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「国家の実力は地方に存する」

森田 実・出版記念講演会より

平成16年6月20日
於・紀州南部ロイヤルホテル
                

もくじ

開    会 中村 裕一 和歌山県議会議員 
発起人挨拶 下川 俊樹 和歌山県議会議員
来賓挨拶    桂  功  和歌山町村会長、すさみ町長 
中田 肇 田辺商工会議所会頭
鶴保 庸介 参議院議員 国土交通大臣政務官 
国政報告 二階 俊博 衆議院議員 「新しい波」会長
柏原 英郎 泉信也後援会会長 
ご 講 演 森田 実
  国家の実力は地方に存する
  東京だけが日本ではない
  「財政赤字で国はつぶれる」というウソ
  政府が果たすべき責務は何か  
  偽りの「財政出動なき景気回復」論 
  政治家の原点――それは郷土を愛し国を思う心
  錯覚がもたらす悲劇 
  二階先生への期待
閉会挨拶 吉井 和視 和歌山県議会副議長

 

( 開 会 )

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)

 皆さんこんにちは。梅雨の大変うっとうしい天気ではありますが、日曜のお忙しいところ、大勢の皆さんにご参集をいただきました。心から感謝を申し上げたいと思います。また、本日は3区の市町村長の皆さん、また県会議員の皆さんもご出席をいただいております。心から御礼を申し上げる次第でございます。
 それでは、早速始めさせていただきたいと思いますが、私は本日司会を仰せつかりました御坊市選出の県会議員の中村裕一でございます。どうかよろしくお願いを申し上げたいと思います。(拍手)
 本日は、二階代議士の政治活動を3区各地でお支えをいただいております皆さんにお集まりをいただいたわけですが、和歌山県に住む者として日ごろから公的な要望というのはどんなものがあるでしょうか。高速道路が必要だとおっしゃる方もおられるでしょう。家の前の道を何とかしろというふうに思われている方もおられるでしょう。梅雨になってまいりましたから、雨が降ったら川が氾濫するから川を治せというようなご要望もあるでしょう。そしてまた、南海地震が心配されておりますから津波対策をしてほしいということも言われているでしょう。また、今景気が少し上向きと言われておりますが、農業の振興のためには基盤整備が必要だというふうに言われますし、漁港も必要でしょうし、商店街の道も広げる必要があるでしょう。そしてまた、下水道というようなことも必要になってくるわけでありましょう。実は今申し上げたことは、これは一言で言うと公共事業という言葉に代表されるわけであります。
 そもそも学校で社会科のときに習いました、川が氾濫をして、これを何とか治水をしないといけないということで国が始まったという、そういうことを習ったわけでありますけれども、今日公共事業というのは何か不必要な、要らないもののように最近言われるようになってきております。地方に住む我々にとっては必要だということを申し上げても、地域のエゴだというようなことを言われるわけでありますけれども、きょうお越しをいただきました森田実先生がお書きいただきました「公共事業必要論」、実はあした発売ということで、きょうは皆さんにお話をお持ち帰りをいただきまして、公共事業はやっぱり必要だという正論をお披露目をいただきたいと思います。
 きょうは、二階先生とご一緒に私たち同志の県会議員は自民党に戻りまして、今度、鶴保庸介国土交通大臣政務官の選挙を迎えるわけでありますけれども、自民党の和歌山で中心的な役割をしていただいております自民党県連幹事長で、新宮市選出の下川俊樹県会議員から、この会の発起人も兼ねましてごあいさつをいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。(拍手)

下川俊樹・和歌山県議会議員

 皆さんこんにちは。ただいま紹介いただきました自由民主党和歌山県連幹事長の下川でございます。本日、森田先生をお迎えするに当たって、二階俊博代議士より地方公共事業というのは本当に地域に住む政治に携わる者にとっては大変大事な問題であるし、これからの地域をよくするためにもぜひ力を入れて取り組んでいく問題であるということのご示唆をいただいて、わかりましたと、自民党も一緒になってこの公共事業が必要ということで、森田先生とともに頑張っていこうということで本日お伺いをさせていただきました。
 森田先生には、3年前に自由民主党県議団で和歌山へお越しをいただいて、これからの国政、そして我々の地域の活力について勉強会をさせていただいた記憶がございます。また、衆議院の選挙のときには二階先生とともにこの和歌山県にお越しをいただいて、「二階先生が国政の中でどういう立場でどういう働きをしているのか」ということを詳しく教えていただき、さらに自由民主党ももっと腹に力を入れて地域のために頑張る姿勢を見せなければ地域の信頼は得られないよということも教えていただきました。それだけに本日お迎えをして、こうしてごあいさつをさせていただく機会を賜りましたことに、心から感謝を申し上げますとともに、今後とも森田先生にいろんなことをご示唆をいただきながら、この和歌山県の公共事業に多く予算をいただき、そして和歌山県の発展のために頑張っていきたい、そういうような気持ちでいっぱいであります。
 私もこの本を早速読ませていただいて勉強させていただくつもりです。この和歌山県の市町村長さんはもちろん公共事業がいかに必要であるかということを痛いほどわかっていらっしゃる方で、本日それぞれの地域の代表としてお見えでございます。どうか今後ともこの和歌山県の発展のために、公共事業に力を入れていただける、そして国政に向かってご意見番として厳しい意見をどんどん届けていただける森田実先生に、ますますのご活躍を心から祈念を申し上げたいと思います。
 最後になりますけれども、いよいよ参議院選挙が7月11日に投票を迎えるわけです。ここに比例区の泉信也さんのポスターを張っていますので、選挙区の鶴保庸介君の事務所を預かる一人として、皆さんの絶大なるお力をいただいて、せっかく1期6年頑張ってまいりましたので、2期目の国政に自信を持って送っていただいて、和歌山県のために頑張っていただける参議院議員としてお育てをいただきますことを心からお願いを申し上げて、ごあいさつにかえます。ありがとうございます。(拍手)

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 ただいまは、本日たくさん出席をしていただいております県会議員の皆さんのを代表してのごあいさつでもございました。
 次は、本日お越しをいただいております市町村長の皆様を代表いたしまして、県町村会長の桂功すさみ町長よりごあいさつをいただきます。よろしくお願いを申し上げます。

桂功・すさみ町長

 皆さんご苦労さまでございます。ご紹介いただきましたすさみ町の桂でございます。きょうは大勢市町村長さんが見えておられます。いろいろと政界の切れ味鋭いご意見番としてご高配をいただいておる森田実先生にお越し頂きました。そして何といっても大御所の二階先生、常に我々のこの地域の活性化のために頑張っていただいていますので、私たちはこの機会にひとつお礼を申し上げよと、そういう気持ちでございます。
 皆さんもう既にご承知でございますけれども、二階先生、すでに中央政界の大御所ですが、今回の参議院選に2期目を目指して出馬される鶴保先生はご承知の通り、今、国土交通省の大臣政務官をされておるわけでございますが、その国土交通省がせんだって地価の公示を公表いたしました。それによりますと、何と和歌山県はもちろんでございますけれども、この日本の国の中で東京都の方が地価がやや動いていた。ところが、地方の中核都市はいかがかというと、ごく一部を除いて軒並みに下がっておるということです。申し上げるまでもございませんけれども、地価の動きというものはその地域の経済のありようを示す鏡であると、そのようにも申されております。あの地価の一覧表を見ますと、地方の衰退というのが本当に明らかでございます。その上に、今非常に国の財政も苦しい。地方はもちろんでございます。どんどんと交付税も切ってくる。ですから、公共事業、これは何としてでも国の方で幾ら苦しくてもやっていただかないといけない。まず第一に優先してやっていただかないといけないと、我々は常にそのように願っておる次第でございます。
 森田先生の今回のこのご本、表題が素晴らしいと思います。「公共事業必要論」本当に今地方が望んでおることです。これを全部森田先生が自ら、書かれております。高座でございますけれども、和歌山県の町村長を代表して、森田先生がおられますので、心からお礼を申し上げる次第でございます。
 我々はどんなに苦しくても、しっかりとひとつ二階先生を筆頭に、和歌山県、何と申しましても二階先生がおられるので、若い鶴保先生等、皆さんを中心としてこの地域の活性化を図らなければなりません。そのためには、今司会の中村先生も申されましたが、いろいろな事業がございます。けれども、今一番願うことは、私は南の方ですが、やはり高速道路の南伸、紀伊半島の一周でございます。それとアクセス道路の整備。それから、もろもろの事業がございますが、とにかく道路をまずやっていただきたい。
 幸い白浜からすさみ間につきましては、先に国の新直轄事業としてやっていただくということで、大変ありがたいことでございます。地元負担金も要らないし、また料金等もいろいろ配慮してくれるそうでございます。こうしたことで、これから大事なことはどんなに苦しくても、やっぱり我々こういう落ち込んだ半島に住む者として願うことは公共事業でございます。どうぞひとつこれからも森田先生等のご指導をいただいて、公共事業をひとつ何としてでもまず優先して道路の方から始めていただきますように、やっていただきますようによろしくお願い申し上げます。
 ここで私は改めて森田先生に心から歓迎と感謝の拍手を送っていただきたいと、思います。(拍手)
 ありがとうございます。これであいさつを終わらせていただきます。(拍手)

