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弔辞

 藤山 愛一郎

 ここに故遠藤三郎君の御葬儀が行なわれますのに際し、葬儀委員長としてお別れの言葉を申し上げねばならぬのは誠に残念であります。
 昨年末、君の突然の計報に接しましたとき実は何かの間違いではないかと疑いました。
 その数日前忘年会の席にも元気になられた君の顔がありましたし、事務所の私の部屋でも今度は充分にお大事にして下さいとお話をしたばかりでした。
 政治家としての君の強い責任感が取りかえしのつかないことをしてしまったのではと悔まれてなりません。
 君は静岡県裾野市に生まれ旧制第一高等学校を経て東京大学法学部を御卒業のあと農林省に入られ、いわゆるエリート官僚として常に将来を嘱望されて順調な道を歩まれました。
 各局課長などを御経験ののち和歌山県経済部長、本省の総務局長、畜産局長など最高のポストを歴任され数々の業績を残されました。
 その後、昭和二十四年戦後の日本再建に欠くことの出来ない人材として中央並びに郷土の衆望を一身に担われて政界への道を選ばれ衆議院議選挙に立候補され、重要で当選されました。爾来今日まで連続九回常に上位当選を続けられましたが、いかに君が日本の政治のため郷土の発展のため尽されたかはその一事をみてもよく分かるのであります。
 政界における君は当選間もないころから衆議院経済安定委員、党総務、大蔵政務次官、政調副会長、副幹事長などの要職を経られ、特に経済政策のすぐれた専門家として縦横の活躍をされました。
 そして昭和三十三年六月には岸内閣の建設大臣に就任されその豊富な御経験によって、数々の大きな業蹟を残されたことは衆目の認めるところで、そのため今回の叙勲に当りましては勲一等瑞宝章を賜わったのであります。
 また私が忘れることのできないことは、私が政界に入りまして以来常に私を扶けて下さり、時にはよき師として御指導をいただき今日まで同志として同じ道を歩いて来て下さったことであります。
 私は、いま、君の御霊前に立って、心から「有難うございました」と御礼を申し上げたい気持で一杯でございます。
 君は常に事に当って慎重熟慮され、一度方針が決まるとあくまでこれを断行する強い信念を貫かれる政治家でありました。
 またひとには親切でとことんまで面倒をみるという温情家でもありました。
 ともすると政治不信が懸念される今日の政界の中にあって、君のような政治家の範とする数少ない人材を失ったことは、日本の為にもまた君に限りなき期待をかけられていた郷土の為にも誠に惜しみて余りあるものがあります。
 しかし御子息たちがすでに立派に御成人になられ、やがては君の御遺志をつがれることでしょう。
 またあとに残された私どもも、君の御遺志に報ゆることが君への唯一の御恩返しと信じ、今後も精進を続ける覚悟でおります。どうか安らかにお眠り下さい。

昭和四十七年一月十一日
(葬儀委員長)

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