自民党


にかい


LOTUS ROAD  草の根の観光交流


はじめに






記念講演
・「観光産業を語る」
・「アジアにおける観光産業の再生と未来のために」
・『中国と日本の草の根の交流について』
・「いま、観光を考える」
・『これからの観光産業』

寄附講座








寄稿








(本の抜粋内容とは異なり、過去から最新のバックナンバーです)




インタビュー








対談






 











寄附講座


・法政大学寄附講座「観光立国論」


衆議院議員


社団法人 全国旅行業協会会長


二 階 俊 博


二〇〇四年十月六日(水) 


於:法政大学 六二年館二五二号室






【今橋隆 法政大学教授】


 それでは、今日の観光立国論を始めたいと思います。


 既に先週お配りした予定からもわかっていただけると思いますけれども、今日は非常に豪華な講師陣をお迎えして寄附講座の「観光立国論」を日本観光戦略研究所のご支援によりまして行うことができました。


 小泉内閣になりましてから、観光政策というのが非常に重視をされるようになりました。当然のことながら、日本が二十一世紀、アジアの中で経済的な優位性を保っていくという上で、観光産業というのは非常に重要な産業ということです。これまで日本はどちらかというと、海外に出かけるアウトバウンドの観光というものが中心だったわけですけれども、これからは逆にアジアあるいはヨーロッパ、アメリカといった国々の方々に、日本を見てもらう、日本でさまざまな体験をしていただくということが大事になってきています。それがこの観光立国論の一つのねらいであります。そういったことですから、社会的に大変な広がりのある観光産業ということを考えるに当たって、この講座では各界のトップクラスの方々に来ていただいて講義をするという、大変豪華な講師陣ということになっています。


 まず、日本観光戦略研究所専務理事で、もちろん前国会議員西川太一郎先生に、全体のあいさつをしていただきます。それから衆議院議員としての重鎮でいらっしゃいます二階俊博先生は、同時に東北財経大学という中国の大学の客員教授であり、同大学の観光学院の名誉学院長をされておられますので、そういうふうなお立場でお話をしていただきます。さらに、日本の観光戦略というものを中心的に立案している官庁は国土交通省ですが、総合観光政策審議官の鷲頭誠先生にビジット・ジャパン・キャンペーンという、日本に対して海外から観光客を来てもらおうというキャンペーンの実施について、ご説明をいただこうと思います。大変多彩な講師陣の方々に、観光政策あるいは観光立国論についてお話を伺うということですので、学生の皆さんはこういうよい機会を活用して、しっかり学習をするようにしてください。


 それでは、西川先生、よろしくお願いいたします。




【西川太一郎 日本観光戦略研究所専務理事】




 皆さん、ご苦労さまでございます。


 ご紹介をいただきました日本観光戦略研究所の専務理事を務めております西川太一郎でございます。


 もう既に前の今橋教授の授業で私どもの講師の一覧を、学生の皆さんにはお配りされていると伺っておりますが、私どもは日本のこれからのスター産業として、我が国の観光というものをしっかりと育てていこうという考えから、全国の大学に講座を寄附させていただいて、私どもが寄り抜きの講師陣の方にお願いを申し上げ、日本では初めてのすばらしい観光立国講座を行っていきたいと考えております。その一番初めの講座を快くお引き受けくださいました、今橋教授はじめ法政大学ご当局に感謝をまず申し上げなければいけないと存じます。


 また、今日は鷲頭総合観光政策審議官にお出ましをいただいておりますが、国土交通省も全面的にバックアップをしてくださる。そして、二階俊博先生が会長をお務めでございます、全国に六〇〇〇社ございます中小の旅行業の皆様――ANTA(ALL NIPPON TRAVEL AGENTS ASSOCIATION)、さらに、後の授業で講師を務めていただきます船山先生―JTBの会長さん、大手の旅行業界のJATAの会長でもいらっしゃいます。さらには日本航空の兼子さんとか、ほんとうに我が国の観光事業のトップに立って、この授業を成長させようというふうにお考えの先生方に、この法政大学においでをいただいて、私たちも頑張っていきたいと思っています。そして、この後、この講座は東京大学や早稲田大学や慶応義塾大学にも一年、二年、三年おくれで移していきたいというふうに考えておりまして、法政大学が全国で初めてということになるわけでございます。


 きょう、トップバッターでお話をいただきます二階俊博先生につきましては、ただいま教授からご紹介がございました。東北財経大学と申します大学は、皆様も中国の大都市の一つとして東北地方にございます大連というところをご存じだと思います。大連の中にございます東北財経大学はあの広い中国で北京大学と肩を並べるランキングで、アメリカや中国では大学をランキングしておりまして、その全国二番目に値する大学であります。ちなみに一橋大学と姉妹関係にある大学でございます。二万五〇〇〇人の学生を擁する大学の中に、観光を専ら専門に勉強するカレッジがございます。そのカレッジまたはファシリティーといっていいと思うんですが、そうしたところの名誉学院長を日本人で初めて、おそらく中国にそういう立場でご就任になられた先生はいらっしゃらないと思いますが、私も中国へお供をいたしましたが、二階先生が盛大な就任式でこの名誉をお受けになりました。


 なぜそうなったのかということは、きょうのレジュメを皆様にお配りしてございまして、後ほど二階先生が日本と中華人民共和国との間の観光のネックの問題等についてお触れになると存じます。しかし、二階先生のご努力はこれのみならず、世界全体と我が国とが平和を維持するために一番のポイントが、観光を盛んにすることだという哲学に基づいて、努力をせられた結果であるということを、皆様に一点のみご紹介をしておきたいと存じます。さらに、二階先生は観光学科もしくは観光学部を日本の大学の中に設置をしていこうと、今その運動の先頭に立たれていることも、この機会にご紹介をさせていただきたいと思っております。


 これから一月にかけて一一回の講座が予定されております。それぞれ専門の立場から皆様に少しでもお役に立つ授業になりますように、私ども縁の下の力持ちをこれからやっていきたいと思います。目的といたしますところは、観光という我が国のスター産業のほんとうの意味での支え手である、すぐれた人材をこの法政大学から輩出したい、この思いでございますことを最後に申し上げまして、どうかこれから授業をお受けになりまして、ご感想等があり、またはご注文等がございましたら、ご遠慮なく今橋教授を経由して私どもにお伝えいただければ、改善の努力を惜しまないものでございます。


 以上、申し上げまして私どもの日本観光戦略研究所が、全国に先駆けて私学の雄であります法政大学で、こうした講座ができますことを皆さんとともに喜び合いながら、開会のごあいさつとさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)。








【二階俊博 全国旅行業協会会長】


 ご紹介いただきました衆議院議員の二階俊博でございます。


 私は和歌山県の出身でありますが、今日はこうして今橋先生とのご縁で、法政大学で観光問題について、皆さんとご一緒に勉強できますことを、大変うれしく思っております。


 先ほど西川専務理事からのお話で大学のランキングの話が出ておりましたが、私も「今、大変力を持っている日本の大学ベスト三〇」という雑誌の企画で、立命館、早稲田、慶応、その次が法政大学だということを拝見しました。このすばらしい大学で皆さんとご一緒に観光問題について勉強できますことを、嬉しく思っている次第であります。特に「経営改革力」という点におきましては、全国五〇の大学の中で、法政大学がナンバーワンだそうでございます。そういう歴史もあり、伝統もあり、多くの先輩を輩出されております著名な大学で、観光問題を積極的に取り上げていただくことは、私ども観光問題こそ我が国の二十一世紀の産業として、極めて重要だという認識を持っている者にとりましては、力強く思うものであります。


 観光という言葉については、もう皆さんも何回も色々な場所でお聞きになっておられると思いますが、中国の言葉であって、四書五経の一つである易経の一文で「国の光を観(み)る」という意味だそうです。相手の国、相手の地域の力量、県であるとか、国であるとか。どの程度の力量であるかということは、訪ねてみればわかるわけで、そこからまた、自らの国の進展について考え、研鑽に励む。こういうことが古くから行われ「観光」という言葉が生まれたようです。


 日本では観光というと、何か遊びのようなことが先に出ておりまして、今までは、観光というテーマで、このように大学で講義が行われるなどということは、夢のまた夢のようなことであったわけです。


 そういう意味で、今橋先生のご努力によりまして、こうした機会を与えていただき、皆さんが観光問題を勉強してみようという気概を持って、臨んでおられることに敬意を表したいと思うわけであります。


 観光問題はもう言うまでもなく、近ごろでは大変勢いを持ってまいりまして、二十一世紀の我が国のリーディング産業だということも言われております。具体的にそのような実績も上がってまいりました。同時にこの観光問題を考えていく上において、やはり私たちの周辺、地域、また、日本が持つ素晴らしい自然環境等が、私どもが観光問題を進めていく上においての大きな財産であるわけでありますが、もう一度再評価をする、そして、再認識をするということが大事ではないかと思っております。


 先ほどご紹介にもありましたとおり、私が今から一〇年ちょっと前、全国旅行業協会という協会の会長を仰せつかったときに、観光について全く素人の私がこういう問題に取り組む以上は、できるだけ多くの諸先輩のご意見を伺うことが、大事ではないかと考えまして「日本の観光を考える百人委員会」というものを設けて、一〇〇人程度の有力な皆さんにアドバイザーとして、ご意見を頂戴する、そして年に何回かその一〇〇人の会議を開かせていただく、プロ野球監督の王貞治さんにもご参加をいただいたり、あるいはまた、作家の神坂次郎先生や、女優の水谷八重子さん等、いろいろな面で活躍されている各方面の有力な皆さんに、参加いただき、いろいろ貴重なお話を伺いました。








 最初の時にメインゲストとして、私の郷里の作家の、神坂次郎先生においでいただきました。その神坂さんが、観光についての由来といいますか、古くからの歴史を語られ、四国の金毘羅さんにお参りするというのが観光の出発点であった。それから、最近、世界遺産に登録されて有名になってまいりました熊野古道、「蟻の熊野詣」と言われる昔からの古道を歩く。そして、四国のお遍路さん。これは最近どこかの政党の元の党首が、お遍路姿で歩いているといって有名ですが、それでなくともこのお遍路さんは、未だに地域の観光の中心になっているということを伺うわけであります。


 そこで、この観光問題について、いろいろな方の意見を聞いている中で、一番大事なことは何かというと、私は、この観光というのはどこから見ても「平和産業」である、このことが一番大事なキーワードだと思っております。そして、観光交流を進めていくことは、世界に平和をもたらすということにもつながるのではないかと考えております。


 人間関係の間でも、あまり好意の持てないような人とでも、一回話し合ってみたり、一回食事をともにしたりする中で「ああ、この人にもこんな良いところがあるんだな」と、お互い見直すこともあるわけでありますが、国と国との場合にも、そんな場合がたくさんあるわけです。


 それと同時に、観光は平和でなければ成り立たない産業であるということも、皆さんが認識をする必要があるわけであります。後ほど申し上げますが、SARSの問題や、あるいはイラク戦争だとか、あるいはイスラエルとパレスチナの戦争が、ずっと続いているような状況の中で、観光産業の振興を語ってみたところで、誰もそれにうなずく人はいない。平和と観光は切り離すことができない産業であります。


 ですから、各国は観光に予算をある程度計上しているわけですが、各国が費やす防衛予算、あるいはまた、戦争などで費やす予算を考えれば、もっともっと観光産業等に予算を費やすことのほうが、それぞれの国にとっても、世界の平和にとっても有益なことだということを、私は常々思っております。そういう面でも観光を進めていくことは大事なことであります。


 また、文化の交流が橋渡しとなって、国と国との間の理解につながっていきます。三日ほど前でありますが、私は浜松へ行って参りました。日本観光協会が中心になって進めておりますフラワー・ツーリズムという「お花を中心にして観光産業を振興させていこう」という狙いでありますが、その第二回目の全国大会が浜松市で開かれていました。ご承知の方もいらっしゃると思いますが、今月の十一日に閉会になるのですが、花博をやっております。ちょうど私どもが参りました日が、目標の入場者五〇〇万人を突破した日でありまして、関係者が大変喜んでおられました。








 浜松はスズキ自動車をはじめ、製造業も活発なところであります。しかし、そうした観光産業以外の関係の皆さんも「花いっぱい運動」あるいは「花を愛する運動」などの大切さを痛感されていました。そして、「お花でもって博覧会を開いたら五〇〇万人もの人が、この浜松にお出かけいただいた」と、改めて驚嘆し、大変喜んでおられました。またNHK等でも大変盛んにPRしていただいたということも喜んでおられました。いずれにしても大成功で終わったわけであります。


 その開催中に、少し規模の小さい花の博覧会が熱海温泉でも開かれましたが、それもわずか二カ月ぐらいの間に二八万人の人が、この熱海の花博に参加しておるわけであります。浜松でそういう催しが行われながら、また一方、熱海でもそうした博覧会が成功しているという事例であります。


 次に「大賀ハスの神秘」について述べてみたいと思います。これはどういうことかといいますと、これもたまたま今橋先生とも縁がなくはないのですが、今橋先生が前に関係をされておられました、東京農大の教授であられた大賀一郎博士という博士にまつわる大賀ハスのことについてでありますが、ご存じの方も多いと思います。








 実はこれは戦後でありますが、千葉県の検見川にある東京大学のグラウンドの地中から、丸木船とともに三粒のハスの種が発見されました。そのハスの種は周辺の丸木船等の炭素の検査によって、二〇〇〇年前のものだということが国際的にも認められたわけであります。その三粒のハスの中で、確か二粒が開花しました。つまり二〇〇〇年の眠りから覚めてハスの花が咲いたわけであります。この大賀一郎博士の愛弟子の一人が、実は私の高等学校の阪本祐二という先生でした。高等学校の生物の時間にはもう最初から最後まで、ハスの話ばかりされるものですから、私どもも大体そこの学校を出たものは、大賀ハスのことについては、もう随分詳しくなっていたものです。


 私は社会人となってからでありますが、この高等学校の恩師に「先生、結局あのハスは中国から来たんじゃないですか?」と聞いたところ「いや、丸木船ということもあるから、そういうことも言えるんだが、今のところはまだ確たる、いわゆる確証を得るには至っていない」ということでありました。私が「いずれにしてもハスは東洋の花であり、また仏教の花でもあるわけで、中国との関係も深いでしょうから、この大賀ハスを中国へ持っていかれたらどうか」ということを提案しましたところ、阪本先生は大変お喜びになられました。








