自民党

にかい

観光立国宣言 躍動の観光産業を語る二階俊博対談集



■発刊に寄せて
  観光立国の実現に一層のご尽力を/瀬島 龍三
  「観光版経団連」で社会的責献を/堤 義明
  二十一世紀国づくりの基礎/二階 俊博

■もくじ
第一部
  ふるさとの文化や歴史の深みを知るJR東日本(株)社長  松田 昌士
  集客産業の復権こそ日本の国興しJR西日本(株)会長  井手 正敬
  産業文化財(遺産)を観光資源化JR東海(株)会長  須田 寛
  航空産業と旅行業界は二人三脚日本航空(株)社長  兼子 勲
  航空自由化時代に一層の飛躍を全日空(株)社長  野村 吉三郎
  アジアとシルバー世代がこれからのキーワード(株)日本エアシステム社長  舩曳 寛眞
  高速道路の整備は観光開発のかなめ日本道路公団総裁  鈴木 道雄
  バス業界との提携による観光の活性化(社)日本バス協会会長  青山 茂
  新たなるクルーズ時代の幕開けに向けて(社)日本外航客船協会会長  宮岡 公夫

  観光振輿のための組織づくりと人づくり(社)日本観光協会会長  石月 昭二
  協業化の推進は小旅行業者に大きな力(社)全国旅行業協会会長代行  今野 三男

第二部
  「ハッピーマンデー」が心のゆとりを生む藤井 孝男
  (コラム)なぜ今、ハッピーマンデーなのか二階 俊博
  観光輿しの核は「広域連携観光振興会議」川崎 二郎
  ・(コラム)「百人委員会」と「フォーラム」二階 俊博
  和歌山シンポジウム 21世紀の基幹産業「観光」を語る二階 俊博
  ・「日中文化観光交流使節団二〇〇〇」のイベント二階 俊博




■発刊に寄せて
  ・観光立国の実現に一層のご尽力を
瀬島 龍三


(前観光政策審議会会長、広域連携観光振興会議(WAC)最高顧問、(財)地域伝統芸能活用センター会長)


この度、二階運輸大臣の『観光立国宣言―躍動の観光産業を語る』が出版されますことを心からお喜びいたします。


 二階大臣は、これまで観光に大変精力的に取り組んでこられ、私はその卓越した指導力、熱意に常々感服させられています。


 私も観光政策審議会の会長として長い間観光に携わってきましたが、我が国の場合ややもすると、観光は「遊び」と考えがちです。しかしながら、世界の各国を見てみると、観光は二十一世紀の基幹産業となるのみならず、文化的、経済的、社会的な視点からもその果たす役割はますます大きくなるものと思います。


 二階大臣は、広域観光推進のために全国各地で開催してきました「観光立県推進会議」や地域の伝統芸能を活用して観光振興を図るため「地域伝統芸能全国フェスティバル」にも、国会や公務多忙の中でほとんど毎回ご出席され、観光振興方策等について大所高所からご助言頂き、大変感謝しています。


 国政に携わっている政治家の中でも、観光に対する識見、造詣の深さや観光産業発展のための洞察力、実行力、情熱において並ぶものはおそらくいないのではないかと確信しています。


氏の観光に対する熱情あふれる思いの結晶とも言える『観光立国宣言』が、ひとりでも多くの皆様に理解され、二階大臣が我が国の観光の一層の発展にさらにご尽力を頂くことを期待しています。






  ・「観光版経団連」で社会的責献を
堤 義明


(観光政策審議会会長代理、観光産業振興フォーラム代表幹事)




 西暦二〇〇〇年を迎え、新しい世紀へのゲートイヤーという記念すべき年に、二階運輸大臣の対談集『観光立国宣言―躍動の観光産業を語る』が上梓されることは、誠に時宜を得たものと、友人の一人として心よりお祝い申し上げます。


 


 私も長年観光レジャー産業やホテル産業に携わって来ておりますが、観光産業が二十一世紀の日本においてますます重要な役割を果たしていくものと確信しております。


 


 先般二階運輸大臣の提唱に賛同して、我々産業界が中心となり、地方公共団体等のご協力も得て「観光版経団連」ともいうべき「観光産業振興フォーラム」が発足いたしました。 


大臣をはじめ多くの方々のご推挙を賜り、不肖私が座長を拝命させて頂いておりますが、当フォーラムの活動を通じましても、観光立国ニッポンの名に恥じない社会的貢献をして参りたいと決意を新たにしております。


 


 この対談集が観光関係の仕事に従事される方々のみならず、広く一般の方々にも読まれ、観光に対する理解が深まり、国際観光交流の進展や地域経済の活性化、雇用状況の改善等各般にわたり観光がその社会的使命をいかんなく発揮していくことを期待するとともに、観光に限りない情熱を注がれている二階大臣が我々観光業界の発展のために、今後ともなお一層のご尽力を賜ることをお願い申しあげます。








  ・二十一世紀国づくりの基礎
二階 俊博


 (運輸大臣兼北海道開発庁長官)



 「観光」は、中国の『易経』にある「国の光を観る」に由来する言葉であり、一観光団体や一地方、また一業界が取り組むには途方もなく幅広い世界であり、奥の深い産業であります。その国、その地方の歴史と伝統と文化そのものでもあります。

 したがって、国や地方や業界や世界の国々が力を尽くし合って、発展繁栄の道を探っていかなければなりません。そのためには、より多くの人々に旅行、観光に深い関心と興味を寄せて頂き、共に手をつないで、前進することが大切だと思っています。

 本書は旅行、観光に深く関わりを持つ、我が国でも代表的な方々と「観光振興」「観光立国」を目指す立場から、今後の観光のあり方についてさまぎまな角度から語り合ったものです。さすがこの道のオーソリティばかりで、対談を通じいろいろと教えられ、貴重な経験をさせて頂きました。

 観光は国民一人一人にゆとりと充実感を与える夢のある産業であり、21世紀には観光を国づくりの基礎とする「観光立国」を目指していくべきだと強く感じているところであります。

 21世紀を直前に控え、「観光」がやがて基幹産業に発展するというコンセンサスは形成されようとしていますが、そのために克服しなければならない課題も沢山残されています。

 幸い景気もやや明るさを取り戻しつつあり、観光産業もその一翼を担うために、昨年秋、関係の皆さんが心を一つにして「観光産業振興フォーラム」を結成されました。

 また地方においては、各々の地域の知事さんや観光文化の分野でご活躍されている有力な皆さんに立ち上がって頂き、「○○地域の観光を考える百人委員会」のようなかたちで静かに花開きつつあります。

 昔から砂漠の旅人たちは、「次に来る旅人のために泉を清く保て」というジンギスカンの教えを「泉の掟」として、永遠に守っていると言われています。観光の未来を拓くために、観光に携わるすべての人々が「次に来る旅人のために」何をなすべきかを心に問い掛けながら、お互いに内外の旅人をお迎えする温かい気持ちをもって努力を続けることこそ重要であります。

 観光の要諦に「学ぶ」という大切な視点があるということを最初に教えて下さったのは、私が運輸政務次官(海部内閣)当時の観光政策審議会会長を務められていた瀬島龍三先生でした。「90年代観光振興行動計画」(TAP‘90s)の会議で、よく瀬島先生のお伴をして、全国各地を行脚したものです。(財)地域伝統芸能活用センターの活動においても瀬島会長には設立当初からご指導を頂きました。

 私を観光の道に誘って頂いたもう一人の大先輩は、残念なことにすでに鬼籍に入ってしまわれた奥田敬和先生でした。奥田先生が運輸大臣の当時でしたが、私を熱心にご推挙頂き、社団法人・全国旅行業協会(ANTA・会員5800社)の会長をお引受けしました。

 そのことで旅行、観光業に従事する多くの皆さんと知り合い、現場の生の声をお聞かせ頂くチャンスにも恵まれました。

 まさに、観光を通じて学ぶという姿勢で、全国旅行業協会の機関誌の企画で「主役登場」と銘打って、各界でご活躍中の昏々たる方々と対談をさせて頂きました。

 さらに、運輸大臣就任の後にも、雑誌その他で、観光をテーマに対談をさせて頂く機会がしばしばあり、これらをまとめて出版してはどうかとのお勧めを頂き、対談相手の方々からもご快諾が得られましたので、思い切って出版をすることになりました。これまでも全国旅行業協会の会長として観光に関する数々の提言を行なってきましたが、本対談集ではその一部もあらためて紹介させて頂きました。

 昨年の10月5日、小渕第二次改造内閣において運輸大臣を拝命し、今、観光振興の旗振りの立場から「観光立国宣言」を提唱しております。現在は年間400万人にとどまっている訪日外国人観光客を倍増し、「800万人構想」を唱えているのも、観光産業の発展だけでなく異なる国・地域の人、歴史や文化との触れ合いの中から21世紀に向けた新たな日本を「再発見」し、今後の活力に満ちた国づくりのきっかけになればと考えたからです。

 各界からご意見やご批判を頂き、日本というこの国自身を再構築するためのささやかな「たたき台」になれば、望外の幸せであります。

 日本の観光が飛躍し、発展することを切に願うものであります。
平成12年春


  




第一部
  ふるさとの文化や歴史の深みを知る
JR東日本(株)社長  松田 昌士




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 新幹線誕生から30余年。平成6年から好評の新幹線MAX、また成田エクスプレス、ミニ新幹線つばさなど、JR東日本の鉄道事業への取り組み方が注目される。そのトップに日本の観光ビジョンを聞く。(平成7年2月対談)




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まつだ まさたけ


昭和36年、日本国有鉄道入社後、北海道総局総合企画課長、東日本旅客鉄道(株)常務等を経て現在に至る。




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二階) 新春ですから明るい話から入らせて頂きたいと思っておりましたが、阪神淡路の大震災で多くの方々が犠牲となられ、JRや私鉄各社も甚大な被害を受けられました。


初めに謹んで今回の大震災で亡くなられた方々にお悔やみを申し上げますとともに、被災者の皆様に対し心からお見舞いと深くご同情を申し上げます。




松田) 未曽有の大災害で亡くなられた五〇〇〇人を超える方々の御霊に改めて弔慰を捧げたいと思います。


JR西日本や各私鉄の皆さんをはじめ、交通関係に携わっている人々がいま不眠不休で一日も早い復旧に努力を頂いております。


私たちも専門的な技術協力をさせて頂いておりますが、新幹線の復旧は復興のシンボルと考え、業界挙げて協力させて頂いております。




二階) ところで観光産業は経済波及効果二四兆五〇〇〇億円という数字が定着してきましたが、日本では一五人に一人、世界では一〇人に一人の割合で観光産業に従事して、二十一世紀には最大の産業に位置づけられようとしています。


本企画は、その観光産業を支えている日本の「主役」の方々に次々に登場して頂いて、今後の観光産業の展望等について大いに語って頂くものです。


そのトツプバッターとして、今日はJR東日本の松田社長に登場願うことになりました。




松田) 二階会長が「明日の内閣」で国土・交通政策をご担当頂くということは観光産業のために大いに期待しています。




二階) ありがとうございます。松田社長の生まれた北海道の開発も担当することになりましたので、私の方こそご意見を期待しています。


早速、本題に入らせて頂きます。








◆今、観光に必要なのはコストダウン 各省庁の連携も大切


松田) 今いちばん観光のために我々がやらなければいけないことは、大きく分ければ四つだと思っているのです。第一は、国内観光に空洞化が起こっている。これは構造的な変化ですから、単にドル安とか不況だとか、そういう事柄と違って、観光というものの構造が大きく変わっている。それを解決するのは大変難しい問題です。あまり時間がない、現在大変な事態になりつつありますよ、ということの認識をまずきちっとすることが前提だと思うのです。


もう一つは、いま1300万人近い方が海外に行っています。しかし海外から来られる方というのはきわめて少ないですね。ですから国内の人たちの観光と同時に、インバウンド、外国の方が日本の文化に接する、自然に接することも強く意識したうえで、国内観光を再構築するということが必要だということですね。


そういう認識のもとで何をやるかといえば、一つはビジネスレンタか、リゾート、われわれの鉄道の運賃などというものを総合的にもっと質を高めつつ、廉価にしていくことをやらなきゃいけない。その底にはいろいろな形のコストダウンが必要ですね。例えば旅館なんかでも、素泊まりがいくらで、どういうものを食べたら値段はいくらになるのかということを明確にしなきゃいけないし、共同仕入れとか共同でつくるとか、いろいろな工夫も必要なんですね。いま、東北のほうで八十何軒が共同でコストダウンをやろうということで、シーツやお花、主要な食品などの共同仕入れをやって、場合によっては外国でつくって頂き、2割ぐらい下げようという運動が起こっています。ホテルなどでも一部で始めていますけれども、例えば1泊目は1万5000円だが2日泊まったら1万円、3日泊まったら8000円ということでやっていくようなシステムも必要なんですね。




二階) 長期滞在の方の宿泊料ですね。面白い発想ですね。日本人を一つの観光地に惹きつけておくために、それは大事なことですね。欧米先進国と達って日本にはもともと長期滞在の習慣がほとんどないですからね。




松田) はい。ですから、それには単にスポット的に泊まって、ビジネスをこなすというだけじゃなくて、少し豊かな生活ということですね。日本でいえば、特にいま家庭問題やお子さんの問題なんかがたいへんですね。三十代、四十代、五十代は非常に教育等にお金がかかって、家族ぐるみで自然に親しむゆとりもない。そういう方々に、三日でも四日でもいいから長期滞在型にして、家族全部で泊まって二万円ぐらいですむというような費用構造を前提に、実現に向かって進めていくということが必要だと思うんです。そこで、わが社も今春から廉価なレンタカをやって、一泊して、周辺を観てもらうというやり方をしようと思っています。




二階) この前、運輸省の荒井観光部長(当時)と松田社長との対談を新聞で拝見しまして、レンタカーをたいへん安くやって頂くというのは、これからは自動車時代ですから、若い人たちや夫婦で旅行する人たちには大いに喜ばれるのではないかと思っておりました。




松田) そうなんです。それから、3つ目はいま各省庁でいろいろなことをおやりになっている。観光省をつくるかどうか別にしても―――私はつくってほしいと思いますけれど―――私は本当少なくとも観光に携わる行政の方々が連絡会でもつくられて、緊密な連携をもって役割分担をする。


例えば私どもの会社も、国内標準に基づいて標識がたくさんあるんですね。例えば「これは階段です」とか、「ここは車椅子の方はいいです」とか、「ここは禁煙です」とか。それを国際表示にして、日本語がわからなくても外国の方が楽に観光に行けると。




二階) 絵で見て、万国共通で旅に必要なことがわかるということですね。




松田) そうです。国際化というのであればそれは全国統一して、そういう国際表示をする。鉄道も道路も航空もみんな、そういうふうに使うというのは、これは行政でないとできないんですね。




二階) 今までは観光といえば、運輸省のなかの一つの局が仕切っていくという形になっていますが、これを、今の政府でいうと、観光問題関係閣僚懇談会というふうなものがあって、各省庁がみんなで協力し合うことが大切ですね。このごろは農林水産省でも立派なことをやってくれていますね。グリーンツーリズムとかいう…。「明日の内閣」でも早速考えてみましょうか。




松田) ぜひともお願いしますよ。農林水産省もずいぶんいろいろな設備をつくっておられますね。




二階) それから郵政省が簡保で施設をつくって、地域の旅館が圧迫されるなんて苦情が出るほど客が入っていますね。厚生省は厚生省で国民休暇村等をやっている。そんなことで、いま各省庁がみんな、「観光」を考えて頂けるようになってきたわけです。


そこで、いま松田社長おっしゃる連絡調整をして、無駄なことはやめて協力し合うということですね。ご承知のように、観光に対する経済効果等を調査して頂くと、二四兆五〇〇〇億円という数字が出ているわけです。この数字を基礎に、いま世界でだいたい一〇人に一人は観光業に従事していると。こういう実態から言いましても、観光省をつくるとか観光大臣をつくるとかということは別にしましても、これからの検討課題として、おっしゃるように、観光関係の方がみんな集まってそういうご協議を頂くというのはたいへんいいことですね。




松田) 特にいまの行政のお力を借りないとなかなかできないという面で、いま一つは国内の観光とか旅とかいうものにもっと深みを与えないと、ヨーロッパやほかの国に行った人が受けてくるだけの感銘というものがないと思うんですね。それにはどうしても土地柄とか、そこに詳しいガイドが必要ですね。




二階) そうですね。歴史、文化、芸術、スポーツあらゆることにね。したがって文部省などでも、ずいぶん力を入れて頂かなきゃいけないと思うんです。








◆土地の歴史や文化を知るほど 観光客はその土地の魅力を感じる


二階) この前関経連の川上会長(当時)とお話する機会がありましたが、いま「歴史街道」の推進に関経連が中心になって、ずいぶん熱心に取り組んで頂いているんです。これはもとはドイツのロマンチック街道にヒントを得ているんですが、いま松田社長のお話のように、小学校、中学校、高等学校等に歴史の先生とか、その地域のことをずいぶん個人的にも勉強なさっている方がたくさんおられるわけで、そういう人たちが語り継いでいくふるさとの歴史などが、どれほど観光客を楽しませるか、感銘を与えるかということです。そうすると、次には、観光客自身が歴史書とか美術の書物とかをひもといて、もう一回出かけていこうという気持ちにもなりますから。




松田) やはり戦後五〇年、日本は歴史というものを非常におろそかにして来ましたね。民族の歴史なんかにきちっと意見を述べるべきで、教えるのにも非常におずおずとした態度でやっている。ですから、本当に歴史教育が行なわれたかというと、事実を並べるだけであって、今の我々の生活と我々の社会をつくっている先祖代々の文化と歴史というものが伝わっていないんですね。だから単に中央だけではなくて地方の県とか市なんかも、おっしゃるように高等学校の先生とかボランティアとか、たくさんいますから、それぞれのふるさとの歴史や文化に深みを与えるということをやらなきゃいけない。今かすかにやってくれているのは観光ガイドだけでしょう。




二階) そうなんですね。




松田) ですから、観光事業に何年従事したとか、どこの協会で何年働いたという人に勲章を差し上げることも、たいへんけっこうなことですが、併せてガイドさんなんかで立派な活躍をしてくださる人たちや歴史の先生方にも、勲章を差し上げるぐらいの気持ちで対応していく。また、場合によっては、そういう方々に海外に勉強に出かけて頂く、そういうチャンスを与えていくということもできるわけですから。


私どもなんかも、例えば先年フィレンツェに行って向こうのガイドさんに説明してもらうと、まさにイタリアの歴史、フィレンツェの歴史、そして、いま目の前にあるものがどういうつながりを持っているかというところまで教えてくれるわけですね。非常に親しみを感じますね。と同時に理解を深めることができる。日本の場合は、例えばヨーロッパの方とか、アメリカの方、東南アジアの方がきて、このお寺というのは何年前にできたということは言いますけど、いまの地域にどんな影響を与えているか、あるいは日本の文化にどんな影響を与えているか、それが今どういう生き方をしているのかと問われても、答えられる人というのはまだ少ないと思うんですよ。




二階) そうですね。標識もそうですが、このごろビデオもあるわけですから、最低英語とフランス語ぐらいは、希望があれば説明できるようなシステムを設置していくとかということもたいへん大事なことですね。




松田) だから、国とか県の予算を、ちょっぴり割いて、モノよりも、そういう観光の基礎づくりのところに持っていくということですね。




二階) 観光そのものが遊びとか、必要性からいうと、なんだかたいへん順番や地位の低い産業のような受け止め方をされておりましたから。行政の側でも、そういうことに対して予算をつけたり、力点を置くということにやや迫力が欠けていたような感じもするんですね。




松田) そうですね。やっぱり私どもの世代というのは馬車馬のごとく走らされて、余裕がなかったんですね。




二階) 働くことが美徳で、遊びや観光に出かけるというと、まわりの人にいうのもちょっと憚るような気持ちだったんですね。特に今の中年以上の人は・・・。




松田) ちょっと観光にいくから有給休暇をとりたいなんていったら、たちまち「何を言っているか」というような感じの時代ですからね。




二階) 怠け者のように思われやしないかと、そういう気持ちが戦中・戦後の世代にはあるんですね。いまの若い人たちは当然のごとくに海外に出かけるし、ホテルの予約も何もとらないで気楽にパッと行っちゃうような、そういう時代にもうなってきたんですね。








◆ぜひとも実現させたい 観光大学、観光図書館


松田) 本当にみなさん、お買物でも海外で買われても、ドル安で安くなっていますけど、昔何十年か前に象徴的に言われたように、例えば農協さんという旗を立てて何十人かで回ったという時代は過ぎちゃったでしょう。やっぱり好みに合わせて絵をみたいとか、音楽会にいきたいとか、美術館をみたいとか、そういう豊かな、いろいろな感性を磨くために海外に行っていますから。


あれだけ外国に日本人が行かれるということは非常にいいことなんだけど、日本でも感性に合わせたものを提供できるというふうに観光関係者は考えなきゃいけないことですね。




二階) 私もこの前、二度目の運輸政務次官の頃に、東部カナダ、ちょうど『赤毛のアン』という小説の舞台となったプリンスエドワードアイランドに行きました。すると、そこには日本の女学生が二人連れ、三人連れで幾組も来ているんですね。そういうものを日本でもどんどんつくっていかなきゃいけないと思うんです。歴史や文化や自然、その地域の特性を生かしたものを創造することが重要ですね。


そういう意味で観光振興にすぐ明日役に立つというわけじゃありませんが、観光関係事業に従事する方々の資質を高めていくということ、観光に対して国民のみなさんの関心を寄せていくために、観光に関する文献などを一か所に集め、学生も含めて、観光を勉強したいと思ったら、そこに行ったら勉強できる「観光図書館」のようなものをつくることができたら、と思います。私はさらに「観光大学」の設置を機会あるごとに提唱しているんですが、松田社長さんもそういうことにたいへんご関心を持っておられるということを伺って期待しているんですが。




松田) ええ、われわれはできるかぎり、そういうことにはご協力しますし、政治家の方で、議員連盟とかいろいろなことをお引き受けになっている方も多いと思いますが、海外とか国内の観光という観点から政治、社会、経済、文化というものの各々の役割を重視して、それを進めようと考えて頂くことも重要だと思います。そういう意味で二階先生のように非常に多くの国々とそういう観点でお付き合いされたり、それから「日本の観光を考える百人委員会」をおつくりになったりという形で刺激を与え、システムをつくりあげていくというのが、いま非常に大切だと思いますね。




二階) 観光というのは面白いもので、舞台がたいへん広いものですから、だれでもが観光について一家言を持っておられるんです。そのことを実行するかしないかです。国民の皆さんがゆとり、余暇活動を推進して生き甲斐や健康を求めるとともに、幅広い観光産業に従事する皆さんが、それを進めていくと素晴らしいものになる、二十一世紀には最大の産業になるだろうといわれております。これは可能性があると思いますね。




松田) 私もあると思いますね。


 それと、最後にもう一つだけ、そういう意味からいっても、みんなで身のまわりを含めて日本を少し清潔にきれいにしましょうよ。今、グアム、サイパンに大勢の方が行かれるというのも、お値段が安いというだけじゃないですね。考えてみたら、日本で安心して昔のようにすぐに泳げるという海水浴場がなくなっているんですよ。東京周辺でも、みなさんは海に出ないで、プールで泳いでいる。それよりは自然の豊かなところで甲羅干しでもしようと、グアム、サイパンに行っちゃうわけですね。


 日本は開発もいいんですけど、みんなで少し国をきれいにして、豊かな自然をいきいきと・・・。




二階) 日本のなかにグアム、サイパンをつくっていかなきゃいけないですね。今度、小笠原にいよいよ空港ができますが、島民の皆さんが便利になることが一番大事ですが、このことによって日本の観光のエリアが大きく広がります。




松田) 日本の中に新しいグアムやサイパンができることになりますね。




二階) なぜ、「国鉄」なら赤字を出して、「JR」なら黒字になるか、この素朴な疑問を国民みんなが持っている。逆にいうと、JRに対する賞賛、期待の気持ちがまた寄せられているわけですけれども、私がなぜそうなったかと社長に伺ったら、「最初トイレをきれいにすることにかを入れた」ということをおっしゃって頂いたのをたいへん感銘深く覚えているんです。


やっぱり観光のスタートは、国をきれいにすること、それは心も含めて、きれいにするということ、これが観光としても大事な視点ですね。




松田) スイスとか、さっきの話のロマンチック街道とかは、何百年もの歴史を持つ古い財産と文化が、非常に清潔に利用しやすく保たれていますね。われわれも心してつくりあげていくということを考えなきゃいかんですね。








◆地方を活性化させるのは 鉄道の大きな役目


二階) それから、東北にミニ新幹線が開通して、相当大きな反響を呼んでいますね。同時にまた新幹線が開通して三〇年余ですが、たいへん記念すべきことで、鉄道が再び見直されて新しい鉄道の時代がやってきたような感じがするんです。列車をきれいにして、新型車両で、そしてスピードが出るということになりますと、国民はみんな、列車に対する子供の頃からの憧れのようなものは根に持っていますから、JRの今後の発展ということもたいへん期待できるんですが。




松田) ありがとうございます。非常にありがたいことは、日本人は基本的に列車が好きですね。




二階) 子供のときの絵本は、動物か列車の絵であったように思うんですね。




松田) 後藤新平さんが一〇〇年前に、いまの狭軌じゃなくて標準軌にしようということをお考えになって、当時は実現できなかったんですけれども、いま新幹線から始まって山形のような在来線を広げていき、これから何十年かかるかわかりませんけれども、われわれとしてもそういう形で地方を活性化させるという非常に大きな役割を持っていると思うんですね。


いま山形をやり、これから長野をやり、田沢湖線で秋田に延ばしますが、また、他にも、いろいろな話が出てきますが、採算性がありますから、どんな資金を使うかは別にして、その夢だけはわれわれの夢と共通なんですね。おそらくこの何十年か後には標準軌の新幹線と一緒になって行き来できる線路が、JRの線路だけであるという時代がくるんじゃないかと私は思っているんです。それを目指して、すこしずつでもやれるところからやっていこうと。先生も南紀のほうにそういう構想を打ち出されて、一所懸命おやりになっていると伺っています。




二階) お蔭さまでJR西日本のご協力も頂いて、いま順調に運輸経済研究センターで松本先生(東京理科大学教授)のもとで調査して頂いておりますが、これは二十一世紀にかける紀伊半島の大きな夢ですからね。




松田) 鉄道に携わる一人として紀伊半島の夢の実現を期待しています。




二階) 最後になりましたが、この度の阪神大震災では甚大な被害が出ており、私も新進党の現地対策本部長として先頭に立って復旧・復興に向け努力しているところですが、観光業界も大きな痛手を被っています。緊急の対策として、震災の影響を受けた企業に対する災害復旧貸付制度の無担保低利融資の拡大及び被害を受けた文化財、観光資源の復旧支援を図るとともに、震災の影響は他府県にも及んでいることから、間接的に経済的影響を受けた企業に対して貸付制度の無担保低利融資の拡大も併せて図るよう努力しています。




松田) 私たちも日本の観光業界への影響をできるだけ少なくするため、さらに一日も早い復興を目指して精一杯頑張りたいと思います。




二階) ぜひご協力をお願いします。本日はお忙しいところをありがとうございました。






  ・集客産業の復権こそ日本の国興し
JR西日本(株)会長  井手 正敬




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 政府の経済戦略会議委員でもある西日本旅客鉄道株式会社(JR西日本)の井出会長と、日本の基幹産業と位置けられた観光について、その使命とあり方を語りあう。(平成11年4月対談)




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いで まさたか


昭和34年、日本国有鉄道入社。昭和62年国鉄の分割民営化とともに西日本旅客鉄道(株)副社長に就任。平成4年同社社長、平成9年会長に就任。現在、日本旅行業協会常務理事、関西経済連合会副会長、経済戦略会議委員など歴任。




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二階) 今日はお忙しいところをありがとうございます。全国旅行業協会の会員が日頃、お世話になっておりますが、「日本の観光を考える百人委員会」のメンバーとしてもご協力を頂いていることに感謝しております。早速ですが、井手会長は、小渕捻理の経済戦略会議のブレーンとしてご活躍中ですが、まずその辺から・・・・・・。




井手) 私は、平成十年八月に発足した経済戦略会議の一人として、日本経済の立て直しと豊かな経済社会の構築に向けた構想を検討してまいりました。そして、今年(平成十一年)の二月二十六日に経済戦略合議は「日本経済再生への戦略」と題した最終答申を総理大臣に提出しました。この、日本経済再生へのシナリオをまとめるにあたり、特に私は次のことを申し上げてきました。これまで、日本という国の在り方を議論するときに出てくる話は、例えば減税の実施や、公共事業の上積みなどの、配分の話ばかりだ。経済を立ち直らすことが目的であるが、再び我が国にバブルをつくってもいいということにならない。来るべき21世紀には、バブルを反省、克服し、世界にもしっかりと伍していけるような日本として、何を立国の礎とするかということをもっともっと真剣に議論すべきじゃないだろうかと。まず、どこから富を稼ぐかという議論が先にあるべきで、配分の話はその後に出るはずだと思ったからです。


二十世紀をあえて一言で表現するなら、主として重工業を輿して、良きにしろ悪しきにしろ地球上の資源を収奪してきた時代とも言えるでしょう。しかし21世紀には、地球と共生する時代が来るだろうと思います。その中で競争に勝ち残るためには、日本は日本の独自色を出すべきなのです。そのための一つはハイテクを核とする、いわゆる中小企業が中心となる得意なモノづくりを発展させていくことですね。得意の分野のモノづくり、これが無かったら日本の国は駄目ですよ。




二階) 全くその通りですね。バブル盛んなころの「モノづくり」をやや軽くみる風潮を反省し、中小企業に力を注ぐべきですね。モノづくりを忘れた国は滅ぶという唐津一先生の著書を読んで感銘しております。モノづくりを一層見直し、奨励するためにマイスター制度(手工業の親方を養成するドイツの制度)のようなものを、改めて創設することも必要ですね。先ほどから井手会長のモノづくりのお話を伺って、つくづく思うことは、あの松下幸之助さんが、改良ソケット(二股)の家内工業からはじめられて、世界の松下に仕上げられたあの努力を観光関係者は手本とすべきところがありますね。




井手) 全くその通りです。創意工夫と努力の積み重ねですよね。マイスター制度。今、改めて大いに検討に値することです。








◆「ナンバーワン」でなく、「オンリーワン」をめざせ




井手) もう一つは二階先生が前からおっしゃっているように、市場規模二五兆円と言われる観光産業です。しかもこれは地球に優しい産業ですね。私は観光業というのは、言うなれば平和産業だと思っています。




二階) まさにそうですね。平和でなければ存在し得ない産業であり、かつてのカンボジアのように、あるいは今日のユーゴのような煙の上がっている国には誰も旅行に行かない。観光産業を世界的に拡めていくことが、世界の平和と文化の発展に貢献することにつながるわけですね。




井手) 21世紀は、得意分野におけるモノづくりと観光、それも「集客観光産業」というものを輿して、その二つにより日本の国輿しをすべきではないかと経済戦略合議で主張しました。結果的にそのことは中間答申に盛り込まれましたし、最終答申でも一番最後のまとめ前に一項目として加えられたのです。




二階) そうでしたね。あれは画期的なことで、すべての観光産業に携わる人々が喜んでおられるはずです。また、「モノづくりといえば、今国会に議員立法で提案された「ものづくり基盤技術推進基本法案」が成立しました。




井手) 観光は、どちらかと言えばこれまで物見遊山として捉えられ、お遊びの分野に属していると思われてきました。しかし、最終答申では、日本の国是に立った、国の中心的な産業として明確に位置づけられました。その意味では、私自身、戦略会議の委員としての役目を果たすことができたものと思っています。政府方針で二〇〇〇年度未までに合計七七万人の新規雇用創出を目指すとされましたが、その内訳でも上位四番目に観光分野が位置づけられ、約九万人と示されました。




二階) あれ拝見してね、井手会長のご活躍に感謝していました。例えば、今、日本人の平均宿泊日数は、1.6泊ですが、小渕総理の方針としてそれを2泊にしようと決議されました。観光が官邸の中で正面から議論される、ようやく、そういう時代になったと思います。




井手) そうです。よかったと思いますね。基幹産業の一つに認知されたようなものです。




二階) ですから、今、不景気の風が吹いていることに違いはありませんが、こういう時代にこそ、観光関係団体や、観光関連企業が揃って元気を出して、一歩前に踏み出さなければいけない時だと思います。




井手) そして「観光」の上に「集客」をつけた「集客観光」こそが21世紀の産業だと経済戦略会議で申しました。私たちJR西日本のエリア内にも、古い歴史をもつ京都や奈良や和歌山などの観光都市がありますけれども、社寺仏閣があればお客様が来るのは当たり前だというような思い上がりがあったような気がするんですね。社寺仏閣があっても、それだけではお客様は集まらないようになってきたのです。現実に修学旅行の生徒さんはもうディズニーランドに行ってしまうわけですから。




二階) 観光は、確かに景観も大切ですが、やはり、歴史とか文化とか、訪れる人に与える感動が大切ですね。それぞれの地域が魅力ある観光地として栄えるためには、地域が官・民協調で頑張ることが重要ですね。




井手) いいものがあってもお客様を集めようと努力しなかったら、私は駄目だと思っています。ある時、経済戦略会議の委員の方から「集客」とはどういう意味だと聞かれたことがありました。そこで、私は観光業を生業とする者には、良いものがあればお客様が必ず来るという思い上がりがあってはいけない、どうしたらそこに来て下さるかという努力、工夫が必要であり、そこにこそ産業としての意味があるのではないですかと申し上げたんです。集客が観光の頭についていますので、二階先生が今おっしゃったように、観光に関係する事業に携わっている皆さんが一緒になって、多数のお客様が観光に来て下さるように努力したいと思いますね。




二階) 景色だとか文化や歴史やその地方のテーマパークのようなもの等を総合的にアピールする。お客様の求めにどうマッチさせるか、フィットさせるかというところが、旅行、観光を成功させるかどうかになるんでしょうね。




井手) そうですね。お客様のニーズは多様化していますからね。例えば、泊りと食事の全部がセットされた旅館の在り方でいいか今問われていますね。また、建物もどこへ行っても同じような造りでは魅カありませんよね。その土地に合ったおもてなしなど、建物も含めて独自のものがないとアピールしませんよね。那智勝浦温泉に行けば那智勝浦温泉らしい雰囲気があるとか。白浜温泉と有馬温泉とは当然、違わなければいけないのですよ。




二階) そうなんですね。駅の名前を塗り替えて、浴衣の名前を書き換えれば、どこの温泉か分からなくなるというのでは困りますからね(笑)。




井手) ですからそういう意味で、21世紀はナンバーワンではなくてオンリーワンたることが重要となります。これは他には無いのだという雰囲気づくりを、我々皆が一緒になって創造していく必要があるのです。我々がせっかく認識を深めさせた観光業が、日本の国のメインの産業になるかどうかというのは、それができるか否かに懸かっていると思うんですね。






◆「祝日三連休化法」実現による 観光産業への波及効果に期待


二階) 井手合長にもお骨折り頂いて、観光に弾みをつけようということで、祝日三連休化がようやく実現しました(※施行は二〇〇〇年から)。平成十一年の三月のお彼岸はプレイベントのような形で、三連休だったわけですが、この三連休は、やっぱり相当賑わったようですね。




井手) 三連休の時のお客様の出足はやはり違うんですね。各ご家庭も「次は三連休だからそれまで行くのは待って」ということにして、三連休には余裕を持ってお出掛けになるところが多いようです。そうした気持ちが日本人の間に根付けば、改正祝日法の効果は必ず現れてくると思います。私は大変期待しています。




二階) 私も三月の三連休の時、選挙運動で地方選挙の応援――二日間は和歌山に、後の一日は岩手県の盛岡の方に行っていたのですが、不況にもかかわらず、各地の観光地が賑わっているという感じがしました。




井手) ちょうど法案のご審議・採択前後に、地方自治体にも特別決議をお願いしようと思って働きかけました。最初のうちは祝日三連休化の趣旨をよく分かって頂けなかったのですが、しだいにご理解下さり、JR西日本エリアのほとんどの県と市町村に特別決議して頂きました。




二階) 最初は皆さん、分かりにくくてね(笑)。「休みをこれ以上増やされたら困る」とおっしゃるので、「増やしません。休みを月曜日に寄せるだけです」と言うんですがね。だけどようやく分かってもらえて、良かったです。三日休みだと、かなり遠くまで足を運ぶことができるし、それに自分の有給休暇を加えれば、かなり楽しい旅ができるでしょうしね。




井手) それと、日本人はせっかちですから、どうしてもあくせく動く。それが日本人そのものをスポイルしているんじゃないかという気がしますし、もうちょっとゆったりすべきではないかと思いますね。三日間の休みがありますと、いくつもの観光地を巡るというだけでなく、一か所に長く留まるという過ごし方も選べます。その点で先般成立した改正祝日法は、日本人に長期滞在型の旅行を馴染ませると思いますね。




二階) 観光地に二日居て、旅から帰って一日休み――翌日から体調を整えて仕事に行くこともできる。それと比べて、ギリギリまで遊んで、前の晩の十二時に家に帰ってくるというのではきついですからね。




井手) 日本人は基本的に勤勉なだけに、物見遊山というのはちょっと気が引けるんでしょうね。でもこれからは、観光旅行は自分の中に活力を蓄積してリフレッシユするチャンスなんだという、ゆったりとした気持ちを持って休暇を利用して欲しいと思いますね。そうすれば、日本の国も大分変わってくると思いますし、外国から日本は特殊な国であるというような見られ方はしなくなるでしょうしね。日本が世界の中で正当に評価を受けられる国になるという意味でも、祝日三連休化は非常に意義のあることだと思いますね。






◆大阪湾ベイエリアの開発、 オリンピック誘致で関西経済の活性化を


二階) いろいろな観光施設が次全できていく中で、今度大阪にユニバーサルスタジオ(USJ:Universal Studio Japan)ができますね。




井手) USJは、関西で大きな目玉として、いわゆるベイエリアの開発、大阪湾周辺をエリアとして開発しようというプロジェクトの一つの大きな柱として考えております。この構想が出されたきっかけの一つは東京ディズニーランドの集客力に注目したことですね。あそこには年間約一六〇〇万から一七〇〇万人くらいのお客様がお見えになる。しかも修学旅行のお客様まで行かれるという。我々としても、大阪湾ベイエリアにそれくらい楽しいものが欲しいということで、ユニバーサルスタジオへの期待は非常に大きいですね。




二階) ロスアンゼルスにもあるようですが、フロリダのユニバーサルスタジオを私も二度ほど見学したことがあります。大人にも子供にも実に楽しいものですね。あれならお客様は遠くからでも来るだろうと思いましたね。




井手) 今、関西財界を挙げて、早くUSJを完成しようと取組みを進めています。私たちの会社では、USJへのアクセスの便を図るため桜島線(西九条−桜島)の安治川口と桜島の間に新駅を開業させますが、安藤忠雄先生にその設計をお願いしました。これは既に完成しておりまして、もうすぐ大きな帆が張られましてね、船が浮かんでいるようなデザインなんですが、このような駅は世界に例がないのではないでしょうか。本当にユニークなんです。ぜひご視察頂きたいと思います。




二階) もちろん、喜んで。駅ごと船に見えるようなデザインなんですね。




井手) これはひょっとすると何か特別な賞を戴けるかもしれないと密かに思っているんです。安藤先生も大変ご自慢のようです。




二階) 改築の時期に入ってきた駅もまだまだ多いでしょうから、地域の特性を生かしたデザインで再活性化の目玉にしたいものですね。




井手) そうですね。これからの駅は地域と一体になって作らなければいけないと思います。私たちの京都駅(ビル)も、単に改築するだけでなくて、どのようにすれば世界有数の歴史的文化を持つ京都の将来の玄関口としてふさわしいものにできるか、ということを大事に考えて造りました。その結果、私どもの利益にもなり、お客様も喜んで下さり、街全体も良くなったと思います。




二階) 新しい京都駅を拝見してびっくりしましたよ。新装なった駅の機能、ショッピングコーナー、レストラン、劇場等必ず誰かとまた来てみたいという感じを持つでしょうね。




井手) ありがとうございます(笑)。




二階) 本当に評判もよろしいようですね。駅の将来像を示すお手本のようなものですね。




井手) お蔭様をもちまして平成九年九月の開業後一年間に、京都駅ビル内のデパートやホテル等をご利用頂いた方の合計は延べ三五〇〇万人にもなりました。ちょうど東京ディズニーランドの倍くらいの人数の方に来て頂いたことになるのです。また、京都駅の近距離切符の発券枚数は改築前より約四五%増えました。一日当たりの収入は約六三〇〇万円から約七八00万円となり、およそ二割増です。京都駅の収入はうちの米子支社と福知山支社の合計収入と同じレベルなんです。




二階) はあ、二つの支社と同じですか。




井手) 米子や福知山支社の収入が二割も増加することは現実的ではありません。ところがあの京都駅ビルができたことによって、京都駅の収入は二割も増えたのです。観光の拠点という機能を含め、地域に貢献するために熟慮してその地域にふさわしいものを造れば、お客様は来てくださるんだということがよく分かりました。




二階) ですから第二、第三の京都駅のようなものをJR各社で、どんどん造って頂く。また、そうするために政府の方でどのようなバックアップができるか。地域と国と地方と、そしてJRと、一体になって開発に取り組んでいかなければなりませんね。




井手) その際、先ほど申しましたように、ナンバーワンを競うのではなくてオンリーワンでいきたいですね。同じようなものをあちこちに造っても駄目なんです。今、二階先生がおっしゃったように変えていくとすれば、それぞれのところでそれぞれの地域らしい独自のものを考えなければいけませんね。二階先生が設置にご尽力くださった、きのくに線の広川ビーチ駅はいいですね。




二階) お蔭様で天皇皇后両陛下の行幸の際、あの駅からお召列車にお乗り頂きまして、駅の格も大変上がりました。




井手) 北陸本線の美川駅も、今大変人気が高いですね。




二階) あれは、亡くなられた奥田元運輸大臣が大臣就任三日目くらいに「ちょっと来い」と言われるんで伺いましたら、メモを持っておられましてね、「これは自分の生れ故郷の町だけど、大臣になったからといって自分で駅を直すわけにもいかをいから、君に頼むよ」(笑)とおっしゃられて、あの当時井手会長にずいぶんとご協力頂きました。




井手) あの駅にはミ二水族館ができたようですね。




二階) ええ。オープンには行けませんでしたが、この間、これもご縁ですけど、奥田先生のお葬式の後に、美川の竹内町長さんの案内で行ってまいりました。




井手) そうですか。ありがとうございます。




二階) 地元の皆さんが喜んでくださって。あの地方のシンボルとなっているんですね。




井出) はい。あの駅前もお蔭様で綺麗になりました。




二階) 井手会長は大阪へのオリンピック誘致もずいぶんお力を注いでおられるんですが、開西はもちろん、日本全体もこれには大きな期待を寄せています。




井手) これには力を入れてやりたいと思っているんです。もっとも、世界中他にもいろいろ有力な候補地がたくさんありますので誘致活動は大変と思いますが、今問題となっているような誘致疑惑が起きることのないよう、フェアにやっていきたいと思います。しかし、以前、「関西空港」開港の折、関西ってどこ?ということを世界中の方に言われるほど、大阪や関西の知名度は世界的にはあまり高くありませんでした。そこで、私個人の考えとしては、オリンピック誘致運動を活用して、大阪や関西の土地柄を正々堂々と世界に周知させるのだという視点から進めてはどうかと思っています。誘致のために公費を使うことも許されるわけですから、こんないいチャンスはないんじゃないかと思うんです。




二階) まさにこのオリンピックに立侯補するのを契機に、関西や大阪が国際的に認められ、評価を得られるようにしたいものですね。




井手) そえ、そうです。もちろんオリンピックが大阪に来れば、オリンピック開催の期間中には大勢のお客様がお見えになるでしょう。しかし、単にそれだけで終わったのではもったいない。大阪や関西に大勢のお客様が将来にわたって来て下さるような宣伝を徹底的にしましょうと言っているんです。そうすれば、仮に他の都市に決まったとしても、関西や大阪をアピールできたんだから良かったと思えるし、それによって関西や大阪に関心を持って頂いた方々が長期にわたって来て下さることになるかもしれないですからね。もちろん、オリンピック誘致をメインに据えますけれども、それよりも大事なことは、このチャンスに関西、しかも大阪、和歌山、奈良、京都、徳島、兵庫にまたがる大阪ベイエリア全体を関西として売り込んで、世界に知らしめること、そちらの方に力を入れてはどうかと思っているんです。




二階) 関西のまさに国際化ですね。大阪ベイエリア全体で、人口は約2020万人、経済力はエリアの合計が約78兆円くらいですね。人口は世界的には47位で、イラク、マレーシアに匹敵しますが、経済力は世界で10位で、カナダ、ブラジルに肩を並べるくらいです。大阪ベイエリアが一体になれば大きな国のような実力を持っているということを確認しあって、船出をすることが大事だと思っています。




井手) そうなんですよ。世界第10位にふさわしく、大いに勇気を出して国際社会へ踏み出すことですね。




二階) 立候補することによって、街も綺麗にしよぅと。そうすると皆さんそれぞれの目標を立てて頑張りますし。今スポーツに親しんでいる人たちにも、ひょっとしたらオリンピックに出られるかも知れないという希望が湧いてきますからね。オリンピックのスタジアムで観戦するだけでも、大きな感動というか、人生の中の印象深い1ページとなりますからね。




井手) その通りです。私は大阪府体育協会の会長を今兼ねておりましてね。




二階) あ、そうでしたか。責任重大ですね。




井手) さらに精進いたしますので(笑)。




二階) いやあ、それは大いに頑張って下さい。オリンピックはやはり国を挙げて対応していかなければいけないと思っているんです。




井手) ぜひ、よろしくお願いします。




二階) この間も、川崎運輸大臣(当時)とお話していたときに、2002年にワールドカップ、2005年は愛知万博、2008年は大阪のオリンピックなど、二、三年おきに大きなイベントがずっと並ぶ。これを繋ぎ合わせると画期的な観光の世界的な一大イベントになるだろうという話になりましてね。




井手) おっしゃる通りです。オリンピックの次は再び万博というようにシリーズでいろいろなことをやって頂いて、お客様の目がいつも関西に向けて輝くようにしたいと思いますね。




二階) うまくやれば、関西の夜明けが来るような気がしますね。




井手) 私たちの京郡駅ビルも、年間380回ほどイベントを開催しています。あちこちの場所でやってますから飽きないんですね。お蔭様で成功しています。何時行ってもただで何かを見ることができるとか、何かショーをやっているとか。こういうことが集客に繋がるんだと思いますね。日本の国も二年に一回くらいずつ世界的な楽しいことがあるといいですね。




二階) 素晴らしい発想で京都駅を成功させておられるようですが、今おっしゃるように、飽きないようずっとイベントを重ねていくということが大事なんでしょうね。




井手) そうですね。今、二階先生の地元の和歌山県で南紀熊野体験博覧会が開かれていますが、私は、非常に期待していると同時に、大変興味があるんですよ。普通、博覧会の会場に入るためには入場券が必要であって、その前売り状況によりお見えになるお客様の数をおおよそ予測できるんですよね。私たちの会社も熊野博をメインに様々な事業展開を企画していますが、今度の場合は、事前に切符を売るわけではありませんので、あらかじめお客様の数をカウントできないんですね。大きな博覧会としては初めてのことですから、これはいい経験になると思いますね。




