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シュート打ちの名人  山内一弘さんを偲ぶ会 

2009.07.18掲載

衆議院議員・経済産業大臣
二 階  俊 博



 プロ野球、大毎オリオンズの往年の強打者として、ロッテ、中日の元監督としても大活躍された山内一弘氏の「お別れの会」が六月二十九日、東京のホテルニューオータニで開かれた。約三百人のプロ野球界のかつての大選手の皆さん等が集まった。娘さんの結婚式にもお招きを頂き、ご厚誼を頂戴していた私も出席させて頂いた。
 不世出の快速球投手と言われる金田正一氏、ミスターの愛称の長嶋茂雄氏、フォークボールで有名な杉下茂氏、鉄人、衣笠祥雄氏、赤ヘル軍団の名監督古葉竹識氏、広島カープの強打者山本浩二氏等が次々に山内さんの選手時代、監督コーチ時代の懐かしい想い出を雄弁に語ってくれた。プロ野球のコミッショナー加藤良三氏(前駐米大使)も出席され、現役の頃の山内選手を生き生きと語っておられた。
 日本球界の代表的なこれらの皆さんが語る熱い想い出の数々によって、山内一弘という日本球界の歴史に残る名選手、名監督の姿がくっきりと人々の心の中によみがえる一瞬でした。「打撃の職人」「シュート打ちの名人」という言葉も、野球ファンなら誰でも知っている。「偲ぶ会」で、長嶋さんは、「誰の真似でもない自分のものを作り上げた」と語った。金田正一さんは、「山内とは小学校時代に相撲大会で勝負したのが出会い。シュート打ちは脳裏に焼き付いている」とスピーチ。最後に中畑清氏が雰囲気を盛り上げるために、プロの歌手と言われている自慢ののどをたっぷり聞かせてくれた。挨拶に立たれた奥様の与侍子さんは、「晩年グランドへ車椅子で出かけて行った際も、球場に着くと、自分で立ち上がる姿に、山内はよくよく野球が好きなんだなぁと思いました。今日は最後のオールスターゲームでございました」と結んで、オールスターゲームになると大活躍をされるので、人呼んで「オールスター男」と言われていたご主人の在りし日に想い馳せておられたのが実に印象的でした。
 山内さんと私の出逢いは、スポーツ記者をしていた田辺市龍神の川口包光氏が紹介してくれた。少年野球のコーチやさらに私の後援会等に来て頂いた。誠心誠意、応援して頂いた。「かっぱエビせん」の異名をとる山内さんの指導の熱心さは、今も球界の語り草になっている。政治談義においてもやはり「かっぱエビせんでした」愛知県のご出身で、若い頃ノンプロ川島紡績で頭角を現した山内一弘さんを私の同志の江崎鐵麿代議士の御尊父の故江崎真澄先生が可愛がっておられた関係もあり、私たちが意気投合するまでに時間はかからなかった。アユ釣りが大好きで、日高川や日置川によく訪れた。研究熱心はアユ釣りでも本領発揮され、アユ釣りでもやはり「名人」でした。
 本県出身の元オリオンズの得津高宏氏、美浜町の「煙樹」の中野賢弘・令子夫妻、後楽園球場の役員をしておられた丸井定郎氏(白浜町日置川出身)等、和歌山に関係が深く、しかも山内さんの熱烈なファンが上京され、お別れの会に出席されている姿に、あらためて人間山内さんのお人柄に触れさせて頂いたようで嬉しく思いました。ユニホーム姿の遺影に向かって最後のお別れをさせて頂いた。山内さんから教わった勝利へのあの執念、道を極めるための根性にあらためて思いを致し、私は政界というグランドに立って、一球一球を大切にし、戦いに挑むことを心に誓った。

 

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