 しかし、今と違って、中国へ行くといっても簡単に行けるような時代ではありませんでした。そこで「私もお供しますから、先生、中国へ行きましょう」と言ってご一緒に行く事になりました。先生は中国へ大賀ハスの蓮根を持って伺うことを大変楽しみにされておりましたが、ご病気のためにその寸前にお亡くなりになりました。しかし、私は先生の奥様とご一緒に関係者一六〇人ばかりをお誘いし、中国の杭州の植物園へ持っていきました。「ハスは見事に咲いた」という連絡だけはあったのですが、その後、紅衛兵運動でハスが消息を断ってしまいました。ハスのことですから幾ら紅衛兵が首をちょん切ったところで、下からまた生えてくるわけですから、絶滅ということはないでしょうが、一時は消えてなくなったということでありました。


 そこで、私は中国へ行くたびに、もう少しこのことを大事にしてくれる人はいないだろうかと、北京市長をはじめ、数え切れないほど色々な方々に相談を持ちかけてみました。そこで思ったことは、心のある人は得てして力を十分に持ち合わせていない、力のある人は心がないということです。心と力を持っている人を見つけなきゃいけないということで、大変至難のわざではありました。








 しかし、最近、海南島のボアオでアジアフォーラム副理事長をしておられる蒋暁松さんという有力なパートナーを見出すことができました。この海南島にはボアオ・アジア・フォーラムという常設の国際会議場が建設されておりますが、そこの場所に新しく池をつくって大賀ハスを移植する。移植は成功しまして、今、大きく茂っております。




 先ほど西川専務理事からお話がありましたようなことで、私が大連の大学に関係することになって以来、書物などを見ておりますと、大賀一郎博士は、そもそも戦前、満州鉄道の教習所の先生をしておられ、その際に大連の近くに普蘭店というところがありまして、そこで中国人から何粒かの化石のようになった古いハスの種をもらったのだそうです。そのハスの種を見て、必ず古代バスがこの世に存在するんだという確信を抱かれた。そして日本へ帰って、その後もずっと研究を重ねている間に、先ほど申し上げた東京大学のグランドで、ハスの種を発見するに至ったわけであります。








 それ以来、私があちこちでこの話をしておりますと、どんどんハスに関する色々な資料が、私のところへも届けられるようになりました。その普蘭店のハスの研究家からも「一三〇〇年前のハスの種だけれども、三粒あるから、これをあなたに差し上げる」と言って届けてくれました。しかし、私がそれをちょうだいしても、猫に小判みたいなところがありますから、これをまた東大の研究所へ持っていき「ここで咲かせていただいて、また愛好者の皆さんにお配りをしてあげていただきたい」ということを申し上げているわけです。








 その後、私はインドへ参りました。インドはお釈迦様の話を一つとってみましても、仏教発祥の地で有名な国でもありますから、ハスは大変有名な花です。前の与党のインド人民党(B・J・P)という党のシンボルマークはハスであります。




 それから、私がミャンマーに参りましたときも、日本とのハスのつながりが大変注目を浴びておりました。




 またミャンマーの次に訪れたベトナムは、皆さんもお乗りになったことがあるかもしれませんが、ベトナム航空のシンボルマークはハスであります。そして、ベトナムはハスの本拠地だということで、みんなが誇りにして大切にしております。




 そのようなご縁のある国々から、「二〇〇〇年の歴史を持つ神秘のハスの苗を、我々のところにもいただけないか」という依頼がありまして、私は、そのかつての恩師の奥様や、あるいはまた、東大の研究所の先生方とも相談をしまして、大賀ハスの苗や種を関係者にお配りをしてまいりました。




 この頃は、そういう方々同士の文通や写真の交換等がはじまりまして、「シルクロード」ならぬ「ロータスロード」をつくったらどうだというような提案が、あちこちから起こってまいりました。やがてこれらが実を結んでロータスロードが、お互いに平和の花を咲かせながら発展していくであろう、そして、観光交流、さらには文化交流にもつながっていくのではないかと期待をし、喜んでおります。








次に、観光という問題はやはり家族との語らいや、家族の絆、または友人同士が心を通わすチャンスでもあります。お互いに素晴らしい観光地へ出かけたときなんかは、誰かともう一度来たい、誰かに教えてあげたいということを、それぞれみんなが思うわけでありまして、観光は我々にそのチャンスを与えてくれるわけであります。




 そして、観光によって生きがいを感ずる。ですから、このごろはよく「年をとったら何を希望されますか」というようなアンケートに、旅行というのがいつでも上位のほうに出てまいります。




 私は選挙区の関係で紀伊半島のほうへ帰ることが多いわけでありますが、列車等で帰りますと、観光客の人たちが乗っているのは、一目でわかるわけでありますが、こうした皆さんがこのごろ、だんだん増えてまいりました。私たちの紀州も高野山、それから熊野古道が今度ご承知のように世界遺産に登録されたことによって、観光客がどっと増えているわけであります。観光という問題と、文化と歴史とが大きなつながりを持っているということの証の一つであろうと思っております。




 旅行産業の消費額等を数字で簡単に申し上げますと、直接の経済効果は今日二一兆円を超えるようになってまいりました。経済の波及効果を考えますと五〇兆円になろうとしている、このような状況が続いているわけであります。




 また、祝日三連休化という動きがあります。今までは、お休みの日がウィークデーの真ん中にポツンとある場合があったわけであります。例えば成人の日、あるいは海の日、敬老の日、体育の日、これはみんな週の真ん中にある場合があった。これを月曜日に寄せますと土曜日と日曜日と連なって三連休になるということで、私どもが運動を展開しまして、議員立法でこの法律を成立させました。








 この四つの三連休化には合わせて約一兆五〇〇〇億円の経済効果があるとの調査結果があります。政府が一文の予算も投ずることなく、これだけの効果を得ることができるようになった。祝日法という法律を一行変えただけで、このような成果がもたらされたわけであります。


 三連休ありますと、毎日ゴルフへ行くというわけにもまいりませんから、ご主人もそれぞれの家庭で子どもとキャッチボールをしたり、自転車に乗ったり、近所の川原へ遊びに行ったり、色々なことができるわけであります。日ごろ家族同士で意見を交わす機会のないような家庭であっても、三連休というものが家庭の平和のためにも、立派な役割を果たしていると思うのであります。その上、観光の経済的効果に一兆五〇〇〇億もの効果を上げておるということを、ぜひ、ご認識いただきたいと思うのであります。


 そして、今、一番問題になっている雇用の問題でありますが、ちょうど経済波及効果が国内の生産額の約五・四%を占めているのと同じように、現在、雇用の問題におきましても総雇用の六%、約四〇〇万人が観光によって雇用されている状況であります。


 私がちょうど運輸大臣のときでありましたが、日産自動車のリストラ問題で当時の牧野労働大臣が閣議で悲憤慷慨をされておられました。二万人の人が直ちにリストラになる、このことに対して政府は何も手を打つことができない、こういうことでありました。労働大臣はちょうど私の隣に座っておられたので、「その二万人を全部引き取るわけにはいかないが、観光産業でその一部を引き受けることを考えてみましょう」と申し上げ、私は観光産業で、どれだけ吸収できるかということをやってみました。直ちに二万人の日産の人を、そのまま雇うというわけにはまいりませんが、ホテルであるとか、あるいは、ドライブインであるとか、そういう色んな関係先で多くの人を採用してもらったという実績があります。


 観光関連産業、つまり四〇〇万人もの人々がホテルや鉄道会社や旅行会社のみならず、すそ野の広い関連産業に勤めているわけであります。そういう状況の中で、観光産業の層の広さは、観光に出かける場合の帽子、靴の買いかえに及ぶ場合があるわけです。虫さされの薬も必要だと言う。これはある県の知事が言っていたことですが「うちの県では家庭医薬が大変盛んなのですが、そんな薬も観光によって売れるのですよ」と喜んでおりました。


 話は途中になりましたが、私が言わんとするところは、これからの観光産業の振興のためには、先程来申し上げましたように、まず大事なことは国の安全保障という問題、これはもういずれの時代であっても大事なことであります。


 例えばSARSが発生した場合には、わずか二カ月で日本の観光産業はマイナス二六%の打撃を受けたわけでありますが、中国では、まさに閑古鳥が鳴くというふうな状況でした。私は当時、胡錦濤主席と話し合うことがありましたので、SARSのさなかといえども、当時の与党三党の幹事長で北京を訪れたことがあります。日本から乗っていく飛行機、全日空でしたが、私たちの一行は八名で、定員二五〇人ぐらいの飛行機に、わずか二八名しか乗っていない。二八名ということは私たちの八名を除くと二〇人しか乗っていないんです。私は思わず航空会社の方に「何人乗らなきゃ飛行機の油代が出ないんですか」と聞くと「五〇人乗ってもらわないと油代も出ない」ということでありました。ほどなくSARSの問題は一応の解決を見まして、今、新たに中国との間にも回復の兆しが見えておりますが、そんなことがありました。


 そして、イラクの戦争によって、あるいは、イラクのみならず各地で起こっています噴煙のもとには、観光客は誰も行かない。


 私が非常に印象的だったのは、イスラエルやパレスチナへ行って、シャロン首相とかアラファト議長にお会いをした時のことです。その時も与党三党の幹事長と一緒だったのですが、エルサレムの嘆きの壁で、自民党の山崎さんと、公明党の冬柴さんのご両人から「二階さん、あなたは観光の専門家だけれども、これは観光としてはどういう価値がありますか」と言われました。私は「これは観光としては素晴らしいと思う。やっぱり宗教の問題もあり、また、国柄の違い、日本とは全く異なるわけですから、そういう異教徒、異国へのあこがれのようなものは、みんなが持っているわけですから、行ってみたいという気持ちはあるでしょう。でも、とてもこんな危ないところへは来れない」と申し上げた。


 その時は五ミリぐらいの厚さの防弾ガラスの車での移動だったのですが、それも大使館に一台しかありません。同行の記者の人たちには我々が動くときには、大使館かホテルで控えていてもらったというような状態でしたから、とても観光客があちこちするようなことは不可能な状況でありました。


 私は、今、自民党の観光対策特別委員会という職をお預かりしています。そこで、訪日観光客を増やしていくためには、ビザの問題をはじめとして色々なバリアがあり、これを除去することを考えていかなければいけないということで、党に専門の小委員会をつくりました。それと、私は、古くからこのことを希望しているわけですが、修学旅行をもっともっと国際的なものにしていく必要があるのではないかと考えています。


 今は、中学校の先生でも、高等学校の先生でも、もし海外旅行中に怪我人が出たり、事故が起こったらどうするかということが心配で、後ずさりをするわけであります。勇気を持ってこういうことに挑戦していただくためには、国を挙げて対応していく必要があると考え、今、国際修学旅行の問題等についても自民党に小委員会をつくり、対応を検討しております。


 その結果、以前は教育委員会等で「海外旅行に行っちゃいかん」と言っていた県が三つありましたが、ようやく今、それらの県も考えを改めていただいているようであります。


 我々が皆さんの年ごろのような若い時に、友達と連れ立って修学旅行で海外に行くことが出来ただろうかとよく考えます。この前、小泉総理にも「総理の地元の湘南のほうは進んでいるようだけど、修学旅行で海外へ行くようなことはあっただろうか。また、思ったことはありましたか」と尋ねてみましたら、「とてもとても、そんなこと自分たちの子どもの時代、学生の時代には考えも及ばなかった」と言われました。しかし、今なら行けるじゃありませんか。


 そして、皆さん、育英資金というのがありましたね。この方法で育英修学旅行というのはどうでしょうか。修学旅行にはまず行っていただく。お金は卒業してから払う。それだっていいじゃありませんか。その対応を今、党で勉強しているところであります。必ずこれは実行に移したいと思っております。


 というのも、若い頃に海外を知っているかどうかということが、将来の本人の進路、あるいは本人の物の考え方、その人が国の重要な将来を決定するような立場に立ったときに、小さいときに、そういう経験を持っている人と、持ってない人とでは、考え方の幅が全然違うわけであります。


 また、私はある代議士とピラミッドやスエズ運河へ行ったことがあります。そのときに「おい、中学校や高等学校のときに、お互いにピラミッドの話もスエズ運河の話も習ったよな。だけど、その時に、ここに来られると思ったか」と聞きましたら「いや、思わなかった」と答えました。私はその時、学校の先生が「このクラスの半分以上の皆さんは、ピラミッドへ行こうと思ったら行けるようになる」ということを、しっかり教えてくれたかということが、大事なことだと思いました。しかし今では、修学旅行で海外に旅行することが出来るようになってきました。そして中国などでは、既にこの制度が出来ております。


 私がもう一つ付け加えておきたいことがあります。皆さん、この前のワールドカップサッカーのときに、大分県の中津江村という村へ、アフリカのカメルーンのサッカーチームがやってきましたね。あの時は、村を挙げて大騒ぎになりました。私は修学旅行等で海外から色々な国の人たちが、それぞれの村へ、それぞれの町へ来てもらうことによって、日本国中が「中津江村」になったらいいじゃないか、そうすれば国際化という問題が、村民みんなの心の中に芽生えてくるのではないかと思っております。








 中国の団体観光ビザの問題等につきましては色々な曲折がありました。後程お話しいただく鷲頭さんたち国土交通省の皆さん方や、外務省、警察庁、法務省等の方々に大変ご努力をいただいたおかげもあり、今まで対象地域になっていた北京、上海、広東省に加え、今度の九月十五日から江蘇州と浙江省、山東省と遼寧省、さらに天津市を加えて、これで三億七〇〇〇万人の中国の人たちが、日本に団体で来ようと思えば来られるようになりました。


 私は、これでその後、特段の問題がなければ、やがて中国全土にビザ解禁を広げていきたいと思っております。そういうことをやって初めて、あの「ビジット・ジャパン・キャンペーン! 訪日外国人一〇〇〇万人」ということが実現するのであって、入口のところでブロックしておいて、「ビジット・ジャパン!ビジット・ジャパン!」と幾ら言ってみたって始まらない。あなた方のやっていることを漫画に描いてみたら、ほんとうに何とも言えない漫画になっちゃうんだということを政府の方々によく言うんですが、最近ようやく、そのことに対しても理解するようになってまいりました。


 我々は犯罪人を輸入するつもりは全くありません。しかし、観光客で来る人も、犯罪を犯す人も、一緒に考えて物事を判断するというのは、大きな間違いであると思っております。


 観光は「ビジット・ジャパン」ということを大声で叫び、あるいは、テレビやコマーシャルをいっぱい打つことで、たくさん観光客が来てくれるかというとそんなことはありません。私は観光とは双方向性であって「のこぎり」のようにやらなきゃだめだということを常に言っております。