二階) 熊野博は県を挙げて、成功できるよう頑張っておりますよ。私も郷里に帰った時に、それぞれの熊野博というものを一人一人が描いて、友だちを招いた時にどこに案内するのかを考えておくことが大事だと言っているんですよ。時々、タクシーの運転手さんにも聞くんです。「お客様が熊野博に行ってくれと言われたらどこへ連れて行くんですか」と。やっぱり勉強しなければいけないんですよ。歴史やその地域のことについて説明されると、そのタクシーにもリピーターといいますか、ファンができて、お客様が来るわけですから。以前に観光立県推進会議で北海道の網走に行きましたら、駅を降りたら私どものために、ずらっとタクシーを用意して下さっているんです。「黒い公用車を並べることはできるんですが、この地域のことなら何でも知っている運転手さんを選んで、今日はお願いしております。何でもお開き下さい」とこう言われるんですね。で、ずいぶん楽しい思いをさせて頂きました。お話しなさる運転手さんも元気一杯、今まで自分が蓄積してきた地域のことすべてを我々に説明して愉しませてくれる。こういうことも大事だなと思っていましたので、この問から何人かのタクシーの運転手さんに「みんな自分の得意の熊野博を持って、そこへお客様をご案内して下さい。海へ行くか山へ行くかというだけではなくて、もう一歩突っ込んだ何かがあったほうがいいですよ」と言っているんですよ。




井手) 素晴らしいことですね。それができませんと観光立県にならないですね。




二階) そういうことですね。




井手) 観光大学設置や動く観光図書館の構想もございますけれども、観光そのものが日本の一つの大きな産業だという視点を大切にしつつ、様々な角度から観光振興をして項きたいと思います。






◆国鉄改革に高い評価 国民全体にも大きな自信を与える


二階) 新幹線700系のデビューが大変注目を浴びていますね。




井手) 私たちは500系を開発しまして、今度JR東海さんと共同で700系を製作しました。700系の評判はある程度いいので大変良かったと思います。700系のデビューにより新型新幹線の開発が、とりあえず一段落しましたので、次はハード面よりもソフト面を大切にサービスを良くいたしまして、できるだけ皆さんに可愛がられ、喜んでご利用頂けるようにしたいと思っています。今、中国や台湾で新幹線の建設が現実的になりつつあり、輸出の可能性も広がっているんですよ。




二階) 井手会長は大学を出られていきなり国鉄へお入りになり、随分キャリアを積まれておられますが、国鉄時代、改革の時期、JRになってからと、思い出はたくさんあろうかと思いますが、特に印象に残っておられることをお聞かせ下さい。




井手) 私が国鉄に入った理由は、小さい頃からの乗り物への憧れもあったと思うんです。しかし、本当は、ちょうど昭和三十四、三十五年頃は就職難で、当時の国鉄では大学卒業者の採用者数が、事務系全部で30人でしたが、そこへ1000人くらいの応募があったと聞いて、私はどうもそうなると挑戦してみたくなるという…(笑)。ですから、特に強い思いがあって、国鉄でなければならないという気持ちで入ったわけではないのですが、もう一遍就職するならば、あの国鉄に入ってみたいと思いますね。




二階) もう一回人生あればね(笑)。




井手) はい。それはなぜかと言いますと、国鉄というのは、末期は違いましたけれど、私が入社した頃は、我々キャリア組に対しては、責任を持つなら自由に経営問題等について発言してよろしいという、極めて風通しのよい組織だったからなんです。ああいう格好に最後はなりましたけれど、それでも最後の段階でも、私たち若い連中の言うことが結果的に通ってきたというのは、やはりそういう風土があったからだと思うんですね。もちろん、面白おかしく書かれている部分もありますし、ちょっと辛い部分もありましたけれども、最終的には、自分たちが思い描いたことが実現できた組織だったと思います。貧乏な組織でしたけれども、もう一遍入ったら面白いかもしれないなと思うぐらいの組織ですね。




二階) 今日見事にJRとして、西日本も東海も東日本もそれぞれ大成功されているわけですけれど、やっぱり国民全体に、改革とか経営方針を刷新することによって、こんなにも大きく変わるんだということを実証された。国民全体にも大きな自信を与えて下さいました。




井手) 経済戦略会議の委員を委嘱された理由も、多分、国鉄改革の経験を少し語れということだったと思うんですね。ですからいろいろな場面で話しましたけれども、国鉄改革が成功したかどうかは、まだ我々が判断すべきではありません。ただ、各方面からかなり高い評価を頂いていることはありがたいですね。考えてみますと、今から一五年、二五年前は、雑誌に「国賊」と書かれたんですよね、国鉄は。国賊の一員が国を救う会議のメンバーになるなんていうのは、ちょっと逆転ですよね(笑)。国鉄の改革は、もちろん国会等のお力添えがあってできたわけですけれども、やはり大きなことだったなと、そしてそれを中途半端なまま終わらせてはいけないと、国鉄改革の当事者として経済戦略会議に出て改めて思いましたね。




二階) JR貨物の会長の橋元さんが国鉄の副総裁をされておられた頃に、「この先、国鉄はどうなっていくんだろうか」と話しあったことがあるんです。私は選挙区でのいくつかの会合の日程を時問通りにピシッとこなしていけると「今日は汽車みたいだな」って言うんだと・・・(笑)。「この信頼、信用というのはすごい、これは何事にも替え難い」と話したんですよ。そうしたら橋元さんが、「それじゃ、他の場でその話を言っていいか」と言われるんで、「いやあ、それは皆が思ってますよ」と答えたんですがね。国鉄に対する国民の持つ信頼感は絶大でしたよ。




井手) そうなんです。大事なことですね。




二階) 私が小さい頃、疎開しておりましたのが、紀勢本線の稲原という駅の近くでした。特急列事が通過するんですが、小学校一年生でしたからよく見に行きましてね。それでそうこうしているうちに駅長さんがたまに帽子を貸してくれたりしてね。僕も大きくなったら駅長になろうと思ったんだけどね、とうとうなりそびれちゃった(芙)。




井手) いや、二階先生は国家のもっと大事な職責を果たされておられるわけで、私どもは常々本当にありがたく思っております。




二階) 駅とか汽車とかに対して、みんな共通の郷愁がありますね。石炭を焚いて走るSLは今も人気が高いですね。




井手) ひと頃は、汚れるし目にススが入るような汽車は嫌だって言われて、一度は全廃しましたが、今また、あっちこっちで復活しているようです。




二階) しょっちゅうテレビでもやっていますね。SLが走るとみんな、大喜びされていますよね。






◆それぞれの分野のいろんな知恵を出し合って


二階) 私たち、全国旅行業協会5800社、みんな力を寄せ合って頑張っております。このメンバーに、旅行業の最先端にいらっしゃる井手会長に大御所の立場から、ヒントと言いますか、元気がつくことを何か一つ教えて頂けますか。




井手) くどいようですが、私は、21世紀に日本の国の基盤となる産業の一つは観光、しかも集客観光業だと思います。今は大変苦しい立場にありますけれども、未来は明るいと思います。ただ先ほども申しましたが、今までのように横並びや、他のモノ真似ではなくて、各々が「オンリーワン」を目指して取り組んで頂ければ、必ずや道は開け、21世紀には大産業としての飛躍があると思います。皆様にはいろいろなアイデアを出してやって頂きたいと期待しています。また、過去にはキャリア業の方がどちらかというと強いような風潮がありましたけれども、それもおかしいことです。交通機関、宿泊機関、あるいはお土産屋さん、社寺仏閣などの皆さんが一緒になって、それぞれの分野のいろいろな知恵を出しあって、トータルとしての「集客観光」を作りあげなければいけないと思います。その昔、国の役所として鉄道省があった頃のような、「鉄道の方は床の間に座って」という風潮から脱皮しなければいけないと思っておりますので、ぜひ忌悍のないご意見を私たちの方にもお寄せ下さい。




二階) 私どもの協会の会員は、まだまだ中小零細企業ですが、これから旅行企画において、共同で企画させて頂くということをお願いしたいと思います。




井手) こちらこそ、ぜひお願いいたします。




二階) 全旅協の会員のお得意様は皆さん顔と顔とで繋がっているんです。




井手) そうです。それが強いんです。




二階) ですから、私はこの不況の時に、むしろ強い業界だと言っているんです。大きいところは大勢の人を抱えて、借金を抱えてやっているんですが、私どもの方は一会員の社員の数がそんなに多いわけではありませんから、今は我慢をしながら、まさに春が来るのを皆で待とうということを言っているんです。このところ旅行観光開係が少し動きだしたという明るい感じが出てきたようですね。




井手) もう春は近いです。国内旅行については、JR旅客六社のゴールデンウィーク期間中における指定席予約数が、(平成十一年)四月十五日現在、前年比8%増の214万席で、今年は曜日配列が良かったこともありますが、三年ぶりに前年を上回りました。海外旅行については、特にアジア方面の伸びが大きく、全体でも前年比プラスで推移しています。




二階) これからも、景気の先頭ランナーとしてこの調子で行くといいんですがね。それから、この頃、盛んにあちこちから「花いっぱい運動」についていろいろな企画が盛り上がってきているんですが、これの全国ネットワークをつくっていこうということで「花を愛するネットワーク21」というものの準備が今始まっているんです。今度、井手会長にもぜひお力を頂きたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。




井手) わかりました。花と観光は関係も深いわけですから、駅のホームも綺麗にしたいし、ぜひお手伝いさせて頂きたいと思います。




二階) 本日は、お忙しいところをありがとうございました。






  ・産業文化財(遺産)を観光資源化
JR東海(株)会長  須田 寛




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JR東海は、中部地方の最重要な観光インフラ提供会社である。その会長であり、日本観光協会支部長でもある須田氏に、自論の「産業観光」など観光振興にかける意気込みを語って頂く。(平成12年3月対談)




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すだ ひろし


昭和29年日本国有鉄道入社。昭和54年名古屋鉄道管理局長。昭和62年東海旅客鉄道(株)社長、平成7年同社会長。中部経済連合会副会長等。




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二階) 須田会長は、経済人としても国鉄分割後のJR東海の社長として、今日のJR東海の発展にも大いに貢献された中部財界のリーダーでありますし、活躍の分野が実に広範にわたっておられます。


確か会長のご尊父は、近代洋画壇の巨星と言われた須田国太郎画伯であられたわけで、ずいぶん前に確か「日本経済新聞」で拝見しました。親譲りの芸術や文化の素養が会長の発想の奥にひそんでいらっしゃるから、鋭いご指摘をなさる場面でもずいぶん相手をまろやかに包み込んでしまわれるお人柄というか、実に魅力のある人だなあと感じておりました。ところで、お父さんは芸術の道をお勧めにならなかったのですか。




須田) 親父は、いわゆる美の探究に没頭した学者で半生、絵描きで半生のような人生でした。生きている間はさっぱり絵は売れませんでしたよ(笑)。


それが、亡くなってから、いくらか値がついたようです。そんな父から「お前は絵の才能はないから別の道を歩め」と言われまして、父とは別の方向を目指したわけです。




二階) ご尊父の生誕百年記念の、須田芸術を紹介する展覧会(日本経済新聞社主催)開催の記事を記憶しているのです。もう10年ほど前になりますかね。




須田) 大臣がそんなことまで知っておられるとは驚きました。1991年でした。しかし、正直、光栄に思います。




二階) 早くからちょっぴりそのことを知っておりましたが、会長がご自身の口から前々語られないので私もしまっておきましたが、立派な芸術家をご尊父に持たれ、その芸術や文化の血が中部地方の観光振興に新しい息吹を起こされようとしておられる。


しかも、その舞台として、中部国際空港があり、愛知万博があり、条件は揃った感じで期待と夢がふくらむ思いてすね。




須田) 大臣は、これまでも全国旅行業協会の会長をなさっておられましたし、いろいろな場で観光へのご発言などを承っておりまして、力強いご活躍の様子を注目しておりました。


今年は2000年、これから21世紀になってまいりますと、国際的な大交流時代になると言われていますが、日本にもやがてそれが訪れてくるでしょう。新しい日本の産業構造をつくる意味においても、国際交流時代における新しい日本をつくる意味においても、観光のウェイトがいやが上にも高まってくるという期待をいたしております。




二階) 会長のご活躍にこそ、かねがね敬服いたしているところです。






◆産業都市として歴史を活かす 新たな試み−産業観光


二階) 先般も観光の新分野である産業観光についてのご著書、『産業観光−産業中枢、中京圏からの提案』をご出版になられ、私も興味深く拝読させて頂きました。あの本で会長が提唱されている産業観光の視点は、これまでの観光という視野では少し見過ごされていたものです。そういうところに光を当てたことで、観光の裾野を広げると同時に、モノづくりに対する再評価、再認識にもつながるものではないかと思っております。私としては、新しい観光の切り口として、全国的な観光施策に活かしていきたいと思っております。


本日は、産業観光について会長に直接伺える絶好の機会ですので、いろいろとお聞きしたいと思います。




須田) 実は私、名古屋にまいりまして、産業遺産、産業文化財、こういうものが立派に保存されているので驚きました。しかもそれらを保存した収蔵館、資料館であるとか、博物館が多いことに気がついたのですが、地元の人がそういったものの存在や価値をあまりご存じではないようで、残念ながらよく知られていない。しかも一方で、名古屋には観光客が来ない。産業都市だから観光地ではない、とまあ若干諦めムードみたいなものがありました。


これからこの地も大きな交流中枢として発展し、万博を開こうとしているわけですから、世界の人々、内外の人々を名古屋に呼ばなければいけないことを考えますと、何かひとつビューポイントがいるわけです。




二階) 伝統的な産業遺産を観光の目玉にされるわけですね。




須田) そうです。これだけ立派な産業遺産があるわけですから、こういうものを観光資源として使えないだろうかと考えたのです。そしてモノづくりの心に触れてもらうということで、やがて、後継者の育成にも繋がるということを考えまして、地元の経済団体で作ったデータベースを基礎として、観光資源としての産業文化財をリストアップしてモデルコースを作りました。また、それらをお持ちになっている博物館長、資料館長などと商工会議所等の経済団体の長との集まりを時々開いて、意見の交換を行なうなどして、産業観光キャンペーンを立ち上げてまいりました。




二階) 次の時代を担う小・中・高校生などにぜひ見て、学んでほしいですね。中部地方には「産業技術記念館」「愛知県陶磁資料館」「トヨタ博物館」等々があります。修学旅行で若い学生たちに、日本の技術力−過去と今日と末来−を自分の眼でしっかりと見つめて学んで頂きたいものです。




須田) その通りです。また海外から来る人の中には日本の産業について大変関心をお持ちの方が多いわけですから、外国人観光客にも見てもらいたい。つぎに外国にもこの種の産業観光的なことをやっている国があるわけですから、そういうところとの連携を図りたい。それからさらに国内でも同じような産業観光をやっている所が多いので、横の連携を図ってネットワークを組みたい。こんな事を考えながらやっているわけです。少しずつ動きだしたかな、というところです。




二階) 新しい観光産業として、同時に中部の産業をもう一度見直すチャンスにもなりますね。モノづくりと産業観光−中部地方の特徴を活かして大いに延ばしたい分野です。


観光には「学ぶ」ということの楽しさが大きな要素の一つのようですが、昔は、金比羅さん参りや蟻の熊野詣、四国のお遍路さん、いずれも心のやすらぎと同時に旅を通じての時代の流れを吸収する絶好のチャンスでもあったようですが、中部地方の産業観光によって、多くの皆さんが産業の軌跡や新しい波や時代の方向性を学ぶことは、「技術立国日本」を下から支えることにもなり、新しい観光の分野となります。21世紀は技術力の時代、技術最優先でもう一度技術屋さんの復権の時を迎えているわけですが、うれしいですね。




須田) 運輸省でも注目を頂いているようですし、大臣からもあたたかいお言葉を頂き、本当にありがたいことです。




二階) 産業観光について、国内観光という視点だけではなく、国際観光という視点からも新しい観光として育てていきたいということですが、発想がユニークで大変すばらしい。その一環ともなるわけですが、昨年(平成十一年)十一月、金沢で第二回の日独観光交流促進協議を行ないました。愛知出身の鈴木政二運輸政務次官が日本側の団長で、日独両国ともにモノづくりの伝統が共通してありますので、産業観光というものを通じて相互交流を促進していこうと、こういうこともこの協議で合意されたところです。




須田) それはよかったですね。


アジアの近隣諸国は、今、産業振興を通じて近代化に積極的に取り組んでいるわけです。日本の産業文化の歴史、歩み、そういうものをこれらの国の人々が直接見る機会ができるということは、彼らのこれからの国づくりにとって大変意義あることだと思います。産業観光というのは広い裾野と可能性を持っているのです。




二階) 中部は人口で約一七七〇万人、域内経済力七二兆円、世界でベストテンに入る大きな有力な国家のような存在ですから、一層自信をお持ちになって、力を込めて頑張って下さい。








◆民間外交官の意識で 訪日外国人観光客の倍増を


須田) 大臣から励ましのお言葉を頂き、かつ、深くご理解を頂いていることに感銘しております。このような機会は大変貴重ですので、これからの観光のあり方等についての基本的な大臣の抱負、そのお考えをお話し頂ければありがたいのですが。




二階) 私はかねがね、21世紀はどういった時代になるかと言えば、国際的な相互依存関係をさらに深めていく、まさに、会長が言われました大交流の時代でなければならないと思っております。インターネット等を通じて情報通信の網の目が張り巡らされた高度情報化の時代が21世紀だと思います。情報の密度が濃くなればなるほど、逆に現地に行なってものを見、聞き、理解する、そういう実際の交流や体験というものがますます重要になってくるのではないかと思っております。21世紀は情報通信の時代であると同時に、それによって、大交流の時代がもたらされる、そういう時代になるのではないかと思っています。


多くの国民が直接、海外の事情を自分の目で見、聞き、感じ、という点−日本人の国際化ではいい方向に進んでいると思うのです。しかし一方、我が国を訪れる外国の方々に、我が国を海外の人々にきちんと理解して頂く、知って頂く、そういう機会の提供への我々の努力、そういったものが少し不足していたのかな、というのが私の率直な感想です。


そういう観点から、私は、一方にかたよらない双方向の交流というものをもっと大切にしたいと思うわけです。このため、訪日外国人観光客の倍増、現在のだいたい年間400万人、これをまず800万人に倍増しようということを目標として掲げました。




須田) 私もちょっと、倍増というのはこれは驚いたというのが正直なところでしたけれども、大臣のお話を伺っておりますと、我々も、その目標の達成に向かってもっと頑張っていかなければ、と近頃は強く思っております。




二階) 一見唐突に思われるかもしれませんが、みんなで努力すれば達成不可能な数字ではありません。国別に目標を定めて活動を展開したいと思います。河野外相のご提唱ですが、外務省・運輸省が協力して、各国ヘミッションを送ることも考えています。




須田) 一六〇〇万人の人が外国に行く。しかし行くだけでは意味がないので、行ったら外国の人と交流をして、そして外国の人を一人でも日本に引っ張って来るようにすればいいわけですね。愛知県の旅券センターでは「あなたは民間外交官です」等と書きまして、「外国に行った人は必ず外国人とコミュニケーションして地元のいいところを紹介してください」と掲示しています。これをもっと進めまして、海外旅行した日本人は外国から必ず一人の人を日本に呼んでくる。友達でもホームステイでも何でもいいから、そういう気持ちになってもらえれば、決して800万人は夢ではないと思います。極論すれば、一人が一人ずつ呼んでくれば、1600万人になるわけです。


大臣のご趣旨を体して、自信を持って考えていかなければならない。私は観光団体とも関係しているものですから、ぜひこういった運動を広げていきたいと思っています。




二階) 会長さんから大変力強いお言葉を頂きまして、改めて私も勇気づけられました。








◆成果が出た ハッピーマンデー効果


須田) 国内観光についても大臣は大変ご造詣が深いわけですが、ご出身地には有名な白浜温泉や勝浦温泉等の観光地もございます。我々にとって待望のハッピーマンデー法が今年一月から実現しましたが、その効果はいかがでしたでしょう。


私の本業は鉄道ですので、鉄道事業者の立場から祝日三連休化のインパクトを見ています。これまでも三連休の週末は、通常の週末に比べて新幹線や在来線特急の乗客が増える傾向にありましたが、今年の成人の日が月曜日に変わって三連休となった一月八日から十日の間を、私どもの数字で前年と比較してみますと、総乗客数が在来線特急で約一二%、新幹線で約七%増えており、ハッピーマンデー法の効果が出たと思っております。


十月の体育の日の三連休については、ちょうど秋の行楽シーズンでもありますので、さらに大きな効果が出てくるのではないかと今から期待しているところです。私どもの希望としては、今は成人の日と体育の日の二日だけですが、最初の原案のように、少なくとも四日ぐらいやって頂けるともっと効果的ではないかとの期待もありますので、またご支援を頂きたいと思っております。




二階) ハッピーマンデーは、旅行観光の業界にとっては、本当にハッピーな結果になりましたね。もう二週ぐらい増やしたいと思っています。(その後、平成13年6月15日、海の日、敬老の日も3連休に指定するハッピーマンデー倍増法案が可決成立しました)この不景気ばかり言われている時に、政府が1円も使わずに、国民をハッピーにすることができて、あれは大成功でした(笑)。


国内観光につきましては、ご承知のように、現在、国民一人あたりの平均年間宿泊日数が一・六泊ですが、これを〇・四泊増やして、二泊三日型の旅行を定着させていこうというのが政府としての基本的な方針です。そのために先ほど会長さんのおっしゃった祝日三連休化法、いわゆるハッピーマンデー法が有力な手段になると考えております。


しかしそれと同時に、二泊三日型の旅行を定着させていくために、我々が取り組んでいかなければならないことがあると思います。これだけ国民の価値観が多様化してまいりますと、一点滞在型、リゾート型といいますか、同じところに二泊三日滞在して下さい、ということだけでは国民の多様なニーズに対応できません。そういう意味では、やはり広域観光ルートというものが国内観光についても大変大事になってくると思います。県境を超えた多様な広域観光ルートというものが、観光の魅力を倍増させていくことになるだろうと思います。


例えば東海地方について見ましても、一方では美しい海岸線があり、一方では山岳地帯があり、そしてまた温泉地帯もあり、産業観光もある。それらを上手に広域観光のルートに組み合わせることによって、二泊三日型の観光というものが、より国民のニーズに沿った形で盛んになってゆくのではないかと思っております。そのためには、県境を越えた広域観光ルートの設定が重要です。


そういう観点から、運輸省としても、例えば、会長にもご協力頂きました昨年十一月の北陸WAC(広域連携観光振興合議)等の広域観光会議の開催などに取り組んできているわけですが、県境の璧を越えていくためには、民間の方々の取り組みが非常に重要であります。そして、そのような民間の方々の力が県行政、あるいは自治体行政を動かしていくことにもなるのではないかと思います。


広域的な観光の連携を民間の側から促進していこうというのが、「観光を考える百人委員会」の一つのねらいであるわけです。中部の百人委員会につきましては、7県という広域の方々にお集まり頂いて、今日、この後の会議で発足する運びになっておりますが、会長には発起人として大変なご尺力を頂いたと聞いております。今日は、愛知県、静岡県、岐阜県、石川県、三重県と、五つの県の知事さんもご参加され、経済界の錚々たる人達がご出席下さるようですが、躍動の観光に相応しい百人委員会のスタートですね。




須田) お蔭で立派な会になると思いますね。今お話がございましたように、中部はバリエーションのあるいろいろな観光資源がございます。さっき申し上げました産業観光というような新しい切り口もございますし、山あり、谷あり、それこそ史跡もございますし、伝統産業もあるなど、いろいろございます。全国的に見てもバリエーション豊富な大きな観光地だと思いますので、できるだけ多くの人に見て頂く広域連携は、これから本当に大事だと思っております。


中部の百人委員会が発展できますように、我々も微力を尽くして頑張ってまいりたいと思いますので、どうかよろしくお願い申し上げます。




二階) 今日設立されます中部の百人委員会のメンバーの方々を見てみますと、従来の運輸省の観光という枠を越えた幅広い方々にご参集頂いております。中部七県が大変熱心に応援してくださっていると聞いておりますので、皆様方のその熱意に応えるべく、私としても最大限の努力を重ねて行くつもりです。








◆観光産業振興フォーラムの発足で 官民連携の場も一層充実


須田) ところで我が国では、観光というのがどうも誤解されてきたようで、物見遊山という言葉もありますけれども、生産的でないものの代表が観光だと捉えられて、観光の意義というものが正しく理解されていない面があったと思うのです。「国の光を観る」「国の光を示す」という人的交流の原点に立ち返って観光の位置づけをしていかなくてはならないし、産業としてみた場合にも大きな経済効果があるという数字もあります。観光産業は、これからの我が国の基幹産業になりうるものだと思いますが、どうもその点の位置づけが弱いですね。




二階) 私も全く同感です。先進国あるいは発展途上国を問わず、どこの国に行きましても、観光というのはその国の非常に重要な第三次産業としてきちんとした位置づけがなされているわけです。それに比べますと、我が国では観光を堂々とした産業として位置づけることがまだまだ十分でないことを残念に思っています。


産業規模で見ますと、旅行消費額が20兆円、他産業への波及効果が28兆円、全体として約50兆円という大きな産業規模なのです。そしてこの雇用効果はだいたい410万人といわれております。もう一つ、観光産業の特徴は大都市だけでなく、地方が取り組める産業だということです。国土の均衡ある発展を支えていくためにも、観光産業を大きく育てていく事は大変意義あることなのです。21世紀の経済を牽引する一大基幹産業と位置づけて、観光産業の育成に運輸省が先頭に立って取り組んで行きたいと思っております。


昨年12月ですけれども、西武の堤義明さんに代表幹事になって頂いて「観光産業振興フォーラム」が発足いたしました。政府と民問が連携して観光産業の振興に取り組み、21世紀のリーディング産業に育てていくことが必要です。そして、このような地道な努力を積み重ねて、我が国を平和で、豊かな文化生活を誇る観光立国として立ち上げていきたいと念願しております。




須田) 非常に心強いお言葉を頂いて私どももさらに決意を新たにするわけですが、先般、大臣が中国においでになって、いろいろ中国の要人の方々と観光についてご協議をされたと伺っております。中国は大変人口の多いところですから、日本への団体旅行の解禁も近いという話もあって、非常に我々としては大きな関心を持っています。どのような状況なのでしょうか。




二階) 今年の1月、国会開会前の日程を縫って中国を訪問してまいりました。鉄道協力や我が国からのテクノスーパーライナーの実験航海の話などもしましたが、特に観光については、相当中身の濃い協議をさせて頂きました。中国政府の国家旅游局長の何光?(かこうい)さんと会談を重ねまして、大きくいって二つのことを議論してまいりました。


一つは、今、会長が言われました、中国からの団体旅行の解禁ということに関して、ビザの発給など実務的な問題もございますので、両国の実務者協議を早めて、中国からの我が国への団体旅行が実現するようにということで、お互いの意見が一致しております。


また、それと同時にもう一つ、先ほど私は観光交流は双方向の交流でなければいけないと申し上げましたが、中国から日本にたくさん来て頂く、同時に日本からも中国にたくさんの人が出かけていく、それが安定的な日中の関係を築いていく。そのような考えの下に、西暦2000年という節目の年を「日中文化観光交流新時代」の幕開けとするため、各界を代表とするメンバーと、一般の参加者からなる2000人の使節団を中国に派遣することを中国側に提案したわけです。


私としては、使節団は、その一人一人を「日中友好民間大使」と位置づけ、2000年の春に新しい日中両国の親善と交流を深める出発点にしたいと考えています。幸い平山郁夫先生が団長をお引受け下さり、感謝しております。




須田) 2000年の春に2000人−中国にふさわしい計画ですね。私たちも参加できますか。




二階) 大歓迎です。日中友好を2000年代にも、さらに発展させようという友好親善のお気持ちさえあれば、広く多くの方々にご参加頂きたいと思っています。




須田) いよいよこれから、21世紀こそ大交流時代、観光の世紀になりそうで、大臣がエネルギッシュにご活躍になられて、我が国の観光の将来を積極的に開拓されていることを非常に、心強く思います。


「いいものを見るためには長生きせよ」と言いますけれども、私はまあだいぶ老人の部類に入ってきたわけですけれども、少し長生きをして、21世紀の観光交流の隆盛の姿を見たいものだと思っています。どこかその端ででもお役に立てればと意欲が湧いてまいりました。




二階) 話は変わりますが、一月に中国に行った時、中国政府から、日本のリニアはまだ使えないのかと熱い期待が寄せられました。国内でももちろん、リニアの時代、まさに交通革命でしょうが、期待の声が大きいわけです。国としても、今後も技術開発だけでなく、実験から開業まで財政支援をしっかりやって行きたいと思います。




須田) リニアに深いご理解を頂きありがとうございます。また、ご試乗も頂いたそうで御礼申し上げます。JR東海としても、国や鉄道総研、さらに地元山梨県のご支援で、咋年は鉄道界の世界新記録を出しました。しかし実用化にこぎつけるまで、これからも相当頑張らなくてはなりません。




二階) 「いつ頃、実際に走れるようになるか」と、この頃、国会等でもよく質問されます。そこで私は、咋年四月走行試験で552キロを記録し、11月には相対速度1003キロの高速すれ違い走行を記録。もちろん世界の鉄道における新記録であり、天候や勾配に左右されず走行可能となった。しかし走り込みを7万キロから、20万〜30万キロにする必要があり、実用型試験車の開発、実用者及び建設コストの引下げ等、実用化に向けてさらに5ヵ年くらいの歳月が必要だと申し上げております。


運輸省として技術閑発や財政支援等を積極的に行ない、科学技術創造立国の名の通り、国をあげての支援協力が重要だと力説しております。




須田) 全くその通りです。これから先は、さらに国の積極的なご支援を必要としています。


JR東海としても頑張りますからよろしくお願いします。




二階) 1990年、私は大野明運輸大臣の政務次官当時、リニアが山梨でのスタートをしました。この前、試乗させて頂いたときに、その頃の大野大臣や、ご熱心だった金丸信先生の当時の写真等を拝見し、この先人たちの遺業を私たちは受け継いで頑張らなくてはとしみじみ思いましたよ。




須田) そうでしたね。金丸先生はリニアの模型を机の上に置かれて、ご自身も東京へ通えることを夢に見ておられたようでしたね。




二階) 本日は本当に貴重なお話を頂きました。今日のお話を参考にさせて頂いて、日本を観光立国として繁栄させていくことに向かってさらに努力していきたいと思っております。


私は、国内・国際観光いずれについても、一方的な交流だけでは駄目で、お互いの双方向での交流が相互理解を深めることになると思っております。お互いの活発な観光交流を通じて広汎な相互理解を促進しながら、21世紀の日本の繁栄を磐石なものにしていきたいと考えています。ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。




須田) 大臣はご就任後、まだ5か月で比較的日が浅いわけでございますけれども、すでにいろいろな政策を打ち出され、精力的なお取組みを頂いております。私どもも大臣のスピードに遅れないよう、頑張っていきたいと思っています。






  ・航空産業と旅行業界は二人三脚
日本航空(株)社長  兼子 勲




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 規制緩和が進んで、航空菜界は国内外の競争が激化している。日本の航空業界を代表する日本航空の兼子勲社長には航空業界の勤向をはじめ、観光振興の今後の展望、旅行需要を喚起するための関連業界連携などについて、語って項く。(平成11年8月対談)




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かねこ いさお


昭和35年日本航空に入社。その後、ローマ支店長、労務部長、常務取締役、専務取締役などを経て、平成10年社長に就任、現在に至る。




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二階) 全国旅行業協会の機関誌『月刊ANTA』の対談企画「主役登場」は、今回でちょうど10回目となりました。


日頃私どもが大変お世話になっております各界の有識者の皆さんに、貴重なご意見を頂戴したり、協会及び業界のあり方についてご指導頂いてまいりました。


本日は、私たちが今、何を為すべきかということのご示唆も頂戴したいと期待しております。




兼子) 全国旅行業協会の皆様方には大変お世話になっております。私どもお客様をお運びする側といたしまして、共存共栄でこれからも努力していきたいと思っております。




二階) 兼子社長は、いろいろなところでご発言の際に、今お話しのように、必ず旅行業界と共存共栄をしようという呼び掛けをして頂いておりますので、大変力強く思っております。旅行で速く、速くへ移動するということになれば、何といっても飛行機てすから。私たちの協会のメンバーにとって、航空会社といかに連携を取っていくことができるかが、旅行の範囲を広げていく上で、これからの大きな課題だと思います。


ご一緒にやらせて頂く兼子社長のご方針に対して、積極的に協力、協調して、一層、共存共栄の道を歩ませて頂きたいと思っております。




兼子) ご一緒に観光・旅というものをトータルで作り上げていく。その中で運送する側と旅行業界とが、私は英語でウィンウィン(Win Win)と言っているのですが、勝ち負けではなくて、勝ち勝ちの関係でなければいけないと思っております。




二階) 先日、日本航空とアメリカン航空との共同運航の便で、アメリカのデンバーへ行く機会がありました。共同運航の評判は前々から開いておりましたが、乗員の皆さんに尋ねますと、実績も上がっており大変素晴らしいことだそうですね。兼子社長とのこの対談の日を思って、興味深く伺いました。




兼子) 共同運航は、今の国際航空の大きな戦略の一つでございます。飛行機は大変高価な機材ですから、自分のところだけでたくさん買うわけにもまいりませんので、お互いに提携を組んでネットワークを広げていくようになります。それによってお客様の利便性も向上しますし、航空会社としてもネットワークが拡大できるということで、今、力を入れてやっております。




二階) 画期的なことですね。航空業界の、特に海外をおやりになる場合、今後この共同運航の方式が広まっていくということですね。




兼子) 世界的にもいろいろな提携、アライアンス(Alliance)が広がっておりまして、いくつかのグループができています。私どもは、今のところは二社間の提携ということで、アメリカですとアメリカン航空と、フランスですとエア・フランスと、という形での提携です。グループに入る入らないというのはこれから先、検討しようと思っております。




二階) 世の中は規制緩和の流れの中にあります。航空業界も新規の会社が参入して、一時は大変混乱すると言われる人もおりました。最近は落ち着いてきたようですが、いかがですか。




兼子) 国際航空の場では、自由競争はずっと前からございましたが、国内航空もようやく規制緩和で、咋年(平成十年)、スカイマークさんとエア・ドウさんの二社が新しい航空会社として参入されました。このことが業界仝体に刺激を与え、新しい需要喚起に繋がれば結構なことです。私は、そういうことで競争していくということは、業界全体にとって良いことだと思っております。




二階) 競争だからといって、無茶な運賃は長続きしません。やがて落ち着くところへ落ち着いていくのだろうと思います。おっしゃるように非常に刺激を与えたようですね。業界のみならず、運輸省に対してもね。




兼子) 競争してお互いに刺激し合うことはいいことだと思っておりますし、今、会長がおっしゃいましたように、運賃を下げることについても、コストを下げていくという努力はしていかなければいけないと思います。




二階) 社長ご就任後、「健全で強いJALグループ」というビジョンを発表されましたが、特にこの中で一番ウェイトを置いておられるのはどういう点ですか。




兼子) 変化の激しい時代でございますから、それに対応できるような体質でなければいけないと考えております。それにはコスト面で十分対抗できるようでなければいけない。九二年以来、私どもでは構造改革委員会というのをつくって、相当コストダウンをしてまいりました。全体のコストとしては、三割以上下りましたし、特に人件費は四割以上下りました。ただその間、やはり競争が激しいものですから、運賃の収入の単価というものも三割以上下ってしまい、その追いかけっこをやってまいりました。国際的に十分競争できるコスト体質に、今一歩のところまで来たと思いますので、それをまずやることが、自助努力として必要だと考えております。あとは行政の方に、空港使用料や航空燃料税などの公的な負担が、諸外国に比べて大変高いということを、ご配慮頂きたいと申し上げているところでございます。




二階) だいたいこの頃は航空業界のキヤンペーンが徹底したようですね(笑)。自由党交通部会長(当時)として改めて承っておきます。




兼子) そのへんを進めていけば、コスト的にはかなり競争できる状態になると思います。あとは販売努力をいかにやっていくかということですね。経営の仕方としては、これから特に連結決算ですとか、会計基準も段々変わってまいりますので、グループでの競争をしていかなければいけないということでございます。航空輸送そのものにしましても、国内線の小型機に関しては、JALエクスプレスという新しい会社を設立いたしました。国際線の観光路線に関しては、ジャパンエアーチャーターをJALウェイズという名前にして定期航空会社とします。このようにして、コストの低い兄弟会社を作って、グループで対応していく。そういう経営を目指しております。








◆普段者姿を見せてこそ 訪日旅行者も増える


二階) 日本の航空運輸業界のトツプとしてのJALのご活躍に、我々は常に敬意を払っているわけですが、さまざまな場面で兼子社長が述べておられるインバウンドについては、私も大いに考えていかなければならないと思っております。年間約1700万人くらいの日本人が海外に出かけているのに対して、日本においでになる外国人は400万人くらい。


外国人旅行者受入者数は世界で32位、旅行収支も3兆2739億円の格差があります。この差は大きいです。今までは貿易摩擦で通産省関係の他の業界がみんなアメリカにお叱りを受けている中で、観光閑係の業界だけは、胸を張っていられると冗談を言っていたのですが、この頃はそうも言っていられなくなりました。この問題を解決していくと言いますか、同じようなレベルに近づけるのは、まだまだ容易なことではありませんが、外国人の訪日客を倍増ぐらいのことはしていきたいと考えております。




兼子) 私も全く会長と同じ考えです。入ってこられる方が、出ていく人の四分の一しかいないというのは大変残念なことです。確かに賃易摩擦の軽減には貢献しているかも知れませんが、日本の観光の魅カというものをもっとPRして、官民挙げて、日本へ来られるお客様を増やしていくという努力が必要だと思います。




二階) トータルで日本の観光は値段が高いということになっているようですし、言葉の障璧とか、いろいろ問題はありますが、日本に来られた人はみんな喜んでくれているんです。例えば、私が以前、アフりカの方に「日本へ行ってどこが一番良かったですか」と聞きましたら、「京都が良かった」とちゃんと印象を語ってくれました。ですから、リピーターのお客様をどう誘致するかということなのでしょうね。




兼子) 日本の魅力というのは、いろいろな名所旧跡、多くのハイテク企業、クリーンで安全なイメージなど、良いところがたくさんあるのですから、ドンドンPRしたらよいと思います。ただ、インフラの整備は必要でしょうね。例を挙げますと、道路標識などは、外国の人には不親切なところがありますね。




二階) 我々も外国人になったつもりで、突然日本に降りたらどうするか考えてみるといいでしょうね。私は、二度、運輸政務次官をやらせて頂きましたが、一度目はアメリカと日本との第一回観光協議、二度目はカナダと日本の初めての観光協議がありました。カナダとの協議の第二回目を、私の郷里和歌山県の白浜温泉や、梅の産地の南部川村で行なうことになったときに、外国のお客様をどのようにもてなすかということで、田舎に来て頂くことに関係者がみんな大変躊躇したんです。私は、そうじゃなくて普段着でお迎えするのが良いと「問題は心だよ」ということを申し上げたんです。結局、村長さんの奥さんはじめ女性陣はみなさんエプロン姿で、村民総動員で、カナダのジョン・マンリー観光大臣や業界の代表者一行に、炭の焼き方、梅を漬けるところ、お茶を揉むところなどを見て頂いたんですが、いまだにカナダの観光業界のトップの人たちは、「日本へ行って、ミナベへ行って良かった」とおっしゃってくれています。それから、アメリカのある市長さんを私の選挙区へお連れしたことがあります。そうしましたら、「俺は六回日本へ来た。すべて東京の大きなホテルに泊まった。そこはアメリカと同じだ」と言っていたのが(笑)、ちょうど紅葉の頃でした。柿の木に実が生り、藁を積んでいるといった農村の風景を見て、「俺は初めて日本に来た」って言われるんですね(笑)。先ほど兼子社長がおっしゃったような日本の自然の良さというものや、日本の普段着そのままを見せることで、外国の人と日本人が親密感を持って接することができるようになる。なにか日本人がよそゆきになって、構えてしまっていますよね。アメリカやその他の外国の人の方は、いつでもどこでもフランクですね。




兼子) 本当にそうですね。会長のおっしゃるとおり、和歌山での梅干づくりなどを見て頂くというのは大変良いことだと思います。インバウンド観光を促進するというのは、何もそれで日本が潤うとか、航空会社や旅行会社が商売上潤うとかいうだけのことではないんです。日本の姿を見て頂くことによって、人と人の心の交流と言えるようなものが出てくることが、本当に大事なことで、それは日本人自身が自分たちを見直すきっかけにもなると思います。ちょっと大袈裟かもしれませんが、旅行・観光というものを促進することが、本当に世界の乎和に責献していくことに繋がると思っているんです。




二階) 観光産業は平和産業だとよく言われますが、ドンパチやっているところへは誰も旅行に行きません。世の中が落ち着いて平和であるということと、観光産業の発展とはイコールなんですね。と同時に、一度足を踏み入れた国にはずいぶん親しみが湧くものですよね。この間も、コートジポワ一ルの大統領がお見えになられたのですか、私もコートジポワールヘ二度ほど行って友好議員連盟のお世話をしているものですから、小渕総理から官邸での歓迎会にお呼びがありました。私が向こうへ行っていたとき、当時のポワニ大統領は80歳を超えておられて、私に「どうしても我が国の国会議長に合ってくれ」と言うんです。後継者だったんでしょうね。今回お見えになられた大統領が、当時のその国会議長さんなんです。その国へ二度もお伺いしておりますと、何だか親しい人が来たような感じがしてくるんですね(笑)。ですから、国際会議などでちょっと立ち寄ったところでさえ、親近感はずいぶん違いますね。




兼子) 観光が平和産業だということを、私が身に染みて感じましたのは、湾岸戦争の時です。それまで世界の民間航空というのはずうっと右肩上がりで来たのですが、あの時だけガタッと落ちました。それから、欧米の航空会社も含めて、生き残るためにリストラを行なうなどの競争が始まったのです。




二階) 阪神淡路大震災のあと、山形へ観光の会議で行きましたら、あちらのおかみさんたちが、阪神の地震でお客が減っていると言うんです。何で阪神の地震が山形まで響くんですかと聞きましたら、例年、神戸から修学旅行でスキーに来ていたそうなんですが、あの地震のために修学旅行がドンドン中止になって、その影響が山形まで来ているということなんですね。あれは規模が大き過ぎる災害でしたが、本当に世の中が平和で、みんなが穏やかな気持ちを持っているということが、観光のバックグラウンドとして大変大事な要素なんですね。ですから、観光が栄えれば、平和な暮らしや平和な地球の実現に繋がるとも言えるわけです。子供たちの修学旅行なども、いろいろな制度を駆使して、ドンドンと海外へも行けるようにしたいですね。子供の時にはローンで行って、卒業して一定の収入を得られるようになってから返済する、育英資金のような「育英修学旅行」などを考えてはどうかと常々思っておりまして、国会でもそういう発言をしたこともあるんです。若いときに海外を見ておきますと、子供たちの将来に良い意味の大きな影響がありますからね。




兼子) 最近の修学旅行は、中国や韓国などいろいろなところへ行っておりますね。若いときに海外に行きますと、世の中にいろんな考え方や生活があるんだということが分かりますから、私はとても大事だと思います。それから修学旅行というのは、日本独特のもののようですけれども、逆に言うと、アジアの人々も、修学旅行で日本に来られるようになるといいですね。そういう兆しも出てきております。




二階) この頃、地方でもホームステイにちゃんと対応できるようなお家が、たくさん出てきました。そういうボランティア活動の気運も高まってきておりますから、旅行業界と航空会社とが提携して、落ち着く先はボランティアの各家庭という企画はどうでしょうかね。


それから今、兼子社長がおっしゃられたように、私たちはアジアとの交流をもっと真剣にやらなければいけませんね。




兼子) 本当に、そのとおりだと思います。日航財団というのが私どものところにあるんですが、ここでは夏休みを利用して、アジアから留学生を呼んでおります。今年で26回目になりますが、もぅ1000人以上の人が来て、いろんな大学で勉強しています。さまざまなところに滞在していますが、中には私どもの社員の家にホームステイさせるということもあります。規模は小さいですが、そういったことも努力しております。




二階) 全国旅行業協会のメンバーで山形県の支部長の清野さんは、日航のご協力を頂いて、昭和四十一年の頃から『空飛ぶ航空教室』を催していますが、ずいぶん回数も重ねたようですね。国会からは、森自民党幹事長、民主党の羽田幹事長、鳩山(由)幹事長代理(当時)、鹿野国対委員長(当時)や私どもが応援団になっておりますし、シャンソン歌手の石井好子さん、セゾングループの堤清二氏等皆さんご声援を続けてくれていますが、この間もその会の打ち上げの席で、兼子社長ともご一緒しましたね。




兼子) はい。アメリカのモーゼスレイクというところに私どもの訓練所がありますが、清野さんはそことの交流にも尽力されています。ああいうことがずっと続いていくと良いと思いますね。




二階) 21世紀に期待される産業の柱に、観光産業も挙げられていますが、私もやがて基幹産業になっていくだろうと思っております。ですから、日本の経団連とか商工全議所といったところのトップリーダーに観光関係団体、例えば日航の社長やJATA(日本旅行業協会)の会長がそういうポジションにお就きになるとか、日本の産業界全体を引っ張っていくためにも、もっと日本の主要な経済団体等のメンバーに、観光関係団体のリーダーの方がなって頂かなければならないと思っているのですが、いかがでしょうか。




兼子) 私も観光産業は、21世紀には基幹産業になっていくと考えています。最近、西武百貸店の坂本春生副社長に、「これからの消費を代表するのは、旅行・学校・健康の「三こう」。教養を高めたり、健康で、その中にはもちろん美容なども入るわけですが、そういう自分を充実させるものが消費の中心になって来るんじゃないか」と言われたんです。全くそのとおりだと思いました。消費生活の質が段々変わって、物よりも、心とか、教養とか、自己実現ということに重きが置かれる。旅行とか観光は、国民生活、消費の中で大事な役割を果たしていくという意味で、中心の産業になっていかなければいけないと思っているんです。




二階) いくらお金があり、ゆとりがあっても、心が空洞であったり、空しいというのでは、人生はまことにつまらないですね。消化試合をやってるような人生じゃなくて(笑)、充実した人生にしなくてはね。私の後援会でも、たまに海外旅行に行くのですが、忙しくて、すべての期間はお供できないときでも、私は日帰りでも現地まで行くんです。皆さん、旅行から帰られると、「今度また行こう」、「次、どっか行こう」とかおっしゃられて、「もう懲り懲りだ」と言う人はいないんですよ。ですから、旅行・観光の潜在需要というものは、まだ日本の各地、各階層に、いっぱい潜んでいると思いますね。




兼子) 本当にそうですね。海外はもちろん、日本国内でも行ったことのないところがたくさんあるわけですから、無限の広がりを持っているとも言えるわけで、それは我々日本人に対すると同時に、それこそ外国からのお客様に対しても、さまざまな切り口で訪日誘致ができると思います。








◆祝日三連休化による経済効果は 二週で8000億円を予想


二階) 小渕捻理が提唱されている『経済戦略会議』等においても、観光がずいぶん取り上げられるようになって、日本人の平均宿泊日数は、現在一・六泊ですが、これを二泊にしようと決議されました。観光施策に対して、運輸省だけでなく、内閣を挙げて取り組もうという姿勢が政府に出てきたことは、率直に言って画期的なことで、大いに計価すべきだと思います。実は、誰にもまだ相談していないのですが、観光閑係の商工会議所のような「日本観光産業会議所」(仮称)を、こういう気運が出てきたことを契機に、一挙に作られたら如何かと考えているんです。覚えきれないほどたくさん観光関係の団体がありますが、これらを集約して意見を述べるとか、協力・協調し合いながら、一つの目標に向かってど−んと進んでいくというようなことがあってもいいのではないでしょうか。と言うのは、それぞれのところに立派な方々がいらっしゃるのですから、皆さんで力を合わせて、例えば祝日三連休化の推進や、海外旅行の際の土産物を全部無税にする30億円くらいになるそうですが−税収にして30億円くらいになるそうですがーというような、観光業界が次々と斯くあるべしということを、政府に対しても要望・主張していくこともできるのではないでしょうか。何か旗振りをして頂けたらいいと思うのてすが、どうですか。




兼子) そうですね。なかなか一遍に大きなものを考えても難しいと思います。まず、いろいろな地域ごとに、観光業界と運輸業界それぞれの組織が協力し合いながら、例えばそこをデスティネーション(旅行の目的地)としてどうやってプロモートしていくかというようなことを、やはり共同で、官も民も地元も、それからいろいろな業界も協力していくような気運を、できるところから盛り上げていきたいと思っております。それから今、会長がおっしゃた祝日三連休化の話でございますけれども、これも非常に観光業界を盛り上げる一つの要素でありまして…。




