自民党


にかい


阪神大震災の現場から日本の危機管理を問う


第1部 これでいいのか日本の危機管理
 >1.歴史の教訓は生かされているのか
  
@阪神・淡路大震災直前の三陸はるか沖地震
  A中華航空機事故の経験
  B関東大震災と先人達
  C静岡県における地震対策と山本敬三郎知事の県議会答弁
 >2.阪神・淡路大震災の対応
  @大震災と「明日の内閣」の初動
  A災害復旧・復興の道
 >3.政府の対応は正しかったのか
  @政府の対応の遅れ
  Aリーダーシップと本部体制
  B災害対策予算と復旧・復興について
  C今後の政府及び連立与党の対応
   (1)初動対応の改善
   (2)国民の生命財産を守るための特別立法
   (3)防災問題懇談会と抜本改革
 >4.新進党の今後の災害対策
  @5−UP作戦
  A知事、市町村長へのアンケート
  B安全国家と首都機能の移転
  C今後の課題の地震保険
 >5.安全国家・安心社会を目指す宣言と
  「非常事態に対する日本の政治の責任を考える会」について
 >6.防災の心得
  @国民の自助・自立
  A耐震度のボトムアップ
  B原子力発電所等の耐震の総点検について
  C官邸の機能
  Dいなむらの火

第2部 第132回国会質疑録
 >衆議院会議録(平成7年1月20日)
 >衆議院会議録(平成7年2月27日)

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>1.歴史の教訓は生かされているのか
 
 @阪神・淡路大震災直前の三陸はるか沖地震

 一月十七日の阪神・淡路大震災は、未曾有の、まさに悪夢のような大惨事でした。あの大震災を振り返って、私たちは果たして歴史の教訓を政治や行政が生かしてきたのかどうか、具体的に検証していく必要があると思います。
 村山内閣になって、平成六年暮れの十二月二十八日に三陸はるか沖地震が発生しました。新進党は「明日の内閣」というものを作っておりまして、私は国土・交通政策担当の責任者です。これは早く言えば、建設省、国土庁、運輸省等の大臣の仕事を担当するということです。発令を受けましたのが十二月二十七日で、まさにその翌日の夜九時過ぎに三陸はるか沖地震が発生したわけです。私のもとに西岡総合調整担当 (官房長官)から連絡があって、この青森の地震にどう対応するか、ということを二人で話し合いました。
早速翌日(十二月二十九日早朝)、院内に海部党首、小沢幹事長、西岡総合調整担当、国土・交通担当の私の四人が集まり、協議の上、「新進党三陸はるか沖地震対策本部」を設置しました。すでに御用納めの済んだ国土庁から有岡宏防災企画課補佐を招いて、状況報告を受けた後、直ちに現地調査を行うことになり、私が派遣されました。
 年の暮れの二十九日のことですから帰省客で飛行機の切符を確保するのも大変でしたが、ようやく四席だけ確保できましたので、昼過ぎ羽田からJASで常森県の三沢空港に向かいました。あたり一面は真っ白な雪で、空港は白いシートで覆われているような姿でした。出迎えてくれた木村守男代議士(現青森県知事)、新進党青森県連の役員や田名部匡省代議士秘書などの案内で直ちに現地に向かいました。
 まず最初に、八戸市役所で中里信男八戸市長さんらから状況の説明を受けました。八戸市とその周辺を若干合わせて、七百五十億円以上の被告を被った大地震でした。
 半壊した市役所でも、大きな市役所の金庫がひっくり返っており、もしこれが勤務中の地震であった時のことを想うと、背筋の寒くなる思いでした。特に寒冷地だけに、市役所の中には石油ストーブがあちらこちらに置かれており、これがひっくり返り、逃げ惑う市民や市役所職員が階段に殺到する姿など、想像するだけでも恐ろしいことでした。夜中で、しかも御用納めの後の地震だったことが不幸中の幸いだったと思います。
 県立八戸東高等学校も大きな被害を受けていました。勿論学校はすでに休みに入っており、先生にも生徒にも被害はありませんでした。正月明けの新学期の授業もやりくりすれば何とかできるという大沢憲一校長のお話を聞いて安心しました。
 学校の近くのお寺の墓地もひっくり返っていました。木村代議士と、心配そうにお寺に集まっておられる檀家の人たちに、お見舞いを述べ、激励を申し上げながら、狭い墓地の中ですから、大きな機械を入れるわけにもいかず、傾いたお墓を全部元に直すのは大変なことだなと思いました。
 テレビに何度も出ておりました、ぺしゃんこになってしまったパチンコ店のある商店街にも参りました。大きな銀行の支店だとか大会社の支店は、さすがに応急の復旧はできていましたが、割れたガラス戸や、傾いた家が、このままの姿で年を越して正月を迎えるのかと思うと、何とかして国が応援して一日でも早く復旧、復興を為し遂げなければならない、と木村代議士や同行のメンバーと誓い合いました。
 人身事故は、確かに御用納めの後であったり、夜中であったため助かった面があります。しかし、御用納めの後であり、市も県も国も幹部が出払っており、休日や夜の緊急時の指揮、命令が十分機能していたかどうかを考えると、次々と不安な気持ちが湧いてきました。政府はもとよりですが、このような時には与党も野党も一体となって国民が安心して生活を送ることができるように早急な対策を果敢に打ち出していかなければなりません。法律や制度や過去の慣例を並べ立てるだけでは問題の解決にはならないのです。したがって、従来の政府の役人にだけ任せておくというやり方では、早急な対策が迫られている災害の場合には間に合いません。政治が前面に出て、自らの責任において指揮命令を行い任務を全うすることの重要性を、私はジャンパーと長靴に身を固め、師走の夕暮れ時の被災地を歩きながら痛感したものです。
 その翌日(十二月三十日)、新進党「明日の内閣」の国土・交通政策チーム副担当の泉信也参議院議員、同政務補佐官の工藤堅太郎衆議院議員と協議し、災害復旧について新進党から政府への七項目にわたる要望事項をまとめました。(194ページ参照)
 早速、海部党首、小沢幹事長、西岡総合調整担当に報告し、了承を得た上で、十二月三十日の午後四時、泉、工藤両議員と共に政府へ申し入れを行うことになりました。しかし、官邸は御用納めの後で誰も対応できるものがいませんでした。総理や官房長官が常時、官邸や東京にいる必要は当然ありません。しかし、一朝有事の際は、官邸に誰かがいて、出張先の総理や官房長官と連絡をとって、非常事態に対応できる体制ができていなければなりません。一年に一回の正月休みだということもあるでしょうが外国は日本ほど正月だといって特別な行事があるわけでもありません。正月であろうと夜であろうと、国民の生命財産を守る最も大きな義務を持つべき内閣総理大臣官邸が、年の駆れで、全く機能を停止している現実を前にして、驚くと同時に、この無責任な体制に対して大きな怒りがこみ上げてくるのを禁じえませんでした。
 ようやく国土庁と連絡が取れ、私たちは国土庁を訪れ、西川防災局担当審議官に申し入れを行いました。その夜遅く、小澤潔国土庁長官より私宛に電話があり、ご要望の趣旨は十分承ったということでした。
 私はここで、政府は何もしなかったというつもりはありません。政府の各省の担当者約二十二名が災害発生の翌日の夕刻、新幹線で東京を出発し青森へ向かいました。年末で飛行機の切符が取れなくて、新幹線で出かけたというわけです。
 しかし、高いレベルで指揮命令できる立場の人が一人いれば、政府には専用機もあります。自衛隊にも運輸省、警察庁、消防庁にも、飛行機でもヘリコプターでもいくらでもあるのです。調査団が課長だから、課長補佐だからダメだというのではなく、的確な判断を早急に必要とする初動の現地調査において、二十二人分の飛行機の切符が確保できなかったので新幹線で行きました、そのために現地到着が夜遅くなったので調査は翌朝からにしました、というのではいかがなものでしょうか。
 暮れの二十九日や三十日に急に呼び出しを受けて、青森まで出かけてくれた担当官のご苦労に文句をつけるつもりはありませんが、我々野党の議員が政府よりも早く現地調査を行い、その日のうちに帰京し、翌日対策をまとめて政府に申し入れを行う時に、まだ政府の調査団は東京に帰っていないという、全てワンポイントずつズレている対応については、非常事態に対する政府の対応がいかにも、のんびりしており、被災地の現場の皆さんの期待感との間に、説明のしようのないほどの大きな隔たりがあることを率直に感じました。
 私はそれでも気がかりで、正月明けの四日に政府と新進党国土・交通政策チームとの間で会議を開くことを申し入れましたが、九日にしてもらいたいとの政府側の要望で、一月九日、新進党の国土・交通政策チームと政府の各省庁の担当者との間で、「三陸はるか沖地震」の復旧復興計画について協議を行いました。
 私はその際、「特に、政府の危機管理が十分機能しているのかどうか不安でならない」ということを改めて強く指摘しておきました。政府は法律や、制度を持ち出して、万全であるかのような説明をくり返すのみで、危機管理の重要性について認識がまるでできていないことを残念に思いました。
 しかし、その中でも会議の終わりの時、二、三の役人が「危機管理の問題は役人からは持ち出せない。政治の側からやってください」と私に述べて帰りました。私が後の国会審議の際、「政府の心ある役人は」と述べているのは、この人たちのことを思い出したからです。
 これは、新進党が結党されて、まだ一カ月にもなっていない日のことでありました。



>1.歴史の教訓は生かされているのか
  A中華航空機事故の経験

 先の「三陸はるか沖地震」での新進党申し入れの七項目でも指摘していますが、過去の災害の事例を見ますと、大きな災害は皮肉にも必ずといっていいほど、休日や選挙の最中、内閣の交代期、あるいは総理やハイレベルの責任者が在京していない、つまり司令塔不在の時に発生していることが多いのです。
 例えば自衛艦なだしお事故の当時は竹下内閣でした。この時も総理大臣、防衛庁長官が東京に不在で連絡を取るのにずいぶん手間取りました。北海道南西沖地震は宮沢内閣の時ですが、衆議院が解散され、選挙の真っ最中でした。中筆航空機事故の将は、細川内閣が終わり、羽田内閣が出発するという、丁度狭間で発生しました。
 私は細川内閣の当時、運輸政務次官としてこの中華航空機事故の対応を運輸省で指揮した一人ですが、その際、法律的に内閣総理大臣たる細川首相に連絡を取るとともに、政治的には既に羽田内閣に政権が移っているわけですから、羽田内閣総理大臣候補にも連絡を取った次第です。
 いずれにしても、責任が曖昧な状況の中において中華航空機事故が発生し、これは外国と関係のある問題でもあり、特に慎重を期さなければなりませんでした。この程度の事故の場合、運輸省では対策本部の本部長を航空局長にするのが常のようですが、私は外国との関係もあることから事務次官が対応すべきだと考え、直ちに対策を講じたことを覚えています。夜間でしたが、伊藤茂運輸大臣(当時)がヘリコプターで名古屋に向かわれました。
 大震災の直前に発生した三陸はるか沖地震の際も、十二月二十八日といえば御用納めの後であり、内閣総理大臣や官房長官がおいでにならずとも、せめて他の、例えば国土庁の幹部とか、責任者と思われる人たちが東京にいれば、まだ何らかの対応ができたわけですが、ほとんどの皆さんはもう既に国に帰っていて、その対応にも大変戸惑ったことを覚えています。
 外国での例を挙げますと、丁度阪神・淡路大震災の一年前、アメリカのロサンゼルスのノースリッジ地区において地震が発生しました。奇しくも一月十七日、まさに阪神・淡路大震災の一年前ですが、都市のライフラインのもろさ、電気、ガス、水道が不通になった都市型の災害に対しての教訓を我々に与えてくれました。米国はこの日、故マーティン・ルーサー・キング牧師の誕生日を記念する振替休日であったために交通は通常の半分程度であったということが不幸中の幸いでしたが、交通渋滞という問題に対しても大きな教訓が示されました。しかしながら、今回の大震災においては、残念ながらこれらの教訓が全く生かされておりませんでした。
 いくつかの調査団がロサンゼルスまで出かけましたが、都市型地震がライフラインや交通機関等に与える影響についても「日本ならこんなことにはならない」などと報告しており、まさに一年前のアメリカでの大震災の教訓がほとんど生かされていないというのでは、政府の危機管理に対する日頃の怠慢を指摘されても弁解のしようがありません。しかしこのことは極めて残念なことです。



>1.歴史の教訓は生かされているのか
  B関東大震災と先人達

 関東大震災のことは今更説明の必要もありませんが、あの当時、実務官僚の手腕と独得の政治哲学の持主である後藤新平先生(一八三七年〜一九二九年)が、いわゆる大風呂敷といわれた復興構想を内外に明らかにし、これに対して積極的な対応をされたことは余りにも有名です。また物理学者であり、随筆家の寺田寅彦先生(一八七八年〜一九三五年)は大正九年に、「文明が進めば進むほど天然の猛威による災害がその激烈の度を増す」と書かれて、文明が進み、経済的にも発展する度に災害はより大きく、激しくなることに警鐘を鳴らしています。
 関東大震災では、実は私の亡くなった母、菊枝が東京女子医専(東京女子医科大学の前身)の学生時代、丁度卒業の年に、麹町の下宿でこの大震災に遭ったようです。部屋の中の裸電球が天井の左右に何回もたたきつけられるのを見たということ、間もなく火災に襲われ、辺りが焼け野原になってしまったこと等、関東大震災の話をする度に母から聞かされており、子供心にも関東大震災がいかに大きな災害であったかを知ることができました。
 焼け野原になってしまった東京の街をさまよいながら、公園で母の弟の亀麿に出会い、どちらかが持っていた二つのおむすびを一つずつ食べたと、後に兄弟たちに語っていたそうです。和歌山の郷里では、恐らく二人とも死んだかもしれないということで、近所の人も加わって、神社に無事を祈る千度参りを始めている最中に、「キク、カメブジ」という電報が届けられ、小躍りして喜んだということを、当時十二歳だった叔母から最近、聞かされました。
 東京大学の地震研究所の玄関に掲げられている銅板の文章は、寺田寅彦先生が書いたものだそうですが、この「本所」というのは勿論、地震研究所のことです。
 「本所永遠の使命とする所は地震に関する諸現象の研鑚研究と直接又は間接に地震に起因する災害の予防並びに軽減方策の探求とである。この使命こそは本所の門に出入りする者の日夜心肝に命じて忘れるべからざるものである。昭和十年十一月十三日地震研究所」。こう書かれています。
 また、社会運動家の賀川豊彦先生(一八八八年〜一九六〇年)は、あの災害発生は大正十二年九月一日の十一時五十八分でしたが、大震災の発生を知るや当日の午後四時、既に神戸港に浮かぶ山城丸に乗り込んで、救援ボランティア活動のために、同士と共に神戸を出発して東京に向かっています。
 歴史に残る先人の当時の活躍は、ボランティア活動、災害の救援救助に対して、我々に貴重なお手本を既にその当時示してくれているわけです。
 しかし、こうした先人達が残してくれた崇高な教訓が、政府の危機管理や防災対策にほとんど生かされていないという現実には、全く言葉につまる思いであります。



>1.歴史の教訓は生かされているのか

 東海地震に備え、積極的な地震対策を講ずべきであるとの信念に燃える山本敬三郎知事(昭和四十九年七月より昭和六十一年七月まで在任)は、昭和五十一年六月の県議会等において、地方行政の責任者として極めて示唆に富む発言をされております。

  C静岡県における地震対策と山本敬三郎知事の県議会答弁

  「地震対策につきましては、国の地震予知連絡会は、東海地方を観測強化地域に指定いたしましたが、先般、伊豆中東部に異常現象が観測されましたことから、五月二十五日、地震予知研究推進連絡会議におきまして、今後、伊豆中東部の観測をさらに強化することといたしました。しかし、現段階においては、地震発生を正確に予知することはきわめてむずかしい問題とされております。本県は過去の地震歴、地震活動空白地域のあることからして要注意地域であるので、一昨年、地震対策基礎調査を行い、従来の地震対策、災害対策計画を修正して対処することといたしております。
 また、市町村に対しても、地震災害に対処できるよう市町村地域防災計画の整備を強力に指導いたし、万一地震の発生した場合でも、県、市町村、関係機関が一体となって対処できるように措置いたしました。御案内のとおり、五月二十四日、地震予知連絡会において、伊豆中東部の異常現象について検討し、これら異常現象が観測されたことを重視して、直ちに地震活動と結びつけることには問題があるといたしましても、将来地震の発生も考えられるという前提で、情報の迅速な伝達方法、職員の動員、配置計画、関係機関の応援計画等を検討いたしますとともに、関係市町村、防災関係機関に対しまして、以下の事項について整備点検を指示いたしたところであります。一、地震が発生した場合、通信、交通の遮断が予想されるので、情報の伝達・収集手段について検討 二、山・がけ崩れ危険個所の再点検と整備 三、住民の避難場所、避難路の再点検 四、地域自主防災組織の指導育成、避難訓練の実施と住民の心構えに対する指導等、特に、地震発生直後にあっては消防、警察、自衛隊による救援、救護の初動活動を期待することは、諸情勢からして非常に困難と思われますので、地域の隣保互助精神に基づく自主防災組織を育成することによって、被害の軽減を図るよう指導をいたしているところであります。」
 「地震の際の非常の食糧その他の問題についてでございますけれども、これは現在、たとえば応急食糧については百七十四カ所に供託予定先を求めておりますし、給水車はどう、医療はどう、こういうようなやり方をとっておりますけれども、その応急食糧は、ミルク、蔬菜類、副食糧、米穀類等という状況でございますので、こういった点も巨大地震の場合に備えるための対策として、私は県下のスーパーなり、デパートなり、そういったところに、通常のランニング・ストックは幾ら持っているかと、そのうちひとつそういう非常の際、地域住民の要請もあるかもしれないけれども、地震対策地のためになんばか割愛していただきたい、こういうようなことを予約することによって充足するような道を講じたい。
 また、非常な巨大地震で、県下全般ということになりました場合、静岡県でそういう体制ができれば、神奈川県、愛知県にも呼びかけて協力をしていただくということにもいたしたいと思います。また巨大地震の場合、道路交通が全く途絶する、そういう際にどういうふうに備えるかというような問題についても、対策班にひとつ十分検討させてみたいと思います。
パニック、暴動、災害時の群集心理というようなことについての御指摘でございます。こういった点にも、このたびの県議会を通じて、議員さん方の御指摘、御批判、あるいは御注意等も十分伺いまして、対策班でそういったものに備える対策をこれから十分検討してまいりたいと思っております。したがって、予備費に五千万円計上してございますけれども、もし必要あれば議会にお諮りして、さらに増額する場合があっても、事、地震に関してはいいのではないか、こういう考え方を持っている次第であります。」
 「地震対策における職員の動員計画、あるいは備品、医療品その他についての御指摘でございますけれども、巨大地震の場合、当然、通信、交通等が途絶することが考えられるのでありまして、職員の動員計画につきましては、職員が最寄りの県の機関に登庁し、所属長の指示により、情報の収集、救援、救出等の応急対策に従事することになっておりまして、昨年はその予行演習もやったわけであります。各職員一人一人がそういった場合どこへ出るということを徹底させるようにいたしてまいりたいと想います。しかし、職員といえども家族も抱えておりますので、予行演習でやったような完璧は期せられないかもしれませんが、できるだけそういった問題に対処するような訓練をも、今後対策班を通じて検討させてまいりたいと思います。
 また、住民指導につきましも、自主的防災組織の育成を指導してまいってきておりますが、すでに全町的に組織されて活動を開始している市町村もありますけれども、不熱心なといいますか、消極的な市町村もございます。何よりも住民の自衛組織ということが優先いたしますので、こういった点も十分努力を重ねてまいるつもりでございます。」
 「このたびの地震予知連絡会のコメント等によりまして明らかになりましたものは、伊豆の群発地震につきましては微小群発地震活動も次第に静穏化しつつある、隆起の中心付近の地下水の水位、水温、ラドン濃度等にほとんど変化が認められない等の事情から、現在のところ、今後静穏に推移する可能性が大きいと思われるけれども、簡単に結論を下せる段階ではないので、さらに諸観測を継続していくということでありまして、明日あっても不思議ではないという非常にショッキングな表現で、県民に非常な不安と動揺を来たしたわけでありますけれども、それについては、このコメントは鎮静化の方向をとらせるような結果となったわけであります。また、いわゆる東海地震にいたしましても、発生時期を推定できる前兆現象と思われるものは、現在のところ見い出されていないということでございます。したがって県としては、もう、明日というような差し迫った問題ではありませんけれども。次に日本列島に巨大地震があるとすれば、それは東海地方であるということがほとんど大半の研究者、学者の意見でもございますし、それは二、三年後であるかもしれないし、さらには二、三十年後であるかもしれないという点を考えまして、こういった時点においても地震対策は積極的にやっていくべきではないかと、二、三十年後の問題であってもやっておくべきではないかと、基本的にはこのように考えているわけであります。地震対策につきましては、十月一日、消防防災課に地震対策班を設置し、予知資料の収集、国の予知観測に対する協力、地震災害対策の再検討等を目下進めているところであります。」
 今から約二十年前に、すでに、静岡県において、これだけの地震対策を検討され、有事に備えておられることに対し、あらためて敬意を表する次第であります。
 最近は阪神大震災以来、各地方自治体においても「災害に強い県づくり」を目指して、防災訓練等が、ようやく、活発に行われるようになっています。
 倒壊家屋からの負傷者の救助作業、消防機関と自衛隊との連携訓練、ヘリコプターによる空中活動、初動時の避難や消火、津波避難、通信訓練、仮設橋の設置訓練等がまさに真剣味を帯びて各地で、行われております。
 私たちは、国、県、市町村、町内会等あらゆるレベルにおいて常に防災について積極的なチャレンジが重要なことを山本知事の議会答弁が、今も、私たちに語りかけてくれている思いであります。