 この頃なかなか使わなくなりましたが、この「のこぎり」というのは押したり引いたり、引いたり押したりしなきゃ切れない。押すばかりでも駄目、引くばかりでも駄目です。同じように観光も行ったり来たり、行ったり来たりすることが大事なのです。日本から海外へ観光客が多い時で一六〇〇万人ぐらい出て行き、海外からは五四〇万人ぐらい来ます。これではいかにも少ない。日本が考え直さなきゃいけない点がたくさんあります。今、市町村に至るまでご協力を願って、姉妹都市等も活用しながら国際交流を深めていこうということであります。


 今後は海外の方々に日本の自然やお寺などを見ていただくだけではなくて、日本の持つ産業、あるいは技術立国としての今日までの堂々たる実績を見てもらうためのいわゆる「産業観光」という面にも大いに力を入れようと考えております。この講義の中でも、その道の専門家のJR東海の須田寛さんにお見えいただくようですから、このお話はお譲りしまして飛ばします。


 この頃はよく世間で、公共事業について色々言われますが、観光振興のためにもインフラの整備が大事であります。空港、鉄道、港湾、道路ということをちょっとピックアップしてみますと、例えば空港ですと、成田空港や羽田空港や関西空港のような日本を代表するような空港が、しっかりした受け入れ態勢が出来ていなければ、ビジット・ジャパンも何もないわけでありまして、まずは空港の整備が必要です。


 同時に、今、静岡空港の建設が進んでおります。静岡というのは富士山がありますから、世界中から大変注目をされている。こういう空港も大事でありますし、小笠原という離島にも空港の計画があります。もし空港ができれば、観光地としても随分大きな役割を果たしてくれるだろうと思っております。


 また、鉄道の問題におきましても、ミニ新幹線だとか、あるいはフリーゲージ・トレインなど、在来線から新幹線へ直通運転するという技術が開発されています。ここ二年ぐらいの間には運行できる目途が立つように思います。


 そして、港湾ですが、私は海を活用した観光という面は大変大事だと思っております。テクノスーパーライナーという船、皆さんは聞きなれない言葉かもしれませんが、時速九三キロで荒れた海でも走れる船が開発されました。今はまだ建造中ですが、来年から東京と小笠原との間を、この船が走ることになっております。これからは世界の観光産業の中に、日本の持つ技術、時速九三キロの船が活用される日も必ずやくると思っております。


 高速道路の問題も随分無駄な公共事業などという冠をかぶせられ、色々と問題になりましたが、観光を語る場合には、この高速道路の必要性ということは、絶対に大事なことであります。


 先ほど、私が申し上げました高野山だとか熊野古道へ行く場合に、インターチェンジはどこで下りればいいですかと、尋ねられることがしばしばあります。この間も著名な方からそういう電話を頂きました。私は「いつごろ行かれるんですか」って聞いたんです。そして「一〇年のうちに行くとか二〇年のうちに行くというのなら、それまでに造っておきましょう」と答えておいたのですが、今は残念ながら、その傍までインターチェンジが延びておりません。高速道路が延びてないものをインターチェンジが延びないのは当たり前のことですが、世界遺産にさえ車が近づけないという問題もあるわけであります。これはもっと広い視野で観光産業がもたらす影響というものを、国民的レベルで十分理解していただき、そうした問題の解決に、必要なものは造っていくことが大事だと思っております。


 また、景観を大切にしようということで、十六年度、初めて景観形成事業推進費として二〇〇億円の予算を計上することになりました。これはこれでだんだんと成果を上げていくと思います。


 そして、私どもが年来考えておりますのが、観光専門の大学ができてもいいのではないか、四〇〇万もの人が従事するという産業でありますから、その程度のことがあってもいいのではないかということであります。


 これを当時の文部省に理解させるということは容易なことではありませんでした。ようやくこの頃は、その必要性を認めるに至りましたが、残念ながら、全国一二一七校の大学・短大の中で、観光学部・学科があるのはわずかに一九校であります。専門学校にしましても二一校しかない。来年度の予算で、国立では琉球大学と山口大学に観光学科を設置することになっております。次の一八年度には和歌山大学が観光学部を作ろうという希望を持っております。


 こういうことは直ちに観光客を増やすという問題にはなりませんが、先ほど西川先生からもお話がありましたように、観光を進めていくにしても結局は「人」です。人が大事であります。そういう意味で、この法政大学におきまして、観光問題等について、このように熱心に取り組んでいただいていることに対して、私は大変感銘を深くいたしております。これからの観光問題について、ご一緒に勉強していきたい。また、法政大学の今橋先生を通じて、観光問題について、学生の皆さんのご協力も得たい。いろいろな調査等にも協力をしていただきたいし、また、実体験という意味においても、皆さんが参加してくれるということが、社会といいますか、一般を動かす上でも、大変重要な役割を持っているわけであります。


 時々、世間では短絡的なことで、観光省を創ればいいだとか、観光大臣を創ればいいというようなことを言う向きもありますが、そんなものをわざわざ創らなくても、もう既にあるのも同じであります。この次に登壇される鷲頭さんは、今で言う日本の観光大臣のようなものであります。観光省を創れといっても、今、省や役所を減らそうという時代ですから、新たに一つ創るというのは試合中にルールとは全然別の方向へ走るようなもので簡単にはいかない。








 私は今、「観光庁」というものにしてはどうかと思っております。経済産業省の中に中小企業庁がある。ああいうふうなものに仕上げていきたいのです。国際会議等で外国と色々やり合う場合でも、中国では部長といえば大臣ですが、日本では部長は部長ですから、観光部長で、まだうちには局長もいるんですというのでは、なかなか交渉も切れがよくない。そういう意味で、今度、後程ご登壇の鷲頭さんに観光担当の総合観光政策審議官になって頂きました。この鷲頭さんは既に局長を経験された大物でありまして、こういう方を据えておいて、行く行くは、観光庁を早いうちに立ち上げたいと思っております。


 最近は国土交通省だけではなく、他の省も「観光、観光」と、みんな言い出してくれております。大変結構なことですから、私は相談に来てくれるたびに「大いにやってください」と言っております。農林省は「グリーン・ツーリズム」、環境省は「エコ・ツーリズム」というのをやっております。


 私どもの「新しい波」という政策グループの鶴保さんという参議院議員が、今朝ほど、自民党の水産部会長になりましたと言われるから、私は直ちに「フィッシング・ツーリズム」ということをやって下さいと言いましたら「それは大事ですね」と言っておりました。私は日本の漁業の振興のためにも絶対大事な事だと思っております。そういうことにも、法政大学の皆さんのご理解やご協力が得られれば、大変ありがたいと思っております。


 最後に、私は観光について色々なことをやろうと発表し、皆さんのご協力をいただきながら、法律をつくったり、予算をつくったりしてまいりましたが、最後にまだ一つ残っているのが「観光図書館」の創設で、それはまだ非力で出来ておりません。


 北海道のあるホテルに行きましたら、ホテルの陳列に北海道の観光に関する北海道の文化、北海道の歴史に関する書物がずらっと並んでいました。私が学生だったら三日ほどここへ泊まって、北海道の勉強をさせてもらうのにということを思い、北海道へ行くたびに、そのホテルでちょっと陳列をのぞいてみるのですが、これを大きくした「観光図書館」というものをオールニッポンで立ち上げたらいいと、今も控え部屋で鷲頭さんに陳情申し上げておきました。


 「日本へ観光客大勢いらっしゃい」と言う前に、観光図書館などで日本の観光、歴史の素晴らしさを外国の人に説明するための基礎をつくっていかなきゃいけない。同時に観光の映像ライブラリーをつくってもらいたい。これは観光図書館で一緒にやったらいい。例えば流氷を北海道へ見に行くにしても、流氷ってこんなものだということを知って、北海道へ行くと余計に勉強にもなりますし、観光にも深みが増してくるのです。


 皆さん、観光という問題は考えれば考えるほど幅の広い産業であります。法政大学のような立派な大学から、「自分も卒業して観光の分野でひとつ働いてやろう」というような人材が、一人でも多く出ていただくことが、私どもの願いであります。どうぞ皆さんのこれからのご活躍を心からお祈りして、私の話を終わらせていただきます。


 ありがとうございました。(拍手)











寄稿


・『観光庁』設置を急ぐべし


衆議院議員


二 階 俊 博


三万人のための情報誌「選択」2004年12月号


 「観光」は中国の「易経」にある「国の光を観る」に由来する言葉であり、その国、その地方の歴史、伝統、文化を観察し、尊重することから始まる。国内需要二〇兆円、経済波及効果五〇兆円と観光業界の裾野は広く、その振興は地域経済の活性化を柱とする日本経済再生の可能性を大きく秘めて発展を続けている。そして何よりも国際観光は各国の相互理解と信頼を深め、世界平和と日本の安全保障に貢献できる重要な役割を担う産業である。このような観点から私は観光振興をライフワークとして取り組んできた。


 一九九二年、奥田敬和運輸大臣の熱心なご推挙により、社団法人全国旅行業協会の会長に就任させていただいた。そして直ちに各界の有識者による「観光を考える百人委員会」をつくり、会議を重ねて「観光立国のための新観光基本法の制定」、「国際観光のインバウンドとアウトバウンドの不均衡の改善」、「観光資源の再発見と個性的な観光地づくり」など二十一世紀の観光に対する十二の提言を行った。


 二〇〇〇年には運輸大臣就任と同時に官邸での記者会見で観光立国と外国人観光客の倍増八百万人構想を発表。広域観光に取り組むため、全国に「二十一世紀の観光を考える百人委員会」を設立した。同年十二月には関係者の協力もあり観光版経団連ともいえる「日本ツーリズム産業連合会」(TIJ、船山龍二会長)を設立、業界一体で観光振興に取り組む体制を整えた。


 国際的には二〇〇〇年に五〇〇〇人、二〇〇二年に一万人規模の観光交流使節団を中国に派遣し、日中交流を深めた。特に何光イ国家旅游局長(=観光大臣)は中国から日本への観光客増加のため、六代にわたる運輸大臣に観光ビザを認めるよう熱心に働きかけておられ、私が大臣のときにようやく団体観光ビザが発給されることになった。自公保連立政権では山ア拓(自民)、冬柴鐵三(公明)と私(保守)の三党幹事長と何国家旅游局長が協力し、その対象地域は今年九月十五日までに四市五省に拡大、対象人口三・七億人と大きな市場に成長した。しかし、このような地域制限があるのは国際的に日本だけである。今後は中国全土を対象とする方向で努力したい。


 また韓国とは運輸大臣当時に朴智元文化観光部長官らと会談を重ね、「平和産業である観光の発展のため、両国が未来志向で取り組む」と約束するなど国際観光の振興に努めてきた。


 現在は自民党観光特別委員会委員長として中国の団体観光ビザ発給対象地域拡大や国際修学旅行の推進に取り組んでいる。所属する政策グループ「新しい波」ではシンクタンク「日本観光戦略研究所」を設立、各界の第一人者を招いた百人規模の定期的な勉強会などを重ねている。






 二〇〇二年二月、小泉総理が歴代総理として初めて施政方針演説において観光立国宣言を行ったのは実に画期的なことであった。その後はビジット・ジャパン・キャンペーンの展開、国土交通大臣の観光立国担当大臣としての任命、国土交通省局長級の総合観光政策審議官の新設など、観光立国に向けた歩みが積極的に展開されるに至った。


 諸外国との比較や、さらなる観光立国への道を考えた場合、推進体制の増強は必要不可欠であり、「観光省の新設」を要望する声は強い。しかし行政機能の肥大化が指摘され、効率化、スリム化が求められている今日、新たな省の設置には慎重であるべきことも事実である。独立した行政機関として総合的な観光行政を行う次善の策として、私はまず国土交通省の外局として「観光庁」を設置し、いずれ関係省庁の関連部局を取り込む形で「観光省」を設置するのが望ましいと考える。


 東西冷戦の終結、航空網の発達とIT技術の進展は国際的な人、モノ、情報の流れを加速させ、現代はまさに大交流時代に突入している。観光は大交流時代における重要な産業として認識され、世界観光機関(WTO)でも二〇〇〇年に一億五九〇〇万人であった外国旅行者数が二〇一〇年まで毎年四・二%の規模で拡大し、二〇二〇年には一六億人に達すると見込まれるなど、市場拡大が予測されている。


 また観光は地域活性化の柱として注目され、公共事業や農業に頼ってきた地域経済を再生し、社会活力を取り戻す産業として期待されている。経済社会的な面に限らずとも、観光推進は国民生活の安定向上、国際親善の増進、地域文化の深化に寄与する、国民にとってなくてはならないものといえる。






 政府の施策としては、外国人観光旅客の来訪促進、観光旅行の安全確保、観光資源保護、育成及び開発、観光に関する施設の整備が挙げられる。これらを観光立国担当大臣の下に推進し、二〇〇一年の省庁再編以降、国土交通省が観光政策の総合調整機能を担っている。


 国土交通省では局長級の総合観光政策審議官のほか、観光企画課、国際観光推進課、観光地域振興課、旅行振興課、参事官(観光担当)、事業総括調整官室が観光行政を担当し、さらに官房長官主宰の「観光立国推進戦略会議」(牛尾治朗座長)で観光立国の戦略を議論し、内閣総理大臣をトップとした「観光立国関係閣僚会議」で省庁横断的な施策の集約を図っている。


 政府の担当部局は運輸省観光局、運輸省国際運輸・観光局、運輸省運輸政策局観光部、国土交通省総合政策局観光部と変遷し現在に至る。今後は部門の機能強化、関係する行政分野への積極的な関与など、観光立国に向けて推進体制を増強する必要がある。


 組織・予算の増強とともに手薄な分野にテコ入れすべきであり、具体的には中央・地方機関の人員増強、観光関連税(免税店振興税、ホテル税、カジノ税など)を財源とした特別会計の創設や、それを含めた予算の増強、観光関連産業(宿泊施設、旅行業者、土産物店、飲食店、娯楽施設など)の振興、国際案件(WTO、APEC観光作業部会、OECD観光委員会、国際協力)への対応強化、地方自治体やNPOとの連携強化などが考えられる。