二階) 政府のお金を使わずに、景気を盛り上げることができる大変いい政策なんです。法律の改正は一行で済むんですよ。




兼子) 可処分所得があっても可処分時間が無いとやはり旅行はできませんのでね。来年(平成12年)からようやく成人の日と体育の日を月曜にして頂くということになりましたが。




二階) 2週ようやく実現しました。これで8000億円ぐらいの経済効果があると言われています。あと二週増やして、1兆2000〜3000億円の経済効果が現れるようになればいいと思っています。それから、もっと広い国民全体の立場から見ると、一家の主人が三日間休みを取れるとすれば、少なくとも一日は家族と一緒に過ごすことができるとか、近所のボランティアに参加することができるとか、ご無沙汰している友人・知人を訪ねることができるとか、本当に人間らしい生き方をしていくためにも、三連休というのは大事なんですよ。




兼子) おっしゃるとおりですね。私も30年ほど前にアメリカに駐在しておりまして、その時にちょぅど月曜祝日法というのができたんです。私も最初は戸惑って、初代ワシントン大統領の誕生日を勝手に月曜日に動かすというのはどうなのかなあと(笑)、その時は思いましたけれども、よく考えてみますと、非常に良いことをやっていたんだなあと思います。家族の集いとかいうことに大変役立つんです。確かに敬老の日ですか、そういう関係の方から、「その日は大事だから動かしちゃいかんよ」というご意見もあるようですけれども、考えてみると、例えばおじいちゃんおばあちゃんが遠距離に住んでいるときに、子供も休みだからお孫さんがそこへ訪ねていけるとか、良い要素もあると思うんですね。そういうふうにお考え頂けると、ありがたいと思っているんです。




二階) 野球でも、バレーボールでも、サッカーでもそうですが、試合中に選手が集まって、一つの目標に向かって行こうという決意を表わすために、「ヤー」とか「オー」とか「ファイト」って声を掛けるでしょう。家庭の中にもそれがなければやっぱり駄目なんですね。この頃はなかなか家族揃って頑張っていこうという声を掛けるときが無いんですよね。でも、三日あればいろいろなことができるんです。今、兼子社長がおっしゃったように、家族みんなが一緒になってね。三連休はそういう意昧で、実施する前から評判が良いものですから、これはもう二週増やそうということで、先日開催された私どもの第35回の通常総会でも、協会としての決議をしたんです。




兼子) 大賛成でございます。




二階) 航空業界にもぜひ応援していただいて、進めていきたいと思います。








◆観光は、平和へ貢献する 夢のある明日の産業


二階) 日本航空のトップのお立場と、私どもの旅行業界の経営とは前々別のものかもしれませんが、旅行業界全体に何かアドバイスを頂ければありがたいと思います。




兼子) 会長もおっしゃいましたけれども、旅行というものは、人生の充実とか、家族の集いとか、いろんな意味で本当に大事な要素になってきていると思います。それが国際的な面で言ったら、相互理解であり、人の交流を通しての世界平和への貢献であり、日本国内においても、いろんな地域間の相互理解というものに繋がる、そういう大事な意味があると思うんですね。従って、経済的に効果があるということももちろん大事ですけれども、単に、営業とか旅行業の経営が良くなるといぅことだけではなくて、それ以上に、人間の生活とか、消費生活というものを充実させる要素があると思うのです。旅行産業は、大変夢のある産業だと私は思っております。私ども運ぶ側と旅行業とが相携えて、大いに盛り上げていきたいですし、そこに働く人にも夢のある産業だと誇りを持って頂きたいと思います。




二階) 私はいつも会員の皆さんがお集まりになりますと、旅行業は、今苦しくとも、21世紀に向かって明日のある産業だと言うんです。兼子社長も朝の来ない夜はないとおっしゃっておられますが、私も業界の皆さんに、追い風なんだと、我我には大きな明日があるんだとこの先に広い平原が待っているんだと、だからそこに向かって歯を食いしばっても前進していくんだと、しかしそのためにはアイデアを出して工夫していくんだと、苦しいときこそ知恵を出すチャンスなんだと、こう話しているんです。


先日も日本旅行業協会の総会で、軽自動車の例で申し上げたんです。軽自動車は車体を横8cm、縦10cm大きくすることに規制緩和したわけですが、その時にそれに備えて、各社がみんな新しい車をつくって売りに出したものですから、今この不況の中で、軽児童車業界は三割売上げを伸ばしているんですよ。お客さんの欲しいものを作れば必ず売れるんだということを、これは証明しているんですね。ですから、「駄目だ駄目だって言って、うつむいて、不景気の太鼓を叩いていてはいけませんよ。我々は経済企画庁じゃないんだから」って、私は言うんですよ(笑)。よくみんな景気が悪いとか言いますが、そんなこと言ってたら、誰も観光旅行に出掛けようという気にならないじゃないですか。不景気の折りにね、逆風突いて旅に出掛けようなんて人はいないんですから。そんなこと言っていたら駄目だって、みんなに言っているんですが、今、兼子社長のお話聞きまして、大変意を強くしました。


最後に、去る7月23日(平成11年)、全日空機がハイジャックされて、機長が尊い命を失うなど本当に残念なことで、犯人に対し憎んでもあまりある状況でございますが、これから私どもも政治の立場から、運輸省や関係各社、警察も含めていろいろな関係者のご協力を頂いて、こうしたことが二度と起きないように対策を立てようと思っております。


明日ちょうど自由党の交通部会を開くことになっておりますから再発防止の決議をするつもりです。航空業界として、大変衝撃、ショックを受けておられると思いますが、ハイジャック再発防止に対して何か一言。




兼子) もう大変な痛恨の出来事でございまして、亡くなられた長島キャプテンには、本当にどうお悔やみを申し上げても申し上げきれないという気持ちでございます。私ども航空業というのは、何といっても、安全に飛行機を飛ばすということが第一でございます。そういう意味で、ハイジャックに対する徹底した防止策というものを、今後強化するということはもちろんでございます。それから、安全運航のための整備・運航そういったものに対して、これまで以上に力を入れてやっていきたいと考えております。それが本当に基礎の基礎、大前提でございます。




二階) 日本航空をはじめ、各社がたくさんの飛行機を飛ばしておられますので、経営者のトップの方々は、本当に毎日毎日ご心労も多いと思います。とにかく日本のトップの産業として、ぜひこれからも頑張って頂きたいと思います。ハイジャックの防止は、私どもも精一杯どういう対応ができるか、予算の面も含めて対応を考えていきたいと思います。


今日はお忙しいところを大変ありがとうございました。






  ・航空自由化時代に一層の飛躍を
全日空(株)社長  野村 吉三郎




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航空規制の緩和で大競争時代が始まった。運賃値下げで需要は増えても収益は低下。各社は経営の合理化を推進中である。「競争と強調」が合言葉の業界と観光について、全日本空輸の野村社長にお話を聞く。(平成12年1月対談)




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のむら きちさぶろう


昭和34年全日本空輸に入社。人事部長、東京空港支店長、東京支店長などを経て、現在全日本空輸社長。




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二階) 先日は沖縄百人委員会にご出席頂きありがとうございました。航空会社の社長自らが出て頂くと地元の皆さんの意気込みも違ってくるとのことですよ。




野村) それは、運輸大臣ご自身が出席され、冒頭のご挨拶だけではなく、パネルディスカッションから懇親パーティの終了までおつき合い頂いたからで、地元の皆さんも運輸省の観光振興にかける意気込みを実感され、感動されていました。




二階) 私はこの百人委員会において、広域連携による観光振興を実践していく上で、まず都道府県の壁を乗り超えて、観光客の皆さんが期待している観光とは何かを皆で考えて頂きたいと願っています。




野村) 大臣の構想の通り、各地域の指導者の皆さんも、私たち観光関連業界の皆さんも同じ方向を目指して大いに汗を流そうと思っています。大臣が提唱された「観光産業振興フォーラム」の構想を通じ、長年全国旅行業協会会長をされて業界の実情に精通しておられる立場から、また今回は観光行政の最高責任者としての立場から、すべての観光産業に対し、「団結して頑張れ!」との強いメッセージを贈って頂きました。大臣は常々「21世紀には観光は日本の基幹産業になる」と言われておられましたが、まさに新しい「観光産業振興フォーラム」の結成によって、観光が基幹産業となる道が必ず開かれるものと自信を深めた次第で、タイムリーであったとも思っています。




二階) 観光産業は裾野がうんと広いわけですが、業種もたくさんあって、これが団結してしかもタテヨコに連携すればもっと大きな力になれる。お互いに何をなさなければならないのかを考え、観光の新世紀を自らの力で拓いていくことが大切です。しかし大きな力を持っている割には外に向かっては正直、案外声が大きくない。観光振興のため、官民協同で取り組まなければならないことが、国際的にも国内的にも山積しています。このことにチャレンジすることがまさに観光産業振興につながるものと思っています。




野村) その通りだと思います。「観光産業振興フオーラム」と地域に根差した「観光を考える百人委員会」が車の両輪のようになって動き出すと、我が国の観光が「離陸」してゆきます。




二階) そうあってほしいと願っています。








◆空の自由化がスタート 航空業界は大競争時代に突入


二階) さていよいよ二月一日から空の自由化がスタートしましたね。いかがですか。




野村) ご承知の通り、国内航空の需給調整規制が廃止され、路線設定と運賃設定は原則自由になったわけです。運賃は届出制になり、事実上自由になりました。




二階) 運賃サービス、アイデアの競争が始まりましたね。航空会社は自己責任の原則に従って事業運営の一層の活性化、効率化を進め、利用者の期待に応えて頂きたいと思っています。




野村) 日本の航空業界もいよいよ大競争の時代を迎えました。昨年の末にお客様にアンケートでご意見を伺いましたら、一万七〇〇〇名からのご要望が寄せられました。ご要望にお応えして往復運賃の復活、一万円均一のバーゲン型運賃等、新しい試みを打ち出しました。インターネットでの情報公開の充実にも努めています。




二階) スカイマークやエア・ドウなどの新規参入による競争が、航空全体の旅客数の伸びとなって効果が出ましたね。




野村) 航空だけは不況の中でも伸びていますが、運賃競争の結果です。航空会社から見ますと収入単価が落ちて実際は苦しい状況になっています。旅客のキロ当たりの運賃収人をイールドと呼んでいますが、私どもも含めて国内線のイールドは平成五年からの五年問で二割近く下がっています。しかし旅客数が伸びていることは潜在需要がまだまだ見込まれるということですから、十分にビジネスチャンスがあると考えています。




二階) 旅行業界との連携もずいぶん力を入れておられるようですね。




野村) 航空輸送、キャリアの仕事は宿泊とかレジャー、当然その地の歴史や文化、さらにテーマパーク等、いろいろな要素がセットになって「旅」を形成するわけで、航空業界と旅行業界が手を携えていくことがとても重要なことだと思っています。




二階) 景気もようやくやや明るさを取り戻しつつありますし、祝日三連休などを見ておりますと、国民の皆さんの旅行需要は極めて旺盛ですからぜひ頑張って頂きたいと思います。このことはJALやJAS等ほかの航空会社にもぜひお願いしたいし、もちろん新規参入のスカイマークやエア・ドウにも頑張って頂きたいと思っています。ただこの際、私の立場からお願いしておきたいことは、どんなに競争が激しくとも、安仝の確保が最も重要であることを常に確認して頂きたい。そして採算性の悪い地方路線の切り捨てを懸念する声を耳にしますが、この点もしっかり頼んでおきたいと思います。




野村) 安全の確保は私どもの会社の命でもあります。大臣がご就任後、記者会見の際の第一声で安全問題に言及されたことを印象深く記憶しております。地方の路線についても使命感を持って努力してまいりたいと考えています。




二階) 今年度から地方空港の空港使用料についても、国の管理している空港は原則三分の二に引き下げを、地方自治体管理の空港についても引き下げを行なう等、仝国のネットワークの維持、形成のための努力をしておりますし、離島航空路線については運航費補助制度の創設や航空機燃料税の軽減など、まだまだ十分ではありませんが、生活路線の維持に政府としても配慮してまいりました。一層の経営の効率化を図り、路線の維持、拡充についてこの機会に頼んでおきたいと思います。




野村) 空港使用料の引き下げの大英断は運輪省に感謝しています。経営の効率化については経営再建計画を策定し、二〇〇二年までに安定配当が可能な経営体質になるよう頑張っています。有利子負債の庄縮、グループのホテル事業の改革等、不退転の決意で取り組んでおります。当然、収益性を重視せざるを得ませんが、国内線のうち関空を中心とする地方路線については、需要に合った機材を使用するべくエアーニッポン(ANK)に順次移管を進めております。




二階) 競争の促進は航空市場をより活性化する上で重要です。ただし、行き過ぎや過度の競争は、結局は利用者の利便を損なうという結果になりかねません。競争と協調、難しいことですがベストエアラインとしてぜひ頑張って下さい。




野村) お蔭さまで四年連続ベストエアラインに選ばれました。一層気を引き締め、その名に恥じないよう努めたいと思います。今日の航空事業、大変厳しいことに違いありませんが、私はチャンスと判断しています。




二階) 先の二つの祝日三連休効果がありましたし、これだけ情報通信が便利になれば、テレビ電話等でビジネスも事が足りるかというとそうではなくて、フェイスツーフェイスの機会が一層増しているわけです。最近は修学旅行もほとんど飛行機を利用します。ソフトの面でもまだまだ工夫の余地はたくさんあるでしょうし、規制緩和でまさに航空業界は、おっしゃる通り「チャンス来る」ですよ。




野村) 前向きに捉えて時代の変化を先読みしてやっていきたいと思います。競争と協調の両立は痛感しています。地方空港のハンドリングなど、空港によって他社と協業化を図るなどもその一例て、コストを引き下げることができます。公共交通機関としての使命を果たすため、可能な限り他社との協業化を積極的に進めたいと思っております。




二階) 「運賃は競争しますが、経営は協調します」というのは、素晴らしい事だと思います。各社の従業員、株主等のご意見を掘りおこせば、グッドアイデアがまだまだいくらでもありますよ。




野村) その通りだと思います。








◆空港等のインフラを充実させ 海外からの集客観光に力を


野村) ところで私たちだけではどうすることもできない問題もあります。羽田をはじめ、大都市圏の空港客量が不足しています。羽田の再拡張、首都圏の第三空港建設にもご努力を頂いていますが、一層積極的にお願いします。




二階) 羽田は今後新B滑走路の使用開始にともない容量が拡大されても、21世紀の初頭、再び限界に達することは目に見えています。首都圏の空港客量が不足していることは明らかです。咋年の補正予算や、いま国会で審議をしております十二年度予算等において、新たな首都圏空港の調査に合計18億円の予算を計上し、事業化に向けてスピードを上げるつもりでおります。我が国は首都圏のほかにも近幾圏、中部圏と巨大な経済圏があります。いま新たに世界の五〇か国から、これらの地域に飛行機の乗り入れ希望が殺到しています。乗り入れ航空協定は外務省が交渉し、条約を結ぶことはご承知の通りですが、歴代外務大臣が国際会議等に出席された際、諸外国の外務大臣からいつもこの陳情があるそうで、この前も河野大臣から、「何とかなりませんかね」と言われております。




野村) 力強いご決意を伺って安心しました。首都圏のみならず関空も中部も急ぎます。




二階) その通りです。関西空港は21世紀初頭に現在の一本の滑走路だけではパンクします。名古屋もそろそろ限界ですし、関空二期工事、中部国際空港の整備は全カを尽くします。




野村) 航空会社からだけではなく、国民の皆様の願いでもありますから。五〇か国の皆さんが来られるということは文化や学術の振興に大きな活力を与えることになりますし、当然日本からもビジネスや観光はもちろんのこと、海外留学生もさらに増えるでしょうから、あらためて経済効果だけではなく、日本の交流にかかわる総合的な国費による効果を調査すれば国民の皆さんの理解も一層深まるでしょう。




二階) このところ野党から毎日公共事業がどうだ、というご意見が続いていますが、私たちのやっている空港や港湾、鉄道は急にやりたくても一年や二年でやれるものは何もない。「計画的に着実に、やがて完成の日、必ず国民の皆さんに喜んで頂ける。正しい評価を得られる日が必ず来る」と私は運輸省の皆さんにいつも言っております。




野村) 国会の審議をテレビや新聞で拝見しておりましてもご苦労の多いことと思いますが、国益のためにぜひ頑張って下さい。




二階) やりますよ(笑)。この頃全日空に乗りますと、機内のアナウンスで「スターアライアンスメンバー全日空」とよく耳にします。共同運航についてお客様の理解も得られ、好評のようですね。




野村) スターアライアンスは世界120か国、766都市を結ぶグローバルネットワークで、一つの航空会社ではとても挑戦することのできない地球規摸でのサービスの提供が可能となります。航空業に携わる者として世界に雄飛されるビジネスマンをサポートし、サービスができることに感動しています。加盟している九社の航空会社にまたがるマイレージの特典も好評です。航空会社も各都市のチケットカウンターや空港ラウンジを共用することでコストを節約できます。




二階) まさに地域的な協調の効果ですね。期待していますよ。




野村) 航空機を一機買うだけで百何十億円もの投資になり運賃を頂いてこれを返すのは考えただけで本当に気が遠くなる日もあります。お互いの持っている機材を活用しようという生活の知恵です。




二階) やがて物品の共同購入まで進んでいきますね。




野村) ぜひやりたいと思っております。相当の合理化ができます。その時はまたお客様にサービスします。




二階) 先に言われてしまいましたが、航空会社とお客様と私たち運輸省がもっともっと知恵を出し合いたいですね。外国の航空会社から技術力も含め、彼らの合理性等を大いに学習することによって、我が国の航空業界全体の規範となるよう成果を挙げて下さい。




野村) 全日空が生き残るための必須条件だと思っています。我が社の21世紀への飛躍の足がかりにしたいと思っています。




二階) 話は変わりますが、外国人の訪日観光客はご承知のように、いま444万人になりました。外国に旅行に出る人は1600万人ですから、その差は大きいわけで、私は訪日観光客を800万人まで持っていきたいと対策を練っています。五〇か国の国が新たに日本への乗り入れを希望している。特に中国は団体観光客も訪日を希望している。いずれも運輸省が中心となって努力しなければなりませんが、スターアライアンスでもぜひご協力を願いたいと思っています。アジアに重点を置いていきたいと思っていますが、特に東南アジアからの訪日に何か方法はありませんかね。




野村) これには、できるだけ低額の航空運賃を設定することが、最も重要なことだと思います。アジアからお客さまを迎え入れるためには・・・。


このため、全日空グループの第二ブランドの航空会社で運航するようにして、少しでも運賃引き下げの努力をしたいと思います。




二階) よろしくお願いしておきます。ところで、運輸省に対し、何か特にご要望やご意見があればどうぞ…。




野村) 二つあります。ひとつは東京−大阪(関空及び伊丹空港)の「シャトル便」です。もうひとつは「コードシェア」です。




二階) 東京−大阪の「シャトル便」は東京−大阪をいつも往復している経済界の人たちから、以前から強いご要望を頂いておりました。したがって、私は就任後、早々に「シャトル便」の実現について可能性の検討を航空局に命じておりました。実現に向けて、問題点を整理して結論を出したいと思います。




野村) 大変力強い大臣のご方針を伺って勇気が出てきたように感じます。




二階) また「コードシェア」てすが、全日空以外の会社でも進められているようですが、ソフト面の工夫の一つと言えるでしょう。我が国の主要空港の能力を多角的に活用することになりますね。このような動きをサポートするなど、利用者の利便の改善に運輸省としても知恵を出していきたいと思います。




野村) 空港の客量に当面制約がある中で、航空会社でもお客様の選択肢が広がるように積極的に工夫をしたいと考えております。例えば、首都圏のお客様が成田からの便に加えて、羽田から関空で乗り継いで海外に向かうルートもより便利に使えるように、羽田と関空の間の弊社国内便に、提携している外国の航空会社の便名を付す。いわゆる「コードシェア」を行なうことを計画していますが、この計画が実現できれば、特に首都圏西部にお住まいのお客様にとっては海外へのアクセスが一層便利になるものと確信しております。




二階) 野村社長さんと最初にお目にかかったのはいつ頃でしたか、とても印象深いお名前でびっくりしました。実は私の郷里のご出身で、日米開戦当時の駐米大使がやはり野村吉三郎という方で、元海軍提督でした。従って野村元駐米大使は和歌山県選出の参議院議員としてもご活躍されたわけですが、和歌山県民の先輩たちの間では誰でも知っている名前ですよ。その人と同姓同名ですからすぐ覚えましたよ(笑)。




野村) そうらしいですね。私はそんな立派な方に及びませんが、和歌山県へご挨拶にまいりますと、私が差し上げた名刺を見て皆さんそのことをおっしゃいます。




二階) そうですか(笑)。和歌山の人はみんな珍しがっていますが、古い人達は野村大使のことを今でも誇りに思っています。




野村) 私は似ても似つきませんが、言われる度に光栄だなあと親に感謝しています。




二階) 今年の一月のはじめに野村社長には、日本航空の兼子社長、日本エアシステムの舩曳社長等とご一緒に中国を訪問して頂きました。これには中国側もびっくりされたようです。日本の代表的な航空三社の社長が揃って北京に来られたことによって、あらためてミッションの評価が高くなりました。




野村) 私たちのほうこそ評価が高くなりました。皆さんも今後日中友好にさらに力を尽くしたいと考えておられる方々と共に、私も全力を挙げて頑張ってまいりたいと思います。




二階) 日中友好記念行事−−「日中文化観光交流使節団2000」を計画しましたが、日本の航空業界もご協力下さい。




野村) 当然です。航空3社の社長が出来る限りのご協力を約束しています。




二階) ありがとうごさいます。今日は長時間、貴重なお話を伺い、私も大変参考になりました。




野村) こちらこそ、超ご多忙の中、大臣の観光振興に関する情熱の程がひしひしと伝わる思いがいたしました。ありがとうございました。






  ・アジアとシルバー世代がこれからのキーワード
(株)日本エアシステム社長  舩曳 寛眞




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長く無風であった我が国の航空業界にも、新規参入による競争激化の波が押し寄せている。国内各地に多くの路線を持ち、中国の昆明、西安へも路線を拡大した日本エアシステム(JAS)の舩曳社長に、21世紀に向けた観光産業の展望と抱負を語って項く。(平成11年5月対談)




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ふなびき ひろみ


昭和32年東京急行電鉄に入社。昭和46年東亜国内航空へ企画室次長として出向。昭和63年日本エアシステムに社名変更、平成7年社長に就任。現在に至る。




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二階) 本日はお忙しいところありがとうございます。今度、JASでは、関西空港から中国の昆明へ、成田空港から広州、西安へ直行便をお入れになられたのですね。




舩曳) 関空から西安へも4月26日(平成11年)から乗り入れております。




二階) 中国に村して相当力を入れておられるようですが、私たちの協会でも、先に昆明の世界園芸博覧会の内覧全に68名の会員が参加させて頂きました。大変好評で、中国との観光交流もこれで拍車がかかると思うのですが、ちょうどそんなときに、日本エアシステムが先見の明を持って、昆明との間に直行便を開かれたということで、拍手を贈っておりますり。舩曳社長も行ってこられたそうですね。




舩曳) はい。私も二回行ってまいりました。あそこはおよそ1900メートルの高地にある都市ですので、「昆明」というと皆さん寒い所と思われるようですが、四季春のごとしと言われているように、一年中花が咲き乱れておりまして・・・。




二階) 園芸博にはもってこいの場所ですね。




舩曳) そうですね。私たちも最初の計画では、関空―昆明の直航便は春から秋まで運航して冬はお休みにしようかと思っていたのですが、何とか通年でできないかと今検討しております。




二階) ホテルなども園芸博の関係でずいぶん増えたようですね。




舩曳) はい。私が初めて行ったのは平成8年でしたが、そのころに比べると大変な変わりようです。ホテルができていること、それから鉄道が昆明から大理まで、花博に合わせて開通するようなことを言っていましたし、一月には高速道路が大理から麗江まで通じました。そういうインフラの整備も急速に進んでいますし、昆明は自然あり、気候温暖、少数民族がいて、古い農業のルーツとも言われるものがありますので、将来、観光地としての人気が高まると思っています。




二階) 歴史がありますからね。しかし、写真やプロモーションビデオなどで拝見しますと、街が整然としてずいぶん都市化しているようですね。




舩曳) この3年間だけでも近代化はとても進んだように思います。道路も整備されてきましたし、車も増えました。




二階) 観光地のトイレもかなり力を入れたと言われていますが。




舩曳) そうですね。中国というと、すぐ「トイレが汚いだろう」と言われるんですが、そういう先入観もばつぼつ取り払わないと、相手の国に対して失礼かも知れません。




二階) この間お合いになったかもしれませんが、何光?さんという中国国家旅游局の局長がお見えになりまして、川崎運輸大臣(当時)、三塚元運輸大臣、自民党の古賀国対委員長(元運輸大臣)とともに、私も全国旅行業協会の会長としてお目にかかったのですが、中国の日本に対する観光客誘致は大変に熱心ですね。








◆経済格差の縮小を日指し 内陸部の観光振興に中国政府も本腰


舩曳) 私どもがなぜ内陸部に路線を入れたかと言いますと、中国北京航空局の方や政府の要人にお合いしたときに、中国の21世紀の最大の課題は、沿岸・内陸の経済格差の縮小だとおっしゃるんです。日本から直航便が来るなら、日本航空や全日空が大連、上海、青島などの沿岸部には十分路線を張っているので、できたらJASは内陸に張ってくれと。中国の経済政策にもマッチしてるし、観光振興の面でも中国政府もこれから力を入れるので、内陸沿岸の経済格差解消のためにぜひ乗り入れて欲しいと。その場合には全面的に協力するという話も頂きましてね。それで三年がかりで準備をして、政府にもお願いしました。




二階) 今、日本人が中国へ渡航するのは年問150万人くらい、中国から日本へはまだ20万人くらいでしょうか。




舩曳) 今日調べてきましたが、平成九年度で日本人が104万人くらい中国に行っていて、向こうから入ってくるのが28万人。ですからそんなものでしょう。




二階) せめて日本人の中国への渡航者数の半分くらいは来てもらいたいというのが、日本の観光業界の希望のようですね。JATA(日本旅行業協会)の松橋会長も挨拶で述べておられました。ぜひ将来はそうなって欲しいものですね。




舩曳) 最近聞きましたら、中国政府も日本を中国人の観光渡航先として指定したそうですね。あとは日本の入国ビザの問題。そういう関係が緩和されるか、あるいは中国政府とのそういう話し合いがつくかということに絞られてきているようですけど、いかがですか。




二階) 何局長が先般お見えになった理由の一つは、99年昆明世界博覧会のPR。もう一つは今、舩曳社長がおっしゃった入国ビザの関係ですね。そういうことの諸手続が円滑に進むようにということで、日本の関係各省と直接お話し合いなさったようです。川崎運輸大臣(当時)も、これには大変積極的な姿勢を示されておりましたから、うまく進むのではないでしょうか。




舩曳) 私のところは、昆明に先立ちまして、三年前に南の上海と言われている広州へ乗り入れているんですけれど、私どもが行きましたころは「マンゲンコ」という言葉があって、年収100万円ある農家を万元戸と言ったんですが、最近行ってみますと、万元戸の収入は1000万になったそうですよ。日本の受入条件が整えば、広州からももっと来日すると思います。広州周辺からタイ、シンガポールに出て行っているのがおよそ年間50万人。広州から日本にはほとんどまだ来ていないんですね。中国では、受入条件が整えば、広州から一番たくさん日本に観光客が行くだろうということを言っていましたが、ぜひそうなるといいと思います。








◆修学旅行で国際交流を 人的交流こそ相互の安全保障


二階) 修学旅行もお互いに交流できるようになれば素晴らしいと思うんですがね。




舩曳) そうですね。私は、今度西安に乗り入れましたときに、向こうの省長に、「日本の各都道府県の教育委員会宛に招聘状を出して頂けませんか」とお願いしてきたんです。西安は日本の文化の源流と見られているわけだから、修学旅行地としては最適地です。今から一三〇〇年前は、半年くらいかかって日本の留学生が西安に行きました。我が社の飛行機ですと四時間で着くわけですから、「ぜひ、修学旅行の交流を深めるように努力して頂きたい」とお願いしましたら、近々省としての正式な招聘状というか勧誘状というか、そういうものを出すと言ってくれています。ぜひ、修学旅行の交流を進めたいですね。




二階) 五〇〇〇年の歴史を誇るというトルコに行きまして、歴史や文化が刻み込まれているような感動的な建造物を拝見したときに、やっぱりこれを子供たちに、しかも感受性の強い、これからどんどん勉強していくような人たちに、こういうものを見るチャンスを与えたいなとつくづく思いました。トルコはちょっと遠いでサが、中国は近いですから修学旅行にいいですね。




舩曳) 関空からですと、三時間ちょっとです。午前中に出て、昼には現地で活動できます。それから、私がお願いしたいのは、ただ物見遊山ではなくて、向こうの学生との交流。スポーツや音楽とかね。たまたま、九州の書道連盟の人が、この前、西安に行ってきたのですが、安倍仲麻呂記念館で書の競演をしましてね。お互いに見せあって、それを交換していましたけれども、書道交流などもいいんじゃないでしょうか。




二階) もう20年も前の話になりますが、私も韓国に高校のホッケーチームを連れて違征したことがあるんです。そのときに、韓国の子供たちと日本の子供たちとでは、言葉が通じないからどうすればいいかと思ったんですが、そりゃもう簡単ですね、同じ世代ってのは。すぐ背中合わせに背丈を比べ合っているんですよ。それから、白分の持っている小銭を交換したりして。そうこうしている間にもうすっかり仲良くなっていました。案ずるより生むが易しですね。やはり、若いときにそういう交流の糸口をつかんでおくと、その後もどんどん交流が深まっていきますからね。ぜひ、JASさんが今度の路線を開設したことによって、「修学旅行」に結びつくように、次の世代に結びつくようにお願いをしておきたいと思います。国会からも応援させて頂きます。




舩曳) 今、二階先生が言葉のことをおっしゃいましたけれど、中国内陸部の人たちは、日本との観光物産の交流に大変熱心で、若い人がものすごく日本語を勉強しているんです。私は、日本も21世紀にはアジアから多くの人に来てもらわなければいけないのではないかと思います。そうすると、今まで日本の若い人はみんな英語を勉強していましたが、アジアからどんどん人に来てもらうためには、観光に携わる若い人に中国語をしっかり身につけてもらうことが重要になるでしょう。向こうの人は、一所懸命日本語を勉強して我々に来てもらおうと努力しているわけですから。日本に英語のガイドはたくさんいますが、これからは観光業界が中国語を話せるガイドを養成していくということも、国際観光の受入側として大切なことだと思います。




二階) 観光は本当にアジアに目を向けなければいけないんですよね。九州や沖縄には台湾の人が大勢来ていますよね。




舩曳) そうなんです。韓国及び台湾は日本人が行く数と向こうから来る数が拮抗していますけど、中国の場合を見てますと、日本からの100万人に対して向こうからはわずか二〇万人程度。人口の比率等からみれば、年間100万、200万中国の人が来る時代というのはそんなに遠くないんじゃないですか。そういう点からみても、中国語ガイドの養成は、日本の観光業界が早急に力を入れなければいけない重要事項だと思います。




二階) 考えなければいけないでしょうね。このごろ地方の空港で、韓国語などで案内を書いてありますね。今後は、中国語でも書いておくことが大事なことなんでしょうね。




舩曳) それからもう一つ、若い人との交流について申しますと、今度、西安と昆明に乗り入れるにあたりまして、向こうの少数民族の女性たちに宣伝のために来てもらったんですが、その人に日本の感想を開きましたら、「日本人は非常に親切だと感じた」と言われました。今まで中国あるいはアジアの人は、日本に対して戦争中のいろんな悪いイメージを持っているんですね。ところが、実際に日本に来てみると、自分たちが思っていたより日本人はすごく親切だと言うわけです。ですから、観光で、あるいは修学旅行で、アジアとの交流を深めていくことは、歴史教育で教わった彼らの日本に対する認識を正してもらうことにも繋がるんですね。その意味からみても、観光の役割はものすごく大きいと思います。




二階) 大きいですよね。ですから、観光交流によってお金を稼ぐという営業努力もさることながら、やはりそういう文化交流、人的交流によって、これから両国が仲良くやっていくために観光は大いに役立っている。私は、この人的交流の進展が何よりの相互の安全保障にもなっていくと思います。相互理解ということが、国と国との交流でも一番大事ですからね。子供のころから相互に相手を理解していく努力が必要なんですね。


ところで、近頃、航空会社の新規参入がいろいろ話題をまいておりますね。このことによって、競争が激しくなる、航空運賃も割引されるなど、いろいろ難しい問題もおありでしょうが、このことに関して忌憚のないところをお聞かせ下さい。




舩曳) 運賃を半額にするということは、我々内部の原価計算からみれば非常に無理な話だという気持ちを、私は今でも持っています。しかし、時代の流れと言いますか、先ほどから先生がおっしゃっておられるように、今後、海外から多くの人に来てもらうためにも、やはり、日本国内の旅行費用をもっと下げていかなければいけない。そういう中で、あの会社が投じた一石は無視できないんじゃないかと考えています、従って、我々も負けないように、よりコストの低い運賃輸送ができる能力を身につけていかなければいけないと思っております。


先生に一つ、この際、お願いしたいことがあります。と申しますのは、私どもが去年の旅客運賃収入に占めている空港使用料と燃料税とを合わせた公租公課は700億円になりました。収入の約25%です。遅れている空港整備に、この財源が今まで非常に大きな役割を果たしてきたということは否めない事実だと思うんですけれど、今の旅行業界の置かれている立場、それから利用者の方々のもっと安く旅行したいというニーズも非常に強まってきていることなどありますので、やはり、これからは空港をつくることも大切ですけれども、同時にお客様を安く運ぶというために、ぜひ、この公租公課制度のあり方を政治の場でご検討頂くことをお願いいたします。




二階) そうですね。少し引き下げをやったようですが、もっと思いきったことをやらなければいけないという感は、我々も以前から深く持っています。それから、空港ごとに使用料も違うからやりにくいこともあるでしょうが、2万円の運賃ならば、その中に空港使用料等、いくら払っているということを乗客にも認識してもらったほうがいいのではないかと思いますね。




舩曳) そうですね。これは、航空協会の中でもぜひ取り上げてみたいと思います。情報公開も大事ですから、お客様に払って頂いている運賃のうち、これだけが空港整備にお役に立っていますということをお知らせせすれば、もっと理解してもらえるかもしれませんね。




二階) ええ、知らせたほうが乗客の皆さんもなるほどと感じて、自分たちも貢献しているんだという気持ちにもなるのではないでしょうか。しかし、運賃が安いことも便利なことも大事ですけれど、やはり飛行機の場合は、安全の確保が何より大事ですからね。低運賃等の競争激化だけでなく、安全性の確保についても各社が競争して万全を期する、そういう配慮を、それこそ官民挙げてやっていかなければいけないことだと私は思いますね。




舩曳) ええ、安全運航は何と言いましても、原点ですからね。








◆需要が高まるシルバー世代に合わせ 旅行内容と価格体系の見直しを


二階) このごろ、旅フェアとか、WAC21(広城連携観光振興会議)とか、旅行需要の喚起を盛んにやっております。航空業界からご覧になって旅行業界全体がこれから何をなすべきか、このへんを旅行業がもっとみんなで頑張ればいいのに、もしくはこのへんは航空業界とも一緒に頑張ろうじゃないかということがありましたら、どうそお願いいたします。




舩曳) 今から10年ほど前は、旅行と言ったらヤングと言っていた時代がありましたけれど、21世紀は国内旅行で一番安定的需要で、しかも成長性があるのはヤングよりもむしろシルバー世代だと思います。




二階) そうでしょうね。お金と暇を持っておられるんですから。




舩曳) 時間がありますでしょう。ですからあとは健康だけですよね。




二階) 健康であれば奥さんと一緒に旅行したりね。このごろ、飛行機の中はもちろん、新幹線でもご夫婦でリタイアした後に旅行されている方に出くわすことがありますが、幸せそうでいいなと思いますね。




舩曳) シルバー世代は、なにも土曜・日曜・祭日でなくても旅行できるわけですから、そういう人たちが旅行しやすい施設や価格体系を旅行業界が考えてはどうかと思います。例えば、食事、日本旅館の懐石フルコース。歳をとるとそれほどの量はいらず、自分の食べたいものが少しあればいいわけです。その分値段が安くなって、何回も旅行できるほうがいいという時代ですから、旅行の内客から価格体系まで、シルバー世代に合わせて見直すことが必要なのではないでしょうか。




二階) この対談コーナーの中でも、JR東日本の松田社長はじめいろいろな方々が、やはり食事や宿泊は自由な選択ができるという配慮が必要ではないかと提案されています。私、この間、地元のあるホテルに行って感心したんですが、そこでは押し花の研修会を毎晩やっているんです。そうすると、それをご覧になったお客様が、翌日は野原で花を摘んできて参加なさり、立派な絵柄の作品を仕上げられ、得意げにお持ち帰りになるそうなんです。それがだんだんと伝えられて、押し花作りが目当てのお客様も増えてくる。押し花ということによって、そのホテルにまた新たな価値が生まれてくるんですね。


ですから、食事のこととか温泉だとか、あるいはスポーツを楽しむとか、ハイキングを組み入れるとか、まあいろいろなことを工夫して、今、舩曳社長がおっしゃったように、お年寄りが安心して喜んで旅ができるように考え、工夫することは重要なことですね。これは、旅行業界、観光業界でこれから収り組んでいかなければいけない宝の山みたいなものです。




舩曳) そういう点で、ちょうど今、ここてちょっと待っている間に、先生のご郷里の和歌山県が出している観光情報誌を見まして感心いたしました。私は前々から、シルバー世代は、もういろいろと若いうちに有名観光地は行き尽くしているのだから、むしろこれからは本当にひなびた田舎に心惹かれるのではないかと思っているんです。ですから、ローカルな観光行事暦的なものがあれば、地方の行事を自分たちでで探し出して訪ねてまわるというようなことも、お金がかからずできますし、また、今まで行ったことのない土地のいろいろな歴史だとか、人情に触れることもできますから、ぜひ、ローカルの観光行事暦が欲しいと思っていたんです。そうしたら、和歌山県にはちゃんとそれかできているんですね。




二階) 私の郷里の方で、秋篠宮妃殿下(紀子様)の先祖の出身地でもあることで有名になった有田郡の清水町という所に、四〇〇年前からずっと伝承されている御田舞(おんだのまい)という踊りがありましてね。これは農業の収穣に対しての祈り、感謝、そんな気持ちを込めた踊りで、文化庁の無形文化財の指定を受けており、二年に一回行なわれるんです。私もできるだけ時間を都合して参加しているんですが、本当に多くの観光客に見てもらいたい、見せてあげたい、という気持ちがします。しかし、観光事業としてやっているわけではないですから、PRとかアピールする場所・場面には恵まれない。ですから、そんなに大勢の人が見に来るわけではないのですが、まあだんだんと観光客も増えてきています。田舎の魅力が見直される時代になってきたということですね。今度、農業基本法を37年ぶりに改定するんですけれども、私は、やかましく「地域の伝統文化、農業に対するお互いの感謝の気持ち、あるいは自然の恵みに対する祈りの気持ちをもっと大切にすることが、農業基本法の中の精神に脈々と伝えられていくようでなければいけない」と言いまして、そういうことをちりばめるようやってみました。これからお年寄りや、いろいろな素晴らしい観光地を歩き尽くした人が、改めてひなびた田舎の良さを求めて旅行するということも増えてくるでしょう。そこへ行くために時間がかかるのは大変ですから、拠点拠点に飛行機でぱっと飛んで、目的地でゆっくり過ごされるというコース・組み合わせを、これからJASさんと、私ども全国旅行業協会のメンバーとの間で共同企画、共同研修等、意見交換する場ができるといいと思いますね。




舩曳) 私は、そういう隠れた、掘り起こせば魅力あるローカルの観光資源というのは、まだまだあると思うんです。各自治体も努力をなさって掘り起こされているんですが、ただ、それを都会の人間にどうやって知らせるかということが難しいんですね。情報伝達には非常にお金がかかりますでしょう。








◆観光業界全体が協力し 新システムでの観光情報の提供を


二階) 全国に過疎町村というのは1400ぐらいあるんです。私は過疎村策ということに取り組んでおりまして、これからもこの仕事をずっとライフワークのように続けていかなければいけないと思っております。そこで、この過疎地城の良さを紹介するにはどうしたらよいか。野に咲く一輪の花にも露やしずくが滴るような地方の山の中の風景などは、見て頂ければなるほどと感心したり、感動を覚えたり、また、友達を連れて行きたいという気持ちにもなってくれるんですけれども、それを都合の人に最初に見せるにはどうすればいいかということが、一番の問題ですね。


私、運輸省や国土庁にお願いしてプロモーションビデオをいくつか作ってみたんです。でも、作ったビデオをどう都会の皆さんに見て頂くかということが難しいんですね。テレビ局とかが考えついてやったことなら、簡単にできるんですが、我々一般の者が、過疎地の良さを都会の人に伝える方法というのは大変困難ですね。だけど、一度その魅力に浸った人は、ずっと病み付きになって来られますよね。




舩曳) 以前に、各自治体でお金を出し合って、インターネットのホームページのようなもの、年間の観光的なローカルニュースなどを見たい人は、自分で操作して情報を得ることができるような仕組みを考えられないものだろうかと、和歌山県の観光振興会議でもご提案申し上げたんです。


いろいろな観光連盟や観光課がよく大都会に宣伝隊を出して来られるんですけれど一過性ですからね。旅行したい人が、いつでも自分で情報を引っ張り出して見ることができるようにするために、各自治体はお金を出し合って、そのホームページを提供するという方法ですね。シルバーの人も会社を辞めた後は、パソコン操作を勉強する時間もできますからね。お金のかからない方法で、日常安価に皆さんに情報を提供するために、インターネット等の新しい情報通信システムを使うことはできないものかなと、こんなことを考えております。


全国旅行業協会さんもぜひ、このテーマを研究してみてください。航空会社も、各自治体も、あるいは地方のバス会社も、旅館も、みんな少しずつお金を出し合って、そういうものを維持していくというやり方を考えられないものだろうかと、思っているんですけれどね。




二階) 大賛成ですね。私が、以前、北海道に出張したときに、あるホテルで、北海道のことを書いてあるいろいろな書物を陳列していたんです。時間が遅かったものですから、取り出して見ることはできなかったのですが、ここに三日から一週間も滞在すれば、観光や歴史など北海道のことはすべて勉強できると感じたんです。そこからヒントを得ましてね、私は観光図書館の設立を提唱しているんですよ。観光に関する本を借りることが出来るとか、そこへ行ってボタンを押せば、北海道の流氷の様子や一ヶ月先の昆明の花の公園の状況がちゃんと映像で出てくるとか。これを日本全国で最初は10ヶ所くらいつくれば、観光そのものが物見遊山だけでなく、文化の勉強になるということの表明にもなると思ってね、運輸省で少し検討してもらっているんです。


まあ、役所がどうこうするというのではなくて、今、舩曳社長ご提言のような形で、観光業界全体がそういう方向に立ち上がるようにならないとね。ですから、バスなどを利用してやったらいいんです。私は「動く観光図書館」と言っているんですがね。最初に見本を見せてこうだということでないと、なかなか皆さんが腰が上がらないんですけれど、やはりそういうところも開拓していくべきです。動く図書館ですと、学校にも回って行けますからね。




舩曳) その観光図書館というものは、ぜひ、実験的にも東京と大阪ぐらいでやってみたいものですね。これだけのマーケットですから。しかし、費用、採算性の問題もありますね。




二階) ですから、バス会社からバスを提供してもらい、本や映像などは航空会社にお願いするとかいうことで、みんなで協力すればこんなもの簡単にできるんですよ。そこに、若者のニーズなどを随所に取り入れていけば、新しい形の観光産業の展望が開けると思います。何もそれだけでなくて、それならこういうことがいいとか、また別の提案を出して頂いたりしてね。それによって、もっと観光業界がエキサイトして活況づいてくるんじゃないかと思っているんです。




舩曳) とりあえず既存の区営市営の図書館から実験的に始めてみたらいかがでしょうか。あるお客様が、屋久島に縄文杉を見に行かれたときに、町常の屋久島記念館の専門研究員が案内をして下さった。これからの観光客というのは、ただ見るだけでなく、専門的なある程度の知識を得たいという気持ちがありますね。




二階) そうなんです。だから説明員にはしっかり知識を持っている人が欲しいんですね。リタイアされた学校の先生などが、一所懸命になって説明されているのに時々観光地で出くわすことがありますが、観光客から感謝されているようですね。




舩曳) 私も熊野古道に行きましたときに、ボランティアで熊野古道の解説をして下さった方は中学校教師をリタイアされた方で、やはり非常に好評でしたね。これからは施設、ハード面の整備とは別に、今言われた観光図書館の設立や専門説明員の育成、さらにアジアからの観光客に対する中国語や韓国語がきちんと通じるような受入れ体制を整えていくということも、観光振興には大事かも知れませんね。




二階) ただ、ディズニーランドへ行くのと同じような観光ではなくて、もう少し自然とか、歴史とか、その風土、よって来たるところの深みを味わって頂くということが、これからの観光には大事なのでしょうね。私はいつもJASさんの飛行機に乗せて頂いて地元へ帰るんですが、社内報を拝見しておりますと、社長のグッド・スピード・オルウェイズ(Good Speed Always)のご挨拶が載っていて、感心しているんです。社内報というのもいろいろ編集が大変でしょうが、あれもなかなか楽しいものですね。




舩曳) 編集の中で、私が力を入れていますのが、社内報と機内誌ですね。各地の観光協会さんとタイアップして、その地方地方の観光資源を紹介していくというページも作っております。私もあの本を拾てないで取って置くんですけど、一年二年まとめますと、相当奥行きのある観光ガイドブックができるんです。それぞれ専門的な知識のある人に記事を書いてもらっていますので。先生にお褒めにあずかりましたけれども、そういった面で、これから地元と力を合わせて、大都会にいかに観光資源を売り込んでいくかということが我々の課題です。




二階) 観光だけでなく、各地でできる産物なども、機内通信販売で申込んでおけば、後から直送で新鮮なものが届けられるといった形で扱っていらっしゃいますよね。同時に、東京や大きな都市に、そういったものを置くJASさんの販売店のようなものがあればいいと、私は思っているんです。各地方と密接に結んでおられるJASさんだからこそ、いろいろなものを取り扱うことができるでしょうから。




舩曳) 実は、それ、考えているんです。今、一流料亭で美味しいものを食べる時代でもなくなってきていますから、JAS直営の居酒屋的なものでも作って、産地直送の地方の産物を提供したら、結構流行るんじゃないかと思いまして。




二階) 例えば、大分はねぎの産地ですが、大分からのねぎを「ジェットねぎ」と名付けられていますよね。これには新鮮とか高級品というイメージがありますね。ですから、私は、航空会社が直送で現地の新鮮な産物を集めて売れば必ずヒットするだろうと、今まで密かに思っていたのです。




舩曳) 飛行機が儲からなくなってきましたから、私は付帯事業で利益を上げようと考えましてね。そのためには、今、先生がおっしゃったようなアイディアを、ぜひ生かしてみたいと思います。




二階) それはぜひ仕上げて下さい。それから、海外でも食文化というのは大変大事だと思います。例えば、日本ほどこんなにみんなが贅沢な食文化に親しむようになってしまうと、いろいろな国の料理を一つの大きなビルの中に集めて、そこへ行けば世界の各国料理が食べられるとなれば、人は集まってくるでしょう。また、日本人が一週間も10日も海外に出かけたときに、お茶潰けやお寿司を食べてほっとするのと同じに、大使にしろ、外交官にしろ、日本に滞在している多くの外国人も、自分の国のものを食べたいという気持ちがあると思うんですね。そういうことに村応できるようにすることが、国際化や親善に繋がると思います。