>2.阪神・淡路大震災の対応
  @大震災と「明日の内閣」の初動

 阪神・淡路の地震が起きた午前五時四十六分、丁度私は大阪の東洋ホテルで、新幹線の一番電車に乗ろうとして、十二階からエレベーターに乗る寸前でした。エレベーターが下から上がってきたのですが、途中で階段表示盤のランプが消えたのと同時に地震になり、エレベーターホールの植木鉢だとか、かなり背の高い煙草の吸い殻入れとかがひっくり返ったり転がったりする様子を見て、これはたいへんなことになったと直感しました。
 とっさに私は、むしろ状況調査のために直ちに現地に赴いたほうがいいかなとも考えましたが、丁度その日、私どもの「明日の内閣」、いわゆる政権準備委員会の閣議を開く日になっていましたし、私一人が現地へ飛んでいったところで、何ほどのこともできるわけでもありませんので、やはりまず東京の新進党の同志にこのことを伝え、共に対応を協議することが重要であると思い、取り急ぎタクシーを拾って、新大阪へ走りました。しかし、新大阪に着くと新幹線は不通になっており、さらに伊丹空港にかけつけました。伊丹から羽田に飛び、モノレールを乗り継いで、国会に到着したのが九時ちょっと過ぎでした。
 「明日の内閣」の閣議はすでに開かれており、新進党は直ちに現地に調査団を出そうということになりました。我々は現在は野党ですから、当然航空機材等も持ち合わせていません。仕方がないので、一番早い便としてまず岡山空港へ向かい、そこからあらかじめチャーターしておいた民山間のへリコプターで現地へ向かうことにしました。井上喜一代議士、土田龍司代議士、東順次代議士、新進党広報企画委員会の鈴木カメラマンらが同行してくれました。また江田五月代議士が地元岡山市の消防団から、防災服や長靴等を借りて、岡山空港に用意しておいてくれました。
 私たち一行が現地の上空に到達したのが午後三時二十分頃で、まだその頃は報道関係のヘリコプターが何機かその周辺を回っている程度で、自衛隊の姿などはほとんど見かけませんでした。眼下ではあちこちに火災が発生していて、誰の説明も案内もなくても、すぐにここが災害現場だということが分かりました。高速道路がひっくり返る、あるいは鉄道がX字型に折れてしまう、新幹線や列車などはどこにも走っている影も見えない。都市全体が機能を停止している、そういう状況が上空から察知することができました。
 幸い私が持っていました携帯電話で、東京の本部の西岡総合調整担当につながり、状況をそのまま伝えることができました。アメリカから成田に到着したばかりの小沢幹事長にもヘリコプターの上から自動車電話につながりました。上空からの光景、ビルと言わず住宅と言わずすべてが炎上している悲惨な状況を報告しました。小沢幹事長は、「僕がこれから現地に向かえばいいか」と言われました。私は「今から幹事長が来られてもすぐ夜になるし、新聞記者も沢山来られて大騒ぎになるので、今夜私が東京に戻るまで待っていてもらいたい」と告げました。幹事長はこれを了承され、現地からの連絡を東京で待つことになりました。
 私がここで残念でならないことは、朝大阪にいて、一度東京へ戻り、東京から岡山に飛んで、さらに岡山から折り返してやってきた野党の議員のほうが、政府の対応よりも早かったということです。いかに政府の初動の遅れや、判断の誤りや、混乱があったかを物語るものであって、これはいくら言葉を費やしても弁明できる余地はありません。
 私たちは空からの調査のあと、小池百合子代議士の手配で、伊丹空港から車で神戸市役所に向かうことになっていました。午前中すでに国土・交通副担当の前田武志代議士とも連絡を取り、奈良から大阪に出て、近畿地方建設局と近畿運輸局に出向いて状況を把握したあと、神戸市役所に集結することになっていたのです。政策審議会長で豊中市が自宅の中野寛成代議士とも神戸市役所で会うことにしていました。また淡路島出身の宮本一三代議士はすでに市役所に到着していました。
 しかしながら、夕方の五時頃でしたが、神戸へと向かう道は大渋滞で、車は前にも進めず、後ろにも戻れないような状態になりました。救急車も警察の車も、この混雑では同じように全く身動きがとれません。この時、災害発生後十二時間をすでに経過しようとしていたのですから、総理が自らの責任で、災害対策基本法に基づいて、「緊急災害対策本部」を設置して、指揮命令系統を一本に絞り、果敢な対応をしていれば、交通規則に関しては国家公安委員会に命令できたはずです。国家公安委員会が災害の当日もその翌日も開かれず、やっと開かれたのは定例の委員会の一月二十日の日であったという事実は、驚くべき責任感の欠如と言わざるを得ません。非常事態に対応する日頃の訓練がなされていたら、もう少し臨機応変に対策を講ずることができたはずですが、上がしっかりしなければ、下は動かないのではなくて動けないのです。



>2.阪神・淡路大震災の対応
  A災害復旧・復興の道

 災害発生以来、一月二十日の臨時国会の本会議における新進党を代表しての緊急質問を皮切りに、災害復旧について政府がとるべき措置について、今日まで、私自身、予算委員会、災害対策特別委員会等で、五回にわたって質問を行ってきました。新進党の「明日の内閣」及び党政策審議会の合同で合計十回にわたって政府に提言、申し入れなどを行いました。
 政府当局も、やれるものはどんどん対処していこうということで、被災地の兵庫県神戸市をはじめ、各市町もずいぶん頑張って、それ相当の成果を挙げました。法律も十六本の特別措置法を国会で通し、予算も二兆七千五百億円を超える二次補正予算を認めたところです。特に「阪神・淡路大震災に対処するための特別の財政援助及び助成に関する法律」は、支援を受ける兵庫県や神戸市等を、査定を待つことなく対象団体に指定し、復旧事業の補助率を最大八割とし、公共事業なども対象とする、被災者の貸し付けや保険等の軽減を図ったものです。
 新幹線の復旧にしても、あるいは電気、ガス、水道のライフラインの復旧にしても、まさに第一線の皆さんは命懸けで国民の期待に応えるべく頑張って頂いているということを、私も高く評価しています。自衛隊の皆さんと消防の皆さんの現地での活動等に対し、地域住民の方々がどれほど感謝し、評価しているか。自衛隊引き揚げの際に、あのような感動のシーンがしばしば見られたことでも分かります。例えば神戸市役所の前に、誰が貼ったか分かりませんが、「自衛隊の皆様ありがとう」と書いたビラが貼られているのを見かけましたが、しばらく後にその前を通った時にもう一度見てみると、やっぱりその同じビラがまだ貼られていました。これは皆がそのことを認めてくれている証拠ではないでしょうか。
 しかし、私が言いたいのは、阪神・淡路地域の本来の意味での復興ということであり、別の言い方をすれば、阪神経済圏、関西経済圏が生まれ変わるようなプランニングを行い、日本経済全体におけるポテンシャルを、今回の地震をきっかけに、いかに高めていくかということです。勿論、ガレキの処理、避難所の生活をどうするのか、仮設住宅をいくつ作るのか、神戸港の復旧をどうするのか、これらの問題だけでも大変なことで、時間もかかるし、住民の協力も必要です。
 しかしこれに加えて、新しい神戸や阪神をどうつくっていくかということも極めて重要なことだと考えます。一例として、わが国最大のコンテナ基地である神戸港や、空港の機能を考えてみましょう。
 神戸港の復興にどのようにして速やかに対応していくか。これは日本を代表する港湾でもあり、日本経済に少なからぬ影響を与える港ですから、その復興は世界に向かって、関西はもう災害から立ち直りましたよというシグナルになるわけです。
 そういう意味で、この神戸港の復興というものは、非常に重大だと感じています。しかし、それらのことが仮に完成することができたとしても、これは元に戻ったというだけのことです。あのような十兆円を越すような被害、五千五百人を越す尊い生命を失ったという大災害に対して、神戸がよみがえった都市として、あるいは兵庫が改めて大きく羽ばたける県として将来への道筋が明確になったということを内外に鮮烈に示すには、さらに将来展望へと一歩踏み込んだ復興・再建計画が必要になります。たまたま災害の以前から、それぞれの地域で、地域開発プランとして進められていた計画がありましたが、今回の災害により、その経験を踏まえた上で、「神戸復興計画」「兵庫フェニックス計画」という二本立ての計画として、現在、地元で研究、研鑚を重ねられています。
 私が申し上げたいのは、このような「神戸復興計画」や「兵庫フェニックス計画」は、いわば後藤新平の計画と同じようなものだということです。同じようなものというのは、スケールのことだけを言うのではなくて、このようなことを為し遂げることによって、あのような災害を再びもたらすことのないようにするとともに、このようなスケールの大きい計画を作成し、実行に移していくことによって、打ちひしがれた兵庫県や神戸の皆さんに対しても、夢を持って頂ける、希望を抱いて頂ける、そういう意味で心の底から勇気が湧いてくるような対応を政府はしていかなければならないと考えるからです。そのためには、神戸空港の計画もありますが、地震があったからということで、その計画から退却してしまうのではなく、地震があったからこそ、国際都市神戸に空港が必要だということを今日まで叫び続けてきた神戸市民、兵庫県民の声に応えて、この際、神戸空港の建設はしっかりした足取りでやっていくべきだと思います。同時に関西空港の全体構想のことも言われていますが、こんな時にこそ、関西空港の全体構想に火をつけることによって、当然、神戸市を含む関西経済圏の立ち上がりに関空を大いに役立たせるべきだと思います。この辺についても、政府が口先で協力を言うだけではなく、しっかりした支えが必要だと思います。
 そこで私たち新進党としては、「神戸復興計画」三千万円、「兵庫フェニックス計画」五千万円というふうに、計画の当初の立ち上がりから国が支援するという意味で、調査費を提供してはどうかと再々提案しています。しかしいまだにこれは実行されていません。これは、役人的な感覚から言いますと、計画が出来上がってきたものについて国が相談に乗るということが筋道であって、計画が始まるところから国がこれに予算を投入するということは、過去にあまり例のないことだということになるわけです。そこでいわゆる中央官庁の壁というものにぶつかってしまうわけです。しかし私は、これは政治が判断すべき問題であると考えています。新進党としても、また私個人としても、このことが為し遂げられるまで、この主張を続けていきたいと思っています。なぜなら、このことが、「神戸復興計画」や「兵庫フェニックス計画」の具体化に、どれほど大きな役割を果たすかを十分に承知しているからです。



>3.政府の対応は正しかったのか
  @政府の対応の遅れ

 このことは、一般の国民の皆さんの間やマスコミ等を通じて、ずいぶん議論をされてきたことです。一月十七日の日には、「なにぶん初めてのことでもあり、早朝のことでもあり」と総理自身が一月二十日の衆議院本会議の緊急質疑の際、私の質疑に答えているように、政府の対応は確かに遅かった。政府は初めに「非常災害対策本部」というものを設置しました。これは国土庁長官が中心になり、各省の課長が集まって対応を協議する会議です。普通の地震のときでもこのような対策が講じられます。しかし現地を視察した村山総理は、これではいかにも十分でないと判断し、一月十九日になってようやく「緊急対策本部」を設置しました。しかしこの「本部」は、法律上は何の裏付けもないもので、総理大臣が中心になって閣僚が集まり、その下請けを各省庁の役人が分担するというだけのもので、こんな程度のものをこの時期に、作ったわけです。
 政府は一月二十一日になって、「現地対策本部」を設置しました。これはこれで結構なことですが、その後復興についていろいろ協議をし、検討していくための機関として「復興対策本部」を作ることになりました。政府もこれには法律の裏付けが必要と判断したようで、「阪神大震災復興法」、こういう法律の名前で検討し、提案して参りました。私はこの政府の提案に対して新進党を代表して本会議で質問することになっていましたので、はっきりと記憶しているのですが、「阪神大震災復興法」と明記するのであれば、私のほうでは政府に対して質問しなければならないことが山ほどあったのです。そしていよいよ明日、国会に提出されるという前の日の夕刻になって、政府は法律の内容は全く変えずにその名称だけを「阪神・淡路大震災復興の基本方針に関する法律」というふうに突然変えてきました。そのために私たちは質問に対するスタンスを大きく変えざるを得なくなりました。それにしても、法案提出の前の日になって法律の名称を突然変えるというのは、ずいぶん慌てているな、そう感じました。
 翌日の新聞を見ると、「復興対策本部が設置され、阪神大震災復興法という、いわゆる法律に基づいた本部にしようとしたが、内容はこの程度かということをまた野党に言われるので、それでは困るということで、その内容にふさわしいような名前に法律の名称を変えた」と、こういうことが報道されていて、なるほどという感じがしました。いずれにしても、政府の対応というものは後手後手であり、また基本的な確固たる方針が貫かれているとはとても思えず、その場その場でしのいでいるだけのように思えてならないのです。



>3.政府の対応は正しかったのか
  Aリーダーシップと本部体制

 そこで、一月十九日に設置された「緊急対策本部」についてですが、本来ならこうした大震災においては、「緊急災害対策本部」の設置ということが災害対策基本法の百五条にちゃんと明記されているわけですから、これを設置するのが当然の対応です。しかし今回の場合、政府はこの「緊急災害対策本部」を設置せずに、誰が考えたのかよく名前の似た「緊急対策本部」というものを設置しました。これは前述したように法律に基づいていませんので、責任の所在も何もないというようなあやふやな「本部」を設置したわけです。
 私は「緊急災害対策本部」の設置の必要性について、本会議で二度にわたって村山さんに質問しました。一回は「情勢を見てそのような判断をしなければならん」というような前向きな答弁でした。しかし参議院では、やっぱりそこまでしなくてもいいというような答弁で、ふらふらと揺れているような感じでした。
 いずれにしても、当時の対策本部設置に関する村山総理の判断は、誤りであったと今も私は考えています。そのために、失われずに済んだかもしれない尊い生命を失ってしまったのではないでしょうか。
 また直ちに、間髪を入れずに被災の現地を政府として支援するなんらかの方法があったはずです。政府の対外的な説明では、一月十七日の当日、午前七時三十分頃「非常災害対策本部」を設置する手続きを開始、そして実際に設置したのは、午前十時過ぎの定例の閣議ということです。情報網を持っているはずの各省庁の責任者から的確な連絡もなく、官邸からも何の反応も示されていませんでした。
 かつて神戸市職員の経験がある新進党の西村眞悟代議士から西岡武夫総合調整担当に対し、「神戸市で二百人が生き埋めになっている。自衛隊に救援要請をしてほしい」という切羽詰まった電話が、院内の「明日の内閣」の閣議を終えたところに入りました。私はこれは大変だと、他のことを中断して、西岡総合調整担当から防衛庁の幹部に電話を入れてもらいました。最高幹部の一人が電話に出ましたが、その時までその幹部は現地で生き埋めが出ているという実態を全く知りませんでした。あまりの実態把握の遅さに、私は茫然としました。本会議でも、災害対策委員会でもこのことを指摘
しましたが、課長クラスが弁明するばかりで、今に至っても西岡総合調整担当や私に何の説明もできず、だんまりを決め込んでいます。
 官邸だけでなく、政府全体の危機管理に対する責任感の欠如が、被害を一層大きくし、さらに一層の悲劇を呼んだことは、誰もこのことは、あまり指摘してはいませんが、私はこれは、重大な責任問題であると考えています。
 政府は、地震の被害の甚大さについて十分把握しきれていなかっただけではなく、ある程度、全貌が明らかになった時点でも、「非常災害対策本部」を法律の裏付けのある「緊急災害対策本部」に格上げする姿勢が全くありませんでした。省庁の縦割りの壁を越えて、国家の非常事態に対処するために、総理は一身を捧げるくらいの決意で望むべきではなかったでしょうか。しかしながら、実際は、我が党からの「総理にすべての権限を集中して、迅速果敢に総理自身が指揮命令できるようにしよう」という提案も、「この際は党利党略を一切捨てて政府に、総理に協力しましょう」という再三の申し入れも、拒み続けました。
一月十七日、現地を調査した私は、その日の夜東京に帰り、党幹部に報告をすると同時に、国土庁を訪れ、現地の様子を報告しました。翌朝、院内の「新進党兵庫県南部地震対策本部」に海部党首、副本部長の小沢幹事長、西岡総合調整担当、中野政審会長と私が集まり、新進党として第一回目の申し入れを取りまとめ、西岡総合調整担当が党を代表して官邸に申し入れを行いました。そして私は、海部党首にともなって、再び現地へと向かいました。
一月二十日に国会が開かれ、私は新進党を代表して緊急質問を行いました。総理からは「今から振り返って考えてみますると何分初めての経験でございますし、早朝の出来事でもございますから……」という有名な答弁を頂きましたが、問題の本質の「緊急災害対策本部」の設置については「なお、災害対策基本法に基づく緊急災害対策本部の設置につきましては、今後の事態に対応できるように、緊急に判断をしながら措置をして参りたいというふうに考えておるところでございます」という答弁で、これでは一体やるのかやらないのかはっきりしません。
 その夜、海部党首、西岡総合調整担当、市川政務会長、中野政審会長と私が官邸に乗り込み、「直ちに災害対策基本法に基づく緊急災害対策本部を設置して、一刻も早くこの事態を救援すべきである。新進党は全面協力する」と申し入れました。村山総理、五十嵐官房長官、園田官房副長官、石原官房副長官らが並んでいましたが、我々の主張に対し、言を左右にしながら結局は拒み続け、現状で万全の対策だと言い続けました。そして法律上は何の権限もない「緊急対策本部」(紛らわしい名称ですが、「災害」という言葉が欠けている)、これを作って、思い切った対応を怠ったのです。
 「緊急災害対策本部」の背景となる災害対策基本法は、昭和三十四年の伊勢湾台風の後、池田内閣の時に制定されました。安保条約の改定をめぐって、与野党の対立が尖鋭化している政治状況の中で誕生した法律です。
 現行の災害対策基本法が成立した背景について考えてみる必要があります。
 現行の基本法は、昭和三十六年、池田内閣の時代に政府提案により「災害対策基本法」として、九月二十七日に国会に提出され、十月二十七日に採決され成立し、十一月十五日に公布されたものであります。

