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和歌山の農村づくりシンポジウム
本当に明るい農村を目指して
〜和歌山からの発信〜

和歌山の農村づくりシンポジウム

議事録
日時 平成14年9月5日13:30〜15:30
場所 御坊市民文化会館大ホール

日 時 平成14年9月5日(木) 13:30−15:30
場 所 御坊市民文化会館大ホール
主 催 和歌山県土地改良事業団体連合会
和歌山県土地改良区連絡協議会
後 援 和歌山県、市町村、全国土地改良事業団体連合会

 

冒頭挨拶など
    二階俊博(和歌山県土地改良事業団体連合会会長・衆議院議員)    
    木村良樹(和歌山県知事)   
    宇治田栄蔵(和歌山県議会議長)
    梶木又三(全国土地改良事業団体連合会会長)
    柏木征夫(御坊市長・市長会会長)

 

第1部
    事例発表  田中雅文氏
    「夢と希望の農業〜名田地区の移り変わり〜」

第2部
    パネルディスカッション
    パネリスト
     コーディネーター
     三野  徹氏 (京都大学教授)
     木村 良樹氏 (和歌山県知事)
     太田 信介氏 (農林水産省農村振興局長)
     二階 俊博氏 (和歌山県土連会長)
     田中 雅文氏 (名田周辺土地改良区副理事長)

(午後1時34分 開会)

○司会
 皆様、大変お待たせをいたしました。本日は、ご多忙の中ご来場いただきまして、まことにありがとうございます。ただいまより「本当(ほんま)に明るい農村を目指して」をテーマに、和歌山の農村づくりシンポジウムを開会いたします。なお、本会の司会進行を務めさせていただきます今西千津子でございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
(拍手)
 本日開催のシンポジウムの主催は、和歌山県土地改良事業団体連合会と和歌山県土地改良区連絡協議会の共催であります。代表して、和歌山県土連会長二階俊博からごあいさつを申し上げます。

○二階俊博(和歌山県土地改良事業団体連合会会長・衆議院議員)
 表題にもありますとおり「本当に明るい農村を目指して」、和歌山からの発信、私たちの和歌山県農業の心意気を、きょうは中央からお越しをいただきました我が国の農政の指導者の皆さんに十分お聞き取りをいただいて、これからの日本農業に新しい道を開いていこうと、そういう試みで県の土地改良連合会がこのような催しを主催をさせていただいたわけでございますが、大変お暑い中、多くの皆さんが県下各地からお集いをいただきまして、皆様のご協力に会を代表しまして改めて心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。
 そして、きょうは、先ほども申し上げましたように中央から土地改良の神様とも言われる梶木又三先生、かつて参議院議員として長くご活躍になりましたので、この中のほとんどの皆さんが選挙の都度ご支援をくださって、おなじみ深いお名前であろうと思いますが、梶木又三全国土地改良連合会の会長、そして佐藤専務理事さん、さらに農林水産省より太田農村振興局長、土地改良学会の会長でもあられます三野京都大学教授にもご出席をいただき、後ほどパネルディスカッションのコーディネーターをお務め願えることになっております。県からは木村良樹知事を初め、宇治田栄蔵県議会議長、地元の中村裕一、冨安民浩両県会議員初め、またきょうは県市長会の会長であります地元の柏木征夫御坊市長を初め、県下の多数の市町村長さんや議員の皆様、さらに日ごろ土地改良区の各支部の役員の皆様等ご出席をちょうだいをいたしております。そして、東京から参議院議員の鶴保庸介議員もご出席をいただいております。こうした皆様が大変ご多用の中を差し繰ってご臨席をいただきましたことに、心から感謝を申し上げる次第であります。
 なお、後ほどでございますが、武部農林水産大臣より私ども土地改良連合会におきまして長年ご活躍をいただいてまいりましたし、今日も頑張っていただいております森口川辺町周辺土地改良区理事長、さらに松浦小田井土地改良区理事長及び紀の川土地改良区連合会長、さらに芝田日高川土地改良区理事長、このお三方に武部農林水産大臣より特別の感謝状が贈呈されるということでございまして、後ほど太田局長からお渡しをいただくことに相なっております。
 こうしたことによりまして、きょうの大会を大変意義の深いものにして、これからの和歌山県農政だけではなくて、大きくいえば日本の農政に大きな進路を求めていこう、そういう意気込みで開催された会でございまして、どうか最後までおつき合いを願い、そして皆さんの中からもどんどんとご意見を.ちょうだいしたいと思います。
 そして、この会をたった1回だけの会に終わらせることではなくて、こうした会をそれぞれの地域、それぞれの支部においてもどんどんと広げていただいて、やや押され気味になっております我が国の農業、農政に対して、お互いにみんなでスクラムを組んで踏ん張っていこうではないか、これがこの会の狙いでございます。どうか皆さん方の一層のご協力と、我が県の農業の第一線に立ってご活躍をいただいております皆様のますますのご健勝とご発展を心からお祈り申し上げて、開会のごあいさつにかえさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)

○司会
 ありがとうございました。
 ここでご来賓のごあいさつをいただきます。初めに、和歌山県知事木村良樹様、よろしくお願いいたします。

○木村良樹(和歌山県知事)
 ただいまご紹介いただきました木村でございます。きょうは「本当に明るい農村を目指して」というシンポジウムが、二階先生の肝いりで開催されますことを本当に心からお喜びを申し上げますとともに、私もそのシンポジウムの一員として、つたない意見でございますけども、日ごろ考えていることなどを披渡する場を与えていただきましたことを、本当に心から感謝を申し上げるところでございます。
 そしてまた、皆さん方にはいろんな面で県政にご協力いただいていることを心から厚く御礼を申し上げます。
 梶木先生、太田局長ほか本当にすばらしい方々をお迎えして、この和歌山・御坊の地で、このようないわゆる農業分野における全国への発信のシンポジウムが開催されることは、私は本当に画期的なことだというふうに考えております。
 今、農業を取り巻く情勢は非常に厳しいものがあります。しかしながら、私はここに大きな変化の兆しというふうなものをまたあわせて見出しているわけでございます。和歌山県に関していえば、自分のところの産業である農業、この振興なくしては和歌山県がよくなることは決してありません。私は、農業には自分では素人ですけれども、農業が一番大事というふうな信念を持って県政を進めているところでございます。和歌山のブランドづくり、こういうふうなことを来年も大々的に進めるべく、先般の来年度の予算編成に関する第1回目の会議でもいろいろな指示を与えておきました。
 和歌山県は、本当にすばらしい農業の今までの基盤があるわけでございます。これも土地改良事業、畑総事業を中心とする事業によって培われてきたものでございますけれども、今この安全・安心の農業、そして地産地消の農業というふうなことが非常に大事になってきたときをとらえて、ここで僕は一気に和歌山の農業を売り込むときが来ているのではないかというふうに考えている次第でございます。
 こういうことは、もちろん県だけでできるものではございません。むしろ皆様方が自分たちの足でいろんなことをやっていくことに対して、県の方がちょっとでも後ろから協力できるというふうなことを望んでいるところでございます。皆様方からまたいろいろ、こういうふうにしたらもっとようなるでというふうな話を私に教えていただいたら、非常に厳しい財政状況のもとではございますが、力いっぱい支援をしていきたいと思います。
 そしてまた、もう1つは、今高速道路の問題が大変な問題になっておりまして、もう地方の高速道路は要らんというのが大きな流れになってきております。しかしながら、和歌山県、インターネットでいろんなものを売るというふうなことができるわけですけれども、最後は車を使って物の物流を起こすことなしにはできないわけです。そして、そのときにはできるだけ新しい新鮮なものを都会へ送っていくということができなかったら、絶対にこの和歌山県の位置的な優位性を活用することはできません。私は、こういう点でも二階先生と力を合わせて、何とか高速道路が和歌山へというふうなことで考えておりますので、皆様方、この点からも厚いご支援をお願いいたします。
 本日はどうもありがとうございました。(拍手)

○司会
 ありがとうございました。続きまして、和歌山県議会議長、宇治田栄蔵様、よろしくお願いいたします。

○宇治田栄蔵(和歌山県議会議長)
 ただいまご紹介をいただきました県議会議長の宇治田栄蔵でございます。本日、県議会の方から中村議員、冨安議員もお見えでございますが、私が代表してお祝いの言葉を述べさせていただきたいと存じます。
 皆さんには既にご承知のとおりでございますが、和歌山は農業県でして、この県を支える大きな産業でございます。特に南部町の梅、そしてミカン、モモ、カキ、イチジクとかスイカに至るまで、和歌山県は特に果樹の栽培が盛んでありまして、その生産量は日本一を誇るものも多くございます。それは、単にお米をつくるという生産だけではなくて、和歌山県は耕地面積が非常に少なくて、山からすぐ海になるという、そういう特殊な地形のために、知恵を絞った結果、こういう生産農家が多くおられるという状況になっていると存じます。
 そういう中で、南部町の梅におかれましては、NHKテレビでこの日本全国が不況で所得を減らしている中で元気な町村があると、所得を一番伸ばした町があるということでモデル町として紹介されたというような経緯もございまして、やはり皆様方の努力で日本一だということで紹介されるすばらしいモデルを和歌山県が示していただいたということで、大変感謝をしてございます。
 一方で、私は桃山町で、こういうことを申し上げてよろしいのかどうかわかりませんけれども、モモをつくっておられるわけでございますが、桃山ブランドということよりも岡山のモモという方が売れていると。ですから、本当に桃山町でとれた一番いいモモが、岡山のモモとして出荷するものもあるとか、そういうふうなことも灰聞をしたことがあるわけでございますが、やはり和歌山でつくったものは和歌山のものだということで、そのブランドカを増していくような、そういう形をやはり行政なりまた農村の直接つくっている方々とともに、この和歌山のモモ、和歌山の産品がブランドとして全国に通用するような、そういう努力もこれからしていかなければならないと、そういうふうな思いをいたしてございます。
 直接農業に携わる方々が、いい品をつくるというだけではやはりこれからの時代は売れない、やはりブランドカを高めていくということがこれから大事なことになるんじやないかと、私はこのように考えてございます。
 そういうことで、これから農村の収益をより上げていく、そういうことによりまして和歌山県の均衡ある発展ということができるということでございまして、ただいま木村知事が、やはり農業が県政の一番重要な柱だというふうにごあいさつをなさいましたが、私ども県議会も全く同様の立場で県政を運営してまいりたいと、そのように存じてございます。
 どうぞ皆さん方のますますのご活躍と、きょうを機会になお一層のご活躍を心からお願いを申し上げまして、ご祝辞とさせていただきます。どうもありがとうございました。
(拍手)

