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インタビュー
二階運輸相の爆弾発言
「観光北海道」一千万人戦略
聞き手 薩 一夫
衆議院議員
運輸大臣・北海道開発庁長官
二階 俊博
「財界さっぽろ」二〇〇〇年五月号


 運輸大臣であり、北海道開発庁長官でもある二階俊博氏は、全国旅行業協会長の要職にもある観光問題の第一人者。大臣就任以前からたびたび北海道を訪れている二階大臣に、北海道観光連盟会長である本誌オーナー薩一夫が、北海道観光の未来について尋ねた。

観光百人委を設立一〇〇〇万人誘致へ

 ―大臣は歴代の運輸大臣の中でも、「観光大臣」に名前を変えた方がいいと言われるくらい、観光のために尽力されている。そこで、北海道の場合、大臣の目から見てこれから観光を盛んにするにはどうしたらいいのか、まずここからお尋ねしたい。

【二階】
 私は南国紀州の育ちですから、北海道と言えば、子供のころからの憧れの地でして、北大のクラーク先生を始め、時計台、ジンギスカンから北海道ということに関しては、見るもの聞くものどれも新鮮で一口で言えば憧れの地であったわけです。
 すべての国民の皆さんは機会あれば北海道に行きたいと思っているでしょう。私はヨーロッパに行ったときに「ああここは北海道だなあ。北海道に行けばヨーロッパに行く必要はないなあ」と思った程、素晴らしい観光資源を持っている。ですからこれを活かして北海道の振興策を考えていきたいというのが北海道開発庁長官に就任した時に脳裏にあったわけです。先日、北海道を訪問した時に将来の北海道観光振興にどのような目標を持っているのかと聞かれました。今ご承知のように、年間六〇〇万人を超える人が北海道を訪れている。この来道人口六〇〇万人を私は一〇〇〇万人に拡大したいと、長官になって初めて北海道に来た際、表明しました。
 それは年間四%ずつ増やしていけば一〇年で達成できるわけですが、私はもっと勢いを付ければ、一〇年を待たずして一〇〇〇万人を超えることはできるだろうと思っています。
 そこで北海道の観光を多くの皆さんに広く考えていただくために「北海道の観光を考える百人委員会」というのを設立し、道観連の薩会長にもご出席願い、JR東日本の松田昌士社長に会長をお願いし、航空三社の社長にも全員揃って北海道にお越し願いました。いまのところ非常に盛りあがっているわけですが、北海道全域を一括した観光というよりも、北海道を六つぐらいに分けて、百人委員会の支部組織のような形でもう一度地域の声を吸収すると同時に、地域の皆さんのご理解やご協力を得られるような努力をすべきだと思う。既に北海道開発庁の事務次官を現地に派遣してもう六回会議を行いました。いよいよこれで百人委員会は根付いていくと思います。
 今後、これらの有識者のご意見をどう北海道の政治のなかに、あるいはまた観光政策のなかに取り入れていくかということですが、堀知事も大変ご熱心でございますし、北海道開発庁もこれまでの公共事業だけの官庁ではなくて、広く観光にも医療ネットワークにも、或いは、農業分野では畜産の糞尿処理の問題なども、今度の平成十二年度予算の中で大きく取り上げています。
 各方面の皆さんのご協力を戴いて北海道全土が観光のメッカとしての役割を果たすべく、皆が立ち上がって戴くことによって北海道の観光は必ず伸びていくだろうと思います。姉妹都市なども、これまでも結んでいたようですが、これも歴史や文化をテーマにしたり、単純なことですが人口の数で似通った地域とか、いろんなご縁で結んでいける。それにこの姉妹都市はいくつあってもいいわけですから、そのご縁をずっと広めていくことを基本にやっていくことも大事じゃないかと思います。
 同時に政策的には北海道へ安い料金で行けるようにして差し上げることが大切ですが、幸い航空の自由化によって、北海道の航空会社も既設の航空会社もそれぞれ競争しあって北海道にお客さんを運ぶキャリアとしてのご努力をしていただいております。これからは頑張りようによっては北海道の観光は倍増する勢いで伸びていくと思います。また国際的にも北海道に外国の人々がお越しになるようなことも政策として取り上げていきたいと思います。