今日は、大変お忙しい中、いろいろなお話をお伺いしました。どうもありがとうございました。






  ・高速道路の整備は観光開発のかなめ
日本道路公団総裁  鈴木 道雄




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車での観光周遊が当たり前の時代になった今、高速道路に対する私たちの依存度は極めて大きい。日本道路公団もそのニーズに応え、観光を強く意識したより使いやすい高速道路の建設を目指している。日本道路公団総裁の鈴木氏に観光業界との協力関係について語って頂く。(平成7年7月対談)




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すずき みちお


昭和31年建設省入賞。その後建設省道路局長、建設技官、建設事務次官を経て、平成2年に日本道路公団副総裁に、平成3年から10年日本道路公団総裁。現在(財)道路環境研究所理事長。




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二階) お久しぶりです。私ども全国旅行業協会では、『月刊ANTA』という機関誌を通じて、日本の観光の面でご活躍、お力添えを頂いている皆さまにいろいろご意見やご指導を頂こうと、対談を企画を進めているところでございます。今日は日本道路公団総裁の鈴木総裁にご登場頂きまして、ありがとうございます。


 私どもの協会が中心になって推進しております「日本の観光を考える百人委員会」にも、総裁自らご出席頂き、いつもご指導を頂いておりますことを、まず会員ともども感謝申し上げたいと思います。


 やはりこれからの観光を考えますと、車社会ですから、道路公団の果たして頂いている役割は大変大きいものがあると思います。道づくりなど、大変ご苦労も多いことと思いますが、その辺からお伺いしたいと思います。




鈴木) 今、会長から、観光において高速道路が非常に重要な役割を果たしているというお話があったわけですけれども、まずは冒頭に、一月十七日(平成七年)に阪神・淡路大震災で私どもの高速道路の中国道、名神、あるいは第二名神等が被災して一週間ぐらい交通が止まり、利用者の皆さんに大変ご迷惑をかけてしまいました。本席を借りてお詫び申し上げたいと思います。


 お蔭様で私どもの方は、致命的な破壊状況になっていなかったものですから、通過車両を緊急用などに限定しながらも、一週間程度で通すことができました。現在はもう応急復旧を終わりまして、本復旧ということで一般の方にも利用して頂いています。夏ごろにはだいたい被災前の状況にもどると思いますので、その点、利用者の方々にお詫びとご了承をお願いしたいと思っております。




二階) 大震災で高速道路が途絶したことが経済復興そのものにも大変大きな影響があったわけです。けれども、公団の皆さんや関係者の皆さんの大変な奮起で、今着々と復興していることを伺って、むしろ我々は感謝しております。




鈴木) こういう被災になりますと、やはり道路のネットワークができていないということが非常に大きな問題であります。あの時に、現在整備計画が出ている敦賀線ができていれば、北陸線を回って名神へ出られるということで、京都までの大渋滞は避けられたわけです。そういった面でも震災を機に、ネットワークの早期完成が必要だということを痛感させられたわけです。


現在、高速道路がどのくらいできているか、正確に言いますと、全国で五六九五キロで、だいたい目標である一万一五二〇キロの半分くらいです。ただ、今年(平成七年)は熊本と宮崎県を結ぶ九州縦貫道が夏に開通いたしますので、北は青森から南は鹿児島、宮崎まで列島の縦の約二一〇〇キロの線ができる。これは一つのエポックメーキングなことではないかと思っておりますし、本年度の一つの大きな目玉でございます。


そのほかに、長崎から大分までも横断道ができます。東北道で、東北道と常磐道の間をつなげている磐越自動車道の区間−郡山といわきの間−がつながると、全部つながります。だんだんネットワーク化が進んでくるということです。


 ただ、このためには財政上のいろいろな問題がありまして、ご利用の方々にはご負担をかけることになるんですが、四月十日(平成七年)、料金の改定をさせて頂いて、第二東名、名神、東九州自動車道が今後整備できるようになりました。


 ただ、残念ながらまだ目標の半分しかできていないという状況で、ドイツは一万一〇〇〇キロ、フランスが約八一〇〇キロ、イタリアは六三〇〇キロと、日本の五七〇〇キロに比べればかなりできているので、まだまだ頑張っていかなきゃいけません。しかし、今言ったように有料道路でやっているために、経営をきちんとしながらつくっていくには、いろいろ今の制度に問題があります。今回の料金改定の条件として、道路審議会で有料道路制度を見直せというようなことが出ています。そういったことを今いろいろ検討して、ネットワークの早期の完成を図りたいと思っているところです。




二階) 平成五年十一月頃の観光バスの利用台数は、大型バスで二万六〇〇〇台、うち路線バスが一万台、観光バスが一万六〇〇〇台、その他の自動車が二四五万台。ですから、計二五〇万台の車が一日に動いている計算になります。今、先進諸外国の例について総裁からお話がありましたが、やはりこの際思い切って、公団道路にももっと真水(国の一般財源)を注入できるようなことを国民運動で盛り上げていかなきゃいけないのではないかと思うんです。


 そして、観光客の立場、あるいは総裁自らが車で観光地をめぐったときにお感じだと思うんですが、やっぱりかなりの通行料金になるんですね。今のままですと、料金が高いと、都会地にはこれ以上道路も要らないじゃないか、車が増えるばかりじゃないかというような議論もありますが、全国各地にハイウェイを引っ張ることによって、まだ発展できる地域もたくさんあるわけです。もう一度ここらで高速道路、快適なハイウェイ建設の積極的な推進を考えなければいけないと思いますね。




鈴木) 会長のおっしゃるとおりでして、いろんな理由、理屈はあっても、やはり諸外国の高速道路料金に比べると、わが国のそれははるかに高いわけです。昔みたいに名神しかない時代でしたら、それを利用する人に負担して頂くという制度で良かったんでしょうけれども、昨年、徳島に高速道路ができまして、今はもう全国で高速道路がない県は一つもないわけです。


 年間、一三億台が高速道路を利用されて、国民ひとりが年に一〇回ぐらいは利用する計算になります。ですから、もう少し税金のほうからも負担して頂いて、なるべく料金を上げないように、しかも早く高速道路をつくることが私どもの悲願ですね。




二階) 何か基金のようなものというか、高速道路推進のために、お金を出せば税制で優遇措置が得られるとか、何かここのところで新しい工夫が必要だと思うんですね。若い頃に行ったドイツで、バスの運転手が怒って言うには、イタリアの車がドイツに来たときには無料で走れる。しかし、我々のバスがイタリアに入ったら有料だ。こんなバカなことがあるかということを言っておりました。ドイツのように、アウトバーンなんかが早い時代から着手されたところに比べると、まだ我々は、そういう意味ではずいぶん後進国のようですね。今、高速道路はすべての国民が利用するという時代ですから、これはぜひひとつ多くの皆さんの声を結集して推進していきたいと思っております。




鈴木) よろしくお願いします。ドイツは最近、国民の税金でつくったものをただで使わせるのはおかしいという、今の運転手さんみたいな話があり、大型車はワッペンで、アウトバーンに入るときに料金を取るようになったようですね。


そういう状況ですけれども、特に高速道路と観光という面から、私もいろいろ調べてみたんですが、高速道路の今の特徴は、トラックの利用が大変多いということと、日曜日や休日の観光に非常に使われているということですね。観光協会のデータによりますと、日帰りの場合ですと六七%は自動車なんですね。私鉄とJRが二〇%ぐらいで、自家用車の利用が非常に多い。自家用車が五七%でバスが十一%というようなデータが出ているわけです。


 宿泊者になると、やはり鉄道とバスと自家用車ということで、昭和五十九年の場合、鉄道が四三%だったのが現在は三二%になっている。バスは四一%が三四%になっており、最近はバスや鉄道の利用者がやや減ってきている。逆に自家用車の利用が三七%から四四%に増え、観光などでは自家用車の利用率がアップしているというようなデータもあります。


 今のは全体ですけれども、日曜日などの高速道路の使い方を見てみますと、休日の場合は、人員にしても台数にしても半分くらいが観光に使われているということです。ですから我々もそういった観光を主体にしたお客様に対応したサービスをしなきゃいけないと、今一所懸命に努力しているところです。








◆走るだけの道路ではなく 多目的に楽しめる道路づくりが課題


二階) この間、テレビを拝見しておりましたら、東名の掛川インターチェンジ(以下ICと略)が映りましてね。私は前々から、どこの地域のICも看板をかけかえれば同じようなものじゃなくて、その地域の特色を生かしたICをお造り頂くことを願っておりましたが、掛川のような素晴らしいものができたということで大変喜んでいるんです。




鈴木) 掛川のICは、市長さんが非常に熱心で、経費も若干、地元に負担して頂いているんです。


 最近、公団でも地元の特色を生かしたものをつくろうということで、なるべく地元の方々のご意見を聞いてやっていこうとしております。この間できました九州縦断道の天瀬高塚ICも、そういったものを取り入れた形として木材を使ったゲートのようなものをつくったわけです。このように公団の経費で足りない分を若干地元でご負担頂ければ、いろいろと地元の特色をいかしたICができると思います。




二階) ぜひこれからもそれぞれの地域の文化や伝統や特色を生かして進めていって頂きたいと思いますし、すでにできているICにおいてもそのように改良して頂ければ、立派な、ものができると同時に、ハイウェイの利用率も上がるし、第一、ドライバーや観光客の皆さんも楽しみが増えるわけです。


 前に北海道にまいりましたときに、旭川の近くの砂川にハイウェイオアシスというものがありました。あれも本当に素晴らしい発想だと思います。せっかくの道路をただ走るというだけではなくて、そこを通行する人たちが、観光だとか地域の文化や歴史や産業に触れる。ああいうところで一休みしますと、交通事故もずいぶん少なくなると思いますね。                また、これだと地元の皆さんに、高速道路の建設の用地買収等にも協力して頂ける雰囲気が出てくるんじゃないか。一石二鳥どころか三鳥も四鳥もあるというように感心して見てきたんです。




鈴木) 会長の今おっしゃったハイウェイオアシスというのは、高速道路のサービスエリア(以下SAと略す)、パーキングエリア(以下PAと略す)と都市公園が一緒になったもので、高速道路のSA・PAから外に出ないで、第二駐車場という公園専用の駐車場にいたまま休んで遊ぶ。それでまた、高速道路に戻ってくるというようなものです。第一号は砂川ハイウェイオアシスでした。ここには世界の七不思議のミニチュア版があって、夏場、子供さんに大変喜ばれたりして交通量も増えています。SAではお酒は飲めませんけれども、ハイウェイオアシスですと、ビールくらいは欽めますのでね。




二階) ジンギスカン鍋なんかをやっていて、大変繁盛しておりました。




鈴木) そうですね。今までハイウェイオアシスとつながっていないときには、五か月間で三〇万人くらいしかお客さんがいなかったんですけれども、それがもう倍の六〇万人ぐらいに増えました。


もう一つは北陸道の福井県の徳光PA。ここに松任海浜公園というのがあるのですが、このPAにハイウェイオアシスをつくりまして、ここで着替えをして、泳いで帰ってくる。


これも非常に利用者が多くて、今度、反対側にも拡大しようと考えております。最近では、長野県佐久平のハイウエイオアシス−ちょうど軽井沢の近く上信越道佐久ICのすぐそばですけれども、ここに人工の雪をいれてスキー場にしています。これも首都圏から近いというようなことで非常に人気が高いんです。


ハイウェイオアシスというのは、都市公園と一緒になっておりますので、公団と県なり市町村とが一緒になってやっておりますが、県なり市町村としては単に公園の整備だけでなくて、文化施設とか、商業施設とか、レクリエーション施設とかいったものをつくっていこうとしております。つまり、高速道路と地域が一体となって、そこに観光施設だけではなくて、いろいろな商業施設をつくってお客さんを呼び込もうと、そういう多目的な事業を始めています。




二階) 先日、関経連の川上会長(当時)と対談させて頂いた折りに、今、関経連では建設省といっしょになって例の歴史の道の「歴史古道」の整備を大変熱心にお進め頂いていることをお聞きしました。高速道路にもこのようなそれぞれの地域の歴史文化館みたいなものを併設して頂けると、ハイウェイでその地域の歴史を訪ねることができる楽しい場所になると思いますね。




鈴木) 高速道路は、今まではどちらかというと、クローズ、閉じられた利用でありました。それをもっとオープンに、開かれた場所にして、外の人だけでなくて地元の人たちにも楽しんで活用してもらえる場所にしようとしております。今までは食堂なども結構気のきいたものをつくっているんですが、地元の人には利用できなかったわけです。最近はそういった施設も、積極的に地元の人にも使って頂けるようにしようと努力しております。


観光の面では、いろいろな旅行案内とか、観光情報を提供するというようなことで、今、浜名瑚のSAでは周辺の旅行案内をしておりまして、なるべく観光とかレジヤーに来たお客さんの役に立とうと努力しているわけです。我々公団としても、高速道路を利用するお客様へのサービスを考えないと、有料道路一つだけではやっていけませんから。




二階) 私は、それで道路公団のファンがずいぶん増えると思いますね。ぜひ日本全国に、そういうようなことが広がっていくように総裁のご指導をお願いしたいと思います。




鈴木) 最近は、一般の人に日常生活でも使って頂けるように、SAとかPAにいろいろ趣向を凝らして、ハイウェイオアシスほどではありませんが、例えば平成四年には、諏訪湖SAの上下線に温泉をつくりました。これまで足柄とか多賀にはお風呂があったわけですが、今度は温泉ということで長距離のドライバーの方に人気が高く、いつも繁盛しているということです。




二階) 長距離を運転している方は、ひと風呂浴びると気持ちいいでしょうからね。




鈴木) 今は高速道路が長いですから、長距離ドライバーのように一日中高速道路を走っている方は、そこで休んで仮眠をしていくというケースが多いようですね。トラック協会の会長さんからも、どんどん増やしてくれと言われております。




二階) 個人のドライバーとか、家族旅行だって、これはいいですよね。




鈴木) 最近はお土産ばかりでなくて、観光に行った帰りにここで晩のおかずを買って頂くとか、郵便ポストやコインランドリー、シャワールーム、洗車など、SAやPAをなるべく生活の場、憩いの場に使って頂くよう心掛けているわけです。




二階) 郵便局といえば、今度の震災で災害復興にご協力いただくために、通常八〇円に二〇円プラスした一〇〇円の郵便切手を発行してもらうよう、郵政省へお願いしまして、これが実現いたしました。どうぞSAでも大いにPRして頂きたいと思います。




鈴木) 当然売っていると思いますが、「阪神・淡路大震災協力切手をご利用ください」とPRさせて頂きたいと思います。




二階) 私は、前々から日本の道路に花を植える、道路の三角地とかに花を植えるということを主張しておりまして、もう二〇年近くになりますが「花を愛する県民の集い」の会長もしております。高速道路の維持管理の面から見ますといろいろと難しい点がおありかとは思いますが、こういった環境を守ること、花を観光の道しるべとするということを公団として積極的にやって頂けるとすばらしいことだと思います。




鈴木) 自然を大事にするということは大切なことだと思いますし、国の五か年計画でも人と自然に優しい道路というのが大きな柱となっております。公団でも、SAに南から北へずっと桜を植えておりまして、「今日、どこのSAで桜が咲いた」というように桜前線の北上するのが分かるわけです。それで最近は気象庁が「どこのSAで桜が咲きましたか」なんて聞いてこられるようになり、桜の開花予想にも使われているようです。


このほか、観光用にうちの目玉として、ハイウェイ周遊券というのを出しています。例えば「ロマンチック街道日光へ」ということで、関越道ですうっと行きまして、沼田から金精峠を通って、日光を経て東北道に出るとする。日光では華厳の滝のエレベーター割引券と、日光東照宮の駐車場の無料券がついているなど、高速道路を利用して観光地を回って頂いた方に、何らかの特典があるというものです。そういうセットを地元の観光協会と協力し、地域ぐるみで観光客を周遊させようと発売しているんです。








◆よりよい未来を築くために 意見交換会の開催を


二階) 今日は総裁から、公団でも観光にずいぶんご配慮頂いていることを伺って心強く思うんですが、今、ご承知のように、私ども観光業界で観光が及ぼす経済効果等を、経済企画庁で調査をしてもらったんですけれども、年間二四兆五〇〇〇億円ぐらいということになっているんです。数量で押さえますと、かなりレベルの高い方の産業になってきました。


やがて二十一世紀には、世界最大の産業になるであろうと言われてますが、そのためにも道路公団の高速道路のお仕事と私たちの全国旅行業協会をはじめとした、他の観光業界との接点、これからの協力関係をぜひ発展させていきたいと思っていますので、よろしくお願いしたいと思います。




鈴木) こちらこそぜひお願いしたいと思います。


例えば国際化時代で、高速道路の標識にも主要国の言葉で表記したり、緊急用の電話にしても、最近は英語も入れるようにしております。




二階) 今後は観光の問題等をご担当頂いております公団の理事さんや部長さんと私どもの協会、あるいはまた観光関係の団体の皆さんと、定期的な懇談会のようなものを開かせて頂きたいと思います。


私どもはJRや航空会社などとはよく会合を持っているんですよ。


これだけ道路公団も進んで観光面にご配慮頂いているわけですから、例えば観光バスを運行した場合に、年間何キロ走ったら何割か引いて頂けるとか、あるいは温泉の料金をいくらか割引いて頂けるということになると、団体旅行を組むときに、こういうことを組み込めるわけですね。




鈴木) そのようなことをいろいろ意見交換をして頂く場は、非常に貴重ですね。大賛成です。




二階) 私どもの全国旅行業協会は全国の五七〇〇社の旅行業者が結集している協会で、今年三〇周年を迎えます。しかし、おそらく道路公団の総裁と全旅協の会長が、こういうことでお目に掛かってて意見を交わさせて頂くのは初めてのことではないかと思います。


鈴木それは私どもに商売っ気がなくて申訳ないことだと思っております。ただ、現地の管理局によっては地元の観光協会なんかと情報交換しているところもあるんですよ。


しかし、本社関係ではそういうものが薄いものですから、会長がそのようなご意向であれば、貴協会と当公団道路施設協会の担当者との懇談の場をぜひ設けさせて頂きたいと思います。




二階) 実は今、観光政策審議会の瀬島龍三会長(当時)が議長になられて、TAPという観光立県を推進する会議を各地でずっとやっておられますが、そのTAP会議に道路公団あるいは道路施設協会で結構ですからご参加頂いて、夜間の観光バスなんかの高速道路料金の割引とか、共通の問題についてご協議頂きたいと思います。




鈴木) ぜひそのような機会もお与え頂きたいと存じます。




二階) それでは早速、貴公団と意見の交換を行う定期的な協議会的なものをつくらせて頂くことにしたいと思います。本日はどうもありがとうございました。







  ・バス業界との提携による観光の活性化


(社)日本バス協会会長  青山 茂




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路線・観光バス利用の減少が言われて久しい中、今後のバス事業の展望と旅行業界との提携のあり方が模索されている。現在の情報化・国際化社会における観光産業の果たす役割とバス事業の接点を語る。(平成8年6月対談)




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あおやま しげる


昭和21年神奈川中央交通株式会社入社。同社常務取締役、専務取締役を経て、昭和51年には同社社長、平成5年会長就任。日本バス協会会長就任は平成5年6月。




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二階) 私たち全国旅行業協会では、すでに青山会長さんに「日本の観光を考える百人委員会」のメンバーとしてもご協力を頂いておりますし、また、全旅協のメンバー各社がバス業界の皆さんに大変お世話になっておりますことを、まず協会を代表しましてお礼を申し上げたいと思います。




青山) いや、どういたしまして。むしろ私どもの方がお世話になっております。特に観光バスの発着につきましては、二階会長に格段のご配慮をして頂いております。昔はJRの東京駅などでも用地がございまして、遊覧バスのために提供して頂いたんですが、今は清算事業団の方に管理が移りましてね。会長にお願いいたしまして、それをまず開放して頂きました。それから、羽田ですね。あそこへ送迎に参りますときに、やっぱりバスの停車するところがなく困っておりました。そういった面も改善して頂き、大いに助かっております。




二階) 東京駅も、羽田の場合もそうですけど、修学旅行などで年々混みあうようになっておりますしね。バスの乗り降りの間に事故でも起きたら大変なことです。




青山) はい、そうなんですね。




二階) それからやっぱり、東京といえば、花の東京といいますか、青少年諸君が修学旅行などで憧れを抱いて東京駅に来られるわけですから、バスターミナルも十分に整えられているべきでしてね。これは東京都の責任だとか運輸省の責任だとか言う前に、皆で考えなきゃいけないのじゃないかと思いまして、運輸政務次官時代から各方面にご協力をお願いしていたのですが・・・。




青山) はい、本当にありがとうございました。おかげさまで全国のバス業者が大変喜んでおります。




二階) それでどうでしょう、バス業界に新たな問題点等についてお感じになっていることはございますか。会長さんの方のご本業、乗り合いバスのほうではいかがでしょう。事業歴もご経験も豊富と聞いておりますし。




青山) バス業界は、五〇年やっております。




二階) 五〇年ですか。そのご経験から振り返って頂きますと・・・。




青山) いや、バス業界の五〇年というのはですね、ちょうど終戦後からずっと今日までということでして。終戦直後にバスというものがだんだん忙しくなりつつあるときからですね。昭和44〜45年頃が最盛期で、その頃は統計を見ますと、日本全体で約一年間に延べ百億人の人を輸送しておりました。それがここのところ、平成五〜六年のデータでは五〇億人程度になっております。




二階) 下降しちゃったわけですね。




青山) そう、半分ですね。五〇〜六〇%落ち込みました。




二階) その原因は、やっぱりマイカーや鉄道の普及ですか。




青山) マイカーですねえマイカーがなぜバスの妨書になるかと申しますとですね、マイカーは乗るだけならいいんですが、走れば道路を塞いでしまうんですね。そのためにバスの定時運行が非常に難しく、時間通りに走らないバスは乗ってもしょうがない、というお客様が増えまして・・・。




二階) 自家用車の場合なら乗って遅れても渋滞なら仕方ないと思えても、バスの場合には鉄道のダイヤと同じような感覚を皆が持つんですね。




青山) そうなんです。定刻をもってやっておりますから、それが遅れるようになりますと、どうもバスは駄目だという受け止められ方をしましてね。慌てて我々業界もバス専用レーンを作ろうじゃないかということで、東京、横浜など、主要都市の片道二車線以上のところは警察庁にお願いしまして、朝の七時から九時ぐらいまでの間、一時間を専用レーンとして走らせてもらっています。今度、北海道でも道警にお願いしまして、あの札幌の大通りでやはり朝の7時から9時までの間、左側車線は、バス以外通れないことにしてもらいました。違反車両はカメラで監視しておりまして、道警の方から注意勧告をするようになっております。この方式で今のところ、バスの運行も非常にスムーズに行っております。話は少しそれますが、ドイツで市内電車が復活してきたようですね。テレビで見たことですが。




二階) あ、そうですか。




青山) それで一番面白いのはですね。道路の歩道側にレールを敷いちゃうことなんですね。




二階) 真ん中じゃなく?




青山) ええ、両方向とも。電車を降りるとすぐ歩道になるわけで安全ですし。それと同時に、そこを電車が走っていることによって自動車が駐停車できないそうですよ。




二階) なるほど、それなら流れがスムーズになりますね。




青山) そうなんです。真ん中を走るクルマが、レールに沿って停めるわけにもいきませんから。これはひとつのアイデアだなと思いましたね。だから、まだまだいろいろ考えてみますと・・・。




二階) やり方はあるわけですね。




青山) 知恵を出さなきゃってことですね。




二階) ところで、青山会長もときどき自社のバスにお乗りになりますか。




青山) 乗っております。




二階) ご存じでしょうけれど、阪急電鉄の小林一三さんなんかも、いつもご自分の電車に乗っておられたとか。




青山) そうですね。




二階) 私も子供の頃、郷里のバス会社の社長さんが、毎日出勤に自分のところのバスに乗られるのを見ながら、「あれ、会社の社長さんでもバスに乗って行くんだな」なんて思ったものですけれど。今思うと、あれはやっぱり、経営者の本当の姿かと・・・。




青山) はい。大事なことですね。




二階) お客さんに喜ばれることから苦情まで、みんな分かりますね。




青山) この間もですね。うちの会社の役員の一人が「自家用車で通勤する」って言い張るんですよ。それで、「お前さん、自家用車に乗っていちゃ分からないだろう」と。




二階) 何で飯食ってんだってことですね。




青山) だから毎日、「自家用車やめてバスに乗り換えなさいよ。あんたは聞くところによると、夫婦仲が良くて、虎屋の羊羹を毎朝食べてんだってね、ああ、結溝だ。でも、あんたは、バス会社の人でしょ」と言ってやるんです。虎屋の先々代の話を持ちだしましてね。




二階) 虎屋の先々代は参議院議員で、厚生大臣もおやりになられたあの黒川武雄さん…。




青山) ええ、あの方は毎朝、一切れ必ず羊羹を食べられたそうです。これ、社業のためなんですね。毎日作っている羊羹でも、伝統の味が変わらないかどうか・・・。




二階) 確かめているんですね。




青山) 他人の商売を試す前に、まず自分のところのバスの味を試してみなさい、私はそう言うんですよ(笑)。




二階) これは、虎屋に言ってもらわなくちゃいけませんね(笑)。




青山) そうなんですよ(笑)。それで話は戻りますが、バス事業がちょっと落ち込みまして、今、各社とも慌てていましてね。で、なんとか救済策はないかということで、できるだけ皆さんに乗って頂けるようにと、大都市においては老人パスを出すとかいろいろな手を講じております。それから、観光バスはですね、ちょっと今行き詰まってきております。と申しますのは、運賃は高くはございませんが、過当競争でしてね。




二階) そうですか。




青山) それと運賃が高くないのに、給料が高くなり過ぎましたね。








◆共通仕様でコストダウン しかし給料のほうは・・・


二階) ということは、運転手さんとガイドさんの給料が・・・。




青山) はい。それによって、収支が合わなくなってきています。だからといって今更、原価が上がったから運輸省に運賃を上げてくれというような、厚かましいことも言えませんしね。




二階) 運賃はそろそろ自由化の方がいいんじゃないですか。




青山) 私もそう思いますね。すでにやりたいという業者もおりますし、市場の原理で決まっていくのが、自然な姿と理解すべきでしょうね。




二階) それと私、ヨーロッパなどへ旅行しますと、バスの形が近代的といいますか、素晴らしいデザインのバスが多いことに気付きます。色合いもなかなか凝っているということで、撮ってきた写真をバス会社をやっている友人たちに配ってあげたりしてね。まあしかし、この頃は日本の観光バスもずいぶんきれいで大型になり、乗り心地もよくなりました。




青山) その通りですね。




二階) その分だけ経営を圧迫しているんでしょうか。




青山) そうなんですね。確かに遊覧バスあたりですと個別生産になりますし、会社ごとにデザインが違いますからね。しかし、路線バスのほうはと言いますと、事情が違います。仕様の共通化を徹底し、事両にかかるコストを引き下げて、安い運賃で運行できるよう考えております。でも、遊覧車ではそういきません。




二階) なるほど、特徴がありますからね。




青山) それはやはり、お客様には、ご覧になって乗りたくなるようなバスを選ぶ権利がございますから。




二階) この頃はガラス張りで、景色が見やすくなっているバスもよく見かけます。




青山) そうなんです。それから夜間の長距離バスなどになりますとシー卜が一人ずつですからね。




二階) そうですね。




青山) 三列になっていましてね。




二階) 隣とあたらないように・・・。




青山) 人が寝ているとき、またいでトイレに行くというような必要もないわけですね。




二階) なるほど。




青山) それからリクライニングもゆったりしています。




二階) 飛行機のようにですね。




青山) なっております。ですから深夜の長距離バスは、かなり割安感があると思います。




二階) 儲かっているようですね。




青山) まあ鉄道の半分の料金で行けて夜間を利用する。新幹線は今、夜間走っておりませんでしょ。夜間走ると強敵なんですけどね。まあ幸い夜間に走ると、路線を補修する時間がない。




二階) なるほどね。




青山) しかし、バス事業というのは、今まで私鉄がバスを兼業でやっていたのがだいたい主力でした。 単なるバスの集合体である私どもは、賃金にしても私鉄のベースアップに同調していたわけでしてね。




二階) はい、はい。




青山) まあ、バスだって電車だって同じじゃないかという論議は別にしまして、とにかく同調してきましたから。 それで、全国のバス業者もそれに乗っかって追従してきましたが、もう限界に来ていますね。 電車で運ぶ効率よりバスで運ぶほうがはるかに人員数当たりの輸送力は小さいのです。電車ですと8両編成も10両編成もできますが、バスは一台で50〜60人ですからね。生産性が低いわけですよ。それが今や本当に行き語まってきていましてね。ですから今、私鉄もバス輸送部門を別会社にしたりしています。そして、そのつくった会社の収支の中でやっていきなさいと。これも冷たいようですけれど、仕方のないことだと思います。ですからまあ、運転しているなら電車でもバスでも同じだよと、むしろ軌道の上を走る電車の方が楽じゃないかということも言われます。確かにバスの方が大変かも知れません。だけど、やっぱり生産性からいくと給料の支払いはバスは低くなるわけですよね。








◆遊覧バスのサービス向上には 著作権等のクリアすべき障璧も


二階) なるほどそうですか。ところで観光バスなんかには、ビデオを積んでいますよね。古い映画ばっかり見せられるのは、どうかと思うというような話も聞かれます。もう少し新しいものを楽しめる方法がないものかと。これ、旅行業界も盛んに言っていますね。




青山) そうですね。




二階) 著作権の間題がありますからね。


 バスの中で勝手にやってもらったら困るということになるんだけれども、そこのところをバス業界や観光の団体といいますか、早く言えば運輸省と文部省の関係ということにもなるんでしょうけれど、観光バス旅行が楽しくなるような糸口をつかまないといけないと思うんですがね。




青山) 著作権の問題では、旅行業協会の方が私どもの協会のほうにもやって来られました。


捕まった場合の罰金はバス会社が支払っているんです。この問題については、今のところ、これといった解決策のないのが現状ですね。それから、遊覧バスにガイドさんを乗せなくてもいいというお客様もございましてね。それで、衛星放送を使って説明を流すというようなことも考えております。




二階) ガイドさんの情報を宇宙衛星から流すということですね。




青山) そうなんです。それとですね、ガイドさんの勤続年数も意外に短くて、平均三年なんですよ。




二階) へえ、バスガイドさんがね。




青山) つまり、いい子はどんどん売れちゃうんですよ(笑)。




二階) そりや、バスの中では、ファッションショーのステージに立っているようなものですからね(笑)。




青山) それで勤務も優秀、説明も上手なガイドさんは五年以上勤続しますと、バス協会から会長表彰を出しているんですが、売れ行きがよくてですね・・・(笑)。




二階) ガイドさんの問題も重要な課題でしょうけれど、地域の歴史だとか文化だとかいうことに対して掘り下げた話が聞けるようになれば、どうですかね。例えば地元の高等学校の歴史の先生で、リタイアされた方のお話などを、録音でもいいですから、聞ければと思いますね。




青山) そうですね。詳しい内容を全部テープに録り、要所要所で聞かせることですね。




二階) まあ本当に楽しい旅行をしてもらうためには、ガイドさんといいますか、説明要員の確保とともに、工夫も凝らさなければなりませんね。




青山) それに関連してですが、ガイドさんも去年今年あたりは、就職難のために非常に希望者が多いんです。不景気のおかげと申しますか、ありがたいことに。それまでは本当に来なくなりかけましてね。ずいぶんと全国に呼びかけもしまして、やっと集まるというような状態だったんです。ここにきて急にバタバタッと集まるようになりました。




二階) それからですね。私どもの全国旅行業協会のメンバーとバス協会の皆さんとは、これまでお互いに協力しあってきたわけですけれども、これからも、業界同士の連携の在り方等についても、ご指導頂きたいと思っております。




青山) そうですね。それは、私どもとしましても心から望むところです。




二階) 実務的なことで協力しあえれば、効果も上がるでしょうし。ぜひ私どもの業界とバス協会の皆さん方との懇談の場を設けて頂きたいと思います。




青山) 全旅協のメンバーの皆さんからも、いろいろとご要望もあるでしょうしね。




二階) ええ。お互い主張しあって、協力しあえば、いくらでも発展できるんじゃないですか。




青山) ぜひ協力させて頂きたいと思います。




二階) それとは別に、全旅協のメンバーが社業を発展させていくためには、やはり観光そのもののバックグラウンドを広げていくことも大切だと思いますね。会長就任早々からそう思い、いろいろなことをやってまいりましたが、やはりこれからの観光業界は、後継者の育成とか人材の養成にカを入れるべきで、業界発展の基盤を強固にしていくことが大事じゃないかと思いますね。




青山) そうですね。一番大事なことですね。








◆動く観光図書館の実現も 全旅協とバス協会との協カで


二階) そこで私はかねてより、観光大学を造ろうではないかということを呼びかけているのですが、直ちに大学の創設までにはならなくても、観光というものを本格的にとらえる機関といいますか、先ほどのガイドさんの養成もそうですし、将来の観光ということを考えていくためにも、観光図書館のようなものも創設してはどうかと思っています。実は、先ほどから会長さんとお話をさせて頂いております間に、バスを活用した、「動く観光図書館」というようなアイデアが浮かんでまいりましてね。




青山) あ、なるほど、いいですね。




二階) これをバス協会と私どもの全旅協と協力しあって、ひとつのひな型のようなものを用意できればと。




青山) 面白いですね。一度研究してみます。




二階) ぜひ、お願いして、だんだんに盛り上げていきたいと思いますね。それで現実のほうを見ましても、そういう大学を希望し、手を挙げてくださる知事さん方も全国に七人くらいいらっしゃって、土地を提供しよう、お金も出そうとおっしゃってくださっているんです。先般、前の観光政策審議会の瀬島会長とお話をしました折りにも、観光大学は一校ではなくて複数にしてはどうだろうかと、ご提案がありましてね。私は大賛成だとお答えしたんです。まあ最初は大学の学科からスタートすればいいんですよ。それから高校なんかにも観光コース、観光学科っていうのを設けるといいと思うんです。このたび運輸省で、各出先の運輸局の三つの局で観光課というのができました。それから各県レベルでの問題ですが、商工労働部というところに観光関連のセクションが入っていることがままあるんです。




青山) そうですね。




二階) これでは何のことだか分からないんでね。観光のことをどこでやっているかということが見えないんです。観光というのは、その県の発展に大きな役割を果たしているわけですから、もっと観光課をつくるとか、観光産業を重視して頂く県政、国政であってもらいたいと思いますね。私は機会あるごとにそういった主張を繰り返しているんです。




青山) いや、それは結構なことですね。バス業者の大先輩の岩切章太郎さん(故人・宮崎交通元社長)、あの方なら観光大学など喜んでおやりになったでしょうね。




二階) 岩切章太郎さんについては、私にも思い出があるんです。あの方が観光について、「また来てみたいと思うような、思ってもらえるような施設やサービスでなきゃ駄目だ」ということをおっしゃっておられますよね。これほど、観光の真髄をわかりやすく言い尽くしている言葉はないと思うんです。




青山) そうです。まったくその通りだと思いますね。




二階) まあ話は前後しますが、バスを利用した動く観光図書館ですね。これをぜひやって頂いて、我々も五四〇〇社あるわけですから、本を一冊ずつ持ち寄ったとしても五千冊になるわけです。バス協会さんのほうと協力して推進すれば、きっといいものができると思うんです。まあ、理屈はここまでとして、まずは当たって砕けろですけどね。




青山) そうですよ。とにかく行動しなきゃ。




二階) ですから、私は半ば無理を承知で、ドンドン前へ前へと言っているわけです。北海道へ行きましたときにもね。あるホテルですけど、北海道の観光についてのすべてと言っても過言でないくらいたくさんの本が並んでいるんですね。観光を勉強している学生ならこのホテルへ四、五日滞在して、これらの本を片っ端から勉強させてもらえば北海道のことがみんな分かると思いました。ホテルもそういうことを実際にやっている時代なんです。


 それと国会図書館でこの前、「旅」という名前の本を検索してもらいましたけど、五千〜一万あるんですよ。ですから、何かお互いにできることからやりましょう。




青山) よく分かりました。




二階) それとご関係の皆さんにお礼を申しあげておきたいことがひとつあります。かつて国会議員の間でカンボジアヘバスを贈ろうという運動が高まりましてね。で、「西鉄バス」と佐賀の「祐徳バス」、和歌山の「中紀バス」にお願いしまして、バス十台を揃えて頂いたことがあります。ところが、輪送費が大変だということになりましてね。




青山) そうなんですよ。




二階) で、当時ご健在だった日本船舶振興会の笹川良一会長にご相談を持ちかけましたところ、そんなにいいことなら、協力しようということで、輸送費を出してくださって、向こうへ運んだということがありました。色も塗り替えずに行ってますから、日本のバスがそのままプノンペンの街を走り回っているわけです。目に見える形での国際協力なんですね。




青山) いやうちでも六年前にやっております、中国へ。日中友好協会からの要請で。神奈川中央交通のバスを十台ばかり中国で欲しいって言うんですよ。廃車でいいという話でした。だいたい六年くらいしか使っていないので十分に使えるんです。




二階) バスを差し上げることはなんとかなっても、運賃が大変でね。




青山) その点については、向こうから横浜へ石炭を運んできた船の帰りに積むことでなんとかなりましたけど。ただですね、役所が驚きましたよ。普通、廃車車両は渡された側で整備するものでしょう。ところが中国に差しあげるために全部こちらで修理することになりまして、結局のところ一台あたり百何十万かの整備費も合わせて寄付させて頂きました(笑)。




二階) そりゃもう、大変な国際協力をして頂いてありがとうございます。バス業界、観光業界の発展も、これからの時代は、グローバルな視点で考えなくては真の発展とは言えないということですね。今日は貴重な問題点の指摘をお聞かせ頂きありがとうございました。






  ・新たなるクルーズ時代の幕開けに向けて
(社)日本外航客船協会会長  宮岡 公夫




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クルージングはもはや高嶺の花ではなく、ゆとりある余暇を過ごすための最良の手段、と説く日本外航客船協会の宮岡会長。ようやく日本でも根づき始めたクルーズの魅力と現況、そして今後の展望をじっくりと語り合って項く。(平成8年4月対談)




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みやおか きみお


昭和23年日本郵船株式会社入社、同社ロンドン副支店長・営業第一部長を経て、昭和59年社長、平成元年会長。その後、平成7年より同社相談役。平成10年1月逝去。




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二階) 今日はお忙しいところお越し頂きまして、誠にありがとうございます。ご承知のように、今まで全国旅行業協会は国内旅行を中心にやってまいりましたが、今度、旅行業法の改正によって海外旅行等についても大きく門戸が開かれるというチャンスが与えられました。ですから、私どもの業界としても、今後、クルージングに対しても大いに前向きに取り組んでいきたいので、ご指導頂きたいと思っております。


ここ数年、大型の豪華客船が次々に就航して、世界一周のクルーズや、ハワイ、オーストラリアへのロングクルーズ、また国内のお祭りやクリスマスに合わせたショートクルーズが活況を呈しているようですが、旅客船業界の現況はいかがでしょうか。




宮岡) その前に、歴史的な経緯を少し。クルーズマーケットは、ご承知のように戦前は、海外渡航の足だったんですね。これが結局、飛行機にみんな取られちゃいまして、完璧に没落したんです。その後、1965年ぐらいから、今度は船で遊ぶ、文字どおり、クルーズですね。それに転身して再興し出したんですよ。


それで1989年に、日本の会社がみんなもう一回客船をやろうということになりました。これは会社の多角化とも関連しているんですけれどもね。私の会社なんかも四〇〇隻ぐらい船を動かしていますが、戦後、客船づくりのチャンスがなかった。ところがやる以上は、戦前の「郵船」というイメージがあって、変なモノをつくったら、オールドファンが泣くと言われる…。それと戦前、柏原丸という二万八000トンの大きな客船を最後に建造したのです。ところがこの船が、すぐに軍部に徴用されまして空母に改装され、とうとう客船としてデビューできなかったんです。その思いがあるものだから、どうせつくるなら柏原丸と同じトン数の船を建造しようということで、「飛鳥」をつくったんです。




二階) 「飛鳥」は一九九一年にお造りになったそうで、同じ客船の中でも最も素晴らしいと言われていますが、郵船のご自慢の船で、動くホテルという感じですね。




宮岡) そうなんです。まだ先輩で生きているのがたくさんいますからね。




二階) 先輩の船ですか。




宮岡) いやいや、先輩の人が(笑)。だから、いい加減なものは造れない。昔はいい船がたくさんあり過ぎたんですよ。




二階) 昔の名船というと・・・。




宮岡) 「鎌倉」とか「浅間」とか、いろんなのがございましてね。だから、やる以上はやっぱり一番いい船にしようということで始めた。今、アメリカには、五〇〇万人近い利用者がいる。日本は、本格的なクルーズ船ができた八九年が約一五万人、その後、順調に増加し、今は約二一万人。人口割りからすると二〇〇万人ぐらいいてもいいんですがね。まあ、向こうはカリプ海という名勝を抱えていますから、ちょっと状況が違いますが、それにしても日本はちょっと少ない。








◆クルージングの旅こそが シルバー層には最適、かつ最上


二階) クルージングと他の旅行では、意識の上で根本的に違っておりましてね。クルーズはみんな贅沢品みたいに思っている。一生に一度乗ってみたいとか、まだそういうレベルですからね。




宮岡) でも、おかげさまで、今回の世界一周は、600人乗りの客船で、スタッフを除くとほば450人がお客様。その四分の一がなんと世界一周初めて、旅行初めて、船初めてのシルバー層なんですよ。




二階) みんな日本人ですか。




宮岡) 全員日本人です。面白いことに、船の半分ぐらいを一つの民族というか、一国の国民が占めますと、そこの国の文化になっちゃうんですよ。言業もその国のものになるし、食事もすべて。ですから、日本の客船には外国人は余りお乗りにならないんですよ。




二階) クルーズの語源と定義を教えて頂けると・・・。




宮岡) これにはいろんな説がありますが、大航海時代に海賊船が獲物を求めて前後左右にクロースして航海したことからきているというのが定説じゃないですかね。今では、船で楽しんで、いろんなところへ寄っていくという意味になっています。




二階) クルーズは先ほどのお話のように、シルバー層といいますか、一生を勤勉に働かれてリタイアされた方々が、夫婦で世界を巡るというのが本当の理想ですからね。




宮岡) そうなんですね。ですから、今度の客船も約四五〇人の平均年齢が六七・五歳ですよ。私、七三歳ですから平均を超えていて、いやこれは関係ないけれども…(笑)。




二階) 会長は年より一〇歳ぐらいお若いから。




宮岡) いやいやとんでもない。結局長い船旅はシルバーエイジ向きなんですよ。だんだん年をとってくると、飛行機はしんどいでしょう。若いときはいいですけれどもね。




二階) 船の雰囲気はゆったりとして特別ですし、空の色、頼をつたうさわやかな風、飛行機では味わえないことですね。




宮岡) 船を勧めますと、だいたい聞かれる質問が決まっているんですよ。まず「揺れないか?」。最近の船旅を経験されればわかりますが、フィンスタビライザーといいまして、船に飛行機の翼みたいなのが出ていますよ。これで揺れを抑える。速力は一ノットぐらい落ちますけれども、相当抑制力がある。




二階) 安定するわけですね。




宮岡) それから縦揺れの方は、全長を長くしまして、二〇〇メートルあればずいぶん違うんですよ。一〇〇メートルぐらいの船ですと、揺れを結構感じますね。だから「揺れない」といって売るなといっているんです。少しは揺れます。けれども昔の船と違ってご心配になるような揺れ方はしませんと。


それから二つめは「退屈しないか?」。船内ではお芝居もあれば、映画も、音楽演秦、ゴルフのシミュレーションなどなんでもありますからね。その中で好きなものをピックアップしていいし、それが嫌な人は、私なんか本が好きなものだから、箱にいっぱい詰めて持って行くんですよ。ふだん読めないような長いやつを。これをベランダでひっくりかえって陽を浴びながら読んでいると、これはもう天国ですよ。




二階) これは船旅ならではの魅力ですね。




宮岡) それから絵の好きな方は楽しいですよ。描く種がいくらでも転がっているわけです。今度、私も油絵の道具まで持ち込んで乗るんですよ。




二階) 船旅を一〇倍楽しくする方法ですね。




宮岡) そういうことなんですね。それで三つめは「タキシードを着て窮屈でたまらない」という方がいるんですが、これは大げさに言われているんで、女性の方がお洒落をする社交界なんかが日本ではあまりないでしょう。ですからせっかく買われたものも着るチャンスがない。




二階) 着るところがない。




宮岡) お洒落するのに絶好なわけです。だから女性は喜ぶんですよ。それも毎日ではないし、昼はどんな恰好をしていてもいいのですから。




二階) 本当に外国人旅行者を見ますと、昼はみんなラフな恰好をしておりますが、夜になったらバリッとしてますね。




宮岡) そう、世界一周96日間のクルーズでも、フォーマルは8回しかないんですよ。


だから、10日に一回の割合ですね。たまにビシッと決めると、気分が割とシャキッとしてそんなに苦痛にならないんですよ。




二階) やっぱり服装を着替えるのは、また気分を変える面で楽しいですからね。




宮岡) 変わりますよね。しかし、それが大げさに伝わり過ぎている。ただし、女の方はフォーマルの日を非常に架しみにされる。




二階) このごろは女性ばかりのグループなんかも多いようですね。




宮岡) ございます。気の合う友達と一緒に、女の方同士で乗るという方もずいぶん増えています。




二階) 年齢層も多岐にわたっているんじゃないですか。




宮岡) 一週間以上のような長期はだいたいシルバー層ですね。若い方は、やっぱり忙しいし、現役ですから休みが長くとれない。そういう方はだいたい三、四日とか、長くても一週間。短いのはワンナイトクルーズとかありまして、大きく分けますと、若い層は短期間、シルバー層は長期になりますね。ですから、今度の船も平均六七・五歳なんていうことになっちゃうわけですけれども。




二階) 素晴らしいことですね。六七・五歳でみんなクルージングで海外へ出られるということは。




宮岡) それに日本籍船ですから、食事も日本食が自由に食べられる。それからクルーも日本人が多いんですよ。実は、これがコスト高につながっている辛いところなんです。




二階) それだとみんな、航海中もお客さんがクルーたちと気軽に話ができますしね。




宮岡) そうなんです。ですからお年寄りや、身体障害者の方も結構乗ってくれるんですよ。そのための設備も整えてますから、客層には相当バラエティがありますね。




二階) 船旅、クルーズ旅行への一般のお客様の人気が大変高まっておりますから、私たち全囲旅行業協会のメンバーも客船会社とタイアップして、今後、旅行商品の開発に努力をすればいいと考えているんですよ。また旅行業者あるいは旅行業界との提携のあり方等について、ご指導頂きたいと思います。




宮岡) その点、非常にアメリカと対照的ですよね。アメリカは今全国に二万社ぐらいの旅行業者がいるんですけれども、そのうち七〇〇〇〜八〇〇〇社がクルーズを扱っているんですよ。さらにおもしろいのは、船旅だけの専門会社が七〇〇〜八〇〇社もある。規制がないんですよ。だから、ビバリーヒルズのすごいところに住んでいる未亡人のマダムなんかが、小さな部屋を借りて、経験を生かしてやっているんですよ。彼女らはコミッションを十%もらえますからね。ロングのクルーズで一万ドルなんかの注文を受けたら、十%というのは大きいんですよ。ところが、日本はまだまだ、船が空いていて、そのときは極力代理店の方を乗せて、船とはどんなものかというのを味わって頂く。そして身をもってお客様に勧めてもらうという段階なんです。




二階) ただ、船旅は料金が高いというイメージ、何か少し高嶺の花のような感じを持っているんですがね。これをもう少し・・・




宮岡) 日本籍船の場合、大変難しい問題が二つあるんです。一つは、フライ&クルーズとよく言うでしょう。飛行機で飛んで、船に乗り、また飛行機で帰ってくる。飛行機賃がアメリカに比べてすごく高いんですよ。




