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鯨のまち 太地町の再興を!

2005.2.3掲載

衆議院議員  二階 俊博

鯨のまち―紀伊半島の南端、人口約三千八百人の太地町でシロナガスクジラの骨格標本の完成式典が去る一月二十三日、太地町立くじらの博物館で盛大に行われました。
 ノルウェーからオスロ大学のラルス・ワロー教授、水産庁小松課長、大隅日本鯨類研究所顧問、山村共同船舶社長、捕鯨協会の中島会長、高山会長代理、和田顧問、地元の浜中前町長や町議の皆さん等、我が国、内外の代表的な鯨の権威が一堂に集まりました。
 式典は三軒町長が太地町を鯨の町として再興をはかる情熱にあふれる決意を表明されました。
 私も自民党水産部会長の鶴保参議院議員や木村知事の代理等と共に鯨漁業の振興と共に、六月に韓国で開催されるIWC(国際捕鯨委員会)での成功のために関係者の一層の奮起を促しました。
 シロナガスクジラの骨格標本は、全長26メートル、体重106トンの雌から、23.3メートル、高さ6.7メートルの巨大な標本が完成、くじらの博物館を訪れる観光客にも喜んで頂けると地元の期待が大きく膨らんでいます。
 当日、水産庁の鯨の専門家である小松正之博士から「太地と日本の捕鯨400年―過去から未来へ」と題する講演をワロー博士や三百名の町民の皆さんとご一緒に私も聞かせて頂いた。捕鯨の歴史や文化、太地町の先祖の皆さんが鯨漁に命がけで取組んで来られた今日までの足跡について詳しく語って頂きました。
 聴衆の誰もが、私たちが捕鯨を守る運命を担っていることを自覚させられると共に、国政の立場から、人類共有の資源と言われる鯨類資源を守ると共に、日本型捕鯨の将来に努力を誓い合いました。
 私は、衆議院議員に初当選の頃、日米友好議員プログラムのメンバーとして、故小渕恵三元首相を団長に加藤紘一元自民党幹事長を事務局長に、当時、一年生代議士の町村信孝外相、金子原二郎長崎県知事と私等が参加して、昭和59年8月、十六日間かけてアメリカの国会議員との親善交流の旅に出かけました。
 私が西海岸のロスアンゼルスからスタートして、毎日毎日捕鯨問題について意見を述べるので、しまいには、二階議員の発言は日米議員の友好のためにならない、鯨のことを言うと相手の顔色が変わると言って、当時同じ田中派の小渕団長に苦情が寄せられていたようでした。私は「鯨の問題についてアメリカ側の理解を求めるいいチャンスと思って、このミッションに参加しています。発言を控えることは出来ない」と申し上げ、自らの主張を続けました。その時の相手に今、ブッシュ政権の運輸長官のノーマン・ミネタ氏やネオコンのリーダー格のウォルフォウィッツ国防副長官も健在で活躍されています。先般、当時の与党三党の幹事長とベーカー米大使と共にウォルフォウィッツ氏と会って懐かしく話し合いました。イラク問題とクジラ問題はどちらが大切か?とジョークを言っておられた。鯨についても同盟国のアメリカの協力を得られるよう政府と党が一体で取組むことが大切だと新任の河相外務省北米局長に早速、強く要請しました。

 

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