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 ありがとうございました。本日は市町村の議会の議長様、また県、市町村の議員の皆さんにもお越しいただいております。ありがとうございます。
 次に、地元経済界を代表いたしまして、田辺商工会議所会長、中田食品社長中田肇様からごあいさつをいただきたいと思います。(拍手)

中田肇・田辺商工会議所会頭

 ただいま紹介をいただきました田辺商工会議所会頭の中田でございます。きょうは森田実先生には大変お忙しい中を紀南の地までお運びをいただきまして、心から感謝をしている次第でございます。
 さて、今日本の経済は、大企業を中心として長い長い不況の中から回復基調に入ったと、このような感じがしております。そしてまた、大都市を中心として大企業の影響を受けた中小企業が少しは明るい兆しが差してきたかなと、このような報道もされているところでございます。しかし、我々の住むこの紀南地方はまだまだ不況のどん底にいるのかなと、まだ好況の波がこの地方まで届いていないのかなと、このような感じがする昨今でございます。
 この大企業の好況の中でも、特に高度な実力を持った企業が好況のイニシアチブを取って引っ張っていっているわけでありますけれども、この紀南地方の中にはそのような高度な技術を持った企業の存在はほとんどないわけであります。我々の中であるのは、農林業という第一次産業だけでございます。その中で、従来この地方の大きな活力になっておりました林業が、今や構造的な不況の中で大変苦しい経営を迫られていることも事実であります。残った農業の中で、この紀南地方の地場産業であります梅産業がかろうじて地方の経済を引っ張っているかなと、このような感じがしているところでございます。
 第2の地場産業としては、公共事業を地場産業と言えば大変論議を呼ぶところでありますけれども、そのぐらい重要な産業として位置を占めているわけでございます。そしてまた、この公共事業というのは経済的な効果だけではなしに、市民生活の中で我々住民生活の向上、そして環境の整備、さらに災害対策、いろんな生活の向上のために必要欠くべからざるものでございます。
 今、日本の中で「東京一極主義」という大変困った状況が出てまいりました。我々は日本列島の中の均衡ある発展を望むべきであり、「東京一極主義」が日本を滅ぼすのではないかなと、このような感じのしている昨今でございます。皆さん、最近の新聞紙上で報道されておりますプロ野球界、今関西の球団が2つ合併するとか言われておりますけれども、これも巨人一極主義になった中での弊害がやはりプロ野球界にも出ているのではないかと言う気がしているところでございます。
 そういう中で、きょうは森田実先生の大変力強い「公共事業必要論」のお話を聞けるということを本当にうれしく思っております。これから先生のご講話をいただくわけでありますが、先生の活発な迫力のあるご講演を期待申し上げまして、私のあいさつにかえさせていただきたいと思います。きょうは本当にありがとうございました。(拍手)

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 ありがとうございました。
 タイムリーとはこのことでしょうか。いよいよ参議院選挙に向け県下各地を駆け回っております鶴保庸介国土交通大臣政務官が到着をいたしました。ここで皆さんに一言ごあいさつを申し上げたいと思います。大きな激励の拍手でお迎えをいただきたいと思います。(拍手)

鶴保庸介・国土交通大臣政務官

大変光栄に存じます。国土交通省ですから、「公共事業必要論」、まさに目の前におられる森田先生のこの著作は、本当に我々国土交通省挙げて感謝を申し上げたい、今回の先生のご出版は、そういうご本でございます。また、それだけではなく、この私が当選をさせて選んでいただいておりますこの和歌山県、地方のあり方を考える上でも、これから公共事業というものをもっともっと、必要なもの、必要でないものを選別する議論を含めて、大いに私たちは考えていかなければならない議論ではなかろうかと思います。
 我が和歌山県は、もうご案内のとおり待ったなしの状況であるということを我々和歌山県民は1人1人が真剣に考えていかなければいけないのであります。効率性だけで物を言うのであれば、それこそ地方都市の都市部に人が集中するだけでいいわけであります。それを国家論として、みんな東京に人や物や金や情報を全部集めて、そして地方は効率性が悪いからといって切り捨てていく。こういうことでは我々地方に住む者の暮らしが向上することは、全く期待出来ないと言い切っていると同じであります。
 我々は地方に生まれ、そして地方に育ち、そして地方に禄を食んで、私たちが祖父母代、父母の代そして、今ここに暮らしておるわけであります。そんな我々でなければこの地方の声を代表することはできない。自信を持って、誇りを持って、皆さんご一緒に「公共事業必要論」を唱えていこうではありませんか。私もその先頭に立って頑張っていくことをお誓いを申し上げ、また7月11日、皆さんとこれからも一緒に仕事をさせていただけるよう、ぜひともご支援を賜りますことをお願いを申し上げます。一言ごあいさつとさせていただきます。何分よろしくお願いします。(拍手)

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 ありがとうございます。鶴保政務官は、この後まだ県下各地を駆けめぐります。どうぞ頑張れという意味で大きな拍手でもって送り出していただきたいと思います。(拍手)
 皆様のお近くに参りました節には、ぜひまたお励ましをいただきたいと思います。そして、政務官が特に頑張りまして今行われております社会的実験、朝早く起きていただいて高速道路に乗っていただきますと、海南湯浅の場合500円、そして下津からですと100円のキャッシュバックがございます。値下げをして交通量がふえれば値下げをしようという、そういう社会的実験が行われておりまして、ぜひ皆様もご参加をいただきたいと思います。
 それでは、大変お待たせをいたしました。ここで二階俊博代議士から「近ごろ思うこと」と題しましてご講演をいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。(拍手)