<法案の提出に至った経緯>
 当時の災害対策に関する法制度はかなり整備されているが、法制相互の調整や関係各機関の連絡協調においてなお欠けるところが指摘されており、総合的な災害対策の基本体制を確立する必要性に迫られていました。
 昭和二十七年の十勝沖地震、昭和二十八年の西日本水害、昭和三十三年の狩野川台風等に対する各方面からの要望並びに原因の究明の結果、早くからこれらに対する対策の確立を急がれながら、官庁のセクショナリズムやその地の困難な事情に災いされて、ついに死者四千七百余名、まれに見る長期堪水、物的損害額は数千億円(当時)に達する甚大な被害をもたらした伊勢湾台風を昭和三十四年に迎えました。
 この伊勢湾台風を機に世論が一致して防災に関する強力な総合調整機関の設置、各種災害の科学的研究の推進及びその防止に対する適切な措置について災害対策論議が強まっていました。
 当時の災害関係法は百五十にのぼり、それぞれ所管官庁を異にするため相互に関連がなく、重複し、現実の災害に直面した場合、空白や間隙が発見されるのが実情でありました。これらの関係法の問題点を総ざらいして、空白を埋め、脈絡をつけて一連の法体系を打ち立てようとするのが「災害対策基本法」の狙いで、百二十条にも及ぶ大法案となっています。

<法律の目的>
 国土及び国民の生命及び財産を災害から保護するため「防災行政」の総合化、計画化を図り、「社会秩序の保全」と「公共の福祉の確保」に役立てようとしています。
 防災行政の総合化、計画化の見地から国及び地方を通じた一貫した体制の確立、責任の明確化を図るとともに防災計画の作成、災害予防、災害応急対策、災害復旧及び防災に関する財政金融措置など、防災行政全般に関してその基本を定めようとしたものでした。

<提案理由>
 池田内閣の安井謙自治大臣は本会議において、提案理由の説明を致しております。
 「災害対策基本法案の趣旨の説明を求めます」――清瀬一郎議長の声が議場に響きわたる中を安井自治大臣が登壇され、その提案理由及び概要を次のように説明されています。
「頻発する災害に対しこれを未然に予防し、災害に臨んでは警戒防御、応急の策を講じて被害を防止し、これを最小限度にとどめ、また不幸にして被害が発生したときは、民生を安定するため必要なあらゆる施策を適切に講ずることはきわめて緊要なことであります」          〜略〜     
「国の経済及び社会秩序の維持に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚な非常災害が発生した場合においては、内閣総理大臣は、災害緊急事態の布告を発し、緊急災害対策本部を設置することができるものとし、なお、緊急の必要がある場合において、国会が閉会中で臨時会を召集するいとまがない等のときは、特に政令で一定の緊急措置を講ずることができることとしたのであります。すなわち、一、物質の配給、譲渡、引き渡しの制限または禁止、二、賃金及び価格等の最高額の決定、三、金銭債務の支払い延期及び権利の保存期間の延長について、政令で緊急措置を講ずることができるものとし、現行憲法の範囲内において必要最小限度の措置を講じ、もって公共の福利の確保に遺憾なからしめることとしたのであります」 
         〜略〜
「この法津案により災害対策に関する基本的体制は整備され、わが国の災害対策が強力に推進されることになるものと確信いたしておるものでございます」
 以上のような提案理由が述べられております。
 しかし、この提案理由の説明を正確に読むと、何も戒厳令がどうだ、物価統制令がどうだ、交通規制がどうだというような議論は今回の大災害で、あれ程の大規模な犠牲者を出したとき、内閣総理大臣が一刻も早く、迅速果敢な号令を現場に発し、一人でも多くの人を救出するということが大切で、経済統制はしなくても済む状態ならば、それはそれで結構なことで、オウムの事件で破防法の適用を躊躇するのと同様の論理であります。緊急災害対策本部の設置を宮邸が拒み続けた理由も次第に明確になってくるのであります。
 今少し当特の様子を調べてみると、水田三善男大蔵大臣、園田直地方行政委員長という時代で、当時の衆議院の委員で現役で活躍しておられるのは、宇野宗佑元総理、山口鶴男前総務長官のみとなっています。出席の政府委員の顔ぶれは、鈴木琢三消防庁長官、藤井貞夫自治省行政局長、奥野誠亮同財政局長、鬼丸勝之建設省官房長、説明員としては、橋口収(大蔵省銀行局特別金融課長)、翁久次郎(厚生省社会局生活課長)、志村清一(建設省計画局参事官)、八塚陽介(経済企画庁総合開発局総合開発課長)、岸昌(自治省行政局行政課長)等の懐かしい顔ぶれが並んでいます。
 これに対し、亀岡高夫議員(自民)は、
「災害に限って戒厳令のようなものではない。人心を抑圧したり、自由を束縛したりするような点はないと言われるが、詳しく説明を願いたい」 
さらに、二宮武夫議員(社会)は、
「災害緊急事態というのはどういう事態を想定しておられるか」
「私が心配しますのは、警察、自衛隊の発動がこの非常事態布告によって行われる。戦前における戒厳令式なものが行われるということによって、それにそむく者は百六十条以下の罰則の適用がやられる。こういう事態を想定しなくていいのですか」
「こういう非常事態の布告をすることによって、自衛隊が当然なものであるというような印象を国民に与えたり、私どもは基本的に憲法論で食い違う問題ですけれども、こういう事態の際、これらの働きも合法化するような方向に内閣総理大臣が閣議に諮ってやるということになりますと、二十日間そういう事態が起こるという状態になるのじゃないかと思うのです」 
松井誠委員(社会)は
「緊急政令という形態の法令を今の憲法が許すのかどうかという問題が基本的な問題ではないかと思う」
「緊急事態に処する方法は憲法自体は予想していなかったのじゃないかと思う」
 以上のような国会の論議の中で、政府は答弁に立って
「関東大震災というような大災害の際に、特に限定して、経済活動の面等について最小限度の規制措置を講じていく、現行の法律で補い得ない点、あらかじめ立法措置を講じておけないというような点について、臨機の措置に応じて政令で必要な事項を規定することは公共の福祉を確保していく上に最小限度必要な措置であるとの観点に立ち、本法令の規定を置いた」
「経済的行為というものは最小限度限っておるということ、これは既存の法律についてそれを改廃したり効力を停止したりするような機能を持たせようとするものではございません」
「この程度のことが憲法に違反する、あるいは憲法の予想しておらないところであるというふうには考えておりません」 「五十年に一回起こりますか、百年に一回起こるかあるいは起こらないかもしれないような場合、しかもこれも起こり得る可能性もある。そういうきわめてまれな場合を想定している」
 等、当時の第三十九国会の地方行政委員会議録を読んでみると、安保条約の改定をめぐって国が混乱に陥っていた時代に、野党の社会党や共産党が、警察や自衛隊の活動に極度に神経をとがらせている時代に「災害対策基本法」が国会で審議されようやく成立した時代背景が浮き彫りになっています。
 したがって、総理の権限などはできるだけ抑制的に書かなければ、当時の野党の社会党や共産党の猛反対で法律は成立しにくい状況でした。そんな政治情勢の中で生まれた法律に基づいた「緊急災害対策本部」の設置については、村山政権では、総理官邸が最初から極めて臆病で消極的でありました。五十年に一回か百年に一回起こるか起こらないか分からないような大災害が現に起こっているのです。
 多くの人々が災害の現場で、助けを求めて悲鳴をあげている時に、過去のイデオロギーや憲法論議にとらわれて、大局的な判断ができなかった。
 それでも一時、村山総理自身は法律に基づいた「緊急災害対策本部」の設置の必要性を理解されたようですが、「緊急対策本部」等という、恐らく役人が考えそうなずる賢いやり方を用いたために、事態の解決に、初動の対応に、決定的な過ちを犯してしまいました。
 国家の非常事態――危機が迫っている状況に対して、客観的な判断を怠り、希望的な観測に立って、問題を小さく処理しようとしたために、初動のボタンのカケ違いというより、着る服自体を間違えて、全く場違いなものを着て出てきたというような状況にしてしまったのです。村山総理が陣頭指揮を執る、本当の意味でリーダーシップを発揮する、国民にも野党にも協力を要請する、被災者を激励するーーーそのような、非常事態に対する国の最高責任者としての毅然とした姿を見ることは、ついに一度もありませんでした。                                                                
我々の考えは、総理に権限を集中して、経済統制を含めた緊急事態に対しての対応を総理大臣が指揮監督、命令できるようにして、実効が上がるようにしようということですから、野党としてはこんなことを主張するのは、本来の立場からすればおかしいわけです。社会党が野党だった時代ではとてもありえなかったことです。この際、総理に権限を集中して、災害の復旧復興に、てきぱきした行動、行為がとれるようにしよう。これは何も村山さんのためではなく、人命の救助に、国民のために、また災害で悲惨な状態に陥っておられる皆さんに対して、せめて総理が諸般の複雑な手続きを経て不必要な時間をかけて、何かを為すというのではなくて、内閣総理大臣その人の権限によって対応できるようにしようということを我々は主張してきました。
 災害対策基本法制定時には、当時の野党、社会党や共産党は総理に権限が集中することに極度に抵抗をしております。そうした方々の中から登場された村山総理ですから、この「緊急災害対策本部」の設置に大変躊躇すると同時に、最後まで逡巡し、ついにこの「緊急災害対策本部」を設置できなかったことが、今回の災害における決定的な対応の遅れのもっとも大きな原因となったのです。
したがって、今後「災害対策基本法」の見直しをする際には、私は「緊急災害対策本部」等の設置についての要件というものをもっと緩やかにし、常識的に誰が見ても阪神大震災のような規模の災害が起こったときには、「緊急災害対策本部」を設置すべきだと、議論の余地のないようにしておかなければならないのではないか、言い換えれば、どんな内閣であっても、如何なる立場の人が総理大臣であっても、国家や国民の危機的状況に対し、政府が迅速に対応できるような状況をつくっておくということの必要性を痛感しています。そのために、災害対策基本法の積極的な見直しを必要とします。



>3.政府の対応は正しかったのか
  B災害対策予算と復旧・復興について

 震災後、94年度予算の二次補正が必要になり、円高対策、災害復旧に関するものだということで、政府は2兆7261億円の補正予算を二月二十四日に提出しました。私たち新進党としては、災害対策にもっと積極的に対応すると同時に、円高対策等について、十三兆円必要とすることを提案しました。秋に十兆円プラスしようということを、与党の大幹部がアメリカにいって発言して来られたが、それならば、今日のこのような状況のときに思い切った対策を講じ、秋にはその調整を図るということのほうが筋道であって、二兆七千億円というのは、災害対策だけでもこれくらいは必要であり、円高対策と合わせてこの程度の小手先の対応をするというのでは、円高対策に対する政府の確固たる姿勢というものを、災害対策に対すると同様、やる気があるのかないのか、疑わざるを得ないのです。
 自衛隊の出動については、初日に2300人程度を動員、後に一万人、一万五千人というふうにだんだん増やしていったわけですが、私はこの円高対策についても、政府が自衛隊の出動と同じような手法をとるのではないかと思っています。私は、自衛隊の出動については、初日に三万人、二日目に五万人というふうに思い切った対応をして、後に減らしていくのが常識的な対応であって、最初に二千三百人程度の自衛隊を出動させるということは、今回の地震災害の規模に対する当初の実態の把握が、政府自身が、的確でなかったと言わざるを得ないのです。



>3.政府の対応は正しかったのか
  C今後の政府及び連立与党の対応
   (1)初動対応の改善

 震災後これまでに、また今後、政府及び連立与党が災害対策にどのように取り組み、これからどう対応していくのか。
 初動期の対応は、我が党が十回にわたる申し入れ、度重なる国会論戦によって主張を重ねてきましたが、政府としても部分的な法律改正や運用の見直しを進めています。これ自体は遅ればせながら、内容的に評価してよいと考えています。
一つは、一番最初の初動の情報の収集体制について、航空機、ヘリコプター等による画像情報システムの整備です。各種の機器を導入、数値的な情報にとらわれず、全体的な情報把握のための体制を作る。官邸にも三十分程度で、幹部が緊急に集合できるようになりました。
 二つは、防災基本計画が七月十八日に改定されたことです。昭和三十八年以来ほとんど見直しもせずに過ごされてきたものが、今回、大幅に修正が加えられました。我々が主張しているように、抽象的であったものをより実践的、具体的な計画にしています。時間の経過にしたがって、誰がなにをすべきか明記し、災害ごとに活用しやすい計画にしています。これを基に自治体や企業がさらに詳細なマニュアル化を行い、防災基本計画の地域版や団体版的なものを作ることが必要になります。
 旧計画が狩野川台風、直前の伊勢湾台風やチリ地震津波等、どちらかというと水害が念頭にあり、前にも述べた通り、安保改定等の政治的混乱もあって、災害予防が中心で、自衛隊の位置づけもはっきりしないままでした。自衛隊の存在を認めたくない社会党や共産党の強い反対の前に、自衛隊の位置づけを明確にできないままに今回の大災害に遭遇し、しかも国民にとって不幸なことに、その社会党の委員長が内閣総理大臣であったことが、問題を一層複雑にし、全ての対策が後手後手になり、不幸な結果を招いてしまったのです。政府の心ある役人は、この事実を承知しています。
今回の防災計画は、大地震の悲惨な体験から、初期の情報、災害予測の重要性、国家の指導力の強化等が前面に出ているとも言えます。
 官邸中枢への情報伝達、意思決定体制の強化、自衛隊と自治体との連携や自治体間の広域支援の確立、住民ボランティアや国際的な救助支援の受け入れ態勢の整備、自らの身の安全は自らの手で守るという国民防災思想の強調が主要な項目として挙げられています。
 量的にも旧計画の十倍を超えた詳細なものになっています。しかし、あえて注文をつければ、まだ現行の法体系を基に作った計画であり、省庁のタテ割りの中でお互いに顔を立て合って、明らかに妥協した内容の部分もあり、積極性に欠けています。仏を作って魂を入れることが重要で、関係者の一層の奮起を望むとともに、国民に対する公僕としての義務であることを決して忘れないでほしい。
 三つ目は災害対策基本法の一部を改正するということです。
 本来なら、今回の災害の重大な反省の上に立って、何と何と何をやっていかなければならないかと、いろいろ広範囲に検討した結果を、法律の改正案に盛り込むべきです。しかし残念ながら、今回の改正は交通規制に関するもののみです。災害の初期に交通規制がきっちりとなされていなかったために、必要のない車、不要とは言いませんが自家用車等がなだれ込んだために、救急車も自衛隊の車も消防自動車も、もっと緊急を要する車も、この中に入っていくことが事実上できませんでした。私もヘリコプターで現地を調査した後に、伊丹空港に着陸しました。新進党関係議員は神戸市役所に集合してもらいたいということを、既に朝から連絡していましたので、私も神戸市に向かったわけですが、全く駐車場の中に止まっているのも同然で、前にも進めなければ、後ろにも戻れません。Uターンもできない。そういう状況でじっと車が停滞したままになっていたということからすれば、警察官が現地で交通規制を自らの判断でできる、あるいは同時に、その中に入っている車を強制的に撤去することができる、その時、車に被害を与えた場合に後で補償する手立ても用意する、こういった対応策を考えておくことが重要であります。
 現場における教訓では、広域的な統制を果敢に実行すれば、緊急時の交通規制も可能ではないかという気がします。規制方法を災害発生の直後、近接区域、ゾーンによる拡大を図るほか、ドライバーへの義務づけ、国家公安委員会の指示権等、災害時の緊急交通規制に関しては一歩前進であることは確かです。あのような災害は、いつまた起こるか分かりません。現に最近、北海道で震度5というのがありましたし、サハリンでも地震が発生しました。我々のところにサハリンのようなことがまた起こらない保証は全くないわけですから、交通規制に関する基本法の一部改正に対して、私個人としては賛成です。
 しかし今、政府がやらなければならないことはもっとたくさんあります。にもかかわらず、警察の交通規制だけを持ち出して災害対策基本法の一部の改正だというのでは、災害対策に対する行政の遅れといい、その後の対応といい、いかにも熱心さに欠けるのではないかという議論が党内外でありました。しかしながら、私自身はこの法案に対して、たとえ消極的であるという批判があっても、政府から提案があれば、法案として直摯に審議をし、賛成すべきであると考えていました。そして結論として、そのような決着に党内も落ち着くことになりました。