求められるキメ細かな気遣い

 ―大臣は和歌山県出身なんですが、地元和歌山でこれを一生懸命県民に呼び掛けて成功したというお話をお聞かせください。

【二階】
 私は白浜温泉とか那智勝浦温泉とか観光地を選挙区に持っているものですから、観光の仕事を通じてご支援くださっている県民の皆さんに何かお返しをしたいと思っている気持ちはずっとありました。たまたまいまから一〇年前の海部内閣で運輸政務次官になって以来観光行政にご縁ができました。その時はワシントンで第一回日米観光会議が開かれ、アメリカの長官が海外出張中でしたので商務省次官と私が共同議長をつとめ観光協議を開催いたしました。日本の代表的な観光関係の皆さんとアメリカをぐるりと回り、日米間の観光について話し合ってきたのですが、その時アメリカの人たちもその気になればかなりきめ細かい、日本人がお客さまに配慮するようなこともできるのだなと思いました。
 例えば、ホテルへ行きますと日本料理なんかが平気で並んでいる。これはどうしてですかと問うと、日本の調理師の人が見つかったので、この日のために来てもらい準備をした。それからワインなんかのラベルにもすべて私どものミッションの名が書いて貼られてありました。真っ青に茄であがった枝豆が並べてあるから、どこにこれがあったかを尋ねると、日本から取り寄せたというんです。
 どちらかというと大雑把な気性というイメージのアメリカの人ですが日本のきめ細かな客へのもてなし方を研究しつくしている感じでした。その後、私は亡くなりました奥田敬和運輸大臣の熱心なご推挙を戴いて、全国旅行業協会の会長に就任することになりました。この協会は六八〇〇社あるわけですが、日本国中の観光関係、旅行業を営んでいる中小の皆さんとお付き合いをし、またいろんなことを教えてもらって、観光関係の道に入っていきました。
 もうひとり私を観光関係の道に導いて下さった方は、瀬島龍三先生(伊藤忠顧問)です。観光審議会の会長をなさっておりました。よく「政務次官どこそこへ一緒に行こう」と誘いを受け観光振興のことで瀬島先生と一緒に行脚したことがございます。そんな中で観光ということは、素晴らしい施設を造ることも大事だし、交通アクセスも大事、便利でないよりも便利なほうがいいに決っている。が、しかし最後の決め手はもてなしの心、お客さまをもてなす精一杯の気持ちだと感じました。
 その後、私は二度目の運輸政務次官に就きました時に、カナダへ行きました。第一回目の日本―カナダ観光会議が開かれ、第二回目は日本でやろうということになりました。その時にカナダのマンリという通商産業大臣が観光担当で、そのご一行が私の地元の和歌山へ来られた。どうやってもてなすかとみんなで随分頭を悩ましたんです。しかし結局は備長炭という炭を焼く現場を見て戴く、それから梅干しを漬けているところを見て戴く、村長さんの奥さんなどがエプロン姿で迎えて素朴でありのままもてなすことにしました。
 そのことがカナダのトップレベルの旅行業協会の人たち、あるいは政府代表の人たちの心を捉えたようで、未だに「あの時、二階の地元に行って本当の日本というものを改めて見た思いがする」というお便りが来て、今もお付き合いが続いております。
 それから時々外国の方がおみえになったときに「私が選挙区に帰る時には一緒に付いて来てくれるなら私の郷里をご案内します」というと、「ぜひ」ということでいらしたことが何度もあります。
 やはり東京で大きなホテルに泊まって国際会議をして帰るというんじゃ、ニューヨークもパリも一緒だというんですよ。東京もしかり。しかし、地方へ出ることによって、「ああやっぱり日本というのは奥行の深い、素晴らしい国だと再発見し、初めて日本へ来た思いがする」とアメリカの人たちやカナダの人たちがおっしゃるんです。
 ですから私は今後も素朴なことをどんどん前へ出していくという気持ちで観光振興を図っていく。その奥にあるのは国際親善であり、また相手の立場に立って物を考えるゆとりとかがあればいいんじゃないかなと思っております。
観光振興は私のライフワーク