二階俊博・衆議院議員

 皆さんこんにちは。大変お忙しい中、このような時間に多くの同志にお集まりをいただき、本当にありがとうございます。けさ、お天気の様子を見ながら、テレビで言っていることとちょっと違うかなと思いながら、果たして飛行機が東京から飛んでくれるかどうか、これが私は朝からというか本当は夕べからの心配事でございました。そして、もし森田先生がお着きにならなかったときのことを思えば、この会場がどういう姿になるだろうかなということを思って、本当に汗の出るような思いでございました。幸いにして森田先生も順調に白浜空港にお着きになりましたし、お集まりの同志、私たちの地元では、これ以上の顔ぶれはないというほど立派な有力な皆さんがここにお集いをいただきました。関係者の皆さんのご協力に心から御礼を申し上げる次第であります。
 私は、公共事業問題、これは和歌山へ帰って県会議員をやらせて頂いた以前からこういう問題には関心を持っておりました。私は最初の政治へのスタートは、ご承知の方もいらっしゃいますが、今は亡き遠藤三郎という静岡県選出の国会議員でございました。建設大臣等を歴任された上、新幹線も大事だが、地域の産業を興していくためには高速道路が必要だという信念に燃えて、建設大臣として、高速道路の調査費を計上しようとしたところ、みずからの選挙区を通過するということで当時社会党の議員が文句をつけまして、大臣はそれを断念し、大臣をやめてからやろうということで、大臣をおやめになると同時に高速道路建設のための議員連盟を結成し、みずから会長となって東名高速道路建設促進の法律を国会に提出し、その先頭に立ってご努力をされました。私は当然20代の門前の小僧ではありますが、これをずっと見習いながら、その必要性というものについて私はもう根っからといいますか骨の髄までその重要性を承知をいたしております。東名高速道路が建設される以前と、東名高速道路が建設された後のあの東京から名古屋までの沿線の発展ぶりを見るときに、何で私たちの県にもそういう声が上がらないのかということを不思議に思っておりました。
 和歌山へ帰って県会議員に当選させていただき、この高速道路の必要性をずっと訴えてまいりましたが、中には私に反対する立場の人たちは、二階はまだ高度成長時代の夢を見ている。今は福祉の時代だと。福祉は当然重要なことであります。年金も医療も介護も極めて重要なことであります。そういう重要な政治的な命題を解決していくためには、やはり地域の産業が元気になってこそ初めて解決できるわけであります。青い鳥を求めるのはいいわけですが、その青い鳥を求めるためには、そこに仕事があり、地域の産業が隆盛をきわめて、初めて福祉にお金を回すことができるわけであります。私はその辺は少し時代の風潮、流れを取り違えているのではないかという疑問をかねてより、持っておりました。
 県会議員に初当選のころも、「福祉は票になりますよ」と言って私の肩をたたいてくれた、名前を言えばすぐわかるような人でありますが、もう今はこの世におられないわけでありますし、どうせ間違った意見でございますから、その人の名前を申し上げることは失礼かと思いますので私は一切言っておりません。私に「福祉はやはり選挙の票になりますよ」と言って諭してくれた先輩がおりましたが、私たちは断じてそんな考えにはくみするわけにはいかない。
 「高速道路紀南延長が必要だ」ということを盛んに言っておりますと、またこうおっしゃってくれました。「二階さん、あなたは若いから、ずうっと言い続けていれば、しまいに出来るかもしれない」。こんな無責任なことを県のリーダーが言っておった時代があったわけであります。果たして和歌山の高速道路はおくれました。しかし、今ここへ来てみんなが「高速道路は必要だ。南部まで開通して便利になった」、みんながそうおっしゃっておるわけでありまして、何が何でも紀伊半島一周をさせなくてはならない。きょうは和歌山周辺の人までは呼びかけてはおりませんが、やっぱり何となく東牟婁や新宮の皆さん、西牟婁の皆さんが熱心にこの会場に詰めかけていただいていることを思えば、いかにそのことの重要性にみんなが気がついているかということであります。
 きょうは森田先生にもぜひお聞き取り願いたいのは、私たちは40年もこのかた高速道路の必要性を唱えながら県民が待っておったのであります。それが突然、構造改革の名のもとに、小泉改革の名のもとに地方の道路は要らないと、そういう風潮が一挙にこの日本を覆ったのであります。そのことに意見を述べる者に対して、「抵抗勢力」というレッテルを張ったのであります。したがって、今自民党の道路調査会長として先頭に立って頑張っておられる古賀誠前自民党幹事長や、あるいは高速道路見直し検討委員会の委員長を務めるこの私などは、ともすれば抵抗勢力の親玉のように言われるわけであります。私はこれは名誉なことだと思っております。そうではありませんか。この地域から出ている国会議員が、構造改革だ、ヘチマの皮だと言って、自分のところの地域に道路ができないようなことになってしまって、それが何が格好いいのですか。私は抵抗勢力と言われることを大いに結構なことだと思っておるわけであります。
 先般も、ちょうど4月6日でございましたが、今の民営化法案がいよいよ山場を迎え、小泉総理を委員会に出席を求めて、私どもはこのことに対する詰めの質問をいたしました。私はきょうは森田先生がもしおいでにならなければ、このときの状況を詳しく皆さんにご説明をしようと思っておりました。きょうは幸いなことにこうしてお見えをいただいておりますので、私は簡略にさせていただきますが、私はこの道路問題できょうは皆さんにぜひ覚えて帰っていただきたいことがあります。
 それは、アメリカの高速道路、これは約9万キロであります。国が大きいのですから当たり前だと言ってしまえば、それまでですが、そういう状況にあります。中国はどうか。日本よりもはるかにおくれてスタートしたのです。極端に言えば20年もおくれて高速道路問題がスタートしたのです。その中国は今既に3万キロを超しておるということが言われております。年間に5,000キロも行くときがあるのです。
 私たちの日本はどうか。「9342」、「9342」という数字が言われておって、皆さんも耳にこびりついておるかもしれませんが、それが当面着工しようという努力目標でありました。そのことを含めて見直しをされたわけでありますが、幸いにして我々のところは白浜までは現行どおりの高速道路の制度でやっていこうと。今、すさみの桂町長がおっしゃったとおり、白浜から先のすさみまでの間は、これは新しいいわゆる新直轄方式ということで無料の道路を建設しようということになっております。
 さて、そこから先をどうするかであります。もうそこまでではいいのではないかと言う人もたまにはおるようでありますが、それは明らかな間違いであります。何となれば、紀伊半島というものはどこから来ておるかということをお考えになればおわかりのとおりであります。我々は、この北には大阪に京都に神戸につながっていかなければならん道路であります。南の方へ回る道路は、三重県に名古屋につながっていかなければいけない道路であります。そういうつながりがあって初めて我々の地域の発展につながるわけであります。これを我々はネックレスと呼んでおるのですが、ネックレスはどんな立派な高価なネックレスでも半分では値打ちがないのです。これはやっぱりこっちの首からこっちの首までつながってなければネックレスにならない。そういう意味で、紀伊半島の皆さんは遠慮が深いのではないかと私は思っております。高速道路紀伊半島一周、我々は私たちの孫・子の時代までにせめてこの程度のことを残せるお互いの立場でなくてはならないと思います。
 話を戻しますと、ドイツは1万1,000キロ、アウトバーンなどというものができて立派な道路が有名でありますが、この程度進んでおります。我が日本は残念ながら7,200キロのところで低迷しておるわけです。私はこの国を担う政治家ならば、これを国際社会並みにしていくためにはどうすればいいかということを考えればいいのであって、さっきおっしゃいましたように、イノシシしか通らないとかと言って地方の道路を揶揄し、地方の住民を揶揄するそういう政治家や学者や評論家がいるとすれば、我々はそれに対して断固たるブーイングをやっぱり発しなければならんのです。地方が黙っているからいけないんです。ですから、ここに多くの市町村長さんもおいででございますが、知事を含めて全国のそういう集いの際には、和歌山はこういうことは承知できないんだということをやっぱり声を上げてもらわなければいけない。黙っておったら、これで満足しているんだというふうに思われがちであります。我々はこれに満足するわけにはまいりません。
 時間がありませんから簡単に一言だけ触れておきたいと思いますが、私は先般国会が終了の時点で、フリーゲージトレインの問題についての会議がありました。ちょうどこの問題に熱心に取り組んでいただいている私のパートナーの1人に、今の法務大臣をやっております野沢太三先生がございます。この野沢現法務大臣は、元JRの旧国鉄の出身の方でありますから、鉄道の問題については大変お詳しい。そういうわけで、私がこの議員連盟の幹事長で、野沢さんが事務局長という間柄で今日まで引っ張ってまいりました。会長の江藤隆美さんという、元運輸大臣が、この方が引退されましたので、会長職はしばらく空席にしておきましたが、これからいよいよというときになって予算要求にもなる。会長を決めて思い切りこれに取り組もうではないかというのが各方面の皆さんのご意見でありまして、推されて私が議員連盟会長に就任することになりました。直ちに全国の知事会を結成しようと思っております。12路線があります。きょうは詳しいことを申し上げられませんが、12の地域、まあ地図を頭に描いていただければおわかりでございますが、新幹線に見込みのない地域であります。残念ながら新幹線が将来まで建設されるであろうという夢を持つことのできない地域、私はその地域の皆さんに、政治は夢を与えることがなくてはならない。それならば、フリーゲージトレインというのは新幹線の大体3割ないし4割の予算でできるわけです。
 この間、御坊市長に会ったときに、模型を1つ買ってくれないかと、そしてみんなに見せてあげてくれないか。どこがフリーゲージだというのは、在来線の幅で走っておって、新幹線に乗り入れるときには車軸を広げなければいけないのです。その広げることが自動的にできるようになっているのです。私は最初の今から14年前の運輸政務次官のころからじっとこの問題を応援し続けてきました。アメリカのコロラド州にプエブロというところがありますが、そこで実験をやりました。日本では新しい車両をつくったときに60万キロを走らせないことには、これは安全だということにならない。ですから、今度は特に必要なことは、在来線がただ早いスピードで走るだけではなくて、新幹線の列車の走行中の中へそれが入っていかなければいけない。これが、途中で遅いのが来た場合には後の新幹線の邪魔になりますね。そんなことになりますと、都会の既に新幹線を引かれている地域の皆さんは「そんな邪魔なものは入ってくるな」と言われるでしょう。人間というのはいいかげんなものといいますか勝手なものでして、自分ところがよければ、他の地域が発展しようとすると必ず文句を言うのが常であります。それに文句を言わさせないようにしようと思ったら、新幹線が走っているところへこれが入っても、後ろから来る新幹線の邪魔にならない程度のスピードを保持するというのが今大事であります。ほとんど見通しがついてきました。もう一段というところであります。
 私は、いろんな大学の先生や、あるいは鉄道建設公団の総裁、あるいは鉄道局長をやった者、経験者、そんな人たちを20人ほど集まってもらって私的な勉強会をつくってずうっと勉強してきております。ただ演説で我々が元気よくやればいいというのではなくて、技術的にこれなら大丈夫だというものがなくてはなりません。今、既にこの問題について外国が目をつけてきました。「うちの国でもそんなことをやってくれないか」と言うのです。私はこれからのODAなどは、何かそこへ建物を建てるとか何か簡単なものをつくるのではなくて、そういう技術的な問題について、さすが日本だと言われるようなものをつくって差し上げること、あるいは一緒になって研究すること、これがアジアの皆さんにも日本が尊敬を集められることになります。
 そのために私は、九州、四国、今各地域でこの着工の場所をずっと探っております。本当は和歌山県にもっと早くからやりたかった。しかし、和歌山県はさほど熱心ではありません。そんなことできないだろうと思っておるのです。「二階は選挙運動に言ってるんじゃないか」。あほらしい限りであります。必ず和歌山より先にできるところがあります。そのときに気がついて、和歌山もやりたいなんて情けないことを言わないで、今からやはり腹をくくってそれくらいのことをやってのける。ですから、高速道路1本、フリーゲージトレイン1本、これをやると和歌山県の発展は大いに様変わりになるというくらいなことは、だれが考えたっておわかりのはずなのです。政治には、当然、細かいいろんな、やらなければいけないことがたくさんあります。
 私たちは、この南部町や南部川の村長さんから命令を受けて、「梅振興議員連盟」というのを国会に超党派でつくってあります。それも大事なことです。やります。しかし、梅振興議員連盟等も進めていくと同時に、こうした公共事業を大所高所から取り組んでいくという姿勢がなくては政治になりません。そういう意味で皆さん方の一層のご支援をお願いしたい。しかしそれも、私が東京でこういうことを主張していくためには仲間が必要であります。その仲間は、私が県会議員のころから同志として一緒にやってまいりました泉信也さんという経済産業副大臣がおられます。運輸省から来られて和歌山県の港湾課長をやってくれました。住友の埋め立ての問題、和歌山港、日高港湾、田辺の港、新宮までずっと、これはみんな彼の手にかからなかったものはありません。そういう実績を持っている人でありますが、和歌山県を彼は第2のふるさとと思っております。
 私が彼に感心をするところは、前に初めて選挙に出たときに、かつて東京から来られた、中央から来られた役人です。地元の和歌山県の中の港湾課の職員の中に、アルバイトのようなお立場の女性が何人か勤めておりました。「泉さんが立候補されるというなら私でよければボランティアで泉さんの事務所のお手伝いをさせてください」、3人の女性が申し込んでくれました。私はそのとき泉信也という人の人格というものを改めて感じ取ったものであります。中央から来て鼻高々に国立の大学を出ているんだと言って威張って歩く程度の役人は何処にでもおります。きょうこの会場にはそんな人は来ておりません。だけど、実際そうでしょう。その位取りにはほとんど何の関係もないような職員の皆さんが、中央から来られた泉さん、もう東京へ行って何年もたっているんですよ。その人が選挙に出るならお手伝いをしてあげたい。私はそんな彼の人間性を見ると同時に尊敬しているわけであります。
 私どもは自民党の中で「新しい波」という政策グループを組んでおりますが、その1人がこの泉さんです。もう1人は、さっき元気よくごあいさつしていきました鶴保庸介君、もうこの人については長く語る必要はありませんが、どうぞ今度の選挙が鶴保庸介君にとっての正念場です。やはり長く当選を続けさせていただいてこそ初めて中央政界で一人前の口がきけるわけです。そういう意味で今度の選挙に、この鶴保庸介はあの西牟婁郡、きょうは町長さんもお見えいただいておりますが、日置川町の出身であります。したがいまして、我々の地元の者としてしっかり応援しなければなりませんが、紀の川筋でも和歌山でも彼を自分たちの弟のように、自分たちの子供のように考えて応援してくださっている有力な先輩の皆さんが多くおっていただきます。うれしい限りであります。我々は全力を尽くして比例区の泉信也、そして選挙区の鶴保庸介、当選のために私も先頭に立つつもりでありますが、お集まりの同志の皆さんには格段のご支援を賜りますよう心からお願い申し上げ、私からのごあいさつにかえさせていただきます。
 皆さんどうもきょうはありがとうございました。(拍手)