>3.政府の対応は正しかったのか
  C今後の政府及び連立与党の対応
   (2)国民の生命財産を守るための特別立法

 地震対策特別措置法は、自民党の後藤田正晴代議士や原田昇左右代議士ら「日本を地震から守る国会議員の会」が中心となって進められました。これは早く言えば、静岡県を中心とする東海地震に対応するための「大規模地震対策特別措置法」をあまねく日本国中に適用できるようにしようというもので、この法律そのものも、大震災の経験から、ともかく、災害発生直後から数日間は家庭から避難所に安全に難を逃れていられるようにするもので、そのために学校や防災拠点センター、社会福祉施設、病院、僻地の診療所などの耐震性を補強し、それに必要な財政上及び金融上の支援を行うというものであります。
 この法案を立案する段階で、まず原田代議士から「できれば新進党も加わって、議員立法の形で、委員長提案にして、今国会で成立させたい」との申し入れがありました。早速、党幹部とも協議しましたが、今私たち新進党の「新災害対策プロジェクトチーム」で私が座長を命ぜられ、全国の知事や市町村長にアンケート調査等を行い、積極的な」新災害対策を打ち出そうとして準備中でもあり、連立側との話し合いは、私に任せて頂くということになりました。地震対策特別措置法について、与党だとか野党だとかいうことで論ずるべきではないというのが、私の基本的な考え方でした。しかし、各県に一〜二カ所の防災センターの建設、対象施設の拡大や補助率のかさ上げと充実等、細部にわたって検討した結果を原田代議士に回答しました。連立三党はそれぞれの財政部会が賛成しないので、原案は譲れないということでした。国会用語でいう「これでのんでくれ」ということです。私たち新進党は災害発生以来、党を挙げて復旧復興に真剣に取り組んできただけに、この程度の連立与党案にはにわかに賛成はできない。「ならば、三党だけで成立させる」と、例によって強行採決で進めるのがこのところ連立側のお家芸で、これが連立側の意向だということになりました。
「我々は徹底的に論戦を挑み、この法律は成立させない」 ということを重ねて原田代議士に通告しました。しばらくして、顧問の後藤田正晴先生の登場となり、「オレは詳しいことは分からんが、何とか原田君たちと話し合って、できれば新進党にも賛成してもらって、この国会で成立させたい」とのことでした。私は、「基本的には全くその通りです。しかし新進党に賛成させようとするなら、新進党の意見も入れるべきです。それを一言半句も譲れないということであれば、こちらも今、もっと幅の広い厚みのある新災害対策基本法を検討中であり、この程度の連立側の案では、とても賛成はできません」と申し上げました。後藤田先生も「それはその過りで、私からも原田君たちに言っておきますのでよろしく頼みます」 とのことでした。
 さらに、浦野烋興災害対策特別委の与党筆頭理事(現科学技術庁長官)や相沢英之代議士らと、新進党の側から、泉信也国土・交通副担当、小坂憲次代議士(新進党災害特筆頭理事)と私との間で、何回か議論を重ね、大蔵省とも折衝の結果、地域防災センターを一県に一〜二カ所建設する、補助対象額を一件五億円として、二分の一の補助とするという新進党案で決着を見て、自治体が効果的に活用できる法律にして、六月十六日に公布されました。
私は議員立法で、連立三党と新進党が共同提案する中で、大蔵省が反対する、あるいは法制局が賛成しないといった理由で引き下がってはならないと思っていました。今回のような災害では、政治が前面に出て、国民に対する責任を果たすべきだと考えているからです。



>3.政府の対応は正しかったのか
  C今後の政府及び連立与党の対応
   (3)防災問題懇談会と抜本改革

 今後の基本的な災害対策、今回の阪神大震災の大きな教訓に基づいて、我々は今何を為すべきかということを考えるときに、この災害対策基本法の一部改正といい、地震防災対策特別措置法といい、これらはいかにも、その場を糊塗したにすぎないという感じがしてなりません。そういうふうに政府に指摘すると、政府は防災問題懇談会に一応お願いして、九月頃に政府としての考えをまとめるというわけです。政府は「防災問題懇談会」を総理の私的諮問機関として作り、四月以来、国と地方の防災体制、情報収集方式、ボランティア、自衛隊、警察、消防等、協働システムなどの検討を行っています。
 新進党が秋の臨時国会に法案を提出するというスピーディーな対応を示したことで、政府のほうも当初十月頃と言っていた結論を九月に早めようと、今急いでいます。既に我が党は「災害対策基本法の抜本改正の政策大綱」を参院選の公示前に海部党首と私が記者会見(於平成七年七月三日和歌山県御坊市・御坊商工会議所)で内外に公表しました。(310ページ参照)
 自治体の意見も反映させて、政府に先立ち、党の基本的な考えを明らかにしたものです。ポイントは、総理をトップに全閣僚がメンバーとなる、法律に根拠のある即断即決型の危機管理体制を作ることです。
 昭利三十六年、安保騒動、自社対決、冷戦構造の下で、しかも伊勢湾台風の被害を背景にして作られたのが、現在の災害対策基本法です。それが長い間改正もされず、現実的に災害時に役に立つよう見直されてもなかった。まさに五五年体制の自社が、慣れ合いの中で、相手の痛いところには手を触れないという政治姿勢をとり、そのために役人がこれに積極的に手を出すことを控えていたとすれば、与野党ともに、政治家の責任感の欠如と怠慢が今回の阪神・淡路大震災の初動の遅れに繋がったということであり、厳しく反省しなければなりません。
 しかし、現行制度でできることをしないで、決断ができないで、なお法律の改正も、災害発生以来既に八カ月を経過しようとしている今日、なお遅れている状況は、今の政府の、村山内閣の責任感の欠如であると断ぜざるを得ません。
「火事は最初の五分間」という言葉がありますが、災害が発生して、一番急を要する数時間、半日間というのは、やはりそれぞれの機動力を持った部門が、それぞれの持ち場で得た情報をもとに、自らのマンパワーと機械力を使って全力を挙げて人を救出することが災害対策の要諦です。医学的には、最初の四十八時間が勝負だともいわれています。あの大震災では、一つ一つのセクションで、少しずつ判断力の不足と出動、実行への逡巡が重なり、さらに困ったことには、最高指揮官の危機管理に対する自信のなさ、「リーダーの一声」がなかったために、ずるずると被害が拡大してしまったということを、我々は決して忘れてはならないのです。
 米国のFEMA(緊急事態管理庁)を参考にして、防災体制を強化すべしとの声も官邸等にあったようです。しかし、日本との国情の違いや、平時も戦時もまとめて考える米国と我が国では、あまりにも社会環境が異なっています。ただ、防災の第一次責任は地方自治体にあり、国は支援をする立場という理念は日米共通のようです。日本のシステムの良さを生かして、防災体制の強化を考えていかなければなりません。すでに実務面では、地震の被害規模を早期に概括的に把握するコンピューターシステムの導入、消防と警察の広域的な緊急救助隊の創設を決めていますが、今後、これらを大いに推進していくべきだと考えています。                               
 咄嵯の判断を必要とする災害、法律や予算や慣行を乗り越えてより高度な決断を必要とする災害対策については、いかに経験豊かな政府の審議会委員、あるいは役所のそれぞれの問題に精通している官僚の皆さんであっても、この際、我々は、これらの人たちにだけ任せておけるような問題ではないと考えています。この防災対策については、阪神大震災の当時に、少なくとも現職の国会議員としてこの地震に直面したものの責任において、私は役人にだけ任せておくのではなく、国会議員そのものの責任において法案を作成し、与党も案を作る、野党も案を作る、そしてそれを国民の皆さんの注視の下に議論をして、国民的な合意に基づいて、歴史の批判に堪えうるような災害対策基本法の改正を行うべきだと考えています。



 >4.新進党の今後の災害対策

 私は阪神・淡路大震災発生以来、新進党兵庫県南部地震復旧復興対策本部次長を命ぜられ、さらに神戸市の兵庫共済会館内に設置した「阪神大震災復旧復興支援現地対策本部長」として10回にわたって兵庫県及び神戸市を訪れ、貝原兵庫県知事、芦尾副知事、溜水副知事、さらに笹山神戸市長、田渕助役(当時)、小川助役、市議会の堺議長(当時)、旧知の吉本元議長(神戸市復興委員長)と現場において再三再四協議を重ねました。現地の被災者の立場に立って、本会議における緊急質問(1月20日)、衆議院予算委員会における阪神地震の集中審議(1月26日)、本会議における復興本部設置に関する質疑(2月17日)、災害発生二ヵ月後の衆議院災害対策特別委員会における復旧復興に関する要望の質疑、(3月17日)、さらに同委員会における災害対策基本法の一部改正に対する質疑(6月1日)等において、私は新進党としての主張を続けてきました。
 その間、新進党としての被災地の救援、復旧のための申し入れや予算編成をめぐっての要請を行い、そのフォローを政府に強く求めてきました。その結果、提言の相当部分が補正予算や法律改正において実現しました。各時点での国会の質疑や党の主張などについては、巻末の資料を一読願いたいと思いますが、これだけではまだ問題解決とはいえません。
 特に今後の危機管理のあり方について、新進党としては「新災害プロジェクトチーム」を作り、約二百数十時間にわたって検討を続けてきました。去る3月30日に中間報告として新災害対策基本政策(5−UP作戦)を、国民の皆さんに分かりやすい形で公表しています。さらに各自治体の首長の皆さんの意見も重要ですから、これをお聞きしました。さらに7月3日には災害対策基本法の抜本的改正の立法化を目指すための政策大綱を公にしています。政府はこの提言に真剣に耳を傾け、与野党共同で立派な災害対策基本政策を作るくらいの気持ちで、来るべき臨時国会における対応を急ぐべきだと考えています。



 >4.新進党の今後の災害対策
  @5−UP作戦

 これは、私が命ぜられて座長を務めております「新進党新災害対策基本政策検討プロジェクトチーム」においてまとめたものです。私たちのほうには、ご承知のように後ろに政府の役人がついているわけではありません。新進党もまだ生まれてわずかの状況ですから、スタッフも揃っているわけでもありません。したがって、国会議員自らが六法全書をめくったり、議論をしたりしてまとめたものです。この中には、例えば問題になっている自衛隊の出動要請の問題もあります。現行法では知事が要請を行い、その要請に基づいて自衛隊が出動を判断するとなっていますが、今回のような大震災において、果たしてこのような規定が適切であるか、疑問が残ります。
 私は地震のあった初日に神戸の上空に行き、翌日には海部党首と一緒に関西空港から淡路島の震源地に船で向かいました。たまたまそこに兵庫県の貝原知事もお見えになっていて、いろいろな問題を話し合いました。例えば避難所に届ける食事ですが、報道では三十万食といわれていましたが、避難所ではなく周辺の建物の中にもライフラインが回復していないために食事を作れないという人がたくさんいるわけで、その数は避難所にいる人の倍だということでした。そしてその倍の数に対して朝昼晩と三食必要なわけですから、それはもう気の遠くなるような数字でした。そういう話を知事から伺いました。
 私は、交通や通信が途絶している状況の中で、果たして淡路の状況が災害発生の直後にどのようにして神戸市の中にある兵庫県庁へ伝わったかということについて、未だに疑問を抱いております。そういう場合には、たとえ離島であっても、たとえ山間僻地であっても、そこの市町村長がボタンを押せば、内閣総理大臣、あるいは防衛庁、国土庁、さらには県知事に、異常事態が発生していることを伝達することができるようなシステムを設置すると同時に、法律には、市町村長も知事と同じように自衛隊の出動を要請することができることにしてはどうかと我々は考えています。このことは、災害発生間もない2月6日、「明日の内閣」海部党首以下全員が兵庫県神戸市を訪ね、さらに、「新進党現地対策本部」に関係市町村長を招いて要望を直接承った際、被災地の複数の市長さん達からも「私たちにも自衛隊の出動を直接要請できる法改正をしてもらいたい」との強い意見が出されました。それだけにこれは、ぜひ法の改正により実現したいと願っています。



 >4.新進党の今後の災害対策
  A知事、市町村長へのアンケート

 このように、被災地の市町村長の立場を法律案の中に書き込んでいくうちに、新進党としては、その重要な任務を担っている全国の知事や市町村長の意見をこの際承っておく必要があるのではないかと考え、五月の連休を活用して、3304の市町村長と47の都道府県知事に対して、私たちの「5−UP作戦」に対する考え、あるいは法律のどこをどう直すべきか、そういった意見を聞くためにアンケートを実施しました。アンケートの結果は、5月28日に岐阜で開いた新進党「明日の内閣」政策対話フォーラムの後の記者会見で発表しました。このことはすでに新聞にも報道されました。
 全国から寄せられたアンケートの答えの中で、ベストテンに入っているもの、あるいはベスト5に入っているようなものは、全て私たちも極めて重要だなと日頃から考えていることばかりでした。
 災害発生時の救助、復旧活動のために、新たな法律に一般的な私権の制限の規定が必要かという問いに対して、87%の知事や市町村長がこのことの必要性を考えていました。まだ未回答の地域の方々もたくさんいますが、普通アンケートは、四割近い回答があればいいそうですが、私は人命にかかわる災害基本法という重要な法律の改正に関与することだけに、もっとたくさんの回答を、これからも積極的に知事や市町村長に呼びかけていくつもりです。
 また私たちは、防災の記念日等を設けて、市町村における訓練、あるいはさらにもっと広い範囲に広げて、隣県及びブロック単位で訓練を行うことが必要だと考えています。毎年阪神大震災の1月17日と、そして従来からの関東大震災の9月1日のこの両日を記念日として、それぞれ県、市町村、さらに広域の防災訓練地域の各企業、また団体、学校や家庭が防災に対しての意識を集中させるべき日として、防災訓練を行ってはどうかと政府に提案しています。



 >4.新進党の今後の災害対策
  B安全国家と首都機能の移転

 首都機能の移転論は昔からありました。国土計画では、三全総(昭和52年)、四全総(昭和62年)でも抽象的レベルの問題として取り上げられています。平成に入って特に活発化し、平成2年11月には国会移転に関する国会決議、平成4年12月には「国会等移転に関する法律」が成立しています。私も衆議院の国会等の移転に関する特別委員会に携わっていましたが、大体の必要性は、官民共に認めているようです。
 当時、連合の山岸会長が参考人として出席し、「首都移転というような国の重要な問題については、国会で決めればそれでいいということではなく、広く国民の皆さんのご理解やご協力がなければ」と私が申し上げたところ、「連合の家族を合わせて、この間題に砂煙を上げて協力する」と力強く言っていただいたことを記憶しています。(465ページ参照)
 法律に基づく「国会移転調査会(宇野収会長)」の審議状況は、平成六年に入って課題ごとの中間報告を出して、平成8年の春に取りまとめをする予定になっていたのを、平成七年中に早める動きになっています。新進党も「新政治首都建設特別措置法(仮称)」を七月の参議院選挙前に提唱しており、二年以内に建設地を決定するよう考えています。政治的にも経済的にも大きな行き詰まりのような状態の我が国の現状を見るにつけても、やはり時代の節目に当たって、新しい政治、行政のシステムのための皮袋を作り、国土構造を根本から改革する絶好のタイミングだと思います。
 防災の観点から見れば、いつか必ず起こるであろう東京大地震の際、危機管理を行うべき首都東京の中枢機能がマヒし、日本全体が混乱とパニックの坩堝と化する状態が長く続く可能性があり、これを思うと新首都の建設はのんびり考えている場合ではありません。もちろん、その新首都は政経分離の新しい制度や新しい技術を駆使したモデル都市でなければなりません。近代的な国際文化都市でなければなりません。と同時に、赤ちょうちんの居酒屋も並ぶような温かい心が通う都市でもありたい。大規模な地震が現在の首都東京を襲ったとしても、東京と一緒に被災しないような場所を求め、夢のある、日本人が世界に誇れるような国家的国民的プロジェクトとして推進することが基本となります。
 しかし、今日までの国会の空気は、首都移転なんかすぐできるものではない、いずれにしても20年か30年先のことではないか、ならば今急に反対する必要もない、こんな空気の中で、この首都移転問題が推移していることも事実です。同時に首都移転の問題を大きく取り上げますと、東京都の方から苦情が出てきます。東京都の方は一体どうなるんだという話になるわけです。私個人としては、首都移転に14兆円かかるという試算がありますが、首都移転にかけるのと同じくらいの費用を東京都の跡地の整備にかけるべきだと考えています。防災用の公園を作るとか、もっと素晴らしい、もっと文化的な香りのする、日本のかつての首都として立派な都市に再生するという考えには、国民全体にも異論はないと思います。そういうことに私たちはもっと積極的に対応すべきだと基本的には考えています。20年も30年も先にというような問題ではなく、私は今回の災害の教訓を受けて、首都移転の問題に対しても可及的速やかに対処できるような方向に、もう一度我々の考えを改めなければならないと思います。「新政治首都建設法(仮称)」の成立に力を結集する必要を痛切に感じています。



 >4.新進党の今後の災害対策
  C今後の課題の地震保険

 今後の課題として、引き続きあのような仮設住宅をたくさん作って対応していますが、仮設住宅にも限度があります。いつまでも仮設住宅のようなところで、被害を受けた人たちが満足するわけがありません。また直ちに新たな対応を考えていかなければなりません。その際にはやはり今後の課題として、地震保険等についても国が加わって対応を考えていく必要があるのではないでしょうか。
 地震による直接間接の火災は、火災保険に入っていても免責で支払いの対象外となっています。
地震保険であればカバーされますが、加入率も低く、保険が出ても限度額があり、査定も厳しいなどの問題があります。したがっていかに普及率を上げて、さらに本当の救済が得られるように改善するかがポイントになります。全労災などでは既にこれらの問題に対する対応に努力していますし、農協などでも地震保険が進んでいます。当然損保業界でも積極的に検討を加えて頂いているでしょう。いずれにしても地震によりこれだけの被害を受け、改めて国民の皆さんの間に災害に対する認識が徹底しましたので、国としても新しい地震保険制度の積極的な導入を考えなくてはなりません。



 >5.安全国家・安心社会を目指す宣言と
  「非常事態に対する日本の政治の責任を考える会」について

@安全国家・安心社会をめざす宣言
A「非常事態に対する日本の政治の責任を考える会」 について


@安全国家・安心社会をめざす宣言
 新進党の新災害基本政策プロジェクトチームの座長として私は次のような安全国家宣言をまとめ、「明日の内閣」「新進党政策審議会」「党役員会」の承認を得て、宣言を発表しました。
 西岡総合調整担当と私が記者会見でこのことを明らかにしました。
 さらに一月十九日新宿駅頭において海部党首、江田五月広報委員長を先頭に、私たち約十名の国会議員が勢揃いして安全国家・安心社会をめざす宣言をアピールしました。

安全国家宣言
 新進党は、日本の21世紀に向けて、経済大国、軍事大国をめざすのではなく、国民が自由で豊かな文化を育み安心して生き生きと生活のできる「安全国家・安心社会」をめざすべきであるという理念に立って行動します。
 テロや災害を予防し、生命・財産・健康等についての不安におびえることのない安全(安心)国家の再構築を目標とすることを提言します。
 終戦後50年目をむかえた今日、過去の教訓を生かし、世界各国と協調しつつ、平和な「安全国家・安心社会」をめざすため、私たちは国民と共に、その先頭に立って積極的に推進することを宣言します。