○司会
 ありがとうございました。続きまして、全国土地改良事業団体連合会会長梶木又三様、よろしくお願いいたします。

○梶木又三(全国土地改良事業団体連合会会長)
 ただいまご紹介いただきました全土連の梶木又三でございますが、長い間、土地改良関係の皆さん方にいろいろとご高配をいただきましたことを、改めましてまずもってお礼を申し上げたいと、こういう気持ちでいっぱいでございます。
 また、きょうは二階会長さんからこのシンポジウムにお招きをいただきまして、喜んで馳せ参じたわけでございます。私、このシンポジウムに参加することもうれしいわけでございますが、さらに忘れることのできない名田の畑かん事業、これを先ほど現場も見せていただきましたが、懐かしい事業でございますので、ここにも来れた、こういうことで非常にうれしく思っております。
 こういうごあいさつは、私は竹下元総理の教訓で、話は短く、幸せは長くと、これをモットーにしてやれよということを長い間ご指導を受けてきたんですが、きのうも県土連の室谷さんからあいさつを短くしてくれと、こう言われたんですけども、ちょっときょうは感慨深いものだから、あまり皆さんご退屈になるほど長くはやりませんが、ちょっと話すことをお許しをいただきたい、かように思います。
 今申し上げた名田の土地改良、もう40年前でございますが、私はちょうど農林本省のかんがい排水課、今の農業水利課でございますが、そこの兼任班長で直接この事業の担当をしておったんですよ。そのとき二階会長のお父さんが足繁くおいでになりまして、気候面から見ても太陽の照りぐあいから見てもこんなに農業に適したところはないんだが、水が全然ないんだと、これがどうしても水を得て日本一の農業地帯にしたいと、こういうお話で来られたわけでございます。
 ところが、今じゃ畑地かんがいというのは常識でございますが、当時はそれほど畑地かんがいが普及しておったわけでもございませんし、特に日高川から100メーター以上上げるんだと、こういう計画なんですよ。これは私は全国で初めてじやないかと思います。そういう事業をやるという話で、それはおもしろい、一緒にやりましょうかというようなことで始まった仕事なものですから。
 それから、現地も、当時二階先生のおやじさんからぜひ一遍見てくれと、こういうお話で伺った記憶もございまして、そういう思い出があるものだから、きょうは感慨ひとしおのものを覚えておるところでございます。
 そういうことで、私がいろいろお話を承ったときはオランダエンドウだった。スイカからオランダエンドウになったと。オランダエンドウばかり頭にあったんですが、最近は花だと。きょうもお話を聞きましたらほとんど花。オランダエンドウはないんだと。ちょっと私は寂しい気になったけども、これは時代の移り変わりだと思います。オランダエンドウばっかりじゃもう所得が上がらん、こういうことでそれぞれの時代の移り変わりに沿って新しく花を入れられたと。それで所得が上がってきたと、こういうお話で、なかなか苦労もされたと思います。
 きょうはいろいろ表彰を受けられる、大臣から感謝状を受けられる方に名田の方はおられるのかな、おられないのか。名田の方々は、本当によくなったけども、この40年間、大変頭も使い、ご苦労もされたと思いますが、立派になりましたのを見せていただいて、ああよかったなという気分をきょう持ったわけでございます。そういうことで、くどいようでございますが、きょうは親しく名田の花のところを見せてもらって、40年前と変わったなあということをしみじみ感じたところでございます。
 これぐらいにしときます。これぐらいにしとかんと、あいつ何だと、長いこと話ばっかりと、こう言われても困りますからこれぐらいにしときますが、本来この農政の問題は、私ごときがやるよりは、きょうは農業土木学会の会長もしておる京都大学の三野さん、それから政界では二階会長さん、それから行政面からは木村知事さん、また太田局長、それから名田で苦労された前の理事長の息子さん、今いろいろ活躍されておるそうですが、こういう方々が本来の問題についてお話しされるので、私はもう一言も申し上げませんが、ほんまに明るい農村を目指して、私も関西人だから「ほんとうに」なんて言うたら意味がない。「ほんまに」というところに、うれしさ、懐かしさを感じるわけでございます。
 長々としゃべりました。おめでとうございました。皆様方のご健勝をお祈り申し上げてお祝いの言葉にかえさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

○司会
 ありがとうございました。続きまして、和歌山県市長会、町村会を代表して、御坊市長で市長会会長の柏木征夫様、よろしくお願いいたします。

○柏木征夫(御坊市長・市長会会長)
 ただいまご紹介いただきました御坊市長の相木でございます。まず、地元の市長として、皆様ようこそご来館くださいまして、ありがとうございます。このすばらしいシンポジウムをこの御坊の地で開催してくださいますことに、大変お骨折りいただきました二階県土連会長さんに心から厚く御礼申し上げます。
 ここから先はちょっと両方の2人の、町村会会長さんと市長会の会長の代表ということで一言ごあいさつ申し上げます。
 まず最初に、きょうは大変お忙しい中、木村知事さん、それから宇治田県議会議長さん、そして太田農村振興局長、梶木大先生、お見えでございます。加えて、観客席の一番前に、私の大学で今活躍をされております三野教授がお見えでございます。こうした皆さんをお迎えしてシンポジウムを開催できますことを、50市町村挙げて感激、感謝したいと思います。本当にありがとうございます。
 皆さんもご存じのとおり、農業というのは非常に難しい時代を迎えております。輸入食料品については農薬の心配をしなければなりません。そして、これでしめたと思ってますと、何と国内で無登録農薬を使っているという話がございまして、きょうの新聞でも県内にも農家でお買いになられた、ユリだからというふうな話もございましたが、そういうふうな時代で、ハムから始まってすべての点で何か消費者、国民の信頼を失っている時代でございます。
 そうした中で、私どもはやはり何といっても顔の見える産地をつくっていく必要があるんではなかろうかなと考えております。土地改良事業につきましては、私が大学を卒業した昭和39年に、実は名田の畑かんの穴掘りを1年間、夏の間やりました。それから、九州へ行って帰ってきて、昭和54年以降になりますと、ぼつぼつ水質向上ということで名田土地改良区の皆さんが取り組まれまして、オープン水路から管路に変えた。そのことによって土壌伝染病害とか、かん水で伝染する病害が防げるようになって、花あるいはメロンが栽培できるようになった。いずれもかんがい排水事業という土地改良事業を大々的にやっていただいたおかげで、この御坊市の農業がドラマチックに改善されたということでございます。
 現在、畑総をやっていただいています。そうした中では何を目指すのかなと思いますと、やはりこれは顔の見える産地ということで、バスが入る産地、そして来た人に肥料倉庫から農薬倉庫まで見ていただくような産地にこれから私たちがなっていくことを考えなければいけないんではなかろうか。すべての情報、耕種、概要を公開する時代になったのではなかろうかなと思っております。そうした時期にこうしたシンポジウムを開催していただきますこと、これは単に御坊の産地のみならず県下全域の産地に及ぶ話でございまして、和歌山県のこの京阪神における生鮮食料品、安心の生鮮食料品供給基地としての役割を大いに向上させる1つの大きな要因に本日がなっていただければ、地元として非常に幸いだなと思っております。
 きょうは、皆さん方のおかげでここに開催できましたことを心から厚く御礼申し上げまして、私のあいさつとさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

○司会
 ありがとうございました。
 なお、ごあいさつをいただいた方のほかに、壇上にご臨席のご来賓の方々をご紹介申し上げます。
 農林水産省農村振興局長の太田信介様でございます。(拍手)
 打田町長で和歌山県町村会会長の根来公士様でございます。(拍手)
 なお、太田局長様には、後ほどパネルディスカッションでパネラーとして登場していただくことになっております。
 そして、会場には参議院議員、鶴保庸介様にお見えいただいておりますので、改めてご紹介申し上げます。(拍手)
 本日は、ご多忙の中、本当にありがとうございます。
 続きまして、本日祝電をいただいておりますので、ご披露申し上げます、

                     ◇
  和歌山の農村づくりシンポジウム、「本当(ほんま)に明るい農村を目指して」のご盛会をお祝い申し上げますとともに、ご参加の皆様方の今後ますますのご活躍とご健勝をお祈りいたします。
                             参議院議員 世耕弘成様
                     ◇
 なお、このほか各方面よりたくさんのご祝電をいただいておりますが、時間の関係上割愛させていただきますことをご了承くださいますようお願いいたします。本日はたくさんのご祝電、本当にありがとうございました。
 それでは、ただいまからそれぞれ地域農業の発展に貢献され、農業、農村整備の推進並びに土地改良区の管理・運営に長年にわたり努められ、多大の功績のあった理事長様に対し、武部勤農林水産大臣から感謝状が贈られます。なお、二階俊博県土連会長から記念品がありますので、あわせて贈られます。
 受賞される理事長は、川辺町周辺土地改良区理事長森口禰四郎様、小田井土地改良区理事長松浦琢美様、日高川土地改良区理事長芝田文三郎様です。どうぞ壇上までお進みください。
 感謝状の贈呈を、太田農村振興局長様からお願いいたします。
 川辺町周辺土地改良区理事長、森口禰四郎様。

○太田信介(農林水産省農村振興局長)
 感謝状、森口弓爾四郎殿。
 あなたは、多年にわたり土地改良事業の推進を初めとし、地域農業の発展に寄与するところまことに大なるものがありました。よって、その功労に対し深く感謝の意を表します。
 平成14年9月5日
                             農林水産大臣 武部 勤
 おめでとうございました。(拍手)