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 和歌山県の参議院議員第3の議席とも言うべきところを預かっていただいているのが泉信也産業経済副大臣であるというふうに思っておりますが、本日は、後援会の副会長で日本港湾協会会長、そして国土交通省の技術の総元締めでございます前技術総括審議官、元港湾局長の栢原英郎様がご出席をいただいておりますので、一言ごあいさつをいただきたいと思います。(拍手)

栢原英郎・泉信也後援会副会長

 ご紹介をいただきました泉信也後援会の栢原でございます。私自身も森田先生のお話をぜひ早く聞きたいと願っている1人ですけれども、大変恐縮ですが、お許しをいただいて一言、泉信也のお願いをさせていただきたいと思います。
 泉信也は現在、今二階先生からお話がございましたように、参議院議員の2期目最後の任期の時期にあります。経済産業副大臣として中小企業対策、そして不況対策等に駆けずり回っているところであります。12年前の選挙で、当時運輸省と言っておりました今の国土交通省でありますが、そこの九州地方の港湾を預かる局長をして、その後大臣官房の審議官をやっておりますときに、当時政務次官をしておられました二階先生のご支援をいただいて参議院に初当選をさせていただきました。以来12年間、二階先生の大変温かいご指導をいただきながら、初めての経験であります政治家の道を歩んでまいったわけであります。
 今ご紹介をいただきましたように、昭和54年、55年の頃だったと思いますけれども、和歌山県の港湾課長として四年間勤めをさせていただきました。当時、二階先生は県会におられましたが、先生をはじめ和歌山の皆様に大変お世話になり、先ほどのお話にもありました通り、まさに泉信也は第2のふるさととしてこの和歌山のことを思っている1人であります。そういうことで、ご存じの方もおられると思いますが、ご存じない方のために泉の人柄を示す1つのエピソードを紹介をさせていただいて、私のお願いを終わらせていただきたいと思います。
 和歌山から東京に戻りまして、男の子さんが3人おられます。双子の男のお子さんと1人の男の子。その1人がちょうど高校時代でありまして、東京の都立の高校に編入をされました。そのときに都に在住をしている者が1人保証人にならなければいけないということで、「栢原君、済まないけれども、息子の保証人になってくれないか」と。たまたま同じ職場に戻ってこられましたので、そういう間柄であります。全然、息子さんを知らないけれども、「泉さんの息子さんなら大丈夫ですよね」と冗談を言いながら判こを押させていただきました。
 皆様も保証人になられたことが多いと思います。保証人になっても、大体は忘れております。私も、信有君と言ったと思いますが、彼の保証人になったことを忘れていました。ところが、2年半ぐらいたったときに3月の末だったと思いますが、信有君から手紙をもらいました。「栢原さんが保証人になってくださったおかげで無事高校を卒業することができました」というお礼の手紙であります。私は本当に感激しました。そんなに自分自身が忘れているような保証人なんだけれども、保証人になってくれたということを覚えていてくれて、そしてその期間が終わったときにお礼状を出す。もちろん彼自身の気持ちだったかもしれません。あるいは、そうじゃなかったとしても、泉さん、それからそのお母さん、奥様の子供さんたちに対するしつけのすばらしさということをそのときに私は感じさせていただいたわけであります。各地で「泉信也はよく人の話を聞いてくれる」、そして「誠実である」「決して裏切られたことがない」ということを伺いますけれども、私はそうだろうということを、この家庭の出来事を通じて確信をしている1人であります。
 参議院ではぜひ地元選出の鶴保庸介先生と、和歌山を第2のふるさとと思っております比例区の泉信也をよろしくお願いを申し上げます。きょうここに入りまして、泉信也のノボリが8本もかけていただいているのを見て大変感激をしています。鶴保先生に、申しわけなかったなというふうに思っていますが、どうぞお忘れなく選挙区は鶴保、比例区は泉をお願いをいたします。
 名前を書いていただく選挙であります。そしていろいろなところで、何とかして名前を覚えていただきたいというふうに思っていますが、きょうは私とそれほど、私も相当古い生まれなので、年代の違わない方がおられますから、昔、浪越さんという方が言っておられましたセリフを最後に申し上げて、お願いにかえさせていただきます。浪越さんという方はテレビでこう言われたんですね。「押せば命の泉湧く」、これを覚えて、ぜひ7月11日よろしくお願いいたします。(拍手)

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 どうぞ、泉信也さんに絶大なお力添えをいただきますようよろしくお願い申し上げます。
 それでは、ここで森田実先生にお話をいただきますが、きょうはご本もお持ち帰りをいただくことになっておりますので、エキスを聞いていただくということでご清聴いただきたいと思います。森田実先生です。よろしくお願いを申し上げます。(拍手)

森田 実 先生

 私は昭和7年生まれです。今年10月には72歳になります。40年ほど前から著述業を志し、著作ももうすぐ40冊になります。本を書き、論文を書くことを仕事にしてやってまいりましたが、このたび『公共事業必要論』という本を上梓いたしました。本の一番最後のページを奥付と言い、そこに発行日が書いてありますが、きょうはその発行日の前日です。著書が出版されると同時に出版記念講演会を開催していただいたことに感激しております。二階先生、本当にありがとうございます。お集まりいただきました皆さん、ありがとうございます。深く感謝いたします。きょうは私、感謝の気持ちを表すため、持っている洋服の中で一番いい服を着て参上いたしました。本当にありがとうございます。(拍手)

「国家の実力は地方に存する」

 一つの言葉をぜひこれから忘れずに覚えておいていただきたいと思います。それは「国家の実力は地方に存する」という言葉です。100年前に明治の文豪・徳富蘆花が『思い出の記』という有名な本の中で書いた一言です。「国家の実力は地方に存する」は大変いい言葉です。地方が栄えて初めて国が栄えるのです。国の力の源泉は地方にあるのです。地方がさびれ大都会地だけが栄えているような国はやがて歴史の中から消えていくのです。このことは歴史を研究した者であればみな知っていることです。
 私は世界の40カ国ぐらいしか見ておりませんが、日本はどの国に比べても優れた国だと、海外を旅するごとに感じてきました。それは地方が優れているからです。まず第一にどこの国よりも犯罪率が少ない。また、日本のどの地方へ行っても人々は人情に篤く親切です。礼儀正しい人々ばかりです。これは何十カ国を見て本当につくづく感じます。日本の地方には、それぞれの地方にそれぞれのよさがあります。
 ところが、最近、海外の新聞は東京だけを見て日本の記事を書きます。日本について記事にするときに東京のことだけしか見ていないのです。これは、日本の大新聞も同様です。東京で私たちが読んでいる大新聞の記者は、東京を日本と勘違いしているようなところがあります。
 私は数年前から海外の記者の取材を受けることが多くなっています。例えば世界の19カ国で印刷されているフィナンシャル・タイムスという有名なイギリスの新聞があります。日本でも印刷されていまして、朝6時には日本の新聞と同じように配達してくれます。この新聞の日本特派員が、どう見ても東京だけを取材して、これが今の日本だという記事を書いていました。有名な記者です。彼が私のところへ取材に来たときに、「あなたは間違っている。あなたは本当の日本を知らずに日本のことを書いている」と言いましたところ、かなり激論になりました。ですが、その人は最後に反省し、「私は東京の何人かの人の話を聞いて、日本の経済情勢はこうだという記事を書いていました。地方は見ていませんでした。間違っていました。これからは地方にも行って記事を書きます」と言いました。半年ほどしてその人の記事を見ました。何と書いてあったか。「日本を知るためには地方に行かなければならない」と書いてありました。ところが、その半年後には彼は日本を離れましたので、1人の海外記者を教育して日本のことを世界に正確に伝えてもらおうと思った私の思いはうまくいきませんでした。
 その後、イギリスの雑誌『ジ・エコノミスト』の記者が私のところに取材に来ました。その人も東京だけしか取材していない。ですから「あなたは間違っている。東京には日本の人口の1割が住んでいるだけです。あなたは、この国を構成している1億2,700万人のうち、1,200万人だけが住んでいる東京のことを日本のこととして伝えているけれども、こんな間違ったことはない」と指摘したところ、彼は怒りました。怒りあまりこんなことまで言いました。「私はつい最近までイギリスの大学で経済学の教授をしていた。その私に対してあなたがそういう批判をするのは承服できない」と言いました。私が「あなたがいたイギリスの大学は世界有数の大学だと思っていたが、あなたのような人物が教授だったというのは驚きだ。イギリスはその程度の知的水準の国になったのか」と言いました。すると彼は、後日、高名な本国の編集長を連れてきました。私は本国の編集長に同じことを言いました。彼は静かに聞いて、帰っていきました。わかってくれたのだと思いました。