(1) 安全国家・安心社会推進のための国民運動の展開
 政治・経済・社会生活において、重大な事件が起きてからの対策ではなく、テロや犯罪、経済不安を予防するための安全の死角をなくすことが重要です。そのために必要な法律の整備、システムの整備、研究機関の整備を推進するとともに、自由で活発な国民の意見に耳を傾けながら、安全に対する理解を求め意識の啓発を図るため「安全国家・安心社会推進のための国民運動」を国民一般・産業界・学界・官界とともに積極的に展開します。

(2)予算編成にキーワード「安全」を
 国民の税金を国民の生命・財産・生活の安全を保障するため、予算編成にあたってはキーワード「安全」を加えて編成します。

(3)安全総合大学の創設
 来る二十一世紀に向けて、各分野で広範な角度から安全についての実践的研究、提言を行う「安全総合大学」「安全国家・安心社会フォーラム」の創設をめざします。

(4)安全対策ネットワークの構築を図る
 情報化社会において、安全対策におけるネットワークの整備充実を図り、あらゆる危機に対応できる、国民一般・産業界・学界・官界で構成する安全対策ネットワーク (安全対策国民会議)を構築します。

(5)消防力・警察力の充実増強を
 大災害や広範囲な犯罪に対し、消防力や警察力は手薄です。消防力についていえば、その充足率は六十%(消防組織法)にすぎません。
 消防力・警察力の整備を検討し、国民が安心して日常生活を営めるよう、その充実、増強を図るべきです。

(6)首都機能の移転推進
 東京一極集中により様々な問題が発生していますが、テロや震災の側面でも危機管理を著しく困難にしている現状です。東京を安全な都市とするためにも、緊急に首都機能の一部を移転することが極めて重要であり、すでに国会決議がなされていますが、さらに国民的合意を得て、積極的に首都機能の移転を推進すべきです。

(7)ボランティア活動の積極的推進
 大地震や火山爆発などの大災害後の復旧・復興において、ボランティア活動に頼るところは小さくありません。ボランティアの様々な問題点を検討しつつ、災害時のボランティア活動が活発に行われる環境づくりを積極的に推進します。

(8)危機に直面した際にリーダーシップを発揮できる首相を
 大地震発生などの国の危機事態に際しては、行政の長たる首相に国民の生命と財産を守る強いリーダーシップが求められる。政治改革、行政改革を一層推進し、国の緊急重要課題についてリーダーシップを発揮できる人材が首相となる政治的環境をつくります。



A「非常事態に対する日本の政治の責任を考える会」 について
 新進党所属国会議員の有志(162名)が相集い、国家の危機管理や続発する社会不安、金融システムの信用回復措置などについて積極的に発言し、行動を起こすことを目的にこの会が発足しました。まさに国家の非常事態とも言える重大時に、政党や政治家が物も言わなければ、行動も起こさない。そんなことが許されるかという思いが、若い国会議員の間に澎湃としておこり、期せずして同志が相集い次のような趣意書をまとめました。


非常事態に対する日本の政治の責任を考える会趣意書
 観測史上最大規模の大地震に対する危機管理体制の不備、国家転覆を狙う異常事件の続発による社会不安、我が国社会の崩壊につながる未曾有の円高、信用不安、産業の空洞化など経済危機が一体となって、国家の根幹が揺らいでいる。
 この現象に対して、我が国の政治は適切な対応をなし得ず、国民から厳しい不信感を持たれ、諸外国からも我が国の行方が懸念されている。
 この非常事態に、国会議員並びに政党は自己の利益のみにとらわれ、全く責任ある対応を為していないとの厳しい指弾を国民から受けている。
 私達は、まさしくこのような国家の危機的事態に、迅速かつ的確な意思決定と対応が為しうる政治システムの構築を目指し、政治改革の断行に取り組んできた。
 今、新進党の立党の精神に立ち返り、国民本位の政治を行うという政治改革の趣旨に沿う政党政治を再生するためにも、各々の利益を捨て、国家の緊急課題に対応することこそが、国民に対する国会議員としての責任であることを認識し、併せて、今後の日本の国家と政治の在り方を明確にし、安全で真に安定した活力ある日本を創ろうとするものである。
 当面、次の事項を緊急課題として実現に全力を尽くすべきである。

 1.サリンなど異常事件は、我が国の憲法体制に対する挑戦であり、我が国の法制度は市民社会に対する攻撃に対して極めて不備である。国民の生命、財産を守るため、特別立法を含め国会の総力を挙げ対策を樹立すべきである。

 2.大震災対策は、冷戦時代に制定された災害対策基本法を全面的に見直し、首相の指揮権確立、自衛隊の役割明確化など災害即応体制を整備すべきである。
 これら危機管理のための情報機能及び官邸を含む国家行政機関の有機的な機能を拡充するための体制を整備しなければならない。

 3.非常事態の日本経済を救うため、既に新進党が打ち出している景気回復をはじめとする「緊急経済対策」、「円急騰に関する当面の緊急措置」等を実現すること。
 次の事項について、第一次補正予算等で緊急に措置すべきである。

  (1)総額十兆円を超える財政出動
  (2)規制緩和五カ年計画の本年度内実施
  (3)金融の一層の緩和と金融システムの信用回復措置
  (4)証券市場の活性化等
  (5)土地税制の大幅緩和措置

 4.アジア政策の重視、取り分け我が国の安全保障にとって、北東アジア、特に朝鮮半島の安定は重要である。北朝鮮の核開発問題についてあらゆる懸念が完全に払拭されることを目標に、米国と韓国との協力を進  めなければならない。そのための対応策を検討する。

 5.食糧、エネルギー資源等の確保に関する来るべき地球規模的危機に対する、我が国の国際平和貢献策について早急に体制を整備すべきである。

 6.平和国家に向け、時代に即応した憲法についての論議を行う。また、心や人間味を伴った安定経済や安定社会の再構築に積極的に取り組む。

 「非常事態に対する日本の政治の責任を考える会」、略称「責任の会」は平成7年5月25日憲政記念館においてスタートしました。早速、有識者を招いての早朝、党本部における勉強会、講師にはすでに早坂茂三先生(政治評論家)、西沢潤一先生(東北大学総長)、森田実先生(政治評論家)、岸井成格(毎日新聞政治部長)らをお招きし、近くは小沢一郎先生(新進党幹事長)、綿谷孝二先生(東京芸大教授)さらに石川元慶応義塾大学長、芦田甚之助連合会長らにもご指導を頂きました。また国会議員の意見発表の場として「これでいいのか日本の政治」と言うタイトルで、憲政記念館講堂において通称「弁論大会」も聴衆の中から、「この次の開催はいつか」という問い合わせを頂戴するほど、盛況に運営させて頂いています。政治家は発言することと、行動し実践することが何よりも大切であります。改革をめざす私たちはたとえ地道であっても、信ずるところをたゆまなく前進を続けることであります。発足当初は私が世話人代表ということですが、これは名前を出させて頂いているだけで、多くの同志が真摯に改革の旗手たらんとして取り組んで下さっている姿に敬意を表するのみです。中選挙区制度法の復活に関する党内外の意見や活動や思惑に対して反省を求めるアピールも全国会議員に配布し、力強い賛同の意思表示を他党の方々からも頂いております。国家の危機管理、国の将来を憂える国会議員の同志が、意見を交わし力を合わせ政治家としての本来の使命に向かって前進することは意義のあることであり、また当然のことでもあります。


 >6.防災の心得
  @国民の自助・自立

 阪神・淡路大震災の後、立て続けに海外でもロシア・サハリンでの地震(死者約二千人)、ギリシャ西部の地震、人災とも言える韓国ソウルのデパート崩壊など、災害の発生と一刻を争う救助についての政府の対応について、考えさせられる機会が続きました。
 最近は特に敏感になっているからかもしれませんが、日本周辺でも地震が多い感じで、七月三十日には地球の裏側のチリでの地震による津波が、遠く日本の沿岸にまで再び押し寄せてきました。政府や地方自治体や企業等が、安全に対する確固とした責任とモラルを保持し、しつかりした体制を整備することが何よりも大切なことだと思います。
 また一方で、国民の一人一人の危機に対する心得の有無が、いざというときに大きな力になると思います。不断の心構えが重要となって来るのです。
 一番安全な筈の家庭の中で、大部分の人たちが一瞬のうちに命を失いました。大災害のときには、自らを守り、家族を助け、近所同士、町内会の人々が協力し合うことが、防災の原点となるのです。
これだけ近代化された経済大国といわれる我が国において、国民が、災害は突然襲ってくるもの、そして過ぎ去っていくものとしてあきらめるようなことがあってはならないのです。危機にも強い国民、勇敢な住民 ――日頃からの防災の教育、訓練を通じて、不断の地道な努力の積み重ねが重要になってくるような気がしてなりません。そのようなことを日頃から考えて行動しているような人たちが、阪神・淡路大震災でもずいぶん活躍したという実話を伺っています。
 国民が最初の三日間くらいは自らの命を守れるようなシェルターや備蓄、住宅の補強、通信網の確立などについて、新進党は立法化の準備を急いでいます。自主的な防災活動に対する金融や税制、さらに企業の地域社会への貢献の努力などによって、防災に対する理想的な環境整備を図ることが、何にもまして重要なことになっています。災害発生の後で、必ず国や県や市町村の対応が問われるのは当然ですし、責任の所在はいろいろあると思いますが、しかしことは日本人に関することですから、他人の責任を追及していく前に、自分が生き続け、生き残っていかなければならないということを思えば、それぞれの個人、家庭において、災害は人任せではなくて自分たちで対応するものだという認識が、まず最初に必要ではないかと思うのです。
 災害は原則として個人の責任で対処することが当然であり、そのことが重要ですが、今回の阪神大震災のように個人の力ではどうにもならないような場合、さらに国の責任を考えるとき、私は少なくとも防衛庁の防衛局長や、厚生省の保健医療局長、自治省の消防庁長官、運輸省の気象庁長官等が定期的に防災対策を協議することが当然だと思います。この当たり前のことが、過去一回もなされていないということは問題です。役所の縦割り行政に阻まれて、このような簡単でしかも極めて大事なことが行われていないという事実に、私は驚いています。阪神大震災は私たちに多くの教訓をもたらしましたが、行政改革、規制緩和についても、尊い人命の救助、災害復旧、復興の見地からも、国民の皆さんと共にこれらのテーマについて、今こそ真剣に見直してみる必要を痛感しています。
 一月十七日を新防災の日(仮称)と定め、国民総参加の防災訓練の実施を提言する所以のものであります。



 >6.防災の心得
  A耐震度のボトムアップ

 我が党が「5−UP作戦」でも指摘していますが、今日、文明の高度化、都市の巨大化が進み、また自然環境も大きく変わり、大災害の危険性が高くなってきています。今こそ、災害に強い都市づくりに向けて地道な対策ではありますがボトムアップを図らなくてはなりません。各省が既に取り組み、一部では実行もしているようですが、建築物の防災基準を見直して、安全性という観点から総点検をして、少々の地震ではビクともしない、大地震でも屋台骨だけは揺るがないような考え方で、耐震性の改善を急ぎ進めるべきです。避難拠点や指揮所となる学校、病院、福祉施設、庁舎等は建物の強さに余裕が必要です。新幹線、高速道路、ライフライン等、特に重要なインフラも震度7には耐え得ることが前提となることは当然です。
 建築基準法では、昭和五十六年以前に造られた建物は、新しい基準に適合していなくても法に反しないことになっています。神戸でつぶれた地域は、大半がこうした家屋です。これをこのまま放置しておくわけにはいかないと思います。家屋の危険度を診断する手立てを考え、耐震性を強化するための改良、改善に対して、なんらかの誘導策を政治としてもこの際大いに考える必要があります。



 >6.防災の心得
  B原子力発電所等の耐震の総点検について

 耐震性の問題に関して、災害対策特別委でも質問の際に申し上げましたが、地震発生以来、巷では原子力発電所の強度は大丈夫か、地震による原子力災害に備えるべきだ、大震災を踏まえての安全性のチェックが必要だという地方の声が強くなっています。耐震安全を主張する側は、原発は活断層を避けて立地しているから絶対安全だと言います。最大級の地震も想定して余裕も見せています。原子炉や周辺施設には地震感知の自動停止機能等が装備されているとも主張しています。しかしこういう大地震が現にあったわけであり、絶対に安全だという神話は、今度の大地震でもう通用しなくなっており、耐震等の情報も、機会があるごとにもっと知らせるべきだし、防災訓練もその必要なしというわけにはまいりません。通産省などは原子力発電所の安全性の確保のために、より慎重により謙虚に対処してほしいと思います。災害が起こってからこんなはずではなかったのにというようなことがないよう、心してもらいたいと思います。危ない、危をいと必要以上に騒ぐ人は別として、原子力施設だけが何か特別に安全であると安易に考えるような時代ではありません。
 若いころ私はドイツやフランスの原子力発電所を見学したことがあります。ドイツのフランクフルトから車で一時間くらい走ったところにある西ドイツ最大の電力会社「RWE」を見学したとき、ドイツの若い科学者パフナ一博士が安全性について説明をしてくれました。私が 「一〇〇%安全と言えるか」と尋ねると、「原子力発電でも何でも世の中のものに一〇〇%安全かと言われれば、私は科学者として、軽々しく『絶対に』とか、『一〇〇%だ』とかという言葉を使うわけにはいかない。しかし、予測されうる問題については、二重、三重の安全策を追求していることを一般の住民の方々に正しく理解していただけるよう努力している。
そうすることが私たちの責任である」と答えてくれました。今でもあの若いドイツ人科学者の姿を思い起こすことがあります。
 通産省資源エネルギー庁と科学技術庁では、これらの指針制定前のプラントを含め全国の運転中の原子力発電所や再処理工場の耐震性の総点検を行なっており、間もなく報告書がまとめられるようになっているようです。
 原子力安全委員会はすでに耐震指針の見直しの作業を行っており、九月中にも、報告書をまとめることになっています。
 現在運転中の商業用の原発四十九基のうちの二十八基は現行指針の制定前に設計されたものですが、政府や電力会社は想定される最大級の地震にも耐えることができる十分な強度を持っているかをこの際、念には念を入れて確かめることは極めて重要なことであり、原子力発電に従事する人々の当然の責務であります。
 原子力発電の安全性の神話をより確実なものにする努力は、このような大災害に遭遇した今日、あらためて原発の耐震性について総点検、再点検をすることの意義は大きい。
 近頃は、北信越の水害のような自然的な災害に加えて、あっちで爆発、こっちで毒ガス、飛行機のハイジャックというふうに、人間が介在した大災害が頻発しています。自然は人間にとって母なる懐ではありますが、一方で極めて非情な猛威をふるう場合もあり、我々はこの両面を受け入れながら自然と対処しなければなりません。しかし、人為的災害、人間が故意につくったものや、ミスや不注意によるものや、無知、無責任に起因するものなどは、自然災害とは違って、これを根絶し、防御する不断の努力を、私たちは、怠ってはならないのです。新しい防災計画では、「人為的災害」には言及、改定がなされておらず、これはこれからの課題となります。災害に特に責任のある省庁の幹部は、この点に既に気がついているはずであり、勇気をもって良心に従い、もうひと踏んばり頑張って全体を立派な形に仕上げてもらいたいと願っています。



 >6.防災の心得
  C官邸の機能

 歴代の総理大臣の秘書官に、あの 「なだしお」のとき、中華航空機のとき、また宮沢内閣の当時のあの北海道南西沖地震のとき、官邸の機能はどうであったかということについて、お互いに反省し、意見を述べ合おうということでいろいろと話を聞きました。官邸というのは、形はあのように立派な建物になっていますが、あの中には国民が期待するような災害に対応する機能は全くないのです。今までは留守番もおりませんでした。電話も夜は繋がらないという状態でしたが、この頃は電話番だけでなく、通信システムも出来上がっていると聞いています。
 これは村山内閣のときにどうだこうだというのではなく、これからも国家は永遠に存在するわけですから、そのための官邸の機能のあり方というものに関しては、例えば首都移転をする、国会移転をする、そんな議論があるときに、官邸をいじってどうするんですかという意見もありますが、五千人からの人が亡くなったような、こんな事態を目の前にしてそんなことを言っている場合ではありません。大災害を前にして憲法論議を繰り返しているようなものです。私はとりあえず早急に官邸の機能を整備することは、極めて重要だと思います。もし自衛隊の出動要請を全国の三千三百四の市町村長にも与えるということになると、電話でどんどんやってこられたときには対応が、できないではないかといって、早速、政府の一部には、今からそのことに対する予防線を張っている様子も見受けられますが、私は今のこの世の中で、マルチメディア、情報機能がこんなにも発達した時代に、そんなことぐらい技術的にできないわけがないと思います。私は既に何社か、具体的に専門の会社に、一体いくらくらいあれば実現可能か検討してもらっています。総理官邸や国土庁や防衛庁や県庁等に受信ボードを設置し、災害の起こった市町村長がボタンを押せば災害状況を告知してピーピーと鳴る。ここでも鳴るし、あそこでも鳴る。これはおかしいなということになると、いくらぼんやりした対応の指導者であっても、官邸でも、防衛庁でも、国土庁でもこれはおかしいということになる。こういうふうにしておけば、いくらなんでも、朝五時四十六分に起こった大災害に対して、自衛隊が夕方に出かけていくというようなことにはならないはずです。
 また私が直に身体に地震を感じたのは、新大阪の近くのホテルの十二階でした。私よりもっと災害地、発生地に近いところに自衛隊が駐屯しています。身体でも、もう五時四十六分には地震を感じているわけです。そして例えば防衛庁長官に対して、秘書官が朝六時にこのことを連絡しています。これは当然のことです。地震は五時四十六分に起こっているのですから。しかし、それでは六時にその知らせを受けたのに、防衛庁長官が防衛庁に着いたのは午前九時です。そして閣議が十時です。この十時の閣議は緊急ではなく前々から設定されていた定例の閣議です。私は閣議など総理大臣が独自の判断で開いたっていいと思っています。大きな地震や災害があれば、大臣は官邸に直ちに集結するという、そういう対応が必要だということを改めて痛感しました。
 確かに最近の官邸は二十四時間体制が確立していると宣伝していますが、去る七月十四日、参議院選挙の最中のことですが、「北信越地方の大水害で、床上浸水や家屋が次々に流されている。なんとか助けてもらいたい」という地元の村井仁代議士からの電話が新進党本部に寄せられました。新進党では直ちに対策本部を設置し、政府に対し、緊急対策の申し入れをすることになり、官邸に連絡を取りました。総理も官房長官も選挙応援で留守だということは分かっていましたが、当然、誰か代わるべきものが留守を守ってくれているものと思い込んでいました。阪神・淡路大震災の発生
以来、あれほど官邸の危機管理能力が問われているときに、七月十四日午後七時、官邸に私と泉信也参議院議員が尋ねましたが、対応できるものは誰もいませんでした。申入書を受け取っていいかどうかも判断できかねるという職員が一人いるだけで、こんなことでは、今夜もし大きな地震でもあればまた大変なことになるなと思い、官邸を後にし、さらに、私たちは、建設省と国土庁に向かいました。官邸の二十四時間体制は、あれは見せかけだけのものかと、あらためて国民を守る立場からあえて苦言を呈しておきたいと思います。
 新進党ではその翌日、羽田副党首が、選挙遊説のスケジュールを変更して、党代表として現地入りされました。