○司会
 小田井土地改良区理事長、松浦琢美様。

○太田信介(農林水産省農村振興局長)
 感謝状、松浦琢美殿。
 以下同文でございますので、省略させていただきます。おめでとうございました。(拍手)

○司会
 日高川土地改良区理事長、芝田文三郎様。

○太田信介(農林水産省農村振興局長)
 感謝状、芝田文三郎殿。
 以下同文でございますので、省略させていただきます。おめでとうございました。(拍手)

○司会
 この度はまことにおめでとうございます。ただいま受賞されました方々に、いま一度盛大な拍手をお願いいたします。(拍手)
 ありがとうございました。どうぞお席にお戻りください。
 それでは、ここでステージの方々に降壇をいただきます。会場前列にお席をご用意いたしておりますので、どうぞご移動をお願いいたします。
 
 なお、ここで本日のプログラムをご紹介申し上げます。
 本日は2部構成で、第1部は名田周辺土地改良区副理事長田中雅文さんの、演題は「夢と希望の農業、名田地区の移り変わり」にづいて事例発表がございます。そして、休憩を挟みまして第2部、和歌山の農村づくり「本当に明るい農村を目指して」をテーマにパネルディスカッションを行います。閉会は3時30分を予定しておりますので、皆様最後までごゆっくりとご聴講ください。
 それでは、第1部に入り、田中名田周辺土地改良区副理事長様に事例発表していただきます。田中さんは、農業をしながら御坊市農協青年部長、御坊市観光協会理事を務められ、現在は紀州中央農協理事、名田周辺土地改良区副理事長を務められ、観光農園にも取り組まれておられます。
 それでは、田中さん、よろしくお願いいたします。皆様拍手でお迎えくださいませ。(拍手)

○田中雅文(名田周辺土地改良区副理事長)
 ただいまご紹介をいただきました名田周辺土地改良区の田中でございます。本日は、このようなすばらしい大会の席におきまして事例報告を行いますことを光栄に思っております。しかし、こういう人前でお話をするのが大変苦手でございます。朝からほんまに緊張しております。
 今回の報告につきましては、県土連の室谷常務の方からお話がございまして、そのときに上手にお断りすればよかったなと朝から大変後悔をしております。内容につきましてもすべてそちらにお任せをするということでございましたので、きょうはこのような大会にふさわしい報告になるかどうかわかりませんが、約20分ほどの報告でございます。おつき合いのほどよろしくお願いしておきます。
 私が農業にういたのは、昭和48年、高校を卒業と同時でございまして、そのころの名田地区の農業は、夏場はスイカを中心に栽培をし、冬場はオランダエンドウやレタスなどが栽培されておりました。施設などはほとんどなく、ごく一部で木造のハウスでキュウリなどを栽培されていたように思います。
 現在ではパイプハウスを中心に、最近では大型の温室の建設も進められ、施設を中心にした花井栽培が盛んに行われており、日本でも有数な花の産地として全国の市場から注目をされております。
 今日に至るまでは大勢の先輩方の努力と研究、そして勇気ある決断があったことはもちろんではございますが、土地改良事業が実施されたことによって地域の農業が大きく発展したことも忘れることはできないと考えております。
 本日は、名田周辺土地改良区の歩みと、名田地区の農業の移り変わりについて簡単に報告申し上げたいと思います。
 当名田周辺土地改良区の受益地区は、御坊市の南側に位置し、御坊市岩内から、御坊インターの近くと思ってもらったら結構です。岩内地区から印南町に至る15キロ余り、幅で約500メートルの帯状に延びる海岸沿いの丘陵地帯にあります。気候は、特に名田地区は国道42号線を挟んで両側に開けた畑地帯で、海岸に面し、冬場も暖かく、雪や霜などはめったに降ることはございません。比較的雨の少ない地域でございまして、雨の集中するのは6月の梅雨時期と台風シーズンの9月で、最も水を必要とする8月と9月、11月から2月にかけては大変雨の少ない地域で、畑地かんがい設備ができるまではほとんど毎年のように干ばつの被害を受けておりました。
 また、名田周辺地区一帯では傾斜地が多く、有機質の少ない土壌で、土壌は浅く乾燥が早いため、水を多量に必要とする作物の栽培は非常に困難な状況にありました。
 そういうふうな状況の中で、畑地かんがい施設のできるまでの栽培状況は、水不足のため水を必要とする野菜などの栽培は非常に難しく、水をあまり必要としない麦やサツマイモを主に栽培を行っておりました。それでも、戦後の食糧事情の悪かった時代には、麦やサツマイモを栽培していても、わずかな農外収入があれば十分生活が成り立っておりました。
 さらに、除虫菊の栽培が始まってからは農家の経済も豊かになり、畑地の評価も隣接地区の水田よりも評価はよく、畑地の管理も行き届き、当日高郡内では代表的な畑地農業地帯でありました。
 ところが、除虫菊は化学薬品の登場によりまして需要が減り、また食糧事情の好転、経済の高度成長によって食生活が大きく変わり、麦やサツマイモの需要が激減したのに伴いまして名田地区の農業も大変不振になり、このような状況を打開するためには、水を確保し、時代が要求するようなものを栽培していかなければ経営が成り立たないということから、畑地かんがい事業の計画が立案されたわけです。
 昭和33年8月から各地区におきまして説明会が開催され、当初は名田町で一番大きいとされる上野川の上流にありますため池、老子池を水源とする計画が提案されました。その後、1年間にわたりまして県の専門家の指導を受けながら地元の方々と検討を重ねた結果、貯水量の増加や集水面積の拡大を図っても、区域に広がる畑全体にかんがいして100%の効果を上げることは非常に困難であるということが判明したため、計画の変更を検討し、1年後の昭和34年、水源を老子池から日高川にすることに決定いたしました。この変更によりまして、いろいろな問題、困難が予想されたことを当時の役員さんからよく聞いております。
 また、土地改良事業の推進と同時に、事業完成後の営農についても和歌山県の農業普及所や農業試験場の方々を中心に、地元の推進委員会も協力をしながら、昭和36年から名田畑地かんがい試験ほ場を、名田町加尾地区、現在の国立和歌山高専になっている場所ですが、そこに設け、約5年間かけて試験調査を実施いたしました。目的は、畑地かんがい用水の事業効果を高めるため栽培技術の研究にありました。
 ちなみに、この試験ほ場については、その後名田周辺土地改良区が土地を提供いたしまして、和歌山県の名田園芸試験場として数多くの研究がなされ、畑地かんがい用水の有効利用以外にも御坊市、日高郡の農業の発展に大きく頁献いたしました。
 昭和35年3月、名田畑地かんがい事業の予算化が決定され、翌昭和36年2月、認可を受け、名田周辺土地改良区が設立されたわけです。ただいま写真が出ていると思うのですけども、昭和36年、当時の名田小学校におきまして起工式が行われている様子でございます。この事業に期待する多くの農家の人々の出席で盛大に執り行われました。
 昭和37年工事着工から5カ年をかけ、昭和41年に完成いたしました。完成後の名田地区の農業の変化には目覚ましいものがあり、それまで栽培をしていたサツマイモや麦は姿を消し、いろいろな野菜やスイカの栽培が盛んに行われ、ちょうど私が農業を始めた昭和48年ごろはスイカ栽琴の全盛期でありまして、各地区にある集出荷場付近は何十台という輸送用のトラックであふれ、スイカといえば名田地区を達想されるほどの状況でありました。
 昭和49年、農業構造改善事業でパイプハウスの建設が始まり、それまで露地が中心であったものが、ビニールで覆われる畑が急速に目立つようになり、施設が導入されたことによりまして、それまで冬場に露地で栽培されていたオランダエンドウやキヌサヤエンドウがハウスでつくられるようになりました。後にスイカよりエンドウの方が収益が上がることから、主流がオランダやキヌサヤエンドウにかわり、日本一の産地と言われるほどになりました。
 しかし、昭和57〜58年ごろから台湾からキヌサヤエンドウの輸入が始まり、価格が低迷するようになりました。そこで、豆類にかわるものとして考えられたのが花井栽培でした。ちょうど大阪の方で行われた花博やバブル時代も手伝いまして、あっという問に日本でも有数な花の産地になってまいりました。花井栽培が始まったことによりまして、きれいで安定した水の供給が土地改良区に求められるようになりましたが、水路の約半分がオープン水路であったため、自然災害や維持管理上の問題から計画どおりの送水ができず、また水質の悪化等、農家から不満の声が数多く上がるようになってまいりました。
 そのような要望にこたえるべく、新たな土地改良事業を申請し、昭和61年より県営かんがい排水事業名田地区の事業名で、オープン水路であった部分をすべてパイプラインにするとともに、取水を日高川から直接取水する工事が行われ、平成2年完成いたしました。これによりましてすべての問題が解決したと安心したのもつかの間で、平成5年ごろより新たな問題が発生してまいりました。
 それは、昭和41年に完成いたしましたかんがい施設の幹線の多くが石綿セメント管を使用しており、老朽に伴う漏水が非常に多く発生し出したのです。その対策として、現在平成6年度より県営かんがい排水事業野島地区として新たなパイプラインの布設を施工中でありますが、布設の幹線パイプラインの大部分はほ場内に布設され、ほ場の上にはハウスが建設されており、同じ場所への布設は困難で、今後の維持管理を考え、道路内に布設することを中心に計画をいたしました。
 県営かんがい排水事業は、既設の選路と、ちょうど施工中であった県営農免事業の道路内を主として埋設ができましたが、それ以外につきましては新たな事業で農道をつくり、道路に埋設することを計画し、平成9年度よりパイプライン布設を中心として農道の新設、農道周辺の畑地の区画整理と、3つの工事をセットにした県営畑地帯総合整備事業を施行中であります。
 既に完成したところでは、農業構造改善事業等で重装備の温室が進められており、また名田町の農業も少しずつ変わるだろうなというような予感がいたします。
 以上が名田周辺土地改良区の歩みと名田地区の農業の移り変わりです。この事例をまとめながら、名田周辺地区の農業も;は土坤改良事業がなくては考えられないことを改めて感じさせられました。
 私が農業を始めた30年前から今日まで、数多くの農業関係の会議とか、こういう大会に参加してきまして、その席で主催者や来賓の方々のあいさつにいつも出てくる言葉は、大変厳しい農業情勢の中とか、今農業が置かれている立場は非常に厳しいという、この「厳しい」という言葉です。この言葉を聞くたびに、百姓にこれよりいい時代が来るのかなと、いつも不安を感じます。
 確かにこの30年間だけ振り返ってみましても、常に厳しい農業情勢ではありましたが、名田地区におきましてはまずまず安定した経営ができてきたように思います。ある意味、農家としては豊かな生活ができてきたように思いますし、若い後継者も非常に多く、明るく活気のある勢いのある地域のように思います。
 それは、サツマイモや除虫菊を栽培していた昔から、組織で農業を考えることが当たり前の地域でありました。そういう組織力を生かし、常にその時代のニーズに合った作物が名田地区の特産物、基幹作物として栽培されてきたことが挙げられると思います。そして、特産物ができたことによって、もうかる農業ができる、もうかればそこに魅力を感じ、自然と後継者も育ち、安定した経営につながったのだろうと思っております。
 しかし、ここに来て、不況の波をまともに受け、花の価格も低迷し、施設費や苗代など生産コストが非常に高く、現在では名田地区の農業も大変苦戦をしております。しかし、そんな中でも県下の花で最も販売額が大きいと言われているスターチスは、日本一の生産量を誇っております。このスターチスは、まだまだ知名度も低く、需要拡大の余地があるだろうと言われている品目でございます。このスターチスをただの特産物ではなく、何とかブランド品として確立をしたいということで、ただいま努力をしているところでございます。
 きょうお見えの木村知事にも、東京の方で和歌山の花を配布していただいたり、行政においても和歌山県の花としてPRをしていただいております。JAにおいても全国の市場を相手にインターネットで出荷状況を知らせ、週間予約販売などを積極的に行っており、農家の生産意欲を引き出すための所得確保に努めているところでございます。
 最後に、シーズン中の名田地区の花の出荷時間は、早朝5時ごろから始まり、朝7時前後が出荷作業のピークでございます。そのときの様子は、花の箱を山積みにした軽トラックで大きな出荷場はごった返し、高値で販売できることを期待した若い目の輝いた後継者でいっぱいでございます。このような姿がいつまでも見られるような地域づくりを目指していきたい。そして、夢と希望を持って若者が就農できるような地域づくりを目指していきたいと考えております。
 私たち農家として直接できることは営農です。どのようなものをどのようにつくるか、それは各農家が互いに切瑳琢磨して生産技術を高め合っていくことであると思います。そういったソフト面とは違い、農業の基盤整備などハード面については農家が個々に対応できるものではありません。地元農家はもちろんのことではございますが、行政の強力な協力がなくては成り立つものではありません。私たちの地区のように、土地改良事業が実施されることによって夢と希望を持った農業を営んでいる農業者が多くいることを知っていただきたいと思います。そして、今後ますます土地改良事業が多く実施されることを希望し、土地改良事業に、農業の未来に夢と希望を託している農業者を代表いたしまして、ここに報告を終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。(拍手)