東京だけが日本ではない

 ともかく、東京だけを見て、これが日本だと勘違いしている人が世界に多いのですが、それは東京にいる日本人がそうなっているからなのです。朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、産経新聞の5紙が全国新聞ですが、いずれも東京のことを日本のこととして報道しているのです。東京イコール日本と考えているのです。私はよく言うのです。「東京以外に住む人間は1億1,500万人いる。東京の人口はその1割の1,200万人にすぎない。日本人口の9割を無視して新聞報道が成り立つのか」、と。
 全国紙の記者に「あなたの新聞をずうっと見ているけれど、地方のことが記事になるのは、地方に極端な犯罪事件があったときだけだ。地方の経済実態がどうなっているか、地方の人々の生活水準がどうなっているかについてほとんど何も伝えていない。これはどういうことなのか」と質問したことがあります。5つの全国紙は地方のことをほとんど何も伝えないのです。この私の質問に対して、こういう返事が返ってきました。「当たり前です。地方のことを担当する記者が1人もいません。担当部署がありません。だから伝えないのです」と言うのです。「それで全国紙としての責任が果たせるのか。果たせないのではないか。日本国民の9割の人たちが暮らす地方がどのような状況にあるかを知らずして新聞をつくる。これを無責任というのではないか」と私は言いました。するとこう答えました。「昔からずっとそうなのだ」と。
 もう1つあります。中小零細企業については時々記事になります。ただ、それは、経済産業省の中小企業担当部署や中小企業庁からデータが発表されたときだけです。新聞社独自の中小零細企業の記事は1つもありません。なぜか。中小零細企業の担当記者がいないのです。担当部署もないのです。
 つまり、わが国の大新聞は、地方を無視し、中小零細企業を無視し、東京のこと、大企業のことだけをニュースにして、それが日本であるかのごとき報道を繰り返しているのです。この点について、私は各新聞社の記者と長い間やり合ってきましたが、中央の大新聞社の姿勢は変わりません。この報道姿勢を変えるために、私はあと何年生きられるかわかりませんが、全力を尽くすつもりです。
 「新聞社としての良心があるのならば日本全国のことを報道しろ。どこに住もうと、この国に生まれて生きている日本国民は平等だ。東京に住んでいる人間だけのことをニュースにし、地方のことをニュースにしない。大企業のことをニュースにし、中小零細企業のことをニュースにしない。それは間違いだ」ということを言い続けたいと思います。私の力不足のためにまだこのことを変えられません。マスコミは巨大な力をもっています。そのマスコミを相手にして、一人のフリーの言論人が戦うには限界がありますが、しかし、意気天を衝くの気持ちをもってこの点を改めさせたいと思っています。
 最近の中央官庁の役人も、一部を除いて、東京だけのことしか見なくなりました。地方がどうなっているのか、知らないのです。これでは国土の均衡ある発展はできません。地方に目を向けさせるために努力したいと思います。

「財政赤字で国はつぶれる」というウソ

 私は実は、この『公共事業必要論』という本を書く気持ちになりましたのは、昨年秋、ここにおいでになられます二階俊博先生と飛行機の中で隣り合わせになりまして、「このままでは日本は危ない」という先生の意見をじっくり聞きました。私は二階先生の意見に全面的に賛成しました。東京だけが一極繁栄をし、日本人の9割が住む地方はないがしろにされ続ける。交付金や補助金が構造改革の名のもとに一方的に削減され、地方の富が中央に吸い上げられる。不良債権処理の名で情け容赦のない貸しはがしが行われ、1年間に4兆円も5兆円もの金が中央に集められているのです。日銀の貸出残高がそれだけ減っているのです。地方から、中小零細企業から金が吸い上げられているのが現状です。しかし、わが国の現状は、こんなことをこれ以上認めることができるような状況でありません。地方自治体は困窮しています。中小零細企業は大変です。国民生活は限界に立ち至っているのです。とくに公共事業を極端に削減されたため、土木建設業者は大変です。
 その何よりの証拠ですが、1年間に一般家庭の貯蓄が2兆数千億円も減り、保険を解約しなければ生計を維持できない人が増え、20%を超える人たちが貯蓄ゼロになりました。これをこのまま放置することはできません。国民生活の安定を何よりも優先させるべきだと私は思います。ゲーテの言うとおり、「生きることの目的は生きることそれ自体である」のです。この世に生まれた人たちがみんな生きていけるようにする――これが政治の責任であり義務なのです。このことをわれわれ国民は遠慮することなく主張しなければなりません。
 最近、『日本再生会議』という本を本屋で見つけて、読みました。著者は木村剛さんという小泉構造改革推進派の理論家です。表紙をめくると、「日本の財政はパンク寸前である。やがて大爆発が起こって日本がつぶれるであろう」という意味のことが書いてあります。木村さんは40代の元日銀マンで大変頭のよい人だそうですが、世の中のこと、歴史をよく知らない人物がこういうことを堂々と書いているのは情けないことです。というのは、歴史上、戦争に負けて滅びた国はあります。大国から借りた金を返せずに領土の一部をその大国に取り上げられた国もあります。しかし、領土があり、そこに民族が存在している限り、国がつぶれるということはありません。
 いわんや、財政赤字で国がつぶれたなどというのは例がありません。それも、政府が自国民から借りているのです。つぶれるわけがありません。わが国には、日本国民が戦後数十年間、営々と働き、営々として築いた貯蓄があります。政府はその国民の貯蓄を借りているのです。ほかの国から借りているのではないのです。
 韓国、インドネシア、フィリピンはIMFから金を借りて非常に苦労しました。IMFから借りた結果、IMFが国の経営を事実上握り、「競争経済をやりなさい。アメリカと同じような経済体制にしなさい」と強制されました。金を借りていますから、その要求を呑むしかないのです。それでこれらの国は表面上は立ち直ったように見えますが、本当に立ち直りましたか。立ち直っていません。3カ国ともめちゃめちゃになりました。お隣の韓国は、あれほどアメリカと密接につき合ってきた国でありながら、今、世論調査で8割の人が「アメリカという国が一番よくない」と答えるまでになっています。アメリカは1950年には戦争をした隣の北朝鮮より悪い国だと答える人が多くなっているのです。いかにIMFの管理のもとでの処理が韓国民の間に深い傷を残しているかがわかります。同じことがインドネシアにもフィリピンにも起こっています。アメリカ方式では再建できないのです。
 しかし、わが国の場合、IMFからは一文の金も借りていません。政府は日本国民から借りているのです。そして、日本国民はそれを容認しているのです。だから、自民党政権は続いているのです。国民がそれを拒否していたら、政権交代が起こっています。政権交代が起きないのは、政府に金を貸している国民がそれでよい、と考えているからです。
 ところが、財務省の幹部も、政府の審議会のメンバーになっている人も、小泉構造改革推進派の人々も、財政赤字で大変だ、このままでは国はつぶれると大騒ぎしている。それでいながら、大量のドル買いを行い、アメリカ国債を買いつづけています。政府にお金がなければ、こんなことはできません。国の指導層が偽りの議論をして国民をたぶらかす――あってはならないことです。謙虚に真理のみを言うべきです。
 それだけではありません。大新聞も、テレビの解説者も、その尻馬に乗って、財政赤字で日本はつぶれる寸前だ、1銭でも国債を余計に発行したら、建設国債を1銭でも余計に発行したら日本国はつぶれると大げさに騒ぎ立てています。こんな間違った話はありません。ですから皆さん、財政赤字で日本はつぶれる、もう日本はだめだという論は、きょうの私の話を聞いた以後は信用しないでください。(拍手)
地方を活性化するために公共事業を要求することは正しい道なのだという確信をもってください。それで、だれかに何かを言われたら、私の名前を挙げて「森田に文句を言え」と言ってください。私がすべてを引き受けて論争いたします。
 さらに、公共事業のかなりの部分は建設国債によって行われています。全部が全部建設国債ということではありません。税金も投入されています。二階先生は専門家中の専門家ですから、二階先生にお聞きになれば、その詳しい内容は全部わかります。
 もともと、国債を発行して道路をつくる、国債を発行して港湾を整備する、国債を発行してもろもろの公共事業をやると言ったのは政治家の側ではありません。建設国債が発行されたのは高度成長時代を切り開いた池田勇人内閣時代ですが、池田首相は公共事業は税金でやろうという主張の持ち主でした。ところが、大蔵省(当時)が「建設国債でやりましょう」と押し切ったのです。「日本国民は借金嫌いだから、その方が歯どめがきく」という考えだったようです。そして、大蔵省の方針どおり建設国債が発行されることになったのです。その大蔵省の後身の財務省が、今、「建設国債を発行することは日本をつぶすことになる」と主張しているのです。しかし、これはまったく間違った議論です。しかも、実は、今、10年前に比べると建設国債の発行額は半分になっています。大幅に減っているのです。
 今年度予算で36兆数千億円の国債が発行されていますが、建設国債の比率は18%です。わずか18%です。この18%をゼロにすれば国債依存政策が変えられ、財政が健全化する――こんな間違った議論はありません。82%が歴然として残っているのに、18%を消せばゼロになる――「100引く18イコール0」というに等しいお粗末な議論です。ところが、公共事業はこれ以上しない方がいいという空気がつくられている。世論調査をやればそういう人が圧倒的に多い。これは、間違った知識、間違ったマスコミ報道にもとづく間違った判断です。
 その結果、実は恐るべき現実がつくられていることをわれわれは知らなければなりません。3年前に小泉首相が構造改革を掲げて登場したときのわが国の税収は51兆円でした。3年後の今、税収は42兆円に落ち込みました。正確に言うと8.9兆円税収が減りました。
 国民が国あるいは地方自治体に対して納めるのは税金と社会保険料です。税金をおおまかに言えば、消費税、法人税、個人の所得税、そのほかもろもろの税です。このうち消費税とそのほかもろもろの税収の総額はほとんど変わっていません。変わっているのは法人税と所得税です。法人税と所得税の税収が3年間で約9兆円も減っているのです。
 所得税、法人税が減るというのは、国民と企業の稼ぎが減っているということです。1年平均3兆円ずつ減っているということです。これを放置すれば、来年度の税収は30兆円台に落ちるのです。さらに3年後には20兆円台に落ちます。なぜ、それほど税収が減っているかといえば、日本経済を成長させる政策をとっていないからです。経済を成長させれば税収は必ず上がります。成長政策をとらず、ただただ借金を返せばいいという経済縮小政策をとっている結果として、税収がこんなにも減っているのです。そして、この税収難こそがわが国の財政赤字の最大の原因なのです。ここに手をつけないかぎり、わが国はそれこそ財政破綻を起こします。つまり、経済を成長させるということを抜きにして財政再建はできないのです。ところが、今は政府がマイナス成長政策をとっているのです。これを改めさせることが必要です。