 同時に国土交通省観光部門の分野を超えた総合的な行政を推進する必要もある。移動利便性の向上(道路、鉄道、航空、海運、入国管理、査証)、人材育成(初等中等教育、高等教育、社会人の再教育、地域の人材育成)、日本文化振興(文化財、世界遺産、無形文化財、コンテンツ産業)、観光資源の保護(農村景観、都市景観、海岸、名所・旧跡、自然)、国民の休暇対策(年次有給休暇や学校休業日の分散化)、さまざまな形態の観光(エコツーリズム、グリーンツーリズム)、観光ブランド保護、土産物振興などの施策を一体的に行うべきだ。


 観光行政の体制強化は日本の観光立国に向けた積極的な取り組み姿勢を海外に示すとともに、国内に対しても政府の意気込みを示す上で非常に有効であり、『観光庁長官』や『観光大臣』はそのシンボル的な存在となる。世界的にもフランス、イタリア、オーストラリア、韓国など観光省(観光大臣)の設置国は多く、日本にも相応の対応が必要だ。


 最終的には『観光省』設置が望ましいが、現実的には既存組織を増強させる形での観光庁、内閣総理大臣を本部長とする観光立国推進戦略本部の設置から観光省を目指すべきである。とりわけ現在の機能を強化し、次官級の長官を設ける『観光庁』の設置については迅速に取り組まねばならない課題と認識している。関係者が実現に向けて協力していけるよう努力を重ねていきたい。





・蓮は平和の象徴なり


衆議院議員


二 階 俊 博


「文藝春秋」二〇〇五年二月特別号


 蓮は古くから特別な花として愛されてきた。もっとも古い例では、インドで五千年も前のものと思われる蓮の女神像が出土している。蓮はその後、仏教と深く結びついたことでアジアの諸文明に共通の影響を与えてきた。どこの国でも仏さまは蓮の台に座っておられる。


 日本でもすでに平安時代から蓮についての記述があり、いまでも皇居の道灌堀には蓮が植えられている。昭和天皇はそれをご覧になって、「夏たけて堀のはちすの花みつつほとけの教え憶う朝かな」とお詠みになった。


 仏の力ではあるまいが、この花はわれわれの想像を超えた生命力を持っている。古代の遺跡から発掘された化石のような蓮の実が、いま植えても発芽し、開花するというのだからまったく驚く。この、太古の姿をそのまま現在に見せている蓮を古代蓮という。


 世界でもっとも古い古代蓮は、昭和二十六年、大賀一郎博士によって千葉県で発見されている。現在、東大の検見川グラウンドがある場所から縄文時代の丸木舟が発見されたとき、一緒に蓮の実も見つかった。ラジオカーボンテストによると丸木舟は三千年前のもの、蓮の実も二千年以上昔のものという。


 大賀博士は戦前の一時期、満鉄の教育研究所で教鞭をとっていたが、そのとき大連・普蘭店の遺跡で発見された一千年前の化石のようになっていた蓮の実を三粒手に入れ、見事開花に成功した。これが、大賀博士が蓮の研究に邁進するきっかけとなる。


 そして検見川で発見された蓮の実も、苦難の末、一年後に開花に成功し、二千年の眠りから覚めた蓮は澄んだ紅色の美しい花を咲かせた。このニュースは『ライフ』誌に大きく載り、古代蓮は「大賀蓮」と命名された。


 一高で内村鑑三の薫陶を受けたクリスチャンである大賀博士は、「蓮は平和の象徴なり」を信条とし、とくに蓮研究のきっかけを与えてくれた中国との友好には心を砕いていた。大賀蓮が平和の使者として中国の大地に花開く日を心待ちにしていたのだ。しかし、思い半ばにして昭和四十年に亡くなった。


 大賀博士の遺志を継がれたのが愛弟子の阪本祐二先生で、和歌山県の高校で生物を教えるかたわら研究を重ねた。


 わたしは阪本先生に生物を教わった一人である。その縁で大賀博士、阪本先生と受け継がれた蓮による善隣友好の手助けをしたいと、県会議員時代からさまざまな取り組みをしてきた。


 しかし、阪本先生の生前、中国に大賀蓮を咲かせることはできず、やっと阪本先生の奥様とともに杭州西湖に大賀蓮を植えることができたのは一九八一年だった。しかし、文化大革命の余燼がまだ残る当時、この蓮の池は紅衛兵によって無残に破壊されたらしい。


 ところが、二十一世紀に入って状況は好転した。中国海南島にあるボアオアジアフォーラム常設会議場の副理事長、蒋暁松氏に会う機会があったので、大賀蓮の話をしたところ、開花にまつわる日中をまたいだエピソードにいたく感激し、「ボアオ東方文化苑・蓮花館」の建設を提案してくれたのだ。大賀博士、阪本先生の願いがやっとかなう。一昨年七月、起工式もおこなわれた。


 蒋副理事長の「蓮は東洋の花、アジアの花」という言葉に意を強くして、二〇〇四年に入ってからは中国以外のアジアの国々にもアプローチをはじめている。


 航空関係の行事で訪れたハノイでは、街の店頭に蓮のお茶やお菓子が売られ、国会議事堂の建設予定地から発見された瓦にも蓮の模様がついていた。ベトナム航空のシンボルマークも蓮の花だ。そこで駐ベトナム大使がベトナム政府の閣僚に大賀蓮のことを紹介したところ、直ちに六人の閣僚からくわしく知りたいという反応があった。


 国花が蓮である本家インドでも、旧知の石川好氏がパジパイ前首相に会ってこの話をしたところ、さっそく苗がほしいと申し出があった。パジパイ氏率いるインド人民党のシンボルマークも蓮で、党本部前の池に植えたいのだという。わたしは、インドと紛争が絶えないパキスタンのムシャラフ大統領と面識があるので、同じ蓮をパキスタンにも送ろうかと考えている。蓮が平和の使者としてアジア諸国へ広がっていく――蓮に平和の願いを込めた大賀先生の遺志が着実に伝わっていくこの道筋を、わたしは「絹の道」になぞらえて「蓮の道」と呼んでいる。


 ひとつ気がかりなのがミャンマーだ。わたしは昨年、日本ミャンマー議連会長の古賀誠氏とともに現地を訪れた。古賀氏は日本遺族会会長でもあり、一緒にミャンマーにある日本人墓地に大賀蓮を植える計画を進めてきた。幸い、計画は順調に進み、池までできていたのだが、突如政変が起き、計画を支援してくれていた国際協調派のキン・ニュン首相が失脚してしまったのだ。計画は宙に浮いている。ミャンマーは敬虔な仏教国のはず。「蓮は平和の象徴なり」という大賀博士の願いが、必らず軍事政権にも届くものと信じている。





・(日刊)わかやま新報 「がんばってます」より抜粋


(本の抜粋内容とは異なり、過去から最新のバックナンバーです)


衆議院議員


社団法人 全国旅行業協会会長


二 階 俊 博









インタビュー


・二階運輸相の爆弾発言 「観光北海道」一千万人戦略


聞き手


薩  一 夫




衆議院議員


運輸大臣・北海道開発庁長官


二 階 俊 博




「財界さっぽろ」二〇〇〇年五月号


 運輸大臣であり、北海道開発庁長官でもある二階俊博氏は、全国旅行業協会長の要職にもある観光問題の第一人者。大臣就任以前からたびたび北海道を訪れている二階大臣に、北海道観光連盟会長である本誌オーナー薩一夫が、北海道観光の未来について尋ねた。




◆観光百人委を設立一〇〇〇万人誘致へ




 ―大臣は歴代の運輸大臣の中でも、「観光大臣」に名前を変えた方がいいと言われるくらい、観光のために尽力されている。そこで、北海道の場合、大臣の目から見てこれから観光を盛んにするにはどうしたらいいのか、まずここからお尋ねしたい。




【二階】


 私は南国紀州の育ちですから、北海道と言えば、子供のころからの憧れの地でして、北大のクラーク先生を始め、時計台、ジンギスカンから北海道ということに関しては、見るもの聞くものどれも新鮮で一口で言えば憧れの地であったわけです。


 すべての国民の皆さんは機会あれば北海道に行きたいと思っているでしょう。私はヨーロッパに行ったときに「ああここは北海道だなあ。北海道に行けばヨーロッパに行く必要はないなあ」と思った程、素晴らしい観光資源を持っている。ですからこれを活かして北海道の振興策を考えていきたいというのが北海道開発庁長官に就任した時に脳裏にあったわけです。先日、北海道を訪問した時に将来の北海道観光振興にどのような目標を持っているのかと聞かれました。今ご承知のように、年間六〇〇万人を超える人が北海道を訪れている。この来道人口六〇〇万人を私は一〇〇〇万人に拡大したいと、長官になって初めて北海道に来た際、表明しました。


 それは年間四%ずつ増やしていけば一〇年で達成できるわけですが、私はもっと勢いを付ければ、一〇年を待たずして一〇〇〇万人を超えることはできるだろうと思っています。


 そこで北海道の観光を多くの皆さんに広く考えていただくために「北海道の観光を考える百人委員会」というのを設立し、道観連の薩会長にもご出席願い、JR東日本の松田昌士社長に会長をお願いし、航空三社の社長にも全員揃って北海道にお越し願いました。いまのところ非常に盛りあがっているわけですが、北海道全域を一括した観光というよりも、北海道を六つぐらいに分けて、百人委員会の支部組織のような形でもう一度地域の声を吸収すると同時に、地域の皆さんのご理解やご協力を得られるような努力をすべきだと思う。既に北海道開発庁の事務次官を現地に派遣してもう六回会議を行いました。いよいよこれで百人委員会は根付いていくと思います。


 今後、これらの有識者のご意見をどう北海道の政治のなかに、あるいはまた観光政策のなかに取り入れていくかということですが、堀知事も大変ご熱心でございますし、北海道開発庁もこれまでの公共事業だけの官庁ではなくて、広く観光にも医療ネットワークにも、或いは、農業分野では畜産の糞尿処理の問題なども、今度の平成十二年度予算の中で大きく取り上げています。


 各方面の皆さんのご協力を戴いて北海道全土が観光のメッカとしての役割を果たすべく、皆が立ち上がって戴くことによって北海道の観光は必ず伸びていくだろうと思います。姉妹都市なども、これまでも結んでいたようですが、これも歴史や文化をテーマにしたり、単純なことですが人口の数で似通った地域とか、いろんなご縁で結んでいける。それにこの姉妹都市はいくつあってもいいわけですから、そのご縁をずっと広めていくことを基本にやっていくことも大事じゃないかと思います。


 同時に政策的には北海道へ安い料金で行けるようにして差し上げることが大切ですが、幸い航空の自由化によって、北海道の航空会社も既設の航空会社もそれぞれ競争しあって北海道にお客さんを運ぶキャリアとしてのご努力をしていただいております。これからは頑張りようによっては北海道の観光は倍増する勢いで伸びていくと思います。また国際的にも北海道に外国の人々がお越しになるようなことも政策として取り上げていきたいと思います。




◆求められるキメ細かな気遣い




 ―大臣は和歌山県出身なんですが、地元和歌山でこれを一生懸命県民に呼び掛けて成功したというお話をお聞かせください。




【二階】


 私は白浜温泉とか那智勝浦温泉とか観光地を選挙区に持っているものですから、観光の仕事を通じてご支援くださっている県民の皆さんに何かお返しをしたいと思っている気持ちはずっとありました。たまたまいまから一〇年前の海部内閣で運輸政務次官になって以来観光行政にご縁ができました。その時はワシントンで第一回日米観光会議が開かれ、アメリカの長官が海外出張中でしたので商務省次官と私が共同議長をつとめ観光協議を開催いたしました。日本の代表的な観光関係の皆さんとアメリカをぐるりと回り、日米間の観光について話し合ってきたのですが、その時アメリカの人たちもその気になればかなりきめ細かい、日本人がお客さまに配慮するようなこともできるのだなと思いました。


 例えば、ホテルへ行きますと日本料理なんかが平気で並んでいる。これはどうしてですかと問うと、日本の調理師の人が見つかったので、この日のために来てもらい準備をした。それからワインなんかのラベルにもすべて私どものミッションの名が書いて貼られてありました。真っ青に茄であがった枝豆が並べてあるから、どこにこれがあったかを尋ねると、日本から取り寄せたというんです。


 どちらかというと大雑把な気性というイメージのアメリカの人ですが日本のきめ細かな客へのもてなし方を研究しつくしている感じでした。その後、私は亡くなりました奥田敬和運輸大臣の熱心なご推挙を戴いて、全国旅行業協会の会長に就任することになりました。この協会は六八〇〇社あるわけですが、日本国中の観光関係、旅行業を営んでいる中小の皆さんとお付き合いをし、またいろんなことを教えてもらって、観光関係の道に入っていきました。


 もうひとり私を観光関係の道に導いて下さった方は、瀬島龍三先生(伊藤忠顧問)です。観光審議会の会長をなさっておりました。よく「政務次官どこそこへ一緒に行こう」と誘いを受け観光振興のことで瀬島先生と一緒に行脚したことがございます。そんな中で観光ということは、素晴らしい施設を造ることも大事だし、交通アクセスも大事、便利でないよりも便利なほうがいいに決っている。が、しかし最後の決め手はもてなしの心、お客さまをもてなす精一杯の気持ちだと感じました。


 その後、私は二度目の運輸政務次官に就きました時に、カナダへ行きました。第一回目の日本―カナダ観光会議が開かれ、第二回目は日本でやろうということになりました。その時にカナダのマンリという通商産業大臣が観光担当で、そのご一行が私の地元の和歌山へ来られた。どうやってもてなすかとみんなで随分頭を悩ましたんです。しかし結局は備長炭という炭を焼く現場を見て戴く、それから梅干しを漬けているところを見て戴く、村長さんの奥さんなどがエプロン姿で迎えて素朴でありのままもてなすことにしました。


 そのことがカナダのトップレベルの旅行業協会の人たち、あるいは政府代表の人たちの心を捉えたようで、未だに「あの時、二階の地元に行って本当の日本というものを改めて見た思いがする」というお便りが来て、今もお付き合いが続いております。


 それから時々外国の方がおみえになったときに「私が選挙区に帰る時には一緒に付いて来てくれるなら私の郷里をご案内します」というと、「ぜひ」ということでいらしたことが何度もあります。


 やはり東京で大きなホテルに泊まって国際会議をして帰るというんじゃ、ニューヨークもパリも一緒だというんですよ。東京もしかり。しかし、地方へ出ることによって、「ああやっぱり日本というのは奥行の深い、素晴らしい国だと再発見し、初めて日本へ来た思いがする」とアメリカの人たちやカナダの人たちがおっしゃるんです。


 ですから私は今後も素朴なことをどんどん前へ出していくという気持ちで観光振興を図っていく。その奥にあるのは国際親善であり、また相手の立場に立って物を考えるゆとりとかがあればいいんじゃないかなと思っております。