 >6.防災の心得
  Dいなむらの火

 おそらく年輩の方々は、尋常小学校時代の教科書を思い出されるかもしれません。これは私たち和歌山県の広川町というところで、安政元年(一八五四年)大きな津波が発生した時の話です。そこに五兵衛という庄屋の主人がおりました。ある日、五兵衛が山の上の田んぼのお米を収穫していたとき、沖のほうに津波を発見しました。そこで五兵衛は山の上の自分の田んぼに火をつけました。その火を見て、これはただごとではないということで村人たち、みんなが山にかけつけて火を消そうとする。これは凄い、これは大変だということで山寺の鐘を打つ。そして間もなく、村のみんなが山の上の広場に集まった頃に津波が押し寄せ、堤防は崩壊し、家も屋敷も跡形もなく流されてしまう。しかし村の人はみんな上に上がっていたので助かった、という話です。
 これは昭和十二年から十年間、小学校五年生の教科書、尋常科の小学校の教科書に書かれていました。後にこの人は初代和歌山県議会議長にもなるわけですが、今でも地震、津波の神様だと仰がれています。
 私はやはり、どんな法律やマニュアルやシステムを作り、近代的な防災通信の機能を備えても、指導者に国民を守るという責任感、国民に対する深い愛情、そうしたものがあってこそ初めてこのような献身的な行動にでられるのであって、今の時代と違って、あの頃の米というのは今よりはるかに価値が高く、それに火をつけるというのはとても普通の感覚ではできないことです。しかしこの人は、自ら村の長という立場にいる自覚と責任感によってそういう行動をとることができました。私はこの教科書を読んで改めてリーダーとなる人の資質を考えていかなくてはならないと思います。東北大学の西澤潤一総長は、今年三月の東北大学の卒業式に際し、三千名の学生の前で次のような告辞を述べられました。去る六月一日の衆議院災害特別委でも引用させていただきましたが、西沢学長は卒業生達を前にして、「阪神大震災のように、何を為すべきか咄嵯に判断、実行しなければならないことが世の中では起こるが、平素どこまで考えていたかによって、対応できる人と対応できない人が出てくる。試練を糧として大を成すよう期待します」とはなむけの言葉を贈られました。私たちもこの 「咄嵯の判断」ができるよう、あらゆる事態を想定し、日常から考えて行動しなければならないという教訓を、改めて噛み締めなくてはなりません。



第2部 第132回国会質疑録
 >衆議院会議録(平成7年1月20日)

132回-衆-本会議-01号 1995/01/20

○二階俊博君 私は、去る一月十七日未明、兵庫県南部を襲った地震による大災害について、新進党を代表して、総理及び関係閣僚に質問をいたします。
 質問に入る前に、このたびの地震災害により、まことに残念なことでありますが、とうとい生命を失われた四千名を超える皆様のみたまに謹んで哀悼の意を表するとともに、被災者の皆様に対し、心からのお見舞いと深く御同情を申し上げるものであります。
 今回の地震は、ある意味では関東大震災を超える規模の大災害となりました。これが対策に、政府も、兵庫県及び神戸市を初め各地方公共団体、ざらに民間の皆様も大いに努力をしているところであり、私たち新進党としましても、災害復旧に対し、直ちに海部党首を本部長とする兵庫県南部地震対策本部を十七日の九時三十分に設置するとともに、海部本部長を中心に直ちに調査団を派遣し、明日の内閣において国土・交通政策を担当する私自身も二度にわたって現地を踏査してまいりました。この際、私たち新進党としては全力を挙げて政府に協力し、一刻も早く事態の解決に、復興に力を合わせて取り組むべきだと考えております。(拍手)
 最初にお尋ねしますが、国家の最高責任者である村山総理は、十七日の午前五時四十六分ごろ兵庫県南部で発生した震災をいつごろ、どこで、だれから報告を受けられ、どのような対策を指示されたのかをお伺いいたします。なお、災害発生当日の総理御自身の御日程についても明らかにしていただきたいのであります。
 この際、この最初の総理への報告内容がいかなるものであったのかが重大な問題であります。当初これほど大きな災害に及ぶという認識に欠けていたのではないかとの疑問を抱くものでありますが、このように前代未聞の大災害に対し総理みずからが先頭に立つということで、今からでも非常災害対策本部を直ちに緊急災害対策本部に格上げし、みずからが総理として全責任を担い、今日までの災害対策のおくれを早急に回復すべきであります。
 昨日、総理は現地をごらんになり、緊急対策本部と、極めて紛らわしい名称の本部を設置されたようでありますが、私たちや現地の被災者の皆さんの要望は、災害対策基本法百五条に基づいた各種の強制的な規制などの総理の権限を広く認める、しかも効力のある緊急災害対策本部の設置を強く望むものであります。
 この設置に必要な災害緊急事態とは、「国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚な」非常災害とありますが、現に四千名以上の死者を出し、災害復旧への道筋もいまだ全く明らかでないこの大惨事に対する認識や対応において、今また誤りを繰り返してはならないのであります。この際は、官僚の判断だけではなく、総理としての政治判断、政治決断を強く要求するとともに、対策が後手後手にならないよう首相の指導力が問われているということをぜひ御認識をいただきたいのであります。(拍手)総理の現地に赴かれた御感想と決意のほどを改めて伺いたいのであります。
 災害発生時の事態の掌握のおくれが自衛隊の出動に大きな影響を及ぼしていると考えますが、県からの要請があろうがなかろうが、国土と国民の安全を守る崇高な任務を持つ自衛隊の出動について、タイミングや規模等について判断に重大な誤りがなかったのか、大いに反省の必要があります。
 と申し上げるのは、生き埋めの人が二百名ばかりおるので直ちに自衛隊の出動をという新進党の国会議員の要請に対し、地震当日の朝、大阪で実際の地震を体験した私自身は、明日の内閣の西岡武夫総合調整担当にお願いをして、防衛庁幹部に、事の重大性、当時の情報として二百名を超える生き埋めの生存者のことを伝えていただきました。しかし、残念ながら、この段階においては防衛庁幹部はこの事態を承知していなかったという重大な事実があるからであります。
 自衛隊の最高指揮官としての村山総理は、救援の初動活動において、人命救助最優先の立場からもう少し積極的なしかも迅速な指揮がとれなかったのか、悔やまれてならないのであります。(拍手)政治責任もあわせて、この際、総理の御見解を伺いたいのであります。
 高秀横浜市長は、「国から各自治体への指示は一切なく、神戸市から直接要請を受けた。被害の拡大は、国の指揮機能がないところに原因がある。自衛隊派遣も遅く、行方不明や大災害が放置されるなど、中央政府としては絶望的な対応、憤りさえ感じる」と、大都市の首長の立場から政府の危機管理体制の不備を指摘しておられますが、国民のだれもが同じ思いであります。村山総理はこれらの声をどのように受けとめ、みずからの責任の重大さをいかに感じておられるか、重ねてお尋ねをいたします。
 私は、新進党の調査団に参加し、被害地の状況をつぶさに調査し、さらに、貝原兵庫県知事や笹山神戸市長にもお目にかかりましたが、今私どもがなすべき最も重要なことは、行方不明の方々の早期救出であり、また、救出者の治療のための医師及び看護婦等の整備であります。なお今日現在避難をしておられる二十七万人を超える人々の日常の生活を守ることであり、それは水であり食事であり、この寒さをしのぐための毛布等の充足を急ぐことであります。
 やがて、悲しいことでありますが、不幸にして犠牲となられた多数の方々の葬儀についても、極めて深刻な問題であります。手厚い配慮が望まれるのであります。
 次に重要なことは、被災者の方々に対する一日も早いプライバシーの回復のための応急仮設住宅の確保であります。政府関係者はこのことに全力を尽くしていただいておりますが、なお一層の努力を切望するものであります。
 また、現在住宅ローンの支払いの最中に家屋が倒壊した人たちが崩れ落ちた家の前に茫然と立ち尽くしている姿を思うとき、これらの人々が新たな住居を求めるに際し、国は被災者の立場に立っての適切な対応をなすべきであります。ローンの支払い減免、支払い延期を含め、住宅再建に積極的に力をかすべきであります。
 応急仮設住宅が全国のプレハブ業者を総動員してでき上がるまでの間、周辺府県の民間住宅はもとより、客船の借り上げ等も含め、さらに応急、緊急の対応を求めるものであります。
 「人にやさしい内閣」が単なる看板であったのか。真に日本国民の琴線に触れるような温かい配慮を国を挙げて今求めているのであります。生活道路、一般道路及び高速道路の早期復旧や、住宅、道路等の耐震性についての専門家による再検討をも含め、建設大臣の見解を伺うものであります。
 次に、神戸港の機能回復についてでありますが、世界貿易の重要な拠点である神戸港の復旧は我が国の国際的信用にもかかわることであり、市民生活にも多大の影響を与えることになります。緊急な復旧が重要であります。また、新幹線を初め、私鉄を含む鉄道機能の回復は急務であります。総理としてこれらに対してどのような決意を持って取り組まれるのか、御方針をお伺いしたいのであります。
 次に、都市直下型地震の特殊性と激甚性にかんがみ、現行制度で可能な限り対策を講ずることは極めて当然のことであります。しかし、新進党としては、既存の法制度の枠内で対処が困難なもの、現行制度に加えさらに手厚い対策を緊急に必要とするものについて、特別な立法も行うべしと考えております。政府としていかに対処しようとしておられるのか、国土庁長官の御見解を伺いたいのであります。
 なお、被害総額が、民間経済研究所等で四兆円ないし八兆円と言われていますが、政府はどのように認識しておられるのか、あわせて御答弁をお願いしたいのであります。
 先ほどの御報告にもございましたが、地震予知についても万全の体制が必要であります。担当大臣としての決意のほどを重ねてお尋ね申し上げたいのであります。
 次に、総理にお伺いをいたします。
 今回の地震で、通信機能の麻痺について多くの国民の皆さんがかなりいらいらしており、通信によって安否が確かめさえできれば、直ちにあの混雑の道路に車を乗り入れる必要もない人もおられます。通信機能を初め、ガス、水道、電気等のライフラインの回復に全力を注ぐべきであります。
 なお、救護物資の輸送や救急車に加え、一般の車が重なって、伊丹空港から神戸市までの間がほとんど身動きができなくなっていた実情から判断して、車の乗り入れの制限等が早い時期になされるべきであるという声がしきりであります。これについても、当然早い段階に指導がなされるべきであります。
 消防自動車等が全国各地から応援に駆けつけていただいており、必死の消火作業が続いておりますが、火事がなかなか消えない、消せない。このことは私自身も、何とかならないのか、いら立ちを覚えたものであります。極端に申し上げますと、火事が鎮火したのではなく、まさに燃え尽きて焼け野原と化してしまっているのであります。総理もヘリコプターの上から昨日もこのことはごらんになったはずであります。かつて我が国にはどこの町にもどこの家にも防火用水なるものがありましたが、水道に頼り切っている消火体制も今真剣に見直す必要があるのではありませんか。
 また、神戸市長が、市独自でやれる対策もある、ぜひこの際特別交付税で国の財政上の支援を要請したいとのことであります。当然のことであり、特別の配慮を強く望むものであります。総理の答弁を求めます。
 激甚災害の指定についてもどのように考えておられるのか、御方針を伺いたいのであります。
 以上のような対策を講じていく上で、財源の問題が重要でありますが、補正予算の早期提出と年度内成立に向けて一層の努力を願いたいのでありますが、大蔵大臣の方針を伺いたいと思っております。
 歴史に学ぶということは常に大切でありますが、昨年一月十七日のアメリカ・ロサンゼルスの地震災害、昨年の三陸はるか沖地震等の教訓は、ここではほとんど生かされていないのではないかという危惧を抱くものであります。
 三陸はるか沖地震の際も、新進党は十二月二十九日直ちに対策本部を設置し、命を受けて私は八戸市に向かい、翌日三十日に第二回対策会議を開き、七項目にわたる要望を政府に申し入れました。総理、このことを御存じですか。御用納めの終わった後でもありますから、官邸にも主な富片にも幹部の姿はほとんど見当たりませんでした。それでも、国家の危機管理についておろそかにしてはならないということを私たちは政府に申し入れました。
 もちろん、総理も官房長官も国土庁長官も御不在の際に、三陸はるか沖の地震災害が発生いたしました。一月九日ごろになって、ようやく各省担当者も出そろってまいりましたので、明日の内閣において、十七省庁の担当者を前に、再度、国家の危機管理のあり方について法的措置を含め検討の必要がありということの警告を発したわけであります。それから十日もたたないうちに再び大災害に見舞われ、自衛隊の出動についても今議論を呼んでいるところであります。
 我が党としては、この際、国家の危機管理対策や、今回の災害の早期復旧に関する国会決議を提案させていただきますが、各党党首も壇上におそろいでありますが、特に議員各位の御協力をお願い申し上げます。(拍手)
 平和な日本、経済大国日本は、このような巨大地震災害の前に、都市基盤を含め、残念ながらいかに脆弱なものであるかを露呈いたしました。国家の危機管理についてもほとんど無防備の状態であり、責任者不在のような姿は大いに反省するとともに、復興に全力を尽くすと同時に、政府は日本経済の世界に及ぼす影響等にも配慮しながら対策を講じられるよう強く要請し、私の質問を終わります。(拍手)

    〔内閣総理大臣村山富市君登壇〕

○内閣総理大臣(村山富市君) まず、未曾有の惨事となりましたこのたびの兵庫県南部地震による災害に対して、亡くなられた方々や遺族の方々に謹んで心から哀悼の意を表したいと思いまするし、同時にまた、被災をされて今なお避難生活を余儀なくされておりまする多くの方々に対して、心からのお見舞いを申し上げたいと思います。
 第一の質問は、今回の地震災害に関しまして、何時何分にだれから連絡を受け、対策についてどのような指示を行ったのかという御質問でありますが、私は、この地震災害の発生直後の午前六時過ぎのテレビでまず第一に知りました。直ちに秘書官に連絡をいたしまして国土庁等からの情報収集を命じながら、午前七時三十分ごろには第一回目の報告がございまして、甚大な被害に大きく発展をする可能性があるということを承りました。
 この報告を受けまして、さらにその被害状況の的確な把握をして連絡をしてほしいということを要請するとともに、何よりも人命救助を最優先に取り組んでくれ、同時に、火災も起こっておりますから、消火に全力を尽くせということも指示をいたしたところでございます。午前十時からの閣議におきまして非常災害対策本部を設置いたしまして、政府調査団の派遣を決めるなど、万全の対応をとってきたつもりでございます。
 さらに、緊急災害対策本部を設置すべきではないかという質問でありますが、今回の地震災害に対しましては、政府としていち早く非常災害対策本部を設置いたしまして対策に万全を期してきたつもりでありますが、緊急に政府として一体的かつ総合的な対策を講ずるために、昨日、私も、お話がございましたように現地に参りまして、つぶさに現状の把握をし、同時に、被災者の方々からもいろいろな要望を聞いてまいりましたが、私を本部長とする兵庫県南部地震緊急対策本部を設置したところでございます。
 なお、災害対策基本法に基づく緊急災害対策本部の設置につきましては、今後の事態に対応できるように、緊急に判断をしながら措置をしてまいりたいというふうに考えておるところでございます。
 次に、政府の危機管理体制についての御質問でありますが、災害発生時におきましては、関係機関に対する迅速かつ的確な指示が実施できるよう政府の防災体制をとっているところでございまして、自衛隊等の対応につきましても、発生後直ち
に伊丹で第三六普通科連隊が災害派遣を実施してきたところでございます。
 また、災害対策を円滑に実施するため、地方公共団体に対しましても必要な指示や要請を行ってきたところでございます。
 しかし、今から振り返って考えてみますると、何分初めての経験でもございますし、早朝の出来事でもございますから、幾多の混乱があったと思われまするけれども、いずれにいたしましても、防災上の危機管理体制の充実は極めて重要な課題であると認識をしておりまして、今回の経験にかんがみながら、今後見直すべき点は見直すこととして、危機管理体制の強化に努力をしてまいりたいと考えているところでございます。
 次に、神戸港の復旧についてのお尋ねでありますが、御指摘のとおり、神戸港は我が国の国際海上コンテナ貨物の三割を取り扱う国際貿易の重要拠点でございます。また、被災者への救援物資の海上からの運搬の拠点として極めて重要な役割を果たすべきものでございます。したがって、その一日も早い機能回復を期さなければならないのは当然でございます。
 当面は使用可能な桟橋をフルに稼働させるべく、地元自治体と協力をしながら全力を挙げておりますが、被災している施設は、公共埠頭、コンテナ埠頭、フェリー埠頭等、多岐にわたっております。これらの施設の重要性にかんがみまして、政府としても復旧のための抜本的な対策に全力を挙げて取り組んでいることを申し上げておきたいと思います。
 次に、危機管理体制の法的整備を早急に行うべきではないかとの御質問でありますが、災害発生等による緊急事態が発生した場合には、政府は一体となってこれに対処することといたしております。このため、関係機関に対し迅速かつ的確な指示が行えるよう、関係機関から私に所要の報告が行われることとなっております。その上で、関係法規に基づく措置を講じ、必要に応じて対策本部を設置するなど、危機回避のための対処をしてまいりました。
 激甚災害の指定につきましては、本日の閣議で決定を見たところでございます。
 具体的に指摘されておりまする事例等につきましては、緊急時の被災地との通信確保のための回線増設、通信衛星の活用、自衛隊法、災害対策基本法、道路交通法や電気通信事業法等の適切な運用などによって対処をしてまいりたいと考えておりますが、もとより危機の態様は多種多様でございまするし、今後は、現行の制度の対応が十分かどうか常に念頭に置きながら対応し、今回の経験にかんがみながら、見直すべき点は見直しながら危機管理体制に万全を期してまいりたいと考えているところでございます。
 次に、生活の立ち直りのための災害救援基金の法制化についての御質問でありますが、現在、被災者に対する生活の立ち直りのため、各種災害関係融資措置の実施や生活関連施設の復旧など、現行制度を最大限に活用して対処しているところでございますが、未曾有の大規模な災害となったことから、現行の制度での対応が十分かどうか常に念頭に置きつつ、適切に対処してまいりたいと考えております。
 以下の質問につきましては、関係大臣から答弁をさせます。(拍手)