政府が果たすべき責務は何か

 アメリカのブッシュ政権は、二国間協議の場において、日本に対して、徹底的に不良債権処理をやりなさい、緊縮財政でやりなさい、特殊法人の民営化を積極的にやってもらいたいと、日本に対して要求しています。これは「年次改革要望書」という毎年アメリカから日本に出されている公式文書を見ても明らかです。アメリカ大使館の公式ホームページにはその日本語訳が載っていますから、誰でも読めます。
 ところが、ブッシュ政権は自国においては次のような政策をとっているのです。これは昨年1月28日にブッシュ大統領が行った一般教書演説の一節です。「アメリカ政府は、すべての働く意思と能力を持つ人に仕事を提供するために成長政策をとります。そのためにアメリカ政府は一時的に財政赤字が拡大することをいとわずに、財政支出をふやします。やがて国民の経済がよくなり、国民経済が成長したとき、それがアメリカの赤字財政を解決します。それが赤字財政を解決する唯一の方法です」。
 さらに、ブッシュ大統領はこうも言いました。「アメリカ政府は、すべての人が医療を受けられるようにします」。これは医療費を安くするという意味です。そして、この後にこう言ったのです。「政府に助けを求めるすべての国民に対してアメリカ政府は手を差し伸べます」。これがブッシュ大統領の大喝采を浴びた経済演説です。この経済演説の支持によってイラクへの戦争もできたのです。この演説の迫力はものすごいものでした。私はラジオの中継放送でこの演説を聞いていましたが、その部分だけは一声一声が拍手でかき消されるようなものでした。
 残念なことに、日本の多くの大新聞は北朝鮮問題とイラク問題に多くの紙面を割きました。この経済演説を紹介した新聞は1紙か2紙しかありませんでした。この大新聞の不見識は責められてしかるべきだと私は何度も指摘してきました。
 ブッシュ大統領が経済演説で述べた姿勢こそ、本来、政府がとるべき姿勢なのです。ところが日本政府は「痛みに耐えよう」「痛みに耐えられないのは自己責任だ」というようなことを言い続けています。こんなことでは政府の責任は果たせないのです。この世の中、貧富の差はありましょう。しかし、政府はこの国に生まれ育っている人すべてに対してこの世に生存していく道を講ずべきなのです。失業者が出れば失業対策の事業を起こすべきなのです。最近の大新聞はどうかしていると私が思うのは、単なる失業対策はやめろと社説で書いているところがあります。何と傲慢なことを言うのか、この世で人間が働き給料をもらって生きること以上に大事なことがあるのかと私は思います。
 政府が国民に自己責任を強く求めるような考え方は間違いだと思います。もちろん、人間には運、不運はあります。貧富の差はあります。しかし、この世に生を受けたすべての人が働いて生きていけるようにする責務が政府にはあるのです。小泉構造改革の推進者たちはすぐに「国民は政府に甘えている」などと言いますが、今、そんな人はどこにいるのでしょうか。少なくとも地方にはいません。
 財政再建は当然やらねばならぬことです。しかし、なぜそんなにも急いで、無理やりに公共事業を10年間で半分にするようなことをするのか、景気対策に背を向けるのかと思います。景気回復をしなければ、税収は落ち込むばかりです。財政再建はできません。それでは地方経済は落ち込むばかりです。日本には十分力があるのです。この力を引き出すことが大切だと私は主張しているのです。ですから、皆さん、ぜひとも遠慮せずに声を上げていただきたいのです。
 鎌倉時代の高僧・道元――永平寺を開いた日本曹洞宗の開祖です――は、「言うべきを言わずして過ごしなば我が損なるべし」と言っています。この意味は、「言うべきときに言うべきことを言わずに過ごせば、生涯悔いが残るであろう。生涯悔いが残るようなことをしないためには、言うべきときに言うべきことを言わねばならない」ということです。皆さんはこの考え方に立って、ぜひとも地方からの声を上げていただきたいと思います。

偽りの「財政出動なき景気回復」論

 それはなぜかといいますと、現在、政府はこの春から景気は回復したという見方に立っています。ほとんどすべての経済研究機関も景気は回復したという分析をしています。なぜ回復したか。中国、米国の景気に引っ張られて輸出が伸びた。輸出大企業主導型で景気は回復した――これはみなが一致して言っていることです。
 そこから何が出てきたか。ここが重要なところなのですが、小泉内閣は「財政支出なき景気回復に成功した」と言っています。「過去の景気回復は、政府が財政支出を行い景気刺激策をとった結果だった。ところが今回、わが国は財政支出なき景気回復に成功したのだ」と言うのです。ついには「小泉改革は奇跡を起こした」と言う者まであらわれています。この結果として、「これからさらに緊縮財政を徹底させる。金融も引き締める」という姿勢をとっています。金融は全体としては緩和しているのです。国際社会に対して、また大企業と大銀行に対しては緩和しているのですが、中小零細企業と地方に対しては依然締められています。私はこれを金融緩和とは呼びません。国民の大多数が金融緩和の恩恵に浴してないのですから、呼ぶべきではないと思います。米国とほんの一部の大企業だけが恩恵に浴しているような金融緩和は金融緩和とは言えないと思うのです。「それがよかったのだ」という主張なのですが、これは大間違いです。烏を鷺と言うがごときことです。
 なぜか。昨年1年間にわが国の日銀は、為替安定の大義名分のもとにドルを20兆円も買いました。2003年度では約33兆円以上の大金を使ってドルを買いました。円高が急速に進んだ場合にはわが国の輸出産業は打撃を受けます。それを回避するためのドル買いですから、これは言ってみれば輸出産業保護政策です。さらに、この1月には7兆円、2月には3兆円、3月には4兆5000億円をドル買いのために使ったのです。その後、どういうわけか、新聞には月々にどのくらいのドル買いを行ったかが発表されません。われわれが知っているのは、昨年1月からこの3月までの1年3カ月の間に、34兆5000億円もの大金をドル買いのために使ったということです。このドル買いが自動車産業などの日本の輸出産業を助けたのです。
 さらに、これから先があります。買ったドルの大部分はアメリカ国債の購入に充てられたのです。これは、それだけの金が日本からアメリカに移転したということを意味します。そして、この金はブッシュ政権の減税政策の原資になっているのです。ご承知のとおり、アメリカでは減税分は一般家庭に小切手で送り届けられてきます。その小切手が着いたとき、その4分の1は消費に回るという統計があります。アメリカ国民は貯蓄性向が低いのです。半分以上は消費に回っているという見方もあります。ともかくそういう形でわが国が大量のドルを買い、買ったドルがアメリカ国債買いに使われ、アメリカ政府に入ります。これによりアメリカ国民は減税の恩恵を受けているのです。それがアメリカの繁栄になり、アメリカ向けの日本の輸出が増えている背景なのです。
 為替市場への介入は日銀が行っています。金融という形をとっているのですが、これは政府がやっていることです。政府が「財政出動なき景気回復」と自画自賛する今の景気回復は、政府がそれだけの大金を使った結果なのです。今年の経済成長率は、実質では3.2%ということになっていますが、名目ではわずか0.7%程度です。不況期における景気指標は名目で見なければならないというのが経済学の常識です。不況期においては名目こそ経済の実体を示すものなのです。ところが今、政府が名目を発表しないのか、発表しても政府の意を受けて大新聞が書かないのか、名目という一番重要な数字が国民の目に触れることはありません。
 1年3カ月の間にドル買いのために使った約35兆円のうち、3分の1の12兆円を公共事業や地方財政のために使ったとします。とくに公共事業に12兆円使ったとします。これは12兆円の成長を生み出します。500兆円のGDPにおいて2%以上の成長を生み出します。0.7%などという少ない数字ではないのです。日銀保証によって政府が金を出し、公共事業のために使うということはできるはずです。アメリカのために米国債を買っている金の3分の1でも日本国内に回し、日本国民のために使えば、それだけの経済効果が出てきます。地方財政もよくなります。輸出産業保護とアメリカの減税原資のための金があるなら、どうしてその金を日本国民のために使わないのか、と私は言いたいのです。
 今、全国の土木建築業の人たちが置かれている苦しい状況は、10兆円の資金投入があればたちどころに解決できるはずです。
 二階先生、そうですね。10兆円の資金投入があれば苦境を脱することができますよね。その道の専門家中の専門家であり、自民党の責任あるお立場におられる二階先生が頷いておられますから、これは間違いありません。
 日銀が保証すれば10兆円、公共事業のために使えるのです。地方が均衡ある国土づくりのために公共事業を要求するのは当然のことなのです。にもかかわらず、東京のマスコミは、東京だけを見て公共事業不要論という間違った議論を声高に叫んでいるのです。そのために全国の土木建設業界の方々は遠慮されています。これまで社会の土台を築いてきた土木建設業界の方々は、みな、それを誇りとして持ちながら自己主張を抑えて生きてきた人たちです。ただ、これ以上沈黙を続けることはやめましょう。公共事業を要求して立ち上がりましょう。