◆観光振興は私のライフワーク




 ―大臣から見られて北海道の観光をこれからもっと盛んにするために観光ガイドという形ではどういうことが先決ですか。




【二階】


 航空通貨はそれぞれ大手の三社、それから新しく参入されたエア・ドゥとスカイマークエアラインズらが競うようにしてサービスに努めて戴いておりますが、この料金が手頃な値段で旅ができるということであれば、どんどんお客さんが増えてくると思いますし、またサイクリングの関係ではツールド北海道が大変有名ですが、一般の人たちも北海道を自転車で走ってみたいと思っている人たちは一杯います。同時にレンタカーでぐるりと走る。実は若い頃、母親と家族を連れて、車で北海道を一周したことがございます。その楽しい思い出を母は死ぬまで語っておりました。ですから一度行ってみて「また訪れたい」と思って戴けるかどうかが観光では一番大事じゃないかと思います。宮崎交通の岩木正太郎さんがいわれた有名な言葉ですけれど、やはりお互いに旅をして自分もまた来たいし誰か友達も連れてきたいなと思う、誰かにこのことを伝えたい、お誘いしたいと思うことがありますね。そういうところが大事だと思うんです。そして北海道にはそういう場面が一杯あるわけですね。


 ですから北海道を訪ねた人たちが北海道の宣伝、北海道のセールスマンに自発的になってもらうことです。それからタクシーの運転手をなさっている人で一生懸命サービスされる方がいます。タクシーの運転手さんにお願いしてホテルをとってもらったり、ゴルフ場を予約してもらったりして、そのことがご縁で毎年北海道へ遊びに行くことを楽しみにしている人を私は何人も知っております。


 旅行業の皆さんにがんばってもらわなくてはならないことは、大量の人たちに北海道へおいで戴くためには、どうしてもそうした大手の旅行業者、中小の旅行業者の方々に奮起してもらわなければなりませんが、北海道民の皆さんにも「北海道へいらっしゃい」という呼び掛けもどんどんして戴いていつか北海道へという気持ちを日本国中の人々がもつような雰囲気づくりも大切です。


 今度、サミットが開かれる沖縄の方に重心が移動しつつありますが、沖縄という問題を解消するためにも政府も熱心に取り組んでいることなんです。しかし、またこの北海道の新しい時代を呼び起こすためにも、何か大きなイベントなども考えていかなきゃいけないなと思っております。


 苫東の問題では、あれだけ広大なものを計画され、今日まで開発または発展を続けられて来られた。それがバブル経済崩壊によって一時計画が挫折してしまったことは止むを得ないことではありますが、私はあのことを構想された人たち、この大事業をやり遂げようと三〇数年努力された方々の流した汗、ご苦労を絶対に無にしてはならないと思っております。


 幸い皆さん苫東は北海道だけじゃなくて日本の宝だとおっしゃってくれます。やがてあれだけの広大な土地を必要とする時代が来ると有識者は口を揃えておりますが、私も実はそう思っております。


 そうした大きな夢というか、北海道のステージは雄大ですから北海道の観光振興というのは必ず成功するだろうと思いますし、これからも私は観光の問題はライフワークとして、この職を離れた時も同じような努力を積み重ねていきたいと思っております。




◆観光の “経団連” 目指し全力投球




 ―北海道と和歌山県が姉妹提携して、時折遊びに来て戴いて勉強する。我々も和歌山県を訪れるといったことをぜひ実現したいですね。




【二階】


 そうですね。私は七十一代目の北海道開発庁長官になるのですが、和歌山県の大先輩の政治家に衆議院議長もおやりになりました山口喜久一郎先生がおられます。この先生も北海道開発庁長官をおやりになりました。


 それから「和歌山の蜜柑とか柿のレベルの高いのはみんな北海道で買い上げてもらっておる。和歌山は北海道の方に足を向けて寝られないんだから、北海道の皆さんにはよくお札を申してくるように」と私の周囲の農業関係者から言われるんです。


 さらに北海道と和歌山を結ぶということでは、日本の一番北に北海道が位置しておりますが、和歌山には、「ここは串本、むかいは大島」なんて民謡もある串本町というところがあります。ごく最近橋がかかって開通したんですが、ここは本州最南端なんです。北と南、今後お互いに持ってないものを持ち合っているわけですから、この特徴をいかして私の方からもぜひ交流をお願いしたいと思っているんです。


 私は以前に札幌のあるホテルで、陳列してあった北海道に関する図書を発見して、自分が学生だったら一週間ぐらいここに泊まり込んで読ませてもらうのになと思いながら、そこからヒントを得まして、「観光図書館構想」というのを今盛んに広めている最中なんです。バスなんかも活用して動く観光図書館というのもやろうじゃないかという案もあります。また、これからはビデオとかもっと情報機器を活用した宣伝方法も考えなくちゃいけませんが、やっぱり観光をただの遊びとして捉えるのではなくて、文化としてお互いの教養を高めることが大事であります。瀬島先生もおっしゃっておられますが、観光には学ぶという要素があり、古来中国の言葉で「国の光を観る」というのが語源で、これは同時に学ぶということを意味します。


 私がこの観光問題に惹かれるというか魅力を持つのは、まさに学ぶというところに体ごと吸い込まれるからなんです。それぞれの国や地域の歴史、文化に触れる度、これは奥行の深い、幅の広い産業だなと思うわけです。この産業がもっともっと飛躍して発展していくためにはこの産業に携わるひとたちが、力を併せて、そして発展の方向へ皆で頑張らなくちゃいけない。そしてそのための何か核になるものがなくてはいけないと思い、ちょうど運輸大臣になったことから、かねがね心に温めていた観光産業振興フォーラムというものをスタートさせようとしています。


 皆さんのご協力を得て、西武の堤義明オーナーがその代表を引き受けてくれまして、先般これを立ち上げました。観光を皆で考えて発展させていきましょうというコンセンサスの下に、これから観光の経団連みたいなものにしたいと考えてます。


 また観光はいまや二〇兆円の産業でその経済波及効果は五〇兆円からと言われていますが、その割りには社会的評価や地位が低すぎるのではと私は常々思っておりました。国会でも観光問題で何かやろうと思った時に、ぐっと燃えあがって、バックアップをして戴ける方が多くいてくださるためにも、観光産業そのものが燃え上がらなくてはいけないということで観光版経団連というものを立ち上げたところなんです。




 ―本日は政務多忙の中、貴重なご意見ありがとうございました。





・道州制、観光…「北海道は日本の代表選手」


聞き手


酒 井 雅 広




衆議院議員・自民党総務局長


北海道州制検討小委員会委員長


元運輸大臣・北海道開発庁長官


二 階 俊 博


「財界さっぽろ」二〇〇五年三月号


 二月一日に自民党の北海道道州制検討小委員会の委員長に就任した二階俊博総務局長(和歌山三区選出)は、以前から協力な “北海道の応援団”だ。運輸・観光行政に造詣が深く、北海道開発庁長官の経験もある。保守新党幹事長時代には、道新幹線の旗振り役も務めてくれた。




◆道州制に向けた知事の熱意に敬意




 ―道州制の問題ですが、二月一日に自民党の道州制調査会(伊吹文明会長)が開かれ、北海道道州制検討小委員会が正式に発足し、二階先生がその委員長になられた。北海道をモデルとする道州制の先行実施は、高橋はるみ知事も大変力を入れており、推進に向け強い決意を述べています。二階先生は道州制をどのように捉えておられるのか、先ずお聞きしたい。






【二階】


 歴史的には、私どもの関西地域においても、他のブロックでも、県境を乗り越えて政治、経済、文化において、交流を深めると同時に、お互いに協力し合って、新しい発展の方向を探ろうということで、道州制の論議は三〇年も四〇年も前から浮かんでは消え、盛り上がっては沈んでということを繰り返してきました。


 この前の総選挙で、自民党の選挙公約に道州制問題が取り上げられ、北海道については特区として他の地域に先行して道州制を実現し、模範にして行こうという機運が盛り上がってきた。そこで道州制調査会が先般、党にでき、それから北海道の問題に関し限定して協議するという意味で、北海道道州制検討小委員会ができたわけです。


 全国知事会にも道州制問題の検討委員会ができており、議長を私の県(和歌山)の木村良樹知事がやっています。私も北海道開発庁長官(運輸大臣と兼任で一九九九年十月から二〇〇〇年七月まで)などをさせていただき、北海道に全く無縁でもないということで、小委員長を仰せつかったという次第です。


 これから今日までの経緯、経過を十分関係者から承って、その上で、今後の進め方・取り組み方を決めて行きたいと思っています。


 いまだ北海道選出の議員の間にも、いろんな意見がある。これだけの大きな問題ですから、いろんな意見があることは当然なんですが、できるだけ疑問点や課題、問題点をお互いに出してもらって、北海道の新しい時代を誘導することができれば、初期の目的が達成するのではないか―と考えています。


 幸い高橋知事も大変ご熱心で、再々この問題で上京され、各方面でご活躍をされておりますし、わたし自身も一ヵ月ほど前にお目にかかって、知事の道州制問題に対する実現への意欲、あるいは構想を承って、敬意を表しているところです。




 ―初めての試みということで、様々な意見があると思うのですが、二月一日の会合では、北海道選出の議員の中から道州制に対する異論が出たようですね。




【二階】


 異論と言うか、あの程度の意見は当然でしょう。結構だと思いますよ。




 ―道州制の先行モデルについて、何かイメージといったものをお持ちですか。




【二階】


 いや、議論はこれからですから、まだ白紙です。




 ―今回の小委員会は最初、「道州制特区に関する小委員会」という名称にするはずだったのが、「特区」という言葉を外したと思うのですが……。




【二階】


 それは自民党のマニフェストとか、選挙公約にそういう言葉(特区)が並んでいるから、そういう意見もあったんですが、小委員会のメンバーでこういう名称に決めようという意見が出て、「それで結構だ」となったんですね。




 ―武部幹事長は「特区という言葉が外れて、かえって良かった」と言っていたが、その方が道州制を広く論議できるということでしょうか。




【二階】


 まあ、名称よりも実をあげることですよ。




 ―道州制は自民党の公約でもあるし、小泉純一郎首相と知事が直接話をした結果、北海道に道州制のモデルを持って来ようということになりました。道庁も「これは北海道の再生のために必要だ」と取り組んでいる最中です。道州制導入の意義について、どうお考えですか。




【二階】


 北海道のみならず、「このままでよいのか」ということから言うと、もう少し真剣な開発発展の方向を創造するというか、構築する必要があるのではないかという意見は、あるんですね。道経連の副会長でJR北海道会長の坂本眞一さんとわたしは知り合いなのですが、先ほど野中広務元自民党幹事長とお会いしましたら、「JRの坂本さんが『道州制の特区について、経済界としてもバックアップしていきたい』と言っていましたよ」と話しておられました。


北海道は無限の可能性を持っている




 ―つい先日、北海道観光連盟会長の 我孫子健一さんと話をしたときに、二階先生の話が出ました。二階先生は観光には造詣が深いことで知られていますからね。道観連は観光誘致のためにも特区が必要だということで、十三項目の提言をします。




【二階】


 北海道は無限の可能性を持っている。やり方次第ですよ。


 苫小牧東部の計画についても、私も北海道開発庁長官の立場で、現場も見させていただいたこともありますし、日本の経済界の人たちのご意見を伺ったこともあります。「ある意味では、苫東があれだけの土地を一人で持っているといってもおかしくない」「そういう場所は日本にはない」「日本の宝だ」「あれを、慌てて何かにするというよりも、よく熟慮すべきだ」と言うんですよ。


 他の地域にはないものを中心にして、北海道の新たな時代を組み立てていくという、たいへん力強いご意見をいただきました。今度の検討委員会のスタートに当たって、それもいくつかのテーマの中のひとつと言えると思いますね。




 ―道州制論議が起きてきた理由に、市町村合併があると思うのです。市町村合併が進むにしたがって、国や都道府県、市町村の役割分担、権限移譲の問題が出てきます。




【二階】


 そういった事柄についても、北海道に先駆的な役割が期待されると思います。




 ―道新幹線着工でも尽力されましたね。




【二階】


 昨年末の予算編成時、函館までの新幹線を道民の皆様に確約したことは、素晴らしいことであったと思います。「函館から先をどうするのか」と、気の早い人もいますが、それから先はフリーゲージトレインでもいいわけだし、日本経済がどうなっていくか、北海道がどのように発展していくか、その必要性はどうか、などをにらみ合わせて、そのとき、考えればいいんで、今結論を出す必要はないわけですよ。


 航空路も次々新しい路線が開かれています。


 日本の各地域の方が北海道に対する憧れを持っている。アジア諸国からも、「北海道に行きたい」と思っている人が多い。観光のメッカでもあるわけですよ。北海道の人たちが考えている以上に、アジアの諸国の人たちは、北海道に対して期待、希望を抱いてくれている。これにどう応えていくのか、ですよ。


 それと北海道の医療の問題。広範囲、広域の地ですから、医療関係でITを活用して、地域医療の分野で、先駆的な先端医療を意欲的に取り組む。これも、日本だけではなく国際的視野に立って、大きな実験だと思いますね。北海道にはその実現の可能性、条件が整っている。北海道開発庁長官時代、札幌医大の辰巳治之教授の構想に予算をつけて、バックアップをさせていただいたことがあります。




 ―観光は北海道にとって大変重要な産業です。




【二階】


 観光の分野では、北海道は “オール日本の代表選手”ですよ。そういう期待に応えるためにどうするか、ということですね。有珠山の噴火は不幸な出来事でしたが、住民の緊急避難の模範例であり、北海道観光を見直すと同時に、災害復旧に何が必要かということを顧るいいチャンスでもあったわけです。その後、北海道が順調に回復して、観光の振興にも勢いをつけていることを、われわれ北海道のファンとして嬉しく思っております。


 ツール・ド・北海道には個人的にも関心があります。当選早々の頃から、サイクリング振興の議員連盟をつくり、今もかかわっているんです。


 谷垣禎一財務大臣もサイクリニストとしては有名なんですよ。谷垣さんと会うたびに「北海道で一度走りたい」と互いに言っているんですが、なかなか機会がないんです。




 ―一キロでも走ってもらえると、いい宣伝になります。




【二階】


 そういうことを、どんどん議連でもやって行けばいいのでしょうね。


北海道の先頭に立って陳情も




 ―大変力強い北海道の応援団ですよ。




【二階】


 先ほどの新幹線ですがね、高橋知事の選挙のとき、函館までのメドがつかなければ、知事選を進めていくのに具合が悪い、「何とかしてもらいたい」と地元から脅かされましてね。シナリオライターの中心は、武部勤現幹事長であったと思うんですよ。