 ―大臣から見られて北海道の観光をこれからもっと盛んにするために観光ガイドという形ではどういうことが先決ですか。

【二階】
 航空通貨はそれぞれ大手の三社、それから新しく参入されたエア・ドゥとスカイマークエアラインズらが競うようにしてサービスに努めて戴いておりますが、この料金が手頃な値段で旅ができるということであれば、どんどんお客さんが増えてくると思いますし、またサイクリングの関係ではツールド北海道が大変有名ですが、一般の人たちも北海道を自転車で走ってみたいと思っている人たちは一杯います。同時にレンタカーでぐるりと走る。実は若い頃、母親と家族を連れて、車で北海道を一周したことがございます。その楽しい思い出を母は死ぬまで語っておりました。ですから一度行ってみて「また訪れたい」と思って戴けるかどうかが観光では一番大事じゃないかと思います。宮崎交通の岩木正太郎さんがいわれた有名な言葉ですけれど、やはりお互いに旅をして自分もまた来たいし誰か友達も連れてきたいなと思う、誰かにこのことを伝えたい、お誘いしたいと思うことがありますね。そういうところが大事だと思うんです。そして北海道にはそういう場面が一杯あるわけですね。
 ですから北海道を訪ねた人たちが北海道の宣伝、北海道のセールスマンに自発的になってもらうことです。それからタクシーの運転手をなさっている人で一生懸命サービスされる方がいます。タクシーの運転手さんにお願いしてホテルをとってもらったり、ゴルフ場を予約してもらったりして、そのことがご縁で毎年北海道へ遊びに行くことを楽しみにしている人を私は何人も知っております。
 旅行業の皆さんにがんばってもらわなくてはならないことは、大量の人たちに北海道へおいで戴くためには、どうしてもそうした大手の旅行業者、中小の旅行業者の方々に奮起してもらわなければなりませんが、北海道民の皆さんにも「北海道へいらっしゃい」という呼び掛けもどんどんして戴いていつか北海道へという気持ちを日本国中の人々がもつような雰囲気づくりも大切です。
 今度、サミットが開かれる沖縄の方に重心が移動しつつありますが、沖縄という問題を解消するためにも政府も熱心に取り組んでいることなんです。しかし、またこの北海道の新しい時代を呼び起こすためにも、何か大きなイベントなども考えていかなきゃいけないなと思っております。
 苫東の問題では、あれだけ広大なものを計画され、今日まで開発または発展を続けられて来られた。それがバブル経済崩壊によって一時計画が挫折してしまったことは止むを得ないことではありますが、私はあのことを構想された人たち、この大事業をやり遂げようと三〇数年努力された方々の流した汗、ご苦労を絶対に無にしてはならないと思っております。
 幸い皆さん苫東は北海道だけじゃなくて日本の宝だとおっしゃってくれます。やがてあれだけの広大な土地を必要とする時代が来ると有識者は口を揃えておりますが、私も実はそう思っております。
 そうした大きな夢というか、北海道のステージは雄大ですから北海道の観光振興というのは必ず成功するだろうと思いますし、これからも私は観光の問題はライフワークとして、この職を離れた時も同じような努力を積み重ねていきたいと思っております。

観光の “経団連” 目指し全力投球

 ―北海道と和歌山県が姉妹提携して、時折遊びに来て戴いて勉強する。我々も和歌山県を訪れるといったことをぜひ実現したいですね。

【二階】
 そうですね。私は七十一代目の北海道開発庁長官になるのですが、和歌山県の大先輩の政治家に衆議院議長もおやりになりました山口喜久一郎先生がおられます。この先生も北海道開発庁長官をおやりになりました。
 それから「和歌山の蜜柑とか柿のレベルの高いのはみんな北海道で買い上げてもらっておる。和歌山は北海道の方に足を向けて寝られないんだから、北海道の皆さんにはよくお札を申してくるように」と私の周囲の農業関係者から言われるんです。
 さらに北海道と和歌山を結ぶということでは、日本の一番北に北海道が位置しておりますが、和歌山には、「ここは串本、むかいは大島」なんて民謡もある串本町というところがあります。ごく最近橋がかかって開通したんですが、ここは本州最南端なんです。北と南、今後お互いに持ってないものを持ち合っているわけですから、この特徴をいかして私の方からもぜひ交流をお願いしたいと思っているんです。
 私は以前に札幌のあるホテルで、陳列してあった北海道に関する図書を発見して、自分が学生だったら一週間ぐらいここに泊まり込んで読ませてもらうのになと思いながら、そこからヒントを得まして、「観光図書館構想」というのを今盛んに広めている最中なんです。バスなんかも活用して動く観光図書館というのもやろうじゃないかという案もあります。また、これからはビデオとかもっと情報機器を活用した宣伝方法も考えなくちゃいけませんが、やっぱり観光をただの遊びとして捉えるのではなくて、文化としてお互いの教養を高めることが大事であります。瀬島先生もおっしゃっておられますが、観光には学ぶという要素があり、古来中国の言葉で「国の光を観る」というのが語源で、これは同時に学ぶということを意味します。
 私がこの観光問題に惹かれるというか魅力を持つのは、まさに学ぶというところに体ごと吸い込まれるからなんです。それぞれの国や地域の歴史、文化に触れる度、これは奥行の深い、幅の広い産業だなと思うわけです。この産業がもっともっと飛躍して発展していくためにはこの産業に携わるひとたちが、力を併せて、そして発展の方向へ皆で頑張らなくちゃいけない。そしてそのための何か核になるものがなくてはいけないと思い、ちょうど運輸大臣になったことから、かねがね心に温めていた観光産業振興フォーラムというものをスタートさせようとしています。
 皆さんのご協力を得て、西武の堤義明オーナーがその代表を引き受けてくれまして、先般これを立ち上げました。観光を皆で考えて発展させていきましょうというコンセンサスの下に、これから観光の経団連みたいなものにしたいと考えてます。
 また観光はいまや二〇兆円の産業でその経済波及効果は五〇兆円からと言われていますが、その割りには社会的評価や地位が低すぎるのではと私は常々思っておりました。国会でも観光問題で何かやろうと思った時に、ぐっと燃えあがって、バックアップをして戴ける方が多くいてくださるためにも、観光産業そのものが燃え上がらなくてはいけないということで観光版経団連というものを立ち上げたところなんです。

 ―本日は政務多忙の中、貴重なご意見ありがとうございました。

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