政治家の原点――それは郷土を愛し国を思う心

 実は私は、自然との調和を重視し、争わず謙虚に生きていくことを説いた老子の教えを現代に蘇らせ、政治哲学の基礎に据えることが、21世紀のわが国だけではなく世界にとって大切だと思い、昨年秋までその著作に取り組んでいました。機中で隣り合わせになった二階先生のお話を伺い、その作業を一時中断して『公共事業必要論』を書くことを決心したのは次のような理由からです。
 小選挙区制が導入された以降、明らかにわが国の政治から郷土愛が失われてきました。郷土愛こそが政治の原点だと私は思うのですが、郷土を愛する心が政治家から薄れてきています。私は、今、真の郷土愛を貫き、頑張っておられる政治家は二階先生のほかはそれほど多くないと思います。二階先生が第一人者だと思います。
 ここで思い出すことがあります。私は、二階先生の同志だった、すでに鬼籍に入られた奥田敬和さんという政治家と長年親交を結んでいました。奥田さんはいわゆる「竹下派七奉行」の一人として田中角栄さん、竹下登さんと非常に親しい人でした。二階先生が当選して間もなく、奥田さんが私にこう言いました。「すごい男が政界に入ってきた。和歌山から出てきた二階俊博さんという衆議院議員だ。角さんも惚れている」、と。「田中角栄さんは二階さんのどこに惚れているのですか」と私が聞いたところ、「角さんは熱烈な郷土愛の持ち主だ。郷土の越後の土地をこよなく愛している。同じような熱烈な郷土愛の持ち主であることに惚れたと角さんは言っていた」という答えが返ってきました。私はこのことを胸の奥底にしまって今日まで口にすることはありませんでしたが、それ以来、私は二階先生に一目も二目も置いて、二階先生の政治活動を見守ってまいりました。
 この二階先生から機中で、「紀伊半島の道路網を整備し、世界的文化遺産である高野山と熊野古道を誰でもが簡単に観光することができるようになれば、それは国民にとって貴重な歴史教育になる。歴史に対して謙虚な気持ちを持つことができる。さらに、紀伊半島の巨大な恵まれた自然に接することは、環境問題に対する意識を啓発することにもなる。観光事業は同時に日本国民に対する教育事業でもある。そのための公共事業を興さなければならない。それは紀伊半島に生きるわれわれにとっても意義あることだ」という熱い言葉を聞きながら、これが郷土を愛し国を思う政治家のあるべき姿だと私は思いました。私は深く感動しました。私自身何かやらねばならぬという気持ちにさせられました。
 今、東京では自分の郷土を愛し、郷土のために働くことということはエゴイズムだとみなされていますが、これは大きな過ちです。郷土を愛さない人間は国を愛すこともできないと私は思います。東京しか見えない眼鏡すなわち「東京眼鏡」をかけている人たちこそ、みな「自分さえよければいい」というエゴイズムの塊です。郷土を愛し国を思う心が衰えていることが、今、わが国にとって憂慮すべき大きな問題だと思います。繰り返します。郷土を愛し、郷土のために働く。そのことを通じて全国民の利益を追求する――これが政治家の原点だと私は思います。

 今、日本の指導層の中にアメリカ留学経験者が増えてきました。「高校卒業後アメリカに留学し、一生懸命勉強してアメリカの一流大学を出ました」「大学卒業後官庁に入り、アメリカに留学してハーバード大学を出ました」という人が増えています。そして、アメリカで快適な学生生活を送った彼らの多くは、アメリカのような社会に日本を変えることが日本のためだと信じているのです。それらの人たちは、日本の制度をアメリカ流にすることを自分の信念として取り組んでいいます。この20年間、いろいろな法制度の改正が行われましたが、その底流にあるのはアメリカへの同化の思想です。
 12〜13年前まで日本の中央官庁の人たちは、アメリカとの交渉においてかなりの抵抗をしました。しかし、その抵抗はかなわず敗れつづけました。その結果、この10年間、抵抗しても無駄だからアメリカのいうことはそのまま受け入れようという傾向が顕著になっています。
 いいものは取り入れるべきです。日本が改造すべきものは改造すべきです。しかし今、何から何までアメリカの言うとおりになっていていいのか、それで日本の本当の独立は保たれるのか――このことを考えざるを得ない局面に立ち至っていると私は思います。
 私の中学1年のときに戦争は終わりました。私は戦時中のことはよく覚えていますし、戦後の日米関係はつぶさに見てきました。私と同じ世代が書く「日米関係論」にはいろいろな情念がこもっています。感情論が強いのです。しかし、ここに持ってまいりました本は日米関係を冷静に論じたすぐれた本です。
 最近、日米新安保条約が締結された翌年の1961年に生まれた若い建築家・関岡英之さんが『拒否できない日本――アメリカの日本改造が進んでいる』(文春新書)という本を出版しました。よく売れているようです。これは、日米関係を考える上で一読に値する好著です。この本の「あとがき」にこう書かれています。この若い建築家が書いている言葉は、われわれの胸を打つ言葉です。読みあげます。
 「いまの日本はどこかが異常である。自分たちの国をどうするか、自分の頭で自律的に考えようとする意欲を衰えさせる病がどこかで深く潜行している。私が偶然、アメリカ政府の日本政府に対する『年次改革要望書』なるものの存在を知ったとき、それが病巣のひとつだということはすぐにはわからなかった。だが、この病は、定例的な外交交渉や、日常的なビジネス折衝という一見正常な容態をとりながら、わたしたちの祖国を徐々に衰滅に向かって蝕んでいるということに、私はほどなくして気づかされた。まるで癌細胞があちこちに転移しながら、自覚症状のないまま秘かに進行していくように、わたしたちの病はすでに膏肓に入りつつある。アメリカがこれまで日本にしてきたことは、一貫してアメリカ自身の国益の追求、すなわちアメリカの選挙民や圧力団体にとっての利益の拡大、ということに尽きる。このこと自体に文句を言ってもはじまらない。自国の納税者の利益を最大化するために知恵を絞るのはその国の政府の当然の責務である。アメリカ政府は当たり前のことをしているにすぎないのだ。問題は、アメリカの要求に従ってきた結果どうなったのか、その利害得失を、自国の国益に照らしてきちんと検証するシステムが日本にないことだ。そしてそれ以上に問題なのは、もしわたしたち日本人にはアメリカの要求に従う以外に選択肢がないならば、なぜそのような構造になっているのか、という点である。わたしたち国民全体が、その構造に向き合わざるを得ない時期がいままさに到来しているのではないか」。
 著者の関岡さんは国際関係論の専門家ではありません。大学卒業後、銀行に入り、14年後に建築の仕事を志して早稲田大学の大学院建築科に入って一級建築士の資格をとった人です。その人が、国際建築基準に関する疑問をきっかけに、これだけのことを調べ上げ、これだけのことを率直に書いていることに、私は耳を傾けたいと思います。