二階) 飛行機賃がね。




宮岡) 例えば1番いい例が、東京と沖縄としましょうか。これが約一五〇〇キロメートルあるんですよ。ロサンゼルスからマイアミの方にあるポートロザベックというところが、これはカリプ海への玄関口みたいなものですが、これが三七四五キロメートルで約二倍以上の距離。しかし料金は、アメリカは往復で三万円、日本は沖縄往復をすると六万円ですよ。距離が半分以下で料金は二倍なんですよ。




二階) じゃ、四倍ということですか。




宮岡) それから私が一番驚いたのは、東京―シンガポール間。これは往復二四万円くらいかかるんです。そうすると、同じ距離のロサンゼルスからサンファン、プエルトリコですね。これがやはり往復三〇〇ドルか四〇〇ドルです。だから、三、四万円対二四万円なんですよ。




二階) これじゃたまらんですね。




宮岡) だから、フライ&クルーズを大いに運輸省が奨励してくださっても、これが直らないと、売れないわけですよ。




二階) そうですか。それが一番の問題ですね。








◆日本籍船も自由にカジノができれば もっと楽しく、コストダウンも可能


宮岡) もう一つ、希望を申し上げますと、日本の沖合を、公海上ですけれども、私ども所有のバハマ国簿船「クリスタルハーモニー」が走っていると、その中では、ラスベガスのようにカジノが華やかに行われている。これが船会社にとると、副収入になり大変ありがたいんですよ。ところが、日本籍では公海上に出ても刑法と風営法の網がかかり、ルーレットなどの遊びはできるが、パチンコ並に賞品が出せない。だから、勝っても、せいぜい置き時計みたいな記念品を渡すぐらい。公海上で外国船はカジノができるのに、日本船は全然できないというわけですから。




二階) 国際競争の上においても不合理ですね。それは運輸省にもまず検討してもらって、規制緩和ですね。




宮岡) 申し上げているんですけどね…。国際化、国際化といっても、変なところで国際化されていないんですね。飛行機料金もそうですしね。




二階) フランスなんかに行きましたら、やっぱり飛行機とクルーズとの折衷。ですから、例のコンコルドとクルーザー乗船との組み合わせ、これが最高の楽しみのようですね。




宮岡) そうなんですよ。それから、日本籍が特別高いとおっしゃるのは、これは確かに若い人にとっては高いかもしれないけれども、例えば今、うちの一番目玉になっている蒙州、ニュージランド35日間。これは一人100万円ですよ。だから一日3万円弱ですよね。


ほば3万円。それでいろんなところが見られて、美味しいものを食べて、ショーを見て、いろんなことをやって、それで高いのかと僕は言いたくなってくる。




二階) 私は日米観光振興のためのミッションでポルチモアへ行きまして、そこで客船に乗せてもらいましたが、こんなところでずっと一か月も暮らせれば、人間のものの考え方や人生観そのものまでゆったりして、より文化的になって、それから健康にもいいでしょうね。特に日本人は、何かもうコマネズミというか、忙しすぎますからね。




宮岡) 年中追いかけられているような気分でね。




二階) 我々の大先輩の奥田敬和元運輸大臣が、前に奥様とご一緒に飛鳥ニュージーランドクルーズに乗船されましてね。南太平洋の船旅は、一生の思い出になるだろうと大変喜んでおられました。




宮岡) お乗り頂いたようですね。




二階) 本当に微笑ましいやら羨ましいやらという感じですね。我々も年に二回ぐらい、一か月乗れなくても、一週間か一〇日ぐらいの船に乗れるようになりたいものですね。




宮岡) 例えば、二階会長のお近くの阿波踊り、すでにご覧のことと思います。あれは二泊三日ぐらいで、すぐ売れちゃうんですよ。あと青森のねぶた祭、これは二週間ぐらいですが、人気が高い。こんな風に祭りに絡んでやるのは非常にいい傾向だと思うんです。




二階) それはいいですね。それこそ、私たち全国旅行業協会も大いにお手伝いできますね。それと、私たちのこの業界といいますか、特に運輸省がリードして例の観光政策審議会の瀬島会長(当時)を中心に、観光立県推進会議というのをずっと全国で行なっているんですが、そんを時に運輸省や観光協会が行なっている仕事と、このクルージングを結びつけて、船で会議をさせて頂くのもいいですね。




宮岡) 素晴らしいですね。




二階) この間、和歌山県で世界リゾート博を開催した時に、外国から客船(クラブメッド2)を入れて、そこでパネルディスカッションなどをやりまして、宿泊は一泊三万円とか五万円ぐらいでしたか。しかし、それでも満員だったようですよ。




宮岡) 日本船の場合、非常に難しいのは、日本籍にしますと、国内の旅行は全部やれるわけですね。ところが、ご承知のように、籍を外国に移すとカポタージュ(治海航行)関係で国内はできなくなる。




二階) そうそう。




宮岡) だから、日本籍船にすると、それは非常に有利なんですけれども、問題は「クリタルハーモニー」の食費と「飛鳥」を比べますと三倍なんですよ。というのは、やはり日本中心でやると、日本で材料を仕入れなきゃならない。




二階) 東京の物価とアメリカの物価を対比しますとね…。




宮岡) 全然違うでしょう。特にベーシックな肉や卵、牛乳、パンなどはアメリカは安いですからね。日本籍船である以上、日本人のお客様になるでしょう。そうなるとやっぱりサービスの関係で、日本人クルーが多い方がいいんですよね。けれども、ご承知のように、コスト的に見ると、日本人一人でフィリピン人のクルーが五人ぐらい雇えるんです。これも相当重荷になるんですよ。それから日本食というのは、器がみんな違うでしょう。




二階) これが厄介なんですね。日本料理は目で楽しむものだから。やっぱり器にも気を遣うでしょう。日本料理というのは贅沢にできていますからね。




宮岡) それだから、日本のお客様は喜んでくれるわけですが、正直に申し上げると、今でも相当な赤字なんですよね。だから、一所懸命赤字を減らす努力はしているんですが…。先ほど申し上げたカジノなんかできるようになれば、この副収入はかなりありまして、「クリスタルハーモニー」なんかそれで相当助かっているんですよ。




二階) これは、ぜひ国会の方でも思い切ったクルーズの支援策を考える必要がありますね。




宮岡) ぜひお願いいたします。




二階) 国会議員にしても、残念ですがクルーズを楽しむ、というレベルまでなかなか届かないですよ。まず畷がなくてね。




宮岡) おっしゃるとおりです。




二階) 解散風が吹いてきているが、「飛鳥」へ乗って一か月ほど行ってこようかと…。これは大分忍耐というか、精神衛生上無理ですね(笑)。




宮岡) 連合の前会長の山岸さん、あの人はずっと忙しい思いをしてきた人だけれども、リタイアしたでしょう。それで乗ったらやみつきになられたようで。あの方好きでよく乗っているんですよ。




二階) 好きだそうですね。これからは何といってもクルーズの時代ですから。特に飛鳥には一度乗ってもらいたいですね。




宮岡) 一回乗られると、たいてい気に入られると思います。本当に暇と金があったらまた乗りたいと思うこと、請け合いますな。




二階) よく少年の船とか青年の船という、海で勉強しながらずっと航海を楽しむ企画がありますが、勝手な行動ができませんから、乗った以上はゴールまでちゃんと度胸を決めてやらなきゃいけない。あれは「同じ船に乗った」という言葉があるようで、本当にいいものですね。




宮岡) 仲間意識が非常に残りますね。ただ、日本はまだまだ、六対四の割合でそういう研修が多いですよ。外国の場合、研修団なんてないんですよ。




二階) それが日本と外国の違いですね。日本人が旅行するときは、何か目的がないと出かけられない、何かいかにも勉強してくるという意識が必要なんですね。




宮岡) そういう意味では、すごく毛色が変わっているのは、最近は、景気が悪いものだから少なくなって困っているんですが、企業のインセンティブツアーというのがありまして、永年勤続とか報奨などで皆さんをまとめて乗せる。これは企業の方が相当金をつけてくれるからありがたいんですよ。




二階) 私も運輸政務次官を二度やらせてもらったんですけれども、その都度、運輸省の講堂で運輸業界に貫献した人を奥様ご同伴で表彰しますね。それをただ表彰するだけじゃなくて、半分ぐらい本人に負担してもらって、半分ぐらい国が出すことにして、クルーズなんかを経験させると、またすばらしい知識とかアイデアとか、また人間的な交流とかが深まりますね。日本人にやっぱりゆとりというものを与えることによって、新たな発想を期待できますからね。




宮岡) 活力が生まれますよね。




二階) 改めて新しいエネルギーも涌いてくる、アイデアも湧いてくるでしょうね。とにかく忙し過ぎる。




宮岡) それを船で解きほぐして…。




二階) ええ。しかも、私たちの国は海に面しているわけですから、海洋国日本にも「海の日」ができましたから、今年はクルーズの繁栄する年になって頂きたいと思うんですが。








◆戦前、戦後を通じて 初の世界一周クルーズに挑戦


宮岡) 私も会社として世界一周を目玉にしたいんですよ。今までも日本籍船が世界一周をやったことがない。戦前もないです。それを私が会長の時にトライしてみようと果敢に始めたんですよ。




二階) 一生働いて、子供や何かにお金、土地、財産を残すのもいいけれど、ゆっくり世界一周してもらいたいですね。




宮岡) そうなんですよ。私はそう思うんです。そこはアメリカに倣っていいんですよ。




二階) 我々も、もう父や母はこの世におりませんけれども、もし元気でいたら、いってらっしゃいと言いたいですね。そろそろ我々も言ってもらわなきゃいかんですな(笑)。




宮岡) 二階会長はまだまだお若いですよ。私なんかちょうどそれに当たるんですよ。元気なうちに乗らないと、もう後がないですからね。冥土の土産にはいいんだろうね(笑)。




二階) 宮岡会長のように世界の海を航海されていると、気持ちも大きくなって羨ましい限りです。


今後は、ぜひ私ども業界の、実際に旅行を扱っているメンバーなんかが集まりましたときに、郵船の方にご講演頂ける機会を設けて頂ければありがたいですね。本日は、お忙しいところ、本当にありがとうございました。素哨らしい旅をエンジョイして下さい。




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付記 この対談の翌々年に宮岡会長はご逝去されたが、私にとっては大変印象深い対談であった。日本外航客船協会のご了承を得て、ここに再録させて頂きました。(二階)







  ・日本経済再生は夢のある観光振輿で


(株)日本交通公社会長 (社)日本旅行業協会会長  松橋 功




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代表的な平和産業の一つである観光産業は、今や国の基幹産業に成長した。しかし、海外に行く日本人は多いが、来日する外国人旅行客は少ない。旅行業界のトップと、集客のための施策を検討する。平成11年11月「政府広報」対談




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まつはし いさお


昭和8年東京都生まれ。31年早稲田大学商学部卒業。同年(財)日本交通公社入社。57年(株)日本交通公社取締役、平成2年同代表取締役社長を経て、8年同代表取締役会長となり現在に至る。9年6月から(社)日本旅行業協会会長。




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二階) きょうは、ようこそ。お忙しい会長に無理なお願いをしまして。




松橋) ご多用のところをこういう機会を与えて頂きましてありがとうございます。


運輸行政そのものは非常に多岐にわたっているわけですけれども、運輪大臣として官邸で抱負を語られた際、特に観光をクローズアップしておられまして、私も、一業界という立場ではなくて、国民的な視点からしても大変心強く感じているわけです。




二階) 私がそもそも観光の道に関心を持ち始めたのは松橋会長のおかげでして、この席でお礼を申し上げなくてはいけないと思っております。ご記憶におありかもしれませんが、私が海部内閣の運輸政務次官のときだったと思います。日本とアメリカとの最初の観光協議に、当時、社長におなりになったばかりの松橋さんとご一緒に回らせて頂きました。




松橋) はい、一九九〇年です。




二階) その旅すがら、いろいろなお話を伺ったことで、人間松橋さんに傾倒するとともに、また観光産業に私もいささか微力を尽くさなければならん、そんな思いをあの旅行中に持ちました。




松橋) 当時を振り返りますと、一緒に旅行させて頂いて、政治という観点からツーリズムに対する取組みというのはこうあるべきだということを大臣が身をもって示された、と私も感じました。今、懐かしく思い出しています。








◆海外との観光交流が生む 相互理解の進展と世界の平和


二階) 日本とアメリカとの観光交流ということは、やはり両国の貿易摩擦の問題だけではなくて、もっと広い範囲で考えなくては。「観光産業は平和産業だ」とどなたかおっしゃったのですが、私もまさにそのとおりだと思っています。平和な国、平和な地域にのみ存在し得る産業です。大砲や火薬をつくる国とか地域は、戦争中ならそれが仕事になるかもしれないが、観光に関しては、およそ平和でなければだれも観光客は寄りつきません。同時に、観光交流をしてその国を訪問したり、その地域を訪問した経験が一度でもあれば、その国に村する理解とか愛着が全然違ってきます。




松橋) 今みたいに交通事情が発達していないときですから一概には比較はできないわけですけれども、かって、ケネディ大統領が、観光交流というものがもう少し盛んであったならば、おそらく第二次世界大戦は起こらなかったろう、こういうことを言われたと記憶しています。まさにおっしゃるとおりですね。




二階) 我々がアメリカヘ行ってみて、この国に宣戦布告したのかと思うと、何だか身の毛がよだつというか、何と世界を知らなかったかということを思いますね。だから、外国と交流した人、あるいは留学した人、仕事を通じてでも、あるいは学生でも、その国に住んでみたことのある人は全然違います。


私の郷里はカナダとの交流があります。和歌山県日高郡美浜町の三尾村という地域で、北アメリカといわれていたころのカナダ、バンクーバーの周辺に、鮭をとる漁師さんが次から次へと移住していった結果、三尾村に今住んでおられる人の数よりも、カナダへ行っている人の数の方が多いのです。そういう地域の人は、日本とアメリカの関係、日本とカナダの関係についてのセンスのレベルが高いのです。ほんとにアメリカなんかと戦争してはいけないのだ、アメリカというのはほんとにいい国なのだから仲よくしなければいけないのだ、ということをアメリカに住んだ絶験のある人は、我々が子供のころからよく言っておられました。


今、世界各国をみんなが旅行している。特に日本旅行業協会などが海外へ送り出してくれている年間一六〇〇万人もの人たちが、帰ってきてその国の話を地域で、隣近所やいろいろな会合へ行ってお話をされます。このことがすばらしいことだと思っているのです。




松橋) そうですね。国の大きさとか力ということのみならず、その国の人がどういう考え方を持って、どういう行動をしているか、ここをお互いに理解することが、まさに国際化の一歩ですね。




二階) そして、そこから相手を尊敬したり、相手を理解したりすること、これが一番大事なことですね。世間知らずですと、自分や自分の国が一番偉いみたいに思って、相手を何となくさげすんで満足感を持ってしまう。こういう人たちが多い限り、国際的にはなりませんね。そういうことに対して観光が果たしている役割というのは、私は非常に大きいと評価しているのです。




松橋) そこで、近年、観光に対する期待というものがますます高まってきているわけですけれども、観光行政に大変造詣の深い、かつまたご見識を持っておられる大臣の観光行政に対する抱負といいましょうか、意気込みというものがあればお聞かせ頂きたいと思います。




二階) まず、海外との交流ですね。観光交流にお出かけになる人たちは平和の使徒だというふうに思っているのです。今、ご承知のとおり一六〇〇万の人々が海外に出かけている。それはそれで大変すばらしいことだと思って、これはもっともっと奨励していくべきことだと思っているのです。


ただ、残念なことに、今、海外から日本へお越しになる観光客は三七〇万人ぐらいでしょうか。一応、四〇〇万人と言っているのですが、私はこれを倍増して八〇〇万人にしよう。そのためにどうあるべきかということの努力をこれから傾けていこうと考えています。


この間、全国旅行業協会(ANTA)の会長当時、パナマの大使が帰任する直前に、日本パナマ友好議員連盟の会長である渡部恒三衆議院副議長のご案内で、その大使の送別会のような席がございました。観光に対して努力をしなければいかんと思っている私にとっては、何かここで観光に熱心なパナマの大使に協力したいという気持ちになりまして、ANTAの雑誌でパナマの宣伝をするから原稿を持っていらっしゃいといったら、何を聞き間違えたか、ANTAは傘下会員が5800社あると言ったからか、6000冊のパンフレットを私の議員会館に送ってきました(笑)。私も最初は戸惑ったのですが、せっかく一国の大使がお持ちになったものを、勘違いだ、パンフレットに掲載するだけの原稿が一部あればいいのだというのではいかにもと思いまして、5800の会員に郵送するようにということを指示しました。


そしてANTAの総会で私は「パナマの大使」という題で、すべからくこのように我が国の大使もそういう方向で観光に努力をして頂きたいと言いました。運輸省から海外に出ている人たちもおりますし、それぞれの省から海外に出ている人がいっぱいいるわけです。けれども、自分が務めている国の人たちが何人日本へ行ってくれただろうか、そこに思いを馳せる気持ちがなければ、本当の意味での外交にならないのではないかと、私は素人ながらそういうことを考えているのです。




松橋) 先生、すごいことをされましたね。あっというまにパナマが理解されたということになるわけですからね。




二階) おかげでパナマの大統領から、パナマ運河の開通式だとか何かに二階というのを呼べということで盛んにラブコールが来るようになりました。








◆日本は行ってみたい国の32番目 これは何とかしなくては・・・・・


二階) あの国は小さいからとか、こちらは大きいからということで判断するのではなくて、すべての国にそういう呼びかけをしていかなくてはなりません。日本に年間わずか四〇〇万人足らずの外国人観光客しか来て頂けないのですから。松橋会長もご承知のとおり、海外で統計をとってみると、日本は行ってみたい国の32番目になっているのです。これはやはり日本としては考えなければいけないですね。島国であるとか、遠いとか、言業の障壁があるとか、理由はいろいろあるでしょう。しかし、15番目だとか20番目だとかといえば承服しなければならんかもしれませんが、32番目ということを全国の皆さんにも理解して頂きたい。




松橋) ランキングが32位ですよね。アジアでも8位です。アジアの中でも、韓国よりも下なんです。GDPが世界第二位の日本として、これはいささか屈辱的な数字ですね。




二階) この間、小渕総理始め数人の閣僚が参加して第二回日韓閣僚懇談会が済州島でございました。私は観光についての発言の機会がしばしばございました。二〇〇二年のワールドカップで、おそらく日本と韓国以外の外国の観戦者は一〇〇万人に及ぶだろう。同時に、テレビを見る人が延べ四〇〇憶人。お互いに四〇〇億人という数字を口にしたことも滅多になくて大変驚いているのですが、やはりこの大会に対しての韓国側の熱の入れ方というのはすごいですね。そこで私は、古来、観光は国の光を観るという言い伝えがあるが、我々はお互いに日韓の間における観光交流をもっと熱心に、情熱を傾けてやろうではないか、ということを文化観光担当大臣と話し合ってきました。


大変お世話になっているWTO(世界観光機関)の総会が二〇〇一年九月にソウルと大阪で開催されます。これがちょうどサッカーと同じように開会式は韓国で、閉会式は日本でということで開催されます。世界の一三〇か国から観光関係の二〇〇〇人以上の人が訪れるのではないかということが言われています。このチャンスをやはり日本は活かしたい。行ってみたい国の32番目とい、汚名を返上するチャンスだと思うのです。




松橋) おっしゃるとおり、絶好のチャンスだと思います。21世紀の幕開けを飾るにふきわしい国際観光の一大イベントですから、盛り上げたいものですね。観光業界挙げて協力をお約束したいと思います。




二階) しかもワールドカップの前年に開かれる。しかもそれが韓国と日本との共同主催というのは、本当にサッカーと同じことです。私は率直に思うのですけど、今申し上げた観光客四〇〇万人を八00万人に倍増しようと思うと、やはりアジアの人たちが日本を訪ねてくれなければだめなのです。だからアジアの人を迎え入れること、これを、私はこれからの観光政策では重点に置いていきたいと思います。




松橋) 今、アジアから日本を訪れる人は四〇〇万人の約五五%を占めているわけです。かつて我々がアメリカを見るがごとく、これらの人々は、日本を高く評価しているところがありますでしょう。それにまた魅力もあるわけです。だからやはりこのところに重点的な政策をあてながら、アジアの人に日本へ来てもらう、これが一番大事でしょうね。




二階) アジアの方々とはお互いに親近感があるわけですから、外国人観光客の訪日に関してのキャンペーンは、このアジアに焦点を当てたいというふうに思っています。




松橋) 同時に、欧米からも日本にもっともっと来て頂くということをやらなければいかんと思います。日本という国そのものは、産業国というイメージだけが先行していて、いまひとつ「美しい国日本」というイメージがはっきり理解されていないというところがあります。




二階) 私の乏しい経験ですけど、例えばアメリカからどこかの市長がおいでになるとか、あるいはアフリカから友好議員連盟の会長さんがお見えになるとかといわれたとき、私の選挙区は紀伊半島の地方の都市でございますが、その田舎へとご案内したんです。そうしたら「私は数回日本へ来た。東京のホテルに滞在して、東京で会議をして帰った。しかし、それは日本ではなくて、アメリカと同じだった」と言う。だけど、私の選挙区へお連れして、那智の滝だの、魚の養殖とか、あるいはお寺とかごらんになったら、興奮して、「初めて日本へ来た感じだ」と、こういわれるのです。




松橋) そこが大事なんですね。




二階) そして市長一行の宿泊先は、畳の部屋ばかりでベッドが一つしかない、そういう地方のホテルでした。私は、市長さんだけベッドで休まれるかとお尋ねしたら、全員畳だとおっしゃるのです。温泉へいよいよ入るというので、私は何をしているか心配で風呂場へ見に行ったのです。そしたらプールと間違えて風呂の中で潜っているのです。日本の浴衣を着て、「これはいい」と(笑)。


この間、カナダと日本との観光交流の第二回目の世界観光大臣会議が大阪であったときに、私の郷里の南部川村とか白浜町などでも歓迎会を開催することにしたわけです。


「カナダの観光大臣などがおいでになる。どう受け入れたらいいか、どう対応したらいいか」と最初は困惑したんです。結局、備長炭の炭焼き、あるいは梅干しを漬けるところをお見せして、村長夫人等にエプロンがけでお茶を出して接待して頂きました。その時の思い出話が、今でもカナダのいろいろな要人から聞こえてくるのです。「南部川村へ行ってすばらしかった、白浜へ行ってすばらしかった」と。


だから、我々は余り飾りたてしないで、親戚の人が来たようなつもりで、地のままでいくということが大事ですね。そのかわり気持ちだけはみんなで温かく観光客を迎え入れる、この訓練が大事なのでしょうね。




松橋) おっしゃるとおりですね。日本にはそういう魅力というのがいっぱいあるのです。それが必ずしも発信されていない、あるいはうまく時代に合って再編成されていない、再創造されていないというところに問題がある。そこをもう一度原点に立って見直しながら、日本のいいところを海外に向けて発信するということですね。




二階) それと同時に、先ほどアメリカやヨーロッパの話も出ましたが、私はアメリカ、ヨーロツパあるいはアジア、それぞれの国の若者たちを大いに日本へ呼ぶために、この人たちだけ特別安い料金で回れるように、例えば、国際的な国民宿舎のようなものとか、あるいは国際的なユースホステルのようなものを検討する必要があるのではないかと、前々から温めておった構想があるのです。少し落ち着いてきましたら、これから運輸省の観光行政の中でも考えてみたいと思っております。


 若いうちに、学生のころ、お金のなかったころに日本へ行って、どこそこの町へ行って親切にされた、ということが記憶にあれば、やがてその人たちの中から、ケネディも、プッシュも、あるいはクリントンも生まれてくるかもしれない。別に何も大統領ばかり生まれなくたって、各界で活躍するいろいろな人たちが、青年期に日本での好印象の体験を持っているということ。世界中にそういう人をこしらえていく。これも観光業界の皆さんにもご協力頂いて、今まだあいている施設はいっぱいあるわけですから、そこに安い値段で宿泊させてあげて、また次のところへ旅に送り出す。サイクリングなんかで回っている人たちもいますよね。そういう機会を若いころに提供して差し上げるということも大事だと思います。


 私は前々から、松橋会長のご協力も頂いて「日本の観光を考える百人委員会」というものをつくって、多くの皆さんのご意見を伺いながら国内観光の振興に対応してきました。その努力のせいもあって、今ようやく、どこの県の知事さんも、市長さんたちも、観光を語るようになってきました。この勢いで観光振興にみんなが立ち上がって、その町その町の特徴をアピールしながら観光産業の発展につなげていけるようにしたいと思っています。




松橋) 確かに地域行政を拝見しますと、交流人口をふやす、その中心は観光であるという認識が非常に高まってきて、今おっしゃったとおり、知事さんと話していると、観光、観光ということを頻繁にいわれるようになりました。




二階) 今、松橋会長は引っ張りだこではありませんか(笑)。




松橋) ほんとにそういう面では私も大変心強く思っています。これが日本全体の政策と一緒になって、外国人観光客に日本にもっともっと来て頂けるようにしたい。日本のいろいろな活性化の人的交流に観光が果たす役割が非常に大きいと思うのです。経済的な効果も、あるいは雇用に対する貢献も大きい。そのところの盛り上がりができれば非常にいい形になると思うのです。




二階) 県の組織に観光課を置いて頂いているところがたくさんあります、部もいくつかあるようですが、せめて観光の専門家をそれぞれの行政の中で養成して頂いて、かたや国際的な観光を担当する、かたや国内の観光を担当する、両々相まって観光振興に本気で取り組んで頂ける県及び市町村に対して、私は運輸省の観光行政をあずかるものとして積極的な協力をしていけるような道を今探っているところです。これも松橋会長にぜひご協力をお願いしたいと思います。








◆観光産業は基幹産業に成長 新しい雇用機会創出に全力投球


松橋) 観光の重要性というのは理解はされていますけれども、なかなかいまひとつ認知されていないというフラストレーションを我々は感じているのです。




二階) 私も観光産業の社会的な位置づけ、あるいは行政の上での位置づけとかいうことに関して、かねてより不満を持っている一人なのです。例えば、観光産業は国内需要が二〇数兆円。経済効果は五〇兆円に及んでいます。五〇兆円規模の産業ですから、他の産業と比較しても、堂々と21世紀の基幹産業となり得る条件を備えています。ですから私は、経団連とかいろいろなところで、観光関係の代表が重要なポストに位置するということでないと、日本の景気浮揚村策もいまひとつ画竜点晴を欠いているのではないかと。


 今度も、日産自動車が二万人もリストラするということで大騒ぎになりました。今、労働大臣が閣議のときに私のお隣なのですが、牧野労働大臣が大企業の社会的責任はどうするのだということで大変憤慨をされておりました。他の閣僚もご協力をということでありましたので、さっそく、私の方は、観光産業だけで二万人の新しい需要を呼び起こそうということで、労働省とも協力し、私は二万人の新しい雇用の達成に全力を傾けたいと思っているのです。小渕総理のサポートもありました。そうしますと、観光産業というのは隅に置いておけばいいというふうな産業ではないということが認知されると思うので、これも、業界全体のご協力を得たいと思っております。


 それと、先ほど申し上げた、観光関係の代表が日本の国の社会的な立場でもっとセンターに位置するようなことでなければならないとい思いは常に持っているわけです。今般、日本国中の観光産業に従事する人、あるいは観光産業を業として行なっておられる人たちを総ぐるみにした「観光版経団連」とも言うべき「観光産業振興フォーラム」が設立されました。このフォーラムの設立を機に、観光関連の産業界が一体となって観光振興に取り組み、日本経済の活性化に役立って頂くことを期待しているところです。


 政治的な意味でも、関係者のご努力で、例えば祝日三連休とか、あるいは海外旅行四泊五日の実現とか、そんなことを今までお互いに努力してきたわけですけれども、これだけ広範な、これだけ幅広い、これだけ各県の知事や市町村長の皆さんのバックアップを頂ける、また頂いておる産業の発言が国政の場では小さいのです。ようやくこのごろ官邸の中でもいろいろな審議会等で観光が語られるようになりました。小渕総理のリーダーシッププで、日本人の平均的な観光の宿泊が一・六泊であったのを、二泊にするのだという意気込みで対応して頂いていることは大変顕著なすばらしいことだと思うのです。




松橋) 雇用に対する観光の貢献度というのは非常に大きいわけですね。今のところは観光産業に従事している人が約二〇〇万人。いろいろな意味での産業関連効果からいくと四〇〇万人を超している。世界的にも就業者の一〇人とか一五人に一人が何らかの形で観光に携わっているようですね。




二階) 私のささやかな経験ですけど、観光の発展途上国では一五人に一人、先進国では一〇人に一人が、何らかの形で観光産業に職場を得ている。ですから、一五人に一人を一〇人に一人にするくらい頑張るということになりますと、この裾野は極めて広いわけです。今、四〇〇万人の失業者ということで国は困り果てているわけですから、「観光産業も立ち上がりますので、他の産業も頑張ってください」ということになれば、景気回復にも大きな役剖を担うことになるでしょうね。




松橋) ぜひ推進して頂きたく思っております。


 話は変わりますが、情報というものがいろいろな意味で時代のキーワードになってきています。情報と観光という結びつきについて、大臣としてはどのようなお考えをお持ちでしょうか。




二階) 私は、ANTA(仝国旅行業協会)の会長のころ、これからはインターネットや情報通信によって少なくとも観光業界は大変な嵐の前に立つことになると言ってきました。それは、いい意味で情報ネットワークの推進によって集客能力をふやすという利点もある。若い人など、インターネットを活用して旅行情報、観光情報をどんどん取れるようになってきているわけですから、観光旅行業そのものの存在が脅かされるようなこともありますが、私はそれよりも利点の方が多いと思います。ですから、観光産業の情報化ということに関してJATA(日本旅行業協会)にもぜひリードして頂きたい。今、他の観光関係の業界もその方向で準備しておりますが、この推進に運輸省としても何らかのインセンティブをつけていくような方策はないか、ということを考えているところです。




松橋) これからインターネットを通じて情報が飛び交う。それをどうやって業界の発展のために生かしていくか、ここのところですね。




二階) そういうことですね。だけど、観光関係の皆さんが国民の皆さんに情報提供してくださっているあの量というのは大変なものですから、あれがそれぞれの事業に着実に結びついていくようなことを期待しているわけです。


 今、北海道開発庁長官も兼務いたしておりますので、北海道の観光に関してこれから取り組もうと思っているのですが、以前、札幌のあるホテルへ行きましたら、北海道の観光に関してのいろいろな書物が並んでいるのです。私はそれを見て感動しました。私がもし学生なら、ここへ一週間ほど滞在して北海道の歴史や観光をむさぼるようにして勉強したいなと思ったことがあった。先般、北海道開発庁長官として初めて北海道へ行きまして、たまたま同じホテルヘ泊まりました。そこで蔵書を眺めまして、私が前から主張している観光図書館、これをぜひ実現したいと改めて思いました。このことには総論賛成なのだけれども、だれもやる気を起こさない。だから、北海道開発庁の大臣の控室として大きい部屋がありますので、そこに本箱をたくきん持ち込んで、観光図書館を私がつくってやろうと、今、準備をしている最中なのです。


 映像を使うことも考えています。例えば、流氷を見たい、流氷とは一体どんなものかといったときに、本州にいても、九州にいても、流氷のビデオを見ようと思ったら、申し込めばそれがすぐ見られる。どこそこの火祭りがすばらしい、どんな状況かということも見られる。このように観光に対する知識を持って、あるいは文化や歴史に対する知識を持ってそこを訪問すると、何倍も楽しみが深くなるのです。


 ずいぶん以前にバス会社の方と話していたら、動く観光図書館ということで、大型パスを改造してやったらどうだろうかという話になりました。それもやろうということで、これから業界の皆さんのご協力も得なければなりませんが、そういうものをそれぞれの地方にもつくれば、そういうところへ観光バスでみんなで訪問することだってできますし、学生なんかもいい勉強ができるようになります。


 さらに、高齢化社会になるということを考えなければいけません。高齢者の皆さんの生きがいは何かというと、単にゲートボールをするだけでみんなが満足できるわけがない。ゲートボールも結構ですが、やはり知的なトレーニングを続けることで、みんながいつまでも健康でいられることになるわけですね。




松橋) 大臣の北海道の観光振興にかける情熱に期待したいと思います。




二階) 北海道を訪れる観光客は年間六〇〇万人ですが、今後一〇年間でこれを一〇〇〇万人にしようと、先般「北海道の観光を考える百人委員会」がスタートしました。これからは、さらに北東北、四国、中部、九州など全国各地で観光客の増大策を展開していきたい。同時に関係者の意識改革を呼びかけたいと思います。




松橋) 高齢化社会になると、高齢者の方たちの生きがいの問題もありますね。




二階) 私が前に山形へ伺ったときの経験ですけれど、山形の高等学校の元先生だといわれる方が、観光客に一所懸命、情熱を込めて歴史を語っておられました。その姿を見まして、その方の生きがいにもなる、それから観光客の生きがいに刺激を与えることにもなる、すばらしいことだと、私はわきから手をたたいてしまいました。そういう面もこれから取り組んでいきたいと思っております。




松橋) 同時にもう一つ情報に関して、日本の情報を海外に発信する、このところも今、十分とはいえないというふうに思っています。その辺はどうお考えですか。




二階) 先ほど申し上げましたパナマ大使のようなことを、日本の海外におられる商社の人も他の方も含めて、オール日本で日本の観光振興に役立つようにしたい。日本においでになったらこんなにすばらしいところがあるということを一通りみんなが海外で語れるような、そして乾杯するついでに、我が日本にどうぞお越しくださいというメッセージをみんなが発せられるようにならなければいけないと思うのです。そのためにはあらかじめ情報をインプットしていかなければいけない。これは観光業界全体の責任だと思うのです。




松橋) そうですね。国としても全体的にもう少しお金を使ってもいいかもしれませんね。特に情報の発信ですね。




二階) そうなんです。観光振興あるいは情報通信に対して、正直にいって今まで対応ができていないのです。ですから、今ご指摘のようなことはこれから本当に大事なことです。




松橋) 先週の土曜日、私、シンガポールから帰ってきたのですが、シンガポールの観光に対する取組みについて再認識をさせられました。あの小さな国で観光振興に何と一〇〇億円を使っているのです。驚きました。前からそんな話は聞いていましたが、改めて再認識させられました。


最後に、21世紀を間近に迎えまして、21世紀の観光に対する抱負あるいは期待について一言お聞かせ頂きたいと思います。




二階) WTO(世界観光機閑)の資料によりますと、世界の国際観光客数は九八年の六億三〇〇〇万人から二〇一〇年には一〇億人になるだろう。さらに二〇二〇年には一五億六〇〇〇万人に及ぶだろう。雇用の数は、九七年の二億四〇〇〇万人から、二〇〇六年には三億三〇〇〇万人に増大すると予想されています。観光は21世紀においてますます発展することが予測され、私は日本においても世界においても夢のある基幹産業になり得るということを確信しております。


平成十三年一月に中央省庁再編をいたしますので、政府における観光行政の取りまとめは国土交通省が行なうことになります。観光とかかわり合いの深い分野を所管する建設省や国土庁や北海道開発庁を運輸省と統合することによって、これまで以上に一体的に観光政策を推進できる可能性が生まれるわけです。今まで観光といえば何となく遊びみたいなことで、観光に予算などつける必要があるかと言われてきました。あるいは、私が職場旅行の非課税枠を、三泊四日から四泊五日にしようとしたときに金持ち優遇だというふうな話がありまして、これにはずいぶん抵抗あったのです。自慢話になりますから控えておりますが、それは本当に苦労しました。


大臣の立場で今こういってしまうのはどうかと思うのですが、外国から観光で帰ってくるときのお土産などに税金をかけていることに関しては、少し検討した方がいいのではないかと私は今、個人的に思っているのです。体制を整えて対応したいと思います。


21世紀は国際相互理解の時代ですから、平和のパスポートである国際観光の交流を国仝体で取り組んでいきたい。そして、国民生活に真のゆとりと潤いをもたらす観光、地域社会の振興という点からの国内観光にも、運輸省としては全力を尽くしてまいりたいと思っています。


私は、観光業界の皆さんに今日まで大変ご声後を頂いてまいりましたわけですから、今こそ観光問題に関してみずからの思いを実現できるように、一層努力したいと決意をいたしております。




松橋) よくわかりました。どうもありがとうございました。






  ・観光振輿のための組織づくりと人づくり
(社)日本観光協会会長  石月 昭二


 


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 観光産業をどう成長させていくのか。懸案であった[観光産業振興フォーラム」が発足し、各地に[観光を考える百人委員会」が設立されたことで観光振興の基礎固めはできあがった。その後の展開と観光の将来像を語り合う。




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いしづき しょうじ


昭和23年運輸省入省。大臣官房総務審議官。海運局長を経て海上保安庁長官。退官の後、新幹線鉄道保有機構理事長。日本国有鉄道清算事業団理事長。現在、(社)日本観光協会会長。−−平成12年2月「月間観光]対談




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◆観光振興のための 組織づくりと人づくり


二階) 石月会長も全国を飛び回って、ご多忙の日々が続いているようですが、お元気の秘訣は何でしょうか。




石月) 元気に働いていることを認めて頂いて光栄です。ろくな運動もせず、不摂生ばかりしているものですから、友人の医者に、いつも脅かされています。強いて健康法といえば腰痛防止のため、朝十分くらい真向法の腰の屈伸をするのと、寒ければ着る、暑ければ脱ぐと、すべて自然体で、無理をしないように心がけています。




二階) 今日まで、ずいぶん旅行もなさったでしょうが、石月さんの最も印象に残る旅について伺って見たいと思います。




石月) 人は異文化体験を求めて旅をするというのが私の持論ですが、やはり見る観光は海外旅行で、国内観光は保養と気分転換の旅が主流のように思えます。


十年ほど前に家内と二人でインドの各地を、行く先々でガイドと車を雇って旅行しましたが、象の背中に乗って山の上のヒンズー寺院を訪れたり、湖の中に白鳥のごとく浮かぶマハラジャの豪華なホテルを訪れたり、何千という路上生活者のこの世の地獄のような悲惨な生活を目撃し、人間の生と死とは何かを考えたりしました。


今でも思い出深い印象に残る旅でした。大臣の旅、観光についてのお考えはいかがですか。








◆観光産業育成のため フォーラムと百人委員会を設立


二階) 二十一世紀の中核的な産業の柱として、観光産業に内外から大きな期待が寄せられている今、精力的に観光産業の育成に取り組んでいきたいと考えています。


また、「観光産業振興フォーラム」や「日本の観光を考える百人委員会」といった新しい取組みを進めることで、観光の新しい可能性が見えてくるものと思っております。


小渕総理が提唱されている「生活空間倍増戦略プラン」でも、観光がずいぶん取り上げられました。観光は、我が国の経済や国民生活の向上、地域振興、雇用の拡大等に貢献していくことが大きく期待されています。


 観光産業の幅の広さ、奥行きの深さ、またその国の文化そのものである観光を推進する役割の重要さを、改めて感じますね。


 特に、最近では各県知事、各市町村長さんも観光に注目されて、地域振興の大きな核として、積極的に取り組んで頂いていることはありがたいことです。




石月) 今年は、二〇〇〇年という節目の年に当たります。大交流時代とも言うべき時代の幕開けを迎え、新しい時代に観光の果たすべき役割と重要性を考えると、身の引き締まる思いがします。




二階) 観光産業の応援団のような仕事を、石月さんとご一緒にできることを喜んでいます。




石月) 大臣は、平成二年と五年に運輸政務次官をお務めになるなど、運輸大臣ご就任以前から観光行政について大変豊富な経験をお持ちでした。


そのような大臣のご就任を、私どもは心から歓迎申し上げていたところですが、ご就任後のご活躍は、短期間に「観光産業振興フォーラム」や各ブロック別の「観光を考える百人委員会」を設立されるなど、本当に速いですね。


 観光に関係する私どもが観光振興に努力するのは当然のことですが、大臣が観光にご理解頂けるということは、関係者として本当にありがたいことだと胸を躍らせています。




二階) 皆さんのご協力のお蔭ですよ。それと運輸省の仕事は石月大先輩がご承知の通り、こればかりではありませんから、やれる時は進めておきたいと思っています。しかし、今日いろいろ教えて頂こうと思っていますから、どうぞよろしく。




石月) こちらこそよろしくお願いします。私は新しい時代のキーワードの一つは、「癒し」であると思います。観光は人を幸せにします。   


遊ぶことによって人間は解放され、人生にゆとりが出て、観光によって、人間は自分たちの一番相応しい姿を取り戻し、癒されるのではないでしょうか。


また、産業としての観光の重要性は、経済のソフト化が進む中で、今後一層高まっていくでしょう。


 このように、国民生活の向上や今後の我が国の経済の活性化を図る上で重要な役割を果たす観光を、新時代に相応しいものにしていくことについて、今後ともご指導を頂きたいと思います。




二階) 我が国の経済の発展や国民生活の向上、地域振興、雇用の拡大等に貢献していくことが期待される観光は、やがて二十一世紀の基幹産業になるだろうということは、今ようやく市民権を得ようとしています。


 我が国の観光産業の年間売上高は、関連産業への波及効果も含めると約五〇兆円にも達しています。また、特に雇用の面では、観光産業の就業者数は約一九〇万人、関連産業を含めると全就業者数の六・三%に相当する約四一〇万人になります。


観光産業の存在意義は、大変大きなものがありますよね。




石月) 全く大きな産業に発展してきましたね。時代の波、時代の要請を感じます。




二階) 日産自動車の二万人リストラ問題は、大変な騒ぎになりましたが、観光分野での雇用創出という大きな期待に応えるためにも、運輸省では二万人の新しい需要を呼び起こそうと取り組んでいます。    


会長にご協力頂いている「観光ワーキングセミナー」も、この一環です。全国から大きな反響が寄せられています。




石月) 「観光ワーキングセミナー」は平成十一年二月十四日から始まりまして、三月未までに都道府県庁所在地を中心に全国一〇〇か所の会場で開催いたします。


運輸省の補助事業として私たちの協会が実施しているわけですが、観光サービス業での就労を希望する人を主な対象にしたセミナーで、内容の大変充実したものになっています。




二階) 先ほど、全就業者数の六・三%と申しましたが、これは国民の一五人に一人が何らかの形で観光産業に携わっていることになります。


観光の先進国では、一〇人に一人が観光産業に職場を持っているようです。何と言っても観光産業は裾野の広い産業ですので、日本でもそうなるように頑張ることで、雇用創出、景気回復に果たす役割も実に大きいですね。




石月) 大臣のリーダーシップで、平成十一年十二月に、観光関係企業や関係団体を広範に結集した観光産業振興フォーラム(代表幹事・堤義明氏、轄総ロ観光開発研究センター会長)が設立されました。このフォーラムの設立については、大臣の観光振興にかける並々ならぬ熱意を感じました。




二階) 「観光産業振興フォーラム」は、私がその実現をかねてより目指していたものです。重要な責務を担っている日本の観光業界全体が足並みを揃えてひとつの目的に向かっていくことが必要だと、私は常々申してきたわけです。


オール日本の観光関係企業と関係団体が総力を結集することで、観光産業の日本経済における位置付けを高め、日本経済を牽引する立て役者の役割を果たすことができると、私は確信しています。


 これは、「観光版経団連」と言うべきもので、観光地づくり、祝日三連休化、訪日旅行の促進、観光情報化の推進などさまざまな課題について、航空業界、鉄道業界、旅行業界をはじめとする広範な観光産業が一体となって取り組んで欲しいと思っています。




石月) 私も、幹事の一人として、また当協会として事務局を仰せつかっている立場でもあり、この「フォーラム」を通じ、観光産業全般にわたる諸問題の解決に全力を挙げていきたいと思います。




二階) 観光関係者が幅広く結集することは、それぞれの地域の観光振興においても大変重要なことです。


そこで、地域内外の観光関係者、有識者の幅広い英知を結集する場として、私は各ブロックごとの「観光を考える百人委員会」の設置を提唱し、これまでに、北海道、北東北、沖縄、四国の各ブロックで発足させることができました。石月会長にもそのメンバーとして、各地で貴重なご提言を頂き、本当にありがとうございました。  


中部、関西、九州の各ブロックでも順次発足することにいたしております。




石月) 総合産業である観光について、観光業界にとどまらず広範な分野の方々が議論し、提言する「観光を考える百人委員会」が各地で発足したことは、国内観光を推進する上で大変有意義ですので、当協会としても最大限の協力をしていきたいと考えております。


それにしても、短期間で多くの組織の立ち上げにまで進められた大臣のリーダーシップには心から敬服いたしております。




ニ階) これは、各ブロックの知事や関係者の皆さんに協力を頂けたからこそ、また地域での観光振興に取り組む熱意があるからこそ実現したもので、大変感謝しております。


また、その熱い思いに応えるためにも、運輸省として積極的な支援をしていく所存です。




石月) 観光志向の多様化、高速交通網の進展等で行動範囲が広域化する消費者に応えるためには、広域での観光振興がますます重要になっております。


「観光を考える百人委員会」は、このような広域観光の振興という視点からも、大変効果的なものと思います。








◆余暇活動を拡げた祝日三連休 次の政策課題は海外からの集客観光


石月) 今年の成人の日(一月十日)は初めてのハツピーマンデーでした。大臣に格別のご指導を賜り実現した祝日法の改正によるものです。大きな効果、驚くような効果がありました。本当にありがとうございました。




二階) 祝日法改正は、平成十年十月の臨時国会で実現したのですが、その際私は、自由党国会対策委員長としていろいろ調整にあたりました。実現して、本当に良かったと思っています。


 初めてのハッピーマンデーですが、国内旅行で五割、海外旅行で二割の増加ということで、やはり、一日、二日の休みではあわただしく、三日の休みは国民に安らぎ、休養を与えることになっているのだと思います。よかったですね。




石月) 今回、成人の日と体育の日、この二祝日が月曜日指定となり、「祝日は日にち指定」という固定観念がすっかり変りましたね。


 新聞でも、対象とする祝日を拡大するようにとの論調もみられるなど、今回のハッピーマンデーは大変好意的に受け止められています。これを契機に、休暇や祝日のあり方について国民的な議論が高まり、ゆとりある生活の実現に向けての力強い流れが形成されればと思っております。




二階) 私は、そもそもハッピーマンデーは四祝日にすべきだとの主張を申し述べてきました。


 今回の初めてのハッピーマンデーでの旅行、観光の国内外の盛況ぶりをみて、今後ハッピーマンデーを増やしていくことで、間違いなく観光産業が活気づくという見通しがついたわけです。


 ハッピーマンデーに加えて、カレンダーの関係でいくつかできる三連休を合わせて、何とか年に七〜八回の三連休ができれば、旅行の期間も分散されて、各地域の景気対策にもつながっていくことになると考えています。




石月) 成人の日の連休には、家族との触れ合いを深められた方も多いのではないでしょうか。ゆっくり休みながら改めて祝日の意義に思いを巡らされた方もいらっしゃったと思います。一人ひとりの方が、新しく生まれたまとまった自由時間を、それぞれの人生観や環境に応じて多様に活用されたことでしょう。




二階) それから、「祝日三連休化」を契機に、欧米のように有給休暇を取得しやすい社会的な環境を整備していくことも重要です。そうすることで、ワークシェアリングによる雇用創出が生まれ、景気の拡大にもつながっていくわけです。


 各方面からさまざまな期待が寄せられる「祝日三連休化」ですが、余暇活動が活発になることで政府がお金を使わずに、経済効果が期待されるわけです。観光だけではなく、家庭や親子関係がよくなりますね。


三日の休みがあれば、お父さんもー日は家庭サービス、一日はお勉強、一日はどうぞ自らの趣味のために…(笑)。




石月) 大臣は、ご就任早々の十月に日韓閣僚懇談合に出席されたのをはじめ、一月には中国を訪問されるなど、国際交流に大変熱心に取り組んでおられますが、韓国でも、中国でも、観光が大きなテーマであったと伺っております。




