も一朝一夕にはいきませんが、しかし、誰かが言わなければなりません。もし私たちが国会で観光基本法の改正を審議することができれば、「観光省」というのは時機尚早でも、「観光庁」の設立については急いでこれをやるべきだと、少なくとも附帯決議の中に入れるぐらいの努力はしていくつもりであります。

 このことを皆さんにお約束し、同時に関係の皆さんの今日までのご努力に、改めて感謝を申し上げながら、皆さんの力で観光立国の実現に努力をする――こういうことを、ぜひお伝え申し上げて、私の話を終わらせていただきたいと思います。 ありがとうございました。

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