    〔国務大臣小澤潔君登壇〕

○国務大臣(小澤潔君) お答えを申し上げます。
 質問は二点ございました。
 既存法制度の枠内では対処困難なもの、現行制度に加えさらに手厚い対策を要するものについては特別な立法を行うべきとの御質問が第一点であります。
 政府は一丸となって、災害対策基本法に基づきまして対策に万全を尽くしているところでありますが、兵庫県南部地震による被害の甚大性にかんがみ、施策によっては以前の制度や枠組みにとらわれない弾力的な対応が必要になる場合もあると考えております。
 また、第二点目におきましては、地震予知体制の確立についてでございます。
 地震予知については、東海地震を除いて、現状では大変難しい状況にあります。しかしながら、地震災害の防止、軽減を図る上で、地震予知の推進は重要な課題の一つであると認識しており、関係機関が連携し、地震観測体制の整備、地震予知の実用化のための観測研究を推進いたしておるところであります。今般め兵庫県南部地震を初め、最近我が国において大規模地震災害が発生していることにかんがみ、国土庁といたしましても、関係省庁と連携をとりつつ、観測・監視体制の充実について検討を進めてまいる所存であります。(拍手)

    〔国務大臣野坂浩賢君登壇〕

○国務大臣(野坂浩賢君) 二階議員にお答えをいたします。
 今総理がお答えいたしましたように、今回の大地震、大災害につきまして、お亡くなりになった方々に対して心から弔意をあらわし、そして、多くの被災者の皆さん方が整然として、パニックも起きるような状況でございますのに、自重自戒をしながら整々と活動されておることについて心から敬意を払い、感謝を申し上げておる次第でございます。
 多くの被災者の皆さんが避難所等で不便な生活を強いられており、応急住宅の迅速な確保が必要であるという御指摘、まさにそのとおりだと考えております。
 このために、私どもは、応急仮設住宅については、兵庫県知事ともあるいは神戸市長とも十分な連絡をとりまして、当面五千戸を供給するというお話し合いになりましたので、建設省としても、十七日に業界の幹部の諸君を全員集めてこの対応をしておりましたので、きょうから直ちにこの支援活動に入り、仮設住宅を建設する、こういう体制にいたしております。その場所等につきましては、それぞれ資料をいただいておりますが、公団の土地もございますのでそれらの提供を申し出ておるところでございます。したがいまして、迅速な建設を促進することができる、こういうふうに考えておるところでございます。
 さらに、既存の公営住宅あるいは公団住宅の空き家の活用をしなきゃならぬ。隣県の皆さん方にも十分に調査をいたしまして、五千百戸を今確保しておるところでございまして、既に昨日から一部は公団住宅あるいは公営住宅に入居されつつあるということも御報告を申し上げておきたいと思うのであります。
 今後とも被災者に対する応急住宅の確保を積極的に推進してまいりたい、このように考えております。
 次に、付言して、道路の交通の問題についてお尋ねがございました。
 我々としては、御指摘がありましたように極めて限定されておりますので、緊急輸送を確保するための道路の応急復旧については、地震発生直後、高速自動車国道、阪神高速道路、直轄国道で二十七路線三十六区間あった交通どめの区間のうち、現在までに十九路線二十五区間の交通確保を図ったところであります。残りの八路線十一区間については、引き続き現在復旧作業に邁進しておるところでございます。
 特に、概括的に申し上げてもなかなかわかりにくいと思いますので、緊急輸送ルートを確保しておるところの内容については、名神高速の京都南から吹田、あるいは近畿自動車道の吹田から東大阪、阪神高速道路の東大阪線、神戸線大阪府域でございます。西側につきましては、山陽自動車道の備前から姫路東、国道二号線。北側からは舞鶴自動車道の福知山―吉川線、中国自動車道は津山から三田、こういう緊急輸送ルートを応急復旧いたしましたので、これらについての対策を今具体的に進めておるところでございます。
 なお、救援物資その他につきましては、全国各地から救援物資が続々と参っておりますので、今回一カ月間はこの公共料金はいただかない、こういうことに決定をいたしたところでございます。したがいまして、引き続き御指摘のように十分な対応ができますように、建設省としては全精力を傾注して皆さん方の御期待に沿う決意でございますので、御答弁といたします。(拍手)

    〔国務大臣武村正義君登壇〕

○国務大臣(武村正義君) 今回の地震対策につきましては、関係省庁において既に次々と緊急対策を講じていただいておりますが、財政当局としましても、これらの措置に支障がないよう、補正予算を含め必要な財政措置を総動員して最善を尽くしてまいります。
 財政投融資につきましても、各公共団体等の要望を受けて、地方債の引き受けを初め適切に対処をしてまいります。(拍手)


第2部 第132回国会質疑録
 >衆議院会議録(平成7年2月27日)

132回-衆-本会議-07号 1995/02/17

○二階俊博君 ただいま議題となりました阪神・淡路大震災復興の基本方針及び組織に関する法律案について、新進党を代表して、総理及び関係閣僚に対し、若干の質問をいたします。
 このたび阪神・淡路地方を襲った大震災に対し、政府は初動のおくれをしばしば各方面から指摘をされ、総理もこのことを認め、大いに反省の上に立って災害復旧に努力の結果、ようやくただいま御提案の法律に基づき、総理府に阪神・淡路復興対策本部を設置し、みずから本部長として復興対策に取り組む姿勢を示されたことは、一応の評価をするものであります。
 しかし、これは結局は、総理が本部長、地震担当大臣が副本部長、その他の閣僚が本部員ということでありますが、今行われている、総理、あなたが本部長の緊急対策本部とどこが違うのか。これで本部が三つできたわけでありますが、今後どの程度のことが新たな本部に期待されるのか、御答弁をお願いいたします。
 当初から、緊急災害対策本部の設置については、私たち新進党の再三の要請や、地元、兵庫県知事等の要望にかかわらず、頑としてこれを拒み続け、法的な権限も持ち合わせていない閣僚会議のようなものをつくって、災害対策基本法百五条に基づく緊急災害対策本部を設置しなくても万全の対策を講ずることができると言い続け、結局は対策は後手後手に回り、災害復旧に不眠不休の努力を続ける地元関係者をして、このような未曾有の大震災にもかかわらず、やはり官僚たちの壁は厚いと長嘆息している現地の幹部の姿を私は再々見ておるのであります。兵庫県選出の我が党国会議員の声も切実であります。
 総理、伺いますが、非常災害対策本部、各省の担当課長さんの集まりのようなものですが、次に緊急対策本部を設置されて一時はしのいでみましたが、これには、さきに申し上げましたとおり法的根拠がなく、地元の被災者の要望や復旧作業が事実上迅速に進まないということにようやくお気づきになって、この法案を提出に至ったものと言わざるを得ないのであります。
 今、国民の皆さんの間では、災害復旧に関しての政治休戦のときではなく、首相の政治責任を明確に追及すべきときに来ておるという声がちまたでささやかれています。政治不信の声すら上がっているのであります。
 私は、去る一月二十日の緊急質問の際、「自衛隊の最高指揮官としての村山総理は、救援の初動活動において、人命救助最優先の立場からもう少し積極的なしかも迅速な指揮がとれなかったのか、悔やまれてならない」「政治責任もあわせて、この際、総理の御見解を伺いたい」と申し上げました。これについて、総理、あなたは何もお答えになりませんでした。当初、多少混乱しておられる時期でもあり、あえて私はそれ以上のことは何も申し上げませんでした。予算委員会の集中審議の際もしかりであります。
 ところが、一昨々日の本会議において、総理は、同僚山崎広太郎議員の質問に答えて、わざわざ一月二十日の私の緊急質問を引用され、私には「今から振り返って考えてみますると、何分初めての経験でもございますし、早朝の出来事でもございますからこと述べておられるのであります。
明らかに、主語は抜けていますものの、前後のことから判断して、総理御自身の率直な御感想であったのだろうと私は思っておりました。一昨々日急に、山崎議員の質問に対して、総理は「本会議で、初めての経験であり早朝のことで若干の混乱があったと申し上げましたのは、被災地のその当時の状況を申し上げたものでございます。」と答弁されております。これは明らかに言いわけに過ぎるではありませんか。
 総理、緊急災害対策本部の設置についても、再三言を左右にされた上、衆議院本会議において、設置に対し、「今後の事態に対応できるように、緊急に判断をしながら措置をしてまいりたい」と前向きとも受け取れるような御答弁をいたしながら、参議院では一転して、「あえてこのような措置をとる必要はない」と答えております。これでは、いつ答弁が変わるかわかりません。
 多くのとうとい生命を犠牲にしたこのような大災害は、およそこの時期に国会議員である者は、まさに命がけでこの対策に取り組むべきことは当然のことであります。もはや「災害復旧に全力を尽くします」を繰り返しておるだけでは許されないのであります。この際、総理の政治的責任について、今度は明確にお答えいただきたいと思います。(拍手)
 あの悪夢のような大震災発生以来、ちょうど一カ月が経過いたしました。きょう現在、死者五千三百七十八名、家屋の倒壊十五万五千戸、避難所で御不自由な生活を余儀なくされている人たちが二十一万三千四百人おられるということであります。この事態は、どう考えても異常なことであります。
 その上、国が災害救助法に基づいて支給する食事代は二食で八百五十円が限度であります。せめて三食の食事だけは何とかしてほしいという声が私どもに届いております。けさ、どれだけ多くの方々が食事をされたか。つまり、食事が十分に行き渡っているかどうか。県からの要請ではなく、足りないわけですから国が配慮すべきことであります。こんなことは、英断でも決断でも何でもありません。被災者の方々の立場に立って、直ちに行動を起こしていただきたい。
 ちょうど一カ月ですから、何もかも総点検のときであります。
 現地の皆さんは、食事の次は住居であります。その必要数と現在の達成度及び計画進行の状況と今後の御方針を伺います。
 次に、職業安定のための配慮が必要であります。
 復旧の第一歩は、瓦れきの処理であります。これらが進行状況と今後の計画についてお尋ねをいたします。
 電気、ガス、上下水道のライフライン回復が急務であります。地方自治体間の救護協力の活動状況は今どのように把握されておりますか、あわせてお答えを願います。
 次に、法案にもありますように、復興についての基本理念についてでありますが、総理御自身の基本的な考え方、哲学を明らかにされたいのであります。再びあのような惨事を招くことのないように、このたびの大震災を歴史の教訓としなければなりません。単に原形復旧にとどめることなく、耐震構造、防火対策をも念頭に置いての復旧でなければなりません。総理御自身の言葉で、国民の皆さんの胸に響くような御決意を語っていただきたいのであります。
 法案には「復興を迅速に推進する」とあります。新幹線の再開は、神戸復興のシンボルとして重要であります。私鉄を含め鉄道、さらに港湾について、さきの国会決議等もあり、総理もたびたび御答弁をされておられますが、神戸の港湾機能の回復はいつの時期か目標を定め、国の総力を傾けて努力すべきであると考えておりますが、運輸大臣の御見解を伺いたいのであります。
 法案は、当然復興作業を急がせるわけですが、その際、積極的に何をなすべきか。また、「阪神・淡路地域」とありますが、京都は入るのか、その区域も明らかにしていただきたいのであります。
 法案の内容は、対策本部設置法であり、具体的施策は他の法令にゆだねられることになっておりますが、今後どのような法律を提案しようとしておられるのか、承っておきたいのであります。
 神戸市のフリー・トレード・ゾーンにつきまして、通産大臣にお尋ねをいたします。
 かねてより神戸市の計画に対して通産省が既に支援をされているようでありますが、御承知のとおり大蔵省との関連もあります。この際、災害復旧に関する、中小企業はもとより大企業に対しても手厚い配慮が望まれておりますが、この点もあわせ通産大臣の御見解をお願いしたいのであります。
 次に、被害総額でありますが、これが出てこないと財源問題も検討のしょうがないと言われております。兵庫県知事は、去る一月二十二日、記者会見の後に、総額十兆円ぐらいと言われました。あれから二十五日ほど経過して、国は九兆六千億円という被害の総額をようやく昨日になって明らかにされたのであります。補正予算、組み替え動議等の動きを警戒して、政府が公表を抑えていたのではないかといううわさを呼んでおります。兵庫県は大県とはいえ、地方の知事よりおくれること二十五日、地震担当大臣、これをどう考えておられるか、御答弁をいただきたいと思います。
 次に、「活力ある関西圏の再生を実現する」となっております。かつて、関東大震災の際の後藤新平は、大震災の前、東京市長時代に、既に東京改造計画を温めており、震災後、彼は内務大臣として直ちに復興の基本方針を明らかにして、今日の東京発展の基礎を築き上げたと申し上げても過言ではありません。幸いなことに、兵庫県にも神戸市にもそれぞれ後藤新平がおりました。兵庫県にはひょうごフェニックス計画、神戸市には神戸復興計画が、地元住民の合意を求めながら準備がなされております。これうの計画を、計画の初期の段階から国が積極的に支援するという果敢な対応が必要であります。総理はこのことをいかにお考えでありますか、お答えを願いたいと思います。
 次に、関西圏再生のために、財団法人関西生産性本部、社団法人関西経済同友会による阪神大震災復興会議により緊急アピールがなされていますが、総理もこのことは承知しておられるはずであります。三百名を超える被災自治体の代表や国の行政機関、関西経済界を代表する有力メンバーがお集まりになっての提言であります。国がなすべきライフライン及び交通インフラの確保、企業としての協力のあり方等が述べられており、今、関西の経済人の間では関西のグランドデザインが描かれようとしております。政府はこれらと一体となって災害に強い新しい都市づくりに取り組むべきと考えておりますが、総理の御見解を伺いたいのであります。
 幸いなことに、本年十一月、APEC大阪会議が開催されます。このことは、アジア・太平洋に新しい時代を切り開くためにも、世界に向かって関西復興のプログラムを示すチャンスでもあります。
 復興法案はこのことも当然念頭に置くべきであります。それには、関西国際空港の全体構想を第七次空港整備五カ年計画に組み入れる等、さらに、神戸空港についてもさきの予算委員会で運輸大臣から積極的な御答弁をいただいておりますが、このような被災地の皆さんが夢と希望の持てる計画もこの際思い切って推進する等が重要であります。口先や単なる言葉だけでは、復興には何の役にも立ちません。今必要なことは、世界に向かって復興の道筋を明らかにすることであります。総理の御所見を伺いたいのであります。
 私は、この法律は各省との間や地方自治体との間の総合調整を考えておられるものと存じておりますが、JR西日本を初め私鉄及びライフライン
を受け持つ各企業等は、復興の重要な部分を担いながらも基本理念の中では明確ではありません。この際は、政府、県、市、可及び民間がそれぞれ何をなすべきか、この法律に基づき、国民的な合意を求め、きちっとした役割分担が重要であります。
 復興を急ぐためには財政的には何をなすのか、財源をどうするのかも明らかでありません。復興本部にはもっと強大な権限を付与して、はっきり国民の皆さんにも、県や市や淡路島の皆さんにも、これからの復旧の姿が見える形のものでなければなりません。単に屋上屋を重ねただけでは地元の被災者の皆さんは安心できないのであります。総理として、本部長として、以上のことに対する御見解を承りたいのであります。
 本法案は、当初私どもに提示されたときの名称は、たしか阪神・淡路大震災復興法案でありました。昨日夕刻に至り、内容は変わってはおりませんが名称が変わりましたと政府から説明がありました。法案の名称がくるくる変わるというのでは、これはいかにも泥縄式と言わざるを得ません。災害発生当初の混乱とショックから、対策本部そのものがまだ立ち直っていないのではないかと憂慮するものであります。
 けさの新聞によれば、復興法案と呼ぶには内容が伴わないという声が与党の中からも起こり、すったもんだの末にようやく名称を変更して提出に至ったと書かれております。こんなことでは、野党が言い出す前に、災害復興をこの人たちに任せておいて大丈夫かと、本当に国民の皆さんの信頼を得られないのではないかと危惧するものであります。
 私たちは、一時国会をお休みにしてでも、政府は災害対策に没頭すべきだと申し上げてまいりました。それにも、あなたはにべもなくお断りになられました。急に昨日夕刻、名称をつけた法案を、今日ほとんど問答無用に近い国会運営もいかがなものか。あなたは、かつて野党社会党の国会対策委員長を歴任されておりますが、これについていささかおかしいのではないかと気がつかなければなりません。この国会運営をどう思っておられるか、総理としての御見解もあわせてお尋ねをいたしたいのであります。(拍手)
 間もなく、春を告げる甲子園の選抜高校野球の季節が近づいてまいりました。ことしこれを行うかどうか、広く国民の皆さんの間でも、高校野球ファンの間でも注目が集められております。昨日、新進党の議員総会において、あらゆる困難を乗り越え、大会には被災者の皆さんのお気持ちにも十分配慮しながら、ことしも大会を実行すべきであると決議をいたしました。本日開かれております高野連等関係者の会議でこのことを最終決定されるようであります。本来、文部大臣にお尋ねをすべきことでありますが、この大会運営にも政府は可能な限り支援を行い、高校球児の流す汗や彼らの笑顔が、阪神大震災によって国中が落ち込んでしまっているような現状を吹き飛ばし、被災者の皆さんにも勇気と希望を持っていただくことを期待しつつ、選抜甲子園大会を盛んなものにしたいと思います。
 小里国務大臣の見解をお伺いいたしまして、私の質問を終わります。(拍手)