二階) 国際観光は、国際相互理解にも大きな役割を果たすものです。国際観光、国際交流は、平和のパスポートを持った人々が交流するのですから、素晴らしいことですね。


平成九年に運輸省で策定したウェルカムプラン21ではおおむね平成十七年までに訪日外国人旅行者数を七〇〇万人に増やすとされていますが、私は、現状の四〇〇万人を八〇〇万人に倍増させたいと考えています。




石月) ご就任早々出席された日韓閣僚懇談会の模様は、日本の新開、テレビ等で、大きく報道されました。特に、サッカーワールドカップが日韓共催で行なわれる二〇〇二年を「日韓国民交流の年」とすることについては、日韓関係の明るい一歩として、取り上げられていました。




二階) 訪日外国人旅行者数を八〇〇万人にするためには、韓国からの誘客が大変重要です。その意味で、今回の日韓両国の閣僚懇談会において、金大統領や金国務総理の提唱される「未来志向」による新しい観光交流の絆が、文化観光大臣(文化観光部長官)と私との間で確認できたことを、大変うれしく思っています。大臣は、三月に日本に来てくれますよ。


 二〇〇二年の日韓共催のワールドカップには、開催期間中、両国に世界各国からl00万人が訪れます。また、テレビ等を通して四〇〇億人が、その様子を目にすることになります。これは本当にびっくりする数字です。


ワールドカップの開催を契機に、世界に向けての広報宣伝及び外国人観光客受け入れ体制の整備に、日韓双方の観光施策の緊密な連携を図っていきたいものです。




石月) おっしゃられるとおりですね。また、二〇〇一年のWTO (世界観光機関)の総会も日韓共催により、大阪で開催されることになっております。二〇〇二年のワールドカップもあることですし、大いに両国でアジアの魅力を世界に向けて発信したいですね。




二階) そうですね。二〇〇一年の日韓共催でのWTO総会には、世界の一三一か国の観光の専門家が二〇〇〇人規模で訪れるだろうと思いますので、このチャンスを大いに活かしたいものです。


外国人の訪日旅行者が世界で三二番目だという汚名返上の絶好の機会です。WTO総会を、ワールドカップの前年祭(プレイベント)として成功するよう、力を注ぎたいと思っています。




石月) また、大臣は、先頃訪問された中国でも、日本への中国人団体観光旅行の新たな展開を目指して精力的に取り組まれたと伺っております。中国旅行市場のポテンシャルの大きさを考えますと、大変力強く感じております。




二階) 今回の訪問では、何光?国家旅游局長、曾培炎国家発展計画委員会主任ら中国の政府要人の皆さんと話し合う機会を得ました。     


 一連の会談を通じて、観光が国際交流に果たす役割の重要性を改めて感じました。


 中国からの団体観光旅行については、昨年のはじめに中国政府が日本を渡航先に指定したことで、新たなインバウンド市場として一気に注目が集まりましたが、その後は残念ながら目立った進展はありませんでした。


これについては、ビザ問題の調整等に時間を要したからです。両国政府間の実務者協議を開き、何とか桜の花咲く日本の春に、中国からの団体観光旅行の第一陣を迎えられるようにしたいと私は考えています。


 そして、今回の訪問を二十一世紀に向けた日中文化観光交流時代の幕開けと位置付けたいと考えています。新しい時代の幕開けに相応しく、我が国の各界を代表するメンバーと一般の参加者で二〇〇〇人の使節団を結成し、北京及び中国各地を訪問したいと思っています。団長役を平山郁夫さんにお引受け頂きました。




石月) それは素晴らしいことですね。何と言っても、中国は人口一二億人、海外旅行者数も五〇〇万人を超え増加基調にあると聞いております。


中国の皆さんに日本の魅力をPRするとともに、隣国との交流を深めるという点でも大変良い機会になります。




二階) いくつかのチームに分けて、広い中国の各地の省、自治区等を訪問して、親善と交流を深めたいと思っています。




石月) 当協会としても、最大限のお手伝いをさせて頂きたいと思っています。


 そして今年、二〇〇〇年はサミットです。私は、沖縄の観光を考える百人委員会のメンバーとして、先般大臣とご一緒に沖縄を訪れましたが、地元のサミットにかける期待あるいは意気込みには並々ならぬものを感じました。




二階) 二〇〇〇年サミットが開催され、世界の関心が、九州・沖縄に集まります。この機会を捉えて、欧州のサミット構成国と我が国の重要な観光マーケットである香港・韓国を対象に、訪日旅行促進キャンペーンを実施します。


観光客の訪日キャンペーンについては今後も大々的に行ないたいと考えていますが、今回はその第一陣として行なうものです。








◆観光立国に欠かせぬ情報発信と 優秀な「観光地」・「人」づくり


石月) 二十一世紀を目前に控え、我が国も高度情報化社会を迎えようとしています。我が国におけるインターネットの利用はつい数年前に始まったような気がしていましたが、今では、その利用者は一〇〇〇万人を優に超え、二〇〇五年には四〇〇〇万人に達すると予想されています。


 私どもの協会のホームページ「全国旅SODAN」も、月間二〇〇万件ものアクセスがあり、旅の情報ページとして人気を頂いています。




二階) 本当にインターネットの浸透ぶりには目を見張るものがあります。私も時折インターネットを情報収集等に利用しています。


国内だけでなく、世界とつながっているわけですから。想像は、はるかに及びませんね(笑)。


 私は、かねてから、インターネットやその他の情報機器による通信によって、観光業界は情報革命の嵐の前に立つだろうと、言ってきました。




石月) そうですね。インターネット以外にも、カーナビゲーション、携帯電話や携帯情報端末の合計数も五〇〇〇万の大台に達すると言われておりまして、そういった新しい手段で気軽にさまざまな情報を手に入れることができるようになっています。


個人旅行者が多くなってきていることを考えますと、このような情報提供手段の有用性は一層増していくことでしょう。そして、そういったことにどう取り組むかが、観光業界の死命を制すると言ってもよいのではないでしょうか。




二階) 特に若い人などは、インターネット、カーナビ、携帯電話等の活用で、独自に観光情報を盛んに取り入れるようになりました。  


こういった状況は、観光関連業者の存在が脅かされるようなこともあるのでしょうが、それよりも、情報ネットワークの推進で、集客能力を増やすという利点の方がより大きいと思います。


 また観光地づくりに取り組む地域の人たちにとっては、自分たちの魅力を、全国、いや全世界に向けて、廉価な経費で発信できるようになりました。これは大きいですね。




石月) 私も、最近は、デジタルカメラで撮った写真をパソコンに取り込んだり、インターネットで細かな旅情報を集めたりしておりますが、始めるとなかなかおもしろいものです。


 インターネットで情報収集していますと、その画像情報、例えば地図や写真と言ったものの充実ぶりには感心させられます。観光情報の場合、地図情報が大変重要ですが、カーナビ、携帯情報端末等の電子地図を観光情報に活用していくためには、GIS(地理情報システム) の利用促進に取り組まなければなりません。


 現時点では、このような観光情報が標準化されていない問題がありますので、昨年十一月に旅行企業、情報産業等四〇社を超える企業の参加を得て、観光GIS利用促進協議会を設立しました。




二階) ますます進展する情報の高度化を、観光振興に効果的につなげていくことが必要ですね。観光振興は産業側だけでなく、地域との連携が重要ですが、観光情報を多くの人々に活用して頂くためにも、観光関連産業と地域の両サイドの情報が集まる日本観光協会の今後に期待していますよ。




石月) 現代はまことに変革の時代です。これは観光の世界も同様で、国内の観光地は、競争相手として海外の観光地までも視野に入れなければならないという、大変難しい時代になってきました。


 このような状況の中、厳しい観光地間の競争に打ち勝っていくためには、地域住民はもちろん、官も民も、みんなが自分たちの地域を魅力あるものにしていこうという心構えや、努力の積み重ねが非常に大事だと思います。




二階) そのとおりですね。「住んで良し、訪ねて良し」の観光地づくりが重要です。地域ぐるみの観光地づくりは、地域の自然、歴史、文化等の資源を活用していくことで、より良い地域づくりに貢献していきます。


そして、そこに暮らす人々が、地域の魅力を再認識し、住民としての誇りが生まれるのです。良い観光地とは、住んでいる人にとっても、訪ねる人にとっても良い地域ということでしょう。


 政府の「二十一世紀を切りひらく緊急経済対策」の一環として運輸省から日本観光協会に依頼して実施して頂いた「観光地づくり推進モデル事業」も、このコンセプトによるものです。




石月) この事業では、すでに一〇の地域について、観光地づくりのプログラムを策定し、フォローアップ事業も逐次展開しています。各地で着実な取組みが進められています。




二階) その地域らしいまち並みや景観といったものが、そこで暮らす人々の手によって、守られ、つくられてきていることを大変うれしく思います。




石月) 大臣のご提言で、今年度当協会に新たに設けました「花の観光地づくり大賞」は、まさしくそのコンセプトですね。今年は、三つの地域を大賞に、八つの地域を奨励賞に選定し、表彰いたしました。


 大臣が早くから「花を愛する県民の集い」「花を愛するネットワーク21」等、花いっぱい運動に積極的に取り組んでおられたのを知り、驚きました。




二階) ライフワークとして、これからも努力したいと思っています。




石月) ところで、他の産業の分野でもそうだと思いますが、観光の基本はやはり人だと思います。




二階) 観光業界全体の地位の向上、発展のために最も重要なことは、人材育成ですね。


 以前、全国旅行業協会の会長であった時、観光立県推進会議で網走に行ったのですが、駅には黒い公用車ではなく、タクシーが並んでいたのです。


そして事務局の方は、「この地域のことなら何でも知っている運転手さんに今日はお願いしております。何でもお開き下さい」と言われるのです。


その日は会議の会場までずいぶん楽しませて頂きました。そして、こういうことを企画した事務局の皆さんも、大変素晴らしいと心底感心しました。


 また、「観光を考える百人委員会」を開催いたしました折に、各地で観光振興にご尽力頂いている方々にお会いしましたが、本当に皆さん熱心で、自分のところだけでなく、地域全体、エリア全体という広い視野で取り組んで頂いています。




石月) 私どもでは、優秀な観光地づくりを行なっている団体等を表彰する「優秀観光地づくり賞」を設けております。


平成五年度から始めたものですが、これまで二五団体を表彰いたしました。また、九年度からは、金賞・運輸大臣賞をお願いしております。


 こういった受賞地を訪れる機会に恵まれるのですが、そこにはまちづくり、観光地づくりの必ず優れた指導者・仕掛け人がいらっしゃって、そのバイタリティーにはいつも頭が下がる思いです。




二階) 優れた人材が育成されるということは、魅力ある観光地ができることにつながりますね。




石月) 先ほどの「観光ワーキングセミナー」も大臣の人材育成のお考えが反映されたものと推察いたしておりますが、私どもでも、今後ともさまざまなセミナー等で、人づくりに取り組みたいと考えています。








◆観光を産業の核に そのために広域的な取組みを


石月) 平成四年度以降、観光振興に大きな役割を果たしてきました観光事業振興助成交付金制度は、特別地方消費税が廃止されることに伴い、今年度限りで廃止になってしまいます。


 このため、平成十二年度以降の観光振興事業のための財源について各方面にお願いしてまいりましたが、大臣のお力により、今各都道府県で来年度の具体的な予算措置を進めて頂いております。




二階) 観光は地域振興の大きな核となるものですから、観光振興に取り組まないと言う知事はいないでしょう。


交付金制度は、私が最初の運輸政務次官(平成二年)の頃、当時の奥田敬和自治大臣(故人)に直訴してつくったわけですが、この制度によって、平成四年度から十一年度の八年間で総額約二〇〇億円の予算で観光による各地の地域振興が進められ、特に全国的あるいは県域を越えての広域的な取り組みが進んだこと、そして海外観光宣伝等インバウンド対策が積極的に行なわれたことは大きな成果だと思います。今後この成果をつなげていくためにも、平成十二年以降も新たな観光振興事業の展開が必要でしょう。




石月) 特別地方消費税が廃止される中で、また、国も地方も財政状況が厳しい中での新たな財源措置ですから、本当にご無理をお願いしました。




二階) そういう状況だからこそ、せっかく花開きかけている観光振興への勢いを弱めてしまうことになるので、観光が今後の産業の核となっていくのだということを、全国の知事さんに訴えました。




石月) 昨年七月に全国知事会から財源措置についての要望が出され、昨年末、自治省のご配慮により、来年度の地方財政計画の中で、観光振興事業についての財源措置が普通交付税によりなされました。    


これを受けて、各都道府県で来年度の予算措置を進めて頂いているわけですが、今後は、従来以上に各都道府県の意向を十分に踏まえて、全国広域観光振興事業に取り組んでいかなければならないと考えています。




二階) 厳しい財政事情の中での各県知事の配慮ですから、期待に応えて下さい。そして成果を出して下さい。


 WTOの資料によりますと、世界の国際観光客数は九八年の六億三〇〇〇万人から二〇一〇年には一〇億人に達するだろうということです。観光関係者の雇用の数も、九七年の二億四〇〇〇万人から、二〇〇六年には三億三〇〇〇万人に増大することが予想されます。


 このように世界的にみてもー層重要性を増す観光に、我が国としてもっと真剣に取り組まなければならないことは明らかです。運輸省としても一層の努力をしていかなければなりませんが、どうか全国広域観光振興事業の効果的な展開に、一層のご尽力を頂きたいと思います。




石月) 先ほど、大臣から観光情報の高度化について当協会に励ましのお言葉を頂きましたが、地域の観光情報を広域観光に対応できるものにしていくため、全国の観光情報を集中的に収集・管理する「全国総合観光情報センター(仮称)」を、この事業の一環で整備していきたいと思っています。


また、海外からの訪日旅行者の増加策や観光地づくりの推進に引き続き力を入れてまいりますが、人材育成については、特に、市町村等に観光地づくりアドバイザーを派遣する事業などを新たに展開していきたいと思っています。




二階) 二十一世紀の基幹産業となるべき観光の振興を図ることがますます重要になっています。


そのためには、観光業界の一体感をつくり出すことが必要であり、日本観光協会においても石月会長のリーダーシップにより積極的なご尽力をお願いしたいと思います。




石月) 観光業界として、今後の観光振興のために一致して全力で当たりたいと存じます。本日は本当にありがとうございました。






  ・協業化の推進は小旅行業者に大きな力
(社)全国旅行業協会会長代行  今野 三男




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 中小・零細な事業者の集まりである全国旅行業協会は、[協業化の推進」を合言葉に会員の総合力アップに努めている。今野同協会会長代行と、21世紀の基幹産業=観光を支える同協会の使命と役割を語り合う。−−平成12年1月対談




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こんの みつお


昭和23年東京急行電鉄入社。34年日本交通株式会社入社。43年日本観光興業株式会社設立、代表取締役就任。平成元年(社)全国旅行業協会東京都支部長、3年同協会副会長に就任。11年より会長代行。




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◆協業化の推進は 小旅行業者に大きな力


今野) 新年、おめでとうございます。




二階) 明けましておめでとうございます。




今野) 昨年(平成十一年) 十月に運輸大臣にご就任になって以降、ご多忙な日々をお過ごしのこと、テレビ等を通じて拝見しております。


年の初めに当たり、まず全国旅行業協会 (以下全旅協) 会員にメッセージを頂きたいのですが。




二階) 全旅協五九〇〇社の会員、社員及びご家族の皆様、お健やかに新しい年を迎えられたことと思います。


 本年が皆様にとって実り多い年であるよう心からお祈り致します。


 今年は新たな千年紀の始まる記念すべき年です。いよいよ二十一世紀に向けて、観光産業は日本経済を活性化し国民生活の向上にも貢献するとの思いを新たに、不況からの脱出、そして旅行業界にとって明るい年とするため、官民協力して観光振興に一層力を入れていきたいと考えています。


 今年から改正祝日法が施行され、ハッピーマンデーとして、「成人の日」と「体育の日」の連休化が制度化されました。そのほか、今年は全部で三連休が七週もできました。観光振興に有効活用が期待されています。


 全旅協からは立場上離れてしまいましたが、皆様のことを片時も忘れず、今度は運輸大臣として、観光行政・運輸行政に全力を尽くして頑張ります。


全旅協会員の皆様も、この困難な時代を一致協力して頑張って頂きたいと思います。




今野) どうもありがとうございます。全旅協会員一同、一丸となって頑張る所存です。








◆「協業化」に向けて さあ元気を出して頑張ろう


今野) 全旅協の本年の目標といいますか、重点課題としましては、「協業化の推進」を掲げています。会員相互間、または各支部間の協業化を推進することでございます。


大臣もご存じのとおり、我々会員の事業規模は中小から零細の非常に小さい事業者が多く、個々の会員においては事業の企画、営業、販売のあらゆる面において、大手旅行


業者に対抗していくことは非常に困難です。


そのため、支部やブロック単位で協同組合や事業会社を作って、旅行素材の共同仕入、共同企画、共同販売を行なったり、グループなり協同組合なりのブランド商品を造成するなど協業化を図ることがぜひとも必要です。


今年は、この協業化の推進に向けて、基本スタンスを、滑り出すためのレール作りを行ないたいと考えております。


 ところで、本年の経済の見通しと、十二年度の政府予算等について、大臣のお考えをお聞かせ下さい。




二階) 不況が続いており、消費が伸び悩んでいますので、会員の皆さんがご苦労されていることを承知しているだけに、景気の回復に全力を上げることが最も重要と考えています。


 経済は、国民の皆さんに「もう安心して下さい」とまで言えないまでも、前途にようやく明るさが見えつつあることは事実です。景気対策のために公共事業も昨年並みの大型予算を組みました。


今、日本の財政は困難な状況にありますが、まずは景気回復を着実なものにしようという小渕内閣の決意を示したものであります。


 国民の皆さんが明るい気持ちで旅行を楽しんで頂けるような機運も、盛り上げなければならないと思います。「さあ元気を出して頑張ろう」と申し上げたいと思います。




今野) そうですね。旅行を皆様に楽しんで頂き、明るい気分が盛り上がれば、いろいろな面で景気回復にも?がるわけですね。


 それから、観光振興によって地域経済を活性化しようという機運も高まっております。


 たとえば、各地方、各地域の伝統芸能やお祭りなどのイベント、伝統工芸品や特産品などの地場産業、名物料理や郷土料理などを生かした旅行商品等を造成し、その旅行の振興を図ることによって地域経済の活性化につなげていこうという動きなどです。


 民間ではこのような活動をしているのですが、運輸省の取組みについてお伺いしたいと思います。




二階) 観光業界は、年間売上高二〇兆円、関連産業への波及効果も含めると約五〇兆円と経済に与える影響が極めて大きい。ですから、観光産業は二十一世紀において基幹的な産業となりうるものであり、地域経済の再生を図るためにも、今後、各地域の関係者が一致協力した観光振興の推進が重要な課題であると認識しています。


 政府としても、平成十年十一月に決定された「二十一世紀先導プロジェクト」の一つとして「観光の振興」が大きく位置づけられるなど、政府における観光の位置づけはこれまでにない高まりを見せています。


 長引く不況等で国内観光は低迷し、観光業界は自信を失っている状況にありますが、ハッピーマンデー法の施行を契機として、旅行機運を高め、対外キャンペーンの実施等の観光振興方策を強力に展開したいと思います。




今野) 近年、インターネットを中心とした情報革命が著しく進展していますが、観光振興には、二十一世紀に相応しい観光情報システムの整備が必要ですね。




二階) 二十一世紀においては、日本でも、従来型の店舗におけるチケット購入、雑誌・広告による情報入手から、インターネット等を使った旅行の予約、電子決済、携帯電話やカーナビゲーションシステム等携帯端末により観光情報を収集して旅行するようになる時代が到来しつつあります。


 観光分野でも情報化への対応については、前々から申し上げて参りましたが、極めて重要であります。情報ネットワークの推進により集客能力が増強され、その利点は極めて大きいものとなるでしょう。


 運輸省では、インターネット等を通じて国内の各種観光情報を日本語及び英語により国内外に提供する観光情報システムの整備を推進中です。


また、電子地図上にさまざまな情報を表示するGIS技術(地理情報システム)の活用による携帯情報端末からの観光情報提供システムも推進しています。これにより、国民の利便性が飛躍的に向上することが期待されます。




今野) 全旅協でも、協業化推進特別委員会が全旅協情報ネットワーク(ANTAネット)の構築を検討し始めたところです。運輸省の観光情報提供システムが完成すると、日本に興味のある外国の方も喜ぶでしょう。インバウンド観光増加に結びつくと思います。








◆WTO総会やワールドカップ等 大イベント開催で観光交流にはずみを


今野) ところで、二〇〇一年WTO(世界観光機関)総会、二〇〇二年ワールドカップサッカーが日韓共催で行なわれることになりましたが、これを契機に国際観光交流も大きく拡大しそうですね。




二階) 二〇〇一年WTO総会、二〇〇二年ワールドカップサッカー大会と日韓が共同して行なう国際的イベントが続々と開催されます。


新しい日韓友好の時代の幕開けですから、ぜひ成功させたいと思います。


 平成十一年十月、韓国の済州島の第二回日韓閣僚懇談合に小渕総理とともに出席しましたが、朴観光部長官との会談においても、両国の観光交流を倍増し、世界から日韓両国へ外国人観光客を誘致するため、お互いの観光施策について緊密な連携を図ることで合意しました。


 特に、ワールドカップサッカー大会は、全世界のテレビ視聴者が延べ四〇〇億人といわれる世界的にも関心が高いイベントですし、競技開催地が全国にわたることから、全世界に向けて美しい日本を広報宣伝し、来訪する外国人観光客の受け入れ体制を整備する絶好の機会となります。


 また、二〇〇〇年には九州・沖縄サミットが開催されますが、これも、日本の多様な地域や文化を発信する絶好の機会です。


このため、海外メディア等に広告を掲載するなど、この好機を活かし、積極的に日本の知名度向上を図ることにしたいと思います。




今野) 国際観光交流につきましては、大臣が常日頃おっしゃっておられるように、私も、観光は平和のパスポートであり、平和産業であると思います。


世界の国々が平和で、国と国との相互理解を深めていくには、観光による交流が一番だと思います。 


 毎年、日本からは海外へ一六〇〇万人を超える観光客が出かけておりますが、日本へは海外のお客さんが四〇〇万人ぐらいしか釆ない。これは、大臣がおっしゃっておられるように、ぜひとも是正しなければならない課題だと存じます。


 私ども全旅協といたしましても、海外からのお客さんの受け入れ体制を整えて、外国のお客さんに満足して頂けるような旅行商品づくりをしていかなければならないと考えております。




二階) 観光産業が、今後も日本経済の再生に対して大きな役割を担っていくことは言うまでもありません。


 観光産業のこうした重要性に応じた社会的位置づけを確立するため、昨年十二月に、主要観光関係企業、観光関係団体等を広範に網羅する「観光産業振興フォーラム」が結成され、内外の諸問題の改善に積極的に取り組んでいくこととなりました。


 観光業界は正直言って、それぞれ有力な企業や有力な団体が綺羅星のように並んでいるにもかかわらず、ひとつのテーマにみんなが力を合わせて進んでいくということには、やや欠けている嫌いがあると痛感しておりました。


 数多くの観光関係の団体が協力、協調しあいながら、一つの目的に向かって進んでいくことこそ大切なはずです。  


 そこでまず、JATA(日本旅行業協会)の松橋会長や石月日本観光協会会長等に呼びかけまして、「この際みんなで力を合わせ、観光産業は二十一世紀の基幹産業であるべきということをお互いに主張しながら、本当に光り輝く基幹産業への道を拓いていかなければいけない」と、観光関係の企業と業界団体を広範に網羅するフォーラムの設立についてご提案申し上げたのです。


 幸いにも、関係の皆様方にもご賛同をいただき、今回、西武のオーナーの堤義明氏が代表幹事となられ、昨年の秋に発足に至ったものです。


 私は運輸大臣として、これを立ち上げることができたことを大変うれしく思っております。いわゆる経団連の観光産業版とも言われるフォーラムに仕上げるため、熱意を注いで運輸省が全力投球でやっていこうと思っております。


 このフォーラムの設立を機に、観光関連の産業界が一つになって観光振興に取り組み、日本経済の活性化に大いに役立つことを期待しています。




今野) はい。いつも二階大臣がおっしゃっていることですよね。「観光産業は、日本経済の活性化や地域経済の振興に重要な役割を果たしているし、雇用の拡大にも大きく貢献しているんだ」と。我々観光関係者は、日本経済の一翼を担っているという誇りと自覚を持つべきなんですね。堂々と胸を張って…(笑)。




二階) そうですよ。胸、張ってください(笑)。








◆北海道開発庁長官として 積極的な観光振興で道経済の回復を


今野) 大臣は北海道開発庁長官も兼務されておられますが、北海道観光に関する印象、今後の可能性についてお聞かせ下さい。




二階) 北の大地と言われる北海道のあの広さ、そして素晴らしい自然。私はヨーロッパと同じようなイメージを抱いているのです。


私は南国の紀州出身ですから、北海道のああいう気候・風土というものに常にあこがれを持っていました。


 今度の北海道開発庁長官は、事実上、予算を組んだり機構を整備したりする最後の北海道開発庁長官なわけです。  


二〇〇一年からは、運輸省、建設省、国土庁、北海道開発庁、この四省庁が合同して国土交通省となるわけです。   


そういう意味で、縁あってこの立場におかれた以上、北海道の振興のためには、観光振興という問題を横に置いて、他の政策を推進するというわけにはいきません。


北海道経済は依然として厳しい状況にあり、景気に即効性のある観光産業の振興を緊急の課題として積極的に取り組む必要があります。


 現在、北海道には年間六〇九万人の観光客が訪れており、うち一七万人は外国からの観光客です。これを北海道の有する観光の魅力と官民の努力の結集によって、今後一〇年間で年間観光客数を一000万人に、外国からの観光客を六〇万人に増加させていきたいと考えています。




今野) 私も、大臣のおっしゃるように北海道観光の将来性は誠に大きなものがあると思います。そのためにも、今後一〇年間の誘致目標が具体的に決められたことが大きいですね。


以前大臣が運輸政務次官をされていたときも、確か日本とカナダ、日本とアメリカの観光交流について拡大目標をお決めになって、その後、大きな進展をみせました。


北海道観光も、これで関係者の力の入れ方が違ってくるのではないでしょうか。


 大臣の肝煎りで、さっそく、「北海道の観光を考える百人委員会」がスタートしましたね。




二階) 昨年十一月二十八日のことでしたね。北海道の観光振興を図るため、北海道の有識者あるいは北海道の観光振興にご協力くださる方で、全旅協からも会長代行にご出席頂いておりましたが、幅広い見地から振興策を論議する「北海道の観光を考える百人委員会」が設立されたわけです。  


私は、この委員会が動き始めると、大きな流れやうねりを作っていくと思います。今日も百人委員会で東京から北海道にお出でになった航空関係の方、それから百人委員会の会長の松田さん(JR東日本社長)や会長代行の児島さん(NTT相談役)が北海道開発庁にお越しになりました。  


皆さんは、「北に向かって旅をしよう」ということで意気軒昂ですから、私は一〇年を待たずして、北海道への観光客一000万人突破は不可能ではないと確信を抱いているんです。やりますよ!


 全旅協の松浦北海道支部長や中井副支部長さんには、いつも私が北海道に行く度にお目に掛かっています。なんだか親戚の人に出会ったみたいな気持ちでね(笑)。いつもご声援を頂いていることに感謝しています。


改めて申し上げるまでもございませんが、全旅協の仕事をさせて頂いて、私は、日本国中に友人がたくさんできたことを何よりも幸せに思っております。




今野) 大臣もご存じのとおり、我々全旅協の会員旅行業者は、日本の北は北海道から南は沖縄まで全国津々浦々に約六〇〇〇社あり、事業規模は小さいながら地元に根付いた営業を行なっております。そういう地の利を生かしたきめの細かいサービスが、我々の強みであり、セールスポイントだと思います。


むしろ小さい会社であることを特色として、大きな会社にはできないお客様に密着した小回りのきく営業展開を行なうことが大切だと思います。


また、先ほど申しましたように、本年は全旅協の協業化元年の年とすべく、六〇〇〇社の会員の力を結集し、協業化による業者間の提携等により安価で良質の旅行商品を提供していきたいと考えております。


 そのためにも、会員の団結をさらに強固なもの


とし、叡知を結集して、まだまだ厳しい経済状況を打開していかなければならないと考えております。


私も二階大臣の後を受けまして、全旅協の会長代行を務めさせて頂いておりますので、これまでの大臣のご努力、ご尽力を無にしないよう精一杯頑張らせて頂く所存でございます。


今後とも、ご指導、ご鞭撻のほど重ねてお願い申し上げます。


 本日はお忙しいところ、ありがとうございました。






第二部
  「ハッピーマンデー」が心のゆとりを生む
藤井 孝男




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バブルがはじけて以後、景気の低迷が長く続いている。祝日三連休化等の法制化で、観光が景気を刺激することも考えられないか等、平和産業としての観光のあり方について、藤井運輸大臣(当時)と話し合う。−−平成9年12月対談


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ふじい たかお
昭和56年岐阜地方区参議院議員初当選。平成5年第40回衆議院議員初当選。大蔵政務次官、参議院大蔵委員長。現在、自由民主党国会対策筆頭副委員長。運輸大臣就任は平成9年9月。

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二階) 本当にお忙しいところありがとうございます。私が会長をさせて頂いている全国旅行業協会の会報に、「主役登場」という欄がございます。今日は主役も主役、一番大きな主役にご登場頂くことになったわけです。まずは観光行政に対する藤井大臣の抱負をお聞かせ下さい。大臣はこれまでにもいろいろな所で活躍され、また海外での豊富な経験をお持ちですから、そうした点を含めて、観光業界に対しての激励の言葉を頂ければありがたいのですが。

藤井) 今日はこうして二階先生と観光を中心とした対談ができることに、心から感謝申し上げます。先生は長い間観光振興について大変熱心にやってこられて、運輸省と致しましても敬意を表する次第で、本当にありがとうございました。

二階) いえいえ。



◆草の根の広がりこそ 観光の心意気
藤井) 今のお話にございました観光に対する考え方についてですが、基本的には、「観光を振興するということは大変裾野が広い」ということですね。よく地域振興とか地域の活性化とか言いますけれども、むしろ今観光を振興することによって地域が活性化するのではないかと思います。それから「国際交流」ですね。貿易等々では国際競争化の時代ですけれども、ビジネスの世界でも、政治的な外交交渉でも、やはり人と人との触れあいが大切ですから。特に日本人は戦後豊かになって外国へドンドン行きますね。今時の若い人達、私の娘や息子達も、国内旅行に行くような気軽な気持ちで海外に行く、そういう時代になりました。

二階) そうですね。ホテルの予約なんか取らないで平気で行っちゃう。しかし、旅行業界としては困るんですがね(笑)。

藤井) そうなんですよ。そういう気軽な雰囲気で交流を深めていく。日本人も世界を知る、また海外からのお客様にも日本を知って頂く。これは国にとって大変大事なことだと思っております。いまひとつは「ゆとり」。物は豊かになったけれども心にゆとりがないとよく言われます。そういう中で海外へ行き、また、来て頂く。交流が進むということは、ゆとりある生活に繋がると思うんですよ。

二階) ちょうど祝日三連休化の問題も、大臣のご指導で、旅行観光業界挙げて署名運動を展開しています。もう六五〇万人を超えたというんですがね。このままいけば一〇〇〇万人までいくだろうと言って頑張っておられますけれど。それだけ関心も深いということですね。

藤井) 二階先生が前々から推進されている祝日三連休化、いわゆるハッピーマンデー…。

二階) 祝日を月曜日に持ってきて三連休にしようとするわけですね。

藤井) 先の臨時国会でも、新進党や民主党、太陽党の方で議員立法で出されていましたけれども、与党三党のほうでも推進委員会、プロジェクトチームをつくりまして、これを積極的に進めていこう、また業界からもヒアリングをしていこうというような流れになっています。

二階) いい流れになってきました。通常国会で各党が一致して実現する方向で進めたいと思っています。

藤井) 運輸省としても、ぜひこれが早期に実現するよう期待をして、積極的に支援をしていきたいと思っています。

二階) 大変力強いことで、ありがとうございます。大臣のリーダーシップで与党三党の皆さんも熱心に取り組まれてますし、与野党で対立するような法案ではありませんので、よくご相談して、やらせて頂きたいと思っております。

藤井) ぜひよろしくお願いします。

二階) 私は今たまたま新進党の観光振興議員連盟をお預りしているんですが、党内の議員一人ひとりの理解を得ることが大事だろうと思い、この間衆参の皆さんに署名をお願いしましたら、新進党の議員の八割が皆賛成の署名をしてくれました。これから自民党の観光議連の原田昇左右会長代行ともよく連携をとりながら取り組んでいきたいと思っております。

藤井) よろしくお願いします。

二階) ところで、今度の地域伝統芸能の全国大会が、巡り巡って平成十年、大臣のご地元の岐阜の高山で…。

藤井) ええ、五月に開催します。

二階) 瀬島龍三先生が大変熱心にやっておられますが、たまたま大臣の地元で今年聞かせて頂くということで、関係者皆張り切っておるんですよ。大臣もぜひ高山の大会を大成功させるように、ご指導頂きたいと思います。

藤井) 数多い全国の地域伝統芸能を一堂に会してフェスティバルを行なうということは素晴らしいことだと思います。日本の伝統文化というのは、これからも守っていかなければいけないし、育てていかなければいけない。平成十年は高山市で開催しますけれども、確か十一年は和歌山県…。

二階) ええ、十年は大臣のご地元。十一年は、私の地元の南紀熊野を舞台にして南紀熊野体験博のメイン行事としてやらせて頂きます。これはしかし、全く偶然のことで…。

藤井) 先生の地元でしたね。ぜひとも成功させないと(笑)。

二階) 高山は日本有数の観光地ですから、我々はまず、高山の全国大会をしっかり勉強させて頂きたい。高山地方も私の南紀もいずれも過疎の地域ですが、ここには日本古来の文化が息づいている。これを世の中に知ってもらって、観光文化の大切な資源として守り育てていく。このフェスティバルを全旅協としても、五七〇〇社が一丸となってしっかり支援していくつもりです。

藤井) 心強くありがたいことです。幸いにも岐阜県知事、それから高山市長さん、それに下呂町長さんとか、関係する自治体の長の皆さん方、その地域の皆きん方、たいへんこのイベントに熱心で、大きく期待しています。

二階) 岐阜県の梶原知事は大変熱心ですよね。花のフェスティバルの時なども、先頭に立って頑張っておられました。TAP (観光立県推進会議)でも岐阜県へ伺って大変お世話になりました。

藤井) あの花のフェスティバルも大成功を収めました。ですから、そういう意味では本当になんとか成功して、翌年の和歌山県へいい形でバトンタッチを…。

二階) そう、繋いでいく。

藤井) しっかり繋いでいきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。

二階) 西口知事にもよく伝えますよ(笑)。責任は重大ですねえ(笑)。

藤井) 重大ですよ(笑)。

二階) 先ほど大臣から経済問題に関しての観光ということに対して力強いお詰もございましたが、ご承知のとおり、国際的には十人に一人が観光関連産業に従事していると言われています。日本では、十五人に一人ぐらいと言われており、前に経済企画庁でお調べ頂いたら、観光産業の経済波及効果は二四兆五〇〇〇億円とか。今はもう少し伸びていると思うんですが。観光産業はそれだけ裾野が広いということですね。また、観光というのは平和の時代、平和産業といいますか…。

藤井) そのとおりですね。

二階) 平和でなければ成り立たない産業だということと、同時に経済事情に影響を受けるというか、景気そのものが観光にドーンと影響を及ぼしてくる。逆に言えば景気のいいときは観光も栄えるわけですが、このような景気の低迷が続く時代には、観光産業に対して、特に運輸省でもいろいろな意味でこれからご配慮頂きたいと思っているんですが。

藤井) はい。

二階) ぜひ、これはもうJATA(日本旅行業協会)もANTA(全国旅行業協会)もなく、オール観光産業全体がこのことに対して、今、大変戦戦恐々としている時代だと思いますので、よろしくお願いします。



◆景気低迷期にこそ、元気を出して 観光需要の掘り起こしを
藤井) 今、先生がおっしゃられたとおりでしてね。裾野の広いという話を先ほど申し上げましたけれども、その意味でも、運輸行政の中の観光振興というのは、私はこれからもっともっと力を入れていかなくてはいけない行政分野のひとつだと思っております。と申しますのは、ウェルカムプラン21というのをやっておりますが、それはひとえに、海外から一人でも多くの観光客の方に来て頂きたいということです。そのためにも、まずは国民の方に、国内を点でなく面で旅行して欲しい。そういうことで今それぞれの地域で、ウェルカムプラン21に則った形で、誰にも来てもらいやすい受入れ体制を、ソフト面、ハード面共にぜひ推し進めていかなければいけないと思っています。景気が非常に低迷していますけれども、そういうときこそ、逆にむしろ、観光需要を掘り起こしていくチャンスではないでしょうか。

二階) ええ、そうですね。逆に観光産業が元気を出して、景気を引っ張るくらいの気概を持って立ち上がろうと全員に呼びかけています。

藤井) 景気が悪いからお客さんが来ないんだって諦めていたんではちっとも進みませんし、そういう中で苦しいときかも知れませんけれども、それぞれの地域の人達が本当に頑張れば、むしろ観光産業はこれから発展していくと思っています。

二階) まさしくそのとおりで、私も全国旅行業協会のいろいろな支部へまいりましたときには、景気が悪い悪いという太鼓をたたいていたのでは、観光客の財布はますます締まっていく。我々のほうは、観光によって景気回復を考えていくくらいの気持ちを持っていこう、と激励しています。

藤井) そのとおりだと思います。

二階) ですから、北陸でタンカーの重油事故があったとなれば、北陸に客を送る運動をしようと。その前に、神戸で大地震が起きたときには、率先して、私どもの団体の会議は神戸で開こう、というふうなことを今までもやって来たんです。これはもう他の協会も含め、観光関係団体挙げて、皆が動くというか、じっと閉じこもっていたりしないで、活発に活動するような雰囲気をつくっていかなければいけないですね。

藤井) そうですね。今、大事なことをおっしゃられたんですけども、ナホトカ号の重油流出事故で北陸の沿岸、石川県と福井県は大変な被害を受けました。ただ、あまりにもそのことがマスメディアにオーバーに伝わった部分がありまして、観光客が北陸の魚介類はみんなもう駄目だというふうになって、観光客が、がたっと減ってしまった。それで私は、確か九七年の通常国会の予算委員会で与党のトップバッターとして質問しましたときに、「確かに被害はあります。しかし、北陸の観光地の全部が被害を受けているわけではなくて、魚介類だって安心して食べられますよ」と申し上げたんです。「あまりオーバーに言うと、そういうことの影響もある」と申しましたら、しばらくたってから、北陸のある有名な温泉地の大きな旅館の社長さんから手紙を頂きまして、たいへんありがとうございましたと。あれを言って頂いて本当に助かりました、というお礼の手紙を頂きました。

二階) その当時予算委月会の理事として…。

藤井) 二階先生と一緒に理事でしたね(笑)。

二階) 私もそばで伺っていて、我が意を得たりと思って拍手を贈った一人です。ああいうときにやっぱり、国を挙げて応援することが必要ですね。また、観光ではいろんなところの影響が大きいと思ったのは、例えば神戸の震災のあと、私がたまたま山形の温泉地の大会へ行っておりましたら、スキー客が全然来ないと言うんです。どうしてですかと聞きますと、阪神・神戸のあの辺の人達は皆、修学旅行はスキーに来ていたんだと。それが来なくなったので打撃を受けていますということでした。

藤井) そういうこともあるのですね。

二階) どこに問題が波及していくかですけど。逆の意味でこれから観光に対して元気をつけていくために、私は前々から観光大学を創ろうとか、あるいは観光の図書館を創ろうとか言っているんです。図書館も動く観光図書館はどうだということで、バスを改造してやろうと、今準備を始めています。まとまりましたら大臣にご協力をお願い申し上げます。

藤井) これは貴重な提言ですね。バスも運輸行政の一環ですから、バス協会との連携も取らなければいけませんし、またどういったニーズがありますか…。

二階) ですから、関係団体の人達に参加してもらい、委月会を作って、そこで勉強する。最初は一台でも二台でもいいんです。見本ができれば、あとは全国に波及していきますしね。それから、後継者の育成、人材の育成、これがやっぱりいずこの産業もそうですけど、特にこの観光業界においては重要です。アジア諸国に対しても、日本に行って学ぼうという人達もいっぱいいるわけですから、それに応えていけるような環境をつくっていかなくてはいけない。運輸省で真剣にご調査を頂いておりますことをうれしく思っております。

藤井) アメリカでは、観光に対するカリキュラムが大学などの中で非常に発達しています。日本でも最近そういうカリキュラムを持った大学が出てまいりましたけれども、もっともっと充実していきたい。それには観光大学という形で進めていかなければならないと思っています。やはり人材育成は大事ですから。ただ日本の場合はホテルやペンション等の宿泊施設の他に、旅館という日本独特の伝統の宿泊施設がありまして…。

二階) はい。そうですね。

藤井) 人材育成といっても旅館業とホテル業ではニーズが違うでしょう。観光大学を設置するに改しましても、何を欲しているのか、どういうことをやっていったらいいのかをしっかり捉えていきませんとね。人材を育てる側と受け入れる側のミスマッチがないようにしていかなければならないと思っております。

二階) 日本の旅館、日本庭園というのは日本の文化ですからね。外国のお客様は使い慣れたホテルも喜びますが、日本へ来ると日本式、和式の建築物に対しても大変興味を持たれます。ぜひこんな面も育成していけるように、将来は税制の面においても、これを保護育成していけるようなことも考えていきたいと思っています。

藤井) 観光につきましては、日本から海外へ行かれる万が一六七〇万人くらいいらっしゃる。外国から日本に来られる方がまだ四〇〇万人に満たないという、このインバランスをなんとか…。

二階) そうですね。外国人観光客の受入数が日本は世界で三二番目ですからね。

藤井) 特に外国の方は団体ではなくて、個人的な趣向で来られる方が多いわけですから、そういった場合の受入れやすさ、分かりやすさと言いますかね、来る方がどこに行ったらいいのか、どうしたらいいのか戸惑わずにすむように、受入れ体制を整えていく必要があると思います。そういう意味ではこれからも旅行業協会の皆様方のお知恵、特に、二階先生の豊富な経験と識見をぜひ活用させて頂きたいと思いますので、よろしくお願い致します。

二階) 以前、ワシントンで開かれた第一回日米観光協議というのに参加させてもらったことがありますが、運輸省以外の政府代表は皆貿易摩擦の関係でずいぶん厳しい局面に立たされることが多いわけですが、観光だけは大威張りで行けるんですよ(笑)。しかし、私は、大威張りで行けるということを喜んでいる時代は終わって、このインバランスの解消に向けて、もっとウェルカムプラン21を推し進め、外国人旅行客を日本に引き入れ、呼び込んでくることの方が、日本の国際化に大いに役立つのではないかと思いますね。出ていって勉強してくるのは大概の人がもう経験済みですからね。



◆外国人旅行者誘致に インターネットも活用した広報宣伝を
藤井) 外国人旅行者にはどうしても日本は割高というイメージがありますからね。「非常に安く泊まれます、外国人を受入れるところもたくさんあります」といった広報宣伝も必要でしょう。そういう意味では先生が先ほどおっしゃった、動く観光図書館なども役立ちますね。また、こんな時代ですから、海外の人達が日本に来たいと思ったときに、日本のホームページに簡単にアクセスできるようにするなど、インターネットも大いに活用したいと思っています。

二階) 観光バスの業界でも、将来バスガイドが少なくなってきたら、衛星から案内ができるようなシステムを研究しているようです。それから推測しますと、海外のお客さんに対するサービス方法は研究すればいくらでもあると思うんです。例えば、英語教師ですでにリタイアされた悠々自適の方々に、もう一遍ボランティアガイドとして参加してもらうとかね。

藤井) 今四万三〇〇〇人くらい、ボランティア的にやって頂く通訳の方がいらっしゃいます。それもどんどん増やしていかなければいけない。その場合、先ほど先生がおっしゃられたハッピーマンデーはボランティア活動に参加する機会を与えることにもなりますね。もちろん、ゆとりということもありますけれども。

二階) 三日休みがあったら一日はボランティア活動に使うとか。

藤井) そういう面でも、祝日三連休化を実現したいと思います。

二階) ありがとうごさいます。二、三日前ですが、評論家の小林吉弥さんがお見えになりまして、田中角栄先生の本を改めて出したので一冊差し上げると言われて、ここのページを読めと指摘されたんです。大臣とご一緒に田中角栄先生のお誘いを受けてゴルフに行きましたあの場面です。

藤井) 軽井沢でしたね(笑)。

二階) あの時は参議院側と衆議院側に別れてのゲームで、「もう勝負あった、衆議院は負けた」と言ったら、田中先生が「勝負はあとハーフやってみなきゃ分からんじゃないか」と真剣に言われた。ああこの先生は最後まで勝負を捨てない人だなってことを、ゴルフ場のああいう遊びの場での会話でも思ったんです。それを私どこかで小林書弥さんにしゃべったら、それが今度本の中に紹介されましてね。いやいやこのお相手はまさしく現運輸大臣の藤井先生であり、もう一人は額賀官房副長官だと(笑)。そんな話をしたとこなんです。

藤井) 本当に二階先生とも長いお付き合いですし、今、党派は分かれてますけど、本来、観光といった問題はイデオロギーではないですしね。′観光が非常に盛んになる、そして外国からもお客さんが多く訪れてくれるっていうのは、まさに先生がおっしゃったとおり、平和の象徴なんですね。この間ルクソールで起きた観光客襲撃というような残念な事件がありますとね…。

二階) ぴたっと止まっちゃう。

藤井) ええ。かといってやはり競争の時代ですから、のほほーんとしていてもお客さんが来てくれるということではありませんので、そういう意味では、私ども行政の責任者として、いろんな民間の皆さん方、あるいは地域の皆さん方、自治体、協会・業界の皆さん方とディスカッションをして、どうやったらいい方向にいくのかということを常に考えていかないといけません。観光はイデオロギーを超えた問題ですから、今後ともいろいろとご指導頂ければと思っております。

二階) いやいや、我々も運輸省の観光部にはいつも大変熱心なご指導を頂いております。それと、昨年末に旅行業登録の有効期間を三年から五年に延長して頂きまして、会月もとても喜んでおります。長年の要望でしたからね。

藤井) それは良かったですね。今後も消費者の方に信頼される旅行業者として全旅協の皆さんも頑張ってほしいですね。

二階) そのとおりです。観光スポットなんかも観光業者が自ら勉強して先取りしていかなければいけないですね。東京湾のアクアライン…。

藤井) ええ、アクアラインですね。平成九年末の開業で、海ほたる等大変な人気なんですね。

二階) 開通前に道路公団の鈴木総裁の案内で行って来ましたが、「海を走る道」素晴らしいですね。明石海峡大橋も見てきましたが、これはいずれも観光客が来るなという感じがするんですね。日本人は利口ですから、そこからまた何か新しいことを学ぶわけです。気持ちを大きく持って、自分の仕事にそのことを活かしていくということになりますから、観光に費やしたバス代だの弁当代だのというのは安いもんだということになるんです。観光の大きな目的の中に「学ぶ」ということがあると思うのですが、そういう意味で、業界そのものがもっと真剣に学んで、それをお得意先にお伝えしていくということが大事だと思っております。今度この会報の表紙もアクアラインの写真を拝借して掲載することにしました。

藤井) そうですね、あのアクアラインもそうですし、明石海峡大橋もそうですし。私の所は先日、飛騨と信州を結ぶ安房峠のトンネルが開通しました。

二階) 観光道路として魅力がありますね。

藤井) 長さはたかだか四・四キロメートルぐらいしかないんですけども。しかし、約六か月間くらい、冬から春まで閉鎖されていたのが、このトンネルによって通年通行可能になったんです。これによって大きく物の流れ、人の流れが変わります。長野県と岐阜県ばかりでなく、岐阜県から見ますと、関東から北陸までを視野に入れて、いろいろなことができるようになるんです。北陸の金沢から安房トンネルまで車で二時間なんですよ。そのトンネルを通って信州へ出られるとなると、流れは大きく変わってきます。長野県と岐阜県の、観光地の競争も始まりますしね。

