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平成16年5月25日
県政与党6議員国政レポート「がんばってます」寄稿


 初夏の訪れと共に、今年も蓮の花の季節がやって来ました。蓮の花との関わりの出発点は、私が県会議員のころ、高校時代の恩師からの依頼による、美浜町の日の岬の大賀蓮の他の改修でした。議会の文教委員長として現場視察を行い、冷たい水の池への流入を防ぎ、大賀蓮の育成に予算を確保すると共に、関係者の協力で、岩出町の緑花センターに蓮の池を造ることにしました。二十三年程前になりますが、中国の杭州植物園に大賀蓮を移植して、日中友好の一助とする運動に参加しました。昨年の春、中国海南島のアジアフォ−ラム常設会議場のボアオに友人の蒋会長のご高配で九つの池を造っていただき、大賀蓮、日中友誼蓮、舞妃蓮等を恩師である阪本祐二先生の奥さんや蓮研究を続ける令息たちのご協力をいただいて、移植することに成功しました。さらに「東方蓮文化苑」を建立し、日中の協力により、アジアの蓮記念センターをつくることになりました。今年の四月、私は大連市の東北財経大学で講演の際、大賀蓮の由来と、草の根交流の重要性を訴えました。大賀一郎博士が旧満鉄の講習所の教官をしておられたころ、大連郊外の晋蘭店で中国人から古代蓮の存在を教えられ、戦後、千葉県検見川の東大グラウンドの地中から、三粒の蓮の種を発見、やがて二〇〇〇年の眠りからさめた神秘の大賀蓮は紅の可憐な花を咲かせ全国に蓮の花と達文化を広めることになったことを話しました。この程、このことを伝え聞いた普蓮店の蓮研究家から私に対し、千三百年前の蓮の種をプレゼントしてくれました。私はこの蓮の種を東大の植物研究所の南定雄先生(日本蓮研究会長)にお願いして開花させていただくことにしたいと思っています。神秘と友情の花の香りが万里を超えて届くことができるよう期待しています。

 先日、ハノイ〜関空間の直行便が就航しました。秋山関経連会長や村山関空社長等と共に私も初便行事でハノイに向かいました。ベトナムは蓮の一大産地でした。ベトナム航空のシンボルマークも蓮の花でした。蓮のお茶やお菓子も店頭に並んでいました。ハノイの中心地の国会議事堂建設予定地から遺跡が見つかり、今、発掘作業が続けられています。三百年、五百年前の瓦が次々に発見されていますが、いずれも蓮の花が描かれていました。

 私の友人が新聞のコラムにパキスタンの市場で蓮根が売られていることを記した記事を教えてくれました。

 ある時、秋田美術工芸大学の石川好学長と話していました時、蓮の花の話で盛り上がりました。その後、先生はインドへ出張されました。インドから先生は私に興奮して電話をくれました。「バジパイ首相(当時)と蓮の話をして、大変喜んでくれました。党のシンボルマ−クも蓮の花で、党の旗を買って持って帰るから…」とのことでした。

 蓮は昔から、「東洋の花」、「平和の花」、「仏教の花」と言われていますが、早くもアジアの各地から花便りが届きそうで「アジア蓮ネットワ−ク」の構築も夢ではなさそうになってきました。

 六月四日から八日まで私の地元の同志の皆さんが、中国海南島(ボアオ蓮公園)に大挙して訪問されることになりました。そのころ、ボアオの地で見事な友誼の花の開花を祈るような気持ちの今日このごろであります。

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