    〔内閣総理大臣村山富市君登壇〕

○内閣総理大臣(村山富市君) 五千三百名を超す犠牲者と想像を絶する未曾有の大災害をもたらしました阪神・淡路地区の大地震が起こりましてから、ちょうど一カ月目を迎えました。私は、改めて、亡くなられた方々や遺族の皆さんに、謹んで哀悼の誠をささげたいと思います。
 同時にまた、三十万を超す被災された方々、負傷された方々に対して、お見舞いを申し上げたいと思います。
 さらにまた、みずからが被災者であるにもかかわらず、不眠不休の努力を重ね頑張っておられます県市町村の職員の皆さんや、あるいは警察、消防、医療関係者、自衛隊の皆さんの御苦労、それからさらに、全国から参じて救援活動に専念されておりまするボランティアの皆さん方に、心から感謝を申し上げたいと存じます。(拍手)
 以上申し上げまして、二階議員の質問に順次お答えをしてまいりたいと思います。
 まず最初の御質問は、緊急対策本部と阪神・淡路復興対策本部との違いについてお尋ねがございました。
 地震発生後は、まず何よりも緊急を要する救援・復旧作業を早急に実施する必要がございましたので、政府として全閣僚から成る緊急対策本部を設置いたしまして、一体的かつ総合的な災害対策を講じてまいったところでございます。
 また、地震発生後一カ月を経過してまいりました被災地の総合的、計画的な復興について、地元自治体を支援しながら国としても一体となって取り組んでいく必要があることから、復興のための施策に関する総合調整を実施し実行するための阪神・淡路復興対策本部を設置することといたしたものでございます。この復興対策本部の設置によりまして、関係行政機関の復興のための施策の総合調整に万全を期す、同時に政府が一丸となって復興を推進してまいりたいと考えておるところでございますので、御理解をいただきたいと存じます。
 次に、緊急対策本部等では復旧作業等が迅速に進まないということについてお尋ねがございました。
 ただいま申し上げましたように、これまでに設置をいたしました緊急対策本部等が、緊急を要する救援・復旧作業に総力を挙げて取り組んできたものでございまして、また一方、総合的な復興の実現の重要性にかんがみまして、復興本部に関する法案を提出したものでございまして、それぞれ適切な対応と考えておりますので、御批判は当たらないと考えます。御理解をいただきたいと存じます。次に、救援の初動活動において積極的かつ迅速な指揮がとれなかったのかとの御質問でございますが、私は、地震発生当日の一月十七日午前十時の閣議において防衛庁長官から自衛隊の対応について報告を受け、同じ閣議において非常災害対策本部が設置された際、私から政府全体として万全を期すように指示をいたしたところでございます。自衛隊は、今回の阪神・淡路大地震に際しまして、航空機による状況の把握、駐屯地近傍における救援活動等、自発的に各種の対応を行いつつ、兵庫県知事からの要請のあった後は直ちに部隊を派遣したものでございまして、このような自衛隊の措置につきましては、そのときそのときの状況に照らしてみれば、でき得る限りの措置がとられたものと考えております。
 ただ、初動期の対応につきまして、いろいろと御批判のあることは十分承知をいたしておりまするし、そうした御批判にも謙虚に耳を傾け、見直すべきところは率直に見直してまいることについては、これまでもたびたび申し上げておるところでございます。
 私といたしましては、今回の経験に照らし、今後ともみずからが先頭に立ってリーダーシップをとり、内閣を挙げて、引き続き被災者の救援対策と復旧・復興対策に取り組む決意でございますから、そうしたことを実践していくことがこの内閣の責任であると考えておるところでございます。(拍手)
 次に、二月十四日の衆議院本会議における私の答弁についてお尋ねがございました。
 山崎議員は一月二十日の衆議院本会議における私の答弁の一部を引用して御質問されたのでございますが、私としては、誤解を招いてはいけないと考え、当時の答弁の真意について御説明をさせていただいたところでございます。
 すなわち、今回の地震発生以来、現地における関係自治体の職員や警察、消防、自衛隊などの防災関係者が、みずから被災者となりながら、困難な状況の中で不眠不休の救援活動を続けてきてい
ることにつきましては皆さんも御承知のことだと思いますが、私が本会議で、初めての経験でもあり、早朝のことで若干の混乱があったと申し上げたのは、被災地のその当時の状況を申し上げたものでございまして、御指摘のような趣旨の異なる答弁を行ったものではございませんので、この際、誤解を解いていただきたいと思います。(拍手)
 次に、緊急災害対策本部の設置についてのお尋ねでございますが、災害対策基本法では、内閣総理大臣が災害緊急事態の布告を行うことができるとされており、その場合は緊急災害対策本部を設置することとされております。このような災害緊急事態の布告を発するかどうかを決めるに当たりまして、最大のポイントは、災害対策基本法に基づく緊急措置が果たして必要かどうかということでございます。
 この緊急措置は、国会が閉会中または衆議院が解散中であるなどの場合に、国会の議決を経ずして、内閣の権限と判断において、物資の統制、物価統制、金銭債務の支払い等について国民の私権の制限を含む非常時立法を行うことを可能とするものでございます。したがって、緊急措置をとるかどうかを判断するに当たりましては、国会の尊重、三権分立の観点からも、極めて慎重に対処すべきものでございます。こうした点を配慮いたしまして、全閣僚の責任で対応することの方が適切であると考えたものでございます。
 内閣を挙げ、緊急に、一体的かつ総合的に災害対策を推進できるようにしたところでございまして、私の発言は、こうした考え方に沿ったものでございますから、御指摘のような問題はないものと考えております。
 次に、今回の震災に関する私の責任についての御質問でありますが、今回の地震によりまして、五千三百人を超える犠牲者と未曾有の被害がもたらされたという結果につきましては、私自身もこれを重く厳しく受けとめているところでございます。しかしながら、政府に課せられました課題は、内閣を挙げて、引き続き被災者の救援対策と復旧・復興対策に全力を挙げて取り組むということでございまして、このことこそが、総理としての私に課せられた責任であると考えているところでございます。(拍手)
 次に、避難者の方々の食事についてのお尋ねでございますが、国としても、厚生省において、避難所ごとに実態を点検しながら、その対応策をすべて実施するよう指示しておるところでございますが、兵庫県は実情調査を開始したと聞いております。今後とも、被災者の方々に、温かく栄養面も配慮したより充実した食事が提供できるよう、地元自治体と緊密な連携をとりながら、効果的な対策を進めてまいりたいと考えているところでございます。
 次に、復興についての基本的な考え方、哲学についての御質問でありますが、今回の大震災の復興に当たりましては、国と地方公共団体とが適切な役割分担のもとに地域住民の意向を尊重しながら協同して、阪神・淡路地域における生活の再建及び経済の復興を緊急に図るとともに、安全な地域づくりを緊急に推進し、もって活力ある関西圏の再生を実現することを基本理念として行うべきものであると考えております。有職者の方々による復興委員会の発足も、昨日、第一回会合を開いていただいたところでございますが、ここでの御議論も大いに尊重させていただきたいと存じます。
 次に、単なる原形復旧ではなく、耐震構造、防災対策をも念頭に置いての復旧に努めるべきとの御指摘でございますが、復興を考えるに当たりましては、安全性、快適性、便利性などの都市整備の諸課題のうち、とりわけ安全性の確保が基本的な課題と考えております。特に、建築物や道路橋などの公共施設の地震に対する安全性につきましては、専門家の英知を集め、被災原因を徹底的に究明しながら、災害に強い町づくりの方向に向けて必要な措置を講じてまいる所存でございます。
 次に、地元の復興計画策定の当初段階から積極的に支援を行うべきではないかとの御質問でございますが、兵庫県、神戸市においては、先日、それぞれ復興計画策定のための委員会を開催したところと聞いております。
 政府といたしましては、このような地元地方公共団体の復興対策を支援し、また、国として行うべき施策を推進するため、内閣総理大臣を本部長とする阪神・淡路復興対策本部の設置等を定めた法律案を、本日、閣議決定の上、国会に提出させていただいたところでございます。
 さらに、別途、今回の大震災の復興対策に関し大所高所から御意見をいただくため、兵庫県知事、神戸市長を含む七名の委員から構成された阪神・淡路復興委員会を設置いたしまして、先般も申し上げましたように、昨日、第一回会合を開催したところでございまして、今後とも、地元地方公共団体と一体になって復興に取り組んでまいりたいと考えているところでございます。
 次に、阪神大震災復興会議の緊急アピールに対する見解についての御質問でありますが、被災地の復興に向けて関西経済人の総力を結集するとの決意を高く評価するとともに、あわせて出されております国に対する種々の要望につきましては、今後、政府といたしましても、復興対策を実施するに当たりまして、その要望の趣旨も十分に踏まえ適切に対処してまいりたいと考えておるところでございます。
 次に、世界に向かって復興の道筋を明らかにせよとの御指摘でございますが、復興に当たりましては、地元の主体性を十分尊重しながら、国としてもできる限りのことをしてまいる決意でございます。このため、復興委員会や復興対策本部の設置、必要な法案や予算の提出ないしその準備をそれぞれ具体的に進めており、着々と実行に移してまいりたいと考えておりますので、皆さんの御理解と御協力をこの際お願い申し上げておきたいと存じます。
 次に、復興のための役割分担、財政的な措置などについてお尋ねがございましたが、復興に取り組むに当たりましては、地元の自治体の主体性を尊重しながら、国としても一体となって取り組んでまいりたいと考えております。復興本部は、このための総合調整を行うべく、各行政機関が実施する復興対策事業を十分調整してまいるつもりでございます。また、財政上の問題につきましても、財政当局ももちろん含めまして、十分な調整を行いながら、強力に復興に係る施策を推進してまいる所存でございます。
 また、法案の名称についてお尋ねがございましたが、今般国会に御審議をいただいておりまする
法案の名称は、阪神・淡路大震災復興の基本方針及び組織に関する法律であります。これは、本法案の主な内容が、阪神・淡路地域の復興についての基本理念を明らかにし、この基本理念にのっとって国が法律上その他の措置を講ずること、阪神・淡路復興対策本部の設置及び組織について定めること等でございますが、本案の名称につきましては、この内容が明確に反映されるようにしたものでございます。この間の経緯についても御理解を賜りたいと存じます。
 なお、最後に、国会運営についての私に対する見解を求められましたが、国会でお決めになることでございまして、私がコメントする立場にないことについては御理解を賜りたいと存じます。
 残余の質問につきましては、関係大臣から答弁をさせます。(拍手)

    〔国務大臣小里貞利君登壇〕

○国務大臣(小里貞利君) まず、法案の名称については、ただいま総理大臣から御答弁申し上げましたので、省略をいたします。
 次に、避難者の方々の食事の数は何人分か、さらに、食事は避難者の方々へ行き渡っているかというお尋ねでございましたが、ただいま総理大臣の方からも基本的な方針については御説明申し上げたとおりでございますが、御承知のとおり、炊き出し等の食事の給与などの実施は、お話のとおり迅速かつ的確に、しかも温かい気持ちで救助を図る意味からも、兵庫県においてもあらかじめ各市町に委任をいたしまして実施いたしておるところでございますが、私どもも、極めて肝要なことでございますから、細心の注意を払っておるところでございます。
 次でございますが、仮設住宅はいつまでにどれだけできるのか、そういうお尋ねでございますが、仮設住宅については、御承知のとおり約四万戸設置する計画を決定いたしまして、約三万戸を発注したところであります。そのうち、二月十五日現在、千三百八十三戸が完成し、順次入居いただいているところであります。今後の予定といたしましては、二月中に約六千戸が完成し、三月中には三万戸を完成させるべく最大限の努力を行っておるところであり、完成次第、順次入居予定となっております。残りの約一万戸については、速やかに関係機関と調整の上、用地を確保し、発注することといたしておるところでございます。
 次に、瓦れきの処理はいつまでにできるのかというお話でございますが、現在、被災地では、交通の支障等の生活に与える影響の大きいものや、倒壊の危険のあるものから順次処理をいたしておりますが、すべての瓦れきを処理するためには、不在者を含めた所有者の同意を得るのに相当の時間を要することが予想されるなど、現時点でその正確な見通しを示すことは困難であります。
 なお、被災状況により、短期に処理できる市町と長期間要する市町があるものと考えられますが、県が地元関係市町からの報告をまとめたところによりますと、処理をすべて終えるには、川西市など四市十町では一−六カ月かかる、あるいは尼崎市など三市では六カ月から一年、あるいは神戸市など三市では一年を超えるものと予測をいたしております。政府といたしましては、早急な処理が行われるよう、厚生省や建設省、警察庁など関係省庁と連携をとりまして、近隣府県の廃棄物処理業者に対し応援要請を行うなど、地元府県や市町を積極的に支援してまいる所存でございます。
 なおまた、電気、ガス、上下水道のライフライン回復についてのお話でございます。
 発災直後より、近隣を初め全国各地から多くの職員を派遣いただきまして、大変心強く感ずる次第でありますが、二月十六日までの状況を申し上げますと、水道、土木関係を初めとしてさまざまな分野で応援をいただいております。その数は、都道府県と市町村職員を合わせまして延べ九万七千八百六十人に上っております。また、支援職員の交代についても、各県の協力を得て順次行っているところであります。今後とも被災地のニーズに適宜適切に対処し、人的支援を進めてまいる所存でございます。
 次に、今回の災害の被害額をどのように認識しているかというお尋ねでございます。
 被害総額につきましては、今般、国土庁におきましで、現時点までに把握された被害状況をもとに取り急ぎのまとめをいたしました。概数推計を実施いたしました。これによりますと、阪神・淡路大震災による被害の総額は約九兆六千億円と推計されます。なお、この概算額は、今後、被害の詳細が判明するに伴って額の変動があり得ることを申し添えます。
 次に、春の選抜高校野球についてのお尋ねでございますが、この三月開催予定の第六十七回選抜高等学校野球大会については、このたびの阪神・淡路大震災による甲子園球場の被災の程度や同球場周辺の交通機関の復旧状況あるいは宿泊施設の確保状況、被災した方々のお気持ちなどをも考慮した上、本日開かれている運営委員会において検討がなされているものと存じます。私といたしましては、このような若人が集うスポーツ大会の開催は被災した地域住民の方々を勇気づける面もあると考えておりまして、現時点においては、開催時期の社会的状況や復旧状況などの諸条件を十分見きわめた上で、開催する方向で検討されることを期待申し上げております。
 次に、本法案によれば、復興対策本部は、各省庁間、地方公共団体等さまざまな総合調整を行うとされているが、財政面ではどうか、そういうお尋ねでございます。
 復興対策本部は、御承知のとおり、国の復興のための施策に関する総合調整をつかさどることとなっております。政府が一体となりまして、総合的、計画的に迅速な復興の推進が図れるよう全力を挙げてまいりたいと考えております。したがって、復興対策本部では、各行政機関が実施する復興対策事業を十分調整し、また、財政当局とも十分な連絡調整を行っていく考えでございます。
 次に、阪神・淡路地域に京都は入るのかどうか、こういうお尋ねでございますが、本法案に言う阪神・淡路地域とは、阪神・淡路大震災によって著しい被害を受けた地域を指し、これに京都の区域が含まれるかどうかについては、被害の態様に即しまして判断されることと考えております。
 次に、対策本部設置法であり、具体的な施策は他の法令にゆだねられることになるのかどうかという意味のお尋ねであったと思うのでございますが、先ほど総理大臣からもお話がございましたように、本法律案は、阪神・淡路大震災によって未曾有の被害を受けた阪神・淡路地域の復興を迅速
に推進するため、その復興についての基本理念を含む基本方針を定めたことは、先ほど申し上げたとおりであります。
 他の法令により講じられる具体的施策といたしましては、このことにつきましても先ほど申し上げたとおりでございますが、すなわち、中身におきましても若干申し上げたところでありますが、阪神・淡路大震災に対処するための特別の財政援助等を定める法律案の検討も目下急いでいるところであります。その他多くの分野にわたって復興を進めるための措置についても検討を進め、必要なものについてはできる限り早急に積極的に成案を得まして、順次卸審議をお願い申し上げる予定でございます。(拍手)
    〔国務大臣亀井静香君登壇〕

○国務大臣(亀井静香君) お答えを申し上げます。
 申し上げるまでもなく、震災地の復興については民生の安定が第一でありますけれども、やはり交通機関の再建が喫緊の課題でございます。村山総理から、復旧ではなくて復興だ、そういう観点から全力を挙げるという強い御指示をいただきまして、現在強力に取り組んでおるところでありますが、JR、私鉄につきましては、東京理科大学の松本教授を長とする鉄道施設耐震構造検討委員会と緊密な連絡をとりながら現在工事を進めておるところでございまして、めどといたしましては、五月の連休あたりをめどにいたして、期待をいたしておるところでございます。
 港湾につきましては、百五十バースほとんど壊滅状態でございました。国際港としての機能は、もちろん国際港としての機能も今果たしていないわけでございますが、二年間によりましてこれを完全復興したい、このように考えております。これは、コンテナバース二十一のうち、七月時点までに八バースを一応臨時的な復旧をやりたい、このように考えておりますが、七年度内に三分の一程度を完全復興したい、このように考えております。
 さらに、フェリーにつきましては、七つのバースのうち四つを九月時点までに一応復興したい、残りも年度内に全面復興をしたい、このように考えております。残余のバースにつきましては、七年度内に半分程度これを復興したいと考えております。
 なお、先ほども申し上げましたように、ただ単なる復旧ではなくて、国際港としての機能強化をするという観点から、現在の段階、いろいろと検討しておりますが、例えば水深十五メートルから十六メートルのそうしたバースを新たに五つ建設もしたい、さらに、今後検討する中で機能強化のための努力をしてまいりたい、このように考えておるわけでございます。
 以上でございます。(拍手)

    〔国務大臣橋本龍太郎君登壇〕

○国務大臣(橋本龍太郎君) 私には四点のお尋ねがありました。
 まず第一に、フリーゾーンについてであります。
 神戸港地域につきましては、平成五年の三月に輸入・対内投資法に基づくFAZの地域に指定をいたしまして、航空及び海上貨物の荷さばき保管施設、冷蔵保管施設等の整備を推進してまいりました。さらに、FAZ地域における貿易関連施設につきましては、委員よく御承知のとおり、総合保税地域に許可されますと、輸入原材料を使用して製品を製造し出荷する場合に関税が免除をされますほか、同地域内に置いてあります間は関税が留保される等のメリットが生じるわけであります。通産省として、これらの制度の活用につきまして、FAZ計画を推進される御地元や関係省庁とも連絡をとりながら検討していきたいと考えているところであります。
 また、被災中小企業に対する支援策につきましては、既に公表いたしておりますように、激甚災害指定等により災害融資等に関する特別措置を講じてまいりました。さらに、二月九日には、政府系中小企業金融三機関によります低利融資の充実強化など資金調達の円滑化のための措置を含めまして、仮設工場、仮設店舗などの整備を促進するための中小企業事業団の無利子融資制度の創設など操業の早期再開の支援等の措置、こうした点で国としてとり得る最大限の措置をとりまして、過去の災害時より踏み込んだ内容の総合施策を早急に取りまとめて、発表させていただいたところであります。
 これらの諸措置を総合的に活用していただき、中小企業の方々の事業の立ち上げに寄与するものと期待しておりますが、今後とも、県あるいは市、関係団体の皆さんと連携をとりながら、対策の迅速な実施に努めてまいりたいと考えております。
 また、大企業の支援についてもお尋ねがございました。
 このたびの災害によりまして、大手企業におきましても、事業者発表によりますと、電力・ガスを初め、鉄鋼業、百貨店、スーパーなど、非常に大きな被害が生じておりまして、現在調査を行っているところでありますが、これらの災害が、被災地域のみならず他の地域へ及ぼす影響、他の分野の産業に及ぼす影響も懸念をいたしております。一日も早い復旧・復興を目指されるとともに、この災害が経済全体に悪影響を及ぼさないようにするために、金融及び税制上の措置を含めた具体的な支援策についての詰めを今急いでおります。
 最後に、APECについてお尋ねがございました。
 私どもは、昨年のボゴール宣言が広く認知をされました状況を考えましても、本年の大阪会合というものが、アジア・大平洋地域の首脳、閣僚が一同に集い、実りのある行動指針を取りまとめる場でありますだけに、大きな期待をかけておったところであります。
 今回、阪神・淡路大震災という事態の中で、今、関西経済圏に何か明るいものが欲しい、恐らく委員のお気持ちと我々の気持ちと変わるものではないと思います。このAPECの総会を成功させることができますなら、私は、それが大阪の名を世界に大きく知れ渡らせ、それが被災から復興に努力しておられるそれぞれの方々にも力強い夢を持っていただくきっかけにもなる、同時に関西が震災から復興に立ち向かっておる姿を世界にも知っていただく機会になると信じておりまして、全力を挙げて成功に努力をしてまいりたいと考えております。
 院におかれましても、どうぞ協力を賜りますよ
うに、この場をかりてお願いを申し上げます。(拍手)