○司会
 事例発表、ありがとうございました。
 それでは、これより5分間休憩をとらせていただきます。この間に次の準備をお願いい
たします。
 なお、第2部は2時半過ぎから始めさせていただきたいと思いますので、会場の皆様は
それまでにお席の方にお戻りください。お願いいたします。
               (午後2時28分 休憩)
               (午後2時35分 再開)

○司会
 お待たせいたしました。それでは、第2部、パネルディスカッションに入ります。
 ここでコーディネーターとパネラーの方々をご紹介させていただきます。
 コーディネーターの三野徹京都大学教授は、京都大学農学部卒業後、京都大学農学部助教授、岡山大学農学部教授を経て、現在京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻教授で、農業土木学会会長でもいらっしやいます。
 続いて、パネリストの木村良樹和歌山県知事は、京都大学法学部卒業後、旧自治省に入省、和歌山県総務部長、自治省財政局指導課長、大阪府副知事などを歴任後、2000年9月和歌山県知事に初当選され、公務に務めていらっしやいます。
 続いて、パネリストの太田信介農林水産省農村振興局長は、京都大学農学部卒業後、旧農林省に入省、構造改善局建設部長、農村振興局次長など歴任後、2002年1月から農村振興局長を務めていらっしやいます。
 続いて、パネリストの和歌山県土連会長の二階俊博衆議院議員は、中央大学法学部卒業後、故遠藤三郎元建設大臣秘書を経て、和歌山県議会議員、運輸大臣、北海道開発庁長官など歴任後、現在保守党幹事長でいらっしやいます。
 そして、先ほど事例発表していただきましたパネリストの田中雅文副理事長でございます。
 それでは、三野先生、どうぞよろしくお願いいたします。

○三野徹(京都大学教授)
 皆さんこんにちは。本日のシンポジウムのコーディネーターを務めさせていただきます京都大学の三野でございます。よろしくお願いいたします。
 さて、これより「本当に明るい農村を目指して」と題した和歌山の農村づくりシンポジウムの第2部でありますパネルディスカッションに入りたいと思います。
 少し時間が押しているようでございますので、急いで参りたいと思いますが、本日はお忙しい中、木村和歌山県知事、太田農村振興局長、二階和歌山県土地改良事業団体連合会会長、それに田中名田周辺土地改良区副理事長の4名のパネリストにお集まりいただくことができました。これだけの大変なパネリストが一堂に会することはめったにない機会でございますので、明るい活気のある農村を目指して話を進めていきたいと思います。
 ただし、大変な方々にお集まりいただいておりますので、多分パネルディスカッションにはならなくて、パネルトークになることと思いますが、どうかご容赦願いたいと思います。
 それでは、田中さんには先ほど事例発表で「夢と希望の農業」についてご講演をいただきました。そこで、この事例発表を踏まえて、木村知事からお願いをして、続いて二階県土連会長、そして最後に太田局長ということでご発言をお願いしたいと思います。
 それでは、木村知事、よろしくお願いいたします。

○木村良樹(和歌山県知事)
 どうも、木村でございます。僕は今の田中さんの名田地区の畑総の変遷というのを見て、ほんとに農業というのはなかなかダイナミックに変化していくものだなということを思い、そしてまた感動しました。ほんとに前に二階先生とお話ししたとき、僕の子供のころあの辺はサツマイモ畑やったんやというお話をお伺いしたんですけども、今の状況からそういうものがなかなか想像しがたい状況だったんですけども、それが皆さんのご苦労の上にこういう形で変化してきたということがよくわかりました。
 先ほども言いましたけども、農業は厳しい厳しいと言われてきたんだけど、僕は大きな変化の時代をほんとに迎えつつあると思うんです。というのは、今は例えば都会のスーパーマーケットでは、OLの人なんかが貢い物に来ると、物すごく高くても、ちょぴっとだけ、例えば芋を2つとか、だけど値段が高くても買うとか、そういうふうにだんだん消費者の消費傾向が変わってきてるんですね。そういう中に、何々地区の何々とかいうふうな形で名をつけて売ったら、それだけでちょっと、だまされるわけじゃないんだけど、物すごくいいと。お芋のルイヴィトンみたいなものとか、花のルイヴィトンとか、そういうふうなものをつくったら売れるような時代になってきているんです。
 それがいいか悪いかは別として、私はやっばりこういうところにこの都市に隣接している、そして非常にすばらしい、かんがい排水なんかの結果ですけども、農地に生まれ変わった和歌山県の生きていく道があるんじゃないかと。そういうことで来月も、これは初めてのことなんだけど、銀座の三越で和歌山の農産物展をやるんだけど、そこへ和歌山から紀伊国屋文左衛門が江戸へミカンを持っていくというふうな形で船で運んで物を売るというふうなこと。これは何も売るのがいいんじゃなくて、そういう形で和歌山県というものをアピールをしていこうというふうなことを考えているわけです。
 だけど、やっぱり都会の人もなかなか目が肥えてきているので、値打ちのないものを幾ら値打ちがあるとかブランド化したとかいっても、これはなかなか買いません。本当にいいものにブラッシュアップしていくような役割をしていかないといかん。
 そういうことの中で私が考えているのは、農業改良普及員という人が県庁にたくさんいて、若手で物すごく頑張っている人がいるんです。そして、農業改良普及員の歴史は、最近はもう役割が終わったということで数を減らしていくようなことばかり、これは和歌山県に限らずどこの県でもそういうようなことをやってきたんです。私はよく知っているんですけども、僕はそういうふうな後ろ向きの話じゃなくて、農業改良普及員の人に、もっとブランド化とか、そういうふうないろんな面で能力を発揮してもらおうということで、ことしからもう既に東京とかいろんなところで研修を受けてもらって、それを農家の人に伝えていくような役割をしてもらうというふうなことを考えています。
 公務員というのは、基本的には自治体というのは人件費支払い団体なんですね。これはどうしてもサービス業だから仕方がないところがあるんだけども、10万円月給をもらっている人が5万円の働きしかしなかったら半分の能力だし、10万円の人が20万円分働いたら、これは県民の人にほんとに喜んでもらえるようになるわけです。今、農業に限らず、県ではこういう形で職員の人が最大限に能力を発揮するような組織づくり、仕組みづくりということを進めていますし、その根本には僕は農林水産業、林業なんかについては緑の雇用事業なんていうのを物すごくやって、これは総理大臣も大変お気に入りの事業になってきているんですけども、いずれにせよ第一次産業というものを基礎に据えた県づくりということを進めていきたい、このように思っております。