 当時、与党三党を代表して札幌に応援演説に行かれたのは、当時の政調副会長だった額賀福志郎代議士で、三党幹事長である山崎拓自民党幹事長、冬柴鐵三公明党幹事長、それに保守新党の私とが、函館までの新幹線について確約するという意味のサインをするようにということで、武部さんが随分熱心にやっておられました。


 財政困難の折、清水の舞台から飛び降りるような、大変な賭けだったんです。しかし、北海道の発展のためであるのに加えて、善戦している高橋さんを当選確実ならしめる大事なことだというので、本会議場から出てきて、サインをしたことを覚えています。


 すぐその後、額賀代議士が予算の責任者である政調会長になられたので、「大いに(道新幹線の)予算をつけて頑張ってください」と言ったことがあるんです。また、あのときのシナリオライターの中心である武部さんが、自民党の幹事長になられたわけですから、それぞれ大いに責任を感じて、早期の完成に向けてご努力いただきたい。


 今度は、北海道道州制検討小委員長の立場から、攻守ところを変えて、高橋知事や北海道選出議員の皆さんとご一緒に、陳情に上がらなければならない立場になりました。




 ―武部幹事長とは、昔から仲がいいそうですね。




【二階】


 ええ、わたしの二人後の運輸政務次官が武部さんなんです。わたしは党が変わりまして、最初は海部内閣、次に細川内閣で再び運輸政務次官になった。だから、佐藤敬夫さんと武部さんとわたしの三人は、大変な仲良しなんですよ。武部幹事長や佐藤先生からは「二階さんは運輸政務次官の先輩であるが、後輩でもある」と言われています。


 今回、武部さんが幹事長に就任されたので、大変喜んでいます。わたしも党の総務局長を要請されて、お引き受けしたところ、今度は北海道の道州制検討小委員長だということになったんですが、「ひとつやるのも、ふたつやるのも同じだ」と、強いご要請にしたがったということです。




 ―小委員会は三月いっぱいまでに一定の方向性を出すということでしょうか。




【二階】


 これだけの大きなことをやるわけですが、だからといって、検討だけしていればいいというわけにはいかない。将来、道州制を実現していくとすれば、そうのんびりもしておられないでしょう。




 ―総務局長というポストは忙しいでしょうね。




【二階】


 毎日仕事がありますからね。四月には山崎拓前副総裁の補欠選挙があります。山崎先生も必勝体制をとっておられる。宮城県もあるんですが、これから候補をまとめようと思っています。夏には都議選です。選挙は勝たなければ話にならないですから、全力を尽くします。











対談


・競争と協力で旅行業の発展を


社団法人 日本旅行業協会会長


新 町 光 示 氏




社団法人 全国旅行業協会会長


二 階 俊 博 氏




週刊 観光経済新聞 二〇〇五年一月五日


 予期せぬテロや災害、旅行者意識の変化、そして急速な情報技術の発展―。


 こうした雨風にさらされて衰弱していた観光業界に、ようやく陽光が差してきたようにも見える昨今。旅行業界団体の両トップは二〇〇五年をどう占い、どの道を歩もうとするのか。日本旅行業協会(JATA)の新町光示会長と全国旅行業協会(ANTA)の二階俊博会長が語り合った。(東京・紀尾井町の福田家で)




 ―(司会=本社社長・江口恒明)


観光業界にとって二〇〇五年はどのような年になるだろうか。




◆海外旅行者数二〇〇〇万人に 国内旅行は振興策が課題




【二階】


 今年は二月十七日に中部国際空港が開港される。これは愛知万博と連動して、観光業界にとってたいへん明るい話題だ。これまでニューヨークのテロ、SARS問題など、そして先般の新潟県中越地震もあり、観光業界は突然降ってわいた事故に苦しんできたが、だんだんと発展の軌道に乗っていくだろう。外国から日本へ来る観光客もビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)で六〇〇万人の大台に達してきた。小泉総理の言われる一〇〇〇万人は決して夢ではない。私が一九九九年に運輸大臣に就任した時、当時の四〇〇万人を八〇〇万人にしようと記者会見で申し上げたが、その八〇〇万人はそう遠くないうちに実現するだろう。そうしたことから、観光産業全体に携わっている人々が「努力すれば道は拓ける」ということが理解し合えるようになってきた。




【新町】


 この数年間、旅行業界にとってはテロだとか病気だとか、いろいろな外来障害が発生して大変困難な時代だった。だが、振り返ってみると、そういう困難な時代の中にも新しい芽が出てきた。一つには、極めて困難な経営状況に陥ってみて初めて、旅行業界の各社が自己改革をして、難局に耐えるような形を作ったことは非常に大きい意義があった。「疾風に勁草を知る」の言葉があるが、危機をプラスに転じたということが言える。それから、テロやSARSのような問題が沈静化し、我々の業界もその場の対処療法だけではなく、将来どうあるべきかと展望を描くときでもあった。例えば、インバウンドではVJC、それからJATAでは海外旅行者を二〇〇七年に二〇〇〇万人にする目標を掲げたし、国内旅行についてもさらなる発展性のある体制を作らなければならないとか、そういう課題にようやく腰をすえて取り組めるような段階にきた。これからが正念場になる。




【二階】


 私はアウトバウンドを二〇〇〇万人にするという宣言をもっと積極的に発信すべきだと思う。国際社会で閣僚が「我々の側から二〇〇〇万人を出すから、外国からは一〇〇〇万人来てほしい」と堂々と発言したっていいくらいのものだ。日本に居て海外にも出ないで「ビジット・ジャパン」「日本に来て」ばかり言っているのは閉鎖的な発想。行ったり来たりすることが観光だ。海外へ出た人がどんどんビジット・ジャパンの宣伝をしてほしい。だが、外国人にしてみれば日本は、ビザの問題、あるいは日本に来てから観光旅行するのに様々なバリアがある。このバリアを除去するために政府や県や市町村や民間がどれだけ努力しているかというとまだまだこれから。外国人客にとって親切な日本にならなければならない。




【新町】


 最近の台湾もそういう状況で、日本から旅行者が来ないとクレームが出てくることもある。やはり二階会長のおっしゃるように、双方で繁栄するような形が望ましい。




【二階】


 日本はなんだかんだ言ったって、個人はお金を持っている。そして国際的にどうかというと、所詮はいまだ島国。だから、海外旅行をして少々のお金を海外に落としてきたとしても、文化と経済、いろいろなことをたくさん吸収して帰ってくるわけだから損にはならない。




 ―四月に改正旅行業法が施行されるが、新業法をどう捉えているか。




【新町】


 従来の旅行業というものは、斡旋だとか仲介だとか、「代理機能」であり、法律体系もそういう前提に基づいていた。改正旅行業法は、今の時代は「エージェント(代理業)」という発想ではなくて、自ら付加価値のある企画をして自らが商品を作って、それで新しい需要を創り出すためにマーケットに売り出すのが旅行会杜の主な仕事だと、法的な位置付けを変えた意味が非常に大きい。もう一つは、お客さまのリスクも当然あるということで、旅行会社が負う責任とお客さまが負う責任を明確にしたこと。新しい時代の旅行業の有り方を消費者との関係でも定義をした。この二つが大きなポイントだ。




【二階】


 今、旅行のパンフレットは旅行会社の店頭や駅などにたくさん置いてくれてあって、これを一つもらってくれば旅行会社に頼まなくても自分で旅館・ホテルが予約できる。旅行業界は大変な時代に入ってきた。しかし、今日ぐらい「旅行」「観光」といって世の中が関心を持ってくれる時代はない。量は大きく増えたわけだから、旅行業界はこの中からどれだけのお客さまを確保できるかの知恵比べの競争の時代に入った。私は旅行業界の皆さんに「プロなのだから、プロらしくやろう」と話している。料理だって「さすがここは違う」という料理を出して初めて客からお金をもらえる。観光業には、まだ素材はいっぱいある。




【新町】


 旅行会社としては深刻な問題だ。今まではお客さまは旅行に関する情報がなく、旅行会社にどうしても頼らざるを得なかった。最近の消費者は勉強していて自分でなんでもやってしまう。しかもインターネットを活用した新しい形の流通業が入ってくると、従来のビジネスパターンは通用しなくなる。個々の会社としてどうあるべきかというビジネスモデルを変えていかなければならない。人の面でも、どちらかというとお客さまの方がより詳しく知っていて、対応する旅行会社の営業担当者とかカウンターの社員がそこまでキャッチアップできていない。そこでJATAではANTAとTCSA(日本添乗サービス協会)とで協議会を創設し、「デスティネーション・コンサルタント」というコンサルテーションするプロを育成する新制度をスタートさせた。インターネットで受講して、ある一定の水準に達すればディプロマがもらえるという人材育成の制度だ。




 ―JATAでのこれからの事業の大きな柱は。




【新町】


 海外旅行者数を二〇〇〇万人に引き上げることに関して、旅行会社だけでなく、政府観光局や航空会社もすごく乗り気になってきた。そこで、二〇〇〇万人の中身についてもっと細分化して、ではアメリカはどうする、アジアはどうする、アジアの中でもシンガポールはどうする、香港はどうするという国別のターゲットを積み上げて、具体的な施策をやろうと計画している。




【二階】


 外国との観光交流は、インドなら日本からインドへ年間何人ぐらい行く、インドから日本へ何人ぐらい来てもらう、またミャンマーなら何人と、観光業界だけではなくて国全体でだいたいの目標数値を決めて、協力し合うことが大事だ。




【新町】


 それと今、JATAで大きな議論になっているのは国内旅行をどうさらに振興するかということ。旅行会社として「今のままで行ったら大変だ」と問題意識は持っているが、いろいろなしがらみもあるのか、なかなか本音の議論が出てこない。旅館の立場もあるだろう、あるいは観光地の言い分、旅行会社の言い分、あるいは地方自治体の言い分もあると思う。一回本音の話をする場を設けて、国内旅行をどう振興するべきか考えるべきだ。






 ―ANTAでの課題は。




中国、韓国と日本とで トライアングルの旅行を




【二階】


 昨年、中国・大連でのアカシア祭りにANTAは六〇〇人を送客した。二万人の観客のうち海外からは六〇〇〇人。団体観光客を一番多く集めたのがANTAだった。そうすると六〇〇人の一緒に来られたお客さまも、小さい旅行会社だと思っていたが、海外旅行だってやれる、しかも、綿密な計画で立派なことをすると見直す。見直されれば旅行業者も海外旅行にさらに自信を持ってくる。また、これはJATAと一緒に取り組まなければならないが、これから中国と韓国と日本とでトライアングルの旅行を進めていこうと考えている。アジアのリーダー三カ国が時計回りでもその逆でもいいから三角形で観光客を回せばインバウンドで日本も一〇〇〇万人を達成することも遠くはない。最初は三角形でスタートするが、台湾とかベトナムとかを周りに加え、だんだん丸の形に仕上げていってもいい。そういったことで、ANTAは今年、思いきって海外旅行の面にも活路を拓いていきたい。


 もう一つ、例えば、浜松での「花の博覧会」にはANTAもANTAなりに努力して、現地で理事会を開くなど対応した。新潟で地震が起これば、観光の再起のため私も共に激励に行った。以前、沖縄で修学旅行客がガタンと減った時もそう。あるいは祝日三連休の法律を作る場合も、全国各地に点在する私ども業界のメンバーの力で法案成立へのキャンペーンなどを展開した。ANTAは、会員一人ひとりはまだ小さいかもしれないが、全部合わせると六〇〇〇社ある。この数の力をどう生かしていくかがこれからの課題だ。


 新町会長のご配慮もあって、今、JATAとANTAとが、競争するところは競争し、協力し合うところは大いに協力するという円満な関係になっている。新潟県中越地震で、いち早く両団体が協力して応援に行ったことも、画期的なことだ。実は、将来、本部ビルを新しく共同で建築してはどうかと内々で新町会長と話をしている。そうすると、そのビルには外国のエージェントや航空会社も入るだろうし、外国の料理を楽しめるレストランもできるかもしれない。




【新町】


 そう、オール日本の観光会館みたいにしてはどうかという話がある。




【二階】


 JATAのみなさんと、私たちANTAのグループとが話し合いができる関係を持たせていただけることはたいへんうれしいことだ。




 ―国内旅行の活性化のために、観光業界としては何をすべきか。




【新町】


 国内旅行は日本人の旅行者が増えないから、アジアからのインバウンドを増やそうという向きもあるが、それは大間違い。VJCだけでは救えない。日本の人々が本当にエンジョイするような国内旅行になっていかないと、国内の観光基盤はますます落ち込んでいく。その被害が旅館だとかに波及して、地域の経済がだめになり、雇用もおかしくなり、大変な問題になる。


 最近、国内旅行を見ていると、バス旅行だとか非常に安い旅行に参加しているのはほとんどシニアだ。若い人は全然動いていない。今の問題は、シニアばかり対象にしていること。旅行会社もそうだし、車の販売もそう。若い人たちにどれだけ活力を与えるマーケティングをするかという視点が欠けてしまっている。確かに構造的な問題もあるが、旅館、観光地側ももう少し自分たちの街作りというものを真剣に考えなければならない。黒川温泉は若い人たちがどんどん行ってブームになっているわけだし、由布院もしかり。湯治場だったらいいが、シニアだけが行っているような観光地に活性化は期待できない。若い人たちを引きつける観光デスティネーションにならないと。




 ―安売り競争のなか、旅館も経営が苦しく、廃業するところもある。




【新町】


 私のイメージの中にある旅館は、高層ビルで百室もあるというものではない。旅館の良さは、女将さんが居てアットホームなサービスが受けられること。鉄筋コンクリートのビルを建てて、投資をして大きくしたら、いわゆる伝統的な旅館ではなくなってしまう。旅館は日本の誇るべき伝統であり、維持するべきだが、今「ザ・旅館」と言うべきものが非常に数が少なくなっている。






【二階】


 私の旅館ではこういう伝統を守っていくという、自分の主張がないとだめだ。だから、このごろは「うちは五部屋で、これ以上の客は取らない」というような旅館が受けていて、そう言われると、みんな行ってみたくなる。一日の売り上げと利益率を考えていれば、堅実に儲けてやっていける。けれども、ある程度大きな旅館は、お客さまが来ないからといって、どんどん安い客を入れる。それで、お祭りは毎晩のようにやっているにもかかわらず、経営的には火の車という状況になる。


