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靖国神社に参拝して

平成8年8月15日

衆議院議員 二階俊博

八月十五日―――― 終戦後、五十一年目を迎えるこの日は五十一年前のあの日と同じように照りつけるような暑い日であった。

台風一過のこの日の東京は史上第二の三八・七度を記録した。

私は、「新進党靖国神社に参拝する国会議員の会」(会長渡部恒三元通産相)のメンバーとして英霊を慰め、今日の我が国の平和と発展のためにも一身を捧げられた諸霊に対し、感謝の気持ちを込めて参拝させて頂きました。

靖国神社の国家護持等は、遺家族の皆様からのご要請を頂く以前に解決しなければならない重要な課題であります。

アジアの国々からの強い反対の声、国内的には信教の自由等の問題をかかえておりますが、一方、国家のため尊い生命を犠牲にされた英霊を国家として、国民として慰霊することは当然の責務であります。

私たちが海外を訪問した場合、たとえば、アメリカ、韓国、トルコ国等において、私自身、訪問団を代表して、私自身も献花をさせて頂いた経験があります。

過去の戦争の深くて古い傷は、何れの国も、その国の歴史において持っている筈であります。

私たちは、その国の人々と当然、宗教を異にしています。それでも訪問させて頂いた国に敬意を表する意味もあって、その国の英霊に深く頭を垂れることは当然のことであります。この当然の事が、私たちの国では、未だに当然のこととして実行出来ないでいる状況が続いているのです。

大臣がお参りして、私人としてか、公人としてかと問われ、あいまいな返事しかできない。

大臣であれ、国会議員であれ、肩書きをつけようが、モーニングを着ようが着まいが、公人であることに違いはありません。折角、お参りしたなら、堂々と公人と胸を張って言えるようでなければ情けない。

靖国神社の社頭に幾多の戦没者の方々が、死に赴く寸前に書き綴った家族の方々への手紙が掲示されています。

このお手紙を拝見する度に如何にも肉親、恩愛の絆を断つことの切ない心情があふれており、拝読させて頂きながら、つい涙を禁じ得ないことがしばしばあります。

死に直面して、絞り出すような恩愛の吐露は、その一語一語が、立派な詩人や作家も及ばないようで、それ以上の境地に至っているものと思われるのです。

「最後の筆」「短い髪と爪を送ります」「愛しき妻へ」「あとをたのむ」「死の予感」「戦地より愛児へ」「妻子にあてた最後の便り」「子供の教育を頼む」「柿の木を大切に育てて下さい」「かあちゃんよ」…… タイトルだけ記してみても、何を言われようとしているのかが私たちに強く迫って参ります。

先日は私の地元の御坊市で友人の医師の奥さん、この奥さんは私の家内と日高高校の同級生で親しくして頂いている間柄ですが、戦争で亡くなられたお父さんと、子供を育てるお母さんのご苦労を綴って市の公民館で発表されました。

五十一年を経過したとは言え、戦争の深い傷は、私たち国民全体がしっかりと受け止めて決して逃げてはならない、古くて新しい重要な課題であることをあらためて痛感しました。

終戦の日は、私は稲原小学校の一年生でしたが、疎開先の日高郡川辺町の三津の川の笹さん宅の庭先で、ラジオで「日本が戦争に負けた」と言うことを、子供心に知らされました。

あれから、もうすでに半世紀が過ぎ去りました。

そんな日のことを想い出しながら、私は武道館で行われた「戦没者追悼式」に参列、天皇陛下のお言葉を拝聴して参りました。   

平和が如何に大切で、愚かな戦争を再び繰り返してはならないという誓いを立てると共に、戦陣に散華された英霊に「御霊の安らかでありますように!」とお祈りしつつ武道館を後にしました。

 

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