○三野徹(京都大学教授)
 はい、ありがとうございました。それでは、続いて二階県土連会長、お願いいたします。

○二階俊博(和歌山県土地改良事業団体連合会会長・衆議院議員)
 先ほど、ちょうどお隣の田中さんのお話を伺いながら、農業を発展させていくためには、情熱を込めて、その地域の農業に誇りを持って頑張っていこうという指導者、地域のリーダーが必要だということと同時に、やはり一定の仲間、それぞれの地域が産地としての希望を持つことによって、常に日本一に挑戦することは夢ではない。今、もう既に花では、いっときは関西一、西日本一と言われておったのが、このごろは種類によっ七は日本一ということも堂々と胸を張って農家の皆さんがおっしやるようになってきた。私はここから新しい日本の農業というものをまた切り開いていく道があるだろうと。
 さっきの田中さんのお話の中にも、最後の結びでおっしゃっておられたように、農業は厳しい、農業は難しいと、うつむいて物を考えて成功したためしはないわけでありまして、やはりみずからの農業に自信を持ってやっていく。あるいはまた、きょうは太田局長にご出席をいただいておりますが、農林水産省で農業の指導をしておるそうした役人の皆さんは、やはりあすの農業に大きな希望、期待、自信を持って取り組んでいくということが大事だと思うわけでありまして、そういう意味で我々は農業はだめだとか、農業は難しいとか、やれ後継者がいないとか、もうそんなことばかり言っているうつむいた農業じゃなくて、前を向いて進んでいくような農業をやっていくために、みんなでひとつ馬力をかけようじやないかというときに、きょうは田中さんのお話を聞いて、我々も大変勇気づけられた思いでございます。
 先ほどお話にもありましたように、あの名田町の今園芸で盛んになっております地域は、なるほど前はサツマイモをつくっておりました。そのころ畑地かんがいということで、先ほど梶木先生からお話のありました私の父なんかは、全くこれを1つ覚えのように、毎日毎日何度となく畑地かんがいの話をしない日はないほど、家でも言いますし、県議会でもそればっかり強く主張したという話ですが、私はいっとき、渥美半島の電照菊の地域、つまり畑地かんがいを成功させているそういう地域を見に行くんだけど、おまえも一緒についてこいということを言われまして、私は東京の方へ学校へ帰る途中でありましたから、豊橋から渥美半島へ出かけて、そして農家の皆さんやその地域の指導者の皆さんのお話を聞いたこと、ちょうど昭和三十二、三年のころだったのではないかと思うのです。
 その話を聞いたときに私がふと思ったのは、これはまるで農家の人のお話を聞くんだけど、自分の高等学校の当時の生物の先生の話を聞くのと同じぐらいレベルの高い話をされるなということを、大変感心をして聞いたことがございます。
 今、時は移って、先ほど名田町へ参りましていろんな皆さんのお話を聞いておりますと、全国から見学者がやってくる。恐らくそのときにあのハウスの中で説明される方々のお話は、今申し上げましたように、それぞれ中学校や高等学校のいわゆる生物の先生方にまさるとも劣らないような見識でもって、いろんな経験をお話しなさっておるんだと思います。
 私は、この農業というものは、やはり先祖伝来、先輩からずっと受け継いだ、そうした蓄積の上に農業というのは繁栄するわけでありまして、1日や2日で農業というものを習得するわけにはいかない。そういう意味では伝統的な農業でありますが、せっかく我々は和歌山県の各地にこの農業の立派な産地があるわけでありまして、全国ブランドのようなものがたくさんあるわけでありますから、これをどんどんとこれから成長させていく。幸い木村知事もこうしてこういう場にお出かけをいただいて、農業、とりわけ土地改良問題に大変熱意と理解を示してくださっておりますことをうれしく思うわけでございますが、これからみんなで力を入れてやっていかなきやいけない。
 そこで、先ほど東京でのお話ですが、私は東京へこの和歌山県のすばらしい産品を直接消費者に販売する、いわゆる消費者の声を聞くという意味で東京に和歌山県の店を出してはどうかということを、木村さんが知事に就任以来ずうっと言い続けておりました。ようやく県も予算化されて、いろんな対応をされようと。しかし、県でございますから失敗させてはなりませんので、私も私なりにいろいろ慎重に考えております。
先般、イトーヨーカ堂という会社の幹部に話をしましたら,それは県でおやりになるよりも、もしよろしかったらうちの店の一角でおやりになりませんかということですから、そうさせてもらえれば一番いいなということで、今県の方々とその会社の担当者との間で話を詰めていただいております。私は、これはうまくいけば成功するんではないかと。そのヒントから、また他に展開をしていけばいいと思っておるわけでございます。
 和歌山県の農家の皆さんが汗水垂らして働いてつくったミカンにしろモモにしろ、梅にしろイチジクにしろ、先ほど宇治田議長もおっしやっておられましたが、本当に我々、自慢というか自信を持って人様に差し上げることができるんです。
 私などのよぎな仕事をしておりますと、いろんなお仲間の皆さんから、自分のうちでつくったナシだよといって、私の同級生や私のいろんなお仲間が送ってくれたりします。私はもう味は知っておりますから、ほとんど自分では食べません。1つでも1箱でも東京の仲間の皆さんに食べてもらって、和歌山のブランドを広げていこうという地道な努力を重ねておるわけですが、そろそろここらでオール日本を相手に和歌山の農業が勝負をするときに来ておるんじゃないか。そういう意味で、みんなの一層の奮起を私はお願いしておきたいと思います。

○三野徹(京都大学教授)
 ありがとうございました。それでは、太田局長、お願いいたします。

○太田信介(農林水産省農村振興局長)
 皆さんこんにちは。こういったシンポジウムにお招きいただいたことに、まず本当にお礼を申し上げたいと思います。というよりも、ほんまにありがとうございます。また、きょう午前は、有田川あるいは名田の現地を見せていただき、まさに元気な和歌山の農業をつぶさに実感させていただきました。
 先ほど田中さんのお話で、非常に自信がないとおっしやってたんですけど、本当に落ち着いて、しかも実のあるお話をいただいたと私は思います。それはやはり自分がそれをやってきたという実績といいますか自信、そういったものに裏打ちされたものではないかというようにも感じたわけです。
 実は、私も47年に農林省に入りまして、30年間土地改良一筋にやってまいりました。本当にこういうところで、よかったなということを言っていただく、なかなか最近国会も1年中やっていますので、現地へ出られなくて、今回こういう機会に現地に寄せていただいて、この声を聞くために来たのかなという感じもしていまして、本当にいい機会だったというように思っています。改めて勇気づけられました。
 ところで、今現在農業につきましては、BSEの問題を初めとしまして、食の安全、安心の問題、こういったことから国民への信頼が揺らいでいる今日なんですけれども、私たちとしては大変だというよりも、今の話にありましたように、その大変さをどう克服していくかというところに行政の使命があるという気持ちで、組織を挙げて頑張っておるわけでございます。そういった意味でも、きょうの現地視察は、今後の農政を進める上での大変勇気づけられるものでもございました。
 この機会に、食と農の再生プランということを武部大臣が提唱され、今我々はそれに向けて進んでおるわけですが、袋の中に3枚ぐらいの紙があります。細かな説明はいたしませんけれども、資料1として農村振興局の重点施策というのがありまして、ここらあたりを中心にどういう方向に向かっているかということをお話ししたいと思います。
 真ん中の一番上に、食料・農業・農村基本法というのがございますけれども、この中の24条に農業基盤の整備という条項があります。ここにはそれを書いておりませんけれども、そこに書いている中身は抜粋をいたしますと、農業の生産性の向上を促進するために地域の特性に応じて進めるんだと、そして環境との調和に配慮しながら進めるんだと。そして、農地の区画の拡大、あるいは水田の汎用化、さらには農業用排水施設の機能の維持増進を図るということを、国が果たすべき役割というように位置づけられています。
 この最後のところの農業用排水施設の機能の維持増進というところに閲しましては、お手元には配っておりませんけど、日本水道図鑑というのを最近つくりました。これは何のためにつくりましたかというと、川のことはみんな知ってるけど、農業用水路、排水路のことは案外知らない、ほとんど知らないと言っていいだろうと。特に農業関係者以外の方はご存じない。実はこの幹線の水路だけで地球の1周分、4万キロの水路が全国にあります。これは水田の用水路だけじゃなくて、畑のパイプライン、これも含めて4万キロ。末端まで入れると40万キロ、地球10周分になります。
 先ほど私は使命感を感じると申し上げましたけれども、こういったものをやはり次の世代にきちっとつないでいくことが地域の発展の基本であるという気持ちで、このインフラを次の世代にしっかりと引き継いでいくための対策をしなきやいかんということです。畑地かんがいも、名田地区初めもう30年以上になんなんとしている、そういったところも出てきております。水田ばかりではなくて、水の供給、そういったものをきちっと手当てしていくことに力を尽くしていきたいということを考えております。
 もう1つは、農地です。農地の方もやはり使い勝手のいいものにするということは、引き続き努力していかなきやいかんと思っていまして、これについては水田はほ場整備というのがありますが、ほ場整備を一回やっても畑作物をつくるためにはもうちょっと水はけをよくするとか、いろんなことがあると思います。
 それから、きょうの名田地区も見せていただきましたけども、畑地でも本当に条件の悪いところでそれを克服してやられたと思いますけれども、これからはいろんな機械化等も含めて、若い人たちが少し楽をしながらも、頭を使いながらいい農業をやっていただける、そういった環境づくりをやれるいろんな制度の改善をより因っていきたいというふうに考えております。
 武部大臣は、消費者に軸足を置いた農政をするんだということで、この資料1の真ん中に「食と農の再生プラン」というのを書いています。食の安全と安心の確保を真ん中に据えて、左側に農業の構造改革を加速化していく、そして右に都市と農山漁村の共生・対流、つまりやはり今農業に対して、あるいは農そのものに対する国民が触れる機会が非常に少なくなっています。昔は、都市に住んでいる人たちも農家の出身の人が多いわけですから、何となくわかるということですが、その何となくもわからないと。だけど、わからないことが逆に興味を持つというようなことで、若い人たちが結構農に関する関心を持つような時代にもなってきています。そういった時代をしっかりとらえて、次の世代の農業・農村づくりに農村振興局としても頑張っていきたいということです。
 私たちも責任感と自信を持って、使っていただく人たちのことを第一に考えながら、今後の農村振興の施策を進めていきたいという気持ちを述べさせていただきます。