 創意工夫というか、先日テレビで石川県中島町の「中島菜」という地域の伝統的な野菜が健康によいということで、大変な人気を呼んでいたと伝えていた。菜っ葉一つでも町おこしにつながるお手本で、観光分野でも「中島菜」を育てたいものだ。





・新町JATA・二階ANTA両会長新春対談


 中部開港、愛知万博で観光需要拡大を


 青少年の国際観光交流促進を


社団法人 日本旅行業協会会長


新 町 光 示 氏




社団法人 全国旅行業協会会長


二 階 俊 博 氏


週間ウイングトラベル 二〇〇五年一月十七日号


 観光立国を目指して、日本は二〇一〇年に訪日外客一〇〇〇万人の誘致を目指し、ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)を推進している。また、日本旅行業協会(JATA)は二〇〇七年に海外旅行者二〇〇〇万人を目標に、二〇〇五年はアクションプランを推進する。さらに、二〇〇四年に需要が低迷した国内旅行の需要喚起も実施しなくてはならない。そのために、旅行・観光産業界が一つになって行動する必要があり、旅行業界のトップであるJATAの新町光示会長、全国旅行業協会(ANTA)の二階俊博会長の手腕が期待される。二階会長は自民党観光特別委員長であり、行政・民間一体となった旅行・観光業の発展のために大きな役割を果たしている。お二人にこれからの旅行・観光業を発展させるために、どのように取り組んでいくのか、新春に当たり大いに語っていただいた。(聞き手=石原義郎本紙編集長、印南有理記者)




◆新町氏 三位一体旅行促進へ「有言実行」


  二階氏 中国観光開発と地方需要を喚起




 ―JATAは二〇〇七年に海外旅行者数二〇〇〇万人を目標に、アクションプランの策定を進めているが、まずは海外旅行促進への取り組みをお聞きしたい。








【新町】


 二〇〇三年までは事件、事故がいろいろと起きて対処療法に追われ、じっくりと戦略を練ることが出来なかった。しかし、そうした対処療法的な取組ではなく、将来にわたってツーリズムを発展させていくためには、海外旅行、国内旅行、インバウンドそれぞれに目標を掲げ、三位一体でバランスのとれた成長を目指していかなければならないと考えている。


 その上で、海外旅行は二〇〇〇万人、インバウンドは一〇〇〇万人の目標を達成しようという方向性を出した。問題は方向性は出したが、具現策をどうするかで、今年は三位一体の目標を具体的にどう達成するかの行動の年。言うならば「有言実行」でやっていきたい。


 このために、JATAは組織を作り、人を配置し、航空会社、各国政府観光局と話をして、具体的に詰めていく。今年はそれを実行する年にする。




【二階】


 JATAが掲げられた日本人海外旅行者二〇〇〇万人の目標は、政府目標の訪日外国人旅行者一〇〇〇万人と呼応する形で、まさに世界情勢が混沌とする中、観光が世界の人々の相互交流による「平和のパスポート」と言われる時代において、わが国と諸外国の国際交流の架け橋を築く目標として非常に意味がある。


 また、旅行業界全体が取り組んでいく一つの目標を、分かりやすい形で示すことにより、業界のムーブメントを位置づける指針としても大きな効果があると思う。


 新町会長が語ったように、米国同時多発テロ事件、イラク戦争、SARSなどによる海外旅行の低迷は、国際社会情勢に対する不安の高まりから、海外旅行に際し、安全面や衛生面といった旅行をする上で最も基本と言っても過言でない要素の重要性を旅行者が改めて認識したことの証左と言える。


 こういった旅行者の不安材料を、世の中に氾濫する情報を再編成した上での適時・適切な提供、旅行者ニーズにきめ細かく対応した確実な旅行手配等によって解消し、一人ひとりの旅行者に丁寧に対応し、安心して旅行を楽しんでいただけるように、我々旅行業関係者は基本に立ち返って、取り組んでいかなければならないと改めて認識している。


 これまで、順調に伸びてきた海外旅行者数を今後一層拡大し、日本人海外旅行者二〇〇〇万人を達成するためには、安全・安心の環境作りと多様化した旅行者ニーズに対応した質の高い旅行サービスの提供が極めて重要と考える。


 このため、ANTAでは日本人海外旅行者の主要な旅行先である中国の観光協会と協力を進め、中国への観光団の派遣を行うなど、新たな観光魅力の発掘と現地の正確な情報提供を可能とするため、積極的にデスティネーション開発を行っている。また、会員各社は地方需要の掘り起こしと活性化策として、地方空港からの国際チャーター便を利用しての海外旅行の実施に取り組んでいる。


 このような地道な取り組みの積み重ねこそが、日本人海外旅行者二〇〇〇万人達成の礎になると信じている。






【新町】


 海外旅行者二〇〇〇万人を達成する上で、今の二階会長のお言葉は力強い限りだ。二階会長をはじめANTAの協力を得て、「有言実行」でぜひとも二〇〇七年には海外旅行者二〇〇〇万人を達成したい。






◆二階氏 中国全土に団体観光ビザ拡大を


  新町氏 日本独自の観光地づくりが必要




―次に、国策でもある二〇一〇年の訪日外客一〇〇〇万人達成に向けての課題だが、VJCを今後さらに効果的にするにはどうしたらいいか。




【二階】


 二〇〇四年の訪日外国人旅行者数は六〇〇万人の大台を超える見通しだ。今年は中部国際空港の開港、愛知万博というイベントを控え、また日韓国交正常化四〇周年を記念する「日韓共同訪問の年」であり、中国・韓国を対象にビザの規制緩和も進んでいる。これを機に、中国・韓国・台湾を最重点にキャンペーンを展開するとともに、効率的な事業への重点化に官民挙げて取り組み、七〇〇万人を達成したい。


 具体的には、愛知万博を組み込んだ旅行商品や中部国際空港を活用した旅行商品の造成に力を入れる。また、二月の「日韓交流大祝祭」や「Yokoso!Japan Weeks」をはじめ様々なイベントを企画していくが、愛知万博期間中の韓国人観光客のビザ免除を強くアピールして、中国を中心にアジアからのわが国への訪問を促進したい。


 先日、中国のケーブルテレビが、日本のホテルでも観ることが出来るようにしてもらいたいとの要請があった。もっともなことで、JATAと協力し、国交省と連携してホテル旅館業界にも協力を呼びかけている。








【新町】


 今の中国には中国人が国策に沿って世界に出て世界を見ようというエネルギーを感じる。かつて日本人が持っていた何でも見ようといったエネルギーが今の中国にはある。中国政府も世界に出て見聞を広めるために留学を奨励している。物見遊山で理解すべきではなく、国が伸びる時は、世界に出ていくというエネルギーがある。そういう意味で、中国がアウトバウンドを奨励することは非常に大事なことで、これを訪日旅行の増加にも繋げたい。




【二階】


 中国については、九月十五日からビザ発給地域に四省一市を加えたことで、トータルで三億七〇〇〇万人を対象に旅行・観光の団体旅行のビザが解禁になった。今度は中国の他の地域にこれを広げていく。この地域には一〇億人が暮らしている。この地域にどう対応するかは、中国に言われる前に、日本が積極的に対応していかなくてはならない。現在中国から来ている旅行者達に特別の問題がなければ、段階的に広げるのではなく、一挙に一〇億人(中国全土)にビザ発給対象地域を広げたい。




【新町】


 インバウンドと言っても様々なお客様がいる。したがって、そのアプローチは様々だ。ショッピング、自然、さらには産業ツーリズムという日本の先端技術を学びたいという人もいるだろう。いろいろな領域があり、それに応えるツーリズムを提供する必要がある。


 インバウンドは物見遊山ではなく、様々なものがあり、中部の産業ツーリズム、日本の祭りを見たいという人もいるだろう。我々は多種多様な商品を造成し、提供していくことが重要だ。


 例えば、JALグループが日本の酒文化に焦点を当てているが、日本人旅行者がワインの試飲でフランスへ行くように、日本には酒という素晴らしい文化がある。インバウンドだけではなく、酒をテーマにした旅行開発、イベントを実施する。


 ボージョレーヌーボーではないが、一番搾りの頃は全国津々浦々で日本酒フェスティバルを開催する。酒蔵に行って見学、試飲するなど多様な切り口で新しい旅を創造する。そういうことがこれからは必要になる。


 日本の観光の魅力をつくっていくことが、結果的にインバウンドの促進につながっていくのではないか。VJCも宣伝を中心に展開してきたが、今年は具体化する年になる。インフラの整備、海外の販売をどう強化するかなどのタクティクスをつくることが必要だ。




 ―国内旅行とインバウンドの促進において、中部国際空港の開港、愛知万博の開催による増加が期待できるが。




【二階】


 名古屋を中心とする中部の経済圏に、中部国際空港が二月十七日に開港する。そして三月二十五日は愛知万博が開幕する。これは大変画期的なことであり、まさに中部の時代がやって来たという思いがする。名古屋を中心とするこの地方は「産業観光」を提唱して今日まで取り組んできた。中部六県はバックグランドも大きく、新幹線もいい位置付けになっている。東京、大阪に次いで、素晴らしい観光基地が出来たと思っている。


 ただ、中部は万博開催後の「ポスト万博」にどう対応するかが課題となる。愛知万博期間中に旅行者が来訪した時に、親切に対応し、もう一度中部に、日本に来たいと思わせることが重要だ。それとともに、愛知万博の跡地の活用の仕方を愛知県に考えてほしいと期待している。


 観光の起爆剤として、空港が出来ること、万博を開催すること、それぞれ一つだけでも大変なことだが、この二つが一挙に集中するだけでも素晴らしいことだと思う。中日ドラゴンズが三年連続日本一になるほど注目を浴びる。中部が日本の観光の中軸となって、トヨタ自動車に代表される産業のメッカが観光のメッカとして、相提携していくことは素晴らしいことだと思う。


 浜名湖の花博でも五五〇万人の観光客が来ている。観光はやり方次第だと思う。努力しなければ、誰も来てくれない。世界中が観光、観光と外客誘致を展開しており、日本も努力しなくてはいけない。立ち止まってはならない。




【新町】


 中部国際空港の開港は、海外旅行の需要拡大の面でも大きな期待を寄せている。二〇〇〇万人達成のための、一つの大きな課題は地方マーケットの開拓。パスポート発券数や渡航者数などを人口対比でみると、地方は首都圏に比べてまだまだ低い。それは、地方の消費力が低いのではなく、海外が遠いことに起因しているのではないか。


 残念ながら、成田空港も関西空港もハブ空港ではなく、地方から海外に出かける場合、羽田空港などを経由しなければならない。そうした不便さが、海外旅行の一つのブレーキになっている。昨年末にはJATAでも、中部国際空港を視察したが、中部空港は海外旅行にとっても非常に心強い空港になると期待している。国際線はもちろん、国内線のネットワークがかなり充実した空港になる。その意味では、日本発のハブ空港が誕生するとも言える。


 我々としても、中部空港や地元関係者とも協力しながら、地方からの海外旅行マーケット活性化に向け、中部空港をどう活用するか検討していきたい。


 その意味では、愛知万博も同様に、国内旅行やインバウンドの拡大と同時に、将来的な海外旅行需要の活性化にも繋がるものと期待している。各国のパビリオンやイベントなどが展開され、一五〇〇〜二〇〇〇万人が来場するという一大ビッグ宣伝イベントが開催される。その効果は甚大であり、愛知万博を活用した需要活性化策をJATAとしても積極的に展開していきたい。




◆ANTA・JATA協力して新潟観光復興を 着地型商品開発で国内旅行を需要喚起




 ―国内旅行需要の活性化については、新潟県中越地震の観光復興支援がまず挙げられるが。




【二階】


 観光振興については、震災被害がなく、また、交通網の影響のない地域から早急に対応を実施していくことが必要となる。その具体策を検討するため、新潟県と相談し、地元において商工会議所、観光関係団体、行政当局等で構成する「新潟県観光復興会議」が設置され、昨年十二月一日に第一回会合が開催された。


 旅行業界としては、通常通りの営業が行われている宿泊施設・観光施設について、風評被害払拭のための新潟観光の正確な情報を提供し、新幹線の復旧などの適切な時期における企画旅行商品の造成と販売等の支援を実施する。


 また、ANTA、JATAともに新潟に応援団を派遣し、新潟県県央・中越地区を訪問し、県知事や観光関係者と意見交換を実施した。中国や韓国の航空会社にもチャーター機を飛ばしてもらって、新潟が元気になっている姿を国際的にもアピールしたいと思っている。


 地震で災害が発生したことにより、観光目的で新潟に行く予定だった三二万人がキャンセルしたことに対して、どのような支援をするか。旅行・観光業に携わっているからこそ、支援が出来る。旅行・観光業が支援して、新潟が段階的に元気づくことで、県をはじめ地元自治体も旅行・観光で新潟の復興を遂げようという気持ちになる。




【新町】


 応援団として新潟に行った時に、地元では、援助物資は感謝しているが、今は観光でお客様を送っていただけることが有り難いと言っていた。我々旅行業界はこういう時にはパワーがある。ANTAと協力して、国内旅行需要活性化のまず第一として新潟県の観光復興支援を旅行業界を挙げて取り組んでいきたい。




【二階】


 上越新幹線の再開とともに、関越高速道路料金を少し安くすれば、観光バス、乗用車も含めて新潟へ行く交通量は増え、新潟の旅行・観光が促進される。高速料金の割引きについても、難しいことだがぜひとも実現したい。(二〇〇五年三月より実施)阪神・淡路大震災の時に、元気になったと世界に発信できなければ、国として責任を果たしたことにならないと委員会で発言したが、今の新潟も同じで、この際は新潟復興のために観光産業が「オールニッポン」で立ちあがることが重要だ。




 ―国内旅行については、景気低迷もあって漸減傾向が続いているが。








【新町】


 災害が起きた時に改めて、観光産業の重要性が認識されることも多いが、国内旅行については従来より、本質的な問題を抱えていると感ずる。つまり、マーケットの実態と、国内ツーリズムのあり方がマッチしていないとの認識がある。


 例えば、国内景気の低迷による企業のリストラ対策の中で、団体旅行を対象とする宴会的な発想の温泉旅館的な旅行が激減している。これが主流だった時に、日本の各旅館が過剰な設備投資を行い、経営を厳しくした。また、、バブル期に建設されたテーマパークが、バブルの崩壊、国内景気の低迷で経営不振に陥っている。