二階) そうなんです。競い合うこと、頭を使うこと、よく努力すること、何でもそうですが、特に観光業には大切ですね。

藤井) 地域間の競争は刺激になっていいんですよ。

二階) いつも固い印象を与える建設省の国道の番号だけの名前だけじゃなくて、ロマンチック街道というような、一般に親しまれる愛称、ニックネームが必要で、全国的にこれをやろうと瓦建設大臣(当時)に申し入れてあるんですよ。

藤井) それはいいですね。岐阜県知事もネーミングがまたうまいんですよ。せせらぎ街道とか花街道とかね(笑)。

二階) ちょっと行ってみようかとなるんですね。静岡県の石川知事がおっしゃってましたが、西伊豆でしたか、恋人岬と名づけたら、若い恋人たちが大勢来るようになったそうですよ。
 本日は大変お忙しいところをありがとうございました。



  ・(コラム)なぜ今、ハッピーマンデーなのか
二階 俊博


 平成八年、木村尚三郎東大名誉教授を会長とする「祝日三連休化推進会議」が発足し、三〇〇万人の署名を集めて大変な盛り上がりを見せました。目的は、ゆとりある生活、真に豊かな余暇をめざすことにあり、祝日の月曜日指定(ハッピーマンデー)によって、祝日の数を増やすことなく、まとまった自由時間を創出しようとするものです。
 当時、野党だった自由党は、成人の日、海の日、敬老の日、体育の日の四週の三連休化を主張しておりましたが、与党の自民党は一過のみでした。しかし、国民の祝日に関する法律の改正に際してお互いに歩み寄り、最終的には年二週の三連休化が決定。今年の成人の日は一月十日の月曜日となり、体育の日は十月九日の月曜日となりました。
 毎年、決まった時期に三連休が確保できる「祝日三連休化」には、ゆとりある生活スタイルの実現、休暇の分散による混雑・渋滞の緩和、地域の活性化及び経済波及効果などが期待されておりますが、実際に最初のハッピーマンデーとなった今年の一月八、九、十日の成人の日の三連休は、国内旅行が対前年比四割アップ、海外旅行が二割アップという実績を示しました。Y2K(コンピュータの西暦二〇〇〇年)問題で年末年始の業績が落ち込んでいた旅行観光産業にとっては、まさに救いの神だったと言えます。
 また、カレンダーどおりに金・土・、日曜の三連休となった建国記念日の二月十一、十二、十三日も、国内旅行は五割アップ、海外旅行は二割アップを達成、祝日三連休が旅行観光産業にもたらすメリットは確かなものとなっています。
 土曜と日曜の二日間だけではなかなか遠出はできないけれど、休日が三日あれば週末もゆとりを持って出かけられます。今年は、体育の日をハッピーマンデーとする十月の第二週を含めて全部で七回の三連休になるので、これまで国内の観光客の平均宿泊日数は一・六日でしたが、ハッピーマンデー効果によって二日に近づくのは確実です。政府が一円の予算も使わずに、法律を一行変えただけでこれだけの経済効果を創出できた「祝日三連休化」は、景気底上げの政策の中でも大ヒットのアイデアだったと思います。



  ・観光輿しの核は「広域連携観光振興会議」
川崎 二郎




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観光に対して政府のバックアップが少しづつ強化され始めた。観光産業のこれからのあり方として、どのような展望、具体的な施策があり得るのか。川崎運輸大臣(当時)に語って頂く。−−平成10年12月対談

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かわさき じろう
昭和55年第36回衆議院議員初当選。郵政政務次官、衆議院地方行政委員長。運輸大臣を歴任。

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二階) 今日はお忙しいところどうもありがとうございます。私ども全国旅行業協会の機関誌『月刊ANTA』の「主役登場」というコーナーに、大臣にご登場頂いて光栄に思います。川崎運輸大臣には、特に観光行政に大変熱意を込めてお取組み頂き、業界は非常に感謝しております。また、大臣の期待に応えなくてはならないという気持ちにみんながなっています。まずは、観光行政に関しての抱負をお聞かせください。

川崎) 大蔵省とかなりやり合っているんですが、観光というものをどう捉えるか、観光を地域はどぅ捉えているか、ということになろうと思うんです。地域の皆さんの声、特に各県での取組みを聞いてますと、やはり今、景気が極めて厳しい中で、「我が村興しとして、観光を大きな施策として取り上げたい」と。これは各地域の知事さんが揃って言われることなんです。一方、大蔵省から見ると「観光は民間がおやりになる仕事だから、あまり国がやるものじゃないですよ」と。

二階) 私も、自民党時代でしたけれど、例の職場旅行の非課税枠を三泊四日から四泊五日にするときに、大蔵省の抵抗は厳しいものがありました。観光に関する基本的な意識を変えていかなければいけませんね。



◆アメリカで日本の観光をPR 訪日外国人旅行者の掘り起こしへ
川崎) 一七〇〇万人の日本人が海外に出ていってるけれども、外国人は四〇〇万人しか日本に来ていない。そういう数字を捉えたときに、各業界や観光の仕事に携わる人々が懸命に取り組む一方で、基盤というものは国なり、地方がお手伝いをさせて頂きながら、しっかりとした観光立国をつくり上げなければならない。このスタンスを明確にしたいと思ってやっているんですよ。九八年度予算の三次補正で、取りあえず一五億予算を取らせてもらいました。一つは、アメリカ向けに我が国の観光のPRをやります。

二階) そうですってね。

川崎) これはかなり面白い試みじゃないかなと思っています。

二階) しかも初めてのことですしね。今、観光業界のみならず、各業界がみな元気がないというか、自信を失っているところに問題があるんですから。政府の側からこの度のように、強力にバックアップして頂くことは、政府がおやり頂く予算の増額を上回った形での効果が出るだろうと、私は期待しているんですけれども。

川崎) 国としてウェルカムプランをつくりましたが、それに関連して、日本はこうなんですよと、はっきりPRすることは大事だと思います。アメリカの国民に「ぜひいらっしゃってください」と日本の広告をします。しかし、来て頂いた方が日本の観光地について良く分かるかとなると、それはまだ不十分だと思います。これはまさに地方が主体になることですが、私達も勉強してやっていきたいと思っております。

二階) 特に日米関係ですと、通産大臣や大蔵大臣など、交渉事で厳しい局面に立たされる閣僚がおられるわけですが、こと観光に限っては、運輸大臣が大威張りでやれますね(笑)。

川崎) そうですね(笑)。

二階) 川崎大臣がそのようなスタンスで取組まれるということは、アメリカにとっても大変素晴らしいことで、私はアメリカの当局も大喜びされると思うんです。

川崎) それから、観光情報についても、県も力を入れていることですから、国としても観光情報を集約していこう思っています。集約した情報を、例えばインターネットを使っても結構ですし、いろんな形のアクセスができるようにしてオープンにする。そのためにはもっと情報を集めなければなりません。全国旅行業協会の方々に大変お世話になると思います。

二階) こちらこそ、喜んでご協力します。

川崎) 集約化して公開をする。ここがやはり一つのポイントです。これは本年の予算でやりたいと思います。

二階) この間、私ども協会の役員会がありまして、運輸大臣が今度こういうことにお力を入れてくださると話したところです。私たちの団体は中堅からむしろ小さいところが多いわけですけれども、全国に五八〇〇の会員が散らばって存在していますから、我々なりに運輸省の計画にご協力をいたしたいと思います。



◆祝日三連休化が実現 国内旅行の需要拡大に期待
川崎) そうですね。いい情報を頂き、それを発信できるだけのものを整えたいと思っております。ところで昨年(平成十年)の臨時国会では二階自由党国会対策委員長には大変お世話を掛けましたが、ハッピーマンデー、この法律を通して頂きました。

二階) 良かったですね、あれは本当に。

川崎) その前私も国会対策をやっていて、三連休をやろうって熱がありながらフワフワっとしたままずっと来て、それが…。

二階) 与野党激突の中でどうしてもやらなければならないかという問題がありましたね。

川崎) 特にいわゆる金融国会が厳しかったし。だけど最後のところでうまくタイミングを捕まえ、成立させて頂きました。

二階) 平成十年十一月に祝日三連休化推進会議の臨時総会が、木村会長はじめ大勢の関係者が出席されて開催されました。大臣はお出かけになれなかったので、お会いできなかったですね。私は、これだけはちょっと顔出してお礼言っとかなきゃいかんなと思い、出席いたしました。

川崎) みんなびっくりしているんじゃないですか。前の国会であれだけやったのにできなくて、臨時国会であっという間に決まってしまった(笑)。お力添え頂いて、お蔭様でいい具合にまとまりました。

二階) いえい、え、私は、国会の場では川崎大臣・運輸省観光部に協力しながら動けるわけですが、業界の立場からいいますと、運輸省のこの問題に対する的確なリーダーシップに大変感謝しています。平成十年十一月の勤労感謝の日は三連休になりましたが、この三連休は大変効果があったようですね。

川崎) お蔭様で天気は良かったし。例えば、日光に行った人が、平成八年は三連休ではなかったんですが、それと比べると二割増えてます。三連休だった平成九年と比べても五%ほど伸びてます。それからやっぱり飛行機が、北海道へ行く便は、羽田−北海道が平成八年をベースにすると、九年の三連休で二割増えてます。十年は三割です。天気が良くて三連休だと観光には非常にいい…。

二階) そうでしょうね。それと秋の旅行シーズンが観光にぴったりするんでしょうね。

川崎) そうです。だから、平成十一年十月の三連休はかなり期待できそうです。

二階) 和歌山の観光地でタクシーに乗ったときに、三連休はどうだって聞くと「三連休はいいですよ」と運転手さんが言いますね。この日曜日に、どうしても国会の関係で東京に出てこなければいかんということになったんです。白浜から東京への飛行機がどれもこれも満月で取れなくて、最後のギリギリのときにキャンセルが出て乗せてもらいましたけど。このごろ旅行関係の仕事をやってますと、JRでも飛行機でも何でも、満月で自分が立たなきゃいけない、座れないっていうときがあっても、お客さんがいっぱいでいいなって思うようになってきましたよ(笑)。

川崎) 運輸大臣になって、心配事の一つは、気象庁の天気予報が当たるかってことですね(笑)。それから、私は近鉄を利用しているんですが、新幹線とか近鉄がいっぱいになってるかどうか。いっぱいになってると、今までは何となく暑苦しい感じがしたけど、最近はいっぱいになると喜んでる(笑)。ガラガラだと寂しくてしようがない。立場が変わるとずいぶん違うもんですね(笑)。

二階) 気象庁の仕事も運輸省の大事な仕事の一つですが、このごろ天気予報が当たるようになってきて細かく使われるようになりました。ホテルに泊まっても、明日の予報が出てましてね。

川崎) CATVがずいぶん発達してきましたから。テレビでも市町村別の天気予報を放送したりしています。

二階) これから自分の行くところは傘がいるか、海水浴場は雨か晴れか知りたいんですから。

川崎) そういう時代になってきました。ただ平成十年は、えらい天候異変でしたね。九月は大変な量の雨が降ったし、十一月はうんと雨が少ないし。台風は数少ないと思ったら多くが日本直撃。先ほど、お褒め頂いたけど、多分にお叱り頂くときもあるんです。集中豪雨とか台風とか。

二階) お天気ね(笑)。

川崎) 当たったときは喜んでもらえるけど、はずれたときはうんと叱られます。

二階) 大層がお力を入れている海上保安庁友の会がありますね。気象庁もやはりそういう応援団があったほうが良かろうと思って、地球ウォッチャーズというのをつくりました。この間も何人か国会議員を勧誘したんですが、入会すると生まれた日の天気図をくれるんです。新郎、新婦の生まれた日の天気図は結婚式などに持っていくと喜ばれるんですよ。

川崎) 地域振興券が臨時国会で議論されましたが、七〇〇〇億円という大きな金額になりました。地域興しに使ってもらいたい、それが景気に結びつくことだということでご支援頂いているんですが、やっぱり、旅行に使ってもらわなきゃならないと、今一所懸命やっています。

二階) 大臣が大変いいところに着眼してくださって、我々もJATA(日本旅行業協会)の方といっしょに本気になって運動を始めましてね。昨年末に、西田自治大臣(当時)のところへお願いにあがったんです。また、例えば東京都では市町村単位の各エリア内だけで使用可能というわけにはいかんでしょう。もうちょっと大きなエリアで何とかならないかということで、東京都へも陳情に行きました。

川崎) そうですか。アイデアを活かしながら、ぜひ、観光関係、旅行関係に振興券を使えるようになればいいですね。

二階) そういう政府の施策が末端までずーつと繋がれば、政府も応援してくれているということが伝わって観光業界全体も元気が出ます。一般の方方も全くお金が無いわけじゃないですから。ここで、みんな元気を出そうということですよね。

川崎) そうですね。

二階) いろいろ数次にわたって打たれている経済対策の効果が出てきて、政府も早く「もうすぐ春ですよ」っていうことが言えるようになればいいのですが。我々の業界も業界なりに努力したいと思っております。

川崎) 冒頭申し上げたように、私ども運輸省は基礎づくりとか雰囲気づくりをしていくのが大きな仕事です。その中で、果実を実らせ刈り取るのは業界の皆さん方ですから。我々のやるべきことは観光というものを大事にしていくという姿勢を強く出していくことだと思います。それには運輸省と業界の皆さん方が緊密に協力をしながらやっていく。それを心がけていきたいと思っています。



◆二人部屋をとっても 日本は男同士、女同士に…
二階) このごろ、一つの県だけで何かイベントをやるというのではなくて、複数の県が集まって行なう、広域連携観光振興会議「WAC21」を開催するための準備が今年も各地で進んでいます。これなども、ある県だけを旅行するのではなく、二つか三つの県を回りたいという人がずいぶんおられるようなので、その希望に応えるということで始まりました。今までは瀬島龍三先生に議長としてやって頂いて、ようやく板に付いてきたという感じです。これも我々、大いに期待をしながら推進に一役買っていきたいと思っているんですが、大臣におかれても、一層これをご支援頂きたいと思います。

川崎) 私も今、地方自治体に旅行者が三連休になったらどんなところに行ってみたいと考えているかというプランづくりをお願いしています。この旅館がいい、この観光地がいいというような、一つのスポットだけでは何となく魅力が無い。例えば、和歌山から新宮を超えて熊野までの一帯をこういうふうに旅したら面白い旅行になりますよというプラン。和歌山県は和歌山県、三重県は三重県で別々にやっていると、旅行者に不便ですよね。確かに一泊二日だと行って帰ってくるだけだから一か所で良かったんだけど、二泊三日になるともう一か所、もう一地域行けるような感じがするんですね。

二階) そうですね。それと、ある程度数のまとまった旅行ですと、旅行会社がいろいろな資料を提供したりするんですが…。最近、数人で旅行するのが流行ってますね。これはまたひとしお楽しいようですね。そういう旅行者に対して格好のメ:ユーを提供できれば素晴らしいことだと思います。このごろインターネットなどを活用してみんなが簡単にそういう情報が取れるようになってきたんですから。

川崎) 確かに夫婦二人だけで行くと写真も無くてね(笑)。だから今は、三夫婦か四夫婦くらいで行くのが流行っていますね。定年前後でしょうか、みんな大きなカメラを持って。そんなときには、やはりこういう広域連携の中でできあがったものがいいと思いますよ。

二階) もう、奥さんに一所懸命サービスしている姿は微笑ましくって(笑)。

川崎) 確かに旅館へ行って、酒をつぐ相手が女房だけじゃ飽きてくるから、やっぱり多少(笑)、仲間がいたほうがいいんでしょうね。

二階) まあ、話題も大きく広がりますし。

川崎) かといって大きな旅行だとね、また面白いんですよ。日本人てこうなのかなと思うんですが、この間も地元から八〇人くらい、バス二台で来ているんですよ。それが、ホテルの二人部屋をとるんですが、男と男が泊まるんですね。

二階) あっ、私の後援会の人たちの旅行でもね、部屋割を見ると夫婦で釆てるのに分かれているんですね。やっぱり自分たちだけ夫婦じゃ悪いと思うんでしょうね。あっちは奥さん連れてきてないと、同情しちゃうんですかね、男同士泊まっている。それで女性同士になったりして。

川崎) 三、四組だとパートナーで部屋を分けてということになるんだけど…。

二階) 大勢だと、照れるんでしょうかね。

川崎) 照れるんですね、日本人は。外人だとそんなことはないでしょうね。

二階) 外人だったらそんなことしたら、野蛮人になっちゃ、つ。

川崎) 別れられちゃう(笑)。

二階) 私らも若いころに、一〇人ぐらい男ばかりで旅行してると、アメリカのいろんな人が、「おまえたちは野蛮人だ。アメリカじゃこんなの通らないぞ。男ばかりでゴルフして、二週連続で日曜日を空けると、離婚訴訟の原因の一つにもなって、そういうことが重なると離婚が認められるときもあるんだ」なんてね。

川崎) 我々の世代は亭主と女一居が一緒に渡ないって言うと、女房がやっぱり怒りますね(笑)。

二階) だけどこのごろ、外国人のお客さんが、あんがい日本の和室、畳の部屋を好まれるんです。まあ、我々だってその国の風習に接してみたいという、冒険心というか興味がありますね。

川崎) まあ、いろいろな形で雰囲気をつくらなければならないという中で、このWAC21、よくやって頂いたと思います。平成十年は十一月三日から五日にやらせてもらったんですね。

二階) そうです。ちょうど国会のエキサイトしている最中で、私も出席できなかったんですが、大変盛大だったようです。今年は北陸の石川、富山、福井。いいところですよね。

川崎) やっぱり旅行の強いところですね。二階先生の和歌山も強いですね。うちの三重は弱いなあ。

二階) 前の瓦建設大臣当時に、私、建設委員長やらせてもらっていましてね。北陸の能登半島と紀伊半島を結ぶ道路を造ろうということになった。ただし、新たに造るんじゃなくて、今ある道路をできるだけ整備して、ロマンチック街道風に歴史的なもの、文化的なものも加味してということで…。今、能登半島で初めてのお祝いと言いますか、式典のようなものを計画してるんですが、そんなこともできるわけですね。

川崎) 今度、和歌山県で「海の祭り山の祭り」というのをやるんですか。

二階) 運輸省にもお世話になり、通産省にもご厄介になって、平成十一年、南紀熊野体験博という博覧会を開催します。これは面白い博覧会で、入場券もありませんし、和歌山県全体が博覧会会場というような感じでね。自然、歴史、文化といいますか、そういうものを満喫して頂こうと、まあ、心のふるさとを訪ねてもらおうという感じです。これはもう、三重県、奈良県ご一緒にいろいろな面でお力添え頂くことになります。熊野博においでになった人は、必ず三重県を回って帰ろうとか、奈良に寄って帰ろうとか、そういう動き方があると思うんです。



◆伝統芸能は、地域経済の活性化に 繋がる有力観光資源
川崎) 地域伝統芸能全国フェスティバルも和歌山で開催されますね。

二階) え、え。瀬島さんが会長を努めている晰地域伝統芸能活用センターの主催で開催します。この全国フェスティバルは、第一回目は石川県金沢市でやりましてね。平成十一年で七回目になりますか。ちょうど和歌山県の熊野博に合わせて誘致することができたようです。我々もこれが成功するように全力を尽くしたいと思っておりますが、大臣のお力添えをお願いいたします。この熊野というところは和歌山県内でも山間部はほとんど過疎地域です。私は、特にこの地域の伝統文化というものを村興しの基礎にしようじゃないかということを提案して、そういう過疎地域とか半島振興法とか山村対策とかの法律に一項目入れて頂いているんですがね。昔からずーつと伝えられている伝統芸能というのは、観光資源の有力な素材と言いますか、起爆剤として考えてみたいと思っているんです。

川崎) この間ね、うち(自由民主党)の森幹事長と一緒に秋田県の大曲に行ってきたんですよ。そこの花火がすごいんですね。お客さんが大勢来る。

二階) 全国的に来るんでしょう。

川崎) 六〇万人くらいって言ってたかなあ。もう我々座るのにも苦労しました。

二階) 何回も誘われながら、残念ながら行っていないのです。すごいものらしいですね。

川崎) うちの熊野の花火もかなりのものなんですけどね。やっぱりこうお客さんが集まるようになると、次はもう少しいいものをやろうと、だんだん花火の数や種類が多くなるんですね。

二階) やっぱり拍手が多いとね。

川崎) また来年張り切って。そうするとまた人が寄ってくる。ただ自然を見るだけでは、もうお客様には魅力無いんですね。

二階) 空が蒼い、海が青いというだけでは、それも観光の魅力の一つだけれども、ただそれだけでは人は来ない。

川崎) 例えば九月何日あそこに行くとこういうのがあるんだと。薪能なんかずいぶん増えてきましたよね。そうすると人は寄ってきますね。その人たちをもう一歩進めて一晩泊まってもらえるように、お互いが工夫していくことが大事なんですね。

二階) そうなんですよ。地域伝統芸能の発祥の地なんていうのは、都会の人を魅了する素晴らしい自然環境の中にあるんだけど、宿泊施設もなければ御飯を食べるところもない。その土地に住んでいる人はそれでいいかもしれませんが、やって来た観光客をもてなす方法がね、まだそこまで力が及ばないというか、気持ちがまだそこまで進んでいない。
 私の地元、和歌山県清水町杉野原地区に四五〇年くらい前にできた雨錫寺というお寺がありましてね。そのお寺の本堂で行なわれる御田舞(おんだのまい) という、ずーつと伝わっている田植えをテーマにした伝統的な踊りがあるんです。茅葺きの屋根とかみんな壊れちゃって、六〇軒くらいの部落ですから自分達だけでは支えきれないんです。それで、文部省の無形文化財に指定してもらったりして、一二、三年かかりましたけどようやく復興できました。地域の伝統芸能は、全国フェスティバルの舞台になったり、国際的な舞台に登場すると、それだけで、その地域に、みんなでもっともり立て、語り継いでいこうという気運が起きてきますからね。

川崎) そうですね。いいお話ですね。

二階) 日本はお米を作るということに対して、どれくらい古くから、民族の文化、命綱であったかということを、国際社会の中でもう一度改めて知ってもらうためにも、この御田舞なんかしっかり活用できるようにしたらどうだって、今日、党の農林部会で話したんです(笑)。大臣も一つ応援してください。

川崎) 運輸省としてもー所懸命やりたいと思います。



◆二〇〇二年、五年、八年ホップ・ステップ・ジャンプで
二階) ところで、二〇〇二年のワールドカップに対して大変大きな期待が寄せられているようですが。

川崎) 二〇〇二年のワールドカップ、二〇〇五年の愛知万博、そして何とか二〇〇八年には大阪にオリンピックを誘致したいと考えております。この三つを目標にしながらお互い頑張ろうと、運輸省としても気合いを入れております。特にワールドカップは、外国人の観客が七五万人くらい来られるのではなかろうかと見込んでいます。その人達が、よくリピーターと言いますけど、日本に行ってよかった、もう一度行ってみよう、と思って
頂けるようにしたいと思っています。

二階) サイクルがちょうどいいですね。

川崎) そえ。二〇〇二年はワールドカップ、五年万博、八年はオリンピックでまた行ってみようと。
こういう感じで、まずワールドカップで弾みをつけることができるかどうかが、我々の大きな課題だと思うんです。その前に運輸省として、飛行場の整備もしなければなりませんけれども。何とか、二年、五年、八年と、ホップ・ステップ・ジャンプでね…。

二階) ワールドカップで海外から七五万人。じやぁ、国内とで、ほぼ二〇〇万人くらい見込めるわけですね。

川崎) 七五万人は観戦者と言ってますので、それ以外の観光客がどれくらいになるのかわかりません。

二階) 素晴らしい日本の印象を持って帰って頂くと、その人たちが今度またお客様を呼んできてくれるわけですからね。

川崎) 日本はなんと言っても安全ですよ、他の国に比べて。日本の欠陥は、いろいろな表示が日本語主体で、あっても英語まで。そこを少しずつ直して外国の人がどこでも分かるようにしていかないといけないと思います。安全とこの問題、それからコスト。この三つをうまくできたら、「日本は行って安全だぞ、何も問題ない」と、多くの外国人がリピーターになっていくと思います。そういう意味でワールドカップを成功させることが観光としても大きな課題です。

二階) 交通の表示とか観光地の表示などの国際化を図っていくこと。これは大事でしょうね。

川崎) この間も関西国際空港を見てきたんですが、英語と日本語の表示しかない。せめてお手洗と売店は分かるようにしてあげないと。

二階) このごろ地方の空港に行くと、韓国語の表示があって韓国に来たのかなと思うようなところもありますね。韓国の人たちは、それで自分たちが歓迎されているんだなっていう気持ちになるんですよね。

川崎) そうそう。アジアの人を歓迎しますよっていう雰囲気を出すのは大事なことですね。

二階) 今日は、大変お忙しいところを長時間ありがとうございました。


  ・和歌山シンポジウム 21世紀の基幹産業「観光」を語る


■パネリスト
井手 正敬(西日本旅客鉄道渇長)/荘司 晄夫(鞄本旅行社長)/二階 俊博((社)全国旅行業協会会長、衆議院議員)/羽生 次郎(運輸省・運輸政策局長)/舷曳 寛眞(鞄本エアシステム社長)/脇中 孝(和歌山県田辺市市長)
■コーディネーター
近藤 三津枝(ジャーナリスト)


日 時 : 平成11年5月19日(水)  午後6時30分〜午後8時50分
場 所 : ガーデンホテル・ハナヨ(和歌山県田辺市)
主 催 : 田辺商工会議所、牟婁商工会、白浜町商工会、上富田町商工会、田辺市観光協会、白浜観光協会、上富田町観光協会
後 援 : 田辺市、白浜町、上富田町、(財)地域伝統芸能活用センター、(社)日本旅行業協会、(社)全国旅行業協会




近藤) 皆様、今晩は。このゴールデンウィーク、特に和歌山の皆様方は、特別の思いでお迎えになったのではないかと思います。南紀熊野体験博、私も開会式当日オープニングセレモニーを担当させて頂きまして、もう大変な感動を覚えました。このゴールデンウィーク、大変な人出で、日本中が多分、和歌山に、南紀に注目していたのではないかと思います。もちろん日本全国、非常にこのゴールデンウィークは動いたようでございます。曜日的にも配列が良かったということ、お天気にも恵まれまして、鉄道も、航空も、そして旅行会社のパッケージツアーも、昨年と比べて非常に成績が良かったというふうに出ております。
 今日のテーマは、『二十一世紀の基幹産業「観光」を語る』というものですが、観光は、二四兆円もの経済波及効果を有するといわれ、これから日本を支える、そして引っ張っていくリーディング産業になると考えられます。そしてこの観光に関して、何か手立てを加えれば、日本の観光は世界的にも注目されて、日本の経済をさらに押し上げる推進力になっていくのではないか。そういう期待感もあるわけです。では今、観光をどのように考えていけばいいのか。今日は、こちらにおられますパネラーの皆さん方とディスカッションさせて頂きながら考えていきたいと思います。
 はじめに各パネラーの先生方が、観光についてどのようなご意見をお持ちか、それぞれお考えを伺って、それからディスカッションに移らせて頂きたいと思います。それでは、井手会長からよろしくお願いいたします。



◆二十一世紀の基幹的産業として-----経済戦略会議が首相に答申
井手) JR西日本の井手でございます。私からは、集客観光産業こそ我が国の将来の重要産業だというお話を申し上げたいと思います。
 我が国の現状は、いわば国難に近いような大変な経済状態であります。その原因につきましては、戦後、我が国を支えた、我が国の今日までの社会経済の諸制度すべてに構造的に制度疲労が釆たということに尽きるのではないだろうかと思います。
それは、極端な規制に守られた官主導による護送船団方式の産業政策であり、明治維新以来の先進国に「追いつけ追い越せ」の精神も手伝った模倣・横並び・規模拡大の発想であり、それがまた、世界の経済とも摩擦を生み、日本が世界の孤児への道を歩んだ一つの原因であったかも知れません。これを打破するためには、橋本前内閣が推進いたしました六大改革を中心とする、いわゆる我が国の社会経済の構造改革を徹底するしかないと思いますし、また、その際には、これから起きる世界的な経済の大競争の中にあって、なお先進国としての節度を求められるとすれば、我が国の産業のあり方がどうあるべきかということも、問われなければいけないだろうと思っています。
 昨年の七月の末に成立いたしました自自連立による小渕内閣は、我が国の社会経済の立て直しを最大の公約としておりますが、この課題に応えるため、私も参画した経済戦略会議が、今年(平成十一年)二月二十六日に総理に答申を行なったところでございます。その骨子は、過度な公平と平等の考え方を捨てて、健全で創造的な競争社会を構築しょうというものですが、とりわけ明治維新以来続けてまいりました、追いつけ追い越せのキャッチアップと横並び思想の転換ということであったのではないだろうかとも思います。
 さて、戦略会議の最初の議論は、我が国の経済を再生させるという目的はあるものの、再びバブルを起こして国を一時的な繁栄に導くのではなく、二十一世紀の我が国が引き続き世界に伍していくための、今後の経済のあり方を諭ずるべきであるということでした。経済再生といいますと、ともすれば景気をよくするために、公共事業を大々的におこせとか、あるいは大幅な減税をしろといった配分の議論が先に立ちがちですが、我々はこれから日本の国富の源泉をどこに求めるのかということを論ずるべきではないだろうかということが議論されたわけです。
 そこで我々が考えましたことは、これからの大競争時代を生きていくには「ナンバーワン」を目指すのではなくて、「オンリーワン」を目指すべきであろうということです。また、二十世紀は科学文明が大いに発達し、物質的な豊かさをもたらしましたが、反面、地球を酷使して今日まで来てしまったのではないだろうかとの反省が必要となっており、今後は「オンリーワンを目指す」と同時に、「地球に優しい」ということがどうしてもキーワードにならざるを得ない。そうであれば、我が国が何をもって富を稼ぐ源泉とするかということは二つしかないと考えております。一つは、日本が得意とするハイテクを中心とした分野のモノづくり、もう一つは、地球にやさしく、しかも我が国がそれに相応しい文化的・歴史的資産を有していると同時に、そのことが世界平和に多大に寄与をするということから、集客観光に特化するしかないのではないかということを議論し、戦略会議はまずそのことを確認したわけです。
 観光というものは従来物見遊山と思われがちでしたが、この観光という言葉は、中国の古典にありますように「国の光を観る」という大変大事な意味を持っております。同時に、ちょっと戦争が起きますと海外旅行に出かけるお客様が途端に減ってしまうというように、観光は平和産業であります。そして、先ほど、我が国の観光の経済波及効果は二四兆円というお話がございましたけれども、これほどの経済効果が観光産業の中で生まれてくるということだとすれば、これが我が国のこれからの国富を嫁ぐ源泉にならないはずがございません。しかし、同時に観光を考えた時に、例えば、京都・奈良は、社寺仏閣があればお客様がお見えになるのは当然だということで構えている。その結果、今日、修学旅行のお客様のほとんどは京都・奈良には行かず、東京ディズニーランドに行かれます。要するに、今まで社寺仏閣があれば釆て下さるだろうと思っていた観光というのは、本当の観光事業ではありません。社寺仏閣があることに加えて、さらにそこにお客様が来て下さるようなこと、つまりいわゆる集客の仕掛けをしてこそ産業として意味があるのであって、単に観光ということだけでは、今後お客様はお見えにならないでしょう。集客観光といって初めて産業になるのだと私は思っております。
 従いまして、今後は歴史的なものや文化的なもの、あるいは自然的なものが、単にそれがあるだけではお客様はお見えにならない。どうしたら集客につながる仕掛けをつくることができるのかを考え、その上に立ってビジターズインダストリーを構築いたしまして、二十一世紀の我が国の基幹的な産業に育てる以外にないだろうということでございます。
 この点につきましては、今回の経済戦略会議の答申の中ではっきり二十一世紀の基幹的産業として集客観光が位置付けられました。その証拠といたしまして、今一番急務とされている雇用創出において、政府が緊急的に四つの項目で七〇万人の雇用創出を目指していますが、その四つ目に観光事業で約九万人の雇用を創出することが当面の内閣の責務になったということ一つをとりましても、これからの日本にとって集客観光がいかに大事かということを示したことになるのではないだろうかと思っております。
 私ども、輸送業に携わる人間でございますけれども、今まで物見遊山と思われていた観光を、せっかく国が初めてこれを産業と認知し、しかも二十一世紀における基幹的産業と認知したわけですから、ぜひこのチャンスを捉えて、二十一世紀における国の基幹産業としての確固たる地位を今のうちに構築すべく努力いたしたいと思います。ぜひ、皆様方もその点についてご理解頂き、ご支援頂きたいというのが私の考え方でございます。

近藤) ありがとうございます。閉塞状態にある日本経済をどう立て直すのか、そのための頭脳が集まった経済戦略会議にご出席になった井手会長が、日本が持っている一番の優位性、技術、ハイテクとともに、観光が経済再生の鍵を握っていると会議で議論されたとおっしゃいました。これからも基幹産業として大いに期待されているということではないかと思います。
 それでは、続きまして、日本旅行の荘司社長にお話を頂きます。



◆政府の観光重視策に併行して 業界全体で需要の喚起を
荘司) 荘司でございます。今、井手会長から、大変力強いお話がございましたが、私どももそういった期待に我々業界の立場として、できるだけ応えていかなくてはならないだろうと思っております。
 お集まりの皆さん方も感じておられるように、私ども旅行業界も九七年の後半ぐらいから大変お客様が減ってまいりました。また、価格も安くなっており、大変厳しい状況に陥っております。海外旅行客につきましては、九一年の湾岸戦争の後、関空の開港でございますとか、史上最高の円高などを背景に九六年まで急激に需要が伸びました。これに対して、国内旅行の低迷といいますか、空洞化が懸念され、種々、いろんな対策が取り沙汰されたのはご承知のとおりでございます。ただ、この海外旅行客も九七年の後半から減ってまいりまして、九八年はさらに減りました。これに対して国内旅行が健闘しているじゃないかということが言われているわけでございますが、全般的には、この経済状況を反映して停滞をしておりまして、大変厳しい状態にあるのはご承知のとおりでございます。『レジャー自書』によれば昨年は、旅行の総支出が三・七%減ったと言われておりますし、私ども業界の主たる業者五〇社の取扱高で見ると三・九%くらい減っていると言われております。私どもの収益で言いますと五%程度減少していると考えております。
 こうした厳しい状況の中で、私どもの課題は、この観光を二十一世紀の基幹産業として意識的にみんなで頑張って位置付けていく上で私どもは何をなすべきかということであります。消費者である国民の皆さん方の意識をお伺いいたしますと、国内、海外ともに旅行というものに対する潜在的なご希望は非常に強いという結果が出ております。今年のゴールデンウィークの人出などを見ましても、そういう感じがするわけですけれども、こういった欲求にいかに私どもが応えていくかというのが、当面の課題かと思っているわけです。
 最近は、政府でもこの観光というものに注目し、力を注ぎ始めております。これは、二階先生の強力なリーダーシップに負うところが大きいわけですけれども、政府も、これまで観光産業は民間に任せておけばいいんじゃないかという考え方が強かったと思いますが、このところ国を挙げて一つ力を入れていこうじゃないかというふうに変わってきていると思います。従来からいろんな仕掛け、つまりTAP(観光立県推進会議)とか、WAC21(広域連携観光振興会議)とか、あるいは明後日から当地で行なわれます地域伝統芸能フェステイパルなどが各地で開催されております。あるいは国が音頭を取られまして、観光ディスティネーションの開発協議会を地域ごとにつくったりということもやって頂いております。私ども業界としても、こういうものに積極的に参画してきておりますが、これまではどちらかというと個々の事業者代表の参加という形にとどまっておりました。ここに来まして政府においてさらに直接的な予算も確保するとか、あるいは、これは二階先生をはじめ多くの皆さんにご尽力を頂きましたけれども、いわゆるハッピーマンデー、祝日の三連休化が実現する。ある祝日を月曜日に持ってきて三連休化するという法案をつくって頂いたわけでございます。
 そういう中で業界としても、今後の需要喚起策について、業界を上げて取組むべきではないかという議論が強くなってきておりまして、総需要の喚起策についても取組みをはじめました。一つは種々の媒体を利用して、消費者への「旅行へ行きましょう」という動機付けのアピール、これを「あなたのすてきな旅しませんか。」と統」的なキャッチフレーズで近々新聞広告を出し、また私どもの店々のドアに張ったり、JR西日本の電車のドアに張らせて頂いたりといったいろいろな方法で強力にやろうといたしております。それから海外旅行につきましては、とりあえず仙台、名古屋等を中心に「トラベルマート」と称して、ミニ旅行博の開催に取組もうとしております。
 国内旅行の喚起策についても、私どもJATA(日本旅行業協会)でプロジェクトチームをつくりまして、それぞれの地方へお伺いをいたしまして、どのような共同キャンペーンをやっていけるだろうかということを、地方とご相談するような体制をつくりました。今のところ北陸三県でございますとか、沖縄県等と具体的に話をはじめております。あるいは、外国人の訪日旅行のさらなる促進、これも国でやっておられますことに対して私どもの立場で何かできないかということで活動をするとか、あるいは先ほどの三連休化に加えてさらなる休暇制度の改善を目指して推進本部をつくって行なっていくとか、諸々の取組みを業界全体として進めております。
 さらに、時代を先取りするということではありませんけれども、熊野でも実施をされておられるエコツーリズムを、業界としても何とか走者させたいという思いで、グローバルワンという世界的な通信会社と提携して海外から国内へ安く電話がかけられる「JATA環境基金コーリングカード」をJATAで開発し、その電話料金の一部をこの環境基金に入れることとするなど、環境の保全についても業界全体として取組んでいこうとしております。それから、障害者の旅行に関するガイドもつくって、大いに障害者の方にも旅行して頂こうとか、そういった社会貢献についても頑張っているところでございます。これは、総需要の喚起もございますけれども、一つは、どうもこれまで旅行業界というのはあまりステータスとして高くないという言われ方をしておりまして、業界としても、信頼性の向上を通じて何とか少しでもそのステータスを上げていくという努力を業界挙げてやっていく。そうすることで、これから到来するであろう大旅行時代に、私どもが一定の役割を果たしていけるようにと思っているわけでございます。
 個々の事業者の立場といたしましては、これから訪れます大旅行時代に対しては、お客様の視点に立って、いい商品、いい企画を開発していくということに力を入れていくこと。それから、それをきちっとしたサービスで担保していくということが必要でしょう。そういった中で考えておりますのは、観光業界にいい人材を何とか確保する必要があるのではないかということです。現在、私どもの会社でも来年の新卒者の採用試験をやっておりますが、第一次の説明会で筆記試験を受けられた方が七〇〇〇人ございました。100人に満たない採用予定者に対して七〇〇〇人でございますので、これはもう大変いい人材が採れると期待しておりますし、また反面、こういった熱心な方々に、私どもがしっかりとした魅力ある職場を与えられるように頑張らなければならないと自戒もしております。いずれにしても、若い方々も旅行業界に大変な意欲を持っておられます。私ども、大変厳しい環境にありますので、事業の効率化についても懸命にやり、何とか業界の信頼を確保していくように努力してまいりたいと思っております。

近藤) ありがとうございました。消費者への動機付けをアピールする。旅行するにも動機があると旅行しやすいということなのでしょうか。このあたりも、また後ほどディスカッションの課題とさせて頂きたいと思います。旅行したいという心理はどの辺りから動くのかということなのでしょうね。続きましては、二階先生、よろしくお願いいたします。



◆業界の智恵と力を総結集し 観光立国と観光立県の実現を
二階) 今日は観光業界の方々のみならず、お顔を拝しておりますと、和歌山県の各地域からこの会に熱心にご参加を頂きまして、まずお礼を申し上げたいと思います。同時に私はこの壇上におられるパネラーの方々、私を除いて、みんな天下の第一級の方々でございまして、お揃いで私達の南紀田辺の地にお越しを頂きまして、観光に対する貴重なご助言を頂くことができますことを、私は地元の者として心からお礼を申し上げたいと思います。
 荘司社長がおっしゃったJATA、日本旅行業協会、これは一口に言いますと大きい旅行会社の集まりです。例えば、交通公社とか、あるいは、東急観光とか、農協観光とか、もちろん荘司さんの日本旅行、こうした皆さんがお集まりの業界団体であります。私が担当いたしておりますANTA、全国旅行業協会というのは、名前だけ開けば、どっちが大きいか分からないくらい大きな名前をしているんですが、和歌山県で六五社くらいございますが、全国で五七〇〇社ございます。いずれも、中小零細の関係のグループでございますが、集まって行動すれば五七〇〇社あるわけでございますから、私はいつも協会のメンバーに一社一人お客さんを連れてくれば五七〇〇人、二人連れてくれば一万人になる。我々はお互いに協力協調しぁいながら頑張っていこうということで常に励まし合っているわけでございます。
 今日の私に与えられたテーマは「観光立国と観光立県」ということでありますが、今、井手さんや荘司さんからもすでにお話がございましたが、観光といいますと、何となく遊びに行くみたいな響きがあり、軽い受け止められ方がされがちであったわけです。しかし、今や観光というのは、世界の雇用の一〇人に一人は観光で飯を食っているわけです。大変な産業なんです。ですから、この産業が実力に相応しい社会的、あるいは国家的な位置を占めていけるように、頑張っていかなくてはならない。つまり、日本のセンターに観光があっていいんだという主張を私はずっといたしております。私は自らは観光に何の関係もないのですが、選ばれておりますこの田辺白浜にしましても勝浦温泉にしましても、日本に名だたる観光地です。そうした土地の出身の者として、何とかして「観光」がもっとセンターに位置できるようにしたいという希望を常々持っておりました。
 JR西日本の井手会長が、このたび、小渕総理の経済戦略会議の重要なメンバーとしてご活躍を頂いて、我々観光業界全体の気持ちを代弁してご発言され、官邸の中で観光が堂々と語られるという、そういう時代を迎えるにいたりました。私はこのことを高く評価しております。そして、今までは、日本人の旅行は平均しますと年間一・六日であります。これを、国の決意としてせめて二日にもっていこうということを政府の方針として決めたことであります。これは、画期的なことなんです。観光なんて遊びじゃないかと言われていた時代から比べると大変な前進であります。しかし、二日としましても国際的にはまだまだ低いんです。だいたい先進国では一週間から一〇日、あるいはまた、少ないところでも四日聞くらいが平均といわれている国々が多い。我々は今度二日を目標にしていこうというわけですから、これから相当頑張っていかなくてはならない。こういうことが言えると思うわけです。
 そこで、今後、観光立国を推進していくためには、今、お隣に運輸省の羽生さん、観光の部門も担当いたしております運輸政策局長がお見えになられておりますが、二〇〇一年の省庁再編成によって、運輸省は建設省や国土庁と一緒になります。大変大きな官庁になるわけであります。私は、この大きな官庁になることを機会に、国土交通省という名の新しい役所の中で、観光街政がもっともっと中心的な役割を果たして国民の期待に応えうるような状況をつくっていくということ、そのチャンスが目の前に訪れていると思うわけです。
 先ほど、祝日三連休の点についてもお話がございましたが、これは休みを特別増やそうというわけではないんです。週の真申にある祝日を月曜日に持っていくわけです。ですから、祝日月曜化法案というふうに言ってもいい。そうしますと、土曜、日曜、月曜と三連休になるわけです。それを与野党ですったもんだやり、まず二回やることで落着しました。ゴルフでもいきなりワンオンといかない場合には慎重にツーオンを狙う。業界全体も、早くこれをやってもらいたいという声が多かったものですから、今回は二週でまずスタート、あと二週くらい追加するのがいいだろうと思っております。
 観光の中心的な役割は、人や文化の交流、あるいは、歴史との出会い、そういう意味で非常に深みのある産業だと、私は思っております。同時に、お話にも出ましたが、平和でなければ成り立たない産業なんですね。ドンパチやっているところへは、どんなに安い旅行を組んでも誰も行きません。そういう意味では常に平和でなくてはならない。旅行に出かけようと思うと、家庭も平和でなくてはなりません。家庭が戦争中に出かけていくというわけにはいかない(笑)。それから、休もさわやかな気持ちでコンディションが整っていなければ、旅行というのも余り面白いものではない。
 そういうことから言いますと、旅行に出る、旅に出るということは大変なことなんですね。松尾芭蕉が奥の細道に旅をした際に立ち寄った場所を、福島県の須賀川市で見せてもらったことがありますが、ここには日本一の牡丹園があり、牡丹の花が一杯咲いておりました。こんないい季節だからひとつ旅に出ようという気持ちに松尾芭蕉さんがなったんだなあと、私もその場で思ったことがございます。
 そこで、私達は観光立国を進めていくために、ありとあらゆる施策をやっていかなくてはいけない。野放図に広い舞台でやるわけですからどのようなことが成功するか分からないんです。先ほどさまざまな数字が出ましたが、観光産業に直接雇用されている人は、日本では九〇万人といわれております。その波及効果を考えあわせますと四一〇万人を超えるのではないかと言われております。四一〇万人というと、今日本で失業している数がだいたい三百数十万人から四〇〇万人といわれておりますから、観光産業の雇用をもし倍増することができれば、今の日本の失業問題や不景気は吹っ飛んでしまう、そういう位置付けもなされるのではないかと思うんです。
 また、私は観光関係に素晴らしい人材を多く集めることが重要であり、そのために観光の専門の大学、あるいはまた、観光図書館というものも設置しようではないかとかねてから主張しております。先般、日本バス協会の会長と話し合っておりましたときに、バスを改造して動く観光図書館をつくり、観光関係の映像や本を積んで、いろんなところを回ったらどうかという話になりました。運輸省も後押しをしてくれて、だんだん実現の緒につこうとしております。
 さらに、私達の和歌山県が観光立県としてどういうことをやっていくのかという問題ですが、今、県が中心になって、今度の熊野博をはじめとして観光業界の皆さんと協力して進めてくださっており、他の県から誉められていることも一杯あります。これをさらに進めていくためには、飛行機で東京から入って来る、あるいはまた、この白浜から他の県に飛行機で出入することができるようにすることも大変大事なことです。それと、私ども紀伊半島全体が繁栄していくためには、何よりも高速道路の問題と、もう一つは、今の鉄道が、できうれば新幹線に直通運転できるような形にすることが重要です。今まで、このことはみんな夢物語のように思っておりましたが、いよいよフリーゲージの技術を使ってこれを具体化できるようになってまいりました。ミニ新幹線と言われておりますが、私たちのこの地域を走る列車が、やがて新幹線に直通運転することができる。ですから、東京発田辺、田辺発東京ということが不可能ではないという時代がもうすぐやって来ようとしております。
 今、アメリカのコロラドでその実験をしておりますから、私は国会が終われば、衆参のしかも自民党も自由党も含めて運輸関係の専門の国会議員を引き連れて、コロラドへ行ってこようと思っております。そして、今年(平成十一年)の暮れの予算編成には、そうしたことをきちっと位置付けできるようにしようと思っております。