○三野徹(京都大学教授)
 ありがとうございます。先ほどご三方の発言の中でも、特に21世紀に入りまして、農業・農村、あるいは農業そのものが大きく変わったというお話があったかと思います。
 私も、実はそのとおりだと思います。20世紀というのは、どちらかといいますとミニマムスタンダードといいますか、全国を1つの画一的な整備というのが強調されてきましたけれども、21世紀ではむしろ地域地域の個性的な農業あるいは農村整備というのが求められる時代に入ってきたと思うんですね。
 そういう意味で、先ほど田中さんのお話を聞きまして、まさにこの田中さんのやってこられたことが、21世紀のこれから今展開しようとしている新しい農業・農村整備の方向を先取りされているんだという気がしました。みずから考え、みずから責任をとらなければならないわけでございますが、そういう中でこの田中さんのとられてきた個性的な、みずから考え個性化していくということは、どんどん大きく発展していくことと思いますので、和歌山からこの新しい時代の農業というのが実は発信されるんだなということをつくづく感じ入った次第でございます。
 それでは今、田中さんのお話をもとにして農業、ほんまに明るい農業の方はどうなるかというお話をパネラーの先生方から伺いましたが、後ほどまた田中さんからはご意見、ご感想を伺いたいと思いますが、今度は後半の和歌山の明るい農村づくり、これについてパネラーの先生方からお話を伺えればと思います。
 それでは、大変借越ですが、また先ほどの順序に戻りまして、木村知事の方からご発言願えればと思いますが。

○木村良樹(和歌山県知事)
 だんだんしやべってると話すことがなくなってしまうんですけども、またご指名ですので、お話をしたいと思いますが、私は和歌山の農村の女性の方の力に大いに期待しているんです。実は、和歌山県の中でいろんなところで、自分のところでつくった農産品を店みたいなのをつくって出して、売り上げを伸ばしているところがたくさんあるんです。打田町に「めっけもん広場」というのがあるんだけど、これなんかは予定していたものの10倍以上売れて、もうほんとに大阪なんかのお客さんが大半みたいな感じになる。私もよく買いに行くんですけども、大変な盛況になっています。
 それで、これがいいのは、僕はいつも言うんだけども、タコが自分の足を食べてて、おいしい、おいしいなと言ってて、気がついてみたら自分の足が8本から6本になってたというふうなことではやっぱりいけないので、外からいろんな人に買いに来てもらって、それで自分たちが豊かになって、またいい暮らしをしていくという形が大事なので、こういうふうな都会からたくさんの人が物を買いに来るということは、非常に進めていかないといかんと僕は思って、ことしも和歌山県では県下に7カ所、そういうふうな建物を県産材でつくってさしあげるというふうな事業をやっているんです。これも物すごく人気が高くて、いいと思うんですけども、そのことはただ単に農家の人の所得がふえるということではなくて、例えばおばあさんなんかが朝の4時ぐらいから起きて、おだんごをつくったり花を集めたり、お芋さんをポリエチレンの袋に詰めたりして、そしてそれにバーコードをつけて、それが自分の農協の貯金通帳に、例えば200円のお芋さんが売れたら入ってくると、こういうふうな仕組みの中で物すごく生きがいを感じられてるわけですね。
 今、国民健康保険とか介護保険とかなかなか費用的にも、国保なんかは赤字が非常に多くて大変なんですけども、病気の人は当然病院へ行って治療を受ければいいと思うんだけど、お友達に会いたいなということで病院へ行ってる人がもしいたとしたら、むしろお友達に会いに行くのは、そういうふうな農産品の物を売るところで、自分のつくってきたものを売りながら皆と話しするというふうな形の方が、元気も出るし、地域の活性化にもつながると思うんです。
 こういうふうなのは意外と小さなことのような感じがしますけれども、やっぱり小さなことの積み重ねが新しい時代の農業をつくっていくという感じに変わってきていると思うんです。今までは、何か大量に物をつくっていくというようなことがコンセプトだったものだから、どうしても外国で安いものができたら全然あかんようになるというふうな感じがあったんだけども、これからはそういうふうな別の観点から物をつくっていけば、当然そういうふうなものについては都会の人なんかの噂好にも非常に合ってくるということで、多角的な面での振興ということができると思います。
 私も去年から一生懸命野菜をつくっていまして、十何種類ぐらいつくっています。秋になってきたら、一時は砂ぽこり病か何かでおナスのつやが悪かったんですけども、このごろちょっと涼しくなってきたので、またつやがよくなってきましたが、その過程で蚊も出るし、かゆいけども、自分で物をつくっていると毎朝見に行って水をやってということの中で、やっぱり物すごく生きがいを感じるというふうなことがあります。
 これから農業に従事しているということは、本当に大変な誇りだと。そしてまた、従事していることから物すごくいいものを受け取っているんだというようなことも考えていくような時代になっていく。単なる所得だけで、この仕事がいいとか、この仕事が悪いとかいうふうに物を考える時代はもう終わって、21世紀には心の所得、心の豊かさというものを十分お金の所得と換算できるぐらいの時代になってくるんじやないか。
 そういう意味では僕は、和歌山県の農業というのはまだ前途洋々たるものがあると、このように思っております。

○三野徹(京都大学教授)
 ありがとうございました。コーディネーターの方から指名して大変申しわけございません。それでは、二階土連会長の方からお願いします。

○二階俊博(和歌山県土地改良事業団体連合会会長・衆議院議員)
 私は、よく農業にあすはあるかということを問いかけられることがありますが、私は農業ほどあすといいますか夢のある産業は、ほかにもあるでしょうけど、特に農業にそれが多いと。そして同時に、その存在価値、存在意義というものは、世界的に見てこれほど重要な産業はないのではないかというふうに思っております。
 今の予測では、21世紀の中ごろまでには世界の人口は大体90億人ぐらいに達するであろうと言われております。今61億人。この中で、おなかいっぱいご飯を食べることのできない人たちが8億人ぐらい存在しているということです。ですから、これから人口がさらにふえていく上において、十分な食料を我々は供給することができるかどうかという大きな疑問が国際社会の中で、あるいはこの地球上に避けて通れない問題として残っておるわけであります。
 そんな中から、同時に国内的には、我々の生活レベルというのはさらに向上の一途をたどっていくであろう。そうしたときに、先ほどからもお話に出ておりましたように、高級品、そしてこれは安全ですよ、これは産地で無農薬でつくったものですよと、そういうふうなことが評価をされるような時代になる。そして、家庭生活、家庭の中の生活レベルの向上によって、花が生活の中に溶け込んでいく、そういう生活がこれから進んでいく。
 同時に今、私の仲間たちの問でというか、仲間というか我々よりもみんな実力のある人たちですが、フラワー・ツーリズムということで、花を真ん中に据えた旅行、観光振興を図っていこうということで、大変大がかりにフラワー・ツーリズム運動ということを始めようとしております。私はそれは大賛成だと。私も若いころ、県会議員のころからずっと花を愛する県民の集いというのをやっておりまして、これはブルドーザーで押し切っていくような運動のやり方ではなくて、人々の心の中に花を植えていくということには、そんなにエネルギッシュに追い立てていくようなやり方はすべきでないというふうに思っておるわけですが、私は花の生産者の皆さんや家庭の主婦の皆さん等と連携をしながら、こうした花を愛する運動など和歌山県は率先してやっていくことが、県の活力にもつながっていくんだなということを、先ほどからしみじみ思っておりました。
 そして、私は農業がなぜそういうふうに世界的にも大切なことかといいますと、この前、今世界的な情勢の上で我が国として大変大事なパートナーでありますパキスタンという国に私は伺ったことがありますが、その際向こうの外務大臣から私に執跡こ話をしてくるのには、パキスタンという国はマンゴーをつくることでは世界で五本の指に入る。このマンゴーを何とか日本で買ってくれないかと。同時に米を買ってくれという話が盛んにございました。3党の幹事長が一緒だったものですから、山崎自民党幹事長は、米を買うというような話に対して我々が耳を傾けたとなると日本の国へ帰れなくなると言ってジョークで紛らわしておりましたが、私はマンゴーならまだ和歌山県でもあまりつくってないようでありますから、このマンゴーなら話に乗ってあげてもいいのではないか。そして、今その話をずっと農林水産省や産業経済省のいろんな人たちにご相談を持ちかけておりますと、この間パキスタンの大統領がやってまいりましたので、この話に及びまして、このごろパキスタンの大統領は私の顔を見るなり「マンゴー外交」と、こう言うんですが、農業が外交の上でも大きな役割を演ずるようなことになるだろうと。
 そして今、先ほど申し上げましたアフガニスタンの復興などということを思いますときに、私はやはり農業でもって我々がいかに貢献するかということさえ考えていかなくちゃならない。当然土地改良という問題、水の問題、どういう農業技術をああいう人たちに教えていくかということが問題であります。
 先般またインドネシアに参りまして、メガワティーというあの女性の大統領とお話ししました。約1時間ばかりいろんなことで話をしたんですが、最後の結論の段階になりまして、大統領から「やはり私の国で最も大事なことは、水と食料です」と、こうおっしやいました。水と食料といいますと、ちょうど私はこの日の会のことを考えておりましたから、ああ、ちょうど土地改良の問題にピッタリの問題だなと思いましたが、もうその前に約1時間、あした独立記念日式典を控えているというときに.1時間の話し合いをいたしまたので、それ以上我々はこのことに対して言及は避けておきましたが、やはりあの国でも水と食料だと言う。
 このことは、翻って私たちの国、日本がこれからの21世紀の半ばに差しかかっていく上において、一番大事なことはやはりこれなんです。農業なんです。この農業を横っちょに置いた政治というのは、私はあり得ない、あってはならないことだと思っております。しかし、いっとき、このごろはやや影をひそめておりますが、経済界等を中心にして国際化時代の今日、他の国で安くできるものはどんどん買って、日本は工業製品をどんどんつくって、それを出して、そして外国から安いものを買えばいいというふうなことを真顔になって吹聴して歩くような人たちがおりました。これは明らかに農業政策の面からだけではなくて、国全体で考えても間違いの議論なんですね。そういうことをわからせなきゃいけないが、このごろは安全性の問題、中国から残留農薬の問題等いろんな問題が表に出てくるに従いまして、こうした意見を吐く人は、暴論を吐く人は少しは静かになってきましたが、我々はそういうことに負けないで、押されないで頑張っていかなきゃいけない。
 先ほどもお話の出ました高速道路の問題だって同じなんです。この農業、今はたまたま田中さんもおられるし、この御坊で開催しておりますから、御坊の名田町の農業の問題が中心に語られておりますが、我々の和歌山県は、きょうは北山村の村長さんもお見えいただいておりますが、ずうっと北山村まで私たちの和歌山県なんです。それらの人たちの生産されたものを市場に運ぶというと、やはり高速道路が必要なんです。高速道路がもうかるの、もうからないのという話の前に、ここに住んでる人たちが幸せな生活が送れるかどうかということに視点を合わせなきやいけない。
 したがって、このごろテレビをひねったら木村知事の顔が出てくるでしょう。いろんな討論会にバシッとした、はっきりした意見を言われるから、みんなから引っ張りだこで、今東京のテレビに木村知事が毎日呼び出しを受けておる。さっきも聞いたら、あしたもまた東京へ行ってくると。私はどんどんと行って、この地元の生の声をやはり言って、あのわからずやたちには思い知らせるほど意見を言わなきやいけない。
 そういう意味で、農業の問題、土地改良の問題、少し抑制気味に世の中が動いているときに、我々は今きょうのような会を1つの踏み台にしまして、跳躍台にして、新たな農業をどう築いていくかということを、自信を持ってみんなで立ち向かっていこうではないかということを、私は皆様にお訴えしておきたいと思います。