 つまり、国内旅行も大きな変革期にあり、テーマ性、目的性のある旅行と、それを受け入れる魅力ある観光地づくりが必要になっている。従って、旅行産業界としても改めて、国内旅行のあり方を抜本的に検討すべき時に来ているのではないか。マーケットの実態と国内ツーリズムのあり方がマッチングするよう、ある程度長期的なスパンで将来像を描いていく必要性を感じている。その際、地方自治体等との協力関係をいかに築くかも大きな課題となる。


 その点、ANTAは地場から発信する旅行企画をしなくてはならないと提唱しており、これは非常に重要なことだと思う。旅行会社の視点の中には、これまで、現地にどのように人に来てもらうかという着地型の発想がなかった。これを徹底して推進することが必要だ。ANTAがそのような方針を打ち出して、具体的に進んでいるので、JATAとしても大いに協力していこうと思っている。


 国内旅行需要の活性化については、ANTAと緊密な話し合いをして、協力しながら進めていきたい。




【二階】


 国内旅行の現状を見ると、旅行の素材が定型化している一方で、消費者の嗜好はさらに多様化しており、また、ファミリー旅行や個人旅行が増加してきている。今後の国内旅行需要の活性化を考えた時に、そうしたファミリーや少人数での旅行への対応を進めることがキーポイントになるだろう。


 また、旅行会社には、単に運送機関や宿泊機関を断片的に手配するのみではなく、一人ひとりの旅行者の身になって、旅行という非日常的な体験全体が有意義なものとなるよう、旅をマネージメントする役割がある。現地の様々な旅行素材を発掘し、それを料理し、魅力ある旅行商品としてマーケットに提供することで、国内旅行の需要喚起につなげていくことが求められている。




【新町】


 また、国内旅行では、日本の文化をツーリズムに結びつけていくことも課題の一つだろう。カルチャーツーリズム、産業ツーリズム、グリーンツーリズムなどもある。観光資源を開発していくことが重要だ。観光素材はたくさんあるのに、それがツーリズムに結びついていない。観光素材は各地域にあり、掘り起こしていく必要がある。




◆二階氏 VJC理解深まる、観光庁設立に努力


  新町氏 将来はツーリズムセンター設立を




 ―訪日旅行者を促進するためのVJCをさらに大きなムーブメントとするには、国・地方自治体の取り組みが不可欠となるが。




【二階】


 最近、旅行・観光関係の業界だけでなく、あらゆる部門の人達が、VJCの重要性を認識していただいている。しかし、私が運輸大臣だったころはそうではなかった。私は当時の河野外務大臣(現衆議院議長)に対して『観光を促進するためには各国に駐在している大使など日本を代表する人達が、もっと「日本に来てください」とアピールしてほしい』とお願いしたことがある。河野大臣はこれに応えてくれ各国の在外公館に対して訓令を発してくれた。外交官の中には観光誘致が主たる業務ではないと思っている人が多かったが、その意識も取組も変わりつつある。


 よく「人が訪ねて来ない家は駄目だ」というが、これは国に例えても同じで、自国にたくさんの外国の人が訪問することが誇りとなる。訪日外客が三二〜三位に低迷していることは日本の恥であり、旅行業者の問題ではない。国を挙げて取り組まなくてはいけない。小泉首相が観光に関心を寄せられて、ようやくVJCが盛んに行われていることに感謝している。


 それでは、VJCで日本に来た時に日本はどうするのか。まず、親切という意味では、日本人は根っからの親切な国民だ。日本人に親切にしてもらったと思う外国の人は多いが、自分を外国人に置き換えて、日本の空港に着いた時、日本のJRの駅に着いた時、港に着いた時、一体どうするのか。外国の人は電車に乗り、地下鉄に乗って、都内でも二〜三人で行動している。これを見て、この人達は勇気があり、活発で、日本のことを勉強して行動できると感心する。


 しかし、訪日外国人が増加するに当たり、国として、あるいはそれぞれの地域社会として、これから来訪する外国の人をもっと親切に迎え入れることができればいいと常々思っている。段階的にその方向に向かっており、旅行・観光関係者はもとより、公的な機関も目が向いてきた。


 今後、来日した外国人が、日本は良かった、歩きやすい、分かりやすい、便利だ、食べ物が旨い、安いものもある、というような感想を持ち、また来ようという気持ちにさせるという、一連の流れがスムーズになるようにしていきたい。


 障害を除去するという意味で、バリアフリーという言葉があるが、旅行・観光にしてもバリアフリーでなければいけない。新町会長のJATAと我々のANTAと協力して、そうした方向に向かって進みたい。




【新町】


 全く同感であり、これからも引き続き、ANTAと協力しながらインバウンド拡大に取り組んでいきたい。


 その際、インバウンドについても、国内旅行と同様に、基盤作りをしていく必要があるだろう。VJCによる宣言も大切だが、将来にわたって日本というデスティネーションが魅力的なものになって初めて、長期安定的なインバウンド拡大が期待できる。


 その意味では、国内旅行とインバウンドの振興は、最終的にはマッチングするのではないかと思う。日本人の国内旅行需要が低迷しているために、例えばアジアからの旅行者を呼ぼうといった発想では長続きしない。インバウンドも、国内旅行も、将来を見据えた施策の展開が必要だ。




 ―旅行・観光への取り組みで重要な課題は。




【新町】


 取り組むべき課題は多いが、ジュニアマーケットをどう活性化するかは大きな課題だと認識している。昨今、日本の子供達の教育水準が劣化していると言われるが、海外旅行の分野を見ると、海外でものを見よう、体験しようというかつてのエネルギーが弱まっている。旅行業界のみならず、自動車メーカーも家電メーカーも、団塊の世代のリタイアを前に、シニアマーケットの取込が盛んに言われているが、日本の将来を考えた時に、それだけで良いのかと疑問を感じる。


 とくに、旅行には、教育的な側面がある。若い人達に海外旅行に出かけてもらい、知見を広め、人々と交流し、感動を知ることは、非常に重要なこと。とくに少子化が進む中で、旅行離れにある若い人、いわゆるジュニアマーケットを旅行に誘引させなくてはならない。それには、国と国が相互に若い人に旅行してもらうことが重要になる。




【二階】


 自民党観光特別委員会の中に、荒井正吾参議院議員(元運輸省観光部長)を委員長とする国際修学旅行の促進に関する小委員会を設置している。地域同士の姉妹都市が協力し合って、国際修学旅行の交流に結びつけていく。これが促進されれば、若い世代の交流が進み、思わざる所の国の人達が日本の地方にやってくることにもなる。そうなると、二〇〇二年日韓W杯サッカー大会での中津江村が日本国中に出現する。国際化のために、私は日本国中を中津江村にしたいと考えている。旅行・観光業で利益を出すということはもちろん重要だが、もっと広い大切なものが旅行・観光にはある。大きく言えば、相互理解の促進であり、平和につながるということだ。旅行・観光で日本に行って楽しかった、素晴らしい人に出会ったということが、国際観光交流であり、平和への道だと信じている。


 自治体の国際姉妹都市交流の促進については、小泉総理も力を入れてくれている。力強い限りだ。姉妹都市交流も活発にしたい。








【新町】


 二階会長が今話された国際修学旅行の促進は、その意味でジュニアマーケットが旅行に向かう最大の契機になるのではないか。最も多感な時に海外旅行に行くことは、最大の思い出となり、また行こうという気持ちになる。彼らがリピーターとなり、旅行・観光の中心となるわけで、ジュニアマーケットへの取り組みが旅行・観光にとって最も重要と言っても過言ではない。




【二階】


 日本の子供だけでなく世界、とくにアジアの青少年はやがて大人になり、またリピーターで来るのだから、最初の修学旅行は出来るだけ安くして来てもらう。


 中国から日本に旅行に来た調査団にたまたま会った時、学生、大人が毎日ミーティングして、中国で思っていたことと、実際に日本に来てからでは日本人の印象は正反対だったと語っていた。日本の人は素晴らしく親切だと言ってくれた。だからこそ、修学旅行に力を入れたい。やがてこれが大きな実になる。今は安く修学旅行を仕上げるが、やがて大人になり、日本に旅行へ来る時は、質の高い旅行を選ぶことになる。




 ―JATA、ANTAの連携はますます強まって行くように思えるが。




【二階】


 将来的には、JATAとANTA、さらには旅行・観光団体が入居するビルを建てたいと新町会長と話している。こうしたことをお互いに発言できる環境になってきた。




【新町】


 このビルには各国の政府観光局も入り、一階にサービスセンターを設置する。外国からの旅行者が来たら世話をするという「ツーリズムセンター」をつくりたい。将来の夢だが、旅行・観光が二十一世紀の基幹産業となるためには、そうした気概を持って取り組んでいきたい。




 ―業界の取組とともに、行政サイドの体制を強化すべきとの声も大きい。観光庁を創設するという構想もあるようだが。




【二階】


 観光立国の推進に向けて、観光関係予算も着実に増加しており、二〇〇二年度の三三億円から二〇〇三年度は五一億円、二〇〇四年度は六〇億円と増えている。VJCの高度化や観光ルネサンス事業の実施で二〇〇五年度もほぼ満額に近い予算が計上された。


 こうした観光関係施策を推進する組織を強化するため、国土交通省に観光庁を設置することが必要であり、これは迅速に取り組まねばならない課題と認識している。幸い北側国交大臣も積極的で、関係者が「観光庁」の必要性について認識を共有し、その実現に向けて協力していけるように、私としても努力していきたい。




【新町】


 産業が発達するためには、官民一体の関係が重要で、行政サイドのサポートがなく業界だけでの発展には限界がある。「観光庁」のアイデアが出てきて、こうした体制ができれば素晴らしいことだと思う。







あとがき




最近、『観光』という言葉が、各方面で囁かれるようになりました。


 「地域再生を『観光』でがんばろう!」また「景気浮揚も『観光』でやろう!」など様々な場面で、政府も民間の観光業界からも、その期待は大きくなっております。


 観光はその波及効果により、ややもすれば単なる「産業」としての経済的側面だけが強調されがちです。それも大切なことですから、否定をするつもりは全くありませんが、観光はさらに「平和へのパスポート」であり、平和な地域にのみ存在しうる産業であります。このことを、もっともっと広い視野で考えようではありませんか。


 観光は古くから「国の光を観る」と申します。他の国、他の地域を訪れる時には相手の国や地域の歴史、風土をある程度勉強し敬意をもって接するべきでありましょう。また他の国や地域から訪れた人には、誇りをもって、私たちの国や郷土の歴史、風土の素晴らしさをお見せすべきでしょう。


 観光交流を拡大していくことで、真の平和と繁栄がもたらされるものと私は信じます。


 特に国際的な観光交流においては「のこぎり」のように、互いに行ったり来たり、双方向で訪問し合うことが大切であります。


 高野・熊野の世界遺産登録により、観光客、特に外国のお客が急に増えて参りました。北海道の知床も間もなく登録が確実と伝えられております。


 しかし国際的な観光交流において、特に支障となるのは「言葉の壁」です。かねてより東京大学の坂村健教授の指導により、国土交通省が開発、推進している「自律移動支援プロジェクト」(国土交通省の「自律移動支援プロジェクトホームページ」http://www.jiritsu-project.jp)はユビキタス・コンピューテイング技術を用いてこの壁を取り除く画期的システムの開発の成功により、わが国で世界に先駆けて実用化されようとしています。街や景勝地などに貼られた極小チップと携帯端末との間で通信し、地域の様々な情報を英語・中国語・韓国語などで紹介することのできる新しいシステムです。観光の重要な柱である美しい国土、地域の歴史・文化、誇りに満ちた人々の生活様式を異国の旅人により正確に伝える道具となります。


 この情報がきっかけでさらに身ぶり、手ぶりでの直接のコミュニケーションも始まることでしょう。互いの「国の光」を理解し、信頼関係を深めることも期待されます。そして、日本発のこのシステムが世界中に普及すれば、私たちも海外旅行で逆にこの恩恵を受けることができます。


 この国境を超えた観光の情報にさらに、私たちの「親切」を添えて「自律移動支援プロジェクト」の活動により、すぐそこまで来ている来日観光客一〇〇〇万人時代に備え、着実に受入れの準備を急がなくてはなりません。このことは、やがて二〇三〇年には、来日観光客四〇〇〇万人時代を迎えるための先導的な重要な役割を果してくれることにもなります。またそのような心の準備や観光インフラの整備が観光立国へのさらなる躍動的なスタートにもつながるものです。そして地方の国際化へ、さらに過疎や過密の地域格差の是正にも大きな役割を果たしてくれるものと確信しています。


 関係者の皆様の努力のお陰で、観光立国もかなり進展してまいりました。しかし、まだまだ道半ばです。これからも観光振興に期待を寄せる多くの同士の皆様と力を併せて、私も微力を尽くして参りたいと思います。


 この度の出版に際し、身に余るご推薦のお言葉をお寄せいただきました武部自民党幹事長、政治評論家の森田実先生、成田国際空港鰍フ黒野社長、(社)日本ツーリズム産業団体連合会の舩山会長、日本観光戦略研究所の辻名誉会長をはじめ多くの皆様にお世話になりました。日頃のご指導ご交誼と共に厚く御礼を申し上げます。


 地元和歌山県の木村良樹知事には何かとご協力を頂き、その上ご推薦を頂き感謝しております。


 ありがとうございました。




   二〇〇五年三月二十七日





・「草の根の観光交流―LOTUS ROAD」の出版に当って

 
この度、衆議院議員・二階俊博先生の「草の根の観光交流―LOTUS ROAD」を、日本観光戦略研究所が出版の栄を担うことになりました。
 常に、我が国の観光産業の牽引車のような存在である二階代議士の「観光こそ地域産業発展の起爆剤である」「観光は、平和な地域にのみ存在することの出来る平和産業である」「観光は人と人、国と国との交流の絆でもある」という何れの主張にも、私共も想いを同じくしております。
 観光を通じて、地域が栄え、世界がいつまでも平和でありますように願いを込めた二階代議士のロマンと、しかも雄大なロータスロード花街道の構想が、いつの日か花開き、実を結ぶことを、大いに期待しつつ、微力ながら同士と共に二階プランを支えて参りたいと思います。
 二階代議士の観光に込めた熱き思いの結晶ともいうべき本書が、一人でも多くの人に読まれ、わが国の観光に一層の輝きを放つことを、心から期待しております。

日本観光戦略研究所名誉会長


辻   卓 史


(鴻池運輸渇長)