錯覚がもたらす悲劇

 今、私が重要視しているのは、景気がよくなり始めたという判断をしたときに、政府はおうおうにして大きな間違いを犯しがちだということです。かつての橋本龍太郎内閣がそうです。景気は回復基調に入ったという判断のもと、6大改革路線を急激に進めたところ、日本の景気がとまってしまいました。とまってしまったどころか、ストンと落ちてしまいました。海外の新聞はこのことを「日本は流動性のわなに落ちた」と書きました。「流動性のわな」というのは難しい言葉ですが、経済学辞典に大きな項目として載っている言葉です。簡単に言うと、公定歩合を幾ら引き下げても景気がよくならない状態をさした経済学の言葉です。当時の海外の新聞は、「日本は流動性のわなに落ちた」、つまり、日本はどうしようもない状況に陥っていると書きました。
 意外と思われるかもしれませんが、景気がよくなったときに政府は間違いを犯しがちなのです。今、私は、本当に景気がよくなったという説をとっていません。国民全体がその恩恵に浴し、将来に希望を持つようになったときが真に景気がよくなったときだと思います。しかし、景気は回復したというあまりにも楽観的な判断のもと、緊縮財政を推し進め、不良債権処理を進めてさらに金融を絞るという道を突き進んだ場合、日本経済全体にかなり深刻な事態が起こるのではないかと私は懸念しています。
 日本政府がそういう方向に動き出したことを見越したアメリカの投資ファンドは、すでに名古屋の自動車部品メーカーの買収に乗り出しています。かなりの数の調査員がアメリカからきて名古屋で調査に入っています。買収対象は自動車部品メーカです。これが何を意味するかおわかりでしょう。東海銀行と三和銀行が合併してできたUFJが経営破綻するという事態になれば、中京圏の経済界に巨大な影響を及ぼします。米国ファンドが狙っている自動車部品メーカーがトヨタ系のものだとしますと、買収が成功した暁には、トヨタの情報は最大のライバルであるアメリカのゼネラルモーターズに入ります。ゼネラルモーターズは間違いなくトヨタ従属化戦略をとるでしょう。自動車は部品の集積化の上にできています。トヨタは優秀な部品メーカーを傘下にもつことによって国際市場で優位性を保っているのです。その部品メーカーの幾つかを米国側が押さえればトヨタの優位性を消すことができるのです。この話は東京においては常識的な話になっています。
 きわどいことを申し上げて恐縮ですが、その次の標的になっているのはみずほ銀行だという情報も広まっています。そして、さらにその次に米国ファンドが食指を伸ばしているのは電力会社だというのです。米国ファンドはすでに電力会社に対する調査も開始したという情報も流れています。この問題の底には、日本における原子力発電のやり方とアメリカの原子力発電のやり方には違いがあり、アメリカ政府は日本に対して原子力発電を改めるよう求めているという事情もあります。そういうことも背景にあるのかもしれませんが、米国ファンドが日本の電力企業の経営権に対して食指を動かし始めたということは間違いないことのようです。
 これは大変なことです。なぜならば、現在、わが国の産業界で世界に向かってそびえ立っている山は「トヨタ山」と「電力山」の2つです。この2つともがこの1〜2年の間に銀行処理の結果として外資の軍門に下るということになるとすれば、これは容易ならざることです。これは1つの情報でしかないかもしれませんが、われわれは考えておかなければならないことです。
 というのは、ここにきて米国ファンドが動きを早めている背景には、この11月2日のアメリカ大統領選挙においてブッシュ大統領が勝つかどうかわからないという情勢判断があります。ブッシュ大統領が敗北して、民主党政権が誕生した場合、今のブッシュ大統領と小泉政権との親密な関係が維持されるかどうかわからない。ブッシュ大統領という後ろ盾を失った小泉政権がどうなるか、小泉構造改革路線がそのまま展開されるかどうかわからない。小泉政権が健在の間に欲しいものはいただこう――こういう判断にもとづいて米国ファンドは動き始めているというのです。
 大げさに聞こえるかもしれません。しかし、そうなったら大変です。そのような状況を見据えながら、参議院選挙後にいろいろなことが動き出すのだと私は思います。容易ならざる大きなうねりが起こると私は思います。

二階先生への期待

 二階先生には私の書物に対してこれほどの応援をしていただいているのですが、実は、私は二階先生に大きな負い目を感じているのです。二階先生が私の『公共事業必要論』を応援してくださることは、二階先生にとって多大の犠牲を伴うことだと私は思うのです。それはこういう事情です。今、私はマスコミの中で本当の少数派です。少数派として、大マスコミの人たちと論争をし、大マスコミへの戦いを挑んでいます。この少数派というよりたった一人で多数派への批判をつづけているこの私を二階先生は支持してくださるのです。偉大な義侠心です。私は二階先生は偉大な政治家だと心の底から思います。
 私は言論界の中では少数派ですが、はっきり申し上げます。地方を切り捨てるような政策は間違っています。こんな政治が長続きすることはありません。
 あの中国の文化大革命の悲劇を思い起こしてください。中華人民共和国の建国の父である毛沢東は晩年、乱心しました。乱心して何をやったか。何も知らない中学生や青少年を煽動して文化大革命をやったのです。文化大革命は明確な目標をもたない、ただ単に過去を壊すだけの革命のための革命でした。「造反有理」の名のもとに中国の文化・伝統をただただ否定したのです。若者たちを使って徹底的に破壊したのです。この破壊が実に10年も続いたのです。この結果、多くの中国人民が不幸になりました。何百万人の人が死にました。この10年間の創造なき破壊から立ち直るために、中国は20年間の歳月を要したのです。
 そのとき何度も何度もつまずきながら、何度も追放の憂き目に遭いながら、不撓不屈の精神をもって復活したケ小平が中国を救いました。中国の政治を常識のレールに戻しました。そして今日、アジアにおいて日本を越えるような、世界においてアメリカに次ぐと言われるほど経済の成長した国になりました。
 私は、今、日本にはケ小平のような人が必要だと思います。目の前に置いてちょっと言いにくいのですけれども、二階先生にその役割を果たしていただきたいのです。(拍手)二階先生に日本を救っていただきたいのです。(拍手)二階先生にはそれを実現する能力と強い意思とがあります。
 皆様方の熱烈なる二階先生に対する支持のお心が、二階先生を奮い立たせるのだと思います。越後の田中角栄さんがそうでした。彼は越後を愛し、越後の人たちもそれに報いて田中角栄さんを支えたのです。悲しいことに田中さんは病魔には勝てず、政治活動を全うすることができませんでしたが、二階先生は非常に健康そうです。私が思い出すのは、昔の二枚目中の二枚目俳優の佐野周二の若かりしころの風貌に似ているような感じがします。(拍手)
 皆様方のお力で二階先生を和歌山県全体の火のような高まりの中で押し立てていただき、和歌山県全体の火のような支持のもとで、参議院選挙が終わったら大きな政策の転換を二階先生にやっていただきたいのです。つまり、8月末の概算要求基準の方向を変え、秋には補正予算を組んで、災害対策をはじめ必要なことをやっていただきたいのです。
 公共事業というものは完結して初めて価値を生むものです。百パーセント完成させて初めて価値が生まれるのです。99%完成しても、1%のやり残しがあれば無価値なのです。着工した公共事業を途中で中止し、そのままの状況に置いておこうということほど無駄なことはありません。こんな無駄を許してはなりません。いったん始めた公共事業は完成させなければなりません。
 ぜひとも紀伊半島を高速道路でグルッとつないでいただいて、日本国民が和歌山県がもつ豊かな歴史・文化、豊かな自然に接し、学べるように、そして和歌山県に来ることによって日本国民の心が洗われるような、観光立県といいますか、その道を邁進していただきたいと思います。このことを切にお願いをいたしまして私の講演を終了いたします。ご静聴ありがとうございました。(拍手)


司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 森田先生有難うございます。お話は、私たち和歌山にとりましての大きな励ましを頂いたというふうに思いました。
 それでは、最後に吉井県議会副議長から閉会の言葉をお願いしたいと思います。

吉井和視・和歌山県議会副議長

 皆さんこんにちは。本当にご参加いただきましてありがとうございます。きょうの主催者は二階代議士であります。そして、二階代議士を尊敬して、二階代議士と政治活動をともにしようという私から閉会のごあいさつをさせていただくわけであります。
 最後に一言でありますけれども、二階先生の力、パワー、そしてリーダーシップ、指導性、これはもう県政界、中央政界でもだれもが認めるところであります。そういう中できょうは皆さんがお集まりになったことだと思うわけであります。皆さんと我々がともに同志になって和歌山の今後の発展を実現しようではありませんか。そのような気持ちで閉会のごあいさつを申し上げさせていただきます。本日は本当にありがとうございました。森田先生ありがとうございました。(拍手)

司会(中村裕一・和歌山県議会議員)
 皆さん!長時間ご清聴まことにありがとうございました。
 いよいよ24日から参議院選挙が始まります。どうぞ我々の同志でございます和歌山選挙区の鶴保庸介国土交通大臣政務官及び比例区の泉信也産業経済副大臣に力強いお力添えをいただきますよう心からお願いを申し上げる次第でございます。
 本日はまことにありがとうございました。
                 ( 閉 会 )

(注)文中、最後のほうの吉井副議長の氏名の「視」は、「示」編に「見」です。

 

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