○三野徹(京都大学教授)
 ありがとうございます。それでは、太田局長。

○太田信介(農林水産省農村振興局長)
 今、二階会長の方から話がありましたように、本当に地方にとって必要なものが、何となくそうでないんじゃないかという風潮が非常に強いと思っています。農業についてもそうなんですが、都市と農村、これの一緒に生きていくというよりも、どうも対立関係をあおるような風潮が多いというようにも感じています。
 先ほど言いましたように、農業ではなくて農そのものに対してもなかなか触れる機会が少ないという時代に、私たちはやっばりそうであってはいけないということで、施策をいろいろ考えておるわけですけれども。
 先ほどの資料1にちょっと戻っていただきますと、その食と農の再生プランというのは、武部大臣は消費者に軸足を置いたという言い方をしています。これは実は農業者の方々から見ると、何だ農業軽視じゃないか、あるいは農家軽視じゃないかという議論があるんですが、心はそういうことではなくて、やはり国民に求められるものを求められる時期に本当に出していけるかどうか、そういったことではないかということです。それが結局回って、農業、農村の発展につなかっていくという呼びかけであるというようにぜひご理解をいただきたいと思います。
 そうした中で、まず農村が元気があるためには何といっても所得の安定をベースとした農がしっかりすると。ここは大分和歌山の方では、むしろ全国に先駆けた動きが非常に進んでおります。これはぜひ期待したいと思っておりますけれども、もう1つの動きとして、国民の農離れといいますか、農に対する認識が非常に減っていることから、将来それに対する理解といいましょうか、認識をどう持ってもらうかという立場からのアプローチ、努力、こういったものも必要じやないかということで、この重点施策の1枚目のところで、左側は食を支える農業水利ストック、そして農を支える農地ストックと書いておりまして、まさに基盤整備の部分なんですけれども、右の1から4つ目のところが、そういうことを支えるための周辺の考え方を整理しています。
 1つ目は、今フラワー・ツーリズムという言葉がありましたけれども、農業全体をとらえれば、それをグリーン・ツーリズムという言葉で呼んでおります。農業を理解してもらうために、観光的なことも含めて、ともかく来ていただかないと理解が深まらないと。また、来ていただくためには、地域で迎える態勢をつくらなきやいかんと。これは施設の面だけではなくて、心の問題も含めた、そういうことだと思います。これについては、相当いろいろ努力もしなきやいかんと。
 2つ目に、やっぱり情報の話が大事ですので、e−むらづくりと、このeはいわゆる電子のeなんですけれども、それをもじってe−むらづくりと言っていますが、この計画を推進しようとしています。基本的に通信網のハード部分といいますか、整備自体は民間が行うべきものですけれども、やはり条件が不利なところがたくさんあります。そういうところは総務省と農水省で分担して、昔は優先電話だったのが、難視聴対策も含めたCATVになっています。それを光ファイバーにすれば双方向でいろんな情報発信ができるという、そういう時代に対応していかないと、いろんな情報が過疎になってしまう。これに対応していくというのが2番目です。
 そして、3つ目が、先ほど環境とかあるいは品質の問題がありましたけれども、できるだけ有機等を利用したいいものを国民に供給するということと、農村もやはりきれいでなきやいけない。あるいは、環境重視でいろんなリサイクルをしていかなきやいかん。循環をささなきやいけないと。
 私も最近これを猛烈に勉強しておるんですけども、農村においてすら生ごみの処理の状況というのは9割が燃やすか埋めるかしています。農地に戻ってない。苦から見たら大変な違う状況です。もちろん今技術が発達しまして、いわゆる堆肥等にして農地に戻すという方法もあるんですけども、林産物の廃棄物なんかも含めて、これからエネルギーを取り出すという技術もどんどん出てきています。やはり科学立国日本という意味からも、産業としてこういうものを興していくことも必要じやないかと。農村地域のところについては、農村振興局がその大きな旗振り役を担うということが、この3つ目のポイントです。
 4つ目は、美しい自然と景観の維持、創造です。農村に来てもやっばり農家の裏手に行くと何か農機具が散らばってたりして、農家の人たちはパチンコ屋に行ってるのかどうかわかりませんけど、必ずしもきれいでないところがあります。やはり住民活動全体としてそういうことをどうしていくかということがないと、グリーン・ツーリズムと言っても本物にはならないような感じもします。
1つ提案なんですけど、先ほど名田の地区に行かせていただきました。すばらしい農業をやられています。まだできたところなので落ち着いた感じが出ていませんけれども、できたら、農家の方でなくていいと思います、周りの方も含めて、あまり農業に迷惑にならないような範囲で、例えばちょっとした木を植えるとか、そういうことをしていただくと、農家の方も農作業の間にその木の下でお昼御飯を食べられる。私はこんなに豊かな生活はないというような感じもしています。そういう意味での地域づくりをしていくことのお手伝いをしたいというふうに思っています。
 もうちょっとお時間いただいて、そういった意味を次の2 ̄ページの資料ですけれども、これまではこの左手の方に農業農村が有する4つの資源というのを書いていますが、いわゆる土地改良、農業農村整備事業では、農地資源と水資源に対する働きかけをしてきました。これから私たちはこの有機性資源と環境資源という、この2つのところを4つにして、いわゆる二輪車を四輪車にして、四輪駆動にして走りたいというふうに考えていまして、特に環境のところでは、土地改良法の改正で環境との調和に配慮するというのを事業の基本原則にしました。
 これはなかなか農家の方にとってみたら、何で自分たち、例えば水路の草刈りをしなきゃいかんのに、多少そういうこともやらないかんのだというご批判もあると思いますけれども、これはむしろ維持管理は農家の方というよりも、集落、地域の方々、そういったことを巻き込んでやる仕組みづくり、これと並行して十分議論してぜひやっていただければという感じがしていまして、新しいパンフレット、「生き物たちの住む農村を目指して」というのもつくりました。これもインターネットで載せておりますので、またごらんいただきたいと思いますけれども、むしろ現場の職員も含めて、私たち自身も生産性を上げる、あるいは農家の手間ができるだけ少なくなるように水路はコンクリートの三面張りにしてきました。
 私は滋賀県なんですけれども、若いときの原体験を考えると、田んぼや川を1つの遊び場としたその経験が、今やっばりこの年になりますと非常に戻ってきます。ぜひ、これまでの反省といったらあれですけども、新しい農業・農村のあり方、それはやはり美しさとか自然とか、そういったものだという意識でこの事業展開を因っていきたい。皆様にもそういう方向にぜひ賛同いただきたいというふうに思っています。
 そして、最後にちょっと申し上げたいのは、ここはもう和歌山の名田とか有田とか、そういうところは既に実践されているわけですけど、農林省があるいは県が幾ら言っても、主役はやはり地域の人たちそのものだと思います。先ほども知事さんの方から女性の話をされましたけれども、おやじだけが威張っていてはだめですから、むしろお年寄り、あるいは女性の方、子供、それぞれが生き生きとほんとにこの地域に生まれてよかった、住んでよかった、育ってよかったというものにしていくためには、地域そのものの認識を、官製、役所製のそういうものではなくて、地域の人たちが考えていただく。何も大きなお金をかけることはないわけですから、最近廃校利用とかいろいろ言われていますけど、農林省もほかの公共事業でやられた施設を別の目的に使うということに対しても補助金を出すぐらいの踏み切りをしています。だから、そういう知恵を出していただいたら、どんどん私たちをまそういうことに相談に乗っていきたいと。
 もう1つは、やっぱり省庁連携というのを非常に大事にしていまして、この前も旧自治省、今の総務省の財政局長さんとお話しさせていただいたんですけれど、我が町づくり事業ということと、我々の考えていることとほとんど同じことをやられているわけです。農村振興局というのは、実はそれまでは構造改善局という名前でした。これは農業の構造を改善するということで、農村には農業者とかという1つのフィルターをかけながらの農村とのおつき合いだったんですが、これからはいよいよ国土庁からの仕事の役割が省庁再編で来ましたので、まさに農村そのものに対して、自分たちだけがやるんじゃなくて旗振り役を担うということになりました。
 私が先ほどから申し上げていることは、そういう旗振り役の気持ちを述べさせていただいたものでして、最後の3ページ目に村づくり維新というのを書いていますが、首長さんだけではなくて、きょうご参加の皆さん方がこういうことを農林省はやっていると。ひとつこういうことにみんなで取り組もうじゃないかという1つの情報提供として、これも細かな説明はいたしませんけれども、県からでも出先からでも聞いていただければと思いますが、ともかくでき上がったものを見て喜ぶこともいいんだけど、そのつくるプロセス、これをやっぱりみんなが楽しむという時代じゃないのかなと。
 でき上がってしまうと、私も祭りに参加しましたけど、準備の段階がやっぱり結果的に一番おもしろいんじゃないかという感じもしていまして、全員参加のそういう地域づくりに農村振興局は命をかけて頑張りたいと思いますので、皆さんと一緒にこういうことに働きかけていきたいというふうに思っております。