近藤) ありがとうございました。観光立国と観光立県、それぞれの課題は何なのか、課題をお話頂きました。続きまして、運輸省の羽生運輸政策局長、よろしくお願いします。



◆有望な観光産業の未来 長期的な繁栄には三つの工夫を
羽生) 羽生でございます。私の方からは、観光産業の未来についてお請いたします。先ほど二階先生、また、井手会長もおっしゃいましたが、観光産業あるいは観光というのは「遊び」と思われていたのが、この一年を契機にかなり位置付けが変わりまして、今までは大蔵省などに遊びだとポンと言われていたのが、経済成長を引っ張る牽引車、あるいは間接効果を入れると四〇〇万人の雇用を支える産業、地域振興に寄与する産業という具合に、かなり評価が変わってきた。これを機に、さらに観光というもののステータスを上げて、それを日本の中で認識して頂くようにしなければならないと考えております。
 先ほど二階先生から、運輸省と建設省が一緒になって国土交通省になるというお話がございましたが、実は運輸省と建設省というのはあまり伸のいい官庁ではございませんで、向こうは道路を整備するというと、我々は鉄道がいいと意見が食い違うことがございます。しかし、観光だけは協調できるところがございます。というのは、観光はなかなか裾野の広く、運輸省だけでできるものではないということを我々よく承知しておりますし、建設省の手を借りて、公園だの、あるいは道路を整備すれば、さらに良くなる。従って、合併を行なう時は、民間企業でもうまくいかないことが多いのですけれど、こういった分野では、国民の皆さんのためになる政策ができるようになるのではないかと考えております。
 ところで、本日のテーマである観光産業ですが、これは未来産業でございます。成長が保証されている産業でございます。ハイテク関係、情報産業とかバイオ産業、これが伸びるといわれておりますが、観光はそれほど新しい産業ではないのですけれど、これらに勝るとも劣らないくらいの伸び率が保証されている産業でございます。何故保証されているかといいますと、世界の経済がこの七年くらいで二割くらい伸びているのに対し、世界での国際観光収入は一九九〇年から九六年の間に、一・六倍になっておりますから、世界の経済成長率の三倍の速さで伸びております。世界的にいかに観光というものが、伸びていく産業かお分かり頂けると思います。
 日本の場合も一五年前と比べますと実に四・二倍になっておりまして、一五年間で四・二倍に成長した産業、しかも、五〇億円とか一〇〇億円からスタートしたのならともかく、何兆円かの基盤を持っていたのが一五年間で四ニー倍になった産業というのは、ざらにないというか、この産業だけでございます。ただ、問題なのは国内でございまして、国際観光というのは日本で四・二倍になったんです。ところが、国内観光は一・四倍にしかなっておらず、現在の資源に安住していると観光客を外国に取られてしまうというおそれがあります。
 次に、どうすれば観光産業は発展するかといいますと、実に簡単でございます。総理府の調査によれば、何故観光旅行に行けなかったのかといいますと、一番大きな理由は休みがないから。これは全体の三割でございます。その次は、何となく旅行しないまま、情報がないから、いい所がないから行かなかった、これが二割五分くらい。それから、もう一つは、当然ながらお金がなかったからというのが二割五分。これが三大要因です。従って、この三つを解消すれば観光客は増えるわけでございます。
 すなわち、第一は暇をつくってあげること。旅行に行きやすいように、三連休をつくったり、あるいはゴールデンウィークみたいな沢山の休みをあげること。それから、二番目に安いこと。バブルが終わり、消費者の方は大変利口になってるわけですから、一週間の旅を一〇〇万円で売り出しても行かないわけです。まあ行く人もいるかと思いますが、少ないわけです。何といっても、低価格なものを出さなくてはならない。安ければサービスが悉くてもいいというわけではありませんが、安いということは大きな魅力です。三番目は情報があること。どこに行ったら、何があるんだとい〉うことが分かるということでございます。
 こういう意味からいたしますと、祝日三連休というのは大変な効果がございまして、これを秋のシルバーウイーク、あるいは、春の旅行日にあてますと、おそらく今回の二日ですら、四〇〇〇億〜五〇〇〇億円の波及効果がある。これを四回やりますと、おそらく一兆円以上の効果があります。しかも、この施策のいい点は、お金が一銭もかからな一い。税金は一銭もかからずに、一兆円売上げが増える。しかも、これに合わせて情報を国民の皆さんに届くようにすれば、かなり効果が増して、簡単にできる政策でございます。
 しかしながら、安くするということは、関係業界の方の努力が必要です。これも典型的な例が沖縄と北海道でありまして、沖縄の場合は政治的理由で飛行機の運賃を下げました。飛行機の運賃はタグでは下がりませんから、国の飛行場の着陸料、使用料というのを下げました。往復で八〇〇〇円下げたら、この不況下に沖縄だけは対前年比一五%くらいの増加がございました。北海道についても北海道が管理している空港の着陸料、使用料を下げましたところ一〇%くらい利用者が増えた。従って、この安いということは、非常に最近重要になってきたんだと思います。こうした取組みにより短期的にはかなり増えます。短期的だけではいけないんで、長期的にも、どういうことをやればいいかというと、これも三つくらいあります。
 よく言われていることですが、第一は、魅力ある観光地をつくること。これはなかなか一朝一夕ではできませんし、魅力ある観光地というのは自然のままだけでは駄目なようであります。人間は自然が好きなようですが、生の自然を求めてアラスカに行って来いといっても誰も行かないわけで、ある程度自然に手を入れてやらないといけない。それから、二つ目は、最近言われていますが、広域的な取組みが必要です。例えば熱海も昔はいい所で新婚旅行や旅行会で出かけたものですが、熱海だけでジ・エンドとなってしまうため、この頃はそういう所になかなか行かなくなる。広域的でいろんなことができる所、即ち、熊野博などというのは非常にいい試みであると私は思います。それから、三番目は交通の快適性を何とかする必要がございます。当地でいえば、紀勢線と南紀白浜の空港でございます。これらを、便利なだけじゃなくて快適にすること。この三つをやれば、長期的には観光は繁栄する。
 観光の需要は、他の産業と違って刺激しなくても出てくるくらいあり、国内はむしろ供給サイドに問題があるわけでございます。供給側の方で今申し上げたようなところに力点を置いて頂くと、私は、一五年間で一・四倍なんてけちな数字ではなく、国際観光は四・二倍に増えたわけですから、話半分としても、その倍くらいはいくんじゃないかと思っております。従って、結論的に申し上げますと、観光産業というのは、未来産業で、成長産業でございますが、どのくらい成長するかというのは、各観光地のこれからの取組みいかんにかかってくるのではないかと思います。それから、各交通産業をはじめ事業者の方々がいかに低廉なサービスを出すか、この二つにかかってくるのではないかと思っております。

近藤) ありがとうございました。短期的に、そして長期的には何が課題であるか、非常に整理して、分かりやすくお伝え頂きました。先ほど、「最近何故観光に行かなかったか」という世論調査をご披露頂きましたが、留守中に家庭の世話をする人がいないから、というのが四番目の理由だそうです。で、この 「家庭」というのは、お年寄り、そして子供たち、ということなんですね。



◆増加する一方のシルバー世代には 思いやりのあるもてなしで
近藤) 高齢社会に入りまして、お年寄りをお家に置いておくのか、それとも一緒に旅行するのか、もしくは、お年寄り自らどのように旅行すればいいのか、マーケットとしてもシルバー世代は非常に魅力があるのではないかと思うのですが、そのあたりのお詰も続けて、舷曳社長に何いたいと思います。

舩曳) 皆さん今晩は、日本エアシステム(JAS)の舩曳でございます。シルバー世代の旅づくりということで、お話をさせて頂きたいと思いますが、そもそも何故私がシルバー世代の旅づくりに興味を持っているかといいますと、社長になりまして、我が社は人に優しい航空会社を目指そうということになり、お年寄りとか、お子様連れとか、赤ちゃん連れのお客様に安心して空の旅をして頂くためにどういうことをすればいいかと考えてみたわけです。
 ではJASは具体的にどんなことをやって来たのかといいますと、まず、体が不自由でも、誰でも飛行機に乗って頂くため、車椅子で飛行機の中までご案内する。車椅子でそのまま飛行機のシートから移動して頂く。このようにすれば、ご一緒に旅行して頂けるのじゃないか。
 あるいは、飛行機に乗りますと、よく赤ちゃんが泣いておりますが、どういうふうにすれば赤ちゃん連れのお母さん方が安心して飛行機に乗って頂けるのか。
 そこで、私は、保母さんとか、看護婦さんの資格を持った方、容姿よりもそちらを優先しますということで募集をいたしましたところ、大勢の方に応募して頂きました。
 また、スチュワーデス達に、お年寄りとか身体障害者の方が飛行機の中で体の具合が悪くなった時に看護が十分できるようにと、日本赤十字社の救急員としての資格を取らせておりまして、今年中に四〇〇名ほどのスチュワーデスがその資格を取り、だいたいどの飛行機に乗っても、資格を持ったものが乗っているようにしておきたいと考えております。
 こんなことをしている過程で、私も、もうシルバー世代に入ってしまいました。シルバーというのは、どれくらいの年代をいうのかといいますと、六五歳からがシルバーだそうです。私は子育て、家づくりの終わった五五歳からシルバーと考えてもいいんじゃないかと思っておりますが、統計では六五歳からがシルバー世代。では、そういう方がどのくらいの人口になっているかというと、今から一〇年前は日本の総人口約一億二〇〇〇万人のうち、六五歳以上の方は一四三〇万人。だいたい全体の一二%でございました。一〇年経って今二一〇〇万人強で一七%。これから一〇年後には六五歳以上が二八〇〇万人で二二%。そして、二〇六〇年がシルバー世代の一番多くなる時期となり、その時には三二〇〇万人、実に日本の人口の三二%くらいの方が六五歳以上になります。この人達に、ぜひ旅行してもらいたい。旅をして頂くために、これから、どういうことをすればいいかということをみんなで考えてみる必要があるんじゃないかと思います。私達は、利用して頂く立場でありますと同時に、私達自身も体が不自由になっても旅を楽しみたい。それを可能にするためには、これから輸送業界も、観光業界も一緒になって、この人達を旅に誘い込むためにはどうしたらいいかということを考えてみてはどうかと思っております。
 では、シルバー世代の特徴って何だろうか。私も間もなく会社を定年で辞めます。そうしますと、まず財布が小さくなってきます。財布の組も硬くなってくる。しかし、こういう世代が、安心して旅をできるようにする。何しろ日本の人口の三二%ですから、どんどん増えていく方をお客にしない手はないわけであります。財布の小さくなった人達でも安心して旅をして頂きたい。
 その次に、シルバー世代の方々は体が不自由になってまいりますが、体が不自由になって、足腰立たなくなっても、家族が年寄りを残していくんじゃなくして、一緒に、お爺ちゃんもお婆ちゃんも連れて行ってあげようということにならないといけない。最近、核家族化が進み、親子の情とか家族の愛情というのが段々薄くなってきておりますけれども、私は、二十一世紀は三分の一が年寄りですから、やはり、みんなが年寄りと仲良く暮らせる社会であるべきだと思っております。そういう社会づくりをするためにも、やはり、足腰の不自由な方々が安心して旅をするためにはどういうことをすれば良いかということを考えないといけない。年寄りの旅で一番大事なものは、まず暖かいこと、温泉があること、自然が美しいこと、食べ物も美味しいこと。どうですか、和歌山県に、これに欠けているものがあるでしょうか。すべて整っておるんじゃないでしょうか。となると和歌山県は、シルバー世代の旅の候補地として最高ではないかと思うのです。あとは、どういうふうに整備していくかということが、これからの課題ではなかろうかと思っております。
 最後に、私はシルバー世代にさらにもう一つ特徴があると思っております。財布は小さくなる、足腰は不自由になる、そしてもう一つ、孤独があるのではないかと思っております。私なども会社を辞めてしまえば、おそらく会社へ行っても邪魔者扱いされるだけです。友達も段々少なくなってくる。そこで、旅をすることによって、人と人とのふれあいとか親切とか、そういうものに触れることができたら素晴しいと思います。二十一世紀の超高齢化社会を迎える日本の中でこのような旅づくりを盛んにしていくためには、これから何をすればいいか、皆さんとご一緒に考えてみてもいいんじゃないかと思います。

近藤) ありがとうございます。シルバー世代の特徴の三つ目が孤独というのは、なるほどと思います。この孤独という部分をいかに緩和していくのか、慰めていくのかということが、観光産業がこれから元気になる一つのポイントかも知れません。それでは、地元、田辺市長の脇中さん、よろしくお願いします。

脇中) 脇中でございます。本来ですと、私は、一番前に座って、皆さん方のお話を聞き漏らさないように聞いて帰り、それを行政に生かす、それが私の立場だと思います。私共のところは、まず気候が温暖で、温泉もありますし、自然も本当に綺麗です。その紀南の地に一人でも多くの人にお越し頂けるようにするということが、私ども、行政の課題でありますし、皆さん方にも一緒に考えて頂きたいことと思います。



◆地元だけの観光振興ではなく 広域的視野に立って各地と連繋を
脇中) 最初から、数字を申し上げて恐縮ですが、平成九年に田辺・西牟婁郡にお越しになった観光客は、推計で七〇〇万人といわれております。中でも白浜町さんが断トツで、七〇〇万人のうち約三七〇万人が白浜にお越しになっています。田辺市の話が中心になって恐縮ですが、白浜町さんのおこぼれを頂戴するといえば、少し卑下しすぎているかも分かりませんが、白浜に大勢の方がお越しになる、その方を何とかして少しでも田辺にお
越し頂けないものか、こういうことも視点の一つでした。しかし、いつまでも、そういうことでは駄目だということで、田辺市もそれなりに考えて、観光客の誘致に努めているところです。
 田辺市にお越しになった方が平成九年度一年で七六万人くらい。ところが、その中で、宿泊された方が二六%ですから、だいたい四人に一人ということで、その辺りが白浜町さんの観光客に比べて田辺市の場合は少ないわけです。しかし、観光というのは、一か所にお越しになって、そこだけで終わりという観光はだんだん無くなって来ています。点が線になって、線が面になってということを狙うのが、今、私ども行政の一番の大きな課題なんです。まだ、田辺市の場合は、点から線になかなかつながっていないのが現状だと思いますが、その意味では今回の熊野体験博というのは非常に大きな契機になりました。
 西口知事の提唱された熊野体験博というのが、田辺はもちろんですけれども、紀南を本当に全国の人に知ってもらう、そして、これから二回、三回と熊野の良さを認識して頂いて、足を運んで頂く、そのことの一番いいきっかけになったと考えています。私も旅行は好きで、しかも各停の電車に乗ってトコトコと行く旅行が非常に好きなんですが、その土地、その土地の景色が美しかった、食べるものが美味しかったというのが嬉しい。そしてそれも大事ですけれども、その土地の人情が、人が温かく迎えてくれた、人の気持ちが本当に嬉しかったというのが、やはり、もう一度、その土地へ行こうかという、大きなきっかけになると思っています。そういうことから考えますと、熊野体験博でも、市民の皆さん方に、おもてなしの心で全国からお越しになる方を迎えてほしいということをお願いしております。
 この熊野体験博では四月二十九日から五月十五日までで、新庄のシンボルパークだけで約一五万人の方が入場されています。もちろん、土地の人もおられるでしょうが、全国からお越しになった方もずいぶんおられると思います。いかに、いい印象を持って帰ってもらえたかということが今一番気に掛かっているところです。そしてこの熊野体験博を通じ、田辺市の観光というだけでなく、紀南全体、少なくとも、白浜を中心に、この西牟婁・田辺を含んだ、この地域がみんな一つになって観光を考えていくということが、必要であろうと思っています。具体的に、どういうふうに取組んで行くかはこれからの問題ですが、例えば、この田辺市では、熊博を前にして、JR西日本さんの田辺駅前の土地をお借りいたしまして、南紀田辺観光センターをオープンさせて頂きました。この観光センターは、決して田辺だけのものとは思っておりません。どうぞ、周辺の町村の皆さんにもフルに使ってくださいとお願いをしています。センターにお越し頂けたら、田辺はもとより、白浜も周辺の町村の情報もある程度キャッチできる、知ることができる、そういう施設に成長していくことを願っています。
 それから、今一つ、インターネットを活用した広域観光情報システムを構築いたしました。これは「テレコムわかやま」でつくっており、リゾート体験イベントや飲食店、史跡名勝、宿泊施設などの検索システムを持ち、圏内の各町村に最低一か所は、画面に触れるだけで情報がキャッチできる端末機を設置いたしております。そのようにして、この観光の線から面へということに一所懸命取組んでおります。
 田辺は備長炭の発祥の地ですが、一昨年、この備長炭の記念公園をオープンさせて頂きました。お城跡の錦水城公園とか、石神の田辺梅林も整備する。それから、かつては親不孝通りという名前で親しまれてきた通りを、今回、味光路と名前を変、え、そこの飲食店街の環境整備もしました。これは田辺の駅を降りまして、右側にいったところにあり、だいたい二〇〇数十軒の飲食店が密集している、県下でも珍しい所なのです。そこも整備して、皆様をお迎えする。そして田辺に、この紀南にお越し頂いて、よい印象を持って帰って頂く。そういう場所づくりをこれからもー所懸命に続けてまいりたいと思っております。
 私どもはよく言うんですが、これからのまちづくりというのは、決して行政が先頭に立って旗を振るだけで成り立っていくものではございません。市民の皆さんに、一緒に参加して頂いて、それぞれのできる範囲で結構ですけれど、役割を果たして頂く。そのことで、町全体を 一美しい町、環境のいい町というものにしていく。それが、全国から観光客にお越し頂けるまちづくりだろうと考ぇています。自分の所のことばかり申し上げましたが、それぞれの町や村で、自分たちのふるさとをつくって、誇りを持って、自分達の子供や孫にそれを伝えていけるようにご協力を賜りたいと思います。

近藤) 今、脇中市長が、点から線、そして面に、この観光動線を広げていきたいというお話をなさいました。確かに、今までの日本型の観光といいますのは、非常に短期間、短時間で、とにかく名所旧跡をあちこちたくさん見て、帰ってきて、疲れたなという観光が主流でした。しかしこれからは滞在型の観光が主流になってくるだろうと言われております。運輸省から頂いた資料を拝見しますと、これから一番やりたい国内旅行は何か、との問いに一か所で滞在してのんびりと過ごしたいと答えた人がなんと四二・五%。そして、滞在型の旅行をしてみたいと思いますかという問いに関して、絶対にしてみたいと言っている人が六五%もいるのです。となると、今までの観光という我我のイメージと、これからの観光というのは、ずいぶんと違ってくる。現に諸外国での旅行の平均宿泊数を見てみますと、ドイツでは国内休暇旅行日数が一二・三日ということです。オランダでは長期休暇旅行が一〇・四日、イタリアでは国内旅行平均宿泊数四・五泊、アメリカでは四・二泊といいますから、日本とは格段の差があるということなんですね。



◆観光振興に最も大切なのは あたたかい心で人を迎えること
近藤) これから、日本も欧米型に変わってくるのかなという気もするんですが、さて皆様方、観光の環境整備をどのようにしていったらいいのかということも併せて、これからディスカッションタイムとさせて頂きます。それでは、二階先生いかがでしょう。

二階) この間、私は、ある観光地へ行きましたら、そこのホテルで野の花などを集めて、押し花の講習会を毎晩やっている。これは素晴らしいですねと話しましたら、「摘んできた花を押し花にして、もう一泊していきたい」「友達を連れてもう一回釆たい」といった反応があるそうです。押し花の講習会や展示会をやるというちょっとしたアイデアと努力で集客できるのではないか。
 次に、これから外国の観光客が相当見込まれるのですが、やはり、国内の施設はまだ高いと言われる。これに対して、どう対応していくのか。同時に、余りお金をかけずに観光客を増やす方法の一つとして先ほどからお話に出ていました、祝日三連休、今回は二回でしたが、今度は倍にするように法律を改正したいと思っております。それから、お年寄りのお話も出ましたが、子供を連れて旅行するということ、これは子供の学校の休みと関係が深いわけですから、祝日三連休を実施する時には、学校の休みもそれに連動させるべきです。日本人は自分で休暇を取りにくいのですが、祝日三連休等の運動を進めていくことによって、欧米型といいますか、生活にゆとりを持つ環境をつくっていくことができる。それが大事じゃないかと思います。
 押し花の話に関連してもうひとつ。実は、柄にもないんですが、私、「花を愛する県民の集い」の会長を二〇年ばかりやっております。他の役職だったら奪い取りに来るんでしょうが、こればかりは誰も取りに来ません(笑)。言い出しっぺの責任で、多くの皆さんのご協力を頂いて未だに続けているんですが、そろそろ、これを全国版に広げていかなきゃいかんと思いまして、「花を愛するネットワーク21」というのを、今度、東京を本部にして創設いたしました。いくつかの県の知事にも話をしまして、それぞれの地域でもネットワークのブランチ、支店のようなものをつくって頂き、市町村にも、あるいは各種の法人にも広げていこうと申し上げました。
 花を愛するということをやっておりますと、やっぱり花を見に行きたくなるわけですね。自分で育てたいという気持ちも起きますが、見に行きたくもなる。この頃、新聞でも、テレビでも、花の咲き誇っている地域の公園等の宣伝がずいぶんたくさんのってくるようになりました。そんなことも含めて、私達は、できるだけ多くの人々が観光に足を向ける雰囲気、環境をつくっていかなくてはならないと思っているんです。
 こうしたことも大変大事なのですが、やっぱり、あたたかい心で人を迎える、これが国際的にも、国内的にも最も大事なことじやないかと思います。幸い、私達の地域は、気候だけは大変暖かいわけでして、こんな素晴らしい所はないわけでございますが、同時に、私達の心もあったかい。それから、我々もできないんですが、本当は、電車に乗っている人でも、紀州に旅行に来られた人だと思ったら、ありがとうとか、旅はよかったですかという声をかけてあげたい。いきなり外国人みたいに、気楽に「やあ」と声をかけるのはお互いやりにくいでしょうが、引っ込み思案にならないこと。和歌山県が観光立県として大きく羽ばたいていくためには、すべての和歌山県人たちがあたたかい気持ちでお客様をもてなす、そういう心懸け、心を育てていくということが観光立県のためには大事な事ではないかと思っております。



◆ミニ新幹線、紀州路ライナー等 鉄道の分野でも進むインフラ整備
近藤) ありがとうございます。あたたかさというのはとても大切だと思うんです。誰かに話し掛けてもらったとか、一輪花を頂いたとか、そういうちょっとした人との触れ合いが心に残っている。そういう旅でありたいと思います。
 さて運輸省の羽生局長が、長期的に見たら何が必要かということで、第一に、ある程度加工された魅力ある自然が必要、二つ目に、広域的に他へのつながりのあるもの、そして、三つ目として、交通の快適性をあげられました。早さということもあるでしょうし、目的地にいかに居ごこちよく運んでくれるのかということもあると思うのですが、井手会長いかがでしょうか。

井手) 私自身、今から四〇年前に天王寺鉄道管理局の旅客課長として仕事をいたしておりまして、その頃は、紀勢線の全通から五年目というときでしたが、その時代と現在の紀勢線を比べてみますと、一部紀伊田辺までは複線化、あるいは新宮まで全線電化になりましたが、それ以外変わったことがあるかと思うと、いささか内心怪恨たる思いがします。そういった意味で、鉄道の面では皆様方に対して、なかなか十分なことができなかったんではないかという反省をいたしております。おっしゃるように、せっかくのいい観光地がありながら、それを活かしきれなかったのは、やはり、そこに来る交通手段が非常に弱かったということがあるのではないかと思います。
 最近ご旅行なさる方には二通りあって、時間があれば長く泊まりたいという気持ちと同時に、一方では、いろんな所に行ってみたいという方もいらっしゃる。健康のこともあるでしょうし、歩き回りたいというお気持ちもあって、私どもの会社でも、電車&ウォークというキャンペーンをやっておりますけれども、これに参加するお客様が大変多うございます。もちろん、二階先生がおっしゃる三連休化の実現に伴い、長期滞在に対するニーズがこれから増えてまいると思いますけれど、休みが取れたら、健康のために歩いていろいろ行ってみたいという気持ちもあるでしょう。同時にまた、現在の日本の社会は大変不安でございますから、安らぎを求めて、例えば四国の八八か所、あるいは西国三三か所をお遍路さんとして巡られる方が大変多く、全部一回で回るのではなくて、今日はここまで行って、このお寺によって来ようという形で何回も通って八八か所回って来るという方が大勢のように思われます。
 昔から熊野三度、伊勢七度といわれるように、熊野に来るということ自体が日本人の原点だったとすれば、もし、交通が便利であったら、私は熊野にもっとお見えになると思います。もちろん、一気に熊野古道すべてを歩くことはないでしょう。今日は、どこどこの王子まで、次の週はあそこの王子までということになるのかも知れません。実は今から四〇年前に、私も熊野古道を歩いたことがございます。あの頃の熊野古道は、これはえらいところに来た、こんな所に来て途中で迷ったらどうしようかと思う所でしたけれども、最近は相当整備されました。そういった意味では、お遍路さんに申し訳ないけれども、熊野古道の方がもっともっと魅力に富んでいるのではないか。そこに至る道程があまりにも不便だったという結果が今日の状況を招いたとすれば、我々自身、今後さらに交通手段を便利にすることが、もしかしたら、昔の、伊勢に七度、熊野へ三度ということを復活する道になるかも知れないと思います。
 二階先生からお話がありましたが、現在、アメリカで新幹線のミニ版−可変ゲージという、新幹線の車両をそのまま在来線に下ろしてくる方法−という実験を始めました。運輸省も一所懸命ですから、必ず成功すると思いますけれども、それが実現すれば、遠くからの人もお見えになりやすくなる。これは大事なことでして、例えば今回のダイヤ改正で紀州路ライナーという和歌山から大阪駅まで直通する電車をつくりましたら、一日に約二〇〇〇人のお客様が増えております。もちろん、その反動で、今まで特急料金を頂戴しておりましたお客様が減りましたから、収支的には損しておりますけれども(笑)。
 より安く便利なものをつくれば、お客様がご利用下さるようになる。我々も紀州路ライナーを一つの契機にいたしまして、もう少し足を伸ばして、関西の方々が熊野古道に来やすい交通手段をつくれば、次のブームは四国八八か所のお遍路ではなくて、熊野古道のお参りとなるのかも知れません。かつての蟻の熊野詣でということが再現する可能性があるかもしれないということで、近藤さんの厳しいご指摘を十分研究いたしまして、帰って社員にきちんと勉強するよう申します。

近藤) 昔はお遍路さんという、何かご利益があるというのも、観光の楽しみだったんでしょうね。そのほうにまた戻っていくんじゃないかという、井手会長のご指摘がありましたけれども、シルバー世代の旅づくりのお話をしてくださいました舩曳社長、いかがでしょう。



◆シルバー世代の集客は 心身のケアを考えた工夫から
舩曳) シルバー世代に、特色が三つあると申し上げました。財布が小さいこと、健康にだんだん不安が出てきていること、だんだん友達も少なくなってさびしくなってくること。旅をすることによって、それをどうすれば満足させてあげられるかについて私の考えを、申し上げてみたいと思います。
 まず、財布が小さいのですから、年に何回か旅行できるようにするには、値ごろ感が非常に大事です。では安くするにはどうしたらいいか。私が申すまでもなく、サンデー毎日、毎日サンデーですから、お年寄りには、大いに旅行に出かけてもらい、交通機関でも、あるいはホテルの部屋でも、ウィークデイに利用してもらおうじゃないか。あるいはオフシーズンにきて頂こうじゃないかと。これならば安く提供できる。
 つぎに、今の若い方々は一人一室、せいぜい多くても二人一室ですが、お年寄りの方に来て頂くときには、修学旅行の暗みたいに、大勢でひとつの部屋に布団ならべてもいいじゃないか。そうすれば一人あたりの値段も安くなる。それからまた食べるものも全備のフルコースじゃなくてもいいじゃないか。私の年代ですと立派な旅館に泊めて頂くと、料理は三分の一ないしは二を残してしまう。シルバー世代の旅行に対しては、低カロリーで、必要な量だけ、豪華でなくても何かおいしいものを少し食べて頂く。そういう工夫で安くできないだろうかと考えております。
 次に健康対策ですが、特にお年寄り、足腰の不自由になったおじいちゃん、おばあちゃんも旅行に連れていってあげたいと思い、私どもが考えましたのは車椅子です。例えば、交通機関を降りてからホテルまで、車椅子でそのまま入れる車で迎えにきてくれるような仕組み、あるいはホテルでも養護施設のように足腰の不自由なおじいちゃんが車椅子のままで温泉に入れるような施設も用意したらどうでしょうか。さらに、医療機関ともタイアップされていて、何か起こったときは、そのエリアでどういう医療施設が整っているかということも情報入手できるような仕組みを考えておく。そのことによって足腰の不自由なおじいちゃん、おばあちゃんも一緒に家族で旅行を楽しんでもらえるようにする。こういうツアーがあれば、二十一世紀において三分の一を占めるシルバー世代にはなかろうか、と考えております。
 今年、以上のような考えから、東北でこの夏休みに実験してみることにしました。つまり飛行場までは、ホテルから車椅子のまま入れるような辛が迎えに来ている。飛行機の中にもそのまま入っていける。ホテルに行けば、車椅子で入れるようなお風呂が用意されている。家族だけで入って頂いても結構です。おじいちゃんとおばあちゃんが一緒に入ってもらっても結構です。こんなことをやってみたいというリゾートがありましたので、わが社と組んで、この夏休みにやってみることにしたのです。
 まだまだ、赤字ではないかと思っているのですが、いろいろな試行錯誤の中で、みんなで努力していけば、シルバー層を中心とした観光需要を増やせるのではないかと思います。これまではおじいちゃん、おばあちゃんがいるから旅行に行けなたびたび来て頂くことができます。孤独ということについては、旅先で大変あたたかい人との触れ合いができたとなれば、これから毎年あそこへ行こうとか、あるいはおじいちゃん、おばあちゃんだけ行かせても安心だといって、何回も滞在型で行くようになるんじゃないでしょうか。
 それからもう一つ、地域との触れ合い、仲間づくりが重要です。そこへ行けば同じような趣味をもった人と友達になることができる、あるいはそういう人達と一緒に出かけることができる。そういう旅のグループづくり、サークルづくりというものを旅行業界、受け入れる側のホテル、あるいは私達交通機関がお手伝いしていくということを、これからのシルバー世代の旅づくりの中で考えていったらどうでしょうか。そうすることで、どんどん増えていく旅行需要、一番増えていく高齢化層、この人達を顧客として抱え込んでいけるのでかったが、来年は一緒に連れていける、こういう旅も欲しいと思うのです。

近藤) 今までは仲間がいるから、友達がいるから、旅行会社に申し込んで、ホテルに宿泊を頼んでいたわけですが、そういう仲間づくりまでも旅行会社、そしてホテルが行なってはいかがかという踏み込んだご提案でした。



◆旅行の動機づけに必要な 情報の充実と発信システムの整備
近藤) 今までは旅に興味がないとか、出かけたくないと思っていても、動機があれば、何か動こうというようになるんでしょうか。

荘司) 皆さんおっしゃいましたように、単なる物見遊山でなくて、少しはっきりした目的意識を持って地域の人々と触れ合いたいという希望が、今の旅行者のお気持ちにあるだろうと思っております。そういったいろいろな動機、意識をもって旅をされる方が、最近は大変増えてきているのではないでしょうか。先ほど「旅行への動機づけ」にっいて申し上げましたが、我が国が現在、逼塞状況にある中で非日常的な触れ合いを求めて旅行に出かけるというのは、こういう時代にこそ必要なのではないですかということを、我々業界としてはもう一度皆さん方にアピールしてみようと、こんな意味で申し上げたわけでございます。そういぅことから、「あなたのすてきな旅してみませんか。」と、それから若干、際物的ではありますけれども、今年一年は「二十一世紀最後の世界を見てみよう」と、こういうものをサブタイトルにして、皆さんにお出かけ頂いたらどうか、というようなことも考えております。
 先ほど、羽生局長から観光産業の二十一世紀における繁盛間違いなしとのお墨付きがございましたが、これが個々の施設や旅行業が即二十一世紀に繁栄間違いなしとなるかというと、そううまくはいかないのが大変悩ましいところなのです。この観光産業全体では繁盛間違いないものを、われわれ旅行業なり個々の観光施設が、どうやって自らの繁盛に結びつけていくかというところが、努力も必要なところですし、また智恵を出す必要のあるところでもあろうかと思っております。
 施設や交通機関の方々と協力して、旅行者の多様な要望に対応していける良い商品を作り上げるにはどのようにすればよいか。そして、これは旅行業の問題ですが、それをいかにうまく、どんなチャンネルで旅行者に紹介をし売っていけるかということが課題となっており、これまでのセールスとか、店頭だけではなかなかうまくいかないだろうと考えております。コンビニでの販売とか、インターネットでの販売とか、いろいろ新しい方法が出てきておりますので、こういったものをどうやって活用し、いかに消費者に便利に買って頂けるようにするかということを、我々もおおいに研究していかなくてはいけないだろうと思っております。
 先ほど人材ということを申し上げましたけれども、それに併せて、この旅行業としての情報システムの整備についても、皆さん方と智恵を出し合いながらやっていくことが必要ではないでしょうか。結論になりますが、旅行というものに皆さんが期待をし、活動もしておられる。産業としても発展間違いない中で、これをどうやって、我々なり、皆さん方の繁栄に結び付けて行くか、その辺についてご一緒にやっていきたいと、こう思っております。

近藤) 私は、取材でよくアジアの方にまいります。特に中国が多いんですが、一九九〇年代初めの頃、「あなたの夢は」と聞きますと、農村部の人たちは「上海とか、北京に行ってみたいわ」という答えが多かったのです。九〇年代中頃になりますと、「香港に行けたらもう、夢のよう」という答えが大変多くなりました。ところが今や中国は、海外旅行が解禁になる時代でございます。
 今後は国内旅行の振興ももちろんのことですが、アジアを始めとする海外からの観光客をいかに日本に呼び込むか、これが大競争時代の、大旅行時代を迎えた日本の戦略の一つじゃないかと思うのですが、羽生局長、何かいい智恵はありますでしょうか。



◆海外からの集客増進は 低価格、施設整備、多言語対応で
羽生) 確かにおっしゃる通りです。実は海外に出かける日本人は一七〇〇万人であるのに対し、日本に来る外国人というのは年間四〇〇万人くらいですから四分の一です。世界中で見ますと、フランスが一番多くて、フランスに来る外国人は六〇〇〇万を超している、日本は四〇〇万足らずで、チュニジアの次の三二位という、あまり芳しくない数字がございます。ですからこれを何とかして四〇〇万を倍増と言わないまでも七〇〇万くらいにしたいという目標を持っておりまして、いろんなことをやっているわけですが、なかなかこれがうまくいかないのです。
 その理由の一つには、バブルの頃の後遺症がありまして、外国人旅行者が日本というのは費用が高くつく国だと思っていらっしゃる。以前、JATAの松橋会長が、「コーヒーが一杯一〇〇〇円するホテルがあり、そんなところには誰もこない。コーヒー一杯一〇〇円で飲めるようなホテルができなければなかなか外国人は日本に来てくれない」と言われたのですが、的を射た指摘だと思います。ともかく日本は値段が高いところであり、一泊すれば二万円とられる。二万円といいますと、最も円高の時に一ドル八〇円ですから、一泊二五〇ドルだと、そういうイメージが定着し、なかなか外国人が来なくなっちゃった。ヨーロッパ、アメリカから日本に来ると、ヨーロッパからだと一〇時間以上、アメリカでも東海岸からだと一二時間かかり、ただでさえ遠い国であるのに価格面でもあんまりイメージがよ〈ないわけで、ビジネスのお客はあるのですが、観光客は少ない。
 では、観光客はどこの固から来るかといいますと、韓国が多かったのです。日本に来る四〇〇万人のお客の内の一〇〇万人くらいが韓国の方でした。ところが韓国が不況になってしまったのでこれが激減した。今はどこかと言いますと、半年ぐらい前から台湾の方が多いわけです。さらに最近は中国の方が増えております。ただ中国の関係はビザを発行する手続きが複雑で、やれ保証人がいるだの、なんだかんだやっているので、これを改めないといけない。なにせ一二億人もいる大市場ですから日本のその査証制度を改正したいと考えています。しかし、中国からは密航者もたくさん来る関係で法務省当局あるいは治安当局が、中国との査証の簡素化に難色を示している現状があります。もちろん圧倒的多数の中国人旅行者は立派なのですが、蛇頭なんて組織が悪いことするし、漁船で密航してくるなんてことがあるものですから、厳しい査証手続きが行なわれていて、この日本にとって一番近くて大きい観光市場の開発がちょっと阻害されている。これをなんとかしなくてはいけない。
 では、これを解決したらうまくいくか、外国人観光客がどんどん増えてフランスみたいになるかというと、ちょっと期待できない。七〇〇万人くらいまでは一〇年かかれば達成できるかもしれません。おそらくその中心は、中国、韓国、台湾、まあ、タイとかアセアンの方々、アメリカ人は若干増えるというところだと思います。
 欧米からの観光客がなぜ増えないかといいますと、一つには宣伝の問題と施設の問題があります。欧米のお客様を増やそうと思いますと、どうしても、彼らの生活スタイルに合わせた施設、例えばトイレ等を持たなくてはいけないのですが、これが津々浦々整備されるのには時間がかかると思います。それと言葉の問題がございます。英語表示、フランス語表示が町中にはあまりありません。ですから外国人のお客を本当に増やそうと思えばまずはそういったものの整備が必要かなと思います。国際標準の施設の整備レベルはかなり劣っているのではないかと思うのです。
 それからもう一つ、日本は極東の先進国というイメージが外国人に浸透しているということ。例えばタイにはエキゾチックで、南洋で、トロピカルというイメージがあるのに対して、日本の今のイメージは先進国で、お金が高くて、吉葉はどこへいっても日本語で、というマイナスイメージが強い。従って、まず、イメージを変えること。次に施設は急に整備できませんので、徐々に施設整備を進めること。三番目はやはり値段の問題、これらの問題が解決すればある程度まで行くと思います。外国人観光客数も七〇〇万〜八〇〇万人までいくと思いますが、それ以上となると、もう一段超えた施策が必要と思います。いずれにせよ、今の32位、四〇〇万人という数字は、明らかに変な数字で、これは直していかなきゃいけない。
 余談になりますが、一○数年前、地方の国際化というのが非常にブームになりまして、多くの知事さんが熱心になったのですが、内容は、韓国との間に定期便を開くこと、それが国際化でした。つまり国際化じゃなくて韓国化だったのです。当時知事さんが韓国へ行って、韓国の大韓航空とアシアナ航空に頭を下げて定期便を週三便くらい、ソウルとの間に開いてもらい、それをもって我が県、国際化なりといったのですが、これは今日えらい目にあっています。
 というのは、韓国が不況になったために、韓国の航空会社がどんどんこうした路線を廃止しているのです。いくら規制緩和といっても、日本の航空会社が路線をどんどん廃止したら、社会問題になるのですが、外国の会社はそんな義理はありませんから、だれも文句を言えない。結局、韓国の航空会社を誘致したはいいけど、いなくなってしまい、何も残らなかったわけで、そういう事態が起こらないようやはり注意しなければならないと
思います。
 定期便を外国との間に開けば国際化が成れりというようなことではなくて、もう少し地道な、いかに県民の方がチャーター便も使って海外へ行くか、あるいは外国人をどうやって地道に受け入れていくかといったことについて考えることが重要であると思います。そうすれば、かなりの集客数は行くと思いますが、それ以上となると、若干、私は今の段階ではペシミスティックです。ただしこの関西方面に限れば、まだかなり増える余地がある。外国人にネームバリューがあるというのは、やはり、京都・奈良ですが、これに加えて、和歌山県でやっておられる体験型の観光が国際的に広がってくれば、効果は大きいと思います。そういった意味では、ワールドカップがある時に、その人たちがサッカーだけ見るのではなく、ちゃんと日本のすみずみまで見るようにするというのは、
非常にいい方法だと思います。われわれもそういうところで努力したいと考えています。

近藤) 外国からの観光客を増やすというのはなかなか難しいようでありますけど、関西ならではの強みがあるという最終の部分で、非常に意を強くしました。最後に皆様方に一言ずつ頂戴したいと思います。



◆地元、行政、観光業者− 三者の一致協力が繁栄を招来する
脇中) 明後日からの第七回地域伝統芸能全国フェスティバルは、実は去年二階先生からお話があり、そのようなものがこの紀南でやって頂けるものかと思いながら、ぜひにとお願いしたのが始まりです。それがこうして実現し、さらに今日は、なかなかおそろい頂けることのないパネリストの方々から、これからの地域の観光のあり方についての示唆を頂きました。心からお礼を申し上げたいと思います。

近藤) 舩曳社長よろしくお願いいたします。

舩曳) 私がサラリーマンになったころは、東の熱海、西の白浜が二大観光地として我々のあこがれでした。今は、熱海のほうは回復困難な重症患者になってしまった。しかし、和歌山県の白浜は、行政ご当局も大変熱心ですし、まだまだこれから発展の可能性があります。私が先ほど申し上げました観光に必要なすべての条件を満たしておられますから、ぜひ、二十一世紀に向かって長期的な展望に立って、自信をもって我々業者と皆さんとが一体的になって力を注いでいけば、外国人にも来てもらえる、あるいは、日本のあらゆる層の人がリピーターとして繰り返して何回も来たいという観光地になれると思います。そういう魅力を備えておられるわけでありますから、皆さんと我々業者が協力して二十一世紀に向かい自信を持って努力していきたいと思っております。

近藤) 羽生局長よろしくお願いいたします。

羽生) 先ほど田辺の市長さんが言われたように「広域的な観光」はキーワードとして重要だと思います。ぜひその方向で進めて頂きたいと思います。二点目は、山番簡単でまた一番重要なことだと思いますが、短くて近場に行くという日本人の今までの観光のパターンを変えるためにも、ぜひ祝日三連休、これを普及させて頂きたい。特に家族ぐるみで旅行にいけるよう、地域の皆さんからもぜひ教育委員会に働きかけて、学校などのご協力を得て三連休の時は、学校のほうもあわせて休みにするなど、家族ぐるみで長期連泊型の旅行ができるような方向にぜひ持っていって頂きたいと思います。

近藤) 荘司社長よろしくお願いいたします。

荘司) 皆様方から出ておりますように、この和歌山は田辺・白浜を含めまして観光資源が十分ありますし、リゾート博やマリーナシティ、さらには今度の南紀熊野体験博といった様々な取組みを進めておられ、それ自体に大変敬意を表したいと思います。私どもの立場からひとつお願いするとすれば、地域の皆さん方と私ども旅行業界との相互理解と情報の緻密な交換を、今後、より一層やっていきたいと願っています。私どもは及ばずながらお客様との接点を有し、お客様に情報を受け渡しするある程度のノウハウも有しております。そのあたりを地域の皆さんと協力して行なうことによって相乗効果が出ることと思っております。
 新しい旅行商品の開発のきっかけ、あるいは観光素材に関する新しい情報は、ホテルや交通機関、お食事処、お土産店などの皆さん方から情報を頂くことによって初めてできてくるものであります。その連携協力体制も重要ですから、そういったことに対する県や地域の行政の皆様の支援も含め、引き続きよろしくお願いいたします。

近藤) 井手会長よろしくお願いいたします。



◆とりわけ有望な南紀の観光振興 県民は自信をもって努力を
井手) 博覧会と申しますと、従来は箱ものをつくって、入場券を売って、団体等に強制的に買わせたりしながら入場者をカウントするわけですが、今回の南紀熊野体験博はまったくそれと違う博覧会でございます。逆にいいますとこれを契機に新しい旅行のジャンル、あるいは博覧会のジャンルができるかもしれません。どの程度のお客様がお見えになるか予測できませんが、これが成功すれば大変な成果だと思います。ぜひ南紀熊野体験博が成功されることを祈念いたしておりますし、その成功を元にして、私たちがまた新しい旅行需要を喚起できるように、ぜひご協力してまいりたいと思っております。同時にこの博覧会が、熊野古道に客足を向けさせる最初のイベントであって、これ以降この熊野古道が復活するということになればさらに素晴らしいと思っております。

近藤) 皆様ありがとうございました。それでは最後に、まとめといたしまして、二階先生よろしくお願いいたします。

二階) 観光の国際化が言われていますが、和歌山県の私たちが自信を持っていいことを簡単に三つ申上げます。一つは、アフリカのコートジボワールの国会議員がやって来て那智の滝を見て感銘した。そして、白浜温泉、さらに道成寺の改築の様子を見まして、大変印象深く感じたそうです。つまり、名勝にことかかないということ。
 もう一つの例は、アメリカの西海岸のある市長の話です。私が和歌山に帰ってくる日に彼がやって来ましたので、ちょっと困ったのですが、結局和歌山までついて来られました。秋のことでした。日本の秋の、柿が実っているような、田園農村の風景を見て、「私は過去六回日本に来たが、いつも東京の大きなホテルに泊まっていたのでアメリカにいるのと変わらなかった。和歌山に来て初めて日本に来たという感じを持った」と、日本の秋、紀州路の秋を高く評価してくれました。そして、部屋にべッドが要るかと思って尋ねましたら、「畳がいい。浴衣がいい」と言って、日本の地方の生活を楽しんでおられました。つまり、自然豊かな田園風景は、それだけで十分に魅力的であること。
 三つ目は、カナダと日本との第二回目の観光交流会議の際に南部川村にカナダの観光担当大臣(通産大臣)一行がお越しになりました。どういうふうにもてなそうかと地元では悩んでいましたが、普通でいいということを私は申し上げ、村長さんや村の奥さんたちがエプロンがけで一所懸命接待して下さいました。そのことがとても印象的だったようで、今だにカナダの観光業界のトップの方々は、和歌山、白浜、南部川村のことを楽しかった思い出として語ってくれております。つまり、飾らぬ親切が人の心を打つということ。
 それから、一つ旅行業界の皆さんに感謝したいと思うのは、先日小渕総理のお供でアメリカに行った際に観光業界やその他運輸関係の皆さんと懇談しようと申し入れたところ、ほとんどの皆さんはニューヨークに本社があるわけですけれども、日曜日に到着したのにもかかわらずわざわざワシントンまでお出かけを頂いて、一二社の代表の皆さんと古賀自民党国対委員長(元運輸大臣)と私とで夜を徹して論議をいたしました。アメリカから日本に観光客を送り込もうと一所懸命頑張っておられる皆さんに、せめてもの御礼をということで、私は地元の紀州の梅を、古賀委員長は地元の有明のノリを持って行き、大変喜んで頂きました。こういうわけで、国際化は言葉の問題だと我々思いがちですけれども、言葉の壁を乗り越えて仲良くなっていく方法は一杯あるわけですから、自信を持っておやり頂きたいと思います。
 それから、フリーゲージトレインの問題ですが、この新幹線直通運転の電車が私たちの地域にやって来る。私たちの地域の列車が新幹線で東京へ到達できる。JR西日本の井手会長は責任ある立場ですから、慎重な言いまわしをされておりますが、皆さん聞いておられて、なるほど、ちゃんと軌道に乗っているんだということをお感じになられたと思います。この件では、今度の国会が終わりしだい、自由民主党の運輸関係の専門家、そして、自由党のその筋の専門家、併せて運輸省の方にもご同行願って、調査団をコロラドに派遣するということにいたしております。
 新幹線に今まで関係のなかった地域が日本に三つあるんです。一つは沖縄、一つは千葉県、両方とも新幹線は要らないと言っている。新幹線は欲しいけどほとんど永久に来ないというのは和歌山県だけなんです。この和歌山県に光を当てることができるかどうかというのが、このフリーゲージなんです。コロラドに行って実物を見てきて、これは素晴らしいということをみんなが県内で言って回れば、やがて、その声はJR西日本にも届き、これやっても儲かるかなあという判断になる。今日はこのことを皆さんにヒントとして申し上げますから、後はみんなで、どこの駅へでも行ってフリーゲージ走るようにして下さいといって、駅長さんにも言ってみるといいと思います。いずれにしましても、みなさんのこんなに熱心なご静聴に、ご熱意に心から御礼を申し上げて終わりの言葉にさせて頂きたいと思います。ありがとうございました。

近藤) ありがとうございました。皆様方からのお話を伺っておりまして、日本は各地域が文化的、歴史的遺産と、そして自然の財産を持っていることが分かりました。しかし、それをこのまま持っているだけでは財産とは言えない。二十一世紀には、この財産をいかに活かし、工夫をし、アイデアを出していくか、そして真心のエッセンスを加えなければならないこともよく分かりました。ただし、自然の条件、遺産を活かすためにも、システムづくり、インフラ整備が必要ということだと思います。そのためにも、今何ができるのかアイデアを絞って、そして、小さなことからでも一つずつ実行に移すことが必要なのかも知れません。二十一世紀の基幹産業に観光産業がなるために何が必要なのか、まだまだお話は尽きませんが、今日はこの辺りで終了させて頂きます。どうもありがとうございました。