○三野徹(京都大学教授)
 皆さん大変思いがいろいろ込められておりまして、時間も予定した時間を少しオーバーしてまいりましたが、田中さんの先ほどのご講演をもとにして皆様からいろいろお考えをお聞きいたしました。
 最後にまたもう一度、田中さんの方にもしあれでしたら、農家としての今のご意見を伺った上で、何か抱負でもございましたら一言お願いできればと思うんですが、いかがでしょうか。

○田中雅文(名田周辺土地改良区副理事長)
 先ほどは大変まずい報告で申しわけございませんでした。今、3人の先生方からいろいろお話をいただいて聞いておったわけなんですが、なかなかいろいろな方向からの考えでございまして、どれに絞ってお話をすればいいのかなと先ほどから迷っておったんですけども、とにかく今報告でもお話ししましたように、大変農業情勢が厳しく、経営状態も大変厳しいです。豊かな地域づくり、明るい地域づくり、活気のある地域づくりと言われるのですけども、先ほども報告したように、もうからない農業、経営が成り立たない農業ではなかなか地域が活性できないと思っています。そんな地域に若い後継者が育つはずがございませんし、知事さんのお話を聞く機会も多いんですけども、農産物の直売所のお話をよくされております。
 農業新聞を毎日のように見ていても、その直売所の話が出ていると思うのです。最近では、南部町の方でもJAと町とが協力して「ほんまもん」というような名前の直売所を設立するような詰も聞いております。私もちょっと悩んでいるんですが、こういう直売所が我々農家にとって本当にいいのかなあということを常に不安を感じます。私の地域は、先ほども申し上げましたようにほとんど専業農家で、私も専業農家で育っておりますので、二種、一種の兼業の農家の方々の気持ちはほとんどわからないんですけども、農業を活性化していくためには専業農家が元気が出ないとなかなか農業というのは活気が出ないと思うんですよ。
 私も直売所にちょくちょく視察に行ってお話を聞くんですけども、先日も白浜の「あぜみち」の方でお話を聞いたんですけども、実際品物を持ってくるのは60を回ったおじいちやん、おばあちやんというような話で、その方々は大変楽しみで、毎日市場へ持っていくのが楽しみやという話をされておったんですけれど、実際若い専業の方々はほとんど農産物を持っていかないという詰も聞いております。それは我々専業農家にとってはいいのかなあということを常に不安を感じるんです。
 専業農家は、常にいいものをつくって中央市場へ出して、それを町の方の消費者に冥っていただいてという仕組みなんですけども、「あぜみち」でも年間2億円、「めっけもん広場」でも年間12〜13億円という売り上げがあるということも聞いておりますし、もしそこへ出さなければその十億何らかのものは市場へも出回らないし、過剰に生産されている今の状況の中で、少しでも専業農家が中央市場へ出したものが消費されるんではないかなというような気がするんです。ちょっとこの間題については、私もはっきり結論は出ないんですけども、今こういう直売所がどんどんあちこちで設立されているのは、ちょっと不安を感じております。
 私自身も平成2年から、仲間4名と観光農園を兼ねて直売所をやっておりますが、もしその直売所がはやって、観光農園がはやっても、1人勝ちして地域の活性化につながるのかなあと、自分でもやりながら不安を感じています。報告でも申し上げましたように、名田地区は常に昔から組織で農業を考えるような地域でございまして、営農にしろ、つくる作物にしろ、販売にしろ、すべて組織でそういうふうな対応をしているので、1人勝ち、2人勝ちするというような直売所もどうかなあというように今感じているところです。

○三野徹(京都大学教授)
 ありがとうございます。本当はこれから議論しなければならないんですが、大変残念ながら時間の方が来てしまいました。コーディネーターの方で最後まとめということになろうかと思うんですが、とてもまとめ切れませんので、私が日ごろ少し考えていましたことを、きょうのお話をあわせて少しまとめにかえさせていただければと思いますが。
 土地改良区が21世紀に大きく発展するための基本戦略というのを、私自身ちょっと考えてみておりまして、県土連のパンフレットなんかにも幾つかの県でお書きしたりしておるんですけれども、きょうお話をお聞きしましたこととかなりダブるところが多いんですが、まず私は第1は農家自身の支持を得ること。これは当然のことであるんですけれども、ただ最近は農家も非常に多様化してきましたし、今田申さんのお話のように、いろんな形で農家自身から土地改良区が完全な支持を得るということが大変難しい時代になってきたんですが、やはりいろんな農家の方々の支持を得なければ、まず土地改良区の発展というのはあり得ない。そういうことが非常に大事なんですが、和歌山県では私、これは大変成功しているんじゃないかなと。ほかのところへ行きますと一番心配なのがこの辺になるのかと思います。
 それから、第2は地域の支持を得ることということが、まず発展戦略の2つ目の大事な問題かと思います。農家自身もこのごろ、その地域の生活者としては地域住民でございますから、やはり地域全体、地域住民全体の支持をいかにして改良区が獲得していくかということも、大きな戦略の1つではないかと思うのです。特にこれは市町村が本来地域住民に対するいろんなサービスをしなければならない義務を負っているわけでございますので、市町村といかにうまく連携して、地域住民、地域の支持を得るかということを、まず戦略に添えていただきたいと。これが2つ目の問題です。
 3つ目は、国民の支持を得るということでございます。これは一改良区、あるいは一農家のご活動そのものが国民の支持に即つながるわけじゃなくて、これはやはり太田局長にお願いしなければならない、農水省にやっていただかなければならないことなんですが、確かに先ほど国民の立場、それからユーザー、消費者の立場に立った形でという、農政の大きな方向、太田局長は転換ではないとおっしやったんですが、私はかなり範囲が広がった形で大きな方向の転換の1つではないかと思うのですが、それもやはり一つ一つの改良区の活動の実践活動というのが大きなポイントになって、初めて国民の支持が取りつけられるわけですし、必ずしも農林水産省だけにお任せしとくような問題ではないんですが、この3つの戦略、農家の支持、地域の支持、国民の支持、この3つの戦略についていかに具体的な戦術を組み立てるか。
 それはもう地域地域によって違うと思うんですね。どれにウエートを置くのか。あるいは、地域のどういうようなストックをもとにして新しい戦術を展開するのかということは地域によって違うわけでございますので、この辺につきましてはそれぞれの地域地域の改良区が率先してご検討いただかなきゃならないんですが、やはり今申しました3つの戦略というのが、今後土地改良区の発展の基本になろうかと思いますので、きょうお話しいただいたそれぞれの二階会長、太田局長、木村知事のお話は、それぞれに非常に重要な部分のお話を伺ってたかと思いますので、ぜひきょうのお話をもとにして、これから個性的な和歌山県の農業・農村の発展にご尽力いただければと思う次第でございます。
 大変まとまりにならないようなまとめで締めなければならないので残念でございますが、本日はパネラーの先生方、大変お忙しい中ご参集いただきまして、いま一度拍手でもってお礼させていただきたいと思います。(拍手)
 それでは、大変ありがとうございました。熱心にお聞きいただきまして大変ありがとうございました。これでパネルディスカッションの方を閉じさせていただきます。本当にありがとうございました。(拍手)

○司会
 熱心なご討議、まことにありがとうございました。以上でパネルディスカッションは終了となります。
 ここで壇上の皆様が退場されますので、いま一度大きな拍手をもってお送りくださいまようお願い申し上げます。貴重なお話の数々、本当に皆さんありがとうございました。(拍
手)
 なお、会場の皆様、長時間本当にご苦労さまでした。ここで閉会に当たり、和歌山県土地改良区連絡協議会会長の森口禰四郎からごあいさつを申し上げます。

○森口禰四郎(和歌山県土地改良区連絡協議会会長)
 本日は、皆さんどうもありがとうございました。おかげさまで、これは全国で和歌山県が初めてのシンポジウムでありますけれども、盛大に開催でき、かつ終了できましたことを、心から厚く御礼を申し上げます。
 中央から梶木全国土地改良事業団体連合会会長、それから農水省の太田局長、京都大学の三野先生にお越しいただいて、和歌山の農村づくりについていろいろご意見をいただいたところでございます。
 土地改良区、今後いろいろとたくさん課題がございますけれども、木村知事が提唱いたしておりますトップランナーとしての和歌山県、我々の土地改良事業もまたトップランナーの仲間入りをして頑張ってまいりたいと思います。
 きょうお集まりいただきました土地改良区の皆さん、土地改良事業に関係のある皆さん、そして土地改良事業というものに全く関係のない皆さんの今後ともの一層のお力添えを心からお顕い申し上げまして、御礼のごあいさつにさせていただきます。本日はどうもありがとうございました。(拍手)

○司会
 会場の皆さん、本日は本当にありがとうございました。
 なお、ここで先にご案内させていただきます。白浜町までバスを利用していかれる方は、スタッフが誘導するまでそのままお席でお待ちください。4時過ぎに会館玄関口より出発いたしますので、よろしくお願いいたします。また、そのほかの方々もスタッフの誘導に従っての退場をお願いいたします。
 本日は本当にありがとうございました。どうぞお忘れ物なきよう、お気をつけてお帰りください。ありがとうございました。

             (午後3時38